暑い夏。
まだまだ秋にはならんよと言わんばかりの日差しの中で私は一人、人里の中を歩いていた。
全く………とっとと太陽よ引っ込め。暑苦しくて敵わん。
洗濯物が早く乾くのは嬉しいことだが、こうも日照りが続くと流石にうっとおしい。
こうも暑くては、飛ぶ気力も失われる。
汗が頬を伝い、服を濡らす。全くもって気持ち悪い。
とっとと依頼を終わらせて帰りたいな。人里まで飛んでくるのも面倒だったから帰るのもちょいと面倒だ。
私に依頼を持ってきた上白沢慧音もややダルそうに私の家の立地条件に文句を言ってきた。
まあこれだけ暑いのだ。家の位置も確かに考えてしまう、多少は。
鬼童子に頼んで里に家を立ててもらうか?
あの鬼ならば、一升瓶一本を持っていけば二つ返事で了承するだろう。鬼と鋏は使いようとはよく言ったものだ。
そしてその後は楽しく宴会か………悪くないな。

いや、掃除が面倒だ。それはやめておこう。




さて。目的地は一軒の民家。
畑を持つ老夫婦が今回の依頼人。
知らぬ仲ではないし、暑い中でも仕方ないと言えば仕方ない。


内容は――――最近出てきたという農作物の被害を食い止めること。



妖怪が畑を襲うということは別段、珍しい話ではない。
ある程度知能を持った妖怪ならともかく、知能の低い、妖精レベルの妖怪は腹が減ると人里へこっそり降りてくる。
冬眠前の熊のような行動だが、人食らいの妖怪はこの幻想郷において、割と人を襲うことがない。

理由としては、私のような何でも屋が人里付近(といっても一里ほど離れているが)にいること。そして何よりも里の守護者の徹底した警護っぷりにある。あの藤原妹紅も里には構えている。よほどのことが起こった場合は、博麗霊夢がすっ飛んでくるだろう。
それも昼間の間だけで、さすがに夜の間はなかなか手薄になるのも事実ではあるが、ここ十年程度に被害はかなり減った。
何名か行方不明者が出ることもあるが、それは自業自得な内容だったり、妖怪退治に失敗した呪術師などが大半。幻想郷において妖怪と上手く付き合えない連中の末路とは、いかな時にも捕食されることであるといえる。

かといって人間を格下扱いする妖怪はとっとと死ぬ。それは博麗の巫女を始めとした、人間の中でも力を持つ者たちがいるからだ。
幻想郷とは、妖怪と人間のバランスがこうして保たれているといっても過言ではない。

ま、それはともかく。
そんな日常茶飯事の被害報告を聞き、今回は自分の知り合いが被害にあったので渋々と受諾したのである。















東方黒魔録

















目的地へ到達。
大きな畑と一軒家が隣り合った普通の民家だ。
人里の中でも外側。それも私の家とは真反対に位置していたので余計に時間を食った。
飛べばよかっただろうが、日ごろの運動も兼ねてきちんと歩くことは大事だ。
何よりその気力がなかった。あまりにも今年の夏は暑い。
玄関の前に立ち、すうと息を吸った。


「こんにちわー」


………似合わないとか思った奴は表に出ろ。





「おや、クロマじゃない」


声が聞こえたのか、奥から出てきたのは今年で72歳になるという高齢の女性。
名前を千代さん。八年前に少々お世話になった御方だ。
玄関を開け、私の手を握る彼女の表情は笑顔だ。


「はるばるようこそ。アレかね、お仕事?」

「? 貴女が私を呼んだのではないか? 里の守護者――――上白沢慧音からはそう承っていたが」

「うん? ああ、たぶんあの人だね。おーい!」


歳を取っているにも関わらず随分と大きな声だ。
彼女に呼ばれたのは、多分夫の方だろう。
そして予想していた通り、畑の方からのっそりと一人の老人の男性が現れた。
麦藁帽子をかぶり、首からはてぬぐいを垂らしているしわだらけの老人。


「どうしたい千代………おろ、クロマじゃねぇか!」

「久しいなご老体」

「変わんねぇなお前さんも」


口を開けて大声で笑った彼は、作太という。
この老夫婦との関係は――――まあ私の仮の親たちだ。
独り立ちまでは何かと気にかけてくれた人物である。
でなければ、この暑い中わざわざこんな場所まで来ない。面倒くさいし。
………かといって長居する用事もない。とっとと仕事の話に入るか。


「では早速仕事の話に入ろう」

「おいおい、せっかちだな相変わらず! ちったあゆっくりしていけよ」

「そうは言っても仕事だ。そこら辺は割り切っている。今度はプライベートに誘ってくれ」

「かっかっか。本当に相変わらずだ………じゃ、こっちに来てくれ」


皺の刻まれたごつごつの腕に手招きされたのは、畑の方。
彼の後に付いていくと、しばらくして彼はある作物の前でぴたりと止まった。
まるまるとした青い体に、ぎざぎざの黒い模様が特徴の物体。

これは………西瓜か。

その辺りを見ると、丸々とした西瓜の他に蔦の先端から何もなかったり、中途半端にかじられたものもあった。
なるほどな。これが被害というわけか。


「被害はこれだけか?」

「ああ。うちの畑には茄子やらトマトやらあるんだが、どうにも被害にあってるのは西瓜だけみてぇでな。
三、四日の間に七つはやられちまったよ」


そう言って肩をすくめる作太。内心は腸に煮えくり返ってるのかもしれない。
私が世話になっていた時、この頑固親父は自分の作物をわが子のように可愛がっていたからなぁ。
水をやるとき、作物に語りかけていた姿を見た時は………正直ドン引きした。

改めて被害にあった作物を見る。
七つの内、ところどころ穴の空いた西瓜が三つ。半分ほど齧られたような西瓜が二つ。
残り二つがあったと思われる場所は、蔦から先がなくなっている。
なくなった西瓜は別として、他はなんとなく予想が付くような食い荒らし方………。
無事な西瓜は片手で足りる程度しかない。


「西瓜はこれだけか?」

「ああ。他にもあったんだがよ、夜雀の娘っ子にくれてやったよ。屋台で出したいとかなんとか言ってたなぁ」

「いくつやったんだ」

「二つかね」


指さされた先の蔦は、確かに西瓜が無くなっていた。
先ほどのものと合わせて四つ。この畑から無いのはそれだけか。


「む」

「どうしたクロマ?」

「いや………」


蔦の先端に違和感を感じて、近寄りしゃがんで確認する。
西瓜の切り取られたと思われる四本の蔦。しかし、切り口の蔦の先端が二種類に分かれているのが見えた。
一つ目の蔦は、先端を鋭利な刃物で切り取ったように綺麗な切り口をしている。
二つ目の蔦は、先端がやや潰れた形で切り取られている。
前者は鋭利な刃物で、後者は恐らく鋏か。


「作太。西瓜を切る時に何を使った?」

「あん? 別に、自前の鋏だよ。お前さんも使ったことあるだろうが」

「そうだったな………今思い出した」


となると、後者が作太の切り取ったものか。
しかしわざわざ鋭利な刃物を持ってこの畑に来るとは、どれだけ西瓜が好きなんだか。
西瓜の蔦は意外と太い。専用の鋏でなければ切断は難しい程度に太い。
かといって、鋏がなければ取れないわけではない。ナイフや包丁があれば引き切ることはできる。

盗られた方の西瓜は、これ以上わからない。

というわけで食い荒らされた方の西瓜の犯人を当たるか。
これは非常にわかりやすい。


「さて。では早速行こうか」

「お、おいおい! もうわかったってのか?」

「とりあえず二人はな」

「そ、そうか………じゃあ、『任せる』」

「ああ。『任された』」

立ち上がって畑を出る。
出る間際、千代に出会った。
彼女はしわがれた顔で、にこにこと笑って口を開いた。


「行ってらっしゃいクロマ。たまには顔出しなよ」

「ああ」


次いで、畑の方から怒鳴るような声で「クロマ」と名前を呼ばれた。


「これが終わったら久々に酒でも飲むぞ! さっさと帰って来いよ!」

「無理をするな老人。飲みすぎて死ぬぞ?」

「くあー! こちとらまだまだ現役だぜ! てめぇこそ覚悟してろ。朝まで寝させねえからな!」

「了解した。………とっときの酒を所望する」

「モチのロンよ!」


大声で笑う作太。相変わらずだな、アンタも。
さて………と。


「では行ってくる」


大地を蹴って、余計に近づいた日差しから逃げるように飛翔。
肌に当たる風が気持ちいい。
このまま永遠に飛んでいたい程度に………無理だが。















飛んでいる最中、目的の場所まであと少し、というところで目の前になにやら影が見えた。


「妖怪か? 面倒な」


真っ直ぐに此方へ飛んでくる人影。背中には羽が見える。
空を飛んでいるということから推察するに、恐らくは天狗か。
あいにく、天狗に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしていない。
天狗は警戒すべき妖怪の代名詞とも言えるからだ。

天狗という種族は、数ある妖怪のなかでも特に警戒しなければならない種族。

完全に縦社会の天狗には、仲間意識が非常に強いという特徴を持つ。
頂点の天魔から、大天狗、白狼天狗、鴉天狗、等様々な天狗が存在し、そのどれもが自分の役職を担って行動する。
どこか人間と似たような思想を持っている珍しい妖怪だが、身体能力はもちろん、知性も大変高い。
それ故に頭の回転が非常に速く、いちいち癇に障ることをはっきりと喋るので、まともに相手にしたくない種族である。
喧嘩しても勝てるはずもなく、さらに言えば空を駆ける速度が尋常ではない。逃げようとしても無駄だ。
下手に妖怪の山に入ろうものなら、即座に近隣を哨戒している白狼天狗が飛んできて、警告してくる。おかげで妖怪の山に近づく人間はほとんどいない。
唯一、守矢神社へ向かう道だけは人間が通れる普通の道となっている。

外の世界からやってきたという、守矢神社(丸ごと)。そしてその神社に住む二柱と風祝の少女。
………なつかしいな。彼女たちがやってきた当初はいろいろと問題があったことだ。
天狗のテリトリーに入るのは相応の勇気がいる。よくもまあ、堂々と妖怪の山に居座ることができたものだ。流石、神といったところか。


まあ、それはさておき。


とりあえず天狗という種族は妖怪らしさというよりも人間らしさを持つが、その恐ろしさは知っている。
何らかのミスで天狗の逆鱗に触れたことはなかった筈だが………何故私のほうへ真っ直ぐに向かってくる?
勘違いで、このまま通り過ぎてくれればいいのだが。


「いいえ。合ってますよ」


声のした方、背後へ転身。
反射的に袖から出した鉈を手に掴み、一閃―――が、それは空振りに終わる。


「こっち」


頭上から聞こえた声に、驚愕より先に手が動いた。
空手を一閃。袖に仕込んだ投矢を射出―――しかしこれも空を切った。
速い。声がした瞬間に武器を振るっているのに、既に姿が消えている。
考えたところで、はらりと眼前に落ちてくる一枚の黒い羽。
漆黒の羽は、まるで鴉のソレと全く変わらない質感をしている。

―――鴉………ああ、なるほど。

鉈を袖の中に仕舞い、ややこしい真似をしたバカに声をかけた。










「とっとと止まれ射命丸文。私の動体視力じゃ、今の貴様は捉えられん」


私の周りを高速で飛行する人物。自他ともに認める、幻想郷最速の少女に向けて。











「―――っととと、それは失礼」


風を切る音と共に、突然視界に現れた一人の鴉天狗。
漆黒の羽、天狗の武器である大きな団扇。

見た目は人間の少女にしか見えないが、れっきとした天狗である。


「いやー! やっぱりクロマ氏でしたか! その真っ黒な服装は間違えようがないんですけどねー」

「何で貴様がここにいる」


黒い羽。尋常ならざる速度。加えて、何故か私にちょっかいをかけてくる天狗と言えば………。
鴉天狗のこの娘しか、私の知り合いにはいない。
作り笑顔100%の表情で、彼女は笑いながら私の肩を叩く。


「いやですねー。人が歩くように、河童が川を泳ぐように、天狗が空を駆けるのは当たり前ですよ」

「いや、だから何故私に方へ」

「それよりもこんなクソ暑い中、めんどくさがりの貴方がそんな黒い服で空を飛ぼうとするなんて珍しい! 
思ったよりもずっと貴方がマゾだということがわかりました。それとも何か急ぎの用事でも?」

「いやいや、だから、どうして私に」

「お仕事ですかそうですか! どこの誰の依頼です? 博麗神社の巫女ですか吸血鬼ですかメイドですか守矢の巫女さんですか神ですか魔法使いですかそれとも妖怪ですか? 依頼の内容も詳しく述べてくれると尚嬉しいですね! 具体的には椛の下着をあげたりあげなかったりするかもしれません!」

「いやいやいや、というかだな、何で私の」

「はっ、それよりも私の下着が欲しいんですか? それは無理です不可能ですこのスケベ! やっぱり無表情の裏には世間一般的な男性が考えるような思春期臭のする凄まじい妄想が広がってたんですね!? こーのむっつりスケベ!」

「聞けよオイ」











襟を掴んで引き寄せた後、ボディブロー(霊力による身体強化込み)を叩き込んでやった。













にもかかわらず、僅か二分で息を吹き返したのは流石妖怪である。


「ぐふ………きゅ、急所狙いはズルいと思います」

「殺すつもりで打ったからな」


割と本気で。
ゆったりと宙を飛び、二人で並進しながら雑談を続ける。


「しかしまあ、つい最近里の不要な建物を爆破したばかりなのに、相変わらず仕事真面目ですねぇ」

「………何故私がやったと知っている?」


すると、どこか不敵な笑みを浮かべて射命丸文は指を左右に振った。


「私の情報網を甘く見ないでください。私のお気に入りの人材がやらかすことは、事が起こってから一刻以内に知ることが出来ますよ。
何も飛ぶ速さだけに特化しているだけではないのですよ。天狗とは、ね」

「要するに暇なんだろ?」

「ありゃ? バレました?」


これは一本取られました、と全く悔しくないという表情でそう言われても………悔しくないだろ、実は。


「まあいいんですけど。それよりも、どうして貴方がここにいるのか! そこらへんを詳しく教えてください!」


そう言って、彼女がずばっと取り出したのは、いつもの文化帖とペン。
私のほうへ真っ直ぐ飛んできたのは、そういうことか。


「断る」

「がーん! いいじゃないですか減るもんじゃないし」

「時間が減るだろ」

「うわぁ。出ましたよ人間の常套句! たかだか百年程度しか生きられない人間は、流石言うことがみみっちいですねぇ」

「みみっちいことまで根掘り葉掘り聞くのはどこのどいつだ」

「幻想郷一の最速新聞記者、射命丸文。射命丸文ですどうぞよろしく!
……まあ知っているでしょうから、これは置いといて」

「知らんよそんなもん」

「置いといて! 出会い頭に刃物を振りかざしてくれた礼もありますし、ちょっとくらいいいじゃないですか。ね? ね?」

「根に持つタイプだろ、貴様」


記者根性丸出しなのはいいが………他にやることがないのだろうか、この鴉。
それはともかく。暇なら暇で、ちょいと手伝ってもらうのもアリだろう。見返りを気にしなければ、彼女ほど頼れる存在もない。
彼女の力添えがあれば、間違いなく今日中にこの事件を解決できるだろう。
鴉天狗が本当に凄いのは、単純な妖力や身体能力だけではない。
本当に恐ろしいのは、とてつもなく速い情報収集である。

とりわけ、射命丸文は幻想郷最速の自称するスピードを誇る。

幻想郷最速を自負する彼女の情報収集能力に任せてみるか。


「射命丸文。貴様の能力を見込んで、頼みたいことがある」

「ほほう? 私の能力を見込んで、ですか。あのクロマ氏が珍しい売り文句ですねぇ」

「受けるか受けないかだけを簡潔に言え」

「その尊大な物言い、流石です。
しかぁあああああああし! 了承するか否かの権利は私にあるのをお忘れなく!
滅多に来ないクロマ氏からの依頼………ふふふ。私の目の前で土下座する姿が目に浮かびます。ああ! なんて哀れなお姿を!」


どこか虚ろな瞳でそうぼやく貴様が哀れだ。
妄想のかなたへすっ飛んでいった彼女を置き去りにしようか無視しようかとりあえず殴るか迷ったところで、彼女の視線が此方にくるりと向けられた。


「それで、一体どういった内容で? 内容次第では別料金が発生しますが」

「ちゃっかりしたヤツだな」

「ええ勿論。いくら貴方の頼みとはいえ、依頼とあれば容赦はしません。どこぞの顔面に縫い跡がある無免許医者ではありませんので私」

「貴様は医者ではなく記者だ」

「医者と記者をかけたナイスボケをありがとうございます………しかし、クロマ氏が私に頼る程度に面倒な依頼なんですかね?」

「とりあえず内容をかいつまんで話すと、私がやってるのは畑荒らしの犯人探しだ。
襲われたのは一軒の農家。被害状況は西瓜が七つ。うち五つは目星が付いているのだが、もう二つがどうもわからん。
蔦の切り口は鋭利な刃物で切断されたようなものだった。
貴様に依頼しようと思っていたのは、そのもう片方の犯人の目星をつけるための情報収集だ」

「ふぅむ。消えた西瓜ですか………切られた蔦は、ちょっと実物を見ないことにはわかりませんねぇ。場所は?」

「すぐそこだ。貴様なら二秒で着く距離にある」

「あそこですか。わっかりました! ならお受けしましょうこの依頼!」





………は?




「ちょっと待て。貴様、さっきは依頼料がどうとか言ってなかったか?」

「ええ。勿論依頼料は頂きます。
ですが、コレは後払いという形でお願いします。
せっかく貴方から頼ってきたこの依頼。どうせなら完璧な仕事にしたいのです。
この幻想郷最速の私を能力を見込んだ、依頼主に報いるためにも!
なので、もし結果が不服なら依頼料はなしでいいです」

「………やや過剰じゃないか? たかが依頼だぞ」


すると彼女は「何言ってんですか!?」と大げさに羽を振り回し、団扇の先をびしりと此方へ向けて大声で言った。


「貴方と一緒ですよクロマ氏。依頼に関して手を抜かない完璧主義者とね。
それに……天狗は仲間意識が強いんです。一度友と決めた相手には、容赦も妥協もしません許しませんよ。
ということで―――」


黒色の羽がいっぱいに広がり、射命丸文は不敵な笑みを浮かべて、







「今日の夕方には戻ります! それまでに依頼料を考えときますんで、いろいろ用意しといてくださいね!」








突風を纏いながら、一瞬で視界から消え去った!
まったく………頼りになるんだかならないんだかわからん奴だ。
しかし、射命丸文の能力を考えると間違いなく夕方には確かな情報と共に戻ってくるだろう。
ああやって張り切った彼女の行動は、必ず宣言通りだから。
私もさっさと第一容疑者を捕まえに行った方がいいな。下手をすれば、彼女の方が先になるかもしれないのだから。

目的地は魔法の森だ。





























「ということで貴様等が犯人だな」

「そうなのかー?」

「や、意味がわからないんだけど………?」


魔法の森の中で、二人の少女と対峙している。
片方は黒いマントを羽織り頭から触覚を生やした少女で、もう一人は金髪にリボンをした、白黒の服の少女。
リグル・ナイトバグとルーミア。
双方ともに私よりもずっと歳を食って生きている妖怪である。
とりあえず、この二人に遭遇するために魔法の森を徘徊していたのだが、思ったよりも簡単に見つかった。
比較的に遭遇率が高い魔法の森に行ってみたのは正解だった。まさか、ちょうど妖怪二体で集まっているとは思わなかった。
困惑している二体の妖怪に事情を説明。すると、リグル・ナイトバグの方があからさまに不機嫌な顔で此方を指差していた。


「事情はわかったけど、ただ西瓜が食い荒らされたってだけで私たちを疑うのはどうかと思うんだけど」


リグル・ナイトバグは蟲を使役する蛍の妖怪である。
ありとあらゆる蟲と意思疎通をできる妖怪は、この幻想郷において彼女以外にいない。

その隣にいる金髪の少女はれっきとした人食いの妖怪だ。
人食いというからには人を食うのだが、基本的に雑食。美味いものなら何にでも齧り付く。
ルーミアの能力は闇を操る。光を一切遮る闇の空間を展開する姿は、極めて妖怪らしい妖怪の姿をしている。


「西瓜の食い散らし方から見ると貴様等以外に考えられない」


西瓜に残っていた齧りついたような痕。そして、虫食いの入ったような穴がある西瓜。
雑食妖怪と蟲使い妖怪以外に、こういった形跡は残せない。
私の言葉に、不機嫌そうな笑みで睨み返すのはもちろんリグル・ナイトバグ。こいつは何かと好戦的だ。
恨まれるようなことは何一つしてないと思うのだが………不機嫌にもほどがある。


「じゃあ何? 私たちが犯人だったら、クロマはどうするの? 退治しに来たの?」

「そういう問題じゃないだろこのゴキ○リめ」

「なぁ!? 私は蛍だぁ!」


顔を真っ赤にして襲ってくる妖怪少女を、片手で頭を押さえ込むように止めた。
霊力で肉体を強化してやっとの均衡。小さくとも流石は妖怪である。

ま、それはさておき。


「別に退治どうこうという話ではなく、ただ貴様等に忠告をしにきただけだ。
西瓜が欲しかったんならきちんと家主に相談して貰え。アレは頑固だが、貴様等にくれてやる物がないほどケチじゃない」

「うっ。で、でもちょっとくらいいいじゃない。あんなにたくさんあったんだし。蟲たちだって甘い物好きだし」

「アホめ」

「ぴぎゃっ!?」


放ったデコピンを直撃したリグル・ナイトバグは、小さく悲鳴を上げてその場に蹲った。
隣のルーミアはその光景をぼけっと見ている。首を傾げ、状況を読めていないようだ。
ちなみに今の発言で確証は取れた。
蹲った蛍妖怪は放っておいて………隣の闇妖怪に視線を向ける。


「貴様も西瓜を食ったのだろう?」

「た、食べてない」

「嘘だ」

「嘘じゃないのだー!」

「誰に言われた?」

「勿論、リグルが言っちゃ駄目だって―――――あっ」


ご苦労。
単純な妖怪ほど楽な者はいない。
あっさりと言質が取れたので、次の容疑者に行くか。
妖怪二人に背を向け、飛び上がろうとしたところで、焦ったように声をかけられた。


「ま、待ってよ!」

「ん?」


振り向くと、何やら眦を吊り上げたリグル・ナイトバグの姿が見える。
視線は既に敵対体勢を如いていることを告げていた。


「な、何もしないの?」

「………して欲しいのか」

「ち、違う! だからその縄を仕舞えよ!?」


………ちっ。
腰にあるコンパクトケースから出した荒縄を取り出すのをやめる。
なにがともあれ、これで犯人が二人確定した。
罪名は「盗み食い」。本来なら、被害者側に加害者への罪状を仰ぐのだが、今回の被害者は私の身内。
長い付き合いだ。作太の性格は把握している。

依頼を受けるときに『任せる』という作太の言葉は、私に全てを任せるという意味。

つまり今回ばかりは、私が自由に裁いても文句は言われない。
見つけた場合、焼こうが煮ようが殺そうが自由にしろ、と作太は私に頼んだというわけだ。
信頼されている、ということだろう。

目の前で目元に涙を浮かばせた蛍妖怪は何か言いたげに、唇を噛んで此方を見ている。
その後ろの闇妖怪はどうでもよさげに、しかしやや警戒色の表情で同じく、だ。
さて。なにやら罰が欲しいみたいだが………どうしたものか?
正直言って、コイツらを実力行使で裁くなどめんどくさくてかなわん。
というか見た目が幼くても妖怪は妖怪。半端な力で挑もうとすれば即座に反撃されて痛い目を見る。
最悪弾幕ごっこだ。これくらい知恵の回る妖怪相手だと、スペルカード戦が大半なのでそれもまためんどくさい。

消耗品が多い私の弾幕だからな………しかし、どうしたものだろう?

リグル・ナイトバグとルーミアのしたことは、悪質なものといえる。
しかも対象は私の身内だ。仕事に私情を挟みたくはないが、まあどのみち依頼主が主なら討伐が下されてもなんら問題ではない。
偶然、作太のようなお人よしが依頼主だっただけ。そしてこの私に依頼が来ただけ。
おまけに、


「リグル・ナイトバグ。貴様、どうして私を怯えたような目で見る?」

「怯えてない!」

「だが―――」

「怯えてないってば!」

「………わかった」


どうやら、妖怪たちの間での私の噂は最悪らしい。
別に変なことをした覚えはないのだが? はて?

依頼があれば、蛍妖怪をしばいたり、

依頼があれば、闇妖怪を縄で縛って説教したり、

依頼があれば、夜雀妖怪を槍で打ち落としたり、

依頼がなくても、鬼をしばいたり、


その他もろもろだ。
別に恨まれるようなことはしてないぞ。きっと。





―――閑話休憩。




目の前の妖怪たちは、どうやら私が何かしら報復をしてくるのではないかと気が気でないらしい。
いちいち気にかける存在なら、いい加減里に下りて悪戯してくるのをやめればいいのに。妖精か貴様等。
かといって弾幕ごっこは却下だ。
何故なら、私は弱い。こいつ等相手に一分も持たない自信がある。
一週間前の森の神相手に戦ったときも、博麗霊夢がいなければズタボロである。
………参ったな。
比較的平和に物事を進めたかったが、どうしたものか。

ふと、面倒なことが一つだけ思い浮かぶ。

何度か思い返しても、やはりこの方法しかこの妖怪たちを納得させる方法はないと判断………やれやれ。


「貴様たちに罰を下す」

「くっ、やっぱり来たか!」


いちいち身構えるな蛍妖怪。というか貴様、なんとなくその気でいたんじゃないのか?
腰を落として半身になった少女で妖怪な者は放っておいて、とっとと内容だけ伝える。


「ここから真っ直ぐ東に飛べば、貴様たちが被害を出した家に辿り着く。
そこの家主に頭を下げて謝って来い。無論、家主が許すまでは決して諦めるな」

「………へ?」

「どうした、鳩がスペルカード食らったような顔して」

「いやそれは意味わかんない………じゃなくて!」


放心した表情から一転、噛み付かんばかりの勢いで、目の前の妖怪たちは此方に詰め寄ってくる。


「あのクロマが! そんな簡単なことだけ言って終わるなんて! 有り得ない!」

「その通り!」


この妖怪たちの私に対する評価がよくわかった。
普段から無茶なことばかり言ってるつもりは―――少しだけあったような気がする。
それはともかく、だ。


「いいからとっとと―――」


むんずと妖怪二匹の襟を掴み、


「行って来い!!」


全力投球。








「「きゃぁあああああああああ!?」」










「全く……」


あまり長話すると、オチがつかないだろうが面倒くさい。

さて。私以外誰もいなくなった森の中で、これからのことを考えることにした。

とりあえず、残りの容疑者はある程度絞ってはいるものの、確定ではない。
残りの妖怪たちが怪しいかどうか、ルーミアたちに聞いておくべきだった……迂闊。
ちらっと上空に目を向けると、覚えてろと言わんばかりの形相で此方を睨んでいるリグル・ナイトバグと、それに便乗するように睨みを利かせるルーミアの姿。やがて、此方の視線に気付いたのか、そそくさと飛んでいってしまった。
あの様子なら、とりあえず作太の場所までいって謝罪くらいはするか。
そしてあのお人よしのことだ。その後は婆さんを交えて、仲良く妖怪共とお茶会だろう。


一つは解決した。残りは………射命丸文が来ないことにはどうしようもない。どうするかな?



思い出したのは、いつぞやの白蛇神との弾幕勝負。
あの時の勝負は思ったよりも装備の消耗が激しかった。家にある備蓄も既に限界だ。
私のスペルカードは、霊力だけではなく物体を消耗する、大変燃費の悪いシステムで組んでいる。
ここいらで新しい装備を調達したほうがいいだろう。さすがにスペルカードが使えなくなるのは拙いからな。
そういえば薬師から貰った爆薬も切れた。アレも補充したい。いつか永遠亭へ物々交換しに行こう。

さすがに永遠亭へは遠すぎるので、今回は諦めるとして………
もう一つの仕入先へ行くとしよう。幸い、距離は近い。



























−あとがき−




東方黒魔録の長編第二幕。
その名も「西瓜強奪事件編」です。
最初よりずっと長くなった文章。できればこの文量でやっていきたいです。

さて。今回初登場となったのは射命丸文、リグル・ナイトバグとルーミアの三名。

東方作品的に接点がほとんどないこの三名が、何故か急遽登場しました。まさにカオス劇場です。助けてネロ教授。
とりあえず、射命丸文とは繋がりの深そうな我が主人公クロマ。これもむかぁしむかしのお話です。
いずれ外伝として出したいものの、そうすると外伝で出すキャラがすさまじい数になりそうなので何名かに絞りたい。
まあずっと先のお話ですけどね!


何がともあれ、今長編は、多分三部作か四部作程度に収まる予感。一作品が長い文、前と同じ文量になりますが。
感想、意見等があれば掲示板でお願いします。
では今後ともよろしくお願いします。















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