魔法の森上空を飛び、目的の場所を目指す。 この魔法の森は妖怪や魔法使いと遭遇する確立が高い。珍しいキノコをはじめとした、貴重な素材が豊富にあるのが原因だろう。 私の知り合いの、魔法使いも、実験材料と食用のキノコ探しに森へよく来るようだ。かくいう私も彼女に手伝わされた経験がある。 ………幻覚作用が強いキノコを好んで使う魔法使いは、あの娘くらいなものだが。 妖怪では、先ほど知り合ったリグル・ナイトバグやルーミア、他には夜雀妖怪のミスティア・ローレライ、そして妖精等もちらほら見られる森。それが魔法の森だ。 考えれば考えるほど嫌な森で、光が入りにくく、異常な湿度を持つ魔法の森は、上空から見ても全く中の様子が見えない。 好き好んでいく場所ではないし、そもそも今からいくのは魔法の森ではないからいいのだけれど。 さて。しばらく森を飛んでいると、ようやく目的地に着いた。 里から見てちょうど森の入り口付近。そこには、一軒の家屋があった。 傍からは、ごちゃごちゃとガラクタを集めたようなゴミ屋敷にしか見えない。が、れっきとした店である。 その名も香霖堂………私が幼い頃からずっと建っているらしい、古びた道具屋。 里から離れた森の中にぽつんと存在するこの建物。 少々変わった男性が経営する古道具屋は、今日も閑古鳥が鳴いているようで、外から見た限りでは人が動いている気配はない。 戸を叩くこともなく、無遠慮に開けた。 「いらっしゃ―――君か」 棚の傍でしゃがみ、壺と布を手にしている姿を発見。 恐らくは掃除の最中だったのか、手にしたものを棚に置き、相も変わらない無表情で、此方を向く。 「今日は何用で?」 「買い物だ」 香霖堂。 そこは人妖問わずに訪れる者を受け入れる異空間。 そしてその店主こそ、幻想郷の中でも異色な人物。 妖怪と人間のハーフという種族の、森近霖之助である。 東方黒魔録 暗い森の中、ごちゃごちゃとしたガラクタに囲まれるようにしてぽつんと建っている香霖堂。 閑散とした店内。店主がただ一人掃除している最中に、私がやってきたというわけだ。 何度となく見てきた彼の目は、いつも変わらずやる気のなさそうな表情の上に、硝子色をして張り付いている。 「今日も今日とて閑古鳥か………いい加減真面目に商売したらどうだ?」 「してるよ。君と僕のやり方の違いがあるだけさ。そしてその境界が、君と僕との境界」 「不真面目と真面目の境界か?」 「マイペースによって生まれる境界だね。君は能動で、僕が受動という程度の違いしかないけれど」 積極的に依頼を受けようとする者=能動 依頼を受けることで行動する者=受動 と、いうことだろう。 それにしても分かりづらい言い回しである。 「その境界を弄れば、お前も少しは真面目になるだろうに………」 「逆に君が受身になるだけさ。それこそ、八雲紫でも呼んでこなければありえない改竄だけどね」 ああ言えばこう言う。本当にひねくれた奴だ。 手頃な位置にあった壺――今しがた霖之助が拭いたもの――に腰掛け、棚に並んだ商品を手にとって眺める。 「そこに腰掛けるなよ。商品だぞ?」 「売れない調度品に何を言う。むしろ、こうして椅子に使われることを光栄に思え」 「大概失礼だよ、君って男は………」 「完全ではないから許せ」 棚に並んだ商品を一つ、手に取る。 何だコレは。人形の中に人形が入ってる。確か外の世界から来た人形だった。 見てもよくわからない商品を棚に戻し、仏頂面を浮かべる店長に用件を伝えた。 「今日は客だと言っただろ? 仕入れに来たんだ」 すると、一瞬視線を宙にそらし、何秒後か、合点が言ったように頷く。 「今回はちょっと早いペースだね。原因はやっぱり、博物館爆破事件?」 「貴様も知ってたのか」 あの鴉のせいか………なんとなくだが後で殴っとこう。 「どうしたクロマ? 何だか顔色が悪いようだけど」 「気にするな。鴉天狗を一体、どうにかして消す方法を思いつこうとしているだけだ」 「鴉天狗―――ブンヤの射命丸か。どうせ勝てないだろキミ。以前、弾幕ごっこでズタボロにされたじゃないか」 「男には、やらなければならないときがあるんだ」 特に妖怪相手には。 いつもの場所へ、私は足を進める。 香霖堂店内は何度も見たことがあるので迷うことなく、目的の場所にいける。 といっても、店自体がそこまで広くないので迷うことなどまずないのだが。 店を出て、ちょうど店の反対側、裏に存在する小さな倉庫。 そこに、私の求めるものはある。 「おいおいクロマ。ちょっと待ってくれ、君は鍵を持ってないだろう?」 「ああ。だからとっとと来い」 「……全く。人使いの荒い客だ」 ぶつぶつと文句を言いつつも取り計らってくれるお前は、本当に良い奴だよ。 錆びた扉から新品の錠前を取り外し、森近霖之助はやかましい音を立たせて扉を開けた。 中は相変わらずかび臭い。 見渡すこと三秒。すぐさま目当ての物たちは見つかった。 立方体の木箱の中に入った、様々な刀剣類。 すぐ傍には矩形の木箱が置かれていた。中にはナイフや投矢など小物が入っている。 そしてこれらからちょっと離れた倉庫の隅には、他より比較的長い獲物が立てかけてある。 「少しは整理くらいしたらどうだ?」 「気が向いたらやるよ」 そう言って肩を竦める仕草は、絶対にやらないという意であることを知ってほしい。 相変わらずごちゃごちゃとしているのは、あまり気にしないでおこう。 お目当ての物だけを外に引っ張り出す。 それにしても、と獲物たちを弄る私の背後で嘆息する音がした。 「本当に刃物が好きだね、君」 「妖怪を倒すにはこれが一番肌に合ってるんだ」 武器、といってもいろいろだ。 博麗霊夢のような霊能力師は、札や針など、退魔に使う武器を用いる。中には自動で相手を追尾するアミュレットがあるが、アレは彼女しか扱えない特別なもの……らしい。 霧雨魔理沙のような魔法使いは、主に触媒やマジックアイテムを使う。 十六夜咲夜はナイフ。 白玉楼の庭師、魂魄妖夢は刀。 他にも傘や団扇を弾幕ごっこに使う妖怪もいる。 私は……いろいろである。 投矢、鉈、短刀、槍など刃物を多く扱うが、魔法炸薬や鋼線といった用途の限られるものも武器として使う。 弾幕ごっこに使用したりもするが、多くの場合弾幕にならないので意味がない。 とりあえず、妖怪相手に立ち向かうには刃物が一番扱いやすかったから使っているだけだ。 この木箱に入っている刀剣類は、多くが森近霖之助が無縁塚で拾ってくるものだ。そして彼が拾っては修理、改造をして私に提供しているというわけである。 無論、金額は支払っている。どこぞの魔法使いみたいに借りていくと称してパクッていくことは断じてしない。 それにしても……こんな大げさなものまで無縁塚に流れ着くのか。一度、外の世界にいってみたいものだ。 適当なものを見繕い、こんなものかと森近霖之助に見せる。 「また大量に買うんだね。きちんと買ってもらえるからいいんだけど」 「苦労してるな森近霖之助。貴様の妹分には私も苦労しているがな」 「君からも言ってもらえるかい? 僕が言ってもいっそ聞かないんだ」 「……接客力よりさきに、説得力を持たせた方がいいかもしれんな、貴様は」 「やれやれ」 「こっちの台詞だ」 適当に見繕っただけの代金を渡し、森近霖之助が納得するのを確認して倉庫を閉める。 鍵をかけるのを見届けてから中へ戻ろうとして―――いつの間にか背後にいた女性に驚いた。 「こんにちは店主さん。店をほったらかしてどうしたのかしら」 緑色の髪に、チェック柄の上下の服装。いつものを日傘は腕に持っていなかった。 誰もが知っている大妖怪。そういえば彼女はたまにここを訪れるんだった。 彼女に気付いた森近霖之助は、何かしら用事を思い出したように慌てた。 「いらっしゃい。そういえばこの時間だったね」 「ええ。品物はできているかしら?」 「勿論だとも。持ってくるからちょっと待っててくれ」 「仕方ないわね」 終始笑顔のこの妖怪。 太陽の畑という、無数の向日葵の咲いた畑によく出没するこの妖怪。 幻想郷縁起にとんでもない設定で記述されたこの妖怪。 良い意味でも悪い意味でも、私は知っている。 「お久しぶりクロマ。お変わりなきようで、何よりだわ」 向けられる笑顔。 しかしこの笑顔の裏が、実は滅茶苦茶腹黒いドSであることを私は知っている。 なるべく嫌味を込めて、彼女へと言い返した。 「久しぶりだな風見幽香。まだ生きていたのか」 風見幽香。 四季のフラワーマスターと呼ばれる、あの八雲紫に匹敵するほどの大妖怪である。 そして私が過去―――最も経験したくない経験をさせられた張本人だ。 彼女は私の台詞に、一瞬だけ目を細め、しかしその後はいつもの微笑に戻る。 「あらあら刺々しい。貴方は、薔薇のような高貴なものではなかったと思うけれど」 「ほう? ならどうだというんだ」 「そうねぇ……彼岸花とかどうかしら? 毒々しくて血塗れの似合う貴方みたいじゃない」 「喧嘩を売ってるのか……?」 「勝てない喧嘩にわざわざ首を突っ込もうとするのも相変わらずか。成長しないわね、本当」 「昔と一緒にするな。今ならその首、地に落とせるかもしれないぞ」 「いくら私が昔、貴方をボロ雑巾のように扱ったからってそこまで目の敵にするの? ボロ雑巾のようにしたくらいで」 「二度言ったな」 「言ったわよボロ雑巾」 「三度目だ。もう容赦はせん」 抜き放つのは、先ほど買った装備の中の一つ、刀。 非常に薄い刀身で、しかし折れにくい。しかも森近霖之助の変な弄り癖によって強度の強化はおろか、属性も対妖怪のものがついている。 それを右手で構え、開いた左手には投げナイフを三本用意しておく。 「命乞いの準備をしておけ風見幽香………貴様を今度こそ殺す」 「無理ね」 「先刻承知! だが知ったことか!」 最小の動きで振りかぶる刀、同じ動作で左手を振って投矢を射出しようとしたときだった。 突然視界を遮る一本の傘。 それを振り下ろしたのは、誰であろう森近霖之助である。 私と風見幽香の間に立つ彼は、呆れたように口を開く。 「仲が悪いのは結構なんだが」 そう言って彼は自分の店を指差す。 「ご覧の通り、店の裏だ。争いなら別の場所でやってくれ。君たちがぶつかれば、そこらへんに被害が出る」 「あら店主、邪魔なさるおつもり? これは彼から買ってきた喧嘩よ」 不服そうに告げる風見幽香を殴りそうになる。売ったのは貴様だろうが。 しかし森近霖之助はそれを見抜いていたのか、持っていた傘を風見幽香に押し付けた。 「売ったのは間違いなく君だろう? それに、今日は傘を取りに来ただけじゃないか。野暮なことはしないでくれ」 「………残念だわ」 差し出された傘を、彼女は渋々浮け取る。 そうしてそのまま踵を返して帰ろうとした直後、森近霖之助はとんでもないことを言い出した。 「まあ待て幽香。別に争うな、とは言ってないだろ?」 「「はぁ?」」 思わず同時に発してしまった疑問の声。 しかし、森近霖之助は私たちの台詞などどうでもいいように指を立てる。 「争うなら、ここから離れた場所でやってくれればいいだけだよ。それに―――妖怪と人間が対立したときの良い解消法があるじゃないか」 「まさか……」 「そう。弾幕ごっこでもやればいいだろ。クロマ、君は新しい装備を買ったばかりだし。ちょうどいい」 む。 買った直後に消費するのも気が引けるのだが……。 風見幽香の顔を盗み見すると、彼女はまるで挑発するかのごとく私のほうを見ていた。 ―――かかってきなさいボウヤ。私は準備できてるわよ? 気に食わない瞳。上等だ。 後悔させてやろう! 「そうだな。風見幽香、貴様はどうする?」 自分が希望していた通りの台詞だったのか、彼女の口元が邪悪に釣りあがった。 「へぇ。いいわよクロマ。久々に躍らせてあげましょうか」 彼女がそう言って数枚のカードを取り出した。スペルカードである。 私もそれに続き、自分のスペルを同じ枚数だけ取り出した。 同時に、空へ駆け上がる。 久しぶりの弾幕ごっこ。 手加減など、一切しない!! … …… ……… だからといって、勝てるわけではない。 「立ち会った時間はたったの二分。スペルカードも一枚しか使ってない。相変わらずね」 「うるさい」 地面に大の字になって転がっていたのは、私のほうだった。 面白そうに此方を覗き込んでいる風見幽香は、笑いながら私を指差していた。 敗者と勝者の典型的な構図である。 「貧弱な弾幕と狡い作戦。全力を出してこの程度の弾幕ごっこしかできないのね。これならメディの相手の方がマシだわ」 「ふん」 悪かったな弱くて。 喧嘩を売った挙句、返り討ちにあっては言い訳も出来ない。 このときだけは、敗者の味を噛み締めておく。どうせ忘れるが。 ひとしきり笑った後、勝者の大妖怪は、やがて膝に肘をつき、頬杖を付いた。 「少しは強くなりなさい。これでも私はクロマを評価してるつもりなの。あの博麗の巫女や白黒の魔法使いとは違う、その在り方と心の置き場所を。でもこれでは、退屈すぎて眠ってしまうわ」 「今更だ。私が弱いのは、本当に今更だ」 「でもやめないのね、探偵ごっこを」 「………」 「死ぬ機会が多い、妖怪退治の真似事をしてる貴方は、正直見ていて滑稽よ。 ―――強くあれ。ただ強く。それだけを、私は貴方に望んでいる」 「戦闘凶め。私に希望を抱くな。貴様の望む私は、いつまで経っても現れんよ」 「残念だわ」 そう言って、彼女は立ち上がった。 新調した傘を手に、背を向けて立ち去っていく。 「さようなら。次はもっと楽しませてよ」 去り際の声には、やはり好奇心が見え隠れしている。 ……嫌な興味のもたれ方をしたものだ。過去の自分を叱ってやりたい。 さてと。ズタボロになった身体は、今しばらく動かせそうにない。 なんとか、夕方までには体調を治しておかないと、天狗が煩そうだ。 −あとがき− 二作目。なんとか更新しました。 前作から大分時間が経ってしまいました。もしかしたら見ている方々、申し訳ありません。 この作品を機に、とりあえず、四月までは更新をとめます。 何故かていうと、忙しいからです。 論文の提出や試験が重なっててんやわんや。 既に泣きそうな身分です。えらいこっちゃ。 さて。今回の黒魔録ですが、何故か幽香と霖之助です。いろいろ東方っぽくなくなってきたな。 そして刃物大好きな主人公。どこの遠野だ。 どっかのメイドさんもナイフとかばら撒いてますが、クロマの弾幕は、完全に刃物と霊弾の複合です。 霊力が極端に少ないから、代用として刃物をちょいちょい使う感じ。 メイドさんに比べてあんまりストックがないし、時を止めて回収とかできんので本当にちょいちょい。 ちなみに投矢だけはバンバンばら撒く。土に返る不思議成分でできてるのでエコです。 とりあえず、次の回で解決へと向かってもらおう。そんな閑話的な今作でした。 |
戻る? |