「ゼータさん……」
「な、なんだフィー。嘘臭い涙なんて流して」
十数体のゴーレムから逃げ回っていると、フィーがいきなり話しかけてきた。
「私も、こんな非道な真似をしたくはないんですけど……許してください。やっぱりゼータさんみたいな駄目人間より、わたしみたいなぴちぴちの女の子が生き残るべきだと思うんです」
「い、嫌な予感がするが、俺にどうしろと?」
ぴ、とフィーは後ろのゴーレムどもを指差した。
「囮になってください」
殴った。
「あっ! 殴りましたね! 痛い、痛いー!」
「やっかましいわっ! しれっとド外道なこと抜かしてからにっ!」
大体、誰が駄目人間なのか!?
「しかし、どちらかが囮になるというのはいいアイディアだ。頑張ってくれ、フィー」
言うと、アッパーを決められた。
倒れそうになる身体を、必死で繋ぎとめる。ここで転んだらゴーレムに踏み潰されること間違いなしだ。
「なにしやがる!?」
「ちょっとゼータさんが寝言を言い出したので、起こしてあげようかと」
こいつ……自分を棚上げして。
「仕方ないですから、間を取って二手に分かれましょうか?」
「むう」
それはそれで真面目にいいアイディアだ。
単純に、互いに付くゴーレムが半分になる。しかし……あのゴーレムどもが何を基準に俺たちを追いかけているのか。それがわからないことには下手な手を打てない。
もしかしたら、俺の方に全部来て、フィーだけが生き残る、なーんてこともあるかもしれないしなっ!
「うむ。つーわけで却下だ。もっと建設的な……そう。後ろのゴーレムをぶっ潰す算段でもしようじゃないか」
「壊しといて、どこが建設的なんですか」
「うっさい。気にするな」
しかし、オリヴィアさんの体力増強アミュレットすごいな。
ここまで話しながら走って、息の一つも切れない。翌日の筋肉痛がひどいらしいが……それでもこれだけの効果を持ったマジックアイテムならば、欲しがる人間は何人でもいるんじゃないか?
いやいや。今考えるべきことはそれじゃない。
「一体くらいなら、まあなんとかなったかもしれないですけど」
「だなぁ」
僕の手持ちの火力では傷つけることは不可能だが、これだけの身体能力ならガチでやれたかもしれない。
「どうする? このままハーヴェスタの方に逃げてもいいが……」
「それだと街に被害が出ます」
「オリヴィアさんが駆けつけてくれれば……無理か」
それに、ハーヴェスタくらいの規模の町に、あのゴーレムを止められる戦力があるとも思えない。
いや、あるとしても出動までに出る死者は一人や二人ではきかないだろう。
「……しゃーない。やっぱり引き続き逃げの一手だな。とりあえず、フィー。元の秘跡を中心に、ぐるっと円を描くように走れ」
言いつつ、僕は少しだけ軌道を右に向ける。
「ど、どうしてです?」
「コレットの奴が……多分、何とかしてくれるはずだ」
頑張れ、弟。お兄ちゃんは応援しているぞ。
「……な〜んか。身勝手な期待を受けているような気がする」
ボクは、そんな風な思念を感じて、顔を上げた。
きっとお兄ちゃんだろう。そういうヘタレな人だ。うちのお兄ちゃんは。
「ま、なんとかするけどさぁ」
ボクは流れる汗と、どろどろに服にこびりついた土を拭う。
……はあ、いつもは男に生まれて嫌だと思ってたけど、こういうときだけは便利だね。
「あ、一体目発見」
うん。秘跡の床に押しつぶされたとはいっても、多分そんなに故障は酷くない。
でも、ゴーレムの制御中枢は、人間と同じく頭部にあることが多いから……直座姿勢で待機していたコイツは、脳をやられて、機動はできない。
「さて、っと」
とりあえず、一機を起こせば、他の奴を掘り起こすのも楽になる。
ボクはいつも懐に忍ばせている工具セットを取り出し、
「ふんふふーん♪」
ああ、工作の喜びに浸ってしまう。
そこらに転がっているゴーレムの部品を流用すれば……
「む、意外に複雑な」
ごめんお兄ちゃん。意外と時間かかるかも……
「こ、コレットさんに!」
既にゴーレムがすぐそこまで迫っている。
というか、パンチしてきた。
それをジャンプでかわしつつ、ゴーレムの顔面に蹴りを入れるフィー。……意外と、バイオレンスな。
その蹴りでゴーレムは転倒し、後続の奴らも巻き込まれて転んでいく。
「なにを、期待しているんですかっ!」
そして、ちゃんと最後まで台詞を言う辺りもタフだなぁ、と思う。
「あいつはなぁっ!」
やらないよりはマシ、ともう一体近付いてきたゴーレムに懐中時計型仕込み銃を向け、発砲。
たかがゴム弾。本来なら起動しているゴーレムの装甲に毛ほどの傷をつけることも出来ない。
……が、俺が狙ったのは眼部のセンサー。一瞬弾けたことで俺を見失ったのか、少しだけゴーレムが戸惑うような機動を見せ、
「死んで来いっ!」
俺のヤクザキックがゴーレムを吹き飛ばした。フィーの蹴りによる転倒から残った何体かも、これで全員すっ転んだ。起き上がるのに、数秒は必要だろう。
「やりましたねっ!」
「ああっ!」
そして、再び自由への逃走開始。
俺とフィーは、なにやら悪戯をするガキのようにテンションが上がっていた。命の危機に瀕した精神的防衛行動だ、きっと。
「それで、コレットさんがどうしました!?」
「あいつは……ゴーレム関係の工作が、超得意なんだよっ! 潰したゴーレムを修理するくらい、お手のもんだっ!」
それこそ、材料さえあれば一人で高性能ゴーレムを組んでしまう。俺と違って、火砲の扱いは不得手だが……秘跡に潰されたゴーレムを発掘さえ出来れば、直して俺たちに従うようカスタマイズするだけならば、そう難しいことじゃないはずだ。
問題は時間だけ。
「だから、援軍はそれなりに期待できるっ! わかったら足を動かせ、足を!」
「は、はい〜〜!」
フィーが情けない返事をして加速する。
ちっ、しかし、フィーも魔術を使っているとはいえ、生身の部分が疲れてきているな。最初の頃より、遅くなっている。
俺の方はそれなりに鍛えてあるため、それなりに余裕があるが、あと一時間が限度だろう。オリヴィアアミュレットの効果も、そこまで万能ではなさそうだ。
ふと、オリヴィアさんの名前が出たので、ハーヴェスタの方角を見る。
さて。
どちらかというと、こっちを助けてもらいたいのだが、オリヴィアさんはオリヴィアさんですることがある。
あの人にしか出来ない、面倒臭い上、ちょっと後味の悪い始末。
……さて、オリヴィアさんのほうはうまくやっているかね?
教会にて、ドルネは怒り狂っていた。
無論、まんまとゼータに出し抜かれたためである。
司教という地位にそぐわぬ態度で周りに当り散らし、顔を真っ赤にしている。
「ええいっ! とにかく、すぐにあの秘跡に人員を派遣しろっ!」
今、この教会に動かせる人間はほとんどいない。……が、それがどうしたというのだ。たかがハンター一人と、商人の息子。
少ないとは言っても、その程度を制圧できないほどではない。
唯一の懸念といえば、かの魔術師一家であるが……
「そうだ。それより先に、風月亭に使者を送れ。我々に逆らったら、貴様らの正体を町中に言いふらすと……」
「あらあら。それは困りましたね」
ギクリ、とドルネ以下、側近たちの身体が強張った。
「一応、私はこの街を気に入っていますし、あの店にも常連の方がけっこういらっしゃるので」
「だ、誰だ!?」
「こんにちわ。風月亭店主のオリヴィアと申します」
にっこり、と笑う妙齢の女性に、しかしドルネたちの頭には疑問しか出ない。
つい先ほどまで、この部屋には彼等しかいなかった。一体、どうやって入ってきた?
目の前の女が魔術師だということは知っているが、結局のところ魔術というのは秘術の劣化品だ。このような真似ができるはずがない。
……などと、魔術に対する知識が浅薄な彼らは思ったが、オリヴィアにとってはなんのことはない。
ちょい、と空間を渡ってきただけだ。
「さて……なにやら、面白い算段が聞こえましたね? 私たちが魔術師であると、街の人に言いふらすとか?」
「そ、そうだっ! 我々はこれから、ゼータ・エヴァーシンとコレット・エヴァーシンを拘束しに行く。邪魔立てするのなら、この街にいられなくしてやるぞ!」
「はぁ……」
オリヴィアはため息をついて首を横に振った。
「小物ですねえ。なんというか、自分から負けフラグを立てているというか」
「な……なんの話だっ! ええい、お前たち、とっととこの女を捕まえろっ!」
ドルネに命じられ、彼らの側近は三人がかりでオリヴィアを捕まえにかかる。
「乱暴な男の人は嫌われますよ」
しかし、いつの間にかオリヴィアが取り出した杖を、彼女が一振りすると、その男たちは全員、床に縛り付けられたかのように動けなくなる。
これも、ちょっとした捕縛の魔術だ。
「……さて。ここにいる人たちで、私たちのことを知っている人間は全員ですか?」
カクカク、と自分の意思に反して、護衛の一人の首が動く。
「そ。少なくてなによりです。……あまり多すぎると、後味が悪いですしね」
ほっ、と安心する仕草を見せるオリヴィアだが、ドルネはその内容に危険なものを感じた。
「な、な……どういうことだっ!?」
「どういうこともなにも……。知らないんですか? 昔から、魔術師は正体を隠すため、バレたらその人間を……こう、していたんですよ?」
オリヴィアは、指で首を掻き切る動作をしてみせる。
顔は笑顔のまま。
ドルネにはそれが、まるで人間と違うナニカのように見え、恐ろしかった。
「や、やめろ」
「やめろ? はて、おかしいですね。人の生活をぶち壊そうとした人が。もし仮に、私がやめてください、と頼んだとして、貴方聞き入れました?」
答えは聞くまでもない、と、オリヴィアは返事がある前に杖を複雑な動作で振り回す。
「安心してください。痛みはありませんよ」
そのときのオリヴィアの顔は、それはそれは楽しそうだったという。