「……そうか、まだ佳織ちゃんは捕まったままなんだ」
「ああ。一応、オルファの話だと元気でやってるってことだけど、な」
再会を喜ぶのも束の間、友希と悠人はお互いの情報交換を行っていた。
手紙でやり取りをしたとは言え、やはり直接面と向かって話すに越したことはない。
目下の問題は、ラキオス王に囚われている佳織のことだった。
「でも……なんで高嶺は大人しくしているんだ? お前と『求め』だったら、佳織ちゃんを取り戻すくらい簡単だろ。もしかして、スピリットを人質に取られているのか?」
僕みたいに、とは友希は続けなかった。今は佳織のことが優先。ゼフィのことは、一旦棚上げしておかないと、ただでさえ鈍い頭の回転が止まってしまう。
しかし、スピリットを盾に取られているとは考えづらかった。悠人の話では、スピリット隊はレスティーナ王女が基本的には掌握している。スピリットのための政策を推し進めているという王女がそのような手を使うとは思えない。いや、思いたくなかった。
「いや、王族に剣を向けると、力が抜けちゃうんだよ。頭も痛くなるし……。こっそり城に入ろうとしても同じだ。御剣はそういうことないのか?」
「え……いや、そんなことないけど」
サルドバルトの王に剣を向けようとしたことはある。実際に斬りかかったわけじゃないので確信は持てないが、そのような兆候すらなかった。
「どういうことだ? 俺だけ特別なのか、それともラキオスの王族が特別なのか?」
「いや、ちょっと待て高嶺。『束ね』に聞いてみる。こういう時は頼りになるから」
自分の中にある神剣に話しかけた。
『聞いてたな、『束ね』』
『ええまあ。話を聞くに、悠人さんの神剣『求め』に何らかの制約がかかってると考えるのが妥当ですね。私みたいな外部からの神剣なら兎も角、この大地に根ざした剣なら、古い血統と何らかの契約を交わしていてもおかしくはありません』
『そんなもんなのか?』
『あれほどの位階の神剣にどうすれば制約をかけられるのか、気にはなりますがね。そういうことがあっても不自然ではありません。不自然ではないのですが……』
なにか釈然としない様子の『束ね』だが、聞くべきことは聞いたと、友希は教えられたことをそのまま悠人に話す。
「そうか、バカ剣のせいか……。薄々、そうじゃないかとは思っていたけど」
「高嶺、僕が行こうか。僕の永遠神剣なら、そういう制約はないみたいだし。佳織ちゃんを取り戻して逃げることも、そんなに難しくないと思うぞ」
一般の警備兵は、神剣使いには問題にならない。問題になるのはスピリット達の護衛だが、スピリット隊の隊長は悠人だ。シフトを調べて、警備の隙を狙うことなど造作もない。今ならばまだ、友希の存在も割れていないので警戒も緩いだろう。
佳織一人を城から攫うのも難しい話ではなかった。
「頼む……と、言いたいところだけど」
悠人は拳を握りしめ、俯いた。
葛藤しているのが目に見える。
「もし佳織を取り戻したとしても、それをするともうラキオスにはいられない。……エスペリアたちを見捨てることになっちまう」
「そうだな」
その気持ちは、友希には痛いほど分かる。だから、先ほどの提案も本当に言ってみただけだった。
「だから、御剣には悪いけど、俺はしばらくラキオスで剣を振るつもりだ」
「うん、僕もそれが良いと思う。逃げたところで、僕達はこの世界じゃあ戸籍もない。食い扶持を稼ぐのも難しいしな。逃げた後、どうすりゃいいのかわからない」
「あ……そうか、その問題もあったな」
ぽん、と悠人が手を叩く。
最悪、神剣を持つ友希と悠人は、マナさえ満足に得られれば餓死することはないが、一緒に逃げる佳織は別だ。力があるからと言って、強盗の真似事が出来るわけもない。
それに、当然のようにラキオスから追手もかかるだろう。ラキオス領から逃げられたとしても、エトランジェということでどの国も血眼になって探すに違いない。
なにより、この世界で二人が知っているのは、あくまで『軍』という特殊な環境でしかない。常識を知らないため市井に紛れて暮らす事は出来ないし、そうすると山奥で隠遁するくらいしか友希には思いつかなかった。
「よく思いついたな。俺は全然考えつかなかった」
「……そりゃ、こっちに来てから食べ物の大切さはよくわかったしな」
「? そういえば、サルドバルトじゃあ食事が少ないんだったか」
「塩スープとちょっとの野菜と、小さい硬いパン。そんな献立が延々続くんだぞ……。しかも、訓練で散々動いてそれだ」
「……キツいな」
「いくらマナがあれば大丈夫って言っても、お腹が空かないわけじゃなかったし。後半は大分慣れたけどな」
友希は『ところで』と話を変える。
「サルドバルトの粗食はいいとして。ラキオスの料理はどうなんだ? 食べ物には困ってないって聞くけど」
「ああ、美味いよ。勿論、作る人によるけど。うちの料理番はエスペリア……ああ、御剣も会ったよな? あのグリーンスピリットの娘なんだけど、料理上手でさ」
「あ、それは聞いたことあるぞ。野外での料理も上手いとか」
「確かに夜営の時も作ってくれたな。なんで知って……ああ。……悪い」
ゼフィは、エスペリアと長い付き合いであることを悠人は聞いていた。彼女から聞いたのだろう、と察して謝った。
「……いや、そんな気にしないでくれ。あんまり気を使われる方が……その、キツい」
「そうは言っても」
「大丈夫」
悠人から見ると明らかに大丈夫ではない顔だったが、触れないほうがいいかと話題を変えることにした。
「ええと、そうだ。御剣にはしばらくこの第二宿舎で暮らしてもらうことになるんだけどさ。ここのスピリットについて教えておくな」
「そりゃありがたい」
「俺も、普段第一宿舎の方で暮らしているから、そんなに付き合いが深いわけじゃないんだけどさ」
それでも、こちらに馴染む助けになればと、悠人は第二宿舎のスピリット達について友希に話した。
「ブルースピリットのみんなはさっき会ったよな。ネリー、シアー、セリアの三人」
「ああ」
「んじゃ、色ごとに教えるか……」
グリーンスピリットのハリオン、ニムントール。
レッドスピリットのヒミカ、ナナルゥ。
ブラックスピリットのヘリオンにファーレーン。
少し話を聞くだけで、個性的な面子だとわかった。
「……また、随分と。本当にラキオスのスピリットの育て方は変だな」
「あー、確かにな。統一されたマニュアルがなくて、幼少期は各訓練士にスピリットの育て方が一任されてるらしいから」
そのため、スピリットをまるで子供のように思ってしまう訓練士が多く、人格を残したまま育てられるそうだった。
それで、北方五国では有数の強いスピリットが育っているのだから、やり方を変えることもない。
反面、一体一体にコストが掛かるため、スピリットが多数転送されてくる国には向いた方法ではないのだが。
「でも、いい国だと思うよ」
「俺もそう思う」
勿論、なんの問題もないわけではない。特に悠人は、佳織が捕らえられた事も有って、最初はとてもではないがいい感情は持っていなかった。
しかし、今はそうでもない。異世界から来た二人は、その点について合意するのだった。
友希と悠人の話は尽きない。
これまでのこと、これからのこと。話したいことはいくらでもあった。
ふと友希は一つ確認するべきことがあったことを思い出す。
「そういえば。サルドバルトのこと、なにか聞いていないか? あれからどうなったかとか」
もうあの国に帰るつもりはない。しかし、やはり気になることは気になる。
「それか。俺のところにもまだ詳しい情報は入ってないけど……イースペリアを攻めていた軍隊は、ほうほうの体で首都に逃げ帰ったらしい、とは聞いたぞ」
「生き残り……いたんだな」
「ああ。人間兵はそれなりに残っていた。逃げる時、俺もちらっと見たし」
しかし、スピリットは殆ど残っていないはずだ。そうすると、今のサルドバルトの防衛力はないも同然。戦争にすらならない。
順当に行けば、このままラキオスに併呑されるだろう。
「……いや、そうか」
そう考えた友希だが、首を振って思い直した。
今まで忘れていたが、サルドバルトの戦力はそれだけではなかった。
同時に、これは早く伝えておくべきだったと後悔する。
「どうした、御剣?」
「いや、もうサルドバルトにはロクな戦力が残っていないと思っていたけど……帝国のスピリットがいた」
「そんなに多いのか? うちの情報部も、サーギオスが背後にいるってところまでは突き止めていたけど……」
「多いってもんじゃないぞ。戦争前のサルドバルトのスピリットの、半分はいる」
サルドバルトはこれまで戦争と縁がなかったため、スピリットの数だけは揃っていた。その半分の数、それも精兵と名高いサーギオスの妖精兵ともなると、サルドバルトの戦力は戦争前より明らかに高い。
あの国は、もう戦争など出来ないだろうと考えていた悠人は、焦り始めた。
「大変だ! そうすると、またすぐ戦いになるじゃないかっ」
「多分……って、あっ、それでか? そのために連中、サルドバルトの防衛に回ってたのか!」
帝国の援軍の本隊は、戦争に参加していなかったため、疲労もなく、すぐさま攻め込める状態だ。戦勝ムードになっているラキオスの横っ面を張り付けるには絶好のタイミングである。
友希と悠人は、お互い顔を見合わせて沈黙する。
もう戦争は一旦終わった気でいたが、そうではなかった。
「……悪い、御剣。俺はこのことをレスティーナに報告してくる。すぐにでも準備しないと」
「あ、ああ。ところで、ラキオスは全然掴んでなかったのか? 随分な数来てたぞ」
サーギオスのスピリットがサルドバルトに来るには、イースペリアや旧バーンライト、現ラキオス領を経由する必要がある。いくらなんでも、あの大軍の動きを全く察知していなかったとは思えないのだが。
「情報部の情報は全然アテにならないんだよっ。糞、あの国王の下は本当に役に立たないな!」
悠人は愚痴を零しながら立ち上がった。バーンライト、ダーツィ攻めの時も、情報部からの情報が遅く、精度が悪いせいで散々苦労させられた。情報部を統括しているのは国王。レスティーナ配下の軍に比べると、どうしても役立たずのイメージがあった。下手をすると、専門ではない通常軍からの情報のほうが早いこともある。
それもそのはず、国王は自国に都合の悪い情報はハナから聞く耳を持たない。その上、下手に機嫌を損ねると無礼打ちにまでしてしまうのだ。最低限の仕事はするものの、情報部が第一にするのは国王に取って耳触りの良い情報を集めること。的確な情報収集などとても望めない状況だった。
「でも、すぐに軍を動かすことはできないと思う。だから、今晩くらいはゆっくりしててくれ。また、後で話そう!」
「わかった。高嶺も頑張って……」
ドタドタと、せわしなく悠人が部屋を出ていく。
本当なら、まだ話したいことは山ほどあったのだが、仕方がない。
「それにしても……」
悠人は変わった、と友希は思う。
スピリット隊の隊長としての責任感をしっかりと持っているようだった。こちらに来る前の悠人は、お世辞にもまとめ役が出来る性格ではなかったのに。
対して、友希はどうだろうか。今までゼフィにおんぶに抱っこで、なにも変わっていないように思える。
「はあ……」
ズキ、と悠人と話している間は気にならなかった腹の傷が痛む。もう傷は塞がっているから、痛みもすぐ引くだろう。
ベッドに倒れ込み、目を瞑った。
「どーーーんっ!」
「うわぁあぁあああああ!?」
寝ているところにいきなりの衝撃。思わず友希は跳ね起きた。
しかし、布団が頭にかかって視界が効かない。苦労してベッドから転がりでて、慌てて体勢を整える。
「く……『束ね』!?」
敵の襲撃か、と神剣を自分の中から顕現させ、
「おおー。トモキさまの永遠神剣って、身体の中にあるの?」
友希が今まで寝ていたベッドの上で、無邪気に感心している青い髪の子供の姿を認めて、顔を引き攣らせた。
「……ネリー、起こすならもうちょっと優しく起こしてくれ。魔法で治ってるけど、一応まだ怪我人なんだからさ」
くく、と意地悪く笑っている『束ね』を元に戻す。
考えてみれば、普通の奇襲なら、襲われる前に『束ね』が警告してくれたはずだ。
「で、どうした? なにか用か?」
「えっと、晩ご飯だからトモキさまも呼んで来いって言われて」
言われて窓の外を見ると、もう日が暮れていた。
と、同時に盛大にお腹の音が鳴る。イースペリアで気絶してから三日。そして、起きてからも枕元に置いてあった水差しの水くらいしか口にしていない。
すっかり忘れていた空腹感が、急に襲ってきた。
「あはは、大きな音ー」
「ごめんごめん。……晩御飯、僕も食べていいのか?」
「えー? ハリオン、トモキさまの分も用意してるから、食べてくれないと余っちゃうよ」
食料は貴重品だという認識を叩きこまれている友希は少し躊躇するが、そう言ってくれるなら食べようと部屋を出る。
「こっちだよ」
そして、ネリーの先導に従って、食堂へと向かった。
道中、廊下を観察する。掃除は行き届いているようで、古い建物ながら綺麗にされていた。
「とうちゃーく」
ネリーが立った扉の向こうから、談笑の声と料理の匂いが届く。
「お待たせー。トモキさま連れてきたよー」
そして、ネリーが勢いのまま扉を開いた。
ネリーを除く八人の住人が座っているテーブル。その上には、サルドバルトでは考えられない程色とりどりかつたくさんの料理が並べられている。
友希はその料理に思わず注目してしまいそうになるが、その前に挨拶を――と、こちらを見つめる八対の視線に向きあう。
「あ……と」
その目にあるのは、好奇、警戒、親愛、無関心。色々な色が宿っており、一人として同じものはない。
転校生の気分は、こんな感じなのだろうか。友希は戦闘とは違う緊張に、思わず口ごもる。
「……御剣友希です。よろしく」
結局、そんな蚊の鳴くような声しか出せなかった。この世界にきてから積んできた戦闘訓練も、こういう場面ではまるで役に立たないらしい。
(こ、この空気でどうすればいいんだ)
食堂の中に、微妙な沈黙が落ちる。どう反応したらいいか、スピリットたちも困っていた。
「トモキさま、こっち〜」
と、そこでシアーが呼びかけてくれる。一度話したおかげか、どうやらある程度気を許してくれているようだった。
「あらあら〜、じゃあ、お姉さんはどきますねぇ」
のんびりとした声で、シアーの隣に座っていたグリーンスピリットが席を空けてくれた。
(ええと、あれはハリオンさん、かな?)
悠人に聞いた名前をなんとか思い出す。『グリーンスピリットの大きい方で、のんびりお姉さんタイプ』という説明だったが、実に的確な説明だった。
「ええっと。じゃあ失礼して」
折角空けてくれた席だ。友希はその席に座ることにする。
座ると、同じ高さになってスピリットたちの顔がはっきりと見えた。
そして、この中の代表らしいセリアが立ち上がって口を開いた。
「トモキ様は初めてですので、まずは自己紹介をしたいと思います。まずわたしは――」
「セリアー、そんなことより早く食べようよー。ネリー、お腹空いたー」
「空いたー」
そして、あっさりと遮られる。ぴき、とセリアの表情が引き攣る。
「あなたたちねえ……」
そして、説教が始まるかと思った瞬間、ぐぅ〜、と実に間抜けな音が食堂に響き渡った。
気勢を削がれたセリアを始め、食堂に集った面々が、微妙な表情でその元凶を見る。
「え、っと。……すみません」
長い間、ロクに食べられなかった上、三日の絶食後に、この匂いは反則だった。
友希は穴を掘って埋まりたいほどの恥ずかしさに身を苛まれながら、小さくなる。
「お腹空いているんですねえ。い〜〜っぱい食べてくださいねぇ」
「え、えっと」
「ハリオンです。今日のごはんはわたしが作ったんですよ〜。食後のおやつもありますから〜」
独特のテンポの声に、しどろもどろになる。
立ち上がったセリアは、はあ、と大きく溜息をついて、
「……自己紹介は、食べながらにしましょう」
「ご、ごめんなさい」
諦めたように、席に座った。
「美味い……」
シチューのような料理を一口掬って食べると、口に広がる濃厚な旨みに友希は思わず涙が出そうになった。
ゼフィの料理も美味しかったが、しかしどうしても素材の差がある。肉を食べたのも、いつ以来だろうか。
思わず、ガツガツと掻き込んでしまう。
「あらあら〜、本当にお腹空いていたんですねえ」
「ん、ハリオンさん、これ美味しいです。ありがとうございます」
「お礼なんていいですよ〜。美味しそうに食べてもらえる、それが一番ですからねえ」
そう言いながら、ハリオンは大皿からサラダをよそい、友希の前に置いた。
重ねてお礼を言いつつ、友希はサラダに手を伸ばす。
野菜だけなら食べていたが、ドレッシングらしきものがかかっているサラダはなかった。これも、勢い良く口に運ぶ。
「すごい食べっぷりね」
と、呟いたのはハリオンの隣に座っているヒミカだった。一心不乱に食べる友希の様子に、呆れ半分、感心半分だった。
ヒミカは独り言のつもりだったが、友希はその言葉にはっとなって、顔を上げる。
「す、すみません……。こんなに美味いの久し振りで」
同じく呆れながらその様子を見ていたセリアは、ふう、と溜息をついて口を開く。
「気にしなくて構いませんけど……メンバーの紹介をしても?」
「はい。お願いします」
口元を拭って、友希は頭を下げた。
「ではわたしから。先程もお会いしましたが、『熱病』のセリアです」
「は、はい」
「……貴方はこの国では、まだユート様の個人的な客人という立場。ゆめゆめお忘れにならないようお願いします。もしなにかしでかした場合、不本意ですが斬らなくてはいけないので」
「う……」
敵意の篭った目で見据えられて、友希は思い知らされる。ネリーやシアー、またはハリオンのように友好的に接してくれるスピリットがいるからと言って、調子に乗ってはいけない。彼女たちにとって、友希はつい先日まで敵だったのだ。悠人の口添えがあるとは言え、辛く当たられることを覚悟しないといけない。
「も〜、セリアは難しいことばっかり」
「ばっかりー」
「ネリー、シアー。貴女達は……」
「はいはーい、次はわたしが自己紹介しますー」
セリアの言葉を遮って、ハリオンが手を上げた。
「わたしは『大樹』のハリオンです。美味しそうに食べてくれる人は大歓迎なので、仲良くしましょう〜」
「はあ」
満面の笑顔のハリオンに、友希は若干引いてしまう。セリアみたいに敵意を剥き出しにされるのも困るが、こうもあっさりと受け入れられるのもちょっと反応に困る。
天然……とは少し違う気もするが、この人はずっと『こう』なのだろうか。周囲の反応から見て、どうもその線が濃厚だった。
「ネリーとシアーはもう自己紹介したのね? じゃあ、わたしから。『赤光』のヒミカです。セリアはああ言っていますが、ユート様の御友人ということであれば、我々が疑う理由はありません。申し訳ありませんでした」
「いえ、セリアさんの言うことは当然だと思いますから……」
「そうですか、ありがとうございます。では、どのくらいの期間かはわかりませんが、よろしくお願いします。あと、わたしもセリアも、呼び捨てで結構ですよ」
さっぱりとした姉御肌という雰囲気のヒミカとは、付き合いやすそうだった。次、とヒミカは視線を黒髪の少女に向ける。
「え!? え、ええっと! あの、『失望』のヘリオンでしゅ。って、ああー」
『噛んだ……』
『噛みましたね』
慌てて台詞を噛んで、そのことに更に慌てるという悪循環。すーはー、とヘリオンは深呼吸をして、改めて頭を下げた。
「その……トモキ様。よ、よろしくお願いします!」
「あ、うん。よろしく」
元気がいいなあ、と友希は感心する。両結びにした髪の毛が揺れるのが、なんとも可愛らしい。
「ん……」
流れ的に順番が回ってきたグリーンスピリットの少女は、食べかけのパンを置いて友希を横目でちらりと見る。
「……『曙光』のニムントール」
名前だけ告げると、それで終わったとばかりにニムントールは食事に戻る。
そのニムントールを、隣の仮面の女性は慌てて嗜める。
「こら、ニム。きちんとご挨拶を……ああ、すみません、トモキ様。この子、いい子なんですけど、ちょっと人見知りするので……
あ、わたしは『月光』のファーレーンと申します」
「あ、気にしていませんから。……その、ところでファーレーンさん」
「ヒミカも言いましたけど、どうぞ呼び捨てで」
スピリットは、敬称を付けられるのに慣れていないのだった。
「じゃあ……ファーレーン、一つ聞かせて欲しいんだけど……なんで仮面を?」
「いえ、その……いいじゃないですか」
口元だけを空けて器用に食事をしているが、実に食べにくそうだった。
これが戦闘中なら、防具として別に変でもないのだが、家の中でまでつけている理由がわからない。
しかし、初対面で突っ込んで聞くことも出来ず、友希は引き下がった。
そして、最後。黙々と食事をしている赤髪の女性に友希は視線をやる。
この女性は、最初から気になっていた。ラキオスの他のスピリットは多かれ少なかれ個性を感じたが、このスピリットだけはサルドバルトの彼女たちに近い。
自分が注目されていることも気にせず、サラダを口に運んでいた。
「ちょっと、ナナルゥ」
セリアに呼びかけられて、ようやく顔を上げる。
「? なんでしょう」
「ナナルゥ、トモキさまに自己紹介を」
「はい。『消沈』のナナルゥです」
ニムントールと同じ、名前だけの自己紹介。しかし、ニムントールのそれとは違う、無機質な返答に友希は暗い気分になった。
やはり、ラキオスでも彼女のような育て方をされたスピリットはいる。それは、仕方のないことかもしれないが……
「このサラダ、もう少し塩を追加したほうがいいかと」
「はい〜、それじゃあ、今度作るときはそうしてみますね〜」
……いや、訂正。味に文句をつけるなど、サルドバルトの彼女たちとは全然違う。
友希はやっぱりラキオスは半端じゃないな、と認識を新たにした。
「これで全員? じゃあ、ネリーも!」
「シアーもー」
と、そこまで沈黙していたブルースピリットの姉妹が立ち上がる。
彼女たちは待っていたのだ。トリを飾るべく。『その方がくーるでしょ?』と妹を巻き込んだネリーは、意気揚々と名乗りを上げる。
「『静寂』のネリーと!」
「『孤独』のシアー」
二人は、名乗りと共に片腕を上げ、空中でクロスさせる。きゅぴーん、とそのクロス点が光ったような気がした。日々『くーる』を追求しているネリー発案の、格好いいポーズだった。
「んぐ……ハリオン、おかわりを」
「はいはーい。少し待ってくださいねえ」
しかし、友希は聞いていなかった。
サルドバルトでは味わえない質と量に、我慢も限界だったのだ。ナナルゥの紹介が終わった途端、食事に戻っていた。当然、もう自己紹介をするとは思っていなかった姉妹のことなど眼中に無い。
『あ、あの〜』と姉妹を指さしながら遠慮がちに声をかけるヘリオンの声も届いてはいなかった。
「トモキさま! ちゃんと見てってばー!」
「てばー」
「おわっ!? なんだ、二人共?」
当然のように文句を言われ、友希は何が何だかわからない。
彼の身体の中に収まっている『束ね』はその様子を見て、嘆息した。
『……これは、思ったより早く立ち直るかもしれませんねえ』
それはともかく、自分もこの料理というのを味わってみたかったと、神剣である彼女は少しだけ思った。
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