東方萃幻想 〜第5話 迷い家の狐と猫〜


 「うわぁーーーー!!っと」


 何もないはずの空間に突然亀裂が入り裂けたかと思うと一人の人間が落ちてきた。もちろん伊吹翡萃である、どうやら今回は着地に成功したようだ。

 
 「慣れたくはなかったなぁ……」

 「あら、もう慣れたの。つまらない」


 翡萃に続いてスキマから静かに現れたのは八雲紫である。彼女は翡萃が着地を失敗するのを楽しみにしていたようで、少し落胆気味のようだ。
 翡萃はというと紫に呆れたようで溜息をついていた。


 「1日に3回も落とされれば慣れるっての、まったく……」


 おそらく彼に溜息の尽きない日はないだろう……哀れな。
 気を取り直した翡萃は辺りを見回した。周りには木々が鬱蒼と生い茂り、迷ったら簡単には出て来られない、そんな雰囲気を醸し出している。
 建物(八雲邸)を見ると彼は、


 「旅館かここは……」

 俺はいったいどこに来たんだっけ?というような表情をして率直に感想を言った。事実、旅館のようなつくりをしており、外の世界なら誰がどう見ても旅館と答えることだろう……たぶん。
 それにたいし紫は当たり前のように澄まして答えた。
 

 「旅館というほど広くはないわよ、せいぜい武家屋敷ってところね」

 「いや、十分すごいだろそれ。……ん?」

 
 そう紫は言うが武家屋敷でも十分すごいと思う翡萃。まぁ、こんなので驚いていたら幻想郷ではやっていけないだろうが。
 旅館、もとい八雲邸に気を取られていると誰かがその家から出てきて紫の前までやってきた。
 誰?という風に疑問の眼差しを紫と彼女“八雲 藍”に向ける翡萃、だが気にするようすはなく二人は話す。


 「お帰りなさいませ、紫様」

 「ただいま、藍。私が留守にしていた間特に結界に異変とかはなかったわね?」

 「はい、大丈夫でしたよ、特に異変も起きませんでしたし」

 「そう、ごくろうさま」
 
 「いえ、ところでそちらの方が今朝言っていた方ですか?」

 
 前言撤回、藍は気にしていたようだ、実に興味津津といった風に翡萃を見つめている。
 一方翡萃はそれどころではない様子でただ一点を見ている、いやガン見している。
 一言言わせてもらうと、目つきが怪しい。

 
 「ええその通りよ、彼は伊吹 翡萃、今朝も言ったように半妖で萃香の息子みたいなものかしら」

               「アレは……、いやでも………だよな…………」

 「萃香様の?それはどうゆうことですか?」

 「それは後で説明してあげるわよ、それよりも………貴方は一体何時まで藍の尻尾をガン見しているわけ?」


 どうやら途中の『アレは……〜』は翡萃の独り言だったらしい、っていうか翡萃は紫に注意されてようやく自分が藍の尻尾をガン見していたことに気付いたようだ。だが、

 
 「やっぱり尻尾なのか、触ってもいいですか?」


 やはり意識は尻尾から移らないようだ、まぁ外の世界に尻尾をもつ人など存在しないので興味を持つのは当たり前なんだろうが。


 「いや、その前に自己紹介をさせてもらおうか」

 「あ、そうですね、すいません」


 初対面だろうと関係なく惑わすふかふかの藍の九尾、下手したら異変が起こせるのではないだろうか………恐ろしい。
 それにしても翡萃、紫を完全に無視している。(後に翡萃が痛い目にあったのは言うまでもない)
 とりあえず、翡萃が八雲藍と出会って5分後、ようやく自己紹介が始まった。


 「では私から、八雲藍だ、紫様の式神として身の回りのお世話などをしている、よろしく頼 む」

 「はい、よろしくお願いします。俺は伊吹翡萃です、紫に攫われて幻想郷にきました。ちなみにさっき紫が言ったように半妖です」

 「そうか、それとそんなに固くなられても困る、私のことは好きに呼んでいいし紫さまと同じように話してもらってかまわない」

 「そうか、じゃあ藍って呼ばしてもらうな」


 ひととおりの挨拶を済ませた翡萃と藍、それを「仲良き事は善き事かな」とかいいながら見守っていた紫は、とりあえず、と前置きをしてひとつの提案をした。


 「家に上がりましょうか。藍、翡萃を案内してあげて、それじゃ」

 「了解しました。翡萃、ついてきてくれ」

 「え、紫は?ってもういないし……わかった」


 どうやら紫は立ち話に疲れたらしく、ついでに案内するのも面倒だからと思い藍に任せて一人でスキマを通って先に家の中に行ってしまったようだ。
 藍もそれが当たり前のようにしてるのは慣れたからなのだろう。
 ちなみに翡萃はとくにつっこまずに(痛い目みるのは目に見えている)藍についていった。





 


 


 「遅いわよ」

 「3分も経ってねぇよ!」

 
 藍について八雲邸の居間にいった翡萃を待っていたのは、文句を言う紫と赤い服を着た女の子であった。
 紫に対して怒鳴っていた翡萃だが、彼女の存在に気づくとまたしても、誰?というふうな表情を浮かべて、紫と藍の顔を交互に見ている。
 だがそんな翡萃に構うことなく女の子は紫に問いかけていた。
 

 「紫さま、紫さま、この人がその半妖の人ですね」

 「えぇそうよ、橙」

 「おかえり橙、いつのまに帰ってきていたんだ?」

 「ただいまです藍さま、紫さまにスキマで呼び出されて帰ってきました」


 橙と呼ばれた女の子は紫と藍にそう答えると、次は翡萃に話しかける。
 

 「はじめまして!私は“八雲 橙”藍さまの式神です。お兄さんは?」

 「俺は伊吹翡萃、よろしくな」

 
 翡萃はそう答えつつ一つの疑問を抱いていた。式神が式神を使役?ということだ。
 そんな翡萃に藍は気付いたようであり、説明をしてくれた。


 「紫様に式神の使役を教わってな、やってみたら私にも出来たんだよ」

 「それはかなりすごいことなんじゃ……」

 「そうだよ!!紫さまも藍さまもとってもすごいんだから」

 
 藍の説明を聞き新たな疑問が出来た翡萃だが、とりあえずは保留にするようだ。
 橙は翡萃のつぶやきに自分のことのように、えっへん!と自慢している。そのようすは子供が「家のお母さんはすごいんだ!!」というような感じで翡萃は微笑ましく感じていた。それもつかの間、


 「はい、自己紹介も終わったようだしとりあえず夕食にしましょうか」


 頃合いを見計らって紫がそう言った。翡萃がこっちに来てから結構な時間が経過していたのでちょうど良い時間であろう。

 
 「藍はさっそく準備をして頂戴、橙は翡萃を部屋に案内してくれるかしら」

 「わかりました」
 
 「はい!」

 
 藍は台所へと準備に向かい、橙は翡萃を伴って居間を出ていく。
 ……さて、私は何をしていようかしら。
 一人残された紫は楽しそうにそんなことを考えていたのであった。











 「それにしても……」

 「何?お兄さん」

 「……広いなぁ、と」

 橙に連れられて部屋へと移動していた翡萃は改めて屋敷の大きさに感嘆していた。
 ……これじゃあこの家の中で迷うんじゃないか?さすがマヨヒガ……
 とか翡萃がどうでもいいことを考えていると橙が一言。


 「迷わないでね、お兄さん」

 「……橙は心が読めるのか?」


 思わぬ一言に動揺してしまった翡萃だが橙は頭の上に?を出してわかっていないようだった。
 ……子供ってのは無邪気でヒヤっとさせられるな。
 実際には橙の方が年上だが翡萃はそんなことを思う。

 
 「ところでお兄さん、お兄さんって強いの?」

 
 唐突に橙がそう聞いてくる。
 ……この世界での強いの基準は紫でいいのか?だとしたら俺は底辺だな……
 と翡萃は考えながら橙に答える。
 

 「いや、弱いよ」
 
 「あれ、そうなの?紫様が連れて来たからてっきり強いと思ったんだけどなぁ」

 
 …いや、でも実力を隠しているのかも?今度奇襲でもかけてみよっと
 心の中で自己完結しながらも納得できない様子でうなずく橙。また翡萃の苦労が増えた瞬間であった。




 




 「ハイ、到着!ここがお兄さんの部屋だよ、それと部屋にあるものなら自由に使って構わないって紫様が言ってたよ」

 部屋に到着した。結構広い部屋で、紫の心づかいに感謝しつつ橙に返事をする。

 「わかった、案内ありがとな、橙」

 「どういたしまして、それじゃ私は藍様の手伝いに行くね」

 「あぁ、またあとで」

 またあとでねーと言いながら来た道を戻っていく橙。
 とりあえず一息つくか、なんだかんだでずっと緊張しっぱなしだったからな…
 と、翡萃は部屋入ると大の字になって寝ころんだ。

 「以外と広いよな……」

 部屋の間取りは十畳で、押入れ、机、座布団が二枚、小棚、よくわからない掛け軸があった。
 ……隙間道?よくわからん掛け軸だな。

 「ごきげんいかがかしら?」

 「……見てわかるだろ、疲れてるんだよ」

 部屋に現れたのは紫であった。
 何しに来たんだか……。
 翡萃がそう考えるのも仕方ないだろう。

 「どうでもいいわ、それより少し話があるの」

 いや、どうでもいいって……。
 問答無用である。

 「はぁ、なんだ?」
 
 「あら?溜息とは随分な身分ね、……まぁいいわ」

 「だからなんだって」

 翡萃も疲れているのだろうか、紫相手に強気だ。
 少し身の程を教えてあげようかしら……。
 翡萃の苦労がまたしても増えたのであった。

 「話とは、あなたに施されてる封印についてよ」

 「封印?神社でも言ったけど俺はしらないぞ」

 「そりゃそうでしょうね、なにせ封印は私と萃香と一色さんで施したのだから」

 思いもよらなかったことにポカンとする翡萃、さすがにこれは予想ができなかった。
 
 「どういうことだ?お前とその鬼とじいちゃんが封印を施したって、その時にいったい何が……」

 「それは……、あら?準備が出来たみたいね、話はまたあとにしましょう」

 「いや、おい……行っちまったし」

 気になるところで話が切れてしまうなんてベタだな、とか考える翡萃。気になるが仕方ないと割り切ることにしたようだ。
 そこに足音が聞こえてきた。

 「お兄さん!準備が出来たから居間に来てください」

 翡萃を呼びに来たのは橙だった。部屋に案内していた時よりも若干元気になっているのは、気のせいではない。
 準備が出来たってのは夕食のことだったのか。
 橙の元気な様子に癒されながら立ち上がる翡萃。

 「わかった、行こうか」

 「ハイ!」










 
 「藍様〜!お兄さん呼んできました」

 「御苦労さま、橙。翡萃、好きなところに座ってくれ」

 「了解」

 居間に来るとすでにテーブルの上に料理が並べてあった。中には見たこともないような料理があり俄然疲れが飛んでいく翡萃。
 人間腹が減っては戦が出来ぬってね、戦もしないし半妖だけど……。
 思考も緩んでしまったみたいだ。

 「みんな座ったようね、ではいただきましょう」

 「「「いただきます」」」

 そして、ささやかながら翡萃の歓迎会がはじまった。













 
 食べ始めたころは、橙が翡萃に外の世界のことを興味津津なようすで尋ねたり、逆に翡萃が幻想郷のことを藍や橙に尋ねたりと穏やかな空気が流れていた。

 「それにしてもこの料理うまいな」

 「そうか、口に合ったようでなによりだ」

 まだまだ未熟な腕だが、と付け足す藍。
 そんな藍に、謙遜する必要はないと言おうと思った翡萃だが、突然、紫が話しかけてきたので言えなかった。
 
 「翡萃、言い忘れていたけど……」

 いきなり話かけてきたと思ったら言いよどむ紫。
 いったいなんなんだ?

 「なんだよ」

 「働かざる者食うべからずだからね、わかっているとは思うけど」

 ……これは反論できない。
 仕方ないと思う翡萃だが、いったい何をすればいいのかは思いつかない。自分が出来ることなんてたかが知れているのだが、精々掃除などだろうか。

 「いいわね、ということで、あなたには、藍の手伝いを命じます」

 「藍の手伝い、って、具体的にはなにをすればいいんだ?」

 家事とか料理とかか……?
 もっともここは幻想郷、そんなに甘くないのが現実である。一方、藍はやれやれという表情、またなんか言いだしたよというところであろう。

 「さぁ?」

 「いや、さぁ?って」

 自分で言い出しておいて投げっぱなしという『紫クオリティ』の炸裂である。

 「藍に聞いてちょうだい、藍?あとは任せたわ」
 
 なんてやつだ、自己中め!とは口に出すと大変なことになるのがわかっているため心の中で囁く翡萃。
 
 「何か言いたそうね?」

 「……いいえなにも」

 「ええと、とりあえず翡萃はその時その時に私が出した指示をするでいいかな?」

 いままで口をはさめなかった藍が漸くこう切り出した。
 もちろん翡萃に断る権利などないので

 「了解した」

 と言うしかなかった。
 まぁ、紫と違って藍は変な事は言わないだろう。
 と、紫と藍を見比べて考える翡萃だがこんなことをすれば当然

 「やっぱり私が翡萃に仕事を出そうかしら」
 
 「いいえ!藍の手伝いがしたいです!」

 まったく勉強をしない翡萃であった。












 「さて、それじゃ宴もお開きとしましょうか」

 というのは紫、時間は2時間も過ぎており、丁度良い頃合いであった。

 「ふぅ、ごちそうさま。本当においしかったよ、藍」

 「ごちそうさま〜!!今日は一段と美味しかったです、藍様!」

 「ふふ、お粗末さまでした。ありがとう二人とも」
 
 この時、翡萃はこの幻想郷に来て初めて気が抜けたのであった。
 しかたのないことなのだが。
 ちなみに、この時すでに紫はスキマで居間から居なくなっていた。

 「それじゃ食器をさげよう、橙、手伝ってくれ」

 「わかりました!」

 「あ、俺も手伝うよ」

 ここまで歓迎してもらったのだから手伝わなければ。
 そう考える翡萃だが藍は気にしなくていいと、

 「歓迎会の後始末を主賓にさせるわけにはいかないだろう?」

 「でも……」

 「私の顔を立てるということで、な」
 
 「お兄さんはゆっくりしていてください!」

 こう言われてしまったら翡萃も引かざるをえない。
 ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
 
 「わかった。ありがとな、二人とも」

 「気にしないでくれ」

 「はい!」

 笑顔で二人に言われて癒される翡萃なのであった。













 あとがき
 どうも、トルミンです。
 この度は更新がかなり遅れて読んでくださっていた方々、本当に申し訳ございません。
 もっと早く書き上げる筈だったのですが、ずるずると引き延ばしてこんなことに……。
 しかも、未だに全然話が進んでいないですね。スミマセン
 この調子では次が早くできると約束出来ないのですが、次を待っていただければ幸いです。

 ではまた次回








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