「………疲れた」
一時間目が終わった。その間の俺の心情はこの一言に集約されている。
ミリア先生の発言のせいで俺は一躍クラスの悪者にされてしまった。
あれから、またミリア先生がキレてクラスの連中は表面上は大人しくなったが、授業中も、俺に向けられる視線は相変わらずだった。
いや、むしろ更に悪意がこもったような気がする。
まあ………
「………?」
事の元凶は、まったくもって事態を把握していないのだが。
第4話「ルーファス、戦う」
「はあ……次の授業はなんだ?」
精神的にとてつもなく疲れているルーファスは、投げやりな気分で、時間割を確認する。
「次は戦闘訓練だ」
隣のアルフレッドが、聞きもしないのに答えてくれた。
「そうか………で、どこでやるんだ、アルフレッド?」
「運動場。訓練専用に、第二体育館を建てようって案もあるんだけどな。それと、俺のことはアルで良いぜ。一日目から、いじめにあっている転入生さん」
「………それを言うな」
そう言いながらも、ルーファスは半分、諦めにも似た思いがあった。
今からでもリアと距離を置けば、クラスのみんなもそれなりに好意的に受け入れてくれるかも知れない。だが、自分の性格からしてそれは無理な相談だ。
昔から、困っている女の子は放っておけない性格なのである。そのせいで、厄介ごとに巻き込まれた回数はもう数え切れないほどになっているのだが。
「ま、こうなったらなるようになるさ。はやく運動場に行こうぜ、アル」
「ああ」
アルフレッドと連れ合って、外に出ようとしたルーファスは、どこか間の抜けた声に呼び止められた。
「ルーファスさん、待ってくださ〜い。私も一緒に行きます〜」
そう言って、リアは、落とした教科書を、机の下にもぐりこんで拾い………
ガンッ!!!
「あうっ!」
立ち上がろうとして、見事に机に頭を打ち付けた。
「……やれやれだ」
ルーファスは苦笑しつつ、リアの所に向かった。
その時も、相変わらずなクラスの視線が集中していたのは言うまでもない。
戦闘訓練担当の教師の指示の元、それぞれの生徒は自分に合った武器を手に取った。
ルーファスは当然のように剣を選んだ。もちろん、授業用に切れないよう加工した武器だ。
「ふむ………」
軽く、二度、三度振ってみる。思いの外、具合は悪くない。
もちろん、レヴァンテインには及ぶべくもないが。
「あーー、じゃあお互い、レベルの近い者と試合を始めるように」
先生の指示の元、クラスメイトは思い思いの相手と試合を始める。
ルールを聞いてみると、どうやら、ひどい怪我をさせるような行為でなければ基本的になんでもありらしい。実戦重視と言うことか。
(っていうか、あれはどういうことだ?)
ルーファスが見る先には、武器らしきものはなにも手に持っていないリアがいた。
「えいっ!えいっ!」
恐ろしく情けない声と共に、お前は子供かと突っ込みたくなるようなパンチを繰り出している。
相手をしているクラスメイトも少し困った顔で受け止めていた。
「あれは、使い物にならないな………」
心底そう思った。同じパーティーを組む者として、リアには肉弾戦はやらせないようにしようと心に決めた。
まあ、さっさと相手を探すか……そう考えたルーファスは、いつの間にか目の前に立っていた男に気付いた。
「リアさんを侮辱するのは許さんぞ!!」
その男は怒りに顔をゆがめながらそうのたまった。よく見ると、自分がリアの隣の席に座ることを強硬に反対していた男だ。
アルフレッドが、リアに『落とされる』と言ったのが、こいつを見ているとよくわかる。
「あーー……でも、事実だと思うんだが」
「おのれ!!一度ならず二度までも!!こうなったら、このダルコ・レンバート様が引導を渡してくれるわ!!」
(面倒なやつ………)
だが、好都合なことに相手をしてくれるらしい。相手が見つからなかったルーファスにとっては願ったりかなったりだった。
「じゃあ、試合してくれるか?」
「望むところだ!!」
意気込みは充分のようだ。
ちなみに、当のダルコはと言うと………
(ククク………ルーファスめ……殺しはしないが、1年は病院のベッドで過ごしてもらうぞ。これでリアさんに近付くことは出来まい!!)
なんて事を考えていた。
ルーファスとダルコの試合は、クラス全員が自分たちの試合をしながら注目していた。
実は、ダルコは学年でもぶっちぎりで一番の剣の使い手である。
クラスの連中は大なり小なり、ルーファスをリアに近付く悪い虫と認識していたので、ルーファスがぼこぼこにされるところを見ようとしていたのだ。
若干2名。違う反応の人物たちは、
(おっ、なかなか面白いことになってきたな。さて、ルーファスはどうなるかな?)
(ルーファスさんって、どのくらい強いのかな〜?)
などと考えていた。言うまでもなく、上からアルフレッドとリアだ。
さて、注目されている当人、ルーファスはヴァイスからの忠告を反芻していた。
『あんまり自分の力を見せない方がいいぞ。注目されると、もしかしたらお前の正体がばれるかもしれんしな』
なんて事をヴァイスは言っていた。
(だけどなあ……負けるのは嫌だし………)
おまけに、負けたらなんか殺されそうな気配だ。
(ま、適当に相手して、適当なところで勝つとするか)
ルーファスは知らない。剣でダルコの相手をして勝てるのは、ヴァルハラ学園でも、武術系の教師のみだと言うことを。
そんな思惑が交差した中、試合が始まった。
「喰らえ!」
先制はダルコ。と、言うより、ルーファスは初めのうちは手を出す気がない。
ブンッ!
盛大な音を立てて、ダルコの剣は空振った。
「なにぃ!」
大抵のやつには、この一撃だけで勝負が決まっていた。ダルコはこいつは侮れないぞと瞬時に悟る。
「よっ」
気のないかけ声と共に、牽制のルーファスの一撃。牽制とは言っても、ルーファスの基準でだ。並の人間からすれば、必殺の一撃と言ってもいい。それでも、かなり加減しているのだが。
ガキッ!
ダルコはとっさに引き戻した剣でガードする。
「ふん……なかなかやるじゃないか」
「そりゃどーも」
いったん間合いをとり、仕切り直し。
クラスメイトは自分たちの練習はそっちのけで、ルーファスたちに注目している。どよどよと、ざわめきも起こっていた。
先ほどの攻撃から、ダルコは完全に本気になった。もともと、ルーファスを侮っていたのだが、それがなくなった。
(そうだ。あれは敵だ。リアさんに近付く悪魔だ。手加減などするな。ぶっころしてやれ………)
物騒なことを頭の中で繰り返しつつ、じりじりと近付いていく。
一方、ルーファスの方は戸惑っていた。周りがどよどよと騒いでいることに対してだ。
(む……これでもやりすぎなのか?)
自分はただ相手のレベルに合わせて受けて、返しているだけだ。今の……ダルコとか言ったか………に比べて特別速い動きをしているわけでも、うまい技を使っているわけでもないのに………
だが、それこそが驚異だと言うことは、転校したてのルーファスにわかるはずがなかった。
「ずえりゃあああああ!!!」
うるさい叫び声を上げながらダルコが突っ込んでくる。
間合いに入った瞬間、嵐のような連撃を繰り出すが、ルーファスにはかすりもしない。全て紙一重でかわされている。
それは、何十回斬りつけても変わらなかった。
(くそぉ!)
ダルコが心の中で愚痴る。
なぜ当たらないのだ。自分は、剣に関しては同年代では最強。そう自負していた。
だが、目の前の邪魔者は、いともあっさりとその剣をかわす。
なんでだ!?
(うーん。勘が少し戻ってきたなあ)
200年間ルーファスは眠っていた。
シルフィたちの処置によって、筋力の低下とか記憶喪失とかいう事態はなかったものの、やはり、戦いの呼吸というか、そう言うものは鈍っていた。
だが、こうやって、全然本気ではないとはいえ、剣を打ち合わせていると、だんだんとその感覚も戻ってくる。
ふと、自分に向けられる視線に気付いた。ほかのクラスメイトの悪意のこもった視線ではない。
ちらっと、そちらを見る。案の定というかなんというか、やはりリアだった。
(………そうだ)
あいつに一つ体術技を見せてやろう。ルーファスは気まぐれからそう考えた。
ルーファスが最も得意とするのは剣だが、他の武器もほとんど使いこなせる。体術も、かなりのレベルだ。
リアは、肉弾戦はからっきしだが、なにかの参考になるかも知れない。一応は体術使いだ。
キンッ!
わざとず剣を振っているダルコに自分の剣を弾かせる。
「!もらっ……」
勝利を確信して、振りかぶるダルコだが……遅い。
ルーファスはいったん、バックステップで距離をとり、思いっきり体をひねる。拳を強く握り、ぎっとダルコを睨み付けた。
思いっきり振り抜いたせいで隙だらけのダルコめがけて一気にダッシュをかけた。
ある程度まで近付くと、背中が見えるくらいひねった体から突きが放たれる。
どばきゃあ!!!
派手な音を立てて、ダルコが吹っ飛んだ。
その瞬間、完全に勝者と敗者が別れていた。
「ルーファスさんって強いんですね〜」
心底感心したように、リアが近付いてきた。
「そうか?自分ではそんなことはないと思うんだが………」
ルーファスの正直な意見である。先ほどはかなり手を抜いて……もとい、手加減していた。
あの程度で強いとか言われても………
「だって、ダルコくんは学園でも一番の剣の使い手なんですよ」
「なぬっ!!?」
ルーファスは慌てた。
(ちょっと待て………ってーことは……)
嫌な予感がしつつ、他の人間の方を見る。
案の定、そこには驚きで目を見張っているクラスメイトがいた。
(勘弁してくれよ………)
地味で、目立たない存在でいようとしたのに………
ルーファスの学園生活はなかなか波瀾万丈っぽい。