レガイス歴540年。

六大精霊王を従えた勇者ルーファスは人間界、神界、精霊界全てを征服しようとした魔王に立ち向かった。

諸国の連合軍が魔王軍を抑えている間、魔界の城にたった四人で侵入し、城内の魔族の尽くを滅ぼした。

そして、他の仲間が魔王の親衛隊を抑えている間、ルーファスは魔王と一騎打ちをし、相打ちとなり、かくして、世界には一人の勇者の命と引き替えに平和が訪れた。

………と、語り継がれてはいるが、伝説とはしばしば事実からねじ曲げられるものである。

 

第1話「元勇者、復活する」

 

マスター、おーきーてー

(………うるさいなあ)

外の世界から聞こえる声に少し不機嫌になる。

(俺はまだ眠っていたいんだよ。誰だか知らんが、どっか行ってくれ)

そんな、男……と言うより少年の心の声も知らず、外からの声はいっそう大きくなっていった。

おーきーてーってばあ

(起こすなって言うのが聞こえないのか)

もちろん聞こえるはずがない。

そんなことを考えているうちに、少年の永い眠りにピリオドを打つ一撃が放たれた

こら――!!起きろ―――!!!

ポカッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っってぇ!!何しやがる!!!」

叫んで、少年はぱちくりと周りを見渡す。

視界の中に、見知った顔を見つけ、そいつの名前を思わず呟く。

「………シルフィ?」

「見たらわかるでしょ?こーんな美少女がそう何人もいてたまるもんですか」

たわけたことを言うシルフィを黙殺して、少年は再度周りを見渡す。

四方ごつごつした岩に囲まれ、シルフィの後ろの方に通路が広がっている。

どうやら、洞窟の中らしい。

「…………俺は何でこんな所に?」

「あらら〜………記憶が飛んじゃっているのね。まあ、しょうがないといえばしょうがないか」

当の少年には、何がなにやらわからない。

必死に思い出そうとするが、頭の中に霞がかかったようになって、うまくいかない。

「確か………」

順序よく、思い出せることから口にしていく。

「レインたちと魔界に乗り込んで………」

そう、俺とレインとメイとヴァイスの四人で魔界に乗り込んだ。

…………魔王を倒すために。

けっこう思い出してきた。だがまだだ。そこまでなら今の状況と繋がらない。

「…………レインたちに魔王の親衛隊の相手を任せて………」

隣ではシルフィがそうそうと頷きながら、聞いている。

「………魔王との一騎打ちに…………って!!俺、あのあとどうなったんだよ!!!」

思い出して、シルフィに詰め寄る。

魔王と一騎打ち。最後の最後で魔王は最後の悪あがきとばかりに、人間界には伝わっていない、自分の命を魔力に変えて放つ自爆魔法なんて物騒なものを使った。

その爆発はとっさに張った結界を簡単に貫いて………そこで少年の記憶はとぎれていた。

「落ち着いてって。とりあえず生きてるんだから良いじゃない」

「それもそうだが、どうして俺助かったんだ?」

改めて自分の体を見る。

完璧に無傷だ。死を覚悟したのに、傷一つないとはどういうことなのか?

「う〜ん。マスターはびっくりすると思うんだけど………」

「平気だ。大抵のことには免疫はついている」

なのに、シルフィは更に確認する。

「絶対に驚かない?」

「おう」

「なら言っちゃうけど、今、マスターが魔王と戦ってから200年くらい経ってるんだよね」

 

……………その意味を理解するのに約10秒。

 

「はい?」

「だから。マスターは魔王と相打ちになったの。それで、もうほとんど死にかけだったから地脈が集中してるこの洞窟で回復させようと思って、仮死状態でここにヒーリングフィールドを作って、安置しといたんだけど………」

「………だけど?」

「思ったより、再生が遅くて200年もたっちゃった♪」

「たっちゃった♪…じゃねええええええぇぇぇぇ!!!」

「ほら、やっぱりびっくりした」

「そらびっくりするわ!!あほぉぉぉぉ――――――!!!」

………ちなみに、今彼らがいるのは洞窟の中である。

そこでこんな大声を出せば当然………

「がぁ!!耳に響くぅ!!」

「ふぅ………だめだめね、マスター」

心底呆れたように、シルフィが言う。

「うう……自分だけちゃっかり遮音結界なんて張りやがって」

「まあまあ……とりあえず、外に出ましょ」

シルフィがおいで、おいでと手を振る。

「わかったよ………」

それに着いていく少年………『ルーファス・セイムリート』。

この時代では(一応)世界を救った勇者と讃えられている人物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、とりあえずみんなを呼んでよ。みんな心配してたよ」

洞窟から出てみると、外は森であった。

その少し開けたところまで移動して、シルフィがルーファスにそう言う。

「わかった。少し離れてろ」

シルフィが離れたのを確認すると、ルーファスは自分を中心に魔法陣を描く。

そして、ゆっくりと呪文を唱えた。別に、こんな手順を踏まなくても、呼び出せないことはないのだが、その場合もの凄く疲れるので余裕のあるときはこうすることにしている。

「『我と契約せし者達よ。我が声に応じ、今ここに姿を現せ。我が名はルーファス・セイムリート。六界の元素を司る者らよ、我が呼びかけに答えよ』」

あっ、そう言えば、シルフィはもうここにいるんだった。『六界』って言うのは変だな?でも、今までは一人ずつか、みんないっぺんに呼び出すかだったからな。………まあ、気にしなくても良いか。

「と、いうわけで『いでよ!ソフィア・アークライト、カオス・ブラックフィールド、フレイ・サンブレスト、アクアリアス・ウォーターハート、ガイア・グランドフィルよ!!』」

つ、疲れる。全員分の名前を呼ぶのは………

だが、呼び出すものの名前(もしくは通り名)は省略できない。召喚自体が成り立たなくなってしまうから。

唱え終わると、精霊界への門が開き、五人の男女が出てくる。それぞれ異なった衣装を身に纏い、どこか神秘的な雰囲気があった。

その五人がルーファスを見る。

「お久しぶりですね。マスター」

そう言って、にこやかに微笑んでいるのはアクアリアス・ウォーターハート。ウェーブがかかった長く青い髪を持った水の精霊王である。

「ああ、久しぶりアクアリアス」

「随分長い間、眠ってらしたようですね」

「………そういうこと言うなよ」

アクアリアスの皮肉に苦笑する。別に、悪意を持った言葉ではないので腹は立たない。

と、そこへ別の男性が声をかける。

「………よう」

「……その暗い性格、なんとかならんのかカオスさん」

手をしゅたっと上げて、闇の精霊王にふさわしい陰気な顔をしている彼の名前はカオス・ブラックフィールド。ルーファスが唯一さん付けする精霊王で、長い黒髪と子供が見たら泣きそうな鋭い瞳を持った長身の男である。

「やっほー。ちゃんと復活したみたいだな〜。いや〜、てきとーに再生結界作ったからそのまま死んじまうかと思ってたけどなあ」

「やっぱりあの結界作ったのはお前か!!どーりで、杜撰な結界だと思った」

「地脈の力を利用するのは他の連中じゃできないだろ。誰が作ったくらいすぐわかると思ったんだがな」

そう言って、嫌みったらしく笑う青年、ガイア・グランドフィル。職業(?)地の精霊王。『かけてると落ち着くから』と言う理由で伊達眼鏡をかけている。見た目は軽薄だが、頭は良い。………しばしばその頭脳を悪巧みに使うのだが。

「ったく……もういい。って、どうして泣いてんだソフィア?」

「うっく……だって、マスターはどうせ死ぬよってガイアちゃんが言ってたし………生き返るなんて思ってなかったらから…嬉しくて」

きっ、とガイアを睨み付けるが、ガイアは明後日の方向を向いて知らんぷりを決め込んでいる。

仕方なく、もう一度ソフィア……光の精霊王ソフィア・アークライトに向きなおる。

「ああ、もう泣くな。ったく」

ルーファスはついっとカオスが差し出したハンカチを受け取り、ソフィアの涙をぬぐってやる。

(………何で俺がこんなことせにゃならんのだ)

恥ずかしいのを我慢しつつ、ソフィアをあやす。

(マスター、かっこいー)

(だぁぁ!!うるさい!!)

わざわざテレパシーで語りかけてきたシルフィに、こちらもテレパシーで返す。

「もう大丈夫です」

ソフィアは顔を上げて満面の笑みを浮かべる。

「ああ、それはなにより。って、ん?」

気付くと最後の一人………火の精霊王、フレイ・サンブレストがいない。

と、突然上方から殺気!!

「死ねええええぇぇ、ルーファスゥゥ!!」

上空から降ってくると同時の剣撃。それをルーファスが前方に転がることで避ける。

「えーい!久しぶりにあって早々それかよ!!」

「あったりまえだ!!てめえが眠ってる間の鍛練の成果、ここで試してやる!!」

そう叫びながら繰り出される剣を、ルーファスは冷静にかわしていく。

「ったく……」

避けながら、手で印を結ぶ。

「お前も……」

そうしてできた空間の“穴”に手を突っ込み、引き抜く。

「いい加減、あきらめろ!!」

その手にはしっかりとルーファス愛用の剣が握られていた。

その剣でフレイの攻撃を受け止める。

「なっ!?」

フレイの驚きの声を無視して、一気に攻勢に回る。

フレイは受け止めるのが精一杯だ。

「ちょ、ちょっとタンマ!!」

「うるさい!!」

たわけたことを抜かすフレイの剣をはじき飛ばし、鳩尾に柄をたたき込む。

「ぎゃあ!!」

フレイは悲鳴を上げながら吹っ飛び、みごとに木と接吻をかわした。

「あ〜らら。精霊王ともあろうものがなっさけなーい」

「ぐっ……シルフィ、てめえ」

フレイの近くに行って、からかっているのはシルフィ………シルフィリア・ライトウインド。風の精霊王である。

実に200年ぶりに六大精霊王が全員、人間界に現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふと思ったんだが………」

魔剣レヴァンテインを亜空間の倉庫に再度封印しながら、ルーファスが精霊王たちに尋ねる。

「俺とお前らの契約って、まだ解除されてないのか?」

「当たり前じゃない。でなきゃ呼び出せないでしょ」

馬鹿を見るような目つきでシルフィが言う。

「だけどな。シルフィの言うとおりだったら、あれから200年も経ってるんだろ?とっくに契約を破棄していると思ってたんだが」

その台詞に、ソフィアが代表して答えた。

「私達は態度はどうあれ、みんなマスターのことが好きですから。でなきゃ、魔王と戦おうなんて無謀な人と契約なんてしません」

と笑う。その言葉をカオスが引き継ぐ。

「………だいたい、お前だって高位魔族によって付けられた負傷は治りにくいということぐらい知っているだろう?瀕死の状態のお前を見つけたとき、治療に数百年かかるということはわかっていたからな。知り合いの一人もいない世界に放り出されても困るだろう?」

「そりゃ………まあ」

ちなみに、ガイアの結界が杜撰だったというのはルーファスの軽口である。結界はこの上ないかたちで形成されていた。

「………あ、そうそう言い忘れていたが、ヴァイスはまだ生きているぞ」

ガイアが言う。

「………あのじいさん、まだくたばってなかったのか」

魔王との闘いの時の仲間。エルフの高位魔導師、ヴァイス。

200年前当時から老人と呼んでいい外見だったのだが、エルフの寿命は半永久的なので、生き残っているのも当然と言えば当然である。

「そ。しぶと〜く生き残ってて、たまにチェスの勝負しに行ってる。なんか、最近ハーフエルフのガキを拾ったって言ってたけどな」

「そうか」

そういえば、ガイアとヴァイスはチェスのライバルだったな………どうでもいいことを思いだして、ルーファスは苦笑した。

(大分、記憶が抜け落ちてるみたいだ)

と、言っても、ちょっと考えれば思い出せるので、寝起きに頭がぼーっとしているようなものなのだろう。

「そうそう。最近、ガイアはアルヴィニア王国って言う国の守護精霊なんてやっているんですよ」

「あっ、バカ!言うなっていっただろ」

よほど知られたくないのか、随分慌ててチクったアクアリアスの口をふさぐ。その行為に、フレイがガイアを殺しそうな目つきで見るが、ガイアは気付いているのか、気付いていないのか、全然反応しない。

「………別に隠すようなことでもないでしょう?」

「いや、だってな」

(ガイアが……守護精霊?)

普段とのギャップにプッ、と吹き出してしまう。

「あ!やっぱり笑いやがったな!!」

「ごめんごめん。でも、それだったら二重契約になるんじゃないか?」

「お前の方が上位契約になっているから心配ねえよ。さて、アクアリアス、ちょっと来い」

ひらひらと手を振って、アクアリアスを呼ぶ。

「?なんでしょう」

と、なにも警戒せずとことこと歩いていくアクアリアス。

ガイアは無言で殴ろうとするが………

「………(ガッ!)」

割り込んできたフレイに拳を止められた。

「………なにをする」

「そいつは言うなという約束を破ったのだ。よって、お仕置き」

フレイの抗議の声をガイアはあっさり返した。

「一つ言っておくが、お姫様を救うナイトはお前には似合わないぞ。まあ、アクアリアスに良いところを見せたいっていうのはわからないでもないが」

「んなっ!!た、ただ俺は弱いものいじめが許せないだけだ!!」

「………苦しい言い訳だな」

カオスの密かな突っ込みは二人の耳には届かなかったようだ。

「ほ〜んとかねぇ〜♪」

完璧にバカにした口調で、ガイアが言う。

「て、てめえ殺してやるぅーー!!」

ケンカが始まった。200年前はよく見られた光景だ。大抵、ガイアが逃げまくって、フレイが疲労で倒れて終わるというパターンだが。

「全く……変わってないな」

そう言ったルーファスの隣に、ソフィアが来た。

「でも、二人ともこんなに元気なのは久しぶりです。やっぱりマスターが回復したのが嬉しいんですよ」

「そうなのか?」

「はい!」

そんなに元気よく肯定されても………とは言わなかった。

200年間経っても、変わらない、安心できるやりとりがそこにあった。

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