「あら? 起きた?」


目が覚めると、そこはよく知っている天井だった。
横になっていた身体。欠けられた布団。
半身を起こして辺りを見渡すと、そこは障子と畳で作られた和風の部屋だと言うことに気付いた。
まだはっきりとしない脳みそでなんとか状況を把握。

場所は永遠亭。
どうやら博麗霊夢が私をここまで運んだと思われるが詳細は不明。
そして、声のした方へ首を向けると、そこにはたおやかな表情で私を見ている。
すぐ傍にはお盆。上には水の入ったコップといくつかの錠剤。そして包帯の束がそれなりの量で置かれている。
相変わらずの赤と青で彩った奇妙な服装をした女性。




永遠亭の頭脳である八意永琳が、そこにいた。















東方黒魔録















「全治一週間ね」


相変わらずの笑顔でそう診断を下された。


「一週間か」

「一週間よ」


嘆息し、感想。


「短いな」

「長いわよバカ」


背後より聞こえた罵倒。
振り返って姿を確認すると、博麗霊夢より放たれたものだと気付いた。


「………何で貴様がここにいる?」

「保護者付き添いよ」


誰が保護者だ誰が。


「っていうかねぇ、森の中で傷だらけでぶっ倒れりゃ誰だって心配するわよ」


………なんだと?


「誰がどこで倒れたんだ?」

「………はぁ」


博麗の巫女がさもめんどくさそうに溜息を吐いた。
――――瞬間。
瞬きも許さぬ速度で彼女の手が此方の顔をがしりと掴みこむ。
俗に言うアイアンクローという奴か。知ってるぞ。

冷静に判断する私だが、当然のように………痛い。
うむ、とても痛い。
痛い!









「ぬぅううううぅ!?」

「あのねぇ―――――ここで傷だらけで包帯巻いて横たわってるアンタ以外にいるのかしら? ん?」

「ほ、骨が軋む……ぬうぉおおおおお!!?」

「ほらほら答えなさい? それとも自分で答えられない屑なの? どうなの? 死ぬの?」

「あががががが」

「っていうかメンドクサイから死ねばいいのに」

「し、死ぬ………」






コイツ………私を殺しに来たんじゃなかろうか?


































私が起きると、八意永琳がすぐに博麗霊夢を呼びにいき、彼女か来てから事の顛末を大体聞いた。
どうやら博麗霊夢もここに泊まっていたようで、八意永琳が呼んで間もなく彼女はこの部屋へ文字通り飛んできた。
障子を蹴破り、真正面から飛び膝蹴りを食らわせた巫女が、現在私の後ろで般若となって立っている。
蛇神との戦いの後、神の弾幕を直撃した私はどうやらあまりの激痛に気絶したらしい。
空を飛んでいた私はそのまま地面へ落下。低空を飛行していたからまだマシだったが、それでも衝撃でさらに怪我を負った。
そこで、慌てて飛んできた博麗霊夢が私を担ぎ………とはいかなかったので、里へ飛んで応援を呼び、駆けつけた藤原妹紅とともにこの永遠亭までやってきたというわけだ。夜中だというのにわざわざ診断してくれたのはありがたい。

さて。

診断を受け、怪我の治療も終わったのだが私が一向に目を覚まさない。
というのも八意永琳がかけた麻酔が原因しているのだから仕方ないのだろうが、それでも博麗霊夢は「目が覚めるまで帰らない」と謎の宣言をした。
なんとも男気溢れる台詞だが、要するに「目が覚めたらたっぷり説教をくれてやろう!」という鬼の魂胆だ。やめて欲しい。
そして目が覚めたのはつい先ほど。時刻は昼の2時である。







閑話休憩。









今事件において、怪我は負ったが無事解決………というわけにもいかないそうだ。
昼のちょっと前に永遠亭に来た藤原妹紅が話してくれたそうなのだが―――――
藤原妹紅が例の森で起こった事、そして事件の証明を里の守護者に話したそうだ。
そのことを守護者が朝一番に里の者全員へ告げる。それで里の者たちは一安心。これで安心して外も出られるようになると。
だが例の博物館も同じことだ。コレ幸いに、颯爽と森の方へと男たち数人を従えて入ったそうだ。
これでは再び厄介な騒動になりかねない。というか、振り出しに戻るぞ。


「どうするんだ博麗霊夢」


私の頭にいくつかの包帯を増やした張本人へ問いかける。
すると彼女は般若の面を捨てるように表情を変え、少しだけ笑った顔で言った。


「それなら大丈夫よ。アンタを運んでくるときにさ、実は妹紅だけで手が足りてね。彼女に運んでもらって、私がアレと直接話をしたの。
この事件の真相と解決策を話し合ったわ」

「なるほど」


つまり、驚嘆すべきは藤原妹紅の腕力だな。
なにしろ私自身は重くないが、私の服が重い。
女性一人で抱え上げれるような重さではないのだ。
………まあ脱線はこのくらいにしとこう。


「でね。とりあえず神の方は、クロマのいう通りだった。あの神様が噂を流して、森に近づけさせたくなかったんですって」

「そうか」

「噂の方も止めてもらった。三日もすればみんな忘れるだろうってさ。けど――――」

「例の博物館だな?」

「そ。どうやら慧音一人じゃ止めきれなかったみたい。
博物館の責任者が無理やり作ろうとしてるみたいなのよ。私は部外者だし、紫に止めてもらうわけにもいかないから。
だから、森の方は神様自身に守ってもらうことにしたの」

「力押しか」

「そういうこと。まあ守り神様が人間に手を下すのは問題かもしれないけれど、仕方ないわよね」


守り神とは、文字通りその場を守る神様のこと。
自らが愛する庭を汚されようものなら、誰もが青筋を浮かべることだ。
自然を特別保護するような身でもないが、まあ神の心もわからんでもないな。
いっそ皆ふっ飛ばせばいいのだ………というのはあまりにも短絡的か。
すると今まで手にしたカルテを見ていた、寡黙の薬師が面を上げた。


「なに? 貴方たち白蛇神様と喧嘩したの?」

「知ってるのか?」

「そりゃ知ってるわよ。小さな森だけど、立派な材料が手に入るからよく足を運ぶのよ。弟子が」

「なかなか物騒な神だったぞ。勝手に森を漁っても大丈夫なのか?」

「別に森を汚してるわけじゃないから大丈夫。それに苦労するのは弟子だし」

「………言葉の端々に、貴様の弟子に対する扱いが見えるな。不憫だ」

「失礼な。包帯に火を点けるわよ?」

「燃やす気か!?」


なんという薬師だコイツは………。
本業は医者ではないとはいえ、多少なりとも患者を労って欲しい。

さて、話はまだ終わってなかったな。


「博麗霊夢。話をまとめよう。
今回の騒動の原因はあの蛇神であり、実際に消えた里の人はいない。
そして蛇神とも話し合い、相互の事情を確認できたんだな?」

「そ。でもそれを切欠に博物館の建設がまた始まった。慧音でも止められなかったから、どうしようって感じよ」

「力を持って追っ払ってもどうせ変わらない、か」


強大な力はそれを超える力で凌駕される。
ソレを知らない神でもないだろう。いずれ森の守護は突破される。
他にも森があればいいのだが………いかんせん、里への資材の供給路や距離を考慮しても、あの森以外には適切な場所が見つからないようだ。
魔法の森でもいいだろうが、あそこは遠いし何よりも危険だ。何の対策もなしに突っ込むと胞子で身体をやられるか妖怪に食いころされるだろう。
ならば白蛇神と話し合いをして資材を分けてもらおうか………?
それができればの話だが、どの程度資材が必要になるかもわからない。もしできなかったときのことを考えておかないと意味がない。


「………むむむ」

「悩んでるわねクロマ」

「薬師か。話を聞いてたなら貴様も何か案を出せ。どうにも私たちだけでは解決策が思い浮かばない」

「………そうねぇ」


顎に手をやり、考えるような仕草をした。
しかしすぐに眉毛をぴくりと動かし、何かを考えついた表情をする。


「博物館………だったかしら、問題があるのはその博物館とやらなんだし、それさえどうにかしてしまえばいいじゃない」

「はぁ? あのねぇ、それがどうにかできないから考えてんじゃないのよ」

「それはあくまで妥協案でしょう。博物館があるから方向性が固まってるだけよ」

「回りくどい。どういうことよ?」



「つまり――――博物館がなかったらどうなのかしら?」




………なかったら?
銀髪の薬師に視線を向ける。
その目は、何か悪戯を思いついたような意地の悪い考えを浮かべている。
博物館があるから伐採場所の場所を変更するか、神が力ずくで対抗するしかない。
ならば………博物館がなかったとしたら?
事件そのものが起こることもない。意味のない思考だ。既に事件は起こってしまったのだから。



――――いや。違うな。



先ほど私は自分で考えていた筈だ。このままでは「振り出しに戻る」と。
事件は終わって、再びループしようとしている。
ループを断ち切るための何かを私たちは今考えていた。

博物館があることを前提に。






「えげつないな」


此方を見る一対の瞳を、受け止めながら確認するように言う。
博物館があるから私の案が良くない方へ固まっていたのだ。
ならば、その博物館をないものと考えればいい。
………さすが天才医師だ。私が知る中でも頭の回転が恐ろしく速い女史だと思う。
全く違う見方からの切り口。
それを切欠に、私の中では一つのプランが出来上がった。
しかしコレが実行できるのは、他の者では無理だな。
理由は少々複雑なのだが、間違いなく私しかできないと言い切れる。
つまり私がやるしかない。


八意永琳はその問いに答えるように口を動かした。
――――どうする?
それは肯定を含めた、私の行動に対しての質問を意味していた。
決まっているだろう薬師。
アフターサービスまで受け持つ気はさらさらないが、乗りかかった船だ。
最後まで面倒見てやろうじゃないか。


「知ってて聞いてるんだな、八意永琳」

「さて? 私はただの薬師だからわからないわ」

「とぼけるな」


上品に口元に手を当てて微笑むな。そして妙に絵になるのが非常にうざい。
彼女はカルテを下ろし、静かに立ち上がる。


「さて。それじゃあ準備しましょうか。
今から貴方のいるモノ、取ってきてあげないとね」

「………何?」

「まさかその格好で行くんじゃないでしょう?」


行く、とまで言い切られた。
やれやれ………本当に察しがいい。
――――というか気付いたんだが、私は今体中に包帯が巻いてあるだけじゃないか、おい。
誰が脱がした!?


「やあねぇ。年頃の男の子みたいに顔を赤くしちゃってまぁ」

「やはり貴様か八意永琳! というか私は年頃だ!」

「普段から老けた生活してるくせにー☆」

「………キモイぞ。貴様こそ歳を考えろ」

「へぇ? ここに紫色の液体が入った注射器があるんだけど、いるの?」

「私が悪かったからその注射器と顔をどうにかしてくれ」


特に顔は………童が見れば軽くトラウマになりそうなくらい凄かった。
布団の下を確認したのだが、どうやら下着だけは無事だったらしい。
褌ではないぞ? 外の世界の………道具屋が言うには「とらんくす」だったか。
履き心地が良いのでそちらを使っている。


もう気にすまい。既に何度か半裸を見られている相手だ。いちいち気にしていては神経の無駄遣いである。
全く………話が脱線しすぎたな。


「薬師。私の服と装備を持ってるな?」

「ええ」

「結構。なら今すぐに持って――――」








「………ちょっと待ちなさい」








制止の声とともにがっしりと肩を押さえつけられた。
先ほどから無視していたが、そういえばここには博麗霊夢がいたな。
肩をみしみしと異常なほどの力で押さえつける彼女は――――静かに怒っていた。


「さっきからわけわかんないことぼやいてないで、クロマはとっとと寝なさい。アンタ、一応心身ともに重症なんだから」

「身体はともかく心は貴様等のせいだろ」

「まあそれはおいといて。何しに行くか大体検討は付いてるのよ。無理せずに寝なさい」


怒りというか殺意というか………とにかく彼女は今とても不機嫌みたいだ。あまり相手にしないほうがいいだろう。


「誰が寝るか」

「強制的に眠らせてやろうか、あぁ?」


怖っ。年頃の娘の台詞じゃないだろオイ。
………そろそろ肩の間接が音を立てて砕けそうな程度に軋んできたので、おとなしく横になるしかない。


「放せ博麗霊夢。寝ればいいんだろう?」

「素直でよろしい。………博物館の件については『別の方法で』私がなんとかやっとくわ。もともと私が受けた仕事なんだから。
クロマの仕事は私の護衛。その任務は終わったのよ。もうこれ以上しなくてもいいの」

「ふむ」

「報酬はここまでの運んだ運賃ってことでよろしく」

「貴様ではなく藤原妹紅が運んだんだろ――――ってオイ待てこら」


障子を蹴るようにして開け、電光石火の速さで部屋から退室するとは。行儀が悪いな。
まあ今回は彼女の言い分もわかる。おとなしく報酬は無しでいいだろう。
これで部屋には誰もいなくなった………いや。
あと一人。赤と青の奇抜な服装をした薬師がいる。
片手にカルテを持った彼女は静かに此方を見ていた。


「………っで、どうするのかしら?」


問い。
淡々とした口調からは、特に感情は見られなかった。
さてさて、どうするか等、もう決まっているさ。
ということで、悪いな博麗霊夢。


「服を」


たった一言。
それだけで薬師は理解してくれたのか、これ見よがしに嘆息し、障子を開けて部屋を後にした。
何もそこまで怒らなくても良かったのではないだろうか。












なんとなく居心地を悪くなったが、唐突に感じた視線にさらに居心地が悪くなった。
部屋には誰もいないはずだ。どこからこの視線はやってきてるのだろう。
左右前後を見渡してもやはりいない。ということはつまり………上か。


「おい八雲紫」


何もいない空に向かって語りかける。
こんな何もない場所で視線を感じると言えば、私の知っている妖怪では二人しかいない。
すると、突如空間に切れ目が入っていき、中からよく見知った妖怪の女性が現れた。
私の勘は、今回は当たりだったようだ。
現れた彼女は口元を扇子で隠し、自前のスキマに腰掛けながら、私を見下ろしている。


「お疲れクロマ。調子はどうかしら?」

「見てわからないのか………意外と傷だらけだ」

「それでも動こうってのね。相変わらず律儀な性格してるわ」


涼しい表情でさらっと言ってくれる。
こ、この年増妖怪め。
何もかもわかった上で私に依頼した分際で何を抜かす。


「それにしても、最初は私が依頼したのは確かだけど、後はあの子が独断でやったことよ?
本当に素直じゃないと言うか、それがいいというか。いや、よくないわね。
挙句神様と争って傷だらけだし。久々に心臓が止まるかと思ったわよ」

「こ、この厚化粧妖怪が………貴様さては全部見てたな!?」

「あら失礼な。私の息子が頑張ってるのを見るのは親の特権ですわよ」


こ、この出歯亀妖怪め………いつか本当に殺してやろうかコイツ。
破顔している目の前の妖怪を思いっきりぶん殴りたくなった。
件の妖怪は、突如として表情を一変させた。
笑顔を崩した裏からは、無表情。手にした扇子をぴっと閉じ、こちらにすっと向けて口を開いた。


「あまり心配をかけなさんなよ。あの子にも、私にも」

「さりげなく自分を入れるな図々しい。大体何が息子か!
まさかとは言わないが、貴様と私が初めて会ったときのことを忘れているわけではなかろう?」

「覚えておりますとも。それこそ一字一句。なにせ、あまりにも情熱的なプロポーズの言葉だったものですからねぇ」

「ど・こ・が・プロポーズだ!」


この妖怪。かつて自分を殺そうとした人間を息子扱いか。
私とて忘れもしない。
私と彼女は――――昔、抹殺者とその対象だったのだから。

依頼だったとはいえ、よくも昔はこの出鱈目な妖怪に喧嘩を売ったものだと今さらだが背筋が震える。
そして言わずもなが、彼女に一蹴されその依頼は失敗した。
過去の話である。


「クロマ」


声をかけられた。
いつスキマから降りたのか、彼女は私の傍で此方を見下ろすように突っ立っていた。


「吸血鬼に始まり、天狗、鬼、そしてこの私に喧嘩を売り、昨日に至っては神様まで喧嘩を売った。
今の今まで並の人間なら三桁は死んでも可笑しくはないわ。むしろ今までが異常なのよ。
きちんとそこら辺を自覚して行動なさい。その身は、既に貴方一人のための物ではないのだから」




「知るか」





間髪入れずに答えた私を、呆れたような目で見るなよ。
他人にとやかく言われる覚えはないし、言われたところで私が聞く筈がない。


「あのね、私は貴方が心配だから言ってるのよ?」

「余計なお世話だよ八雲紫」

「全く、人の行為を無下にするなんて………」

「妖怪が何を言う」


とにかく。貴様との話し合いはここまでだ。

私にはやることがある。
そろそろ薬師が私の服を持ってくるだろう。そうなればとっとと事故処理をしに行かなければならない。
身体は、それなりに動くから問題ない。
博麗の巫女には悪いが、既に方法があるにも関わらずにいちいち貴様のことなど待たんよ。


「持ってきたわ………って、あら?」


襖を開けて入ってきた八意永琳の驚いた声が聞こえた。
その視線は、やはりというかスキマ妖怪を捕らえていた。
手には見慣れた黒い布の塊。行儀良く畳んであるのは素直に嬉しい。
多分装具などは外されている。付けた状態であの服は綺麗には畳めない。


「ありがとう薬師。装具の方はどうした?」

「え、ええ。それも勿論。ウドンゲ?」


「はい」としゃんとした返事と共に八意永琳の背後からひょっこりと現れたのは、細長い一対の耳。
兎を髣髴とさせる真っ白な耳。次いで見えたのは見慣れないブレザー姿の女性だった。
薬師の弟子だったか。名前は確か、鈴仙・優曇華院・イナバ。
彼女は重そうな物を持つ顔で、手にした物を此方へ持ってくる。


「クロマさん」


名を呼ばれ、差し出されたのは袋。中を確認すると、見慣れた刃物がごちゃごちゃと入っていた。
もう少しマシな入れ方をして欲しかったものだ。
これだけ入っていればそれはもう重かったろうに。


「すまないな。恩に着る」

「いえ、気になさらないで下さい!」


背筋をぴんと伸ばして答えてくれるのはいいが………さて。
毎度の事ながらこの弟子は私に対して行儀が良すぎる。
周りの連中がアレなだけにかなり新鮮だ。所謂オアシスだと思う。


「鈴仙・優曇華院・イナバ」

「はい!」

「君だけは変わらないでくれ」

「は――――は?」


君だけが頼りだ。うむ。


袋の中を確認すると、見事に刃物しかない。
魔法炸薬は全部使い切ったのだったな。
参ったな………。


「どうかしたの?」


私の顔を見てか、薬師が怪訝な顔で此方を見ている。


「ん、少々。作業の効率が悪くなりそうだと思っただけだ」

「………ちょっとクロマ。貴方、何をしようとしてるのかしら?」

「スキマ妖怪か。悪いが、貴様には少々手伝ってもらうぞ」

「何をするのか、によるわね。具体的に説明しなさいな」


自前の扇子で口元を隠しながらそう問う八雲紫。
目は笑っていないが、口元は愉快そうに緩んでいるに違いない。


「事件の真相は聞いていたな?」

「そうね。私としては、あの博物館さえどうにかしてしまえばいいと思うのだけど………もともと必要ないものでしょう、アレ」

「そうだな」

「そうだなって………何か考えがあるんじゃなかったの?」

「だから、それだ」

「指示語が多いわね。もっとわかりやすく言いなさいな」


普段の貴様にも言ってやりたい台詞である。

さて。今回の事件の元になったと思われる博物館予定施設。
里にいるお偉いさんが作ったとされる施設だが、資材が十分でないため建設ができていない。
資材は件の森から伐採した木を使っているようだが、そこは既に神の住まう庭であるという。
どの程度資材が必要かわからぬ以上、迂闊に妥協案など出せるわけがない。
里の人間たちも恐らくは、あまり必要ないものとしているだろう。
強行的に作られる施設。
あるからメンドクサイという。すなわち―――――なければ何も問題はない。





「所詮いらない施設だ。なくなれば問題ない。端的に言って、アレを今から破壊しに行く」





それを聞いた妖怪の賢者は、一瞬表情をなくしたかと思えば即座に引き締まった。
視線は疑惑に満ち心底たまらないと目で、此方を見ていた。


「それは――――個人的にかしらね。あの子も私も全く関係ない?」

「言うまでもない。里から逸れた常識知らずだ。この際、目を瞑っててくれよ妖怪の賢者よ。
これから行うのは個人的な慈善活動だ。対象は神様だが」


正直神はあまり好きではない。あの守り神が嫌いなのではなく、神自体があまり好きじゃない。
本来なら神のための慈善活動など反吐が出るが、今回ばかりは別だ。他に解決方法がない。
そんな私を哀れな目で睨むのは、妖怪の賢者たる八雲紫。
頭が悪いとでも言いたげに嘆息する姿が見えた。


「そんなわけのわからない理由で変なことしなさんな。依頼でも何でもないものを、わざわざする必要はない。
貴方らしくないわクロマ。依頼にしか興味を示さないのに。そこまでの慈善家だったかしら?」

「酷い言われようだが……乗りかかった船というヤツだ。私が完璧主義なのを知ってるだろう?」

「序に『容赦がない』のと『頑固者』が頭に付くのをね。誰のため? あの子――――霊夢かしら?」

「関係ないと言ったろ。理由はプライドだ。貴様は」


言葉を遮るように眼前に差し出される扇子の先っぽ。
意味は『黙れ』。


「方法はいいのよ。正直里の人たちも快く思ってないと思うし。
けどね、貴方は動けない。動いちゃいけないの」

「何故だ」

「勝手に動くなってことよ。貴方は、あの『何でも屋』の堅物、クロマなんだから」

「………」



私は依頼を受けて動く。
そして対価は報酬。
今までずっと、何があってもそうしてきた。
八雲紫は、私のそんな癖を見抜いていたのか。

ようするに、「依頼を受け持ってもいないのに勝手に動くのは貴方じゃない」ということ。

理由なくして執行人は動いてはならない。つまり、理由なくして動く私は私じゃない、と。
とんだ否定の仕方である。
普段この妖怪が私に対してどう思ってるのか何となくイメージできる台詞。
自由を奪われた気分だ………。
思わず下を向いていると、くすくすと笑い声が頭の上から聞こえた。
見上げると、八意永琳と、八雲紫のものだった。


「変な顔ねぇ。何もそんな絶望した顔しなくてもいいじゃない? 別にやるなとはいってないんだから」

「………なんだと?」

「アフターサービスでも慈善活動でも、貴方が勝手に動くことに問題があるだけよ。
要するにね―――――」






つまり、理由がなければ作ればいいということ。






「依頼よクロマ。あの博物館を完膚なきまでに破壊してきなさい」








「………」

「これで動ける。貴方は、ただ私のために死力を尽くして依頼を達成しなさい」



ようやく理解できた。
つまり私は、誰かの命令なしに自由に動いてはいけなかった。
依頼受け、達成する仕事を生業とする以上、自分勝手に動くことはタブーとされる。
誰かに、何かに関わることならば尚更である。
その枷は、誰かが目的を渡すことで初めて外されること。
この妖怪は、そこまで理解していながら私に言葉をくれたのだ。


「………報酬は?」

「二日ほど待ってくださいな。そうすれば今回貴方が使用した装備の代わりを提供しましょう」

「了解した」

「それならよろしい。私は貴方の活躍に期待するとしましょう。くれぐれも、被害は最小限によろしくね」

「ふん。精々期待してろ。それと―――――感謝する」


里に対して自ら干渉することを嫌うこの妖怪が持ってきた依頼は、間接的に干渉するという結果になるだろう。
彼女とて全く臆せずに私に依頼をしたわけではない。
恐らくは、私に「依頼」という形で動ける理由をくれただけのこと。
これで矛盾は生じない。私は自分勝手に動くことなく、そして里への破壊活動の言い訳がここに出来た。

職業意識についてここまで言われるとはついぞ思わなかったがな。

目の前のスキマ妖怪に、感謝の意味でついつい笑みが零れた気がした。


「友人のお願いなら出来る限り聞くのが紫ちゃんですので」

「………」


今のは聞かなかったことにしよう。
とにかく服に着替えないと始まらない。
立ち上がり、服に手をかけたところで薬師に声をかけられた。


「そういえば、どうやって破壊するのよ? スペルカード?」

「あんな派手なものぶっ放すか。本当なら魔法筒を使いたかったが、ない。
かといって、家に帰っても破壊に優れた道具はないんだ。効率は悪いが、自前の霊力でどうにかするさ」

「効率ねぇ………まあ貴方の貧弱な霊力じゃあ仕方ないわ」

「うるさいな。そう言うには何かあるのか?」

「私は薬師よ? 貴方の求めるような物騒なもの、あるわけ――――いや、あるわ」

「あるのか!?」


貴様は本当に薬師かどうか疑いたくなる台詞をありがとう。
これからは八意永琳を薬師ではなく、薬師(?)と言うことにしよう。


「変ね。なんか貴方の頭に不純な台詞が見えたわ」

「覚妖怪の真似事をするな気持ち悪い」


本当に、私の周りはこんな変な奴等ばかりだ。











二度目の――――閑話休憩。












話がまとまりにくくなったので状況を整理しよう。
全員を部屋から追い出して服を着替え、なんとか動く身体の調子を見ていたのも束の間。
襖を開けて中に入ってきたは鈴仙・優曇華院・イナバ。
どうやら薬師(?)の命令で何かを持ってきたようだが、話に聞いていた『物騒なもの』か。
………銀色の箱とも取れる頑丈な鞄を持っているのは何故だ?


「も、持ってきました」


手に持っている彼女も恐る恐るといった感じだ。というか本当に何だソレは………。
すり足差し足で忍び寄ってくる月兎の後ろには、その師匠がにこにこと笑って付いてきている。
多分、危険すぎて持ちたくなかったんだろう。貴様が持ってやれよ。


「どうぞクロマさん」

「………ああ」


ぷるぷると小刻みに震えながら渡されると、何やらイケナイものを受け取るみたいで嫌だ。
表彰状を渡される気分で渡されたもの。


「これは?」

「一応薬よ。濃度とか変えてあるから薬としては使えないけどね。
言っておくけど、くれぐれも鞄を激しく振ったりしないように。
緩衝材を詰めてあるとはいえ、下手に刺激を加えると大変なことになるわ」

「具体的には?」

「爆発するわ」


オイッ!
こんな豪勢な鞄に入ったのがただの薬のわけがない。
緩衝材入りで振ったら大変なことになる?
どんな薬だソレは………。
患者に投与する際には是非とも拝見したい場面だ。

流石だ薬師(?)。私に斜め上を行く回答だ。
まあ、何がともあれ用意は万全。
あとは移動のみだな。


「八雲紫」

「なに?」

「いたのか」

「殺すわよ貴方」


素で間違えた。



厳重な鞄を開き、中から細長いガラスの筒を取り出す。
筒は透明な液体が底から四センチ程度満たされており、上にはゴムの蓋がしてあるへんな容器だった。
取り出すときに月兎が悲鳴を上げた。どうやら、それなりにヤバイものらしい。
どうヤバイのかは、使ってみなければわからないのが肝。
数は十本程度。威力はどの程度か。


「八意永琳。コレはまとめて使った場合の威力はどのくらいだ?」

「多少改造したから全部使ってこの屋敷の半分が吹き飛ぶくらいかしら」


………聞かなかったことにしよう。




では改めて、



「依頼を遂行してくる」



八雲紫の作ったスキマへ、ケースを片手に自らの足を進めた。



















その日の夕方。





人里の一角に大きな花火が上がったのを、博麗神社の巫女は確認した。

彼女は「ああ、多分アイツがやっちゃったんだな」と気付き、即座に犯人をとっちめに行ったという。





















−あとがき−




七作目です。夜行列車です。
近頃忙しくて全然文章に手が届かない日々が……(汗

文章が長い長い……そしてその割りにオチが弱い。精進すべきところは多々あります。
それでもなんとか一章目は終わりました。
一章目では、とりあえずクロマがどういった主人公なのか、知ってもらいたいです。

そして外来人ではなく、生粋の幻想郷生まれの彼が、どういった経緯で妖怪たちと知り合っていたのか。
暇があれば作ります。既に頭ではネタが浮かび上がっているのですがw

さて。お次は短編。東方キャラとの絡みが増えます。

できれば……次は一週間以内に出したいです。がんばろ!























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