さてさて。なんだかんだで本戦がもうすぐ始まる。とりあえず、その前に、リアに会っておこうと思ったり。
リアは、この天聖大会を見に来ている。
ちょうど、貴族席に、今、リアが来ているのが見えた。
さて……なにを話そうかな。
第37話「天聖大会編 一回戦」
まず、貴族席には一応、警備らしきものがいる。見たところ、天使騎士団のメンバーらしいが、警備に駆り出される程度のやつらに、俺は遅れをとるつもりはない。
とりあえず、そいつらはあんまり気にしないで侵入に成功した。
どうやったって? ……企業秘密だ。企業秘密。
ちらりと、貴族席の様子を見てみる。
「……!!?」
慌てて身を隠した。なんだ、あのじいさんは。
齢六十前後だと思われる、帯剣した騎士っぽい人が貴族席の中にいた。俺がちょっとだけ覗いただけで、気配を察したのか、世にも恐ろしい視線を向けてきた。幸いにも、姿は見られていないと思う。気配の絶ち方も甘かったのかもしれない。今度はしっかりと、気配を消した。
多分、あれが天使騎士団団長のカールとかいうやつだろう。なるほど。サレナの言う事もあながち間違いじゃない。……てゆーか、ドラゴン20匹じゃ全然足りないな。あのじいさんの相手には。
しかし、いよいよ弱った。あんなのがでんと構えているんじゃ、貴族席に侵入する事なんて、不可能もいいとこ……
「あれ? る、ルーファスさん!?」
とりあえず、俺は、そいつの口をふさいで、人気のないところまで走った。
「ちょっとトイレに行きたくなっちゃって」
なんとまあ。間がいいのか悪いのか。いや、いいんだけど。
「で、リア。言い訳は?」
「な、なんのことでしょう」
この期に及んですっとぼける気か。いい度胸だ。
「サレナから聞いたぞ。ついでに、お前の婚約者殿にも会ってきた」
とたんに、リアは泣きそうな顔になる。お、俺のせいじゃないぞ。念のため。
「ル〜ファスさ〜〜ん」
「ええい、泣きつくくらいなら、最初から相談しろよ。大体、なんのために、この念話のペンダントをくれてやったと思うんだよ。ちゃんと携帯してろ」
一応、リアの家から回収しておいたペンダントを渡してやる。半べそのまま、リアはそれを首にかけた。
「さて、と。俺は用事があるからもう行くぞ」
「ええ!? 私を見捨てるんですか!? そんな薄情者だったなんて、見損ないましたよ! もし、あんなのと結婚する羽目になったら末代まで呪い続けますからね」
なんで、俺が恨みの対象になるのかはわからないが、それはそれでぞっとしない。……しかし、自分で教えもしなかったくせに、その言い草はないと思う。
「ほっほう。ちなみに、俺が行くのは、この天聖大会の選手控え室なんだが、それでも止めるとでも?」
「それがなんですか!? こんな大会が、私より大切だとでも……」
「ちなみに、この大会で優勝すると、国王様がなにか一つお願いを聞いてくれるらしい。リアがそう言うんだったら、俺は別に、どっかの別荘でももらおうかと思うんだが」
ピキッ、とリアが面白いように固まった。
「あ、あの、ルーファスさん?」
俺は、ポンッ、とリアの頭に手を置いた。
「ま、安心してろ。全部きっちり片付けてやるから。そしたら、セントルイスに帰るぞ」
これ以上、ここにいたら、さっきとは別の意味で泣かれそうなので、俺はさっさと退散する事にした。
「んじゃ、な」
「あ、ちょ……」
次の瞬間、俺はリアの視界から消えていた。……これ以上いたら、さらにむず痒くなるような空気になりそうだったからな。ゆるせ、リア。
控え室に戻る。……すると、今一番会いたくない奴の顔が見えた。
「ふん。騎士団見学、などと言っておいて、実は偵察に来ていたのか」
そう、天使騎士団副団長、エリクス何たらさんだ。まあ、出場するとは聞いていたし、会うことになるんだろうなあ、とは思っていたけど。
「偵察する必要なんて、ないだろう」
「ほう、なぜだ?」
「俺のほうが、あんたよりずっと強いからな」
とたんに、それまでの尊大な態度から不機嫌になる。そういう、自分を貶められるような言葉を言われ慣れていないのだろう。サレナからの情報によると、こいつは、この国の貴族出身らしいし。……このままコイツが「無礼者!」とか言ってキレて、飛び掛ってきたら、それはそれで楽なんだが。ちょっと(いろんな意味で)再起不能にしても、正当防衛だよな?
「大きく出たなあ。ルーファス君」
「……セイルさん」
そうだった。この人も出場するんだった。見ると、エリクスが剣の柄にかけていた手を離していた。どうもセイルさんが苦手っぽい。
……ちっ。
「ふんっ。まあ、本戦で私と当たらないことを祈っているんだな」
そう言って、俺に背を向けた。
「いや〜、しかし、本当に出場してくるとは思ってみなかったな」
「そうスか」
セイルさんは、嫌に陽気だ。他の出場者は、ピリピリしているのに、ずいぶんと余裕がある。周りを見てみても、確かに、俺を除いたら、セイルさんとエリクスは飛びぬけた実力を持っているようだ。
さすがは、天使騎士団から選ばれたことはある。
「だって、予選だけでも、すごい倍率だろ? 俺なんか、天使騎士団の出場枠があるから、予選なしだったけど」
「でも、騎士団内の選抜のほうが、よっぽどきついでしょ」
多少、弱体化したとは言え、『ちょっと腕が立つ』程度のやつらが集まる予選より、レベルは高いはずだ。
「そんなことないよ。身内のなかの試合だから、向こうの手の内はわかってたし。ま、本戦で戦うことになったらお手柔らかにお願いするよ」
「……そりゃ、こっちの台詞です」
ただの学生相手に、なに言ってんだか、この人は。
(ただの、じゃないでしょ、ルーファスさん)
「うおっ!?」
いきなり話しかけられて、びびった。
(り、リア……か?)
(はい。そーです。ちょっと激励しようと思ったんですけど)
(あ、ああ。頑張るって)
(考えてみたら、ルーファスさんが頑張っちゃったら、いろいろ面倒なことになりそうな気がするんで、適当にやってください。)
そのまま、リアは『回線』をぶつりと切った。
「なんだそりゃ!」
思わず突っ込みを入れる。さっき、俺が逃げたことへの腹いせか?
「ルーファス君? 君、なにか病気でも持っているのかい?」
はっ……なにやら、他の人たちから、冷た〜い視線を感じた。いきなり、叫び声をあげて、しばらく沈黙したと思ったら、次はなんの脈絡もない「なんだそりゃ!」……そりゃ、避けるだろ。
『あ、出場者の皆さんは、リングに上がってください』
そんな声が聞こえたとき、俺は心底「助かった」と思った。……やれやれ、始まる前に疲れちゃったな。
さて、この天聖大会の出場者は12名。それをトーナメントで、優勝を決めるわけだから、少し考えればわかることだが、一つ試合の少ない者が四人出てくる。ほかの八人の準決勝に当たる試合がないわけだが、俺は、そっちの四人の中に入った。
さらに、運のいいことに、エリクスも俺の隣にきている。一つ勝てばやつと当たるのだ。
まあ、一回戦の試合が、最後なのはちょっと嫌だが。待つのはあんまり好きじゃない。
『……ファス選手!』
しかし、ここからはリアも、応援に来ているリリスちゃんとサレナも良く見えるが、なにやら、あきれたような顔をしているだけで、俺を応援しようとか、怪我をしたらどうしようとかいう意志が感じられない。ったく。少しくらい心配してくれてもいいものを。
『ルーファス選手!? そろそろ、試合を開始したいんですが!?』
「す、すみません!」
読者への説明が! と叫びたかったが、言い訳にしか聞こえない(つーか、他の人にはなんのことかわからない)ので、やめておいた。くそっ、ここら辺、俺損しているよな。
『さー、それでは「本当に」長らくお待たせしました。第六試合、ルーファス選手vsバークレイ選手。さて、簡単に選手の説明をしましょう。ルーファス選手は、この王都サイファールの予選において突如出現した謎の天才学生剣士です。どの国出身なのか、そもそも、あの勇者と同じ名前は本名なのか、経歴は謎ですがその強さのほどはレベルの高い王都の予選を勝ち抜いたことからも明らかでしょう。対するバークレイ選手は凄腕のモンスターハンターで、槍を武器としています。幼いころから我流で鍛え上げたその腕前は、その仕事の経歴からも伺えます。さて、一体勝利するのはどちらでしょう!!?』
本当に簡単に説明しやがった。
ちなみに、俺の正体(ヴァルハラ学園の生徒である)はまだばれていないようだ。まあ、名前と年齢以外は出場用紙に記入しなかったしな。
『それでは、試合を開始してください!』
開始の合図とほぼ同時に、バークレイとかいうおっさんが突っ込んできた。手に持った槍で最短距離を突いてくる。つい、と横にかわすと、その刺突が横薙ぎに変化した。
ふむ、と、冷静に剣の腹で受け止める。この剣は、例によって支給されたものだ。って言っても、武器の差をなくすためのもので、刃が落としてあるような甘っちょろいものではない。
そう考えている間にも、バークレイの槍はどんどんと攻めてきた。それを防ぎ、かわしていくごとに観客席から「おおーっ」という声が聞こえる。
確かに、このおっさんも強い。槍さばきは一流だし、俺を子供だからといって侮っていない。
だが、やはり俺の相手には力不足だ。
心臓を狙って突いてきた槍を、剣で絡めとり、そのまま弾き上げる。槍は宙に舞い、呆然としているバークレイの首元に剣の先端を突きつけた。
「……まいった」
さすが、潔い。
『決まったぁーーーー!! ルーファス選手の勝利です!!』
俺は、勝利宣言の直後に沸きあがった歓声にぎこちなく答えながら、これで、学生としての俺は死んだな、とか思っていた。だって、こんな公の大会で勝ち進んだら、遅かれ早かれ、俺の素性もばれるだろうし。
……まあ、仕方ないといえば仕方ないんだけど。覚悟はしていたし。
はあ、と、俺は誰にも聞こえないくらいのため息を、空に向かって吐いた。
「ほほぉ。あちらの子供が勝ったか。カール。賭けはお前の勝ちだな」
「いえ」
カール、と呼ばれた老騎士が、控えめに返事をする。
「しかし、なかなかやるな。ルーファス、とかいったか。彼の勇者と同じ名前の」
そう言っているのは、この国の国王。リアとエリクスの婚約を決めた一人の、サイファール国王である。
「だが、どうしてカールは、ルーファスとやらが勝つと思った? 前評判からも、見た目からも、バークレイのほうが強そうに見えたが」
「そうですね……強いて言えば」
思い出す。一瞬で影しか見えなかったが、大会開始前、自分の警備する貴族席に侵入しようとした賊。確信はもてないが、その影とあのルーファスは同じような気を感じる。
あの時の動き。不覚にも捉えられなかった。うぬぼれでなく、天使騎士団長の自分は、人間の中では五指に入る実力を持つのに、である。
なぜ、貴族席に侵入しようとしていたのかはわからないが、少なくとも、不純な動機ではない。これは、長年の勘である。
そんな諸々の思いがよぎったが、それを王に話すのは不適切と考え、カールはこう答えた。
「なんとなく、ですよ」
「お前が、そんな曖昧なことを言うのは珍しいな。そうか、なんとなく、か」
おかしそうに、国王が笑う。
「確かに、そうですな」
カールは、闘技場に眼をやる。そこでは、もう二回戦の第一試合が始まろうとしていた。