俺の名前はゼータ。ゼータ・エヴァーシン。秘跡狩り(ルインハンター)だ。

 ルインハンター――略してハンターと呼ぶことの方が多いが――とは、千年ほど前まで栄華を誇っていた古代文明の遺産を発掘することを生業としている。

 もちろん、楽な仕事じゃあない。

 遺産の眠る“秘跡”は、長年放置されたせいで、凶暴な猛獣の住処と化している例は少なくない。例え、猛獣がいなくとも、そのときはもっと恐ろしい秘跡自体に仕込まれたトラップや護衛兵が潜んでいる。しかも、侵入者の知恵を試すかのような狡猾な仕掛けが随所に施されており、その攻略は至難だ。

 それでいて、決して割がいいわけでもない。大部分のハンターは、その日生きていくだけでカツカツの生活をしている。

 それでも、ハンターとなる者は後を絶たない。

 なぜか? その答えは簡単だ。秘跡には、現在の人類が失ってしまった数々の知識、技、秘術が眠っている。さらに、秘跡にあった珍しいアイテムで一攫千金を成し遂げたハンターは、決して少なくはない。

 人間なら誰しも持っている好奇心、冒険心。ルインハンターというものは、いわばそんなものを求める人種の集まりなのだ。

 

 

 

「つまり、そういうことだ。わかったか、フィー」

「全然わかりません」

 わざわざホワイトボードまで出して解説してやったのに、フィー……フェアリィ・エルラントの反応はなんとも冷たいものだった。

「ええい、つまり俺がハンターをやっているのはだな、金のためじゃない。夢のためなんだ。夢をお金にするなんて、馬鹿馬鹿しいことだろう?」

「そういう台詞は……」

 と、フィーはなにかの紙を懐から取り出す。

「溜まってるツケを払ってから言って下さい!」

 そこに書いてある、整然と並ぶ数字は、俺の宿泊費やら食費その他諸経費――ここ宿屋兼食堂『風月亭』へのツケだった。ちなみに、すでに返済を考えるのが嫌になるくらいの金額になっているので、ひそかに逃げようと画策しているのは秘密だ。

「ゼータさん。なんかすごく不穏なこと考えてません?」

「そんなことはないぞ」

 おもむろにホウキを構えたフィーに、速攻で答える。ここで、答えが少しでも遅れたりしたら、フィーのEX必殺技ブルームダンス(ホウキ乱舞)が俺に炸裂する。ちなみに、今までの最高は58ヒットだ。あの時は、HPバーがもう殆ど見えないくらい瀕死に追い込まれてしまった。

「と・に・か・く。夢ばっかり追ってないで、早くお金返してくださいね。なんでしたら、アルバイトも紹介しますよ? ウチはそれなりに町の人に顔効きますから」

「うむ。気持ちだけ受け取っておく。まぁ、見てろ。近いうちに秘術の一つも見つけて、がっぽり儲けてやるから」

「もう、いつも口だけなんですから」

 ブツブツと文句を言いながら、フィーは俺の部屋の掃除にかかる。フィーは元々そのために来たのだ。こいつが金の話を始めたから、出かけようと思ってたのに、余計な時間を食ってしまった。

 そのくせ、

「ほらほら。邪魔なんですから、早く出てってください」

 これだ。

「ホウキで頭を叩くな。汚い」

「ゼータさんは元々汚いから大丈夫です」

「……お前さ。時々、接客業とは思えない台詞を吐くよな」

「安心してください。こんなこと言うのはゼータさんにだけです。なにせ、ウチのお風呂代も払えないくらい貧乏な人ですから。汚いっていうのも正論でしょう?」

 俺は、ここの宿泊代を極限まで削ってもらっている。食事もワンランク――いや、スリーランク?――下のものを用意してもらっているし、毎日するはずの部屋の掃除も、三日に一度(しかも、ほとんどフィーの好意)。風呂の使用も禁じられている。

「失礼な。俺はこれでも綺麗好きだぞ。週に一度は、水浴びくらいしている」

「週一度? 汚っ! あんまり近寄らないで下さい」

「俺は、そういう所を直せと言っとるんだが……」

 額に一筋の汗が流れる。コイツは、本当に従業員として働けているのか? と言うか、オリヴィアさん、娘の教育どっか間違ってないか?

「ああ、もう。俺は行くぞ」

「また町外れの秘跡ですか? やめといた方がいいですよ。あそこはもう探検し尽されているんですから。他のハンターさんは、もうちょっと遠いとこに行っているでしょう」

「甘い。俺の勘が言っているぞ。あそこには、まだなにかがある」

「……そんなこと言ってるから、月の稼ぎが小学生のお小遣い並にしかないんですよ」

「しゅ、収入の事は言うな!」

 最後に半泣きになりながらもフィーを威嚇しておいて、俺はどたどたと梯子を降りる。

 そう、梯子だ。

 さっきも言ったが、俺は宿泊費を極限まで削っている。自然、部屋も普通の客室などではないわけで。簡単に言うと、屋根裏部屋に住まわせてもらっていた。

 ま、まあ、それなりに快適である。屋根裏と言うと陰気なイメージがあるかもしれないが、採光用の窓もあるし! ベッドも、ガタガタ言うような古い物だが一応あるし! ベッドだけでなく、半分くらいの棚が開かないタンスとか、皹の入ったランプとか、家具も充実している。ネズミと良い友達になれるのにはこの際目を瞑ろうじゃないか畜生!

……はあ。

二階の宿部分は素通りして、一階へと降りる。

一階部分は、食堂だ。夜になると酒も出すようになる。町ではうまい料理と地酒を出す店としてなかなか評判が良い。

「あら、ゼータくん。お仕事ですか?」

 厨房で夜用の仕込みをしていたらしいオリヴィアさんが顔を出してくる。

 ここの店の店主、そしてフィーの母親であるオリヴィアさんは三十二歳未亡人。いつも笑っていて、料理上手で、色気ムンムンな彼女には、何度もクラッと来たけど

「丁度よかったわ。裏にぶどう酒の樽があるから、それ運んでくれない?」

「いや、お仕事ですか、って聞きながら丁度よかったってのは一体」

「運んでくれない?」

 これである。もうそんな気は完全に失せてしまった

 当然のことだが、疑問文の体裁を装っているくせに、これは完全な命令形だ。ツケという強大な弱みを握られてしまっている俺は、泣く泣く従うしかない。

「はいはい、わかりましたよ。もう」

 ここで下手に反抗したりしたら、出かけるのが余計に遅れる。ぱっぱと済ませてしまうのが賢いだろう。

 外に出て、三つほど並べてある樽を一つ担ぎ上げ、厨房に運び込む。

「あ、それが終わったら、買出しもお願いね。野菜や果物や穀物諸々あわせて百キロ近くいくけど、若いから大丈夫でしょ?」

「……無理です!」

 残りをさっさと運び入れ、俺は逃げるようにして風月亭を後にした。

 

 

 

 

 さて、俺の仕事現場は、風月亭のあるハーヴェスタの町から程近い森の中にある。

 地元の猟師の狩場でもあるので詳細な地図もあり、基本的な方向感覚を持ち合わせている者なら迷うことはまずない。

 この町にやって来てすでに三ヶ月。ずっと通い続けた秘跡までの道は、それこそ目を瞑ってでも辿り着けるほどだ。

「っと」

 草木を掻き分けながら進んでいると、目の前を小さな獣がさっと通り過ぎる。

 あのくらいの大きさの獣なら心配はないが、ここには凶暴な大型肉食獣も住んでいる。懐に忍ばせている武器を手で確認しながら、俺は心持ち慎重に歩を進めていった。

 やがて辿り着いたのは、ぽっかりと木々が途切れている小さな広場。

 ここに、秘跡の入り口がある。

 広場の中心辺りにあるぽっかりと開いた穴。そこには、地下へと続く階段があり、この先が俺たちが秘跡と呼んでいる、古代文明の残滓が眠る場所だ。

 ――秘跡は、少数の例外を除いて、ほとんどが地下に存在している。元々、その上にあった建造物が何らかの原因により消滅し、地下部分だけが生き残ったというのが、定説だ。

 その“何か”が、古代文明が滅んだ原因であるらしいのだが、現在の歴史研究家たちはその答えに辿り着いてはいない。その秘密を探るのも、ハンターの重要な仕事と言っていいだろう。

 まあ、俺みたいな模範的なハンターはともかく、金しか目に入っていないやつが多いのが現状だが。

 慎重に――といっても、すでに百に届く回数潜っているので、多少おざなりだが――穴の中に足を進める。

 暗い空間を、俺が持参してきたランタンの明かりが照らし出す。何百年と人の手が入っていない秘跡の中は埃っぽく、ところどころに、ここに住みついた動物達の気配がする。

 このハーヴェスタの秘跡は、全三階層。一つのフロアは、大体三十m×四十m。秘跡の規模としては中程度だ。

 恐らくは居住区だったらしい一階の廊下をさっさと通り過ぎ、二階への階段へと向かう。一階はすでに、一ヶ月ほどかけて調査は完了しているのだ。

 ――まあ、ほとんど何も発見できず、貧困にあえいでいるわけだが。

 あ、思い出したら涙が出てきた。

「悔しくない悔しくない。俺は金じゃなくて、夢を求めてるんだから」

 …………

 声に出したら、余計に悲しくなった。

 とりあえず、気を取り直して、懐から手帳を取り出す。年季の入った手帳で、ページの半分はインクが酸化してしまっている。

 俺の家に代々伝わる研究手帳。俺の親父も爺さんも曾爺さんも、みんなハンターをやっていた。おかげで、先祖代々の情報やら古代文明に関する研究やらが、この手帳にごっそりと書き込まれているのだ。

 この手帳の最初の方に、この秘跡を含め、複数の秘跡の事が書かれている。

 これらの秘跡になにがあるのか、と言う事に関しては、手帳の方には書かれておらず、口伝で伝えられるのみだ。何かに記録しておくことすら憚れるほど、俺達が伝えている数々の”それ”は恐ろしいものなのである。

 これを、一代に一つ発掘するのが、エヴァーシン家の男児に与えられたノルマなのだ。それが終わらないと、家督も相続できない。……俺なんか、この稼業が好きだからいいけど、親父あたりはかなり嫌々やっていたらしい。

 つまり、俺が求めているのはその、俺達一族しか知らないモノなのである。普通のハンターが見向きもしない秘跡にこうして足を踏み入れているのは、そういうことだ。我が一族が伝えてきた秘密。凡俗のハンターなんぞに、発見されているはずはない。

 そうやって考え事をしながら歩いていると、廊下の端にある階段に辿り着く。

 地下水が染み出しているのか、階段は濡れていて、滑りやすい。気を付けなければ、転げ落ちてしまう。ちなみに、すでに三回ほどこけてしまった事は秘密だ。フィーあたりに知れたら、俺は生きていけない。

 二階は、一階とは違って、なにかの研究施設だったらしい。

 現代の技術では解明が不可能な機材がごろごろ転がっていたらしいが、すでに他のハンターに持ち出されてしまっている。よって、普通なら探索する価値なし――のはずだ。

 が、俺の探すモノが本当にあるとすれば、このフロアが一番臭い。

 一階より、若干気を張りながら、俺は壁や床を調べていく。

 親父達の経験からして、エヴァーシン家の求めるものは、たいていは隠し部屋などに入っていることが多い。古代遺跡というのは、現代より技術がずっと進んでいたわけで、そんな文明が本気で隠そうとした物を発見するのは、かなり難しい。

 やる気と根気と経験と、なにより運がなければ発見は難しい。ある秘跡では、隠し部屋の発見に三代ほどかけたというのだから、その困難さは押して知るべし。

 ――あれ? つまり、その三代かけたご先祖様は、青春の全てを暗い秘跡の中で過ごしたって事か。

 ガンバロウ。本気でそう思った。

 

 

 

「ただいまー」

 声をかけながら、風月亭に戻ってくる。すでに夕飯時なので、一階の食堂には多くの人が押しかけてきていた。

「おぅ、にいちゃん。今日の首尾はどうだった?」

 顔馴染みの客の一人が、そんな事を聞いてきた。俺は勢いよく親指を立て、

「ダメだった」

「ダメだったじゃありません!」

 トレイを持ったまま、器用にハイキックをかましてくるフィー。見事な軌跡を描き、俺の側頭部に足が炸裂した。

「ぐぉ!?」

「もう。お金払ってって言ってるのに……」

 俺は、暴力を振るうなといつも言ってるような気がするぞ。

 いや、それよりなにより、

「フィー。お前、黒はまだ早いんじゃないか」

俺の言葉に、野次馬と化した客どもは、おおーっ、と歓声を上げる。

 はっ、とフィーがスカートを押さえ、トレイは宙を舞い、俺がぎりぎりキャッチする。

「の……ォ。と……と……!」

「ん? どうした。腹でも痛いのか?」

 突然唸りだしたフィーを心配してやり、トレイに乗っていた水を飲み干す。……なんでこいつ、コップ一杯の水だけをトレイに乗っけてたんだ?

「当店はセクハラ禁止です!!」

 フィーが、手近にあったホウキを手に取り、八双に構える。

「そ、その構えは!?」

「死んでください!」

「ちょっ、まっ……! 待ってくださいフェアリィさん!? あなた、たかがスカートの中が見たくらいで、そんな……っていうか、見せたのはそっちなわけで!」

 慌てて、手のトレイを前に向けてせめてガードしようとする。

「問答……」

 次の瞬間、フィーの体は地面ギリギリまで接近し、ホウキが(なぜか)まぶしく光る。

「無用!」

「ぐおぉぉおおおおおお!!?」

 ビシッ! ゴキャ! ズドッ! ガキッ! ズシャ! メコッ! ドゴッ! グシャ! ドスッ! ズバッ! ブスッ! コキャ! ギチュ! グチャ! ピチャ!

 途中から、水モノっぽい音を発していく自らの体を、遠くなっていく意識で聞きながら、俺は死後の世界へと……旅立ち……

「って、アホかぁ!」

 ガバッ、と跳ね起きる。

「おお〜、生き返った」

「シャラップ!」

 つまらん事を言う客の一人を威嚇し、俺はフィーを睨む!

「てめっ、フィー! お前、今日という今日はなぁ!」

「ゼータさん。実は、わたしの練習作で、お客さんにはちょっと出せない“料理”が厨房に“たくさんある”んですが」

 さぁ、どうする? という挑戦的な目でこちらを見てくるフィー。ちなみに“”内は俺的重要ワード。

「お、お前。そんなことくらいで、俺が……俺が」

「俺が? どうしましたか、ゼータさん」

 ……負けた。コテンパンにノされた時点でも負けたが、今度のこれは精神的に負けた。

 未だかつてないほどの敗北感が俺を襲いまくる。

 畜生、いつか仕返ししてやる。具体的には、今晩こいつのベッドにこっそりゴキブリなんかを……!

「お母さーん。わたしが作った料理、もう捨てちゃっていいよー」

「待たんか貴様―!」

 ずざー、と厨房とフィーの間に割り込む。

「なんの嫌がらせだ?」

「え? だって、ゼータさん、欲しくないみたいですし。とってもいやらしい顔をしてましたし」

 くっ、顔色を読まれた?

「ごふっ、ぐふっ。うおっほん。……そんなことはないぞ。フィーの料理食べたいなぁー」

「仕方ないですねー。取ってきますから、ちょっと待っててください」

 と、フィーが機嫌良く厨房に入っていく。

 俺はふーっ、とため息をついた。なんとか、俺の仕返しプランを悟られずに済んだぜ。とりあえず、今晩は覚悟しとけよ、フィー。

「……しっかし、食べ物を粗末にしようとするとは、なんてやつだ。暴力的だし。親の顔が見てみたいぜ」

 俺が、独り言でそんなことを言うと、唐突に影が目の前に出現した。

「ぬおっ!? お、オリヴィアさん?」

「はい。おかえりなさい、ゼータくん。……それで、さっき面白い事を言ってましたねぇ。親の顔がどうとか? わたしの教育に、なにか問題でも?」

「い、いや。とんでもない。お嬢さんは、親御さんに似て、とても素晴らしい女性ですよ?」

「あらあら。遠慮なんてしなくてもいいんですよ。さあ、どうぞ忌憚のない意見を聞かせてくださいな。これからのフィーの教育の参考にいたしますから」

 おっとり笑っているオリヴィアさんだが、間違いない。これは怒っている。

 顔が引きつるのを抑えきれない。

 あわや、喰い殺されるか!? というところで、救世主が現れた。自分の作った料理を運んできたフィーだ。

「あれ? お母さん、厨房にいないと思ったら、いつの間にここに来たの?」

「あらら、フィーが来ちゃったわね」

 とても残念そうな様子で、オリヴィアさんが引っ込んだ。

「? お母さん、どうしたんだろ」

「さ、さあな。それより、さっさと食わせてくれ。腹減ったよ」

「はいはい。量だけはありますから、たくさん食べてくださいね」

 と、並べられたのは、店の売り物になっているメニューの劣化コピーのような料理。オリヴィアさんの域にまでは達していないようだが、これはこれでおいしそうだ。

「いただきまーす!」

 何日かぶりのまともな食事。俺は飢えた豚のように貪った。

 口にありったけの料理を詰め込み、タイミングよくフィーが差し出した水で流し込む。

「もう。ちゃんと味わってくださいね?」

 そんな風にフィーが窘めてくるが、もはや食べるマシーンと化した俺を止める事などできない。

 ものの十分も経たないうちに、五人前はあった料理の数々は俺の胃に収められる事となった。

「ふう。ごっそさん、フィー。うまかったぞ」

「あのー」

「うまかったうまかった。それじゃあな、俺はもう寝るから」

 さり気なくフェードアウトしようとした俺を、フィーの手ががっしと掴む。

「一皿残ってますよ?」

「……いやぁ、俺、満腹になっちゃったし」

「いいから食べて下さい」

 ぐい、と押し付けられる一皿の料理。他に並べられていた料理と違い、異臭を放ちまくるそれは、俺の鍛えられた第六感をビンビン刺激する一品。

 この店のメニューのどれとも類似しないそれは、恐らくフィーの創作料理に違いない。

周りの客から同情交じりの視線をプレゼントされているが、そんなものをくれるなら、フォローの一つも入れて欲しい。

「悪い、急に腹が。いててててて」

 自分でもわざとらしいなーと思う事を言いながら、俺はさり気なく階段へと移動する。

 が、途中に立ち塞がる影!

「お、オリヴィアさん? ちょ、そこどいて……」

「あらあら。まさか、ゼータくんは、フィーの料理を残すような真似はしないわよねぇ? てゆーか、そんなことはさせないわよぉ」

 は、図られた!?

 どうりで、さっきあっさり引き下がったと思ったら、これが狙いだったのか……。

「はい、どうぞ」

 いつの間にか後ろに寄ってきたフィーが、スプーンで件の料理を掬い、俺の口に運んでくる。

 ……せめて、せめてこれがフィーの創作料理でなかったら!

 レシピさえあれば、たいていの料理を無難にこなすフィーだが、こと自分オリジナルの料理を作ろうとすれば、なぜか産業廃棄物並のモノしか生み出せないのだ。

 本人もそれを改善しようと、日々新しい料理に挑戦しまくっているのが不幸中の災い。手近に実験台にされる俺は、毎回毎回死の淵を彷徨うことになってしまう。

 ああ、今も、とんでもない威力を秘めた魔の汁が俺の口に……!

「はい、あーんしてくださいね」

 そんな台詞は、無理矢理口に捻じ込もうとしているやつの台詞じゃないぞフィー! ……って、あ、あ、あああ!?

 俺の口の中で、銀河が爆発したかのごとき味覚の大暴走!?

「風月亭湯煙殺人事件!?」

 俺は、自分でもワケのわからない叫びを発し、地面に崩れ落ちるのだった。