結局、俺たちはリリスちゃんに着いてきた。洞窟のような場所の前に座って欠伸をしているリリスちゃん。
なんでも、この儀式は、夜中の12時までこのままじっとしておかなきゃいけないらしい。ご苦労なことだ。
ま、それはいいんだけれど、
「なーんか、嫌な感じが……」
そして、俺のこういう予感は、外れたことがなかったりする。
第25話「ルーファス、かつての失敗〜そして、また一人の巻〜」
「眠いです……」
ソフィアの頭がこっくりこっくり泳いでいる。ちなみに、まだ10時過ぎだ。
「我慢しろ。あと2時間くらいだ」
「……私も眠いんですけど」
「リアも我慢だ」
言いつつ、カバンからポットに入れたコーヒーを出す。カップに注いで二人に渡してやった。
「あたしも頂戴」
サレナがそう言ったので、俺の分も合わせて、もう二つ、コーヒーを注ぐ。
「……苦いです」
顔をしかめて呟くソフィア。
「砂糖は多めにしてあるはずだぞ」
「でも、私には苦いです」
お子様舌め。俺も苦いのはあんまり好きじゃないから、かなり甘めにしてあるはずなのに、まだこいつには駄目らしい。
「ほれ」
角砂糖を一つ、ソフィアのカップに入れ、スプーンも渡してやる。
「ありがとうございます〜」
うれしそうにスプーンでかき混ぜ始める。
「っと、彼女にも持っていってやるか」
今は冬。おまけに、山の夜は余計に冷える。俺たちは、ここらへんの空気を調整して適温にしているが、そんなことはしていない彼女はかなり寒そうだ。
カップは人数分しかないので、早々に飲み終わった俺のカップにコーヒーを……
「「ちゃんと洗ってください」」
注ごうとしたら、見事にハモった二人の声に遮られた。誰かは言うまでもないだろう。
俺は、無言でクリエイトウォーターを発動。更に、その水を空中で操り、カップをじゃぼじゃぼと洗う。
水を切り、ハンカチで拭いて、再び、コーヒーを注ごうとする。その前に視線で、二人に問いかけると、二人は『うん』と、頷いた。
なにか、どっと疲れるものを感じながらコーヒーを入れる。
「はあ……」
歩いて、リリスちゃんに近付く。
何気なく、周りを見てみると、確かにどこか見覚えのある地形だ。200年もたっているから、植物の生え方とかがかなり違っているが、どことなくわかる。
リリスちゃんの目の前にある洞窟も、当時からあったものだ。確か、件の魔族はあそこをねぐらにしていた。
(……待てよ)
今、なにか背筋に寒気が来たぞ。
「あ、なんですか?」
リリスちゃんが近付いてくる、俺に気付いて声を上げる。その声で、俺もはっと我に返った。
「いや、コーヒーでもどうかと思ってね」
「あ、それはどうも」
リリスちゃんにカップを渡そうとしたとき、
「!?」
俺はとっさに、彼女を抱えて、後ろに飛んだ。その一瞬後、さっきまでリリスちゃんがいたところに黒い影が走る。
「誰だ!?」
その言葉に返事をするわけでもなく、のっそりと現れたのは身の丈2mは越してあるであろう、長身の男。……いや、魔族だ。
「あれ? お前は……」
俺は、その魔族をどこかで見たような気がした。……いや、待てよ。
「貴様……よくものこのこと俺様の前に姿を現せることが出来たな」
「あっ! お前は、あの時の!」
きゅぴーん! と、思い出した。昔、この村にいて、俺が倒したはずの魔族だ。
「あの時って……?」
リリスちゃんの言葉も耳に入らない。
はて、どうしてこいつが生きている? 俺はあの時確かに……
確かに……確か…に
タタタッ!(ルーファスが魔族に駆け寄る音)
ザシュッ!(魔族に一撃くらわせる音)
「大丈夫か?」(ルーファスね)
「……余計なことを」(生け贄の女の子ね)
「へ?」
「あのバカ魔族……近寄ってきたらこいつで一撃喰らわせてやるつもりだったのに」
以下略
とどめ、刺してなかった(汗)。
「貴様のおかげで再生にずいぶん時間を費やしたようだな。この恨み、はらしてやるから覚悟しろ」
どうやら、致命傷を免れて、洞窟の中で治療に専念していたらしい。
「今一つ、時間感覚が狂っているが、お前がまだそれほど年をとっていないところを見ると、たいした時間は経っていないみたいだな」
……可哀相に。目覚めた当時の俺と似たような状態だ。やはり、似たもの同士のよしみで真実を教えてやるか。
「言いにくいんだけど、俺がお前を斬ってから200年ばかしたってる」
「なんだと?」
「信用できないなら、星の位置を見てみろ。お前の知っている座標からだいぶずれてるぞ」
……星の位置と魔法は密接に関係している。その代表的なものが、月の満ち欠けによる一部魔法の威力の変化だ。
つまるところ、魔法を使うものならば、ある程度天文学もかじっている。
案の定、空を見上げた魔族はぷるぷると震えながら、自分の目を何回もこすっていた。
「そーゆーわけだ」
「な、なら魔王様は!? 世界は今どうなっている!?」
「えーと、お前を斬ってから一年くらいあとに、俺が倒した。そのときの傷で、俺も200年間、眠っていたから、この年のままなんだ。わかった?」
後ろから「えっ!?」と言う、致命的な声が上がった気がしたが、気のせいということにしておこう。
「そ、そんな話が信じられるか! やはり、貴様はここで殺す!」
「……どこをどーゆーふうに頭を働かせたらそういう結論に達するのかまるでわからないけど、やるんだったら相手になろう」
さっ、と構える。
当時は、奇襲気味で倒したから気にしてなかったけど、こうして真正面から向かってみると、そこそこ上級の魔族だとわかる。
その魔族は、いきなり懐から剣を取り出して斬りかかってきた。
「とっ!」
かわす。かなり、するどい斬撃だが、いつぞやのウォードと比べたら大したことはない。……が、その攻撃による衝撃波がリア達のいる辺りに着弾。なんとか、防いだようだが……
「……悪いが、場所を変えるぞ」
派手な戦闘になるかもしれない。俺は、山の奥の方へ走る。ちゃんと、魔族も着いてきている。
5秒ほどで、山の頂上に着いた。
「なるほど。ここを貴様の墓場に選んだわけか」
「さあ? どっちの墓場かはすぐにわかると思うが」
言いつつ、レヴァンテインを取り出す。
そして、地面を蹴った。
さて、そのころ
「たはは、危なかったわねえ」
前方に腕を突き出しつつ、苦笑いするサレナ。あの魔族の放った衝撃波を防いだのは彼女である。
「ルーファスさんも、いきなり喧嘩を始めることないのに」
「あのね、リア。アレは、喧嘩っていうレベルじゃないと思うけど……いや、やっぱりいいわ」
ずれたことをいうリアに、サレナが説明しようとするが、どーせ無駄だと思い当たって、口をつぐんだ。
「それより、彼女のこと、どうしましょう」
困ったような顔をして、ソフィアがリリスの方を見る。
「マスターとあの魔族の会話で、多分ばれてますよ」
「そーね。あれでばれてない方がおかしいわね」
呆れたように、サレナも同意する。確かに、どんなに言いつくろっても誤魔化せないだろう。
「ルーファスさん、ドジですからね」
ルーファス本人が聞いていたら「お前にだけは言われたくない!」と即座にツッコミをいれそうな台詞をのたまうリア。
そこで、惚けたようになっていたリリスが、リア達の方に慌ててやってきた。
「魔族の儀式がルーファスさんで本当ですか!!?」
「……落ち着きなさい」
「はっ、すみません。……えーと」
口ごもるリリス。かなり混乱しているご様子である。どんな事を聞かれるのかと、身構えるサレナ。
「だから……さっきの話は本当ですか?」
直球だった。
「えーとね……」
「どうする」と、リアとソフィアに視線で問いかける。だが、二人は苦笑いをするだけだった。
「……本人から聞いて」
ドカァ!
サレナが言うと同時に、山の頂上の方から大きな音が響いた。どうやら、あっちは片づいたようだ。
「や、やあ」
魔族を倒してからからたっぷり30分ほどかけて、俺は帰ってきた。ここに来るのをためらった理由は、もちろん、リリスちゃんのことである。
うっかりとはいえ、完璧口を滑らせてしまった。
よい言い訳を考えていたが、どうしようもないような気がする。
「……………」
「うっ……」
リリスちゃんは無言で見つめてくる。
「いやあ、ははは……な、なにか?」
「本当ですか?」
「な、なんのことかな!?」
「さっきの話は本当ですか?」
ぐっ、とつまってしまう。見ると、俺の後ろでは、リア達が「知―らない」とばかりに明後日の方向を見て立っていた。
言葉を探して、しばらく黙っていると、その沈黙を肯定ととったのかリリスちゃんが納得いったと言う顔をした。
「本当、なんですね」
「じゃ、じゃあ、俺たちはもう帰るから!」
俺は、逃げた。振り返るまいと、リア達の方へ走る。
「あっ、待ってください!」
待ってと言われて待つやつはいない。
「『この地より彼方へと旅する者を運ぶ扉。遙かなる道程を無にせよ!』」
走りながら詠唱する。三人の元へ着くなり、俺は魔法を発動させた。
「『ディメンジョン・ロードォォォ!!』」
光に包まれる。次の瞬間には、俺たちはセントルイスの入り口に飛んでいた。
……逃げた。逃げるのには成功した。
だけど……たぶん解決はしていないのだろう。
逃げても解決しないって、わかってるはずなんだけどなあ。