戦いは終わった。
タキオスを倒し、悠人達に力を送った後、すぐに気絶していた友希は、光陰の背中で運ばれている道中で目が覚めた。
周囲を見ると、進軍するときに通ったニーハスからのソーン・リームへ向かう道。
「……勝ったのか」
「ああ。俺達の勝ちだ」
すぐ隣で歩く悠人とアセリア、時深の姿を認めて、友希はそうと確信してつぶやくと、光陰が力強く断言した。
悠人らはともかく、あのエターナル……もう既に、顔も名前も思い出せない敵に、自分たちが勝てたことが、今では夢だったのかと思うほど不思議だった。
……しかし、確かに勝利だ。スピリット隊の仲間のみならず、『束ね』の中に残っていた恋人や親友の力を借りた、半ば反則勝ちのような体たらくだったが、勝ちには違いない。
ただ、今は、悠人達がいるからこそ、敵対するエターナルとの戦闘があったことを覚えていられるが、恐らく彼らが去った後には随分と記憶は改竄されてしまうだろう。それが、少し歯痒い。
「っていうか、目が覚めたんなら自分で歩けよ。生憎、俺は男を背負う趣味はねぇっつの」
「僕も、男に背負われる趣味はないわ」
急いで光陰から離れる。
「友希さん。おはようございます」
「あ、はい。おはようございます、時深さん」
光陰から降りると、隣を歩いていた時深が話しかけてきた。
彼女も激闘だったらしく、服のそこかしこが傷ついているが、友希が見るに怪我は残っていない。
「貴方と、ラキオスの皆さんのおかげで、無事ロウ・エターナルは撃退できました。今、この世界に残っている上位永遠神剣の気配は、我々のものと……『再生』だけです」
「そうですか……それは、よかった」
と、安堵しかけて、友希は気付いた。
「『再生』も?」
「ええ。少し下手な調整でもされていれば、そのまま消滅していたところですが、テムオリンが直接手を加えただけあって、暴走を止めても健在です。……色々と、私が封をしたので、今後スピリットが生まれることも、誰かに利用されることもありませんが」
「それならいいんですけど。いえ、ちょっとびっくりしただけです」
「はい。……本当に、ありがとうございます」
頭を下げて、時深は少し身を引く。……そうすると、悠人と対面する形となった。
「友希、やったな」
「ああ」
それ以上は必要ない。ゴツン、と拳を重ね、健闘を讃え合う。
「トモキ、トモキ。わたしも」
「お、おう」
それを見て、アセリアが真似したがり、同じく拳同士を当てる。……が、悠人と違い、アセリアは手甲をしているため、拳を合わせると少し痛かった。
その後、アセリアは悠人にも同じようにねだり……その姿を見て、友希は思う。
タキオスとの最後の交差。みんなの力を一つにして、未だ登ったことのない階梯にまで力を上げたあの瞬間。
あの時、友希はなにか大切なことを思い出していた。それは、この二人に関わることで……しかし、それ以上はまったく思い出せない。
『……まあ、なんとなく予想はついているんだけど』
『少し考えれば、色々と腑に落ちない点がありますからね』
友希の内心の呟きに、『束ね』も追従する。
そもそも、色々とおかしかった。
こちらが用意する前に、時深が用意したというラキオスの戦闘装束を纏った二人。
日本人である悠人に加え、どこかラキオスの命名法に似ているアセリアという名前。
新米のエターナルという事実。
ともすれば馴れ馴れしいと思われかねない、彼らの言動。
最初から妙に噛み合う連携。
二人が使う、明らかにラキオスの流れを汲む剣術。
時深から聞いた話では――何故聞いたのかは思い出せないが――エターナルは、世界を離れる際、人々の記憶から消えるという。
一つ一つは些細な違和感だが、このエターナルの特性を考えて、諸々の要素に目を向けてみると……『もしかしたら』という仮説が成り立つ。
恐らく、勘のいい何人かは気付いているだろう。
しかし、口には出せない。仮に『そう』だったとしても、今の友希達の記憶に彼らはいないのだ。それにも関わらず、知っているかのように接するのは、今以上に悠人達を傷つけるだろう。
ただ、もし『そう』だとするのなら。
それほどの覚悟を持って戦った彼らに、大きな感謝を。
「……っと。お、ニーハスが見えてきた。悪いな碧、随分長いこと運んでもらったみたいで」
「本当だよ。これは貸しだからな。だから今度、ネリーちゃんかシアーちゃんかヘリオンちゃんかニムントールちゃんとのデートのセッティングを……だ、な……」
光陰の言葉が尻すぼみになる。
少し離れていたはずの今日子が、友希が目覚めたのを見てか、こっちにやって来ていた。
それに気付かずペラペラといつもの言動をした光陰に対し、今日子はハリセンを手に、ブルンブルンと素振りをしていた。
『……っていうか、こんなところにまで持ってきてたのか、あのハリセン』
『なんでしょう、もしかして今日子さんの第二の永遠神剣だったりするんでしょうか、実は』
『いや、まさか……ほら、願掛けっていうか、縁起担ぎの道具みたいなものなんだろ』
多分、きっとそうに決まっている。
そんな予想を立てる友希をよそに、今日子は光陰をシバき倒していた。
「決戦の後だっつーのに、アホなこと言うな! この、この!」
「いたっ、痛いって、今日子!」
それを見て、スピリット隊のみんなも笑っている。
……戦いが終わった。
嫌なことで実感した気がするが、友希はようやく、肩の荷が降りた気がした。
友希達が痛む身体に鞭を打ってエーテルジャンプを敢行しラキオスに帰還すると、エーテルジャンプ装置の前でずっと立ったまま待っていたレスティーナやヨーティアが出迎えてくれた。
「皆さん、お疲れ様でした。……世界を救って頂き、本当に、本当にありがとうございます」
「はっ、まあ、あんな連中に負けるとは思っていなかったがね。……さ、レスティーナ殿」
はい、とヨーティアの促しに、レスティーナが頷く。
「申し訳ありません。戦いの疲れを癒やしていただきたいのは山々ですが、ユート殿、トキミ殿、アセリア殿。少々お付き合いいただけないでしょうか」
「……民衆へと、戦勝の報告をするのですね」
「はい。エターナル――一般向けには謎の軍勢と喧伝しておりますが、その脅威にいまだ国民は怯えたままです。一刻も早く、その不安を取り除いてあげなければいけません」
それに、とレスティーナが続ける。
「エーテル技術の廃止も、今日この時点で行います。この世界を蝕む脅威が駆逐された今日ほど、ふさわしい日はないでしょう」
いよいよであった。
大陸を統一する前から、レスティーナを始めとした文官や技術者達は、そのための下準備に追われていた。
国民の反対を抑えるための処置。最低限のインフラや生活を支えるための代替技術の普及。肝となる抗マナ変換器の開発。関連法案や制度の整備。
戦時下にありながら、これだけの根回しをやってのけた仕事は、友希達の戦いに勝るとも劣らない大事業だった。
それが今日、形となる。ラキオス王国にとっては記念すべき日となる。
「陛下、俺達は……」
「良ければ、共に謁見の間へ。……そこのバルコニーで、私が演説をします。是非、功労者の貴方達には、側で聞いて欲しい」
全員、否やもなかった。
頷き合い、レスティーナの後に続いて歩き始める。
城内では、既に勝利の先触れが届いており、スピリット隊は大いに歓迎された。
戦争が終わったことによる高揚もあるだろう。しかし、ラキオスに来た当初と比べると、人々の対応はずっと柔らかいものになっている。少なくとも、城内でエトランジェやスピリットを腫れ物のように扱う人間はほとんどいない。
変わったな、と友希は思った。
それは今、謁見の間から繋がるバルコニーに、エターナルのみんなを従えて歩く女王の仕事によるものが大だろう。自惚れでなければ、自分たちの働きも多少は影響しているに違いない。
レスティーナがバルコニーから姿を現すと、城の庭に集う民衆は大きな歓声が上げた。
それが静まるのを待ってから、レスティーナが厳かに口を開く。
「みなさん、お知らせがあります。本日、全ての敵は討ち果たされました。長きに渡る戦争が、これで終わったのです」
朗々と演説を始めるレスティーナが、今回の戦いの勇者として悠人達を紹介する。
友希らが前面に立たされていないのは、別に彼らの戦功を軽く見ているからではない。ラキオススピリット隊の働きは、もはや全国民が知っており、今更改めて演説で紹介する必要はないのだ。
悠人達を称える声が、津波のようにして謁見の間にまで響いてくる。その声は、この城が揺れるほどだ。
「ふ、う」
その揺れにふらついたわけではないが。
もはや立っていることも限界だったので、友希は床に腰を下ろした。
「もう、トモキ様。行儀が悪いわね」
「……そういうセリアこそ、膝が笑ってるぞ。ほら、みんなも座れよ。陛下も、このくらいでグチグチ言わないだろ」
普段なら、神聖な謁見の間で胡座をかくなど、不敬であると厳しく叱責されるであろう行為だが、今この時はそういった口煩い文官はいない。
友希に倣って、次々とみんなが腰を下ろす。
「わっ、この絨毯柔らかい」
「あ、本当だ。寝っ転がると気持ちいいよ〜」
「オルファもやるー!」
……ネリー、シアー、オルファリルの三人は、部屋の真ん中を貫く赤絨毯で転がっているが、まあ今日くらいはと見逃す。
「あら、本当ですか〜」
「こら、ハリオン。貴方まで一緒にならないの」
いつものやり取りをしているハリオンとヒミカ。
「お姉ちゃん、重くない?」
「ふふ、全然」
ファーレーンはニムントールを膝枕している。
「お、いいなあ。なあ今日子、俺にもニムントールちゃんみたいに……」
「アンタは正座」
「え? い、いや。この固い床で正座はちょっと」
早くする! と、まだ帰り際の怒りが収まっていないのか、今日子がハリセンで光陰の姿勢を正している。
「す、すごく人が集まっていますね」
「ああ。こんなに一杯人いたんだな……」
「はい。私もびっくりです」
友希の隣には、ヘリオンが座っていた。彼女は音だけで伝わる人数に気圧されている。
……しかし、一時期のオドオドした雰囲気は欠片も感じられない。
「…………」
そしてナナルゥは、無言だけれども、僅かに口の端に笑みらしきものが浮かんでいた。
「流石に、手前も疲れました。エスペリア殿は、まだ余裕がありそうですね」
「ふふ。これでも、最年長ですから。ちょっと気を張っているだけですよ」
エスペリアとウルカの二人は、いつもの通りだった、少なくともぱっと見は疲れが見えない。タフなことである。
「は、あ」
一通り、みんなの様子を見て……友希は、ごろりと寝転がる。
光陰の背中で背負われていた時、それなりに寝たようだが、まだまだ身体の疲れは全然取れていない。
天井を見上げ、レスティーナの言葉を聞き逃さないように耳だけを澄ます。
「そして、本日はさらにいくつか、皆さんにお伝えすることがあります」
戦勝の報告が終わり、レスティーナの声のトーンが変わる。
それとともに、謁見の間の隅に備え付けられていた装置に取り付いたヨーティアが、装置のスイッチを押す。
「レスティーナ殿。注文の遠距離通信機……ハイペリアの言葉を取って、その名も『ラジオ』の方は準備オーケーだ」
コクン、とレスティーナがヨーティアに頷く。
「これからお伝えすることは、大陸全土の都市に向けて送信されます。……皆さん、お仕事の手を止め、しばし私のお話をお聞きください」
そこから語られるのは、エーテル技術廃止の報。
混乱を最小限にするため、徐々に、徐々にその情報を浸透させてきたが、それでも『まさか』と思う人間は少なくなかっただろう。
しかし、レスティーナの演説はそういった人々の心を解きほぐす。
マナが命そのものであること。それを用いたエーテル技術は此度の災厄を引き起こした者達の奸計によりもたらされたものであること。それは、自分たちを相争わせるためのものだったこと。
全てを反省し、そして従属の楔から解き放たれたスピリット達と共に歩いて行こうと。そのためにも、エーテル技術の一切は封印しようと。
そう、レスティーナは滔々と訴えた。
レスティーナが話し終えるとともに、最初は静まり返っていた民衆が熱を取り戻す。
今や、大陸全土を統括する女王の名を、全国民が呼ぶ。
「私、レスティーナはここに新しく統一された国をガロ・リキュアと名付け、その女王に即位することを宣言します」
ガロ・リキュア。
友希は、口の中で呟く。
無からのはじまり。確か、ファンタズマゴリアの古い言葉で、そんな意味だったはずだ。
これから全く新しい歴史を紡ぎ始めるこの国の名に相応しく、響きもいい。国名の決定は、王の専権事項。流石のセンスだな、と友希は思う。
これから、大変になるだろう。
エーテル技術を捨てたことは勿論であるが、これだけの大規模国家の成立は大陸史上でも聖ヨト王国以来。更に、戦乱で失われた人命や施設等は数えきれない程だ。
しかし、なんてことはない。
壊すだけだったこれまでと比べ、これからは作るために働くのだ。
それも、きっとゼフィが望んだ形の国だ。
「……頑張るか」
『はい。物語ならこれでハッピーエンドですが、主のお話はこれからも続いていきますからね』
『だな。……『束ね』も、助かった。ありがとう』
『はいはい。どういたしまして。私も、非常に良い物語を蒐集できたと、嬉しい気持ちでいっぱいですよ』
照れ隠しなのか、そう言う『束ね』に、友希は内心改めて感謝を贈る。
苦しいことも沢山あったが、ここまで来れたのはこの剣のおかげだ。
女王の名を叫ぶ声がいつまでも響く謁見の間。そこで思い思いに身体を休める戦士たち。
絵にでもすれば、後々まで建国の一ページとして飾られるであろうその光景は、その場にいる者の心にだけ残るのであった。
レスティーナの建国宣言からしばらく。祝勝会と建国祭を合わせた三日三晩の宴の喧騒もようやく落ち着きを見せ始めた頃。
戦後処理と今後のための執務に忙殺されているレスティーナの元へ、友希はアポイントを取った。
忙しいレスティーナのこと。時間が出来るまで待つ心算だったのだが、レスティーナは即日時間を作ってくれた。
「申し訳ありません、陛下。お忙しい中、会っていただいて」
「構いません。休憩も兼ねてのことですから。して、用件は? そう、深刻な話ではないと聞いていますが」
「はい。先に言っておきますが、これは僕の独断ではなく、スピリット隊……うちの宿舎だけじゃないです。それこそ、沢山のスピリットから提案のあったことなんですが」
誰が音頭を取ったわけでもないのに、友希の元へ集まった嘆願の声はかなりの数に登っていた。
驚きとともに、友希は嬉しく思った。話してみると、門を開くための力を蓄えるために今も逗留している悠人達も大賛成とのことだった。
「……戦争で亡くなったスピリット達の、お墓を作ってやりたいんです」
「墓地ですか」
「はい」
スピリットの墓はない。
死亡するとマナへ昇華してしまい、埋めたり燃やしたりする必要もないので、ただ書類上の処理と装備や私室の整理だけをされて、その生きていた痕跡は記録にしか残らなくなる。
しかし、先のレスティーナの宣言により、今やスピリットも人間と平等の存在となった。
そうすると、かつての仲間、友人、あるいは敵であっても。スピリット達がそれぞれの国のために戦った者達を弔ってやりたいという気持ちが湧き上がってくるのは、自然なことだった。
時間をかければ、気付く人間も当然出ただろう。レスティーナなど、最たる人間だ。
しかし、一刻も早く、という気持ちは、戦場で実際に戦った者達からしか上がってこない。
「成る程……」
「実際の作成は手すきのスピリットでやります。陛下には、使っていない土地の使用許可と、幾ばくかの予算の採決をいただければ……」
国が統一され、ロウ・エターナルが撤退した今、スピリット達に治安維持以上の仕事は存在しない。しかも、戦時で過剰な数のスピリットが実戦配備されており、更に彼女たちに別の職業を斡旋する時間はまだなく、多くの者が暇を持て余していた。なにせ、今の彼女たちは、ほぼ全員が戦うこととそれに準ずることしか出来ないのだ。
だからこそ、このような要望が方方から上がってきたという側面もあるのだろう。
「いいでしょう。許可します。ついては、簡単でいいので計画書と、必要な予算の見積もりを……」
「こちらに用意しています」
二度も三度もレスティーナの時間を割くこともなかろうと、文官仕事が多少なりとも出来るスピリット達の協力の元、既に作成していた。
「はい。じゃあ、今目を通します。少し待ってください」
「了解です」
慣れた様子で、レスティーナが計画書と予算見積もりに目を通す。
「……この、埋葬用花代とは? 墓前に供えるものとは別に計上されていますが」
「ああ、それはですね……」
友希は説明をする。
レスティーナはその説明に少し苦笑し、その場で玉璽を押印した。
スピリットによる霊園作成はこうして始まった。
そしてここで、以後、スピリットが亡くなった際に必ず行われるとある様式が始まった。
「……それじゃ、埋めるぞ」
「おう」
切り出した墓石に、分かる限りの情報……名前や生没年を刻み、遺品が残っている場合はそれを埋める。
スピリットは、当然墓作りの素人なので、簡素なものだ。
しかし、埋める遺品がなくとも、必ず墓に穴は掘る。
今回作っているのは、ラキオス出身のレッドスピリットの墓。遺品の残っていない彼女の墓には、赤い花が一輪埋められていた。
「……肉体の残らないスピリットへ、せめても、か。御剣、お前の恋人、随分粋なこと考えるな」
「だろう」
一緒に作業していた光陰の評価に、友希は得意げな笑顔を返す。
……あの、サルドバルトの宿舎の、小さな風習。
ゼフィが仲間のスピリットの部屋に飾っていた、スピリットに対応する色の花を墓に埋める、せめてもの祈りの形。
死んだ彼女たちの部屋に花など飾られてはいなかったが、それはそれだ。埋められるものの少ないスピリットには、こういうものがないと寂しい。
友希がダメ元で提案したこの方法は、全面的に受け入れられていた。
埋め終えて、友希が腰を伸ばす。
周りを見ると、スピリットだけでなく、時間のある人間がこぞって参加していた。そのお陰で、当初予定していた工期の約半分の期間で全ての墓が作り終えられた。もう、残りはあと僅か。
「この分だと、予定通り終わりそうかな」
「ああ。霊園の完成と合わせて、悠人達も帰るそうだし……これで、区切りもついたって感じだな」
光陰が、ポケットに入れてあるリストを参照する。
既に、未着手の墓はない。永遠神剣の力を使わず……そうといつの間にか、自然と決まっていたので時間はかかったが、これで全て終わりだ。
「悪い、碧。もう一つだけ付き合ってくれ」
「ん? 全部終わったと思ったが。そっちは身元不明の奴のエリアじゃなかったか?」
「ま、な」
工作員等、表の軍に出てこないスピリットは、やはり全て把握することは困難であり、そういった者達用の墓は一区画に纏められていた。
それでも、判明している者の墓と、存在していたのかすらわからない、歴史の裏側で散った者らの共同塚は既に作られている。
「……これ」
友希が、隠し持っていた『白い』花を見せる。
イオを除き、ホワイトスピリットは確認されておらず、戦死した者も勿論いなかった。
しかし、白で例える存在はもう一つある。
属性に左右されないエトランジェのオーラフォトンは、ファンタズマゴリアでは白と表現されるのだ。
「……あいつの」
「一応、元将軍ってことで旧サーギオス領にも作られたけど……この前見に行ったら倒されてた」
それも仕方ないだろう。瞬は、その苛烈な性格で多くの敵を作っていた。そして、サーギオス国民にとっては敗戦の原因だ。『誓い』の洗脳めいた人心掌握の術がなくなった今、瞬の評判は地に落ちている。
まあ、あの男なら、佳織のいない土地ならどこでも同じだと言うだろうし。
名は刻んでやれないが、ゆっくり眠れれば文句は言わないだろう。
「まあ、友達ってわけじゃなかったが……あいつと同級生だったよしみで、手伝ってやるよ」
「サンキュ、碧」
「だったら、年少組のみんなとのデートをだな」
「……岬の不在を確認してから言う点は成長しているけど、それはそれとしてまったく成長してないな」
墓の配置で、計画時点で意図的に空けておいたスペースに穴を掘り始める。
「しかし、この前見に行ったって、いつの間に。今、もうエーテルジャンプは使えないだろ」
「全力で道とか無視して飛ばせば、一日でなんとか往復できるから。回復したら、すぐ行ってきたんだよ。何かあったら、イオの『理想』経由ならラキオスとは通信できるから」
「マナの総量じゃもう敵わねえな。なんだそのスタミナ」
軽口を叩きながらも、作業は進む。
光陰は見た目通りの膂力で、神剣を使わない状態だと友希はとても敵わない。
それでも、自分の親友の墓である。手が痛くなるのを我慢して、精一杯作業をした。
そうして、白い花を埋め終わる頃には、他のみんなの作業も完了しており、霊園の入り口へと集まっていた。
「やっべ。一つ追加したから俺らが最後だぞ御剣」
「げ、陛下ももう来てる」
霊園落成記念の式典。
あまり宣伝はしておらず、一緒に作業した人くらいしか集まってはいないが、エターナルの三人との別れの儀式でもある。
そのため、女王陛下を初め、幾人か国の重鎮も参加している。規模は小さいが、重要なものだった。
「遅れまして、申し訳ありません」
「いいえ。さあ、トモキ。みんなに言葉を」
「……はい」
そして、この式典では、友希が簡単にスピーチする予定だった。
戦場での号令ならともかく、人前でなにかを喋る機会などほとんどなかった友希である。最初は固辞しようとしたが、散々に説得され、この場に立つこととなった。
内容について、経験豊富な人間に助言を求めようとしたが、ありのままの言葉を言えばいいとやんわり断られた。
……致し方ない、という心境である。それに、確かにいくつか言いたいこともあった。
何度も推敲し、考えた内容。緊張して内容が飛んでしまうかと思ったが、カンペは必要なさそうだった。
居住まいを正し、集まった人々の前に立つ。
スピリット隊の者は勿論、城の人間、軍や市井の人間、それも老若男女問わず、かなりの数集まっている。その誰もが友希に注目しており、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、いくらか間を置いた後、口を開く。
「こんにちは。ラキオススピリット隊隊長、エトランジェ『束ね』のトモキです。まずはみなさん、このお墓の作成に力を貸してくださって、ありがとうございます」
頭を下げる。
「これは、私達の自己満足かもしれません。でも、戦争で亡くなったスピリット達も、いくらかは報われたと僕は信じたいと思います」
一人称を間違えた。最初から最後まで失敗しないなんて無理だと思っていたが、最初から躓いた。
でも、口から話したいことが次から次へと出てくる。
「彼女たちの犠牲を無駄にしないようにすると、今日ここで、僕は『誓い』ます。この戦争で失ったものは多いけれど、先日、陛下の言った通り、ゼロから新しい……人とスピリットが手を取り合える国を作ることが、その一番の道だと僕は確信しています。……きっと皆さんも色々と思うことはあるでしょう。でも、そんなみなさんが集まって、力を合わせて、短期間でこれだけの霊園を作ることができました。国を支えることも、きっとみんなの力を合わせれば出来ると思います」
自分自身でも、内容がとっちらかって、話し方も未熟な、稚拙な演説だと思う。でも、それがどうした。
その後も、いくつかの言葉を言い募り……最後は、あの子の話をすることにする。
「僕自身、この戦争で大切な人を亡くしました。サルドバルトの地で眠っている彼女に、いつか胸を張って会いにいけるよう、精一杯生きたいと思います。ここが、鎮魂の場所としてだけじゃなく、そうして亡くなった人へ『誓い』が出来る場所になれたらと……そう願っています」
もう一人、ここで眠っている男もいるが、そのことは話せない。
「それでは、亡くなったみんなへ祈りを捧げましょう。……オルファリル」
はい、と。普段では考えられない厳かな雰囲気で、オルファリルが一歩歩み出す。
そして、口を開き、ゆっくりと歌を歌い始めた。
スピリット達の祈りの歌。この歌に限っては、全会一致でオルファリルが歌い手に指名されたのだ。
彼女の歌声は、スピリット達の魂に響く。例え死に迷う者がいても、この歌を聞けば安らかに逝けると、そう思える歌だ。
誰もが無言でその歌に聞き入り、手を胸に当てて死者へと黙祷する。
歌が、名残惜しげに余韻を残して終わり、友希はゆっくりと目を開いた。
「……これで、ラキオス霊園落成の式典は終わりです。そして、この世界を救ってくれた三人の英雄ともお別れとなります。……悠人殿」
「殿はいらないって」
苦笑しながら、悠人とアセリア、時深が歩み出てくる。
既に昨日、散々別れの言葉は募らせた。それでも、戦友との別れは寂しい。
しかし、彼らを留める訳にはいかない。エターナルには、まだまだ次の戦場があるという。自分たちのような者らが、少しでも救われるため……せめて笑顔で送り出さないといけない。
枯木悠人。アセリア。
もしかしたら、かつても仲間だったかもしれない二人。
「ありがとう、悠人。お陰で、この世界は助かった」
「俺達だけの力じゃないさ。みんなが力を合わせたから……だろ?」
「それでもだ。そんで、これからも頑張ってくれ」
がっちり握手を交わす。
その手を名残惜しそうに離して、悠人ら、三人のエターナルは集まった人達から距離を取った。
「これからこの世界を守っていくのは、この世界のみんなだ。……頑張ってくれよ!」
「ええ、我々の力の及ぶ限り」
悠人の言葉に、この世界の盟主であるレスティーナが返事をし……そして同時に、この場の全員が首を縦に振っている。
「改めて、私も誓いましょう。犠牲になった全ての人々、そしてこの平和に貢献した皆さんに。私は女王として、この世界の平和の維持に全力をつくすことを」
「なら、俺達も安心だ」
悠人が、アセリアが、集まった人々を順に見る。まるで目に焼き付けるように。
「悠人さん、門を開けます」
「ああ。それじゃあな、みんな!」
光の柱が立ち上る。
その光の中に、エターナル達は吸い込まれ……そして、後に残されたのは、ただ式典を終えた人々。
「……式典は終わり。さあ、解散だ」
既に悠人達の記憶は消えた。
しかし、活力と希望は胸に残っている。
どこか去来する寂しさを飲み込み、友希達は未来に向けて歩き出した。
そうして、幾ばくかの時が過ぎた。
爽やかな風が吹き抜ける、ラキオス霊園の一角。
霊園を囲む赤、青、緑、黒、白の五色の花が咲き誇る花壇の前で、一応世間的には『英雄』、『新たな神剣の勇者』という扱いになっている御剣友希改め、友希・御剣・ラスフォルトはその世話をしていた。
かの戦争で大きな戦功を上げた者に勲章とともに与えられた『ラスフォルト』の姓。『気高き者』なんて意味の上、同僚のスピリットに同じ姓を持っている者もいたりして少々気恥ずかしいが、誇らしい名前だ。
『主、そろそろ朝食の時間では』
『ああ、もうそんな時間か』
自らの内に収めた『束ね』の声に、友希は既に太陽の傾きが危うい角度になっていることを確認する。
「やっべ、最近、ナナルゥ時間に煩いからな……」
『急いで帰りませんと』
「だな。走るか」
つい最近、統合された宿舎に向けて走り始める。
その前に、花壇の全体像にざっと目を通し……今日も見事に花を咲かせている光景に、顔をほころばせた。
この霊園が完成して一年。
ただ墓石が並んでいるだけでは殺風景だと、こうして友希は自費で花壇を作っていた。
かつてゼフィが作っていた菜園。自分も作ってみたいと、戦中考えていたが……食べられるものは宿舎の庭で、観賞用の花はこちらでと、住み分けているのだ。
エスペリアの指導の甲斐もあり、霊園の花壇は中々のものになったと自負している。
相変わらず、スピリット隊で隊長職に就き、更に戦中と違い戦いだけでなく、それ以外の仕事が大分増えたが……それでも、毎日が充実している。
今日の晴れ渡った天気のように、前途洋々であると友希は感じていた。
奇跡的に誰一人欠けることなくあの戦乱を駆け抜けた同じ宿舎のスピリット達も、それぞれの道を歩み始めている。
エスペリアはレスティーナの補佐官として働いている。
オルファリルは学園に通い始めた。
ウルカは、スピリット隊所属だが、今は訓練士としての活動が主になっている。
セリアが孤児院、ハリオンとヒミカがお菓子屋、ファーレーンとニムントールが郊外で静かな暮らし。
ネリー、シアー、ヘリオン、ナナルゥは今もスピリット隊で活動している。
――そうそう、光陰と今日子は、半年ほど前に結婚した。
相変わらず細かな喧嘩は絶えない様子だが、あれがあの夫婦なりのコミュニケーションなのだろう。
そして、
「……誰だったかなあ」
友希は足を止めて空を見上げ、ぼやいた。
こんな平和な毎日を送っていることを報告しなければいけない人がいたはずなのだが、誰なのかわからない。
向こうの両親や、ゼフィや瞬ではない。
霞がかった記憶の向こう。男女二人のシルエットだけが脳裏に浮かび、またふっと消える。
『誰かはわかりませんが……あの二人に恥じない生き方をしないと、って思いますね主』
『ああ』
『束ね』の言葉に頷く。
そう、それだけは確かだ。
これからなにがあっても、そう誓う。
そうして、再び友希は走りだした。
建国以来、活気の止まないラキオス王都の姿が見える。
ここだけではない。色々な問題は起こっているものの、誰もがいきいきと生きるガロ・リキュアはまだまだ黎明期ながらもより良い明日に向けて邁進している。
――この大地を巡る詩は、まだ始まったばかりだった。
|