幻想郷の夜は物騒だ。 明かりは自らが持つ提灯か行灯くらいであり、人里でさえ夜はかなり暗い。 おまけに森の中となれば尚更である。明かりといえば、月明かりかたまに見かける蛍程度のものだ。 まあ余計な明かりがない分、夜空は綺麗である。 香霖堂で買ったテレスコープでも使って天体観測も悪くないくらい、今日の空は魅力的だ。 にも、関わらず。 「遅い!」 眼前で仁王立ちする紅白の巫女がそう怒鳴った。 黙っていれば可愛いだろうが、あいにく眉間に皺を寄せた表情では色々と台無しである。 ………どうして、私はここにいるのだろうか。いや、頼まれたからか。 自問自答。行き着く先は常に後悔である。 夜の森で二人きりの散策が始まる。 東方黒魔録 「ここがその現場よ。昨日のうちにまた一人消えたんですって」 「そうか」 「時間は夜中。消えるパターンは不明。とにかく里の人たちが気付いた頃には消えてるのよ」 「そうか」 「痕跡も何も残ってないみたいだから恐らくは妖怪ね。熊とかの野生動物だったらそんな器用な真似できないし」 「そうか」 「………」 「そうか」 ひゅん。 がっ。ばしっ。 「………いきなり針を投げるな」 「呆けてるからよ、馬鹿」 痛いじゃないか全く。 受け止めた針を無造作に放り捨てる。 捨てた場所から「そうなのかー!?」と聞こえたが問題ない。 悲鳴? いやいや違うだろう。 「もう、せっかくの逢引なのに」 「何が逢引だ」 「あら? 嬉しくないの?」 「妖怪紛いの人間と一緒など、どう考えても嬉しいシチュエーションではない」 「………」 「と思ったがやはり嬉しいぞうん」 再び投擲されかけた針をじりじりと後退しながら警戒していると、嘆息とともに針は仕舞われた。 「逢引は冗談として………なんでそんなに乗り気じゃないのかしら」 「それこそ冗談だろ」 八雲紫がどうして私を、博麗の巫女とともに捜索させる理由。 博麗の素敵な巫女を自称する博麗霊夢。彼女は並の妖怪ならば軽くあしらえる程度に強い。 すなわち、相手の妖怪が彼女に危険を及ぼすほど強いのか。 言っておくが、私は彼女よりもよっぽど弱い。 腕力は人間よりちょっと強い。弾幕は下手糞。一応空は飛べる。 私自身、スペルカードルールにおいてそこいらの妖精レベルと思っても問題ない。 恥ずかしながら、なんというか、博麗霊夢に比べて月とクサガメなランクに位置する私。 当然護衛など務まる筈がない。 ということはつまり、私がここにいる理由として挙げられるものは一つ。 人間である私に向かって襲ってくる妖怪を博麗霊夢が倒すということ。 すなわち囮である。 「好き好んで囮になろうとは思わんだろう。それについて、どうだ博麗霊夢?」 「うっ………」 限りなく恨みを込めた視線に、いつも気楽な巫女は流石に気圧されているようだ。 「そ、そりゃあ私だって悪いと思ってるわよ」 でも紫がさぁ、とぶちぶちと文句を垂れる巫女を放っておいてとっとと森の奥に進むか。 まあ囮役がどうだとか関係ない。私は私の役目、仕事をこなすだけだ。 「あ、待ってよクロマ!」 知らん。 「いい天気だ」 「夜なんだけど?」 「むしろ夜の方が好きだ」 星空と月が見えるからな。 好きなものは天体観測と月見酒である。 というか私の趣味はそれくらいしかない。 日々の生活………。ふむ。 朝。酒。 昼。酒。 夜。酒。 ………別にやることが少ないだけだ。趣味が少ないとかいうな。 寂しいとか言ったら全力で怒る。 天気の良い日は夜の散歩をする性質だが、妖怪に不用意に出会いたくないのでこういった森とかは自重して入らないようにしている。 それなりに退魔用の装備は持って出かけるが、鬼や天狗に対してほとんど効果はないものばかり。 数だけは多いのだが………。いかんせん出費が気になるので使いたくない代物もある。 ないことはない。が、あまりに極端すぎて普段持ち歩かない。 反対に―――― この博麗霊夢は並の鬼や天狗を三回は楽に殺せる必殺の対魔針とか符とかたくさん持っている。 彼女の周りにいる妖怪が並じゃなかったら、今頃死体の山を築いているだろう。 だが、何故か私もソレで被害に会うケースが増えている。 弾幕ごっこならまだ良い。だが何の口実もなしに途端に放り投げてくるコイツをどうにかして欲しい。 訴えかけた。それはもう必死に。 するとコイツ。にっこりと笑って―――宣言した。 (都合が合えばいくらでもやっていいのね?) あのときの笑みと台詞は天下一品だった………。 大量の妖怪退治用武装を人間に向かって嬉々としてぶち込んでくるコイツに、私は毎回毎回全力疾走で逃げ出す羽目になっている。 おかげで体力が無駄に付いた………元々インドアなのだが。 だが、妖怪退治用の装備で何故私が傷つくのかわからない。 気になって賢者に聞いてみると。 (貴方は人間離れしてるから大丈夫でしょ) や。大丈夫の意味がわからないよ。 どっちかっていうと大丈夫じゃない意味で使ったろ貴様。 ………細かいことは気にしないでおこう。 多分巫女力だと思う。きっと。 「ねぇ」 ふと、博麗霊夢に声をかけられた。 「何だ」 「そういえば私が初めてクロマと出会ったのも、こんな夜よね」 「ふむ………」 今夜の月の形。 三日月にちょっと足りない形をしている。 それを見て、思い出すのは二年前の同じ夏。 香霖堂という特殊な店に足を運んだときだった。 用は月見酒。たまには自分の兄貴分と酒を飲もうと思ったら、先客が居た。 (あら? 霖之助さんの友達?) 第一声はこれ。 第一印象は若い、それも下手に露出の激しい巫女服を着た女の子だと思った。 挨拶をかけようとした。 どうだ? なかなか紳士的だろう。 初対面は大事である。 が、この腐れ風船巫女は何故か次のようなことを口にした。 (ふうん。なんか幸薄そうな顔ね) 第二声はこれだ。 これは切れていい。頭の中で「お前は今、切れていい!」ともう一人の私が襟首を掴んで叫んでいた。 と、いうことで乱戦に突入。 初撃は私。 我慢ならんと思わず店頭並んであった御弾きを眉間にぶち込んでやったのだが、それを切欠に何故か弾幕ごっこ。 店内でするなとこっぴどく店主に怒られ、それからだろうか。 博麗霊夢との付き合いが始まったのは。 コイツには絶対に勝てない=なるべく逆らわないと確信したのは。 忘れもしないファーストコンタクトは、お互いにとって刺激的過ぎたに違いない。 何、私が切れやすいだと? 違う。博麗霊夢の言動に問題があるのだ。私は悪くない。 頭の中の私も言っていた。「お前は今、切れていい!」と。 「あの時はホンットに痛かったのよ。出会い頭に女の子に手を上げるなんて信じられないわ」 「貴様が言うな。失言だと思わなかったのか?」 「いや、やっちゃったなぁって」 「オイ」 「言われるような顔をしてるクロマが悪い」 「吹っ飛ばすぞ貴様」 「でも、そこで眉間に御弾きをぶつけるかしら普通。 しかもその後は弾幕ごっこやって霖之助さんに怒られちゃったし」 「貴様があのまま意識不明で倒れていれば事は丸く収まったのだがな」 「絶対に反省して無いわよね」 私は悪くない。 雑談に華咲かす中、囮を始めてどのくらい時間が経ったんだろうかと思った。 手にした提灯の明かりで自前の懐中時計を見る。 今の時刻は十時半。開始から一時間半は歩いていることになる。 「博麗霊夢」 「なに?」 「現れないがどうする」 「さっきから空ばっかり見上げてるくせに」 「気のせいだ」 「………せっかく女の子が一緒に歩いてるのにこの男は」 「何の話だ?」 というか誰が女の子だ、と言う前に自重した。針どころか釘が飛んできそうである。 なんでもない、と手を振って会話を打ち切られた。 それっきり何も得るものもなく、私と博麗霊夢はその森を後にした。 「また明日もするからね」 「そうか」 「………ちょっと。どうして他人事のように言うのかしら」 「他人事だからに決まっている」 「クロマも来るのよ」 「何故――――八雲紫のせいか」 「まあ紫のせいといえば、そうなのかしら………?」 「疑問系か。安心しろ、今度ばかりは私がきちんと断るから貴様一人で行け」 「えっ」 「今度会ったときは辛子でも眼に擦り込んでくれるようか。あのババァめ」 「ちょ、ちょっと」 等と会話があったりもしたが、結局博麗霊夢を神社まで送っている途中で「アンタを囮としてレンタルするからちゃんと来い」とふざけた事を言い出した。 無論即効断った。ろくに報酬も出さずに毎回毎回タダ働きを要求してくるこの娘、いい加減しばき倒したくなる。というか殴っても良いよな? 今度ばかりは必ず払うと言われたので、渋々受けてやったのだが………どうにも不安である。 時間と場所は今日と同じ。 明日は人里へ調査に向かうか………。 乗りかかった船だ。突っ込めるとこまで突っ込もう。 ―あとがき― 二度目です。夜行列車です。 夜行列車と書きながらもSLのが好きです。 ………こほん。 相変わらず短い文章です。東方黒魔録は基本的にまったりと、気軽に読める範囲で書いていくつもりです。 まあ会話が主体なのでさくさくと話は進みますが。 さてさて。ちょっと変わった形ではありますが、ここでBBSにて感想を下さった皆様に感謝の言葉を。 ――久櫛縁さん 記念すべき感想第一号となっていただきありがとうございます。 東方奇縁譚のようなほのぼのとした作品を目指してるんですが、どうなるかなぁコレ。 とにかく、久櫛縁さんの期待にも答えられるようにがんばります! ――ブレイドさん 心暖かい感想ありがとうございます。 夜行列車の拙作、題名は「東方黒魔録」とありますが、主人公が黒魔法とか使うから名付けた訳じゃないんですよー、実は。 作中でも言ってるように、クロマはへっぽこですからw 名付けの理由は大分後になって判明します。勿論主人公絡みですが………どうなるか。 ――マイマイさん 反応を困らせるような内容ですいません! なにぶん初心者ですので、ご容赦下さい………これからに期待してくださると助かりますw この「東方黒魔録」も、マイマイさんや他の方々の作品に触発されて書き出したものです。 もっと良い作品にしていきたいので、これからもどうぞよろしくお願いします。 皆さんも感想をどしどしお願いします。 誤字脱字細かい指摘や「こうしたらいいんじゃね?」とか「どうなってるんだここー?」とかでも良いです。 答えられる範囲ならいくらでも答えます! ………きっと。多分。絶対! では次の作品でお会いしましょう。次はあの方が出てきます。里と言えば………? ヒントは永夜抄です。 追記:第一話の修正をしました。いらない文章の削除だけです。 |
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