ラキオス対サルドバルトの戦は、最終的にラキオスの勝利で終わった。

 ラースの防衛体勢が整い、ラキオスが攻勢に出てからはほぼ一方的な展開だった。サルドバルトも激しく抵抗したが、元より自国の兵は殆どがイースペリアで死亡し、頼みのサーギオス帝国のスピリットも所詮遠方への援軍で数が少ない。本格的なラキオスの猛攻には耐え切れず、首都を明け渡すこととなった。

 サルドバルト国王ダゥタスは、近衛のスピリットを犠牲にしながら逃亡を図り、最終的には人間兵に捕らえられた。

 ここに北方五国を巡る争いは終結し、大陸北部は、ある種の聖域であるソーン・リーム中立自治区を除きラキオス王国に統一された。
 まだまだ安定はしていないが、これでラキオスはマロリガン共和国、サーギオス帝国という大陸の二大国に匹敵する国力を得たことになる。

 勿論、これで全てが収束したわけではない。特に今回の戦争において、帝国の動きは不可思議な所が多く、レスティーナを始めとした先の見える人間は、頭を悩ませていた。
 結果を見る限り、今回の戦争ではサーギオス帝国は損しかしていない。事実上の属国であるダーツィ、バーンライトを失い、サルドバルトの取り込みにも失敗している。
 単純にラキオスが勝ったという話かもしれない。しかし、サーギオスという国はそこまで甘い相手で無いことも確かだった。

 ただ、他の大多数の人間は、未曾有の勝利に沸き返っていた。報告の届けられたラキオスの城では、今頃大宴会が催されていることだろう。

 サルドバルト戦に参加した人間兵も、占領したサルドバルトの城で酒を呷っている。サルドバルト攻めの中核をなしたスピリット隊は、当然のようにそちらの催しには参加せず、割り当てられた宿舎で普段より少しだけ豪華な食事に舌鼓を打っていた。

「ふう……」
「お疲れ様です、ユート様。さ、どうぞ」
「ああ、ありがとうエスペリア」

 戦いが終わっても、それだけですべての仕事が終わるわけではない。
 これまで、サルドバルトの生き残りのスピリットを取りまとめていた悠人は、既に祝勝会が始まっている食堂に遅まきながらもやってきて、エスペリアが差し出してくれた冷水を一息に飲み干した。

「……生き残りは、どれくらいでしたか?」
「十人ちょっと。やっぱり、サルドバルトのスピリットは殆どがイースペリアのマナ消失で亡くなったみたいだ」
「そうですか……」

 エスペリアが沈痛な顔になる。ゼフィがそうであったように、同盟国であるサルドバルトには顔見知りのスピリットが多くいたのだ。

「帝国のスピリットは――」
「聞かなくてもわかるだろ? いないよ。一人も」

 そして、今回の戦争の主力となっていたサーギオスから派遣されていたスピリットたちは、一人も残っていない。最後の一人となるまで抵抗を続け、悠人たちが止む無く討ったのだ。もう勝ち目がないのに逃げないその様子に、悠人は空恐ろしいものを感じた。
 お陰で、悠人も手傷を負った。既に回復魔法で治っているが、まだ少し痛む。

「でも、御剣の知り合いの……ええと、なんだっけ」
「ゼル・ブラックスピリットですね。顔を知っているくらいですが。オルファより若いスピリットですよ」
「そう。彼女は生き残ったんだよな。それはよかった」

 ここにはいない友希に、悠人は想いを馳せる。
 第二宿舎のみんなも全員集まっているのだが、彼だけは出かけていた。悠人が、自分の権限で許可を出したのだ。

「パパー! お疲れ様っ。これ、オルファが作ったんだよ。食べて〜」
「……っと、ああ。わかったわかった」

 こっそり入ってきた悠人に気が付いたオルファリルは、皿に料理を取り分けて悠人に押し付ける。
 悠人は苦笑しながらもそれを受け取り、口に運んだ。























「随分……久し振りな気がするな」

 そして友希は、一人街外れの館に来ていた。

 サルドバルトスピリット隊第二分隊の元宿舎。
 こちらの世界に来てからの大部分の時間を過ごした家。ゼフィのいた頃は敷地内は綺麗に整えられていたが、今は雑草が少し伸びている。

 人の気配はない。それも当然、ここに住むべき人間は、一人を除き全員死んでいる。

『まさか、あの黒スピリットが生き残ってるなんて驚きでしたね』
『もしかしたら、とは思ってたけどな』

 第二分隊の中で、最年少のゼルだけは生きていた。サルドバルトの首都攻めの際交戦した友希は、思わず剣を取りこぼしそうなほど驚いたものだ。
 イースペリアで人間兵の護衛として街から離れた場所にいた彼女は、ギリギリで生き残ったらしい。

 あわや生き残った仲間を斬らないといけないのか、と友希が悩んだ辺りで国王が捕らえられたのは幸運だった。
 所属国家が敗北すれば、スピリットたちは抵抗しない。
 今では、他の生き残りのスピリットと共に、ラキオスに組み込まれるのを待つ身だった。

「さて……」

 鍵がかかってたが、友希は少し悩んだ後、力任せに扉を破った。近衛に参加させられていたゼルはここに帰ってくることはなかったのだろう。玄関を開けると、出立した時のままの光景が広がっている。少し埃臭い。
 あの時は生きて帰れないかもしれない、と考えていた友希だが、こういう形で再度この館に足を踏み入れることになるとは思っていなかった。

 食堂やリビングを皮切りに、各人の部屋を覗いていく。
 どうやら、あれから誰も入っていないと感じたのは間違いではないようだった。

 すべての部屋は、判で押したように同じレイアウト。ベッドと、戦闘服が収められているタンスが一つずつしかない殺風景な部屋。それだけ見れば、既に不要物の回収は終わったのかと錯覚しそうだった。
 ただ一つ。タンスの上に置かれている一輪挿しだけが、この部屋の主が変わっていないことを主張していた。

「……スピリットの色に合わせてたのか。ゼフィも、意外に単純だな」

 ゼフィが、第二分隊のみんなに贈っていたという花。亡くなったスピリットのそれを一つ一つ回収していく。レッドスピリットには赤系、グリーンスピリットの部屋には緑系の花が飾られていた。
 殆どが萎れていたが、なぜか友希の部屋の花だけはまだ元気を保っていた。出立直前に新しい花に入れ替えたせいだろうが、奇妙な縁を感じる。

 ここに置いたままにしようかとも思ったが、友希はその花を回収した。帰ってから、押し花にでもしようと思う。
 その他に、この部屋には回収するものはない。サルドバルトにいた頃の私物は、これ以外にないのだ。

「ん……これで、全部か」

 すべて回収し終えた後、友希は庭に出た。
 友希が初めて殺したスピリット――サフィの眠っている墓の近隣に穴を掘り、花を埋めていく。

 遺体を残さないスピリットのため、ゼフィが考案したという埋葬方法。これだけは、なにを置いてもやっておこうと思っていた。花を埋め、目印に石を積んだだけの簡素な墓。しかし、彼女たちが確かに生き、そして死んだという証だ。

 最後に、ゼフィの分を一際丁寧に埋めてから、友希は手を合わせた。こちらのやり方は知らないので、自分なりの方法で冥福を祈る。

(……ゼフィ。色々あったけど、戦争は終わったよ)

 友希は、泣き言のように死者に語りかけた。
 北方五国の戦争はこれで終結した。ここからは、傷ついた国土を癒す段階になる。このままマロリガンやサーギオスといった大国に喧嘩をするほどラキオスも猪ではない。

 そして、そうすると、仇討ちを誓った友希は、一人で帝国にいると思われる黒い剣士の元へ行くべきなのだが、

 そうと考えた思考を読み取ったのか、『束ね』が苦言を呈した。

『あまりにも無謀です。勇気と蛮勇は違う、なんてよく言われますけど、まさにそれです。やめておきなさい』
『お前に言われなくてもわかってるよ』

 たった一人で、どこにいるともしれない一人を探すためにサーギオス帝国に乗り込むことは自殺行為に等しかった。死亡エンドは御免被ると、こればかりは『束ね』も明確に反対する。
 それに、サルドバルトやラキオスのスピリット隊に参加していた友希がそんな真似をすれば、サーギオスがラキオスに攻め込む口実にされる可能性がある。

『……まあ、大人しく今は諦めなさい。いずれ、機会も巡ってくるでしょう。それまでに力を蓄えることに尽力するべきかと』

 結局、そういうことになってしまう。
 意気込めば空回りし、一つたりともままならない自分が、友希は情けなくて仕方がなかった。

「……また、来るよ。今度は、花も持ってくる」

 報告を終え、立ち上がる
 今夜は、この館に泊まっていくつもりだ。明日にはスピリット隊はラキオスへと帰還する。今後、こんな機会はないだろう。

 その夜、友希は何度目かになる涙を流した。






























 翌日。スピリット隊と合流した友希は、点呼を終えた悠人に話しかけた。

「さて、っと。そろそろ出発か、高嶺?」
「ああ。みんな! 揃ったみたいだし、ラキオスに帰るぞ! 来る時とは違って急がなくていいからな。三日くらいかけて、ゆっくり帰ろう」

 ちなみに、ラキオス首都まではファンタズマゴリアの単位で約十クレほど離れている。普通の人間が一日に歩ける距離がおおよそ一クレほどとされる。
 それを三日で踏破するのを『ゆっくり』と表現する悠人も、それに違和感を持たない友希もだいぶズレてきていた。

「ところで御剣……いいのか? その、残らなくて」

 道なりに疾走しながら、悠人は友希に話しかけた。もう、この領内に敵はいない。他のスピリットたちも、気を抜いた様子で仲の良い者同士で談笑しながら走っている。

「は? いきなりなに言い出すんだよ高嶺」
「いや……だってさ、御剣はずっとあそこに住んでたんだろ? だったら、あの街にいたかったんじゃないかと思って」

 悠人の発言に、友希は困った顔になる。

「いや……気を使ってくれるのはありがたいけどさ。僕、あそこでそんないい思い出はないし……」

 正確には、あることはある。しかし、それはすべて一人の女性のおかげだった。その女性がいない今、あそこに残りたいという願望は友希にはない。

「大体、残りたいって言って残れるもんなのか?」
「一応、俺はスピリットの隊長だからな。そりゃ、御剣があの街の防衛専任になるのは痛いけど、通そうと思えば通せるさ」

 ラキオスは、今悠人が率いているメンバーが中核となるが、その他にスピリットがいないわけではない。しかし、大体は実力的に一段劣った者たちであり、そういったスピリットは大抵がラキオスの各都市の防衛の任についていた。

「前々から思ってたんだけど、なんでエトランジェの高嶺に人事権とか、防衛施設を建てたりとかする権限があるんだよ。サルドバルトの分隊隊長はスピリットだったけど、館の外じゃなんの権限もなかったぞ」
「そりゃ、レスティーナが色々と便宜を測ってくれたりしてな。あと、正直スピリット隊のことをやりたがる人間がいないんだよ」
「……そこはどこも一緒か」

 スピリットに関わる仕事は、どれだけ権限があろうとも基本的に人気がない。
 特にラキオスのスピリット隊は、一昔前のとある事件から、隊長職に就きたがる人間が絶無であった。

「まあ、どっちにせよ気にするなって! ラキオスの方が居心地いいし、佳織ちゃんのことも気になるからな」

 努めて明るい調子で友希は言った。

「そうか……ありがとう」

 そんな、本気で感謝している顔を向けられても、友希は困る。

「……まあ、なによりご飯が美味しいからさ」
「それが理由かよ!」

 悠人は格好を崩して、苦笑いをしながらツッコミを入れた。どうやら、場を和ませるための冗談だと取られたらしいが、友希としてはそう取られるのは甚だ不本意だ。

「いや、ご飯は大切だぞ、高嶺。お前、硬いパンと塩スープだけで三日過ごしてみろよ。泣く元気もなくなるぞ」
「う……そういや、そんなこと言ってたな」
「たまに、庭に生える雑草をお浸しにしてみたりな。青臭いんだけど、違う味があるだけで有難いもんだ」

 いつも、ゼフィの菜園から作物が取れるわけではなかったため、そういうこともあった。

「悪い、俺は少なくとも食べ物には困ってなかった。雑草を食うほどまでだったとは」
「……ええい、急に高嶺が妬ましくなってきたぞ。ちょっと殴っていいか?」
「なんだよ、それっ!?」
「オーラフォトン込めて」
「込めるな!」

 友希がオーラフォトン・ナッコォ! などと適当な新必殺技を放ち、悠人が慌てて避ける。

「やったな、じゃあ俺も――」
「いや! 高嶺と僕の力の差でやったら、遊びでも死ぬから!」

 拳に洒落にならないオーラフォトンが集まりつつあるのを感じて、友希が慌てて止める。

「おあいこだろ!」

 悠人の本気には程遠いが、友希が食らうと割と洒落にならない――いや、ぎりぎり洒落になるか? というくらいのダメージになりそうだった。

『契約者よ、つまらぬことで力を使うな』

 悠人の腰に差してある『求め』が、呆れたような波長を送りつつ、拳が当たる直前にオーラフォトンをかき消した。

「あ、くそ、このバカ剣め」

 悠人は『求め』から無理矢理力を引き出そうとするが、呆れ返って沈黙を貫く『求め』は移動のための最低限の力しか寄越さなかった。

「なんだ高嶺、自分の神剣も使えないのか」
「逆に、なんで御剣は簡単に使えているんだよ」
「なんでって言われても、最初からこうだったしなあ」

 なあ、と『束ね』に話しかける。

『かと言って、私を安い女などと思わないように』
『……質入れしても二束三文にしかならなそうに見えるんだけど』
『シャラップ! 私を買いたいなら国家予算並の金を積み上げなさい』

 ふん、と言い切る『束ね』。自分から契約を迫ってきたくせに、と友樹は呆れた。

「うーん、うちのバカ剣も、お前のくらい聞き分けがよかったら、みんなも楽出来たのに」
「……いや、聞き分けがいいのとはちょっと違う気が」
『失礼な』

 『束ね』の文句は黙殺する。

「なんかこう、神剣に言うこと聞かせるコツってないのか?」
「神剣の性格によるんじゃないか? こいつら、"永遠神剣"って生き物みたいなものだろ? じゃあ、それぞれ性格は違うわけで」
「うーん、やっぱりか」
「大体……『束ね』は確かに『求め』みたいに力を出し渋ったりしないけど、『求め』より随分弱いし」
「一長一短、ってことか」
「そういうこと」

 とは言え、『求め』の強さは正直羨ましい友希であった。

「しかし、なんだバカ剣って?」
「いや、こいつバカだからさ」
「安直すぎないか? じゃあ、うちの『束ね』はいうなればネタ剣か」

 どこから仕入れているのかわからないネタをさんざん披露する『束ね』には実に適切なネーミングだと、友希は自賛したが、当然のように『束ね』から抗議の声が上がる。

 そのまま、友希と悠人は、まるで学校にいた頃のように益体もない話をしながらラキオスまでの帰り道を走っていく。
 その時の悠人は、周りのスピリットが今まで見たことないほど気を抜いた様子だった。



































 ラキオス城の謁見の間。祝勝会ではここでまで酒が入ったのか、酒気が抜け切れていない部屋に通されて、友希は悠人と共に玉座に座る王に傅いていた。
 ラキオスに帰還して、ロクに休む暇もなく呼ばれたのだ。ゆっくりしたペースとは言え、長い距離を走ってきたので二人は疲れている。ここに来るまでに、呼び出した王への愚痴をお互い吐き合っていた。そのおかげで肩の力が抜けたのか、悠人はいつもよりもリラックスして王に向かい合うことが出来た。……勿論、あくまでいつもに比べての話で、今も腸は煮えくり返っているが。

「エトランジェ、『求め』のユートよ。よくぞ我が国に勝利をもたらした」

 今回呼んだ目的は、"お褒めの言葉"を賜るためであるらしい。エトランジェ二人の白けた空気にも気付かず、国王は大仰に話し始める。

「先ほど、サルドバルト王の処刑が終わった。これで名実ともに、北方五国は我が国のものとなった。聖ヨトの正統によって、ようやくあるべき姿を取り戻したというわけだ」

 友希より長い間ラキオスに仕え、実績も残している悠人がメインのようで、オマケの友希はその後ろだ。
 そのため注目度も低い。意味のない話だと判断した友希は、こっそりと周囲を見渡した。

 ここに集まっているのは、国王と王女。そして重臣たち。
 国王の顔は、遠いとは言え血が繋がっているだけあって、サルドバルト王とどこか似ていた。ここまでの口ぶりや悠人の話から、内面もよく似ているらしい。率直に言って、まるでいい感情を抱けない。

 そして、隣に立つレスティーナ王女は――

(ほ、本当に血が繋がっているのか……?)

 そう思ってしまうほどの美人だった。スピリットは美人が多いが、彼女ら人外の美貌と比べても劣らない。

 そしてそれ以上に、生まれながらのカリスマとでも言うべきものが全身から発せられている。
 見た目の威厳という意味ならば父親の方が上だが、どちらがより王らしいかと言われれば、誰しも彼女を選ぶのではないか。そう思わせるものがあった。

 友希がレスティーナに見惚れている間にも、ルーグゥ国王はますますヒートアップしていた。
 自国の正統性を声高に語り、統一を成し遂げた自分を誇る。その演説めいた独り言に、悠人は床についた手をぎゅっと握り締める。

 どう言い繕っても、今回のラキオスの行動は侵略以外の何者でもない。様々な思惑が重なり、遂には元同盟国までその手にかけた。
 そしてこの王は命令するだけで、実際に動き血を流したのはスピリットたちだけ。悠人は憤懣やるかたない気持ちを押し殺し、ルーグゥの言葉を耐え忍ぶ。

「ふっふっふ……はは! エトランジェよ、わしはとても気分が良い。そして、この度の働きはまさに値千金。
 なにか褒美を取らせようではないか。望みの褒美はないか」
「いえ……褒美など」

 悠人の返答は棒読みに近い。
 褒美など必要ない。金や宝など悠人は欲しくはない。ただ一つ、佳織を取り戻せればそれ以外はどうでもよかった。

 しかし、ここで自分から言い出せば、おそらく国王は警戒する。妹さえ取り戻せば、すぐさま反旗を翻すのではないかと。

 ラキオスまでの帰路で、悠人と友希は佳織を取り戻すには、どうすればよいかについて話しあったのだ。
 結局結論は出なかったが、一つの案として『悠人が佳織を取り戻したい気持ちは、それほどでもない』ことをアピールすることが友希から挙げられた。

 佳織に人質としての価値が薄いと思わせれば、解放する可能性は上がる。
 以前、ゼフィを盾に戦争を強いられた経験で、友希はそう考え、提案したのだ。そのため、悠人は悪態をつきそうになるのを必死で堪えながら発言した。

 今すぐは無理でも、少しずつ王の認識を変えることが出来れば――

「父様」

 そう目論んでいた悠人の思惑は、良い意味で裏切られた。

「うむ? なんだ、レスティーナ」
「褒美ですが、エトランジェ・ユートの妹を解放するというのはどうでしょうか」
「なんだと?」

 国王の眉が釣り上がる。
 レスティーナは素知らぬ顔で、続きを話した。

「所詮、エトランジェはこの国に奉仕しないと生きられない身。人質を取る意味はもうないでしょう。それに、カオリの相手をするのも飽きました」
「…………」

 王は、レスティーナの真意を図るように、じっと彼女の瞳を見る。

 親と子は、まるでお互い敵のように視線をぶつけあわせ、

「……よかろう」

 最終的に、ルーグゥはそう判断した。

 悠人と友希は、思わず喝采を上げそうになる。

「そういうことだ、エトランジェよ。後でお前の妹を館に送ってやろう」
「はっ、有り難き幸せ!」

 喜びを隠し切れない返事に、王はやはり佳織に人質の価値があると確認する。腹芸の出来ない悠人に、レスティーナはそっと内心溜息を漏らした。

「だが、わかっておろうが、今後の働き如何ではすぐさま城に連れ戻す。ゆめゆめ忘れないことだ」

 続く一言に、悠人は体を固くする。そんなことはさせない、と強く決心していた。完全に王の思惑通りだ。
 ルーグゥは曲がりなりにも長年国を治めてきた王。一年間死線をくぐり抜けてきたとは言え、こういう面では完全に役者が違った。

「では下がれ」
「エトランジェ・ユート、そしてトモキよ。今後も変わらないラキオスへの忠勤を期待しています」

 最後に思い出したようにレスティーナが背後の友希にも声をかけた。二人は敬礼を送ってから、静かに退室する。

「…………」
「…………」

 そのまま、無言で城を出た。しばらく歩いて、周りに人の気配がなくなってから同時に破顔し、

「やったな! 高嶺!」
「ああ!」

 成り行き任せの人任せだったことは否めないが、しかし佳織が帰ってくることに変わりはない。
 ひとしきり喜び合う。

「でも、最後のは失敗だったかもな。悠人の急所が変わらず佳織ちゃんだって、バレバレだったぞ」
「ああ。確かに」

 悠人が渋顔を作る。

「いいさ。あっちがそういうつもりなら、せいぜい頑張って働くさ。大体、戦争は終わったんだぞ? 小競り合いくらいはあるかもしれないけど、これから早々駆り出されることもないだろ」
「まあ、それもそうか」
「よし、じゃあ早く帰ろう。エスペリアたちも佳織のことは気にかけてくれてたからな。早く教えてあげないと」
「……っていうか、僕が帰るのは第二宿舎なんだけど」

 正式にラキオスに加入しても、友希の住む場所は第二宿舎と指定されていた。エトランジェ二人が固まることで、良からぬことを企まないかと警戒されているのだった。
 まあ、所詮エトランジェごとき、と侮られているため、なんとも中途半端な対応ではあるが。

「佳織ちゃんが来たら教えてくれよ。僕も顔見たいし」
「ああ。きっと佳織も喜ぶはずだ」

 その後、二、三言葉を交わして二人は別れる。
 その足取りは、なんとも軽いものだった。




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