幻想郷にある、一つの小さな家。 その家は人里からずっと離れた場所にあり、人妖関わらずに訪れることが出来る。 家主は一人。それも若者の人間。 これは、家主と、家主を取り巻く人妖たちのちょっとした物語である。 ………多分。 東方黒魔録 ―――――私は人間だ。 妖怪と人間が共存する小さな場所。 幻想郷。 現代社会より置き去りにされたモノの行き着いた理想郷である。 古来より人間に恐れられてきた妖怪や鬼や幽霊やその他もろもろの終着点。 それが幻想郷。 人間を食らう妖怪と人間が共存できる環境などあるのかと思うだろう。 実際にあるのだ。 ある程度の秩序を持って存在する場所において、妖怪と人間は確かに共存できている。 規定されたルール。最低限のマナー。 妖怪と人間が共存できるために設立されたもの。 結界によって阻まれたその土地は、確かに日本の中で存在している。 …………とまあ、能書きはこれくらいにしておいて。 私は人間だ。これでもかというくらい人間だ。 妖怪が人を襲うように、人が妖怪を退治することも在り得るこの世界。 つまり、ちょっとした力と運さえあれば妖怪に食われることも鬼の手によって神隠しに会うこともない。 しかしまあ、私はただの人間だ。 並の妖怪相手に素手で喧嘩を挑んだ場合、二秒で死ぬ自信がある程度に弱い。 だが持ち前の悪運が強かったのか、幸いなことに今まで妖怪に食われそうになったことや鬼に攫われたことはない。 ………訂正。十年前に一度だけ、妖怪相手に決死の覚悟で挑んだ過去がある。まあそのときはなんとか事無きを得たが。 今でも意地の悪い妖怪に二日に三回のペースで遭遇したり、鬼に追っかけられて一週間ほど炒り豆生活を送り続けたけれど。 そう、私は人間なのだ。 「霊夢の護衛をお願いしたいのだけど」 …………にも関わらず、私の目の前にいる八雲紫という妖怪は、難儀なことをぶっ放す。 「勿論良いわよね。クロマ?」 「何故だ」 夕焼け空の下、賢者と呼ばれし妖怪の頂点。 幻想郷において知らぬ者など赤ん坊くらいだろうという有名人。 境界を操る妖怪。その名も八雲紫。 見た目も麗姿であるこの妖怪。何をトチ狂ったのか、夕暮れ時の買い物をし終えた直後に現れた。 今から夕飯だというのに、まさかまさか狙ったのか貴様と言わんばかりのタイミング。 神出鬼没。かの有名な阿礼乙女の書いた幻想郷縁起においても堂々と厄介な妖怪だと書かれるほど。 あ、自己紹介が遅れた。 私はクロマ。ちなみにこれが名であり、姓はない。 とまあ散々スキマの賢者においてグダグダと文句を垂れていれば次第に引き下がろうとするだろう。普通。 「人の話聞いてたの? 貴方馬鹿なの?」 「黙れ厚化粧」 普通ではない妖怪だということを失念していた。 私の発言が拙かったのか、スキマの妖怪の額に筋が何本か浮き彫りになる。 が、知ったことではない! というか本当に怒っていいのは私の筈だろ貴様。 夕飯を邪魔されたのは私だ。何故お前がキレる? 「全く………もう一度言うから良く聞きなさい」 「嫌だ」 「二週間前にね――――」 「いや聞けよお前」 嘆息交じりに話された内容は以下のこと。 二週間前より、里から山へ出かけた連中が何人か忽然と消える事件が起きているそうだ。 死体も何も見つからない。明らかに人ではなく妖怪の仕業だろうと人里のものは警戒している。 被害はまだ両手両足の指で足りる程度しか出ていないが、それでも異変といえば異変である。 原因不明の人間たちの消失。そこで、三日ほど前に博麗の巫女を交えた会議を里で行ったという。 博麗の巫女といえば幻想郷では知らぬものはいないであろうというほど有名な妖怪退治専門の巫女。 まだ十代とは言え、その実力は八雲紫クラスの妖怪に匹敵するともっぱら噂である。 どちらが妖怪なのか、全く。 …………オイ、呆れるな八雲紫。事実だろ。 さて、そして今晩、博麗の巫女による妖怪捜索が行われるらしい。 博麗の巫女とは言え、やはり女の子なのだから護衛の意味を込めて誰かがいなければなるまい。 「―――――だから、貴方にそれをお願いしに来ました☆」 「☆じゃねぇだろ、てめぇ」 っていうかお前が行けよ。 「そりゃ私が同行したいのは山々だけど、私みたいな強大な妖怪がいて、向こうさんが恐れをなして出てこなかったら意味ないでしょう」 「なら何故、博麗霊夢を行かせるんだ」 とにかく博麗の巫女は容赦ない。 人間の私にすら容易に針とか陰陽玉とか放ってくるアホだ。 一回マジで死に掛けた。いや本当に。 しかもヤツの知名度は八雲紫に匹敵する程度に高い。 命が惜しくてヤツには関わりたくないだろう。 人間の私ですら会いたくない。というかこれが本音。 というのに目の前の妖怪は困ったと言わんばかりに嘆息しやがる。 「いいじゃないクロマ。貴方だって久々にあの子に会いたいでしょう? あの子も会いたがってたし丁度良いじゃない」 「この前会ったら、額に針とか投げられたぞ」 「照れ隠しよ、きっと」 「殺害未遂だと思うが」 「始まるのは九時からよ。あと一時間ね」 「頼むから人の話を聞け」 「それまでに充分に準備しておいてね。場所はこの紙に書いてあるから」 「行かん、行かんぞ絶対に!」 「霊夢には既に貴方が行くことを伝えてあるだけどねぇ」 ぐぁ。よりにもよって、先に博麗霊夢に接触していたとは! こうなればどうにもなるまい。 博麗霊夢。彼女は約束にうるさい。 普段は飄々としていて、誰とも約束など取り付ける筈のない彼女が、私に対して妙に約束に拘る。 しかも、反対に私が貴様に対して約束しても絶対に守らん奴がだ。 博麗霊夢は決して約束とは口にしない。ただ自分がそうして欲しいときに私がしなかったりいなかったら自然とキレる。 要するに解除方法が決まっているが、どこに仕掛けてあるかわからない爆弾と一緒だ。 そして最も恐ろしいのは約束事を破ったとき。 一番最近の例で言えば――――まあ、なんだ。三途の川で将棋を打ったな。死神とともに川を渡りかけたぞ。 その度に「約束事を守れ!」と豪語する巫女に私は毎度のことながら宣言する。 知るか、と。 ちなみに一番最初に夢想封印を食らって以来、この言葉は封印してあるが。 ―――――閑話休題。 とにかく、博麗霊夢は私に対する約束事と思うことに過剰なまでに反応する。 もし私がこの場から動かずに飯を食らって寝たとしよう。 次に起きたときは気持ち的に冥界か地獄である。 その前に三途の川の前で死神と将棋でも打つのだろうか………。 どちらにせよ、私は死ぬ。 私の退路を真っ先に絶つとは、やってくれる厚化粧妖怪め。 「………いっぺん死んでみる?」 「やめとけ」 時間の無駄だし。 こうなれば仕方あるまいよ。 私の選択肢は、二時間に及ぶ無駄話を以って、決まってしまった。 「溜息ばかり。そんなに嫌なのかしら?」 「お前に会ったときからそうとしか訴えてなかったつもりだ」 「………まあそれはおいといて」 「おくな馬鹿」 「貴方、自分の職が何なのか言って御覧なさいよ」 職。つまり、仕事。 ああ、そうだな。 私の住む家。というか、具体的には店なのだが。 ここの店の看板。実は「何でも屋」と書いてあったりする。 「クロマ。私は貴方に正式に『依頼』に来たのよ? せっかくの客を追い返すのかしらね」 「ぐっ」 まあそういうことだ。私の職は、何でも屋。 仕事内容は問わず、どんなことでもやる。 ………どうして何でも屋にしたのだろうか。 その場のノリで何でもやってやるよと思わなかったらこんなことにはならなかっただろうに。 せっかくの仕事。引くわけにはいかない。いや、引きたいけど。 くすくすと笑っている八雲紫。癪だ。だが受けてやる。 「報酬は?」 「米と野菜を三日分でどうかしら。注文があるなら受け付けるけど」 「八雲紫が一年ほど私の前から消えてくれる券十枚綴りを所望する」 「それはどこにいっても無いわね」 「ならいい」 あと三十分。 飯を食ってる時間がなくなってしまったではないか。 とりあえずある程度準備をしておいて、場所に向かおう。 振り返ると、いつの間にか消えた八雲紫と、ひらひらと舞う紙切れ。 紙切れを手にし、支度を始めた。 私はクロマ。 何でも屋を経営する普通の人間である。 ―あとがき― 夜行列車です。 初作かつ初投稿となります。 初投稿にしてやってしまった感を露にしている今日この頃………とりあえず我が主人公に一言。 なんて扱いにくいキャラなんだ、クロマって奴はぁ! やってしまった感が丸出し。 こんな筈じゃなかったのに、この主人公。不真面目を目指して作った筈が、口調からして四角四面な生真面目になってしまいました。 久櫛縁さんの奇縁譚や大勢の投稿者の方の素晴らしい作品に触発されて書きました。 文才は無きに等しく、作品を晒すのは恥ずかしいと思ったのですが、それでも面白さの方がぶっちぎりで勝ってしまいました。 最後に、我が作品『東方黒魔録』について。 本作がどの程度進むかわかりませんが、最終回まではとりあえず頭に入れてます。 東方の登場人物とクロマが織り成すオリジナルストーリー………とかいろいろですね。 最初なので謎だらけの主人公ですが、まあ作品が進むに連れていろいろと他のキャラとの関係も明かされます。 あ、ちなみに本作において東方キャラとの恋愛絡みには発展しません。 きっと、多分、絶対………。 では次作でお会いしましょう。恐らく一週間ほど先になります。 久櫛縁さん。そして投稿されている皆様。 新入りですが、これからはどうぞよろしくお願いします。 |
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