「はっはっはっ! 見事出し抜いてやったぜっ!」

 市街を走りながら、俺は自画自賛する。

 教会のアホタレどもめ、俺を脅迫しようなんざ、一億万年早いんだよっ!

「とりあえず、風月亭戻るかっ!」

 俺の宿に向けて走る。

 この町の教会に詰めている人間は、精々数十人。そのうち、あの秘跡の秘密を知っているのは、さっきまで話していたドルネとその側近だけ。

 もちろん、本部とかには知っている人間もいるだろうけど、現時点で俺を追跡できるような人材は、連中にはない。

「あとは、風月亭で茶でも飲んでいれば、コレットがうまくやってくれる、って寸法さ」

 ある程度まで離れれば、走って目立つより、普通に歩いていく方が捕まる確率は低くなる。

 はっ、俺の頭脳の勝利。

 ていうか、あんだけ人数が少ないんだったら、陽動とか考えず、とっとと爆破しときゃあよかった。

「おーい、フィー、今帰った、ぞ?」

 あれ? 風月亭の前に立っていたフィーが、恐ろしげな勢いで、こっちにやって来て、

「……このっ!」

 勢いよく踏み切り、

「馬鹿ーーーーっ!!」

 ドロップキック。

 俺は哀れ、吹っ飛ばされた。

「な、なにをしやがるっ!?」

「うるさいですっ! なに、あんな可愛い妹を、危険地帯に行けなんて言ったんですか?」

「は?」

 話を聞くとこうだ。

 俺の『決行』という伝言をコレットに届けたフィーは、奴があの秘跡を爆破しに行くということを聞いてしまったらしい。

 なぜ、と聞くと、奴は『お兄ちゃんに言われたからー』。

「……おーい」

「まさか、親の遺産を独り占めするため、彼女を亡き者に……」

「しねぇよっ! お前はB級ミステリーの見すぎっ! あと、奴は男だって、何回言ったらわかるんだてめぇ?!」

「逆ギレするところが怪しいです」

 怪しくないし、俺は実家の資産になんざ興味ねぇ。

 なんていうの? こう、デカすぎて実感わかない金というか、あの家の資産なんかより、一枚の金貨の方が全然リアルだし。

「とにかく、行きますよ」

「どこに?」

「決まってます。あの秘跡にです」

 ……おーい。

 あの、多分今、教会の連中が大急ぎで向かっているはずだから、見事にバッティングしちゃうと思うんですけど。

「捕まってくださいっ!」

「……は?」

 フィーは俺の腕を掴むなり、空に舞い上がった。……人目は?

「ちょっとした防護を施しているので、普通の人間には見えませんっ!」

「なに、その超後付けっぽい魔術!?」

「この前の反省を活かし、お母さんに教えてもらいましたッ!」

 うわぁい。

 くっ、しかしフィーの魔術は相変わらずスゴイ。

 なんだこのスピード……って、早い早い早い早いっ!

「フィーーーーっっ!? スピードおとせえぇえええええ!」

「誰も私の前を走らせませんよォォォ!!!」

 テンパっていらっしゃる!?

 つーか、誰も前にいないしっ! 走ってんじゃなくて、飛んでるしっ!

「ぎゃああああああああああ!?!?!」

 あまりの速度に、俺の意識はブラックアウト。

 ……フィーめ。いつ、スピード狂に目覚めたん、だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 目が覚めると、下の方に、最近たびたび通ってる秘跡の入り口。

「目が覚めましたか? 寝不足はいけませんよ、寝不足は。お肌が荒れちゃいます」

「もーこいつはどうしたもんかー」

 文句を言う気力もなくなり、がっくりうなだれる。

「それより、コレットちゃんが心配です。早く行きましょう」

「だから、アイツは大丈夫だって……ああ見えて、俺より喧嘩も強いんだぞ?」

 格闘技にかけちゃあ、あいつの右に出るやつはちょっといない。

「なに言っているんですか。ゼータさんより強くたって、何の保証にもなりません」

「……あの、フィー? もしかして、俺のこと弱いと思ってね?」

「子猫より貧弱な生物の癖に、なにを言っているんですか?」

 あれ? 俺ってそんな評価?

 おかしいなぁ、前のブロンテスの一件の時も、俺活躍していたよねぇ?

「なに打ちひしがれているんです? それより、付きましたよ」

 と、いつの間にかフィーが高度を下げ、秘跡の入り口まで来ていた。耳を済ませると、ドーンドーン、という音が、中から断続的に聞こえる。

「おーおー、やってるやってる」

「? それにしても、コレットちゃんはなにをしているんですか」

 さすがに音に不振なものを感じたのか、フィーが尋ねてきた。

「ふっ、奴は爆弾で、この秘跡を丸ごとぶっ潰しているのさ」

 言うと、殴られた。

「……なにをする」

「ほん、っとうに危険なことやらせているんですね!?」

「大丈夫だ。ああいう破壊工作は、アイツの十八番……ほれ、帰ってきたぞ」

 噂をすれば何とやら。

 コレットが秘跡の入り口から出てきた。

「あれー? お兄ちゃん。お兄ちゃんはこっちには来ない手筈だったよね?」

「こいつに無理矢理連れてこられたんだ」

 と、フィーの頭をガンガンやる。

「やめてくださいっ」

 そして、俺は張り倒された。……んむぅ、女子とのコミュニケーションは難しいな。

「……で、状況はどうだ」

「時限式のダイナマイトをたっぷり敷設しておいた。多分、そろそろゴーレムのある階層が全部潰れた頃かな?」

 ……相変わらず、スゲェ。

「え? えー?」

「さて。あとは教会の連中を、適当に小突き回すだけだな」

「そこらへんはお父さんたちに任せようか」

「当たり前だ。たまには親父たちにも働かせなきゃな」

 やれやれ……疲れた。

 あとは、ハーヴェスタの教会の連中の、フィーが魔術師だという記憶をどうにかせにゃならんのだが……

「ん?」

 なにやら、後ろからガチャン、という音が。

「……んー?」

 そして、地面の中から振動音。さらに、ガチャガチャという金属音。

「なぁ、コレット」

「なぁに? お兄ちゃん」

 なあに、とか言いつつ、既にコレットは完全に逃げる体勢。

「俺も見落としていたからお前に文句を言えるような立場じゃないんだが……。例えば、秘跡の床の質量が全部落ちたとして、階下のゴーレムはどの程度の損傷率だと思う?」

「そうだねー。魔力が通っていない装甲なら、九割がたイっちゃうと思うけど」

 ゴーレムの装甲は、魔力を通すことで初めて硬度を得られるミスリル製だ。これは軽くて丈夫な反面、魔力を通さないと並の鉄より脆い。

 だからこそ、二階の床を全部落としてしまえば、破壊できる……と踏んだのだが。

「そうか。時にゴーレムが『起動』するまでの時間はどのくらいだったかな」

「平均的なやつで二十秒。古代文明の工場使ってるここのゴーレムなら十秒ってとこじゃないかなぁ」

「最後の質問。お前のダイナマイト、最初に爆発する奴と最後に爆発するやつの時間差は十秒以上あったか?」

「あったよー」

 ……そして、ここのゴーレムは、警備装置も兼ねているのか『侵入者』が出たときに自動的に起動していた。

 はい、ここから導き出される答えは?

「に、逃げるが勝ちーーっ!!」

「あ、テメェ、コレット! 兄を置いて逃げるんじゃないーーー!」

 俺がそう叫ぶのと、崩れたはずの秘跡の入り口から、十数体のゴーレムが姿を現すのがほぼ同時で。

「うげぇ!?」

 俺が、そんなカエルが潰れたみたいな声と、連中が搭載しているカノン砲をぶっ放すのが、これまた同時で。

「盾よ!」

 その砲撃を魔術でもって防いだフィーを尻目に、俺が逃げ出したのがその一秒後だった。

「あっ!? ちょっとゼータさん!? わたしにお礼の一つも言わないで逃げるんですかーーー!?」

「だぁかぁしいぃ! 言ってる暇があれば、俺を抱えて逃げろっ!」

「言われなくても――」

 フィーの言葉を遮るように、続々出てきたゴーレムたちが次々とカノン砲をぶっ放す。

 その大砲は、以前のブロンテスのものほどではないが、それでも現行の最精鋭の大砲であり、

「……あれ?」

 その多角的な攻撃に、フィーの盾は砕かれた。

「なっにっ! やられてんだっ!?」

「うひーーん! 私の盾は側面からの攻撃に弱いんですよぅーーーー!!」

 俺と同じく逃げの体勢に入るフィー。

 俺もそうだが、そのスピードは人間の限界を超えている。きっと、俺がオリヴィアさんにもらったアミュレットと、同じような効果の魔術を使っているんだろう。

「……でも、引き離せないんだな、これが」

「わかってますっ! 飛びますよっ!」

 ゴーレムの機動力は、当然人間のそれを遥かに凌駕している。追い詰められるのも時間の問題、とフィーは俺の首根っこを引っつかみ、飛翔の魔術を唱え、

「うきゃぁ!?」

 その一瞬の隙を突き、ゴーレムのカノン砲の一つがフィーの杖を砕いた。

「……は?」

 地上三メートルくらいまで飛んでいた俺とフィーは、そのせいで自由落下開始。

 なんとか、フィーのやつを抱え、地面に着地。じーん、と脳天まで突き抜けるような衝撃が走るが、アミュレットの効果か、なんとか耐え切る。

「……で、えーと」

「砕けちゃいましたね」

 フィーの『魔術師の杖』は見事大破。

「もしかしたら、前の馬鹿でっかいゴーレムの戦いの後、メンテしなかったせいでしょうか?」

「……しろよ」

「それで、言いにくいんですけど……わたし、杖がないと魔術ほっとんど使えないんですけど」

 ちょっと走るのが速くなる程度ですねー、と、フィーが呑気に言っている間にも、ゴーレムどもは後ろから迫っている。

「ちなみに、俺も今持っている武器は、ゴム弾が装填されてる仕込銃だけだ」

 思わず顔を見合わせ、貴重な時間を三秒も浪費する。

 そして、どちらともなく、前方を向き、全力疾走の体勢。

「う、わぁぁぁっぁぁぁぁ!?」

「きゃああああぁぁぁぁぁ!?」

 二人とも、みっともない悲鳴を上げながら、ゴーレムからの逃走劇を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、行っちゃった」

 がさり、とボク、――コレット――は、例のゴーレムたちが抜けてから、木の上から降りる。

「お兄ちゃんもドジなんだから……」

 あのゴーレムたちに搭載されているセンサーは、おそらく光学式のものだけ。

 少し引き離して身を隠せば奴らに追いかけられることはない。

 そのくらい、お兄ちゃんも気付いて当然だというのに。

「フィーさんが一緒だからかなぁ。冷静じゃいられないって事?」

 それを認めるのはなんとなく癪である。

 しかし、だからといって身内と、身内になるかもしれないフィーさんを見捨てるわけにも行かない。

「どうしよっかな」

 とは言っても、ボクじゃああの二人のちょっと異常なスピードにはついていけない。

 まあ、あの様子なら三十分かそこら、逃げ回れるだろう。

 ボクに『出来ること』をする間、なんとか逃げてもらうしかない。

「さてはて……まずは発掘からか」

 面倒くさいなぁ、と思いつつ、僕は先ほど、自分で破壊した秘跡のほうに歩いていくのだった。