結局……あの後、音楽祭は無事成功。
僕とリーナさんのコンビも、ちょっとした賞を受け取った。……なぜか、その後なし崩し的に音楽部に入部させられたのは、まあいいとしよう。
結局の所、それも運命とでも言うものなのかもしれない。
もう、色々バタバタしていた学生生活も終わった。同じパーティーの人たち、リュウジやマナさんやリーナさん。三年間、なぜかずっと一緒だった僕たちも別々の道を歩いていく。
――その、はずだったんだけどね。
第23話「三年後」
「うわー、見事なまでに似合いませんね」
「……お母さん、開口一番それですか」
とは言うものの、自分でも自覚している。タキシードなんて、生まれて始めて着るのだ。それに、僕は身長も低いし、童顔だ。言うなれば、七五三みたいな感じ。
「リア、そう言ってやるなよ。所詮、俺の息子だ」
お父さんが、言ってて悲しくなるようなフォローを入れてくれる。お父さんも、珍しく正装をしていたりした。
そして、ドタドタとやってくる影が一人。
「よっ、リオン。今日はおめでとさん」
「リュウジ」
三年間、ずっと一緒のクラスで、もう親友と呼べる間柄のリュウジが来た。始めは紋付を着て来ていたリュウジだが、さすがに教会でそれはちょっと……ということで、あわててスーツに着替えてきたようだ。
……あ。
「リュウジ、ネクタ……」
「ちょっと。ネクタイくらいちゃんと締めてきなさい。だらしないわよ」
僕がなにかをいう前に、いつの間にかリュウジの前に立っていたマナさんがネクタイを締めなおす。
なんだかんだでこの二人は仲がいい。マナさんが聞いたら即座に否定するだろうが、マナさんの普段の甲斐甲斐しさは、リュウジの妻かと思えるほどだ。
……まあ、この二人もそうなるのはそう遠い未来の話ではないような気がする。とりあえず、マナさんとリュウジはコンビを組んで冒険者として活動するという話だし。
「リオンくん、本日はおめでとう」
「あ、ありがとうございますマナさん」
リュウジの服を正したマナさんは、笑顔で祝福してくれる。
「いや、しかし、こんなことになるとはなぁ。ぜんぜん予想しとらんかったわ」
「……そりゃ、あんたわね。私は一年の頃から、なんとなくこうなるんじゃないかって思ってたわよ?」
そおかぁ? と、当事者の僕は思う。
で、同じように、ん? という表情をしているお父さん。でも、お母さんの方はうんうんと頷いている。
なんてゆーか、男性陣は首を傾げるばかりなのだが、女性陣にとって今日の事は予想されていたことだったらしい。世界は不思議でいっぱいだ。
「あ〜、リオン。呆けてないでさっさとリーナちゃんを迎えに行ったらどうだ? そろそろ、式も始まるだろ」
取り繕うようにお父さんが言う。
……ま、確かにそうだ。もう、あんまり時間に余裕はないようだ……
「リーナ、さん」
まいった。
服自体は二人で選んだものだから、どんなものかはわかっているつもりだったが、それがリーナさんと一緒になった姿がこんなに綺麗だとは予想外。
ほけーっと見ている事しかできなかった。
「リオンくん。どうかな?」
はにかんだような笑みを浮かべ、リーナさんが感想をねだる。
「うん。似合ってますよ……」
辛うじて、それだけ声に出す事ができた。
しかし、本当にまいった。花婿がこんなことで、これからの式がうまいくいくのか……?
――そう。今日は僕とリーナさんの結婚式なのであった。
こういうことになったきっかけはあの一年生の頃の音楽祭に間違いはない。
あのとき以来、リーナさんとの接点が徐々に増えてきて――確か、一年生の終わりごろだ。なにやらリーナさんが焦れたように告白をせっついてきたのは。
……いやまあ、確かに。恥ずかしながら、音楽祭の少し前、酒に酔った勢いで『好きだ』と叫んだ事はあるが、正式に付き合ってくれ、と言ったことはなかった。
それまでの僕とリーナさんの関係は……月並みな言い方だが友達以上恋人未満という表現がまさにぴったりだったと思う。
で、それからなんとなーく恋人(?)な関係となって、
今に至る。
我ながら、すこし急ぎすぎかなーとは思ったのだが、卒業したら、すぐリーナさんは世界中を飛びまわるし、それに無理なく付いていくには、手っ取り早く結婚するのが一番だったのだ。
「……リオンくん?」
「あ、ごめん、リーナさん。ちょっと考え事してた」
「まったく。奥さんを前に他の事を考えるなんて、ちょっとほめられないよ?」
うわ。
なんか、無性に気恥ずかしいぞ。
赤くなって下を向いていると、やおら手を掴まれた。
「さ、早く行きましょ。もう、みんな待ってるよ、きっと」
「わっ、ちょっとリーナさん。引っ張らないでください!」
リーナさんが着替えていた部屋の入り口から、着替えを手伝ってくれていたらしいアミィさんが手を振っていた。
丘の上の小さな教会。
僕のお父さんやらお母さんやらの問題(二人とも、僕と同い年くらいに見える)があったので、結婚式に招待した人たちは本当に親しい友人や親類だけ。僕の側の親類はいないから、実質、親類と言えばリーナさんの両親だけだった。
母親のレナさんは、すこし涙ぐんでいる。娘が結婚するのだ、感慨深いものがあるのだろう。
それを視界の端に捕らえつつ、僕とリーナさんはゆっくりと神父様の所へ歩いて行く。
神父様の前に立つと、なにやら、長い耳が見えた。……あれ? エルフ?
「って、なにやってんですか、ヴァイスさん」
「なにって、神父代理だよ。儂じゃあ不満か」
にかり、と悪戯が成功した子供のような笑いをするヴァイスさん。今まで、なんで気付かなかったのか、と思うが、多分幻覚の魔法かなんかだろう。お父さんさえ、今気付いたところを見ると、さすがは稀代の魔法使い、と思う。
……いや、だから、なんでヴァイスさんがこんなことをしてんだろう?
「ふふふ……こっちではロクに出番がなかったからな。最後くらい、登場させてくれよ」
「……とりあえず、神父代理って言うんだったら、その仕事をしてください」
「うむ。新婦、リーナ・シルファンスは、新郎、リオン・セイムリートを永遠に愛する事を誓うか?」
「誓います」
横で、リーナさんがきょとんとしながら誓いの言葉を口にする。とりあえずは、気にしない方向でいくらしい。
「では、新郎、リオン・セイムリート」
「はい」
「……の答えは聞かんでもわかるから省略する」
「なんですかそれは!」
後ろでは、真面目な一部の出席者が腰砕けになっている。
「いいだろ、別に。答えが変わるわけでもあるまい。では、誓いの口付けを、来ているやつら全員に見せつけてやれ」
そ、そういう風に言われると、やり辛いぞ……。
気が付くと、後ろでリュウジがピーピーと指笛を鳴らし、リリスさんがニヤニヤとこちらを見つめ、お母さんがパチパチと早くも拍手を始めていた。
うわー、すごく逃げたい。
「リオンくん」
「へ?」
ぐい、と胸元を引っ張られ、気が付くと、リーナさんの唇が、僕のそれを奪っていた。
大きな拍手喝采が巻き起こった。
「なんていうか、情けないぞ。リオン……」
一番前の席に座っていたお父さんの呟きが、図らずも聞こえてしまう。……言わないで下さい。自分でもよくわかっているんですから。
僕が心の中で苦悩していると、リーナさんがウインクしながらこちらに目配せをしてきた。
ま……こんなのもいいか。
途中、リーナさんが投げたブーケがマナさんの手の中に収まって一悶着あったが、無事それも収束した。
そして、披露宴。
つっても、人数も少ない。教会の庭を借りての立食式にした。
ちなみに、シェフはソフィアさんとアクアリアスさん。……仮にも、自然界を統べる精霊王になにをやらせているんだろう、僕たちは。
「あ、リーナさん。ウェディングドレス、着替えてきたほうがいいんじゃ? 汚れてしまいますよ」
教会からそのままの格好で来たリーナさんに注意してみる。立食式じゃ、気を付けても汚れてしまう可能性は高い。
「そうですね。じゃ、ちょっと行ってきます。……あ、その前に、リオンくん」
きょろきょろと、少しだけ周りを見渡し、リーナさんが顔を近づけてくる。
「へ?」
今度の口付けはちょっと長い。ああ、さっきのは周りが僕らに注目していないか確認していたのかーと鈍くなった頭で考える。
実際は二、三秒だったのだろうが、僕には永遠のようにも感じられた。……いや、まだこういうのには慣れてないんだよーー! と、誰が聞いているわけでもないのに言い訳する。
「リオンくん。ちゃんと、幸せにしてくださいね」
離れ際のリーナさんの問いかけに、僕は力強く頷くのだった。