顔を上げれば太陽が見える程度に陽が低くなったとき、ようやく体が動くようになった。 雲が少ない良い天気。弾幕ごっこで負けた後に見る風景が、全身にやる気を充填してくれる。 「さて……」 立ち上がり、背を伸ばすと身体中の骨がバキバキと鳴った。 請け負った依頼が遂行できないようでは、八雲のスキマ妖怪にからかわれるだろうし。 そろそろ鴉天狗も何かしら情報を掴んで私のところに来るだろう。 しかし私の掴んだ情報はゼロだ。 このままでは射命丸文にも顔向けできない。 とりあえず、全部風見幽香のせいにしようと思うのだが……駄目だろうか? 東方黒魔録 「盗まれたもの? いやー、別にないけど」 「そうか。他に何か変わったこととかは?」 「全然ないね」 魔法の森から比較的近い位置に存在する農家へ聞き込みを開始した。 これで三件目だが……収穫はゼロ。 開始から時間が経ち、陽も暮れ、暗さで道が曖昧にしか見えない程度になってきた。 聞き込みの内容は至ってシンプル。 作太と同じような被害が出ているかどうかを、確認するだけだ。 狙いは比較的大きな畑を持った農家の人たち。 作太が盗まれたといっていた西瓜……を持つ農家を中心に、色々と当たってみたのだが……今回もハズレである。 しかも被害が出ていたとしても、大抵虫食いや野良妖怪による当たり障りのない被害だ。 知らず知らずのうちに出る溜息をなんとか飲み込み、聞き込みをした家主へ礼を述べる。 「そうか。協力に感謝する。また何かあれば是非連絡をくれ」 「わかってるさ。あ、そういや―――」 「どうした?」 「ついさっき鴉天狗の女の子が同じようなこと聞きに来たっけ。なんか関係あるの?」 ……速すぎるだろ。 「いや、私が遅れてるだけか」 「? どうかしたのかい?」 「なんでもない。それよりも、さっき設置したものについてだが」 「ああ、あの鈴か」 横目で家主が見ている先には、自分の畑がある。 いや、正確には、その畑に張り巡らされた銀色の糸を見ているようだ。 さすがに被害が出ているかどうかを聞いて回るだけではない。ちゃんとした対策も用意している。 古典的なトラップだが、ワイヤーに鈴をつけたモノだ。 線に触れるたり下手に作物をいじるったりすると、ワイヤーが振動して鈴が鳴る。 単純だが意外と効果的である。 しかし、風が吹いていても鳴ることや、猫や犬が線に偶然畑に入っても作動することがあるので、ちょっとやかましいのが玉に瑕だ。 妖怪相手にも勿論意味はある。ワイヤー自体は、霊気を吸わせた酒で一日漬けたものだ。雑魚妖怪程度なら、触れた瞬間に火傷するだろう。 これを、外部から比較的入りやすそうな角度を阻害する形で引いている。 上空から烏がやってきても大丈夫なように、網もかぶせた。 網は普通の物だ。が、仮に妖怪が来たならばワイヤーの辺りでとっとと逃げる。 しかし……効果はあるのだが、相手によっては全く機能しない。あくまで最低限だ。 そのことを家主に告げる。 「今日はコレで帰るが、明日も一応ここに来る」 「そうか。助かるよクロマ」 「気にするな。私としては、本当はもう少し強力なものを敷いておきたいんだが」 例えば封魔陣とか。食らえば上級妖怪すらも一撃、とんでもない威力だ。 博麗霊夢からもらったもので、モノ自体は意外と高価である。 そんなものをばかすか設置するわけにはいかない。 そう言うと、家主が必死に頭を振った。 「いやいやいや! ここまでやってくれたんなら十分だって! こっちもいつもより遅く起きて見張ってることにするよ。ありがとうクロマ」 「礼には及ばんさ。まあ無理はする」 な、と言う前に、 ―――りぃん 鈴が鳴る音がした。 立て続けに鳴り響く鈴の音。反射的に畑の方へと視線を走らせる。 「クロマ!?」 「ああ。犬か、他の動物かは知らんが畑に入ったようだな」 即座に畑の中へ駆け込む。 赤い大地の畑に、ただ揺れているワイヤーの数々。 しかし畑には何もいない。あるのは作物だけだ。 風のせいかと思って首を振る。今日は無風だ。 音が鳴り止まない。むしろ、どんどん大きくなっていくようで……。 まるで、姿が見えない何かがいるようだった。 これは……まさか。 「クロマ……これは一体?」 遅れてきた家主の唖然とした声。 確かに普通の人間ならそういう反応しか出来ないだろう。 だが生憎、私は普通の人間でもある程度こういうことに慣れている人種だった。 何かがいるのは間違いない。 だが姿が見えない。それでいて、鳴り止まない音にも全く反応してない。 間違いない。 アイツ等の仕業か! 「わかったぞ」 「え?」 「三月精……悪戯好きで有名な、光の三妖精だ」 光の三妖精という、悪戯好きの妖精がいる。 いや、妖精自体が悪戯好きな生き物だが、この三妖精は特に性質が悪い。 悪戯好きの日の光、サニーミルク。 静かなる月の光、ルナチャイルド。 降り注ぐ星の光、スターサファイア。 この三体だ。しかもそれぞれが持っている能力が悪戯用に特化したもの故、人間では見つける前にとっとと逃げられるのがオチである。 「でもどうしてその妖精たちだってわかったんだ?」 「姿が見えない、こうして鳴っている音にも気付かない。 ならば、あの三体のうちサニーミルクとルナチャイルドの能力と考えるのが必然だ」 「能力……あ、幻想郷縁起に書いてあったっけ」 幻想郷縁起とは、稗田阿求が書いた、幻想郷において重要な人物をまとめた資料集だ。 ……そういえば最近、やたら稗田の子が私に取材しを強要しに来る。私をアレに載せるつもりか? ま、それは今置いとこう。 サニーミルクという妖精は、光を屈折させる能力を持つ。 言うなれば、姿を消し、視界を狂わせることができる能力だ。 そしてルナチャイルドも性質が悪い能力を持っている。 音を消せる。すなわち、隠密行動に向いてる能力を持っているのだ。 ならば、この状況を作り出せるのに、彼女たちは最も適した能力を持っているといえる。 つまり彼女たちなら、誰にも気付かれずに作物を盗み出すことも可能ということだ。 「じゃあすぐそこに彼女たちがいるのか?」 「恐らくな。このまま放っておくのもなんだ、一応捕獲する」 もしかしたら、西瓜が盗まれた事件と関わりがあるのかもしれない。 「で、でも姿が見えないんじゃ捕まえようがないぞ」 「それは大丈夫だ」 袖を軽く振るう。 すると、その手には折り畳んだ鉈が綺麗に収まった。 刃を展開し、勢いよく振りかぶる。 そして―――投擲。 回転する鉈は、いくつかのワイヤーを切断して私の手へと戻ってくる。 それをキャッチし、耳を済ませた。 「? 何をしたんだ?」 「なに……彼女たちの能力を逆手にとるだけだ。 姿が見えないなら―――音が消えているということを利用するだけ」 彼女たちが鈴の音に気付いていないのは、おそらくルナチャイルドの能力のせいだろう。 音を消すという能力によって、鈴の音が自分たちに聞こえないようにしてるのだ。 しかしその能力は……状況によっては裏目に出るだけだ。 「鈴が多すぎてどこで音が消えてるか判断できなかった。 だが、鈴を減らしたこの状況で音が鳴らない方向は、より限定できる。 すなわち―――」 鈴が動いているのに音が鳴っていない不自然な場所は……あそこか。 「見つけたということ―――だ!!」 目標に向かって思い切り鉈を投げた。 それが目標へ飛んでいく瞬間に、三方向へ散っていく小さな姿を見た。 それぞれ特徴的な翼を持った、小さな妖精の姿。 「ちょっとサニー!? 何でバレたのよ!」 「わたしも知らない! くっそー! あとちょっとだったのにー!」 「どうでもいいけど早く逃げるわよ」 ルナチャイルド、サニーミルク、スターサファイアの順に尻尾を巻いて逃げていく。 ……のを、逃がすか! 「待て貴様ら!」 とりあえず、捕まえて折檻だ。詫びさせねばならん。 逃がしてなるものかと地面を蹴り、全速力で後を追った。 side ??? 「ふむ……ある程度情報は集まったか」 魔法の森上空を飛ぶ一人の鴉天狗。 そろそろ日が沈む頃だと言うのにも関わらず、その目は自前の文化帖に釘付けだった。 「里中を駆け回ってみたけど、同じような被害が出てるのは西瓜が実っている畑のみとは……まるで西瓜しか狙ってないじゃない」 鴉天狗、射命丸文は首を捻りながらそう呟く。 クロマに依頼を受け、午後から時間をいっぱい使ってできるだけの情報は集めた。 最初は、クロマの言っていた被害届の出た農家を尋ねた。 正直リグル・ナイトバグとルーミアが、家主たちとお茶をしてたのを見たときは何事かと思った文だが、事情を聞いて納得した。 (妖怪とのんびりお茶ができる人間というのも大変珍しいけれど……流石はあのクロマ氏の育て親、といったところね) 血の繋がりがない両親といったところだ。 けれどクロマの実の両親が誰なのか、文は知らない。 というか幻想郷中の誰に聞いてもわからないという。 外来人かと文は思っていたのだが、八雲紫曰く「幻想郷生まれであることには違いない」とのこと。 つまり、八雲紫ですらもその程度しか知らないということだ。 文が知ってるクロマという人物は、幻想郷中でパワーバランスを担う妖怪たちのほとんどと面識がある、変わった人間だ。 だが、同じ人間である博麗霊夢や霧雨魔理沙とは違う……それこそ何かが根本的に違う人間。 そのぐらいしか文の情報網を駆使してもわからない。 いろいろ謎が多い人物である。 (……まあそれは今更なんだけど。とりあえず、依頼内容の確認ね) 手の中でペンを弄びながら、文は頭の中で話を戻した。 (内容は作物に被害が出ているクロマ親の家を調査して、その犯人を特定すること。 一応他の農家を調べた結果、野良妖怪や鳥とかに食い荒らされたものもあったけれど、それは極少数。 西瓜にのみ、似たような被害が出ていたのは、クロマ親の家以外には二件。 でも虫食いや食い荒らしがあったのは最初の一件のみ。他の二件は、刃物で切り取って西瓜ごと奪っていったという被害が出ていただけ) そこでふと、一つの推測が浮かんだ。 (足跡とかなかったから、きっと空が飛べる連中の仕業か、それか体重が異様に軽い奴の仕業。 っていうか切り口が綺麗過ぎる。どうやって切ったのかしら……それも気付かれないように) 空でぴたりと、動きが止まる。 (西瓜が盗られた時間帯が不明瞭なのが痛いわ……それに西瓜しか盗らないってのはどうなのよ。そりゃ、夏の西瓜は美味しいけれど) ちらりと、眼下の魔法の森に目を向けた。 (そういえば―――被害を受けたのって、比較的魔法の森に近い場所よね。だから妖怪の仕業かと思ったんだけど……妖怪なら、よほどのバカじゃない限りはありえない。まあリグルの場合、蟲が食いに来てただけだし、ルーミアはバカだし) というわけであの二人は例外だと、文は首を振る。 (夜雀はそんな妖怪じゃないし、他に可能性があるのは妖精かしら?) いたずら好きの妖精ならばありえる話だ、と文は思う。 妖精は小さいから体重も軽い。足跡は付きにくいだろう。 しかし同時に大きな疑問が出てきた。 (妖精に、蔦を切るっていう知能があるのかしら?) 妖精は基本的に頭が悪い。 西瓜の蔦を切断するようなものを使おうとかまず思わない。 それに、西瓜を狙うなら市場に出ているものを狙うのが妖精らしい考えだ。 ならばどうして農家から直接盗るのか? 「時間帯を選べば盗りやすいから……かしら」 そうだとしても、蔦を切り取るなんてアイディア、そう浮かぶものじゃない。 第一、刃物なんて持ってるのかどうか怪しい。 「うーん」 なにか決定打に欠けると考え直していると、視界の端に文字通り黒い影が映った。 夏だと言うのに暑苦しい格好。それは文のよく知る人物だった。 クロマである。 かなりの速度(といっても文からすれば遅いのだが)で魔法の森の中を駆け抜ける彼。 よく見れば彼は何かを追っているようだ。 「あやや、もしかして犯人を追ってるのかしら?」 相変わらず仕事の早いことだ、と文は溜息を吐いた。 (これなら私に依頼しなくてもよかったんじゃないの……) なんとなく残念だと文は思う。 しかしそこは記者である。 記事のため、それと自分があれだけ悩んだ犯人が誰かを確認するために彼の後を追った。 side out 妖精たちを追いかけ、現在進行形で魔法の森を飛行してる。 「止まれ貴様等!」 「「「いやよ!」」」」 「そうか……ならば!」 自分の周りに球状の霊弾を展開。 数は十。即座にそれらを逃げ回る三妖精へ解き放った。 言って止まらんなら、撃って止めるまでよ。 「また弾幕撃ってきたわよサニー!」 ルナチャイルドが喚き、 「こんな木々が密集してる場所で当たるもんですか!」 サニーミルクが不敵に笑い、 「どうでもいいけど、そろそろ森を抜けるわよ」 スターサファイアの緊張感のない声が聞こえた。 弾幕を撃つのは初回ではない。 三度、同じように三妖精へ向けて撃ち込んだのだが、サニーミルクの言うとおり、密集する木々に弾幕が阻まれて届かないのだ。 おまけに、妖精たちは小さい。森の木々をするするとすり抜けるように飛行し、弾幕を避ける。 博麗の巫女や十六夜咲夜ならば、器用に木々を避けて彼女たちに当てることができるのだろうが、そんな技術は持ってない。 予想通り、放った藍色の弾は、全て木に当たって消滅した。 木を貫通するとかふざけた威力を持った弾なら話は別なのだが、私の弾は気絶する程度の威力しかない。 (というよりそれ以上威力を上げると霊力の消費が桁外れに上がるから無理) 霧雨魔理沙が少しうらやましい。アレなら、即座にレーザーで焼き払うだろう。 幾度か繰り返した事態に、歯がゆさを感じた。 「ちっ」 「ほら見たことか! アンタの弾幕なんか目じゃないわよ!」 ―――ほほう。 言ったなサニーミルク。 「何度目かの警告に関わらず、相も変わらずの挑発精神。見事だ」 飛ぶ方向をやや上に、修正。 森の中を飛ぶのに、私と彼女たちでは明らかに差がある。 小さな彼女たちに対して、私は大柄だ。 木のスキマを難なく通り抜ける彼女たちに比べ、私はいちいち迂回して進まなければならない。 徐々に離されていく距離。 だが―――それならば木のない場所……森の上空を飛べばいいだけだ。 問題は一つ。 この暗い時間帯で、森から出れば彼女たちを視認するのは難しいだろう。 その問題も、時間が解決してくれるのだが。 ややあって完全に森の外へ出た。 彼女たちの姿は既に見えなくなった。その先が既に森の終点であることを除けば、彼女たちを逃がしたことになるだろう。 先ほどのスターサファイアの台詞。 アレが本当なら、もうすぐ彼女たちは出てくる。 スペルカードを構えた直後、狙い通り彼女たちの姿が出てきた。 彼女たちはキョロキョロと辺りを見渡し、そうして私の姿が見えないことに安堵しているようだ。 その気持ちを―――ぶち壊す。 ふと、スターサファイアと目が合う。 彼女の能力は動くものの気配を辿る能力だ。しかし、彼女はあくまで『動くもの』にしか反応できない。 こうして止まっていれば、私の動きはわからないのだ。 どうやら私の僅かな動きに反応して位置を特定したみたいだが、ちょっと遅かったな。 上空からなら三妖精の場所まで―――障害物がないぶん、弾幕はダイレクトに届く! 「くたばれ、旋矢「パトリオット―――」」 「ちょっとまったぁあー!」 「なに? ……うお」 掃射しようと構えた瞬間、真上から水色の弾幕が見えた。 その正体は氷。氷の塊がいくつも郡を成して此方へ襲い掛かってくる。 それらをなんとか回避してから、弾幕の主を見た。 「貴様は―――氷精チルノか」 「おーよ! あたいがチルノさ!」 氷の翼を広げ、上空から真っ直ぐ降下してした氷精はそう名乗った。 なるほどチルノか……通りで氷なわけだ。 しかし、何故? このタイミングで出てくる理由にはならない。それに、チルノは紅魔館の湖周辺を縄張りにしている筈だ。 魔法の森に出てくることなど、稀な筈だが……。 すると、チルノは三妖精の方をくるりと振り返って声を張り上げた。 「みんなー! あたいが来たからもう大丈夫だよー!」 「チルノお願い!」 「さっすがチルノー!」 「とっととそいつなんか倒しちゃってよ!」 ……なんというか、コレでは私が悪いみたいなのだが。 なんとなく居た堪れない空気を感じていると、チルノは此方へ振り返った。 顔には、不敵な笑みを浮かべて。 「ふふふ。そこの人間め! あたいのさいきょーの力で倒してあげるわ!」 「いや、悪いのはあいつらなんだが」 すっ、と眼下の三妖精を指差す。 瞬間、三妖精は身体を震わせ、目の前の氷精は目を丸くした。 「へ? 悪いのはサニーたちなの?」 「だ、騙されないでチルノ!」 「そうよ! さっきから変なこと言って追い掛け回してきたのはアイツなんだから!」 「んん? ん〜」 チルノ、ぐるぐるとその場を回転しながら考えるな。 その忙しない動きに、なんとなく、チルノを放ってとっとと三妖精を捕まえた方が手っ取り早いと思えてきた。 しかしそこは妖精。頭を捻りながらも、実のところあんまり考えていなかったかのように即座に此方を睨んできた。 「ん〜! わかった! あたい、サニーたちを信じるよ! ということでアンタを倒す! てりゃぁあああ!」 妙に高い仲間意識だ、と感心する暇もない。 至近距離で放たれた氷の弾幕に、反射的に弾幕ごっこの開始を理解した。 弾幕ごっこは苦手なのだが仕方ない。 「弾幕ごっことはいえ、この程度!」 文字通り雨霰。 回避できないものは、取り出した短刀と刀でなんとか弾く。 氷塊が頭上をすり抜けていく中、妙に大きな氷柱が視界の端に移った。 流石は妖精の中でも飛びぬけた力を持つチルノだ。僅かな時間でアレを作り上げるとは。 「くらえ! 氷符「アイシクルフォール!」」 振り上げられた氷柱が、振ってきた! しかも一本ではない。視界に入るだけで十本は確認できる。 ぐっ。だがこれならまだ……。 「ふ」 弾幕の合間を縫って此方の霊弾を撃つ。 しかし、弾幕ごっこにおいて単発の弾とは意味を成さない。 案の定ひらりひらりと回避されてしまった。 「へへん! まだまだだね人間!」 「このっ」 しかしこの弾幕では―――手の出しようがない。 対してチルノの方はまだまだ余裕があるみたいだ。 ちらりと見た彼女の手には、一枚のカード。 二枚目のスペルカードか! 「させるか!」 「おっそい! 凍符「パーフェクトフリーズ」!」 直後、チルノの弾幕が凍ったように動きを止めた。 空間を凍らせたのか、妖精にしては凄まじい力を持っているが、止まった弾幕など避けるまでもない。 今のうちに、自分のスペルカードでチルノを落とす。 再度取り出したスペルカードを、宣言しようとした―――瞬間、 「もらったぁあ!」 「何!?」 止まっていた弾幕が動き出した―――だとっ!? それも縦横無尽。 無様な硬直。それが隙となったのか、避けきれない弾がいくつか迫ってきた。 刀で切り払おうとしても、間に合わない。 「ぐふぅ」 ―――直撃。 その後も二発、三発と直撃をもらい、 「ダメ押しの一発!」 そ、そこまでやるか……。 チルノによって放たれた一発の氷柱が、額に直撃した痛みで、意識が遠くなるのを感じた。 ああ全く。 だから弾幕ごっこは嫌なんだ……。 side ??? まさかチルノごときにやられるとは……。 やれやれ。 「いつまで経っても、成長しませんね」 ぼやきながら、文は上から落ちてきたクロマを抱きとめた。 最後の氷柱で切ったのか、額から僅かに血が流れている。 それにしても、たかが妖怪程度の力しか持たないチルノ相手にここまで手古摺るとは、と文は思った。 「本当、弾幕ごっこは弱いんだから」 ちらりと妖精たちのほうを見ると、 先ほどクロマを倒したチルノが、三妖精から賞賛されていた。 しかし、賞賛を浴びる程度の相手ではない。 クロマは弱い。 弾幕ごっこが極めて弱い。 ここまで弱いのかと思うくらい弱い。 ただの人間にしてはやるほうだとは文も思うのだが、それにしても弱い。 「口が悪いし、性格も悪いし、すぐ弄ってくるし、何より妖怪を恐れないし……こんなののどこがいいのかしら?」 過剰なまでに執着している、紅魔館に住む吸血鬼姉妹を思い出して、文はぼやく。 常に追い掛け回されている気がするのだが、どうしてこんな人間がいいのだろうか。 吸血鬼だけではない。 八雲紫も、風見幽香も、伊吹萃香も、幻想郷で力を持つ妖怪たちの大半が、彼に興味を持っている。 もっとも興味以上でもなく、それ以下でもない妖怪もいるが。 まるで一種の才能。これが彼の持つ能力だといえば素直に信じることができる。 かくいう文も、彼に対して興味をもつ妖怪の一人であるし、何より、 「今回は依頼を受けてるし、ね」 貸し一つ、と彼女はクロマに囁くと、彼は渋面を作った。 無意識だろう、それでもきちんと反応したクロマに、文は苦笑を浮かべ、彼を木の根に下ろす。 そうして、三妖精と氷精がいるもとへ駆けた。 音すらも置き去りにした彼女は、あっという間に四人のいる場所へと舞い降りる。 「妖精さん方、ちょっとお話があるのでよろしいですか?」 「あん? アンタだれ?」 生意気に口を聞いてきたのは、氷精チルノ。 先ほどクロマを倒して機嫌がいいのか、何時になく自信に溢れた声で文を威嚇した。 「悪いけどアンタなんかに用事はないよ。いこ、みんな」 「ちょ、ちょっとチルノ……」 「相手は天狗よ!?」 「まさか鴉天狗だったなんて。運が悪いわ」 サニーミルクが驚き、ルナチャイルドが顔を青ざめさせる中、スターサファイアだけが、文の接近を感じ取っていたらしい。 だがそれが、鴉天狗である文とはわからなかったようだ。 文は記者の顔で微笑みながら、手にした大団扇を横一線した。 途端に突風が巻き起こり、妖精たちの周りを檻のように囲んでいく。 さすがにチルノもただ事ではないと感じたのか、文を睨みつけて口を開いた。 「何すんのさ! これじゃ帰れないじゃん!」 しかし、相手は鴉天狗。 妖精とは、格の違う力を持っている種族だった。 余裕たっぷりに文は告げる。 「いやね? つい先ほどあなたに落とされた男性がいるじゃないですか」 「あー、あの真っ黒な人間のこと?」 「そうです黒い人です。で、その人って私の上司さんなんですよ」 「じょーし? あいつ女なの?」 「それは女子です。まあ平たく言えば、私より偉い人なんですよ」 「ふーん。あんなよわっちい人間にアンタみたいな鴉が一緒にいるなんて……なんだっけ、アイジンってやつ?」 「意外に難しい言葉知ってますね。間違ってますけど」 「アタイさいきょーだもん!」 「ええさいきょーで結構です。ところでその最強さんに聞いておきたいことがあります」 「うんうん! なになに?」 「ええ。ここ最近、西瓜とか食べてませんか? なんか氷とか使って畑からぶった切って持ってきたヤツとか」 「うん、いっぱい食べてるよ」 「チルノだけですか?」 「ううん。えーとね、」 チルノが元気いっぱいに手を上げた。 その指の先には、 「サニーと」 額から汗をかくサニーミルクと、 「ルナと」 抜き足差し足で去ろうとしていたルナチャイルドと、 「スターと一緒に食べたよ!」 天を仰ぎ、どうか罪が軽くなりますようにと祈っているスターサファイアがいた。 そうですか、と文は小さく頷き、 「それでは最後に一つ」 チルノに向かって、にっこりと微笑んで死刑宣告。 「私と弾幕ごっこしません?」 side out 目が覚めた後最初に見た光景は、四人の妖精が空をくるくると舞っているところだった。 「何が、どうなってる?」 結局、依頼は思わぬ速さで解決した。 最悪三日程度はかかると思っていたのだが、私の助手が優秀だったおかげだろう。 流石は幻想郷最速といったところか。 あの射命丸文でなければ、今日中に解決できなかったかもしれない。 犯人はリグル・ナイトバグ、ルーミア。そして光の三妖精と氷精チルノだった。 何の意味もなく、ただ目の前で犯行に及んでいたから追いかけてた妖精たちが、まさかドンピシャリだとは思わなかった。 後から射命丸文に話を聞いて、開いた口が塞がらなかった。 切欠はやはり、光の三妖精たちの西瓜を食べたいという、なんとも正直な理由からだったらしい。 しかし妖精たちは非力である。 三人合わせて西瓜を運ぶことはできても、頑丈な蔦を引きちぎるまでの力はなかったらしい。 そこで思いついたのが刃物による切断というわけだ。 刃物、といってもあまり大きなものは持てない。それにそういった道具は、基本的に人里に置いてある。 しかし人里にコソコソと現れるわけにはいかず、しかもどこにそんなものがあるのか知らない。 どうしたものかと頭を捻っていた妖精たちに力を貸したのが、チルノ、というわけだ。 「しかし考えたものだな。まさか氷で作ったナイフとは」 「へっへっへ」 チルノクラスの能力なら、一日中日向に置いても溶けないほどの氷細工が作れる。 おまけにしょっちゅう能力を使ってるから使い方も上手い。剃刀並の切れ味を保つナイフなど朝飯前だろう。 ……西瓜が食べたい一心でそこまでしなくてもいいと思うのだが。 事件が解決した(?)後、三妖精とチルノを連れて作田の家に訪れた。 日は既に暮れていたものの、作田と千代は幸いまだ起きていた。 そして開口一番、 「「「「ごめんなさい!!」」」」 四人から一斉に謝られた二人の顔は、ひどく優しげであった。 やれやれ。 これで一件落着…… とはいかず、そのまま私と射命丸文、そして妖精たちと妖怪たちを含めた飲み会が実施されたのである。 大皿に入った食べ物とつまみ。そして大小さまざまな酒瓶。 様々な料理と酒が並べられ、小さな宴会状態へと移行した。 チルノと三妖精は作田と千代に、ただひたすら己の武勇伝(?)を聞かせていた。 聞かされている本人たちも満更ではなく、相槌を打ちながら時折、 「ほう? そのときチルノちゃんはどうしたんだい?」 とか、 「それは凄いわね。でもあんまりおいたしちゃダメよ?」 とか自然に話しかけている。 まるで孫と祖父祖母の会話のようだ。 残った妖怪たちはというと…… 「おい聞いてるのかクロマ!? お前のことなんだぞ!」 「そうなのだー!」 ……私に絡んでくる。 リグル・ナイトバグは熱燗片手にふらふらと此方へ寄ってきては愚痴をこぼし、 ルーミアは手にした皿からひたすらつまみを頬張っていた。 それもこの闇妖怪、大皿に直接手を突っ込んで食おうとするので、わざわざ私が小皿へ盛って渡してやらなければならない。 オマケに箸も使えない。いい加減覚えろ。 「次はそれを取って欲しいかも」 「……皿をよこせ」 「あ、これとあれも」 「……」 ひょいひょいとモノを載せて皿を返すと、「ありがとー」と言いながら既に皿にスプーンを突っ込んで食ってやがる。 全く。騒がしいったらありゃしない。 私自身、酒は好きだ。 まあ別に宴会でもいいかと思っていたのだが、周りの妖怪と妖精たちの雰囲気を見てなんとなく後悔している。 とっとと帰ればよかった、と。 その理由は、残った一体の妖怪にある。 「く・ろ・まー」 「のぐぅ!?」 その残った妖怪がさっきから背中に乗っているのである……。 具体的には、背中から負ぶさるように体重を預けてくるのだが。 一人でがっぱがっぱと酒を空け、既に全体の六割を飲んでいる酒飲み。 射命丸文である。 「ぬっふっふー。のんでますかー? げんきですかー?」 「飲んでるし元気だから離れろ」 「NO!」 ぶはぁと酒臭い息を耳元でされたら堪らんぞコンチクショウ。 確かこいつ、種族的にザルとか言われてなかったか? 何をどうすればここまで酔うんだ。うぜぇ。 なんとか身体を捩り、再度アピール。 「いいから退け」 「絶対にNO!」 頑固か貴様は。 そっちがその気なら、 「ならそのままでいろ」 「YES!」 「!? NOとしか言わない筈!?」 ミスった、と思う暇もなく。 鴉天狗は背中から腕を回してきて、思い切り背骨を圧迫された。 「ぬがぁあああああああああああああぁ!? 折れる折れる折れるし出るわ貴様ぁ!」 「げっへっへ。逃がすものかー」 「明日は覚えてろー!! ぎ、ぎにゃぁあアアアアアああああああああああああああああ!!」 流石は妖怪。 力では私より遥かに上だったか……がくっ。 こうして、一応事件は解決した。 次の日、何故か私の寝床にチルノが紛れ込んでいて思わず凍傷しかけたのだが、まあ熱湯で許してやろう。 それと鴉天狗。 お前は覚えていろ……。 そういえば、ヤツは依頼料として何を請求するつもりだったのだろうか? それが次の波紋を呼ぶとは、このときの私は全く予測していなかったのだが。 −あとがき− どうもこんばんわ。 夜行列車です。 かなり久々に更新させていただきました。 とりあえず、これにて『西瓜強奪事件編』は終了です。っていうか展開早い。 次は短編を更新しようと思ってます。舞台は妖怪の山になるかもしれないような……はてさて。 プライベートの時間が空いたときにちょこちょこと書きなぐってはいますが、こんな主人公でいいのかこの物語。 個人的には気に入ってるんですがね! 次回は常識に囚われない巫女さんとか、白狼天狗とか出したいです。っていうか出す。 |
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