友希の自室。
 地球で買い求めたフレームに収まった押し花を見つめ、彼は静かに思いを馳せていた。

 ゼフィから貰ったものは、もうこれしか残っていない。後は思い出だけだ。
 しかし、これがあったからこそ、ここまで戦い抜いてこれたのだと思う。

 死ねば、塵一つ残さず消滅してしまうスピリットやエトランジェの定めに抗うように、彼女はこれを墓に埋めていた。

 フレームに収まった青く小さな花弁を見ながら、どうしても慣れない戦いへの恐怖を、ゆっくりと心の奥底に沈め、固く、固く蓋をする。戦場での恐れは、味方を傷つける。もう二度と仲間を喪わないと、友希は誓いを新たにする。

 ……そういえば、『誓い』と言えば、瞬の神剣の名前でもあった。

 あの赤い神剣から、友人を開放する。それも目的の一つだ。今日子が『空虚』の呪縛から解き放たれたのだ。瞬がそうできない理由はない。

『主、そろそろ時間です』
『ああ。わかってる』

 フレームをぱたんと伏せ、友希は立ち上がった。

 ラキオスは、これからサーギオス帝国に宣戦布告をする。
 ――最後の戦争の、始まりであった。





















 ラキオス軍は、旧ダーツィ領の都市ケムセラウトから南進する。
 かつて、友希が瞬に誘われ、サーギオス帝国に向かった時と同じ道。このルート以外には、ダスカトロン大砂漠を越える道しかなく、消耗を考えるとほぼ唯一の進軍ルートだった。

 その道に、サーギオス兵は配置されていない。いくらなんでも、こちらから攻め始めれば迎撃に出てくると考えていたラキオス側は、いよいよ混迷を深める。

「……不気味な程、反応がないな。エスペリア?」
「はい。私の『献身』の感知範囲にも、敵スピリットの気配はしません。他のみんなも同様みたいです」
「まさか、光陰の『因果』みたいに、気配を隠すような永遠神剣があるわけじゃないよな」
「流石に、四神剣以上の隠形をなせる永遠神剣は存在しないと思いますが……それに、ユート様も、あの時は違和感位は感じておいででしたし、その当の『因果』の持ち主であるコーイン様が気付かないとは思えません」

 隊長の悠人は、罠が仕掛けられているかもしれないと慎重に周囲を索敵させているが、敵影一つ見当たらない。
 誘い込まれている気がしてならないが、しかしこの状況で撤退するわけにもいかない。敵と遭遇する前から逃げ帰っては士気に関わるし、明日のサーギオス軍が動かないままでいてくれる保障はない。

「しっかし、国全部を壁で囲っちまうなんて、贅沢な国だよなあ。しかも、石積み上げただけじゃなくて、きっちり防衛施設としての機能もあるんだってんだから」

 悠人の隣で歩く光陰が明るく話題を向ける。完全に気を抜く訳にはいかないが、ピリピリし過ぎても気力が持たない。そういう意味で、雑談も悪くなかった。
 それを察したエスペリアが、少しだけ緊張を解いて口を開いた。

「はい。法皇の壁と秩序の壁は、サーギオスの国力の象徴です。あれだけの建造物を作るのは、他のどの国家にもできないでしょう。それに、維持費も相当掛かっているはずです」

 試算では、とエスペリアが告げた金額に、悠人の顔が引き攣る。悠人がスピリット隊隊長として申請できる防衛施設を百個建造しても、とても追いつかない額だった。

「やっぱそんくらいはするよな。地球にも万里の長城とかあったけど、あれにも勝るとも劣らない規模だし」
「ああ、そういえば。テレビで見たことあるな。中国だっけ」
「へえ。ハイペリアでも、やはり城壁は築かれているのですね」
「まあ、あれはずっと昔のだけどな」

 と、話しながら歩く三人が先頭である。
 ラキオス軍中、最高の防御力を誇る三人だ。仮にブルースピリットの群れが全員捨て身で突進してきても、なお余裕を持って捌ききれる陣容である。
 不測の事態を見越して、この三人が戦闘を歩くという手筈となっていた。

 そしてその後ろ。陣のほぼ中央に、友希と今日子のコンビが歩いていた。
 友希は、『コネクト』の魔法で、全軍の繋ぎ役。今日子は、そのスピードを生かしてどこに敵が現れてもフォローに向かうため、この配置をなっている。

「あ〜、もう。じれったいわねえ。こう、ノコノコ歩いてくんじゃなくて、ガーッて走っていきたいなぁ」
「あのなあ、岬。それは作戦会議でも話しただろ。法皇の壁を突破するには、散発的な攻撃じゃ無理だって。……義勇軍が破城槌とかまで運んでくれてるんだから、そっちの足に合わせないと」
「わかってるわよ」

 エトランジェ組の攻撃力ならば、いつかのゼフィと同じく、並の城壁位なら突き崩せる。
 しかし、こと法皇の壁については、全面が最高峰のエーテル技術による防備が施されているため、壊せなくはないが効率が悪い。

 ああいう施設には、永遠神剣より古典的な攻城兵器の方が向く、というのは、元サーギオスの技術者として、法皇の壁の改良に一枚噛んだこともあるというヨーティアの意見であった。
 例えば破城槌である。運搬は人間兵だが、エーテル強化された破城槌を運用するのは、膂力に優れたグリーンスピリット達であり、その突破力は、訓練において廃棄予定の防衛施設を一撃で粉砕せしめたことからも証明済みであった。

 ――と、いった辺りも、会議に参加した今日子は勿論聞いているし、あまり学校の成績は振るわなかったとは言え、ファンタズマゴリアの一般市民とは違い、小中高と教育を受けた身として理解はしているのだが、それはそれとしてじれったいらしい。
 まあ、友希にも理解できなくはない。人間離れした速度で移動できる生き物となってしまった今は、長距離を普通の歩行速度で移動するのはストレスが溜まる。
 なお、スピリットたちは、これが生まれた時からの日常だったので苦にもしていないようだった。

「あ〜あ、暇だし、適当に見回りでもしてこよっかなぁ」
「行くのはいいけど……今、特に異常ないぞ」
「あー、はいはい。わかってるわよ」

 ごく弱い効力に抑えているが、友希の『コネクト』の魔法は既に発動している。
 交流の少ないスピリットとは繋いでいないが、固まって移動するラキオス軍のそこかしこに散在する第二宿舎のスピリットから、逐一情報のやりとりをしている。ぶっちゃけると、わざわざ歩きまわって見回らずとも、全軍の状況が把握できるのだ。

「……ていうか、アンタのそれ、大概反則よね」
「岬には言われたくない」

 今日子は、苦手な集団行動の訓練のため、散々多対多の模擬戦と友希とやってきた。その度に負けていたからからそう言うのだろうが、友希からすれば彼女こそ反則である。仮に実戦だとしたら、今日子に雷の魔法を使わせた時点でこちらは詰みなのだ。たった一人で戦術どころか戦略レベルで戦況を引っ繰り返す四神剣の主こそ反則だろう。
 その代わり、友希には集団としての強みというものがあるが、高々小隊規模の連携では本気の戦闘で四神剣のエトランジェに勝つのは厳しい物がある。

「あたしなんて、大したことないわよ」
「……お前、僕との個人戦の成績言ってみろ」

 当たり前の話だが、友希の全敗である。

「いやまあ、そりゃそうだけどさ。まあ、あたしの取り柄って攻撃力だけじゃない」

 『空虚』の力は、強力極まりない雷の攻撃力と、並のスピリットでは反応すら許さない出鱈目なスピード。オーラによる仲間への加護は、攻撃力を上げる代わりに防御力を大幅に下げるという――全体的に、大変前のめりな能力構成だった。

「だから、みんなの力を集めて引き上げるっていう、御剣の力はちょっと羨ましいかな。悠や光陰みたいに、みんなを守れる力があるわけじゃないしさ」
「ん、まあそれは適材適所ってやつだろ。劣勢の所へのフォローは、岬が一番速く駆けつけられるわけだし」

 だからこその、中央への配置だった。

「んー、サンキュ。ないものねだりだってのはわかってんだけどね。あ〜、人のこと乗っ取ってた時は偉そうなこと言ってたくせに、肝っ心なトコで役に立たないんだから、このバカ剣!」

 今日子が、腹いせとばかりに『空虚』の切っ先を地面でガリガリする。
 その程度で永遠神剣が欠けたりするわけがないが、何事かと周囲のスピリットが注目していた。

「はあ……」
「なによ、御剣。溜息なんてついちゃってさ」
「いや。お前、清々しいほど昔と変わってないな、と思って」
「な〜んで、それで溜息つくんだか」

 腰に付けたハリセンの柄に手を伸ばす今日子に、察して欲しい、と口に出して言えない友希は内心で呟いた。
 『空虚』の呪縛から逃れて以来、今日子はこの調子である。自分と悠人は、ファンタズマゴリアに来て良くも悪くも変わったし、強くなったと思うが、今日子と光陰についてはあちらにいた頃から変わらない強さを持っている。
 内面は勿論地球にいた頃のままではいられないのだろうが、少なくともそれを表に出さないのは凄いと友希は思っていた。

 ……まあ、そんなことを思っていても、今日子のこのノリには少々困惑とするのだが。なんというか、数少ない地球出身者だからか、向こうにいた頃より今日子に遠慮がない。具体的に言うと、ハリセンでドツかれる頻度が増えた。

「ああ、そうそう。岬。夜、碧ンとこの陣幕に行くなら、ちゃんと誰かに言っとけよ」
「はあ? なんであたしが光陰のとこに……しかも夜……って、御剣、コラァ!?」

 スパァン! と友希の脳天にハリセン一閃。『空虚』の雷の力が篭っていないだけ、光陰よりは確実に手加減されている。
 なお、ハリセンを振り回すことについては、もう訓練場などでも見慣れまくっているため、わざわざ注目するスピリットはいない。

「……い、いや、あのな。とりあえず、落ち着け岬」
「フゥー! フゥー!」

 怖っ。

「い、いきなりデリカシーのないことを言ったのは悪かった。でも、お前もエトランジェで、戦力の要なんだから、行方不明は困るっていうか」
「あのねぇ! あたしだって、そこまで無分別じゃ……って、そうじゃなくて、誰が光陰なんかと!?」
「……年長組はもうみんな気付いてるぞ」

 当初は二人との距離感をイマイチ測れていなかったからか、友希と一人か二人が気付いている程度だったが、今や二人が恋仲で、今日子が光陰の部屋に足繁く通っているというのは公然の秘密だった。
 実は、戦時中に妊娠は困るから避妊は絶対に忘れるなよ(意訳)、と割と本気の釘をセリアが光陰に刺していたりする。

「え、嘘?」
「……いや、一つ屋根の下でいつまでも隠し通せると思っている方がおかしい」

 年少組が気付いていないのは友希を含めた年長組のフォローのおかげであった。しかし、勘のいいニムントール辺りは気付いているかもしれない。

「〜〜っ、そ、それも、そう……か」
「まあ、別に付き合ってることは隠す必要ないんじゃないか?」
「は、恥ずかしいじゃない」

 今日子が顔を赤らめる。変なところで乙女である。ハリセンを手放したらもっといいのに。

「しかし、その様子だと本当に結婚するのか? 碧のやつが『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』とか死亡フラグ立てて遊んでたけど」
「こ〜う〜い〜ん〜〜〜!」
「あ、やっぱ嘘なんだ。いやそうだとは思ってたけど、もしかしてと思って」

 まあしかし、実際そうなるのも悪くないな、と友希は思う。四神剣のエトランジェ同士の結婚、元敵国とは言え、明るいニュースとなるだろう。
 そのためにも、

「……岬。そろそろ見えてきたぞ」
「うん。あれが法皇の壁、か」

 遠くからも見える威容。
 ラキオス軍は、サーギオス帝国の誇る難攻不落の城壁『法皇の壁』まで、後一時間とかからないところまで進軍していた。


























「結局、ここまで邪魔は入らなかったな」

 敵スピリットの魔法が届かない位置に布陣を構え、悠人は主要メンバーを集め最後のミーティングを始めていた。

「ここまで何事もないと、別ルートからの逆侵攻を警戒したいトコだな。悠人よ、イオから連絡はないんだよな?」
「ああ。光陰の言うことは俺も気になったから、さっき確認したんだけど、そういうことはないらしい」
「ふむ……」

 光陰が顎を撫でながら考えこむ。
 本来であれば、ある程度の邪魔が入るのは想定内だった。法皇の壁が堅固なのはわかるが、レッドスピリット以外のスピリットは接近戦がメインだ。弓矢のような普通の武器ではスピリットを傷つけられないことを考えると、遠距離攻撃手段のないスピリットが壁の中に篭もりきりと言うのは、遊兵を作り出すだけの行為である。
 ある程度はレッドの護衛のために残るとしても、他のスピリットは平野でラキオスの邪魔をしてくるものと考えられていた。

「しかしまあ、警戒は緩めないにせよ、気にしすぎても仕方ないか。実際見てみると、こりゃ突破するのは骨が折れそうだ」

 光陰が法皇の壁を観察しながらそう漏らす。

「それに、強いスピリットの気配が何十っているぞ」
「ああ。御剣の言う通り、よその国じゃエースってレベルのスピリットがうようよいるな。俺が鍛えた稲妻部隊でも、ここまでの練度はちょっとなかった」

 法皇の壁の防衛施設としての能力も噂以上ながら、中に詰めているスピリットもまた一級品だった。
 サーギオス帝国が、建国以来、他の国からの侵攻を全て跳ね除けてきたのも頷ける戦力だ。北方五国、マロリガンを併呑し、著しく伸長しているラキオス王国とて、本来ならば無謀な戦いとなる。
 四人のエトランジェ、という例外がなければ、レスティーナは国民の反乱の可能性を飲んでもこの戦争を回避しただろう。

 さて、と悠人が前置きをして、これからの作戦を話し始めた。

「まずは破城槌を取り付かせないとな。そのために、俺と光陰が二重に守りのオーラを展開しよう。後、少数精鋭で法皇の壁の中に侵入して引っ掻き回す。アセリアと今日子、友希の三人だ」

 ある程度は出立前に決めていた作戦である。外側からだけでは法皇の壁を突破することは至難なので、内側からも攻めるのだ。
 単独行動に向いた最速のエトランジェである今日子、スピリットでは最強であるアセリア、そしてこういう時に組み入れるのに便利なバランスの取れた戦力である友希。

「まっかせときなさい! 中でライトニングブラストぶっ放してやるわ!」
「頼もしいけど、味方には当てるなよ……」

 と、邪魔が全く入らなかったおかげで、事前の作戦を確認するだけとなった。
 やはり、罠に誘い込まれている気がするが、光陰が言った通り、警戒以上のことは今は出来なかった。

「よし、みんな。配置に付いてくれ。後は、俺の号令と一緒に作戦開始だ」

 悠人が言って、それぞれが方方に散る。
 悠人も光陰と共に後方の攻城兵器の元へ歩こうとし、

「――っ!?」

 突如として法皇の壁の中に現れた気配に、反射的に振り向いた。

「お、おいおい、いきなりかよ。これは、ちっと予想外だな」

 いつも余裕を持っている光陰も、流石に表情が固かった。
 スピリットでは到底有り得ない強さと禍々しさを持った永遠神剣の気配。法皇の壁内部に出現したそれは、紛うことなくこの大地に伝わる四神剣の一つ。

 アセリアと今日子と共に離れていた友希が、慌てて悠人達の元に戻ってきた。

「おい、悠人、碧!?」
「よォ、御剣。お早いお帰りで。……直接会ったことあるのはお前だけだよな。この気配、秋月の『誓い』で間違いないか?」
「ああ! 僕は戦ったこともあるんだ、間違えるもんか。『誓い』だよ、これ」
「ってことは、秋月の奴が来たってわけか。帝国もエーテルジャンプを実用化してるみたいだな」

 これだけの永遠神剣が前触れもなく突然現れるのは、それ以外考えられない。元々はヨーティアがサーギオスにいた頃に研究していたものだから、向こうが実用化できるのは予想されていた。

「おい、悠人。落ち着けよ」
「わかっ、てる……!」

 そして、その『誓い』の出現に、悠人は歯を食いしばっていた。
 宿敵の出現に歓喜と憎悪の入り混じった感情を撒き散らかす『求め』が、青く光って契約者に干渉しているのだ。

「……碧の『因果』は大丈夫なのか?」
「ああ。こいつは、もう戦いを放棄したからな。騒いじゃいねえよ。……っと、おいでなすったぜ」

 法皇の壁の上に、懐かしい顔が現れる。
 帝国の貴族が羽織る上着を身につけ、赤い光の立ち上る『誓い』を携え、ニヤニヤと馬鹿にするような笑顔を貼り付けて、サーギオスのエトランジェ、秋月瞬が現れた。

「瞬んん!」

 その顔を見た途端、悠人が憤怒の表情を露わにする。
 元々、地球にいたころもいがみ合っていた二人だ。それに加えて、瞬が佳織を攫わせたこと、そして『求め』の『誓い』への憎悪が悠人を掻き立てていた。

『久し振りだな、悠人、碧、岬。……全く、どこぞででも野垂れ死んでいればいいものを、態々殺されるために攻めて来るなんて、ご苦労なことだ』

 拡声器のような装置を用いているのか、瞬の声は相当離れているにも関わらず、ラキオス軍まで届いた。

『しかも、お前らは戦争をしていたっていうのに、今は仲良しこよしで僕を殺しに来たか? ふん、お前らの友情ごっこには反吐が出る。そんな薄っぺらなもので佳織を誑かしていたことは許せない』
「お前が! 俺たちのことを語るんじゃない、瞬!!」

 悠人が怒声を張り上げるが、素の声では法皇の壁までは届かない。
 小馬鹿にするように瞬が笑った。

『ははっ、なにか吠えているな。負け犬の遠吠えというやつか』

 明らかに挑発している。他の相手ならば、悠人もこんな安い挑発に乗ったりはしない。
 しかし、こと瞬に対してだけは、悠人は冷静ではいられない。これはファンタズマゴリアに来る前からそうだった。

『暴力でしか佳織を繋ぎ止められないお前に合わせてやる。そら、佳織を取り返したいというのなら、かかってこいよ』

 佳織の名前を出されて、ブチ、と、聞こえるはずもないのに、悠人がキレる音をその場にいる全員が聞いた。

「瞬、『誓い』! 貴様アァァァァァァ!!」

 『求め』が契約者の怒りに呼応して、これまでで最大の力を発揮する。巻き起こった嵐のようなオーラフォトンの奔流に、近くにいたスピリットは耐え切れず飛ばされる。
 ただの余波だけでこれだ。その力の向かう先には、どれだけの破壊を撒き散らかすか。

『はっ、やる気だな、悠人! 来いよ』
「アアアアアアア!!」

 悠人が第一歩を踏み出す。踏み込んだ足によって地面が爆砕し、悠人の体を強引に前に進める。
 圧倒的なマナの質量。悠人の突進を止められる人間は、ラキオスにはいない。

 そう、

「まあ、落ち着けよ悠人」

 永遠神剣『因果』の力を全開にし、周りも見えない状態で突撃した悠人を、横合いからくるりと投げ飛ばしたこの男を除いては。

「光陰! 邪魔を――」
「おい」

 転がり、文句を言うとした悠人の目の前に『因果』を突き立て、光陰がドスの効いた声を出す。

「悠人。お前が暴走するのは勝手だがな。お前がやられたら他のみんなも死んじまうんだ。佳織ちゃんのことで秋月に思うところがあるのはわかるが、冷静になれ」
「っ、く、わかってるよ!」
「よし。次同じことしたら張り倒すからな」

 ほれ、と光陰が腕を差し出し、悠人を助け起こす。
 まだ激情は収まりきっていないようだが、また突撃をする気配はなくなっていた。

「悠! このアホンダラぁ!」
「いって!? わかった、悪かったよ!」

 そして、ようやくやって来た今日子に、悠人はツッコミを入れられていた。

「悪い、碧。止めに入るの遅れた」
「なに、俺のほうが近かったしな」

 友希はほっと安堵する。

 なにせ、法皇の壁の銃眼からは、おそらくはフレイムレーザー辺りの魔法を準備しているレッドスピリットが、二十以上はいるのだ。さしものエトランジェも、それだけの数の魔法に晒されては無傷とはいかなかっただろう。

「瞬のやつ、面倒なことを……」
「流石の秋月も、エトランジェ四人を同時に敵に回す気はないんだろうさ」

 『誓い』は『求め』に強い敵意を抱いてはいるが、しかし『因果』と『空虚』をも同時に敵に回して、勝てると思うほど馬鹿ではないだろう。
 挑発してうまく釣り出して、というのは、悠人の反応を見る限り、うまい手ではあった。

『……ふん。来ないのか、臆病者め』
「なんだと!?」

 続く瞬の言葉に悠人は反応するが、ぐっと堪えて押し留まった。

『やれやれ。折角僕が来てやったっていうのに、こんな腰抜けだとはな。……クク、友希、お前も苦労しているな』

 今日初めて、瞬が友希のことを口にする。

『友希。泣いて頼むんだったら、投降を受け入れてやってもいいぞ?』

 これは自分も挑発されているのだろうか、と友希はイマイチ判断に迷う。いや、多分瞬の奴は本気でこれが友希に与えた慈悲だと思っているに違いない。そういうやつだ。

「悪いけどな」

 瞬までは声は届かない。
 友希は『束ね』を出現させて、切っ先を向けることで瞬へ……いや、『誓い』への宣戦布告をする。

『……馬鹿なやつだ』

 それきり、瞬はつまらなそうに踵を返し、法皇の壁の中へと取って返す。

 そして、すぐ『誓い』の気配は消え失せた。恐らく、またエーテルジャンプで飛んだのだろう。

「……ええい、悪い、みんな! 俺、ちょっとどうかしてた! さあ、改めて――」

 悠人が首を振り、スピリット隊に視線をやる。
 もう、一刻の猶予もない。瞬が姿を消した後、ぞろぞろと法皇の壁からスピリット達が出撃し始めていた。

「行くぞ! サーギオス帝国をぶっ倒す!」

 鬨の声が上がる。

 ここに、ラキオス王国対サーギオス帝国。この大陸最後の二国の戦争の火蓋が切って落とされた。




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