「……っていうか、早いな、仕事」

 俺は、エヴァーシン雑貨店ハーヴェスタ支店の店舗に来ていた。まあ、一応兄弟として、弟の働き振りをみにきたというわけだ。

 コレットの奴が店長を勤めるという、その雑貨店は既に商品の搬入を待つばかり。

 ……っていうか、いつから準備してたんだこれ。

「先週から準備していたからね」

「一週間でここまで作ったのか? いくらなんでも早すぎないか」

「まあねー。建物は中古のいい感じのがあったからリフォームしただけだし。雑貨屋を開業するための段取りとかはずっと考えていたことだから」

 そんなことを言っても、商品の仕入先とか商会ギルドへの登録とか、することは山のようにあるはず。

 やっぱ、商才はあるんだよな……。

「ふええ、立派ですねぇ」

「あ、フィーさん。いらっしゃい」

 いつもの声が聞こえた。

「……おい。お前、風月亭の方は?」

「サボりじゃありません。近くに雑貨屋が出来るなら、どんな品揃えか見てきなさいってお母さんから仰せつかってきたんです」

 まあ近いな。

 風月亭から歩いて五分と離れていない。

 どうせ、俺の傍に寄りたいコレットが風月亭の近くを選んだんだろう。

 ……っていうか、いつ俺が出て行くかもわからんのに、豪快だな、こいつ。

「はいはい。フィーさんなら、お兄ちゃんもお世話になっているし、お値段勉強させてもらいますよ」

「わあ、いいんですか?」

「ええ。不足分はお兄ちゃんにツケときますから」

「ちょっと待たんかい!」

 なに勝手に人の財布の中身を抜く算段をしているのか!

「冗談ですよ。一回二回ならともかく、そう何回も値引きしてもらうわけにもいきませんし」

「常連さんにサービスするのはいいけど、毎回やると他のお客さんに不公平だしね」

 二人はやれやれ冗談もわからないのかこの男は、という風にため息をついていた。

 コイツら……

「お前ら、この前会ったばっかだってのに気が合いすぎだろう」

「そりゃあね。お兄ちゃんを大好きなもの同士、気が合うのも当たり前でしょー」

 ちょっ、とフィーが顔を真っ赤にした。

「ちょ、ちょっとコレットさん!? わ、わたしは別にゼータさんのことを好きなわけじゃあありませんっ」

「いや、お前は俺のこと好きだろう」

 言ってやる。

「はぬっ!?」

「弄りがいがあるやつとして」

 非常に不本意ながら、コイツにとっての俺はそういう立ち位置に違いない。そういう意味では好かれていると言える。

「えーと」

 なにやらコレットはリアクションに困った顔をしている。

「お兄ちゃん?」

「なんだ」

「あまり、そういう女心がわかってない発言繰り返していると、そのうち刺されるよ?」

「男のくせに、お前が女心を語るんじゃない」

「少なくとも、お兄ちゃんよりはわかってると思う。……ああ、フィーさん。そんな落ち込まないで」

 と、なぜか肩を落としているフィーをコレットが慰める。

 ……なんだ? 俺がなんかしたのか。

「ほら、いざとなったらこれでお兄ちゃんを撃てば良いですから」

 コレットが取り出したのは……拳銃?

「って、お前なに渡しているんだよ!?」

「なにって、ピストルだけど。うちの商品」

「ここは雑貨屋だろうがっ」

 んな物騒なもん、普通の雑貨屋に置くなよ!

「いやぁ、そこはそれ。一応、うちの本業は武器商人だし? エヴァーシンの武器は天下一品だからねぇ。欲しがる人も多いと思うよ」

「この町は戦争もねぇよ」

 大体、フィーにはんなもん必要ない。

 その気になれば、魔術師であるフィーは、俺を簡単に消し炭に出来る。そんなこと、このフィーがするとは思っていないが。

「冗談冗談。これは、ボクが趣味で作ったやつだし」

「……趣味でそんなもん作るな」

「お兄ちゃんも作ってるじゃない。これよりよっぽど高性能なやつを」

「俺はハンターをするために作ったんだっつーの。お前の遊び半分と一緒にするんじゃない」

 大体、コイツの作る銃は暴発こそしないものの命中精度が悪すぎる。それでも、普通に市場に出回っているものよりはよっぽどいいが、俺の自作には敵わない。命中精度はもとより、タスラム弾を使えば俺の銃はバズーカ並の破壊力を発揮できる。

 武器作りは、俺がコイツに勝てる唯一のスキルだったりする。

「……え? あの拳銃って、ゼータさんが作ったんですか?」

 興味を引かれたのか、落ち込むのをやめてフィーが顔を上げた。そういや、こいつは思い切り俺の銃を見たことあったっけ。

「おう。自作だ。市場に回せば……普通の拳銃の五倍の値がつくな」

 だが、流せない。武器の売買は制限が多すぎて、俺みたいな一介のハンターが容易に出来ることじゃあない。

「……器用なんですね」

「器用なだけじゃないですよ。お兄ちゃん、頭も良いんです」

 ……物理以外はお前の方が出来るだろうが。

「……は?」

 フィーがまるで異界の言語を聞いたかのようにぽかんとする。

「ゼータさんが、なんですって?」

「だから、お兄ちゃん、頭は良いんです。ただ、馬鹿正直なところがあって、商売にはぜんぜん向いていないんですけどね」

「えーと、もしかして頭が良いっていうのは、いい感じに発酵しているとか、そういう意味ですか?」

「……お前、とてつもなく失礼なやつだな」

 いくらなんでも言いすぎだろ、それは。

「フィー。もしかしてと思うが、俺のこと馬鹿だと思っていないか?」

「はい」

 即答しやがった。

「当たり前です」

「わざわざ付け加えるな」

 大体だな。秘跡の構造やら攻略法やら、馬鹿には解けないんだぞ。

「本当ですよ。お兄ちゃんは十歳のころに王立学院に合格したくらいですから」

 お前は八歳のときだけどな。しかも、俺と同級生になるために、わざわざ同じ年に受けたことは知ってるぞ。

 しかも、入学した後、コイツはずっと一位保持。俺は万年二位だったし……しかも、こいつは何気にモテた。男に。

 ……今思うと、あの頃こいつにコナかけていた連中(全員十代後半以上)は相当ヤバかったんじゃないか?

「はー」

「どうだ、フィー。少しは俺を見直したか」

 しかし、少なくともフィー以上の学力があることは間違いない。

 たまには、俺の威厳というものも……

「頭は、もしかしたらいいのかもしれませんが、金勘定はぜんぜんですね」

「うるさいよ」

 反論など出来ない。なぜなら、フィーのやつは俺の借金の取立て権をもっているから。

「じゃ、俺は仕事に行く。見てろ、今にそんな生意気な口、聞けなくなるほどの秘宝を見つけて見返してやるからなっ!」

 何で俺は、ちょっとすごいところをフィーに聞かせたはずなのに、こんな逃げるように仕事に出かけるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しっかし、本当、よくこんな秘跡が残ってたな」

 地下二階に降りた俺は、思わずそう呟く。

 秘跡は、金になる。

 現在の技術水準のはるか先(あと百年くらいで追いつきそうだが)を行く文明が作り上げた道具の数々は、莫大な富を約束する。

 今や秘跡の八割はルインハンターに発見され、残されているのは古代文明の施設の中でも秘匿性の高いごく一部に限られている……はずだった。

 しかし、この秘跡は特に隠されているというわけではなく、今まで発見されなかったのが不思議なくらいだった。

「これも、俺の普段の行いがいいからか」

 我ながら言ってて疑わしいが、そういうことにしておく。

「しかし、少ないな。お宝は」

 さっきから、見つかるのは古代人が使っていた雑貨と思しき品々。

 これくらいならば、利便性は劣るが現在出回っているものの方が大量にある分いい。こんなのを買おうとするのは好事家くらいだ。

「やれやれ……」

 まあもっと下の階に行けば色々とあるだろう。

 それよりも、こうやって独り言が多すぎるのが最近気になる。

 暗い秘跡に長時間篭ることの多いハンターは、総じて独り言が多いらしいが、そんな不気味な癖を進んで付けたいとは思わない。

 もう少し、気をつけたほうがいいのかもしれない。

「さて……ん?」

 などと考えていると、下に行く階段が見えた。

 右手の壁に手を付けながら移動していたので、これでこの階は大体回ったことになるのだろう。

「ロクなのがなかったな」

 一階よりもさらに稼いだ金は少ない。二階が狭かっただけだろうか?

 もしかしたら、この秘跡はそんな大したことがないのかも……

「……やめよう。欝になる」

 せっかく見つけたんだ。もう少し夢を持っても悪くないはず……

 俺は、一縷の望みをかけて、地下三階に向かうのだった。

「その前に、後ろ。なんか用か」

 その足を止め、声をかける。

 最近、この秘跡に潜る度に感じていた視線。今、この時に最大に違和感的なものを放射してきた。

「……気づいていましたか」

「素人か。一応、ハンターは荒事には強いんだぜ。そんな殺気を撒き散らしておきながら、気付いてたのかもないだろう」

 ほぼ全てが機械で、気配なんてものは一つもない秘跡の罠に比べれば、人間の尾行を察するなんて簡単だ。

 アルの奴くらい習熟していなければ、俺の勘を誤魔化すことは出来ない。

「ゼータ・エヴァーシン。その下にいくことはこの私が許しません」

「許しません、と言われてもな。新発見の秘跡を探索できるのは、発見したハンターの特権だ。どんな権利があって、あんたはそれを止めるんだ?」

 警戒しつつも、何気ない風を装って振り向く。

 この相手は、話の切り出し方を見ても素人だ。俺が振り向くのを止めようともしなかった。それこそ、アル辺りならば、俺を無用心に振り向かせることはしないだろう。

「……は?」

 そして、その格好に呆気にとられた。

 足首までを隠す長いスカート。他の人間に一切肌をさらすまい、と病的なまでの防護。胸元を飾る刺繍は、ラナ教の聖印。

 シスターだった。

「おいおい。最近の教会は、こんなシスターにまでハンターの邪魔をさせるのか?」

「黙りなさい、ルインハンター。貴方にそんなことを言われる筋合いはありません」

「あるだろ。俺の仕事の邪魔をしているんだから」

 なんか、話が通じない輩っぽいのを感じつつも、俺は反論を試みる。

 まあ、こんな女の子(きっと俺より年下)に、教会の人間とは言え恐れを感じるはずもないし。

「仕事……ですか。善良な人々に、悪魔の道具を与えることが」

「……ずいぶん誤解されているようだが、古代文明の力は適切に使えば有効な力だぞ」

 今はそうでもないのだが、一昔前は火を熾すのにも一苦労だった。

 それを解決したのは、言霊一つで簡単に火を付ける秘術だった。それまでも火を熾す秘術は合ったのだが、少ない魔力で、しかも短い秘術式で火を生み出すそれは、安価に家庭に火をもたらした。

それを悪魔の所業だと抜かすのなら、そう思う連中だけで昔の生活を送ればいい。

「うるさいです。適切だろうと、なんだろうと、人の分を超えた力はそれだけで歪みを呼びます」

「……また、古臭いシスターもいたもんだな」

 こんなことを言うのは、本当に古いタイプの司祭とかだけだと思っていたが、まだこんなのがいたのか。

 見たところ、まだ若く、器量も良さそうなのに、また変な道を選んだもんだ。

「……わかった」

「はい?」

「とりあえず、俺はもう腹が減ったから帰る。あんたみたいなのと、揉め事起こしたくねぇし」

 大体、今日は二階の探索だけのつもりだったんだ。装備も心構えもまだ出来ていない。

「だから、あんたも帰って良いよ。また、後日話そう」

「ちょ、ちょっと待ってください? なんでここで引くんですか。ここは『ぐっへっへ、んな格好いいことだけじゃ世の中は渡っていけねぇんだよ。世間知らずのシスターの体に、世の中の常識をたっぷり教えてやるぜ』とか言いながら私に襲い掛かってくる場面じゃあ……」

「すごい想像力だな、そりゃ」

 誤解とかそれ以前に、悪意を持ってハンターの姿をゆがめている。

「だって、すごく変態っぽい顔つきですし」

「待てコラァ!?」

 言うに事欠いて、なんて人聞きの悪いことを言うのか!?

「くっ、やはり、ハンターとはそうやって恫喝したりする輩なんですね!?」

「これは、お前が怒らせたんだっ」

「しかも、人のせいにするっ! やはり、ハンターは信用なりません」

 自分勝手な理屈で勝手に納得して、シスターは逃げていく。

「今度会う時が、貴方の命日ですー!!」

 捨て台詞も、負け犬っぽい。

「……なんだ、ありゃ」

 体中の力が抜けるのがわかる。

 なんだ、弟に引き続き、あんな痛いのの相手をしなきゃいけないのか、俺は……?