さてはて。

 俺は、以前ハーヴェスタの秘跡で見つけた書類に目を通していた。

 書類とは言っても紙ではなく、秘跡にままある、秘術で記録を封入したメモリーストーンだ。

 紙などよりよっぽど長持ちし、文字だけでなく画像、音声……大きなものになると動画まで記録できる便利グッズなのだが、今の技術では再現は出来ない。

 モノ自体は出来ているのだが、記録を封入するのがえらい難しいらしい。現在の技術で再現できるのは、平易字の二十文字まで。

「……やっぱ、ここまでか」

 ちなみに、中身は当時ハーヴェスタの秘跡に別の施設から送られた物品のリストだ。

 途中から記録が欠損していて読めないが、上部に連なっているのはゴーレム用の一般的な部品。練成済みのミスリル板やボルト、ナットの類。

 さらに送り主と思しき名前と、その人物が所属していたであろう施設の名称と位置。

 ま、ぶっちゃけこの施設が、俺が今回発見した秘跡なのだが。

「さて、ブロンテスと関わりがある、っつってもな」

 こんな一般的な部品程度が、なにかの危険につながっているとは思えない。

 ブロンテスの背についていた大魔砲をここが生産しているとか、もしくはブロンテスのコピー製品を作っているとか……考えてみたが、可能性は薄い。

 つまり、教会が興味を持つわけがない、んだけど。

「おっにっいっちゃーんっ」

 なにやら金髪が来たが無視する。

 しかし、現実としてあのぷっつんシスターが俺を脅しているのは事実。ついでに、今まで秘匿されてきたのも事実。

 とすると、この秘跡はゴーレムの部品の製造施設と言うわけではなく、もっともっととんでもない秘密がある? ……いやぁ、でも、一階二階を回った限り、極普通の秘跡に見えたけどなぁ。

「おにいちゃーん? あなたのいとしのコレットちゃんが遊びに来ましたよー」

 ハブる。

 ……まあ、それは考えても仕方がない。

 なにか、危険なもの――兵器等が存在する、と仮定してだ。

 ラナ教会がそれを保有して、一体なんの得がある?

 武力を背景に、勢力を押し広げたい――なんてやりたいとは思っているだろうが、ぽっと出の『秘密兵器』一つでどこまでいけるものやら。百年くらい遅れてはいるが、今の文明もだんだん古代のそれに追いつきつつあるのだし。

 それこそ、うちのご先祖カルマさま(疫病神)が作ったようなオモシロジェノサイドウェポンなら話は別だが、あいにくあの秘跡はうちのカルマさまリストの中に入ってはいない。

「お兄ちゃんー。無視はひどいなぁ。ほらほら、普段あまりものを食べていないゼータお兄ちゃんに、世話焼き妹の手作り弁当なんてあるんだけどーー」

 全力で明後日の方向を見る。

 さて、そうなると、ラナ教があの秘跡にこだわる理由は二つか三つくらいしか思い浮かばない。

 あそこに恥ずかしい秘密を隠しているだとか、教会の別荘だとか。はたまた、こっそりあそこの秘宝を売り飛ばして資金源にしているだとか。

 我ながら貧困な想像力だ。

「お兄ちゃん。いい加減にしないと、お兄ちゃんの恥ずかしい過去、ある事ない事フィーお姉ちゃんに言っちゃうよ」

「いらっしゃい、マイブラザー。あと、お前の手作り弁当はキモいからいらない」

 フィーの名前を出されると、俺は無条件で全面降伏せざるを得ない。

 それに、こいつの流す流言飛語は、けっこうえげつないのだ。

「あ、やっとこっち見てくれた」

「なんだ、コレット。俺に何の用だ?」

「さっきも言ったけど、お弁当」

「さっきも言ったが、いらん」

 なにが悲しくて男の作った弁当なぞ食わねばならんのだ。せめて普通のならいいのだが、こいつの場合、面白がってピンクのそぼろでハートマークだのLOVEだのと書いてくるので、食欲がなくなる。

「せっかく作ったのにー」

「お前、俺が断ること前提で作ってきただろう。明らかに」

「なんでボクがそんなことしないといけないのさ」

「俺を適当にからかうため」

「正解―」

 ぱちぱちぱち、と手を打つコレットの脳天に拳骨を落とす。

「痛い……って、なに見てるの?」

 手加減はしてやったので、特に痛がる様子もなく、コレットは俺が見ているメモリーストーンを興味しんしんに覗いてきた。

「あ、記録石だね。工場かなんかの納入リスト?」

「多分な」

 もう考え事を巡らす気分でもないのでメモリーストーンを仕舞って立ち上がる。

「さっきの、ゴーレムの部品だよね? 最近原材料の値段が高騰しているんよねぇ。ったく、ゴーレムはうちの主力製品の一つだってのに、値上げせざるをえないじゃないか」

「お前、今は雑貨屋を切り盛りしているんじゃないのか?」

「今も、お父さんから経営の相談は受けてるよー」

 ……ホント、性癖以外は有能なんだよな、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィー、メシ」

「わーい、ゼータさんがなんだかとっても偉そうですー」

 わーい、とか言いつつ、フィーの表情はなんだか取っても『ナマいってると殺すぞ』風味。

「それに、お金あるんですかー? 最近、お仕事行っていないみたいですけど」

「それについては、あそこで俺をガン見しているシスターに言ってくれ。俺は、仕事に出たい」

 逆らっても無駄なので、ここ数日はプリシラを振り切って秘跡に行くこともない。

「まあ、今日は大丈夫だ。財布がちゃんといるからな」

「……お兄ちゃん? ボクの作ったお弁当は食べなくて、ここの食事は食べるんだ」

「ったりまえだ、バーロー、ボケ。お前みたいななんちゃって妹が作った弁当なぞ、飢えているとき以外食えるか」

「なるほど。じゃあ、フィーお姉ちゃん。ごめんだけど、お兄ちゃんを飢えさせて」

 オッケー、と適当に返事をしたフィーが、別の客の注文を取りに行く……って、ちょっと待ったらんかい!?

「おいっ! フィー!?」

「妹さんの作ったお弁当、ちゃんと食べないと駄目ですよ」

「だからコイツは妹じゃなく、弟だって――」

 真実を語ろうとした口が、コレットの手によってふさがれた。

「駄目だよ、お兄ちゃん。ここにいる人たち、ボクのこと女の子だと思っているんだから」

「むがむがもごっ!?」

 訳:むしろばらせよ!? 

「とは言ってもね。実家のほうじゃ、みんなボクの正体知ってるし。まあ、ぶっちゃけると、チヤホヤされるのが、気分いい」

「素直だな!?」

 ぷはっ、とコレットの拘束から光速で抜け出し突っ込みを入れる。

「もぉー、なに言わせるのお兄ちゃん」

「いやいやいやいや」

 お前が勝手に言ったんだろうが。

「ま、そんなわけで、食べて」

 どん、とコレットは、持っていた手提げ袋から弁当を取り出した。

 米食が主体だった実家の食事を踏襲し、蓋を開けるとまず目に付くのはピンクのそぼろのハートマーク。

 ……やっぱりか。もはや予想通り過ぎて突っ込む気すら起こらん。

「食えばいいんだろう、食えば」

 まあ、フィーの創作料理みたく、とんでもなくマズいわけではない。むしろ、コレットは『妹のたしなみだよね〜』などと言って、家事全般イケる。

 男という一点を除いては、こいつは確かにパーフェクトな妹なのだが。

 ほら、届かないからこそ理想って言うか。

「んぐ、んぐ、……フィーっ! 水っ!」

「セルフでお願いしますーー! 今忙しいんですよぉー!」

 確かに、食堂内部を縦横無尽に駆け回っているフィーを引き止めるのもよくないか。

 というか、席占拠してるけどいいのかな。部屋に戻るか……

「続きは部屋で食う」

「フィーお姉ちゃんー。紅茶とパンケーキ頂戴―」

 無視か、こいつ。

「だって、ボクもお腹すいたんだもん」

「もん、とかいうんじゃねぇ」

 ……まあ、いいか。これで堂々と席に座ることができる。

「ご一緒させても?」

 それを見て、現在俺のやっかいさんランキングの上位を猛スピードで駆け上がっていると(俺の脳内で)評判のプリシラがやってきた。

「いいよー。席、そんなに多くないもんね、ここ」

「……コレット。お前は、兄の敵をそんな簡単に招き入れるのか?」

「えー? お兄ちゃんの敵でも、ボクの敵じゃないしー。それに、お兄ちゃんは逆境のほうが輝いているって」

 そんなところで輝かなくてもいい、俺は。

「最近、ゼータさんは、秘跡には出かけないんですね」

 席に着いたプリシラは、そんなことを唐突に言った。

「ああ。どこぞのシスターが、俺の邪魔ばっかりするからな」

「なによりです」

 どうして、俺の周りは皮肉の通じない連中ばかりなのだろう。

「しかし、そうなると、無職になるんですよね」

「遺憾なことながら……つーか、人の仕事の邪魔をする、どこかの誰かさんのおかげでな」

「どうでしょう。ここらで真人間らしく、勤めに出ては……? そうすれば、私もここに居る理由はなくなり、晴れて教会に戻れるのですが」

 嘘でも別のところで働いて、こいつが居なくなったら秘跡探索に乗り出すか?

 ……やめとこう。もしバレて、プリシラよりずっと武闘派なやつが来たら困る。

「仕事に心当たりがない」

「あ、じゃあ、うちにきなよ。経理やら、新商品の開発やら……お兄ちゃんでもできそうな仕事はあるよ」

「お兄ちゃん『でも』ってのはどういう意味だ?」

「その通りの意味だけどー?」

 こいつ、俺を愛しているとかたわけたことをほざく割には、言ってることがフィーとどっこいどっこいなんだよなぁ。

「それなら、なにもできないゼータさんのため、私が仕事を世話してあげましょう。教会での奉仕。朝晩の掃除と、礼拝客の対応。一日の給金は……」

「何もできないわけじゃねぇよっ!?」

 さらに追い討ちをかけてくるシスターを一言で撃墜。

 というか、なんだ。いつの間に、俺は無能キャラになったんだ?

 その気になれば、大金をがっぽがっぽ稼ぐ手段など、この俺の能力を持ってすれば無数にあるというのにっ。

「駄目ですよ」

 と、一息ついたらしいフィーが、俺たちの席にやってきた。

 おお、流石はそろそろ付き合いも長いフェアリィさん。俺の弁護をしてくれるんですねっ。

「ゼータさんなんかを入れたら、この教会は貧乏神を飼い始めたのか、とかゆう噂が広がるに決まっています」

「……オイ」

 一番辛辣だった。

 というか、やっぱりお前がラスボスだよな。コレットの奴は、最初は仲間だけど途中で裏切る役。プリシラのやつは中ボスだ。

 オリヴィアさん? オリヴィアさんは裏ボスだよ。しかも難易度っていう言葉を無視した。

「ついては、うちなんてどうでしょう? 実際、手が足りませんし。ゼータさんも、流石に何ヶ月も住んでいるんですから、いくらなんでもどんな仕事くらいは覚えていますよね? お客さんの食べ残しを食べたりしちゃいけませんよ」

「食うかっ!」

 しかし、実際、風月亭で働くのが唯一の選択肢な気もする。

 今更実家の息がかかったところで働くのもなんだし、ラナ教会は考えるまでもなく却下。

 他のところも、コネも知り合いすらいない俺を雇ってくれるところなんて、肉体労働系くらいだ。

 まあ、もし、働くとすれば、だが。

「……というか、別に働かねぇっつーの。俺は、ハンターなんだからなっ」

 格好よく言い切って見せると、集まった娘どもはひそひそと内緒話を敢行。

「(ひそひそ)言い切りましたよ……」

「(ひそひそ)あれがニ○トってやつですか……私、初めて見ました。最近はハンターって隠語を使うんですね」

「(ひそひそ)お兄ちゃん、昔からその素養はあったけど……」

「お前ら、果てしなく失礼だよなっ!」

 俺は、そろそろ泣いてもいいかもしれない。