何も無い殺風景な部屋の中、目の前の卓袱台におかれている二つの湯のみ。
中には湯気を立てる緑茶が入っている。


目の前にある顔は、変な仏頂面した藤原妹紅のもの。



向かい合わせに座っている私の顔を見て、どうしてそんな変な顔をするんだ貴様は………。
まあいい。


今は外の日差しを回避できただけでも良しとしよう。
用件はある。それが終わったらとっとと帰らせてもらう。



………いちいち変な顔をするのはやめろというに。











東方黒魔録












茶をちびちびとやっていると、目の前にかたんと皿が出された。
中には醤油のたっぷりと塗られた煎餅が数枚。


「茶請けだよ」

「そうか」


見ればわかる。
しかしまあ―――――


「殺風景な部屋だな」

「悪い?」


全体をぐるりと見渡しても、小さな箪笥と卓袱台くらいしかない。
恐らく押入れの中にも布団しかないのだろう。
既に千を超える年月を生きてるとはいえ、あまりに無趣味だ。
私も人のことは言えないが。

それはともかく。


「では藤原妹紅。早速だが、貴様が知ってる情報を教えてくれ」


すると、途端に仏頂面が崩れていき―――


「おいおい、まだ来てから五分も経ってないぞ?」


呆れ果てた顔が出てきた。


「無駄な時間はなるべく消費したくない。それに、貴様の家に長居する必要もない」

「………そんなに、ここにいたくないのかい?」

「私が他人の家でくつろぐ姿が目に浮かぶか貴様は」

「………そういやそうだったね」


表情を和らげた蓬莱人。
白い髪の毛を持つ炎の少女は、手にした湯飲みをぐいと一気に煽った。
ああ、やはり。


「貴様はそういった顔が似合う。いつもの仏頂面はやめておけと忠告しておこう」

「――――っ!? げほっ!」

「大丈夫か?」

「がほっ! あ、アンタって奴は!!」


………ん? 
何故か気温が上がったような気がするな。
数秒の後、それが気のせいではないと目で見て確信した。


「待て自警団! 人間相手にスペルカードに手を出す気か!?」

「知ったことかぁ! 毎度毎度淡白に言いやがってこの腐れ外道め!」

「なんのことだ?」

「ああ、もう死ね!」

「端折るな馬鹿者!?」










――――「パゼストバイフェニックス」





視界一杯に極彩色が舞った。














何とか死なずに済んだ。が、髪の毛が重傷を負った。





「それで、話を戻すが事件のことを教えろ」

「いいけど―――ぷっ」

「…………」

「待った待った! 頼むから物騒なモノを仕舞ってくれよ!」


右手に取り出した鉈(携帯用。折りたたみ可能な便利な刃物。香霖堂提供)を卓袱台に突き刺して、話の続きを促した。
第一、貴様がこの狭い場所でスペルを展開しようとしたのが原因だろうが!
重症な私の髪の毛。奴は蓬莱人なのでとっとと回復しやがった。
どう重症なのか。

簡潔に言うとマリモである。
というか髪の毛の焦げてない場所がない。服も一部焼けている。
この程度で済んだと喜ぶべきか。恐らく発動したらこの家がなくなっていたかもしれない。
スペルを展開前に防いでよかった………。
しかし室内温度は急上昇した。
じっとしているだけでも汗が出る。茶請けの煎餅もさらに焼きの入った煎餅となっていた。
………もしかせずとも外にいたほうがマシではなかろうか?


「ったく。これでは外にいたのと変わらんな」

「だから悪かったって。けど――――ぷっ」

「…………」


がんがんがんばすっ。


「ああああ危なっ!? 今掠ったよ掠った!」

「ちっ」


妖怪退治に良く使う道具である刃物各種(携帯―――以下略)を数本ぶち込んでやったのに全部かわすとはな。
これで黙ってくれて何よりだ。
ちなみに私は妖怪退治用の獲物はほとんどが仕入れ物、すなわち他人の作ったものである。
自分で作ったことのあるものはないことはないが………使いどころが限られるので通常役に立たない。
妖怪退治に使う道具はほとんどが刃物。短刀から投槍まで幅広く扱っている。
そのほとんどに妖怪に効果のある属性が付与されているらしく、効果は抜群である。
とにかく、私が普段携帯している獲物は多いということだ。


「話が進まんだろが。とっとと本題に入れ」


卓袱台に突き刺した鉈をちらちらと動かすと、「壊れるからやめろ」と訴えかけてきたので思い切り貫通させた。
一瞬で意気消沈した表情になった藤原妹紅が訥々と語る。


「………事件がどういったものか、それくらいは知ってるだろ?」

「ああ。二週間前から森に出かけた里の人間が次々と消えていくという話だな」

「まあそうだね。付け加えるとすると、その被害者の数がどんどん増えていくってことさ」

「増えていく?」


妙な話だ。
通常、一人でも被害が出たら即座に里の者が守護者に伝える筈。
そして生真面目な守護者を中心に、必ず対策なり捜索なりする。

本来、妖怪と人間というのは食う側と食われる側。そして退治される側と退治する側という構図で成り立っている。

幻想郷はそういった暗黙のルールの基に存在する。
だから人間は決して自分たちの立場を忘れてはならないし、妖怪側もなるべく弁えて行動するべきなのだ。
妖怪の前に、決して人間は無能ではない。
身近な例で言えば、博麗霊夢と霧雨魔理沙が上げられる。
彼女たちは人のみでありながら並の妖怪を軽くあしらう程度の力を持っている。
里の中にも退魔士は何人かいるし、それ専用の家系が必ず存在する。


故に、この幻想郷は成り立つことが出来る。


最低限忘れてはならないルールと、人妖の間にある礼儀において。
だが最近は、妖怪と人間が大げさに争うことはない。

その原因はスペルカードルールの設立だ。

博麗の巫女が原案し、八雲紫が手を加えて修正したスペルカードルール。
弾幕という色とりどりの弾によって構成される美を追求した決闘方法である。
むしろこっちのほうが人妖で人気があるのでそう大事な争いはまずない。

人間が吸血鬼相手に喧嘩を売ったとか、鬼相手に豆をぶつけたとかそんなレベルなら話は別だが。


ちなみに私はどちらも良くやっている。
件の吸血鬼は会ってうざくったら聖水(という名のニンニクのスープ)の入った瓶を投げつけ、
件の鬼には会ってうざくなったら豆を指弾でぶち込む。
理由はそのうち語ろう。今は関係ないし。


………よく生きてると思うぞ、私。


八雲紫に言わせれば、幻想郷トップクラスの妖怪に喧嘩を売って生きて帰ってくる人間は片手で数えられるらしい。
内一人が私だとか。






―――――閑話休憩。










とにかく。そんな幻想郷において、妖怪の悪戯が度を過ぎることはまず無い。
それも人攫いの類が起きていて、それが二週間続いているなら、まずおかしいということだ。
さて、どういうことか?

藤原妹紅は頭を掻きながら苦渋に満ちた顔をした。


「理由は全くの不明なんだよ。私も一週間前と一昨日に現場に行ってみたんだけどさ、気配が無いんだ」

「気配?」

「妖怪の―――まあ独特の気配ってあるだろ? ニオイでもいいや」


犬か貴様。


「違うから。………とにかくそんなの。けど、その森は何もなかった。本当にただの森だったよ」

「ただの森―――か。人里の人間には近づかないように要請したんだな?」

「当然。けど、気付いたらいなくなってるんだ。被害者は増えるばかり。厄介だねコレは」


はて。
先ほどの藤原妹紅の話。

どこかひっかかるな。
気付いたらいなくなっている?

誰が。それは勿論里の人だろう。

どうして。妖怪に襲われたから。






違う。





何かが、おかしい。
先ほども言ったが、ここには生真面目な守護者がいる。
夜な夜な寺子屋の子供たちの宿題を見ている、真面目で人間思いの守護者が。

生真面目な守護者、上白沢慧音を無視してる妖怪がいる?

否。

なら犯人は里の人間?

否。

既に博麗の巫女すらも動いているこの状況。
妖怪にとって博麗の巫女とは、まさに最終兵器だ。
八雲紫クラスの妖怪に匹敵する強さを持つ。
それは純粋な強さか。或いはスペルカードの強さか。

とにかく彼女は強い。そして影響力がある。
そんな彼女を無視するアホがいるとしか思えない………。


ちらりと藤原妹紅を盗み見る。
彼女はいつもと変わらない様子で茶を啜っていた。





………?






「貴様、何でそんなに落ち着いている?」

「は?」

「里の人間が消えた事件を語っていたときは深刻そうだったが、今の貴様はどこにでもいる女子に見えるぞ」

「そうかい? うーん、って言われてもねぇ」


煎餅を齧りながら呆けるとは、何たる自警団!
それとも長生きしすぎてボケたのか。やれやれ、本当に長生きはしたくないものだ………。


「ともあれ、情報をありがとう。これで話は終わりか?」

「そうだね。そっちは何か?」

「当然だ。この被害にあった者たちの情報をくれ」


事件を知るには、そういった情報を考慮してどういった人間が襲われているのかも可能性のうちにいれなければならないからな。
だが、私の思考を裏切るように藤原妹紅が唸り声を上げた。


「あ――――。いや。そいつは無理だ」

「は?」

「実はね、いなくなった人間ってのも誰もわからないんだよ」

「………なんだそれは」


いなくなった人物がわからない?
それでは、里の人間がどうやって人間消失など気が付いたのだ。

それとも、あまり友好的な人間ではなかったか、影が薄い人間だったか。
ありえない。どれだけ薄かろうが、人間として存在する以上、誰かが認識している筈だ。
そうでなくても堂々と人間が十人ばかり消えた事件である。知らないわけが無いだろう。

――――まさか。


いや。まさかな。


「そうか。なら以上だ。感謝する」

「あいよー。にしても大変だなクロマも」

「………貴様が緩過ぎるだけ――――だ」


重大な事件を語りつつも、どこか呆けている藤原妹紅。
里のケンタもそうだった。アレもどこか抜けていた返事をした。


今回の事件が、重大なものではない?


いや、里の人が消えているのだ。それは有り得な――――


否。


有り得る。
たった一つの可能性が、それを有り得させる。
今日の夜には博麗霊夢と再び夜の散策があったな。

彼女なら、理解できるかもしれない。



全ては繋がった。
ならば――――勝負は今日の夜だ。



















おまけ








「ああ、藤原妹紅。一つ土産をやろう」

「土産ぇ? アンタが私にぃ? 第一どこに行ってきたのさ」

「細かいことは気にするな。――――コレを」

「お、瓶詰めの金平糖か。コレ、結構高かったんじゃないの?」

「そうでもない。ではどうぞ頂け」

「どうしてそう偉そうなんだアンタ…………どれど――――ふぐっ!?」

「常日頃から油断すべきではないぞ自警団。………しかし、霧雨魔理沙もアジなモノを作る。
よもや、金平糖型の魔法炸薬とは」














−あとがき−




四作目です。夜行列車です。
今回はちょっと遅れて投稿いたしました。
遅れたくせに肝心のモノがなんという内容………一生懸命作ったつもりが主人公のキャラが早くも崩れているではないか!

さて。まあ苗字もない、犬でいえば超雑種の類に入る我が主人公。

四角四面な中に、どこか不真面目な要素を持っているヤロウです。
さてさて。割と幻想郷内で力のある妖怪に顔が広い主人公クロマですが、彼女たちとのエピソード、所謂ファーストコンタクトはきちんと頭の中で保管しております。
本作がまだたったの四作なので、もうすこし――――二十作を超えたらちまちま出そうかと思い、空いた時間を使って小説打ってます。


さてさてさて。あと三作くらいでこのお話はエンド。次からは一作品の量を長めにしたいと思ってます。



ではまた今度の作品で。



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