「今日は、毎年恒例、秋の写生大会だ。さっさと準備しろ」

……は?

ミリア先生の言葉に、耳を疑った。

写生大会? 初耳だぞ、そんなの。

だけれども、周りは全員用意が完了している。美術の時間に使う水彩絵の具セットを持っている。

……もしかして、知らなかったのって俺だけ?

 

「秋の写生大会」

 

ま、なんとか教室に絵の具はおいていたので、事なきを得た。

そして、写生大会とやらのために、ヴァルハラ学園2年生一同、セントルイスから2kmほど離れた山中に来ている。

今は、クラスごとに別れて担任からの注意事項を聞いているところだ。

「あー、あんまり遠くに行かないように。万一怪我してもあたしは一切責任は負わない。以上」

なんて教師だ。

「ルーファスさん。一緒に描きませんか?」

リアが誘ってくれる。……が、今日は気分じゃない。

「遠慮しとく。お前は友達とでも描いてろ」

「えー?」

不満げだ。

「えー? じゃない。俺は一人で描きたいんだ」

「別にいいじゃないですか」

「よくない」

「サレナさんとソフィアさんが登場してから、私の出番が少ないんですから、お願いしますよぅ」

なんのこっちゃ。

「知るか。俺は行くぞ」

絵の具を持ってさっさと行くことにする。

「あっ、待って……」

「『ハイジャンプ』」

とかなんとか言っているリアを尻目に、手近な木の上にジャンプする。リアはスカートなので、ここまでは来れない。

「じゃ、そーゆーことで」

「そーゆーことってどーゆーことですかーー!?」

こんな派手なやりとりをしていたら、当然クラスメイトの注目を集めまくりだ。やばいことになる前に、俺は退避することにした。

 

 

 

 

 

「……ここでいいか」

それから、木から木へと飛び移って、他の生徒が来ないような所まで来た。見上げるような巨木の手頃な枝に腰掛け、画板を取り出す。

顔を上げてみると、見事に紅葉した山々が視界に飛び込んでくる。申し分ない景色だ。

下書き用の鉛筆を取り出し、描き始めた。

「はろ〜、マスター」

と、思ったら、いきなり邪魔者登場。

「……どこから湧いてきた、シルフィ」

「いや、ちょっとヒマだったんで、マスターどうしてるかなーって思ってね。何? 学校サボって絵描いてるの?」

「違う。学校の行事なんだよ」

答えながら鉛筆を滑らせる。

「……でさ、ソフィアは上手くやってる?」

「まあ、概ね問題ない。うちの学園、結構変わり者が多いから」

つーか、次の日にはファンクラブまで出来ていたしな。

「マスターがその筆頭だと思うけど……」

「いーや。俺は普通だ。平凡な一市民だ」

「……転入当時からずっとそれ言ってるけど、やってることとのギャップがすごいよ?」

……俺がやったこと?

転入直後、クラス最強とかいうやつを一騎打ちで打ちのめした。同じ日にグレートスピリットをぶち殺した。ミッションにて遭遇したウォードラゴン、計5体相手に圧勝。夏休み明け直後、ハルフォード家私設軍隊を壊滅させた。さらに、現在に至るまでリア、サレナ、ソフィアに惚れている連中の襲撃を尽く撃退している。

「……すごくないやい」

「自分でもわかってんでしょうが」

「わかっててもわからない」

ちなみに、この会話中にも手は止めずに、下書きを続けている。

「でもさー、ふと思ったんだけど、ここら辺で他の人達も絵を描いてるの?」

「そうだな。けっこう離れてるけど」

「……ちょっと危なくない? 向こうの山にはウッドウルフが生息しているんだけど」

シルフィが少し離れたところにある山を指さす。ウッドウルフとは、森や山に生息する、凶暴化した狼の事である。

「大丈夫なんじゃないか? 強い先生達もついて来ているし、ウッドウルフくらいなら撃退できるやつも多いし」

「そお? なら、いいんだけど」

「まあ、気をつけておく」

なんて会話をしながら書き進めていく。

「あー!? ルーファスさん、そんなところにいたんですか!?」

……下の方から声がする。

見てみると、やっぱりというか、リアがいた。友達三人ほどと一緒にいる。

シルフィは、すでに姿を消していた。

「いちゃ悪いか」

「一緒に描きましょうよー!」

「……俺に、その中に入れと?」

女子に囲まれて絵を描くなんて、ちょっとごめんだ。

「私は気にしません」

「俺が気にする」

「そんな細かいことにこだわってたら、将来ハゲますよ」

「余計なお世話だ!」

さっさと行け、と手を振る。

リアは不満げな顔をしていたが、

「いつか埋め合わせはしてもらいますよ」

とか不吉なことを呟きながら友達の所に合流しようとする。

「あ、そうだ。ここらへん、モンスターも出るみたいだから気をつけ……」

「つーん」

……無視された。そのままさっさと行ってしまう。

大丈夫だろうか? なんか、クラス内でもそれほど戦闘力の高くない娘ばっかだったし。

……ま、気にしても仕方ないかウッドウルフは自分たちのなわばりからあんまり出て来ないし。

でも、なんか嫌な予感というか、フラグがたったというか、いかにもというか……そんな感じがした。

「行った?」

俺が悩んでいると、シルフィが透明化を解く。

「おう。お前も帰るか?」

「いい。マスターを見ておく」

「まあ、好きにしろ」

そして、俺はふたたび下書きに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うし」

「はー……やっぱり上手いね、マスター。昔っからだけど」

「俺の数少ない趣味だからな」

「……マスターの他の趣味って、読書とチェスとかの思考型ゲームでしょ? 言っちゃなんだけど、爺臭いよ」

「やかましい」

ふざけたことを言うシルフィを威嚇しながら、絵の具の用意をしていく。

「『クリエイトウォーター』」

水を汲みに行くのが面倒なので、魔法で代用。水入れに入れ、筆につける。

「横着ね」

「別にいいだろ」

すう、と筆を動かす。色鮮やかに彩色されていく絵。

「そーいや、ちゃんと描いているんだろうな、ソフィアは」

「そういえば、なんでマスターと一緒にいないの?」

多分、友達にでも捕まったんだろう。そうでもなかったら、ソフィアが俺に付きまとわないはずがない。

まあ、俺にとっては好都合だが。

「うるさいのがいなくていいだろう」

「ひどい言い方だね」

「いや、一人いたな。目の前に」

「なんですってー!」

ほらうるさい。

 

きゃーーー!?

 

悲鳴が、聞こえた。ちょうど、リア達が向かった方角から。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………マスター、行ってらっしゃい」

「……………イッテキマス」

俺を困らせて楽しいのか、作者め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場に到着してみると、ウッドウルフが4匹ほど、リア達を囲んでいた。

「あ、ルーファスさん」

他の友人達とはまったく正反対に、あっけらかんとした様子のリア。……その、待ってましたと言わんばかりの目は止めて欲しい。

突然、登場した俺に、ウッドウルフたちが威嚇してくる。……が、俺は無視して縮こまっている女子の集団の方に歩いていく。

『ぐぅぅぅっ!!』

「邪魔だ」

進路に立ちふさがった一匹を蹴る。盛大に飛んでいったウッドウルフAは大きな木にぶつかり、それきり動かなくなった。

「ええと……大丈夫か?」

リアはともかく、他の三人は怯えきってしまっている。とりあえず、安心させるために声をかけてみた。

「る……るーふぁすくん?」

名前も覚えていない、クラスメイトの女子が震える声で俺の名前を呼ぶ。

「ああ」

「ルーファスさんが来たからにはもう安心ですよ、みんな!」

リアがなぜか誇らしげに宣言する。

「で、でもモンスターなんだよ? まだ三匹もいるんだよ?」

確かにその危惧は正しい。一匹だけなら撃退できても、こういう狩猟モンスターは複数そろうとその強さは段違いだ。

さっき、『ウッドウルフくらいなら撃退できるやつも多い』と言ったが、それは一対一の場合である。生徒たちはすべからく実戦経験不足だから、連携で来られると実力が勝っていても不覚をとる可能性は充分ある。

と、言っても、

「ルーファスさんならへっちゃらです!」

俺にとってはあんまり関係ないのだけれども。

『ぐぁぁぁぁっ!!!』

仲間を殺されて興奮したウッドウルフたちが向かってくる。

四人をかばえる位置に移動して、構えもしないで迎え撃つ。

『がぁっ!!』

「うるさいだまれ」

一番先頭のやつに神速の裏拳をお見舞いする。後ろの連中は、俺の拳の残像さえ見えなかったろう。

と、その一匹の後ろに隠れていた残りの二匹が絶妙のタイミングで左右から襲いかかる。

……一匹をおとりにして、残り二匹で決めにきたという所か。戦術的には悪くない。タイミングも申し分ない。

だが、惜しいことに……俺を倒すにはスローすぎた。

「しっ!」

短く息を吐いた瞬間、ウッドウルフ二匹、ほぼ同時に仕留める。

「ふう……」

ざっ、と自分が倒したウッドウルフたちを見渡す。……よし、全部死んでいる。

「ルーファスさんっ!」

声に反応して、振り向くと、リアが満面の笑顔でブイサインをしていた。

俺は、げんなりした顔で

「うおーい」

と、力無く腕を上げた。

……今日は穏やかな一日になって欲しいと思っていたのになあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、あのあと、大急ぎで絵の仕上げにかかり、なんとか完成。後に行われた学校の美術コンクールで最優秀賞を取った。

……まあ、蛇足である。