熱い日差し。

ぬぐってもぬぐっても滴る汗の量は、今が真夏だと気付かせるには十分だった。





それも最も熱いとされる昼。私は事件の詳細を調べに人里までやってきた。
昨日は突然八雲紫に言われるままにやってきたからな。
もう少し詳細を知る必要がある。

博麗霊夢から依頼は受けた。

不本意ながらも受けてしまった。


なら、仕事をしよう。


信用第一。それが、私の仕事の信条である。












東方黒魔録











さて。人里へ降りて来たからといって行くところは一つだ。
里の守護者。上白沢慧音のもとへ。
人里で起きている珍事件。ならば、里を良く知る人物に事情を聞いた方が手っ取り早い。

だがどこにいるのだろうか?

この時間帯なら寺子屋か。それとも家だろうか。今日は何曜日だったか。



「クロマ!」

「ん?」


歩きながら考え事をしていたせいか、自分の足元に迫っていた人間に気付かなかった。
まだ十歳かそこらの子供。誰だったか。
ソイツは人懐こい笑顔で私を見上げている。


「めずらしいじゃん。昼間に里にくるなんてさ」

「そうか?」

「そうだよ。暑いとかいって、なかなかこないんだもん」

「まあ夏だしな」

「冬は寒いとか言ってなかったっけ」

「当然だ」


名前名前………そう、確か貴様は、


「ところで―――ケンタ」

「あ、名前おぼえてくれてたんだな!」


にかっと笑った少年。どうやら合っていたようだ。
人里まで来ることはあまりない………というか、あまり来たくない。私が良く行く場所は里よりも魔法の森だ。
あそこに生える茸は知り合いによく売れる。この前もなかなかの値で売れた。
何でも屋とは違い、ちょっとした小遣い稼ぎに用いる手法である。

そしてこのケンタとかいう小僧。

姓を持たないこの少年も、私のかつての依頼主である。
内容は単純。あまり思い出したくも無いことだが、初めて妖怪退治をしたとだけ言っておく。


まあそれはおいといて。


「上白沢慧音はどこにいる?」

「先生? 何で?」

「少し聞きたいことがある」

「………あー、もしかして里の人が消えたって事件だろ!?」


ほう。
こんなに幼い子供が知ってるほど事態は深刻になっているのか。
まあ考えられんことも無い。博麗の巫女を含めて里全体で集会を開くなど、そうあることではない。
人里もそんなに大きくないから、噂が広まるのも早いしな。
それほど重大な事件に発展しているということだろう。
しかし………消えた人間は男の大人ばかりだからまだいいものの、女子供にまで被害が行くようなら里の警備員が黙ってはいまい。
警備員というには少々物騒だな。違うか。単なる健康マニアの焼き鳥屋と言ったし。


それはともかく。



守護者に会わねばならん。事態の確認と、情報の収集から仕事は始まるのだから。



ん?
………はて。私が博麗霊夢から受けた依頼は彼女の護衛(というか囮)の筈。
護衛(というか囮)なら別にここまでしなくてもいい。
ならば、ここまでする義理はあるのだろうか?




ないな。











ないが、まあ、成り行きだ。
ある程度まで情報を知っておく必要があるし、八雲紫からの情報だけでは不足しているのは間違いないのだから。


「先生、とうとうクロマまで呼んだのかな。大変だなぁ」


ケンタの、まるで他人事のような言葉。


「人里の者とは思えぬ台詞だな」

「んー。そういやクロマ――――あれ見てよ」


そういえばじゃないだろうに………まだ子供だから危機感が薄いのか。それともただの馬鹿か。どちらでもよいが。
あれ、と指を刺した先にあるのは、小さな小屋、か?
まだ組み立て途中なのか、骨組みが中途半端に終わっているせいで小さく見えるが、完成したらそれなりに大きな家になるだろう。
というか、なんだコレは………。
人里の中にある建物の中でも抜きん出て大きくなるだろう、その完成途中を見ていると、ケンタが複雑な笑みで此方を見上げた。


「博物館を作るらしいよ」

「博物館だと?」

「外の世界の物を展示して人を集めるのが狙いみたい。近頃多いんだってさ、外から流れてくる物とか」

「だからといってこんな………見る人間が多いかもしれんが、所詮金を取るのが目的だろう?」

「先生もそう言ってたんだけどね、外の世界の物をそのままほっとくのも勿体無いから、ってさ」

よくわかんないけどね、とケンタが言うが、これは無駄な物だろ。
外の世界の流出品。
幻想郷において未知の性能を誇る、いわば神器と同等の物だ。
この前八雲紫に見せてもらった「あいぽっど」なる箱は凄かった。
包丁の柄よりも薄い体で、その中には数え切れないばかりの音が入っていた。

あんなものが外の世界でごろごろしてるとは………少し興味がある。

こういった思想を持つのは、何も珍しいことじゃない。
道具屋を営む森近霖之助がその筆頭だ。
彼の店にはたくさんの外の世界の物が置いてあり、特に気に入ったものならば大切に保管してあるとかなんとか。
相変わらず使い方を知らないあの店主は、いい加減宝の持ち腐れという言葉を知った方がいい。

しかし、外の世界の物はあくまで「珍しいもの」止まりだ。

その珍しさは、歴史を語るものではなく、単に我々の技術では難しいからという理由からきている。
故に、博物館のような歴史を語る建物に大変そぐわない。
確かに人が大勢来るだろうが、どうせ一過性のものだ。すぐに飽きられる。

外の世界の物が、そう頻繁に入ってくるわけじゃないのだから更新も遅い。
入館料をせしめる為の娯楽施設になりかねんだろう。


「全く………稗田阿求や上白沢慧音が止めさせればいいだろうに」

「何かお金が絡んでるらしくて、難しいんだって」

「その事で貴様には何故とは聞かん」

「助かるなぁ。それにさ、あの建物につかう木材って、例の森から取ってきてるらしくてさ」

「ほう」

「最近森で事件があったろ? それっきりあそこに近寄る人間がいなくなっちゃったんだよ。
事件があってから、工事が中止されて、今みたいな形で留まってるんだ」

「そのまま朽ちてしまえばいい。だが事件が起きたと言う割には貴様もいつも通りの間抜け面だな」

「相変わらず口が悪いなぁ。それはね―――――」






そのとき、ケンタの台詞を遮って背後から声が聞こえた。






「被害が出てるのは森のほうだからね。里から出なけりゃ今のところ害はないから、みんな安心してるのさ」






振り返った先にいるのは、銀色の長髪にモンペ姿の女性。


「藤原妹紅、か」

「久しいねクロマ」


後ろからゆったりと歩み寄ってきたのは、里の、正確には迷いの森の自警団を勤める女性。
藤原妹紅。
蓬莱人となり永遠を生きる者。

背中に大きな竹製の籠を背負い、彼女は仏頂面で近寄ってくる。


「博麗のが来たと思ったら、今度は何でも屋か。慧音も見境なくなってきたねぇ」

「違う。私は上白沢慧音に呼ばれたのではなく、自分の意思でここに来た」


その台詞に、何故か目の前の蓬莱人は口を開けたまま目を丸くする。


「どういった心境だよ。それともアンタ、そんなに義理堅い性格してたっけ?」

「失礼な奴だな貴様。依頼だよ。主は誰とは言わんが」

「………それなら納得」


よっこらせと籠を背負いなおすと、彼女の視線が「それよりも」とケンタへと向けられた。


「ケンタ。また何かやらかしたらしいじゃん。慧音が怒ってたよ?」

「あっ! そういやオレ逃げてた最中だったんだっけ! じゃ!」

「ってコラ!? ―――――ああ、慧音に頼まれてたんだけどねぇ」


まあいいや。
そう苦笑いする藤原妹紅と目が合った。
特に感情を込めていない瞳。
その色は、私とこの女の関係を物語るには十分。
数秒間彼女と睨みあい、ややあって彼女の方から口を開いた。


「やれやれ。クロマ、慧音に会いに来たって事は、聞きたいことがあるってこと?」

「そんなところだ」

「へぇ。じゃあ来なよ、慧音は今、ちょっと例の事件で忙しいみたいで、色々と聞き込みをしてるよ。
………それとも、慧音から大体の話は聞いてるから、代わりに私が教えてやろうか?」

「そうか。助かる」


上白沢慧音と藤原妹紅の仲は知っている。
彼女たちの共有している情報なら、確かに同質のものだろう。
ならば、藤原妹紅に聞いても問題はないか。

藤原妹紅は、何やら満足げに頷いていた。


「素直でよろしい。ここじゃ何だ、私の家に来いよ。茶でも出してやる」

「………貴様と共に茶を飲めと?」

「………何だその反応は」


いや、まあ。

私としては、貴様とそこまで長居するつもりはなかったからな。



はてさて。

白状すると、私がこの人里にあまり来ない理由、いや。
『来たくない』理由は二つ。
一つ。距離がある。

そして最後の一つ。


の、前にちょっとした過去話をしよう。







初めて藤原妹紅と会ったのは、ちょっとした出来事が原因である。
依頼主は上白沢慧音。

内容は――――騒動の鎮静化。


藤原妹紅ともう一人、竹林にある永遠亭という場所に住む、蓬莱山輝夜という人物が対象である。
お互いに蓬莱人であり、死の無い二人。
偶然にも、お互いがお互いを嫌っているというオプションまで付いている。
それにより頻繁に起こる殺し合い。下手をすると竹林一つが焦土と化すらしい。


依頼の理由も、竹林が消滅しかねないからというもの。
竹は成長が早い。
何もなかったところが百年もすれば竹林になる。
だからほっとけと依頼主に言ったのだが、そこにはもう一人依頼主がいた。

永遠亭の頭脳と言われる天才医師。八意永淋。
里に薬を置きに来る彼女。
蓬莱山輝夜は姫だ。そしてその付き人である八意永淋。
里でも有名な彼女が提案した報酬は、薬剤を含む治療費の負担である。
当初、たかだか騒動の鎮静のためにそこまでするのかと思って馬鹿にしていた。




馬鹿は私だと気付いたのは、依頼を果たした後である。
………詳細は省くが、とにかく騒動は無事(?)に治まり、それっきり私のところに来ることもなかった両陣営。







そのとき私が頭に刻んだのは、藤原妹紅と蓬莱山輝夜の二名との関わりを持たぬようにすること。
理由はそのときの騒動にあるのだが―――既に戦争の域をかかっていた殺し合いだ。
察してくれると助かる。うむ。





「貴様と関わって碌な事が起きなかったからな。なるべく一緒にいたくないのが本音だ」

「うわ」

「だからここで話してくれると助かる」

「炎天下の中で話し合おうっての?」

「………」


そういえば、そうだな。


「ならばそこの茶屋にでも」

「私お金ないんだけど。奢ってくれるの?」

「貧乏人め」

「蓬莱人さ」

「洒落か? 洒落なんだな?」

「っていうかさ、いい加減に籠が重くてやってられないんだけど」

「なら下ろせばいいだろ」

「このままだとせっかく取った野菜が干上がっちゃうねぇ」

「聞けよ」


どうして、私の周りには人の話を聞かない奴が多いんだ………。


「だから――――ほい」


掛け声と共に投げられる籠。
それを辛うじて受け取る。っつか重い。一体どれだけ入ってんだコレは。
そしてそれを軽々と投げた藤原妹紅。
もしかしたら、私の目の前にいるのは妖怪の類じゃなかろうか。
疑惑の視線で見つめる先の藤原妹紅は、軽くなった背を肩を回して実感していた。


「じゃ、それを私の家に持ってきてくれ」

「ふざけろ。吹っ飛ばすぞ貴様」

「ああん? このクソ暑い中、涼む場所を提供して、情報もやるってんだ。それくらいしろっての」

「だから私はだな」

「それとも何か――――」


藤原妹紅の視線が鋭くなり、指先より何かが漏れた。
紛れも無く、炎。
藤原妹紅を象徴する力の源だ。


「もっと暑くして欲しいって?」

「………」


籠を背負い直す。
向かう先は決まってしまった。
不本意だが。

大変不本意だがな!


「そうそう。男は素直じゃなきゃね」

「………」


何が楽しいのだこの女は。


「交渉成立ってね」






藤原妹紅。
勘違いしているなら教えてやろう。










これは交渉ではなく、脅迫だ。


















「この暑い中、調子に乗って炎出すんじゃなかった………あっつい」

「馬鹿だな貴様」




ちょっとだけすっとした。











―あとがき―


三作目ですこんばんわ。
夜行列車の拙作『東方黒魔録』。
順調なペースで書かせて(?)もらってます。

さて。今回はお話の補足を。


黒魔録のエピソードは、緋想天の異変が始まる少し前の出来事です。
よってこれからの話の中で、風神録までの大体の東方キャラクターが主人公を知ってたり知らなかったりで出てきます。
キャラが出てくる度に主人公自ら説明してくれると思いますが、そこら辺は大変ざっくりしてます。
好かれてるのか嫌われているのかわからない主人公ですが、東方キャラへの絡みはこれから増やしていきたいです。

主人公の紹介は、お話が一段落過ぎたら………ということで。

文章を送るたびに思うのですが、量がちみちみと増えていってます。
これは良い傾向? なのかわかりませんが、暇な内にぱかぱかと書いていくしかないので気にしない方向で。


ではまた一週間後。東方黒魔録のあとがきでお会いしましょう。



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