友希は訓練場で一人、ウルカと対峙していた。
レゾナンスという魔法を用いた訓練は、自分の限界以上の動きをするため、あまり長時間実施することは出来ない。特に、身体の出来上がっていない年少組は、下手をすると身体を壊してしまう可能性もある。
そのため、時深が訓練に参加できる日以外は、程々で留めるのが通例となっていた。
しかし、逆に言えばエトランジェや年長組は、ある程度余力もある。
そのため友希は、規定の訓練後にこうして時間のある者に付き合ってもらって、自主訓練するのが日課となっていた。
「……行くぞ、ウルカ」
「いつでも」
『冥加』の柄に手をかけ構えるウルカに対し、友希は一息に間合いを詰めて袈裟懸けに斬りかかる。
しかし、そんな素直な剣筋は容易く躱され、反撃の一刀が首筋目掛けて放たれた。
「っ……!」
友希はオーラフォトンの盾を形成し、その攻撃を弾いた。
攻撃が防がれ、体勢が僅かに崩れたウルカに対し、横薙ぎの一閃。しかし、その時既にウルカは間合いの外に逃れており、友希が空振った直後にハイロゥを羽撃かせて再び距離を詰めた。
「――!」
そうして、一合、二合と剣を打ち交わす。
しかし、一つ攻撃や防御を繰り出すごとに友希は徐々に不利に追い込まれ、最後には尻餅を付かされて『冥加』を突き付けられる結果となった。
「…………」
「……まいった」
この態勢からでも反撃を試みようとするが、まるで隙が見当たらない。
友希は『束ね』から手を離し、両手を上げて降参する。
「はい」
ウルカは一つ頷いて、『冥加』を鞘に収めた。
鋭く引き締めていた表情をふと緩め、彼女は友希に手を差し伸べる。
「ありがとう」
立ち上がり、はあ、と友希は溜息を付いた。
「……もうちょっと、いい勝負ができるかな、と思ってたんだけど」
「なに。サーギオスに逗留されていた頃に稽古を付けさせていただきましたが、あの当時に比べればトモキ殿は格段に腕を上げております。それに、今のトモキ殿が全力を出せば、手前では抗いきれぬでしょう」
確かに、この手合わせでは、友希は『束ね』から引き出す力を抑えていた。
純粋な剣技でどこまで戦えるかを確かめたかったのもあるが、なにより、
「全力を出したところで、力じゃ圧倒的に負けてる相手が敵だからな。それで喜ぶわけにはいかないだろ」
「……確かに。共鳴により力が向上したところで、どうしても個の力ではあの男には及ばぬでしょう」
敵はエターナルである。
全力を出せば、確かに友希はウルカにすら勝てるが、それでは意味がない。エターナルを相手にすれば、力関係は逆転するのだ。そして、エターナルは悠久の時を生きる存在。技術においても、友希を遥かに引き離す達人であることは想像に難くない。
「……少しでも、技術差を埋めときたい。もうちょっと付き合ってもらっていいか?」
「ええ、勿論」
今一度、と開始位置に戻ろうとした友希は、訓練場の入口辺りに立つ人影を発見した。
こちらを興味深そうに見ている妙齢の女性。胸元を大胆に開いている服装に思わず視線が引き寄せられるが、いかんいかんと顔の方に目を向ける。
見慣れない顔だった。訓練場は魔法等の余波が飛び交う危険性もあるため、関係者以外は立ち入り禁止となっている。そこに、スピリット隊の隊長である友希が知らない人物が来たとなると、詰問する必要があった。
「ウルカ、ちょっとタイム。あっちの人に注意してくるから」
「おや。確かに人がいますね。……いつの間に。気付きませんでした」
「ウルカもか?」
髪の毛や瞳の色彩から見るに、あの女性はスピリットではない。神剣を持たない相手であるなら、友希は格闘漫画よろしく気配を感じ取ることはできない。
しかし、永遠神剣を抜きにしてもウルカは剣の達人。しかも、元々はサーギオスの裏の仕事を担っていたため、人一倍用心深い。その彼女までもが気付かなかったとなれば、只者ではないと思われる。
――『因果』のように、気配を殺すことが得意な神剣を持つエターナルか?
ふとよぎった疑念。ウルカに神剣通話でそのことを伝え、頷き合ってその女性に近付く。
改めて見ると、スピリットに負けず劣らず美しい女性だった。
「おや?」
「すみません、どちら様でしょうか。この訓練場はスピリットと訓練士以外は立ち入り禁止となっているのですが」
右後方にウルカを従え、油断なく女性を見ながら友希は問いかける。
しかし、友希達の緊張をよそに、女性は朗らかに笑みを浮かべた。
「ああ、すまないね。驚かせてしまったかな。私は今日からラキオスの訓練士になったミュラー・セフィスだ。以後、よろしくお願いするよ」
「え?」
新しい訓練士。確かにそのような人物がやって来ることは確かに聞いていた。
ミュラー・セフィス。ファンタズマゴリアにおいて、伝説の剣聖と謳われる武人。ラキオスに合流した技術者の一人が所在を知っているとのことで、交渉のためのエージェントがスカウトに向かい、訓練士として引き入れることに成功したそうだ。
しかし、その武人とやらの詳しい話を聞いていなかった友希の落ち度ではあるが、まさかこんなに若い女性だとは思っていなかった。
「し、失礼しました。スピリット隊隊長の御剣友希と言います。よろしくお願いいたします」
「おや。やっぱり君が噂のエトランジェ殿なのか。成る程……」
ミュラーは友希の身体を上から下まで観察し、うん、と頷く。
「聞いていた話の通りだ。こちらの世界に来てから戦いを覚えたそうだね? さっきの模擬戦も見せてもらったけど、確かに鍛えがいがありそうだ」
「は、はあ」
伸びしろがある、逆に言えばまだまだ未熟。そういうことだろう。
「それで、そっちは……」
「ミュラー殿。手前はウルカ。高名な剣聖殿とお会いできて光栄です」
「ああ、君がサーギオスの漆黒の翼か。噂に違わぬ腕前、見せてもらったよ」
「いえ、手前等はまだまだ。ミュラー殿こそ、立ち姿だけでもその実力の程が伺えます」
え? とさっぱり察することの出来なかった友希は思ったが、そのことについては口に出さなかった。
ウルカがこう言うのだから、目の前の人物の立ち方は、なにかしら物凄いのだろう。しかし、友希ではどう観察しても、立っているだけのミュラーの実力を測ることは出来ない。
「是非、一手指南いただきたい」
「勿論、構わないよ。そのために私はラキオスに来たんだから。……でも、その前にトモキだね。さっきの戦いで見せてもらった君の剣について、所見を述べさせてもらいたいんだけど、いいかな」
「は、はい」
なにを言われるのか、と友希は身構える。
ミュラーは少し考えをまとめるように『うーん』と悩み、そして口を開いた。
「まず、君は色んな国の剣技を学んでいるね? 基礎はラキオス流だけど、攻撃についてはサルドバルトの色も混じってる。足さばきは、そこのウルカによく似ているね」
「は、はい」
先程のウルカとの僅かな手合わせだけでそこまで見抜かれたことに、驚愕を隠せない。
確かに友希の剣技は、基本的にラキオスのものだ。最初はサルドバルトで学んでいたが、こちらの剣術の方が肌に合ったため切り替えている。
一方で、脳裏に焼き付いているゼフィの豪剣が忘れられず、サルドバルトの攻撃技術も修めていた。
友希が吸収したゼフィの記憶とイスガルドの協力の元に会得した剣だ。過剰出力のオーラフォトンで『束ね』を実際より大きな光剣とし、己の全てを込めて一撃を繰り出す攻撃は、友希の技の中でも最も威力のあるものとなっている。
そして、サーギオスでウルカに稽古を付けてもらった際、近接での動き方は彼女のものを参考にさせてもらった。
「それはそれで悪くはないんだけど、どこかチグハグな印象が抜けないね。随分実戦を経験しているようだから形にはなっているけど、動きの繋がりが悪く、それが隙になってしまっている」
「そ、そうですか。自分じゃよくわかりませんけど……」
ウルカには、『流れ』がどうとか教えられたが、戦闘センスにおいては今ひとつである友希には実感できなかった。
ウルカも技術指導は本業でないこともあり、うまく説明することはできなかったのだ。
「なに、だからこそ訓練士がいるんだ。今言った所を直せば、一つ上に行けるよ」
さて、とミュラーは言って、訓練場の隅に置いてある木剣を二つ手に取り、片方を友希に投げ渡す。
「流石に君に永遠神剣の力を使われたら、とても敵わないからね。そいつでよろしくお願いするよ」
「は、はい!」
「いい返事だ」
と、訓練場の中央に向かうミュラーに、友希は付いていく。
この世界に来てほんの数年、しかも軍という特殊な組織にしかいなかった友希にも、ミュラー・セフィスの伝説は知っている。
人間の身で、並程度のスピリットなら二、三人軽く畳めるという実力者。こと剣術においては、大陸最高峰であることは間違いない。
イスガルドなどの他の訓練士も勿論剣術は嗜んでいるが、ミュラーのような達人というわけではない。ミュラーの訓練はこれまでとはまた別方向からのアプローチが期待できるだろう。
「さて、それじゃあ、どこからでもかかって来ていいよ。ひとまず、直接剣を見せてもらうから」
「わかりました」
少しの間合いを開けて対峙したミュラーに対し、友希は息を整えて構える。
自然体で佇むミュラーは、友希の目には隙だらけに見える。しかし、生半可な打ち込みではきっと容易く防がれてしまうだろう。
しばらくの沈黙。ミュラーの呼吸を図り、友希は一歩を踏み出した。
「……はぁっ、はぁっ!」
対峙するウルカとミュラーを、友希は荒く息をつきながら見学する。
あの後、友希はミュラーに対し百を超える数の打ち込みをしたが、かすらせることすら出来ず、こうしてバテていた。
というか、絶対におかしいと思う。こちらが動き始める前に既に友希の剣に対応する動きを始めていたのだ。時深のような未来予知でも使えるのかと疑ったくらいだ。
ウルカに言わせると、友希の視線や動き出す前の僅かな挙動から予測しているのだろうということだったが、そんなことで攻撃を防がれては敵わない。それもう未来予知でいいんじゃないかな、と友希が思ったのも仕方ないだろう。
「ミュラー殿。では、参ります」
「いつでもおいで」
宣言して、二人の手合わせが始まった。
ウルカは居合をする関係上、『冥加』をそのまま使っているが、切れ味を最低に落としていた。それ以外は神剣の力は使っておらず、素の身体能力だけで戦っている。
そしてミュラーは相変わらず木剣で、こちらも勿論神剣のような超常の力は使っていない。
――だというのに、少し離れた場所で見ている友希が、うっかり目で追えないほどの戦いになっていた。
『束ね』の力を借りて視力を強化し、つぶさに観察することにする。
「いいね! よく鍛えられている」
「ありがとう、ございます!」
「っと」
ミュラーの称賛の声にウルカが剣でもって答えるが、簡単に躱されてしまう。
「でも、こういうのはどう、かな!」
ウルカの切り返しに、ミュラーは防御しつつ強引に突っ込む。
「!」
ウルカもすぐさま対応するが、崩れたリズムを取り戻すことが出来ず、やがて一撃を受けてしまった。
打たれた脇腹を押さえるウルカに、ミュラーは木剣でとんとんと肩を叩きながら笑う。
「ウルカの剣は完成度が高いけど、攻撃の流れを力技で遮られるのは苦手みたいだね」
「はっ……」
神妙にウルカが頷き、ミュラーといくつか意見を交わす。
友希には着いて行けない次元で二人の武人は話が合っているらしく、互いに頷き、活発に言葉を交わしていた。
大体議論が出尽くしたところで、再び対戦。今度はウルカはハイロゥを広げた。神剣の力を過度に使うわけではないが、ウイングハイロゥを用いた機動は既にウルカの剣術の一部だ。実戦を想定するなら使わないわけにはいかない。
しかし、羽根を持つウルカの三次元的な機動にも剣聖はしっかりと対応し、再び軍配はミュラーに上がることとなった。
スピリットという存在のいるファンタズマゴリアの剣術は、彼女達にも対応できるよう進化しているが、あそこまで完璧に体現できる人間はそうはいないだろう。
そして模擬戦が終わると、もう一度二人が剣について語り合う。今度はウルカが二度、三度と実際に居合を繰り出し、それに対しミュラーがアドバイスをしていた。
――この僅か二戦の間で、完全にウルカはミュラーを格上と認め、教えを請い始めている。
少なくとも個人技においてはウルカに意見できる訓練士はラキオスにはいないのだから、どれだけミュラーが突出しているかわかるというものだ。
やがて話が終わったのか、ミュラーが休憩中の友希の方を見やる。
「トモキ。どうだい? そろそろ動けるかい?」
「……お願いします」
「よし、それじゃあ今度は二人の連携を見せてもらおう。それで今日は終わりにしようか。もういい時間だし」
友希がふと気が付くと、確かにもう日は落ちる寸前だった。
正規の訓練が終わったのは昼過ぎだったので、随分長い間続けていたらしい。
「えっと……でもそれは流石に、事故が怖くないですか?」
友希の持つ木剣もウルカの切れ味を落とした『冥加』も、鈍器としては十分に凶悪だ。乱戦になってうっかり頭にでも当たってしまったら、友希やウルカはともかくミュラーは危ない。
「はは、君たちの技量の程は見せてもらったよ。大丈夫」
「トモキ殿。ミュラー殿に遠慮は無用かと思います。そのような真似をしたら、容易くあしらわれてしまいます」
「……二人がそこまで言うんだったら」
確かに、百回も挑戦して当たらなかった友希が言えることではない。
それに、そろそろ少しくらいはラキオススピリット隊の実力を見せておきたいところでもある。
「ウルカ」
「はい」
ちら、と視線を交わし、ウルカと並んで構える。
それに対し、ミュラーは変わらず泰然と立ち、構えを見せない。しかし、この状態からミュラーはどんな攻撃にでも対応するのだ。
ウルカと一緒に戦った経験は少ないが、それでもどう動くかはお互いよくわかっている。
友希はウルカのために隙を作るべく、ミュラーに斬りかかるのだった。
「へえ、ミュラーって人、そんな強いんだ」
第二宿舎の夕飯の席。がやがやと騒がしい食卓で ウルカ共々こてんぱんにノされたことを報告すると、向かいで聞いていた今日子が興味を示した。
「もう、半端無くな。僕はともかく、ウルカが手も足も出ないなんて思わなかった」
「大陸中にその名を轟かせる剣豪だからね。わたしも、指導してもらえるのは光栄だわ。……はい、トモキさま、おかわり」
「セリア、ありがとう」
セリアから皿を受け取って食事を続ける。
「はあ〜、明日から大変そうですねえ〜。訓練、厳しくなるんでしょうねえ……」
「あのねえ、ハリオン? 強くなれるなら、それは望む所でしょう?」
「そうですけど〜。もうちょっと楽に強くなれればなあ、って思うんですよぅ」
「はあ……駄目だこりゃ」
ヒミカが相棒の言葉に頭を抱える。
まあ、実際の訓練となればハリオンも真面目にやるので、心配は無用だった。
「あのウルカさんが……本当ですか、トモキ様?」
「ああ、うん。僕よりはずっと戦いになってたけど、それでもミュラーさんにはまだ余裕があった感じだったな」
「…………」
第二宿舎の中では仮面を付けるのをやめたファーレーンが、複雑そうな表情で思い悩む。
同じブラックスピリットとして、彼女はウルカに剣を教えてもらっていた。そのウルカがあっさりとやられたとなると、やはり思うところがあるのだろう。
こういうことに興味を示しそうなネリーやシアーは、時折『うあ゛〜』とうめき声を上げながら食べている。
年少組はレゾナンスによる限界以上の稼働に、全身筋肉痛なのだ。大人組もそれは同じだが、程度は彼女らよりずっと軽い。
まあ、初日はベッドからロクに動けないほどになっていたので、随分と慣れては来ている。この分なら、もう一週間もすれば普通に過ごせるようになるだろう。
「しかし、剣聖とやらまで合流したか。まさに、ファンタズマゴリアの総力戦、って感じだな」
「そうだな……」
光陰の感想に、友希は深く頷く。
この世界に住むみんながエターナルを打倒するため一丸となっている。
そこに人やスピリットの垣根はない。誰もが生きるため精一杯なのだ。
「勝たないとな」
「勿論だ」
決意がますます固くなっていくのを感じる。
この世界を消させはしないと、友希は強く思った。
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