さて、3学期になった。

そして、今ひとつよく知らなかったイベントなんだが……

今日はバレンタインとか言う日だったらしい。

 

第27話「その日」

 

学校に来て、下駄箱を開けてみると、不審物を発見した。

「……?」

見た感じ、いつものトラップ、というわけでもなさそうだし、そもそも、きれいにラッピングされているトラップってのも変だろう。

だが、身についた習慣か、細心の注意を払いながら、その箱を取り出す。

「ん? チョコ……か?」

漂ってくる甘い匂いは、確かにチョコレートのそれ。がさがさとあけてみると、確かに、まごうことなきチョコレート。なぜか、ハート型。

ますますもってわけがわからない。俺が『?』という顔をしていると、リアが登校してきた。

「あ、ルーファスさん、おはようございます」

「ん? ああ」

「? それ、なんですか」

リアが、俺が持っているものを見て、怪訝そうな目になる。

「チョコレート。なんか知らないけど、下駄箱に入ってた」

とたんに、リアから発せられるオーラが怒りの色に染まる。もうすでに、脊髄反射の領域で、俺は一歩引いた。……精神的には三歩ほどひいている。

「へー、そうなんですか」

「な、なんだよ?」

三白眼になって、手に持っていた何かを、さっと後ろ手に隠し、リアはこれでもかというほど粘着質な声で俺を攻め立てる。

「なんでもありませんが?」

「なんでもないってことないだろ。なんだよ。言えよ」

いつものように、何に対して怒っているのか、はっきりわかるのならまだいいが、俺にまったく覚えがないのにリアの(俺限定)必殺技『怒りのお〜ら』を向けられるのは納得がいかない。

「これ見よがしに、そんなものを見せ付けておいて、そういう事言いますか?」

……そんなものって、ナニ。

それを口に出す前に、リアはさっさと上履きに履き替えて、教室に歩いていった。……せめて、人の話は聞いてほしかったりする。特に、こういう場合には。

かと言って、追いかけて問い詰めようものなら、今以上に冷たい態度をとられるのは火を見るより明らかで……

結局、俺はその場で呆然としているしかなかった。

 

 

 

 

 

その場で呆然とすること5分。

「あれ、ルーファス、なにやってんの?」

などという、サレナのあっけらかんとした声で、俺は我に返った。

「あ、ああ、サレナ。おはよう」

「うん。……で、聞きたいんだけど、そのチョコ誰にもらったの?」

「知らん。学園にきたら、下駄箱に入ってた」

差出人の名前もない。まったくもって、奇妙な贈り物。……もしかして、こいつらのファンクラブのやつらが、俺を暗殺しようと毒でも仕込んでいるんだろうか。毒じゃ、俺は死なないというのに。

「ん? リアかソフィアからだと思ったけど、違うんだ?」

「なんで、その二人が俺にチョコレートなんぞをくれるんだよ」

サレナは、それを聞くと、驚いた顔をして、その後、ひどく馬鹿にした口調で、

「まさか、今日が何日だか、知らないわけ?」

「……2月14日だろう。それがどうかしたのか」

それを聞くと、サレナはさらに呆れきった顔になった。……なんなんだ、一体。

「まさかさあ……それはないと思うんだけど……一応、確認しておくわ。今日って、何の日?」

「えーと……なんかあったっけ?」

だめだ、こりゃ、とサレナは頭を抱えて、

「いーい? 今日はバレンタインっていって……」

それから、俺に、バレンタインという習慣について説明を始めた。

 

 

 

 

先に言っておこう。俺は、意外と世間知らずだ。

八つのころに、村が壊滅して、それからずっと戦ってるか、修行をしているかだったので、仕方ないといえば、仕方ない。

今日みたいな、昔の聖人の記念日にかこつけて、菓子業界がでっちあげたイベントなど、知らないのも当然だ。

……そう。俺が、無意識のうちに、リアの神経を逆なでするようなことをしたのは認める。理由は知らないが、今までの経験上、ああいうことをするとリアが怒ることは知っている。

だが、これは不可抗力なのだ。冤罪だ。

うん、つまり。俺が引け目を感じることなんて、ちっとも、これっぽっちも、ない……はずなんだけど。

「…………………」

俺の右斜め後ろから、ひっじょーに、悪寒が走る視線を感じる。

な、なんだかなあ。

とりあえず、弁解しても無駄なことはよくわかっているので、無視して席に着く。そして、かばんに入っている教科書を机に移して……

「あれ?」

机の中に何かが入っているのに気がつく。

引っ張り出してみると、またまたラッピングされた箱が出てきた。しかも二個。

ピキッと、俺の右斜め後ろからむーと、俺をにらんでいたお嬢様が固まる音が聞こえる。

俺のせいじゃない、はずだ。

「あらー、まだあったの?」

「……はっきり言って迷惑なんだが」

チョコをくれたこと自体はありがたいと思うが、それで、リアの機嫌が悪くなるのなら、俺は願い下げだ。

「つーか、本当にお前の言ったとおりのイベントなら、どうして、俺にくるんだ」

親しい人や、好意を持った異性にチョコレートを贈る、というのがバレンタインデーの趣旨らしい。なら、どうして、俺に三個も送られるのか。

「んー、そーね。私も最初は不思議に思ったけど……」

サレナがうーんと、首をひねり、

「ほら、あんた、強いし、意外と頭もいいし。普段、ギャグ顔ばっかだから、気がつかなかったけど、顔も、まあまあだし」

…………

「まー、いろいろ騒ぎの中心になってるから、目立ってるしね」

ほめられているのか、けなされているのか、ものすごい微妙だ。

「……素直に喜べないんだが」

「気にしないしない」

とかなんとか話していたら、ソフィアも登校してきた。

「あ、おはよーございま……」

俺に向かってあいさつをしようとしたそのとき、リアが、ソフィアをひっぱって、ぼしょぼしょと耳打ちする。

とたんに、ソフィアもリアと同じような状態に。

「「(じとーーー)」」

「こら、お前ら! なんだその目は!?」

「別に」

「なんでもないです」

こ、こいつらは……

 

 

 

 

 

 

名無しの三個のチョコを、かばんに入れ、淡々と授業が進む。

……昼休みの中ごろに、新たに、一年生の子が二人そろって来た時は、かなーり、雰囲気がやばかったが、それもなんとか爆発まではいたらなかった。

そして、昼休みも終わろうかと言うそのころ、いきなり、俺の席に久々のやつがやって来る。

「ルーーーファーーーース!?」

「なんだ、アル」

「なんで、お前が計五個ももらえて、俺はゼロなんだ!? 納得いかんぞ!!」

最近めっきり影の薄くなったアルが涙目で俺に抗議してくる。

……が、

「日頃の行いだろ」

こんなやつに、必要以上やさしくするつもりなんぞない。適当にあしらっておく。

「くっ! 俺がなにをしたってんだ!?」

人のプライベートな情報を集めている時点で、アウトだと思うが。アルも、まあ、悪いやつではない。だけど、どっちかというと、『友達でいましょう』ってタイプだ。

「この上、こいつはリアちゃんとか、ソフィアちゃんにももらうんだ! くそう! 他のやつらの気持ちが少しわかったぜ!」

ああいう連中の気持ちがわかるのか……

「よし、今日から俺も、貴様の敵だ! 月のない夜には気をつけろよ、ルーファス!」

「……ほう。俺と真正面から敵対するとはいい度胸だ」

ぼきぼき、と指を鳴らし、軽い殺気を叩きつける。……朝からうまくいかなくて、少々苛立っているようだ。

「い、いやだなあ、ルーファス。冗談だよ、冗談。俺たち、親友じゃないか」

親友かどうかはさておいて、ものすごく変わり身が早いな、アルよ。

「しかし、お前、リアちゃん&ソフィアちゃんを何とかしろよ。朝からずっとピリピリしてるぞ」

「そうしたいのは山々なんだが……」

今のあいつらをどうこうするような力は、俺にはない。魔王を倒した勇者と言っても、こんなものなのだ(この場合、それは関係ないような気がするが)。

がくっ、と机に突っ伏していると、荒々しく、教室の扉が開けられた。

「やあ、サレナ王女! お久しぶりです!」

……マグナス・ハルフォード。ローラント王国でもかなり上等の血筋の貴族の次男坊。上の兄が家督を継承するので、なんとか他の方法で出世しようと躍起になっているらしい。その手段が、この国の第一王女と結婚するというのは、まあ理解できなくもないが。

「ああ、こんにちは。で、なんの用ですか?」

すこしうざったそうな顔をするものの、丁寧な口調で応対するサレナ。王家といえども、ハルフォード家は無視できるほど国家に対する影響力は小さくないらしく、いやいやながらも相手をしているらしい。

「いやはや。いつまで待っても、サレナ王女がおいでにならないので、不肖、このマグナス、参上しました」

「? ええと、なにか、私、あなたと約束でもしていたでしょうか?」

「ははは! まあ、今日は何日かを思い出していただければ、私の言いたいことはご理解できると思いますが」

……暗に、チョコをよこせといっているらしい。

「はあ、今日は……何の日でしたっけ?」

あくまでもとぼけようとするサレナ。……どうでもいいが、その口調はどうにも慣れない。寒気がする。

「まあ、サレナ王女のそういう奥ゆかしいところも、私はいいと思いますが……。どうでしょう? 素直になられては」

ちょっと待て。お、奥ゆかしい、だ? どこをどう見てる、貴様。

俺が、他人のふりをして心の中でツッコミをいれていると、サレナが目配せをしてきた。俺が気づいたのを確認すると、小さく口を動かす。

『こ・い・つ・ど・う・に・か・し・て』

唇の動きから、そう言っているのを読む。

はあ……めんどい。

まあ、サレナには晩飯をおごってもらったり、いろいろ生活面で世話になっている。仕方なく、俺は誰にも気づかれないように、小さく呪文を唱えた。

「『……ダウン・スリープ』」

かけた相手を眠りに誘う、真魔法の中でもかなり簡単な魔法。成功率はそれほど高くないのだが、俺の力量と、マグナスの魔法抵抗力の低さからあっさりとかかった。

「ぐう……」

やれやれ……。

 

 

 

 

 

さて、マグナス来襲後、歴史の授業。

これは、暇だ。

特に今はちょうど俺が生きていた時代……約200年前のあたりのことをやっている。実際にそのころを体験した俺にとっては退屈極まりない。

あ、そうだ。

(リア……)

クリスマスに贈ったペンダントを通して、リアに念話で話しかける。……普通に話すより、こっちのほうが話しやすい。面と向かっては話せないことも、手紙でなら話せるのと、同じようなものだ。

(……なんですか)

機嫌が悪い。それは、わかってたことだ。

(なに怒ってんのか、知らないけど、そろそろ機嫌直してくれよ)

(……別に、私はいつもどおりですけど)

この期に及んで、まだ言うか、こいつは。

(ったく。俺に、どうしろと言うんだ、お前は)

しばし、リアからの返答が途切れる。どうやら、なにかを考えているらしい。

(なら……授業中も、こうやって話してくれますか)

(は?)

(だから、前、駄目って言ってたけど、また、こうやって授業中も話してください。そしたら、許してあげます)

……あのペンダントを送って、リアは、いつでもどこでも、俺に話しかけてくるようになった。

さすがに、授業中にかけてくると、非常に迷惑だったので、非常時以外は使っちゃ駄目、と言い聞かせたのだ。……ちなみに、つい、一週間前の話だ。

(……仕方ない。まあ、よしとしよう。ただし、節度をもってな)

で、その約束はあっさりと破棄されてしまった。これでいいのか、俺。

(はい!)

と、やけにうれしそうに返事をする。確かに機嫌は直ったようだが……なんでだ?

(えーー、ずるいですよ!)

そこで、ソフィアがいきなり乱入してきた。どうやら、俺とリアの念話を盗聴していたらしい。

(私もマスターとお話したいです!)

(いや、その、おい、ソフィア?)

(それとも、リアさんはよくて、私は駄目だとでも言うつもりですか?)

……やばい。なんか知らんけど、こいつも怒ってる。

(ルーファスさん、別にいいんじゃないですか?)

(いや、リア。そう簡単に……)

(ずるい! ずーーるーーいーーーー!!)

こ、こいつめ。俺の四十倍は軽く生きているくせに、どうしてこんな子供なんだ。

見てみると、ソフィアは怒り心頭のご様子でむー、とこちらを睨んでいる。

(う……)

(ずーーーーるーーーいーーーーでーーーーすーーーーー!!!)

脳に直接響く音がやかましいことこの上ない。

(わ、わかったから、ちょっと黙れ。頼むから)

(はい)

あっさりと、機嫌を直す。……もしかして、嵌められた? 俺、嵌められたのか?

 

 

 

 

そして、授業が終わると同時に、リアとソフィアからチョコが手渡された。

……ものすごい、遠回りをした感じだった。

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