「う〜、トイレトイレ。」 今、トイレを求めて全力疾走している僕は、四年生の大学に通うごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば、不老不死であるってとこかナ・・・。名前は土樹良也。 と有名なワンシーンを切り出してボケてみたはいいが、実は僕のお腹の調子は割とのっぴきならない状態だった。どうにもさっき学食で食べた温泉玉子が当たりだったらしい。 三限の間はよかったが、帰る途中にゴロゴロいいだして、今は全身から冷や汗が噴き出してる。一刻も早く便座に腰を落ち着けたい気分だった。 全力疾走――とは言っても、下手に刺激を与えるとカタストロフが起こるので、スピードはあまり出せない。出せる限界で一生懸命に走っていた。 確かこの公園は、中央に大きめのトイレがあったはずだ。そこにたどり着けば僕は助かる。 角を曲がり、それは僕の視界に飛び込んできた。ほっと安堵の息が漏れる。 その瞬間「安心するのは早いぜベイビー!」とでも言わんばかりに破滅の音を立てる僕のお腹。一瞬ヒヤっとしたが、気力で持ちこたえる。 波が過ぎ去るのを待ち、僕はゆっくりと歩を進め始めた。震える足で、しかし一歩一歩確実に。 残り100m。まだだ、まだ油断はしちゃいけない。ここで油断をしたらここまでの苦労が水の泡だ。 残り50m。もう少しだ。もう少しでたどり着くから、このまま静かにしててくれよ。 残り25m。大丈夫大丈夫、絶対やれるって。諦めんな、諦めんなよお腹!! 残り10m。理想郷はすぐ目の前だ。あと10歩、歩ききるんだ。 トイレをすぐ眼前にした僕は――そこでふと、あるものが目に入った。 それは、トイレのすぐ脇に設置されたベンチに座る人だった。「こんな場所にベンチを作るなんて」と思っていたが、まさかそこに座る人がいるとは思っていなかった。 だがそれだけで気になったわけではない。その人――その男性は、さっきからじっと僕の方を見ている気がした。 ・・・いやいや、気のせいだろう。何が悲しくて僕みたいな平凡男子の顔を男がまじまじと見なきゃならない。 いくら彼が、某漫画に出てくるような青いツナギを着ている逞しい顔つきのハンサムな青年だからといって、まさかそんな特殊な趣味を持っているわけがないだろう。 初対面の人物に、失礼とは思いながらも心の中で奇妙に思いながら、僕は彼の目の前を素通りしようとした。 まさにその時だった。 ベンチに座った彼は突然、僕の見ている目の前でツナギのホックをはずしはじめたのだ・・・! 「・・・って、おいちょっと待て!?」 一瞬で腹痛が吹き飛び、悪寒を感じ僕は突っ込みを入れた。しかしそれを彼は一切意に介さず、告げた。 「や ら な い か ?」 と。 踵を返す。本能に従い、僕は全力で駆け出した。さっきみたいな生まれたての小鹿の足取りではなく、掛け値なしの全力だ。 その後を、彼が追いかけてくる。重心を低くし、猛烈なスピードだった。 追いつかれてたまるかと、僕は霊力で身体能力の強化を行った。しかしそれでも彼との差は開かなかった。 な、何者なんだ!? 「連れないじゃないか。今のはホイホイ着いて来るところじゃないか。」 走りながら彼は、前を走る僕に声をかけてきた。着いて行ってたまるか、僕はノーマルな性癖しか持ってない!! 「俺はノンケだってかまわないで食っちまう奴なんだぜ。」 「そんな特殊性癖に貞操を捧げる気はない!!」 「傷つくな。それは差別発言だぜ。」 差別上等、僕は犯罪者と男の同性愛好者には人権を認めていないんだ!! 「嬉しいこと言ってくれるじゃない。それならとことんまで楽しませてもらおうか、な!!」 ドンッ、と漫画みたいな音を立てて土煙を上げ加速するハンター。均衡していた速度が破られ、差が徐々に詰まってくる。 くっ・・・捕まってたまるか!! 異能がバレることと僕の操が散らされることを天秤にかけ、身の安全の方に一瞬で落ちた。緊急事態故止む無し。 僕は霊力を纏い、大地を蹴った。体は宙に浮き、地面との摩擦による速度減少がないため加速が増す。詰まり始めた距離の差は再び開き始めた。 「むっ!?」 「ははははは、あーばよとっつぁーん!!」 気が大きくなった僕は、某大怪盗の三代目のような台詞を残し、さっさと奴からおさらばしたのだった。 まさに九死に一生を得た気分だ。大袈裟ではなく。 「ふう・・・ん、飛べるんだ。ただのすっとろいだけの人間じゃないみたいだね。」 あまり飛び続けて人に見付かってもまずい。怨敵が見えなくなったところで、僕はほっと一息ついた。 後ろを見る。どうやら追ってきてはいないようだ。当然か、飛べない人には出しようがないスピードで飛び回ったんだから。 今になって考えるとちょっと軽率だった気がしなくもない。しかしあのまま放っておけば『アッー!!』な展開になっていたことは請け合いだ。 あの場では最善手だったんだ。そう割り切ることにしよう。幸い他に見ている人はいなかったんだし、たとえあの人が騒いだところで、多分スキマ辺りがなんとかするだろう。困ったときのスキマ頼みだ。 一連の考えにケリをつけ――腹痛が再び意識に浮上してきた。 すっかり忘れてたが、僕は便座を求める旅の途中だった。 不幸中の幸いというか、今のショックで腹痛は初期値に戻ったみたいだ。けれどすぐまたさっきみたいな破滅への序曲を奏で出すだろう。 猶予はあまりない。僕は手近な店を探し、そこでトイレを借りることにした。 「・・・うん、ここでいいか。」 選んだのは、それなりに大きいデパート。ここなら、トイレもちゃんと掃除されているだろう。 掃除の行き届いていないトイレで用を足すことほど背筋が震えることはない。余裕があるならなおのことだ。 陳列された商品には目もくれず、トイレの場所を確認し、一目散にトイレへと向かった。 思った通り、トイレは綺麗だった。暖色系のタイルがささくれ立った心を落ち着かせてくれる。 ほっと安心し、僕はトイレの個室の戸を開けた。 「よう、さっきぶり。」 そして、固まった。そこには何故か、さっきの変質者が、我が物顔で便座に跨がっていた。 動きと一緒に、思考も一瞬停止する。おかしい、さっき完全に撒いたはずだ。何故こいつがここにいる。 再起動した頭の中が混線していると、奴が動き出す。はっと体の硬直が解け、僕は大きく後ろに下がった。 「そっちから来たってことは、やる気になったってことだな。男は度胸!何でも試してみるのさ。」 「断固拒否する!!」 吐き捨て、走ってトイレを脱出した。ややあって後ろから破砕音。あいつ、トイレの扉を破壊しやがった・・・!! 店の人にどう説明しようとか思う余裕もなく、再び命懸けの鬼ごっこが始まる。 ええい、また空を飛んで逃げきってやる!人気のない場所に出るため、デパートの最上階へ向かって走る。買い物客からは奇異の視線で見られているが、仕方ないと割り切るしかない。 二度目であることもあり、幻想郷で鍛えられた肝は、割と冷静を保っていた。この男に霊弾でもぶち当ててやろうかと思える程度には。 もうこいつには空を飛べることがバレているんだ。この上霊弾や魔法がバレたところで大したことじゃない。最終的にはスキマが何とかしてくれる。はずだ。 そんなことを考えている間にも、僕は立ち入り禁止のプレートを越え、扉を開き、使われていない屋上へと躍り出た。 すぐさま地を蹴り、浮遊する。その直後、後ろの方で再び破砕音がした。公共の場でよく平気で破壊行為を行えるもんだ。 そんな奴に容赦してやる義理はさらさらない。手の中に力を注ぎ、光の塊を生み出した。 振り返り、それを奴目掛けて投げようとして―― 「つーかーまーえー・・・」 ゾッと、背筋が冷えた。奴は何故か屋上ではなく、僕のすぐ後ろ――空中にいた。 そして両手を大きく広げ、今にも僕を抱え込めるような体勢だった。 反射的に、ポケットの中から非常用に常備しているソレを取り出した。 「火符『サラマンデルフレア』!!」 選択なんてしている余裕はない。僕のスペルの中でもっとも殺傷能力の高い火属性を、大男の懐に叩き込んだ。 手を広げていた奴は防ぐことも出来ず、一瞬で火達磨になった。そのままデパートの屋上へと落ちていく。 僕の心の中は、「やっちまった」という思いと、今の不可解な状況への困惑で満たされていた。 そのため、動くこともままならずぼんやりと男の落ちて行った方を見続け、・・・怪我の功名を得た。 「・・・んな、アホな。」 落ちた男は、空中で体勢を取り直し、綺麗に着地していた。のみならず、ぶるりと身震いをすることで体を覆う炎を振り払ったのだ。 はっきり言って人間業じゃない。そうだ、今もこいつはジャンプでは届き得ないこの高さまで飛んでいた。 それだけじゃない。そもそもの話、このデパートのトイレに、しかも僕が選ぶ個室をわかっていたかのように待ち構えていた。 ここが幻想郷ではないということで安心していたが――考えてみれば、僕は以前外で人間以外にい出くわしたことがあるじゃないか。 向こうの妖怪は皆女の子の姿を(しかも見た目だけで言えば相当上の部類に入る)していたから、すぐにその発想がでなかったのか。 「熱いじゃないか。普通の人間だったら焼け死んでるところだ。」 「焼け死んでないんだから、結果オーライでしょ。」 そして本人の確認も取れた。これはもう間違いない。 「それで、妖怪が何で僕を付け回すのかな。」 そうと分かれば、意図が気になった。話は通じるようだし、僕は彼に向かって疑問を投げかけた。 彼は「おいおい」と大げさに肩を竦めた。 「もうあの熱い出会いを忘れたのか?俺はお前に『やらないか』って言ったんだぜ。」 「断ったはずだけどね。さっきも言ったけど、僕に同性愛の気はない。」 「さっきも言ったが、俺はノンケだってかまわないで『食っちまう』奴なんだぜ。」 ・・・ああ、聞くだけ野暮だったな。妖怪が人間相手に取る行動なんて、基本的に一つだ。あいつらに取って僕達は、食料でしかないんだから。 「痛いのや怖いのは嫌いなんだ。悪いけど、他を当たってくれ。」 「そうはいかないな。こんな上玉を目の前にして我慢できるほど、胃も懐も広くないんだ。」 なるほど、そういうことか。こいつが僕を的にした理由がようやく見えた。 霊力・魔力が高い人間というのは、妖怪や悪魔にとっては上等の餌だ。あまり高すぎると返り討ちにあうが、僕みたいに程よく高い程度なら、庶民にとってのご馳走みたいなものなのだ。 我ながら、中途半端に力を持ってしまったもんだ。 「ままならないね、どうにも。」 致し方なし。僕は魔力を高め、幾つもの弾幕を作り出す。それら全てをデパートの屋上目掛けて投げつけた。着弾し、爆音と煙幕が広がる。 こんな人目に着くところで妖怪と勝負なんて、騒ぎになるに決まってる。目くらましと、あいつに対する牽制だ。 煙幕の中から奴が出てきた。そこに、思い切り力を注いだ一発を投げつける! 「ぐっ。」 狙い済ました一撃は、過たず命中した。奴はぐらりとよろめいた。今だ!! 「全力で・・・」 霊力を更に高める。この状態で一撃を放てば、下級の妖怪ぐらいなら一発で消滅させられるだろう。・・・当たりさえすれば。 奴は既に体勢を立て直していた。僕の様子を見て、警戒を露にしている。すぐに攻撃はしてこないだろうが、あれじゃ避けられるのは目に見えている。 だから、僕が取る行動は。 「撤退する!!」 その霊力を推進力としての、全力退避!! 某パワーインフレが著しいバトル漫画のごとく「バシュイーン!」という音を立て、僕はその場から高速で離れた。 「あ、こら待て!!」 奴が何やら叫んでいたが、無視。何が悲しくて外でまで妖怪と戦り合わなきゃいけないんだ。しかもむさい男の姿の妖怪と。 既に開いた差を埋めることなど到底できるはずもなく、追ってくる奴を振り切り、僕はまんまと逃げ延びたのだった。ああやれやれ。 「むむむ・・・あそこはバトる展開だろ常考。厨二病は卒業してるのか。こうなったら、仕方ないな・・・。」 そんなことがあったりもしたが、だからと言って僕の腹部に潜む悪魔が消えるはずもなく。 「ぐぐぐ、せっかく落ち着いてたのに・・・。」 腹痛をこらえながら歩く。一度限界間近を迎えた僕に、三度目はなさそうだ。 かなりの距離を飛行したため、この辺は地の理がない。要するに何処にトイレがあるかも分からない。 余裕もない。こうなったら、次に見つけたトイレがどんな場所でも、使うしかない。 ないない尽くしで気が滅入るが、そんなことを言ってる場合でもない。とにかく、脂汗を浮かべながら歩く以外に手はなかった。 そしてどれぐらい歩いたか。 「あ、あの特徴的なマークは・・・。」 帽子、顔の丸、そして逆三角。黒いタイルで作られたそれは、男の子の安息の象徴だった。 見間違いではない。長い旅路の果て、ようやく僕は見つけたのだ。気まぐれ温泉玉子から始まった一連の悪夢の終着点を。 喜び勇んで駆け込みたくなる衝動に駆られるが、待て。あの妖怪がまた出てこないとも限らない。こういうときにこそ慎重にならなければならない。 周りを見る。人気のない場所を飛んできたためか、人影はなし。当然あの妖怪の影もなし。 トイレの中をのぞく。こちらも人はいない。念のため全ての個室を見てみたが、誰も入っていなかった。 今度こそ、大丈夫だ。胸のうちに溜まった荷物が下りた気分だった。この調子で、下腹部のうちに溜まった荷物を下ろそう。 僕は個室の扉を閉め、鍵をかけた。そして便座の方を向き―― 「どうした?遠慮せずにズボンを下ろしなよ。」 便器の真ん中から生えた首が、硬直する僕に向けてそう告げた。 ・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・っっっっっっっっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」 肺の中の空気全てを使い、叫んだ。そして平行作業で鍵を開けドアを開けトイレの入り口から飛翔で逃げ出す。 そして僕の背後でトイレが弾け飛ぶ。何処までも執拗に追ってくるハンターは、瓦礫の中から僕を追いかけてきた。 「くんなっ!くんなぁ!!くんなっつってんだろ!?!?」 最早正気を保ってはいられず、後方に力任せの霊弾を何発も投げつける。 ほとんどは逸れ、いくつかは命中し、それでも奴は一向に止まる気配を見せなかった。 「ここまで焦らされたんだ、このままじゃおさまりがつかないんだよな。」 僕がいくら人間にしては力を持っているとは言っても、天然の妖怪と比べてそこまで大きな力を持ってるわけじゃない。だんだんと距離が詰まってきている。 僕は半狂乱になっていた。 「土符『ノームロック』!!」 岩の塊を投げつける。それは奴の右腕で簡単に粉砕された。 「風符『シルフィウィンド』!!」 今度は鎌鼬を発生させる。それはツナギを裂くだけで、奴には傷一つつけることが出来なかった。 「水符『アクアウンディネ』ぇ!!」 高圧の水流を生み出す。奴は優雅にクロールで泳いだ。 僕のスペルが、足止めにすらならなかった。僕の攻撃など意に介さず、ただただ奴は僕だけを視界に納めていた。 そして、状況は更に悪くなる。 「・・・うぐぉぉぉぉ・・・!!」 アドレナリンの分泌により麻痺していた感覚が、とうとう限界を迎えた。腹からキュルキュルキュルという嫌な音が聞こえてくる。 まずい。本格的にまずい。僕の命も危険だし――いや死なないんだけど、それでもまずい。そして同じぐらい僕の人間としての尊厳がヤバい。 「今度はこっちの番だろ?」 そしてそんな僕を追い詰めるかのように、奴は攻撃を仕掛けてきた。ジュン、という音を立てて僕の顔を何かが掠める。・・・もし当たってたら、頭に風穴が空いていた。 一体何をしてきたんだ。僕は振り向き――見なかったことにした。 いや何ていうかあれだよ。何でツナギのホックが一番下まで空いてるんだ。おまけに肌色の棒状の何かがこっち向いて反り立ってたし!何を飛ばしたんだナニを!! 「飛びながらじゃ上手くしごけないな。」 「聞きたくない!聞きたくない!!」 ごうごうという風切り音にかき消されて肝心の部分を聞こえないでくれたが、僕は奴の攻撃方法を記憶の闇の中に葬り去ることに決めた。 ・・・って、それどころじゃないんだって。もう、腹がぁぁぁぁぁ・・・!! あまりの痛みに白黒と点滅する意識の中で―― ――僕は、あることに気がついた。それは極限の集中だったからこそ気付けたことだ。 そういえばここは、博麗神社の近くじゃないか。 そう気付き、僕は大きく左に曲がった。神社はこっちのはずだ。 当然奴も追ってくる。今のカーブでだいぶ距離を詰められてしまったが、神社にさえ着いてしまえばこっちのものだ。 いかにあいつが力を持った妖怪であるとはいえ、博麗大結界を越えることはそう簡単ではないはず。あれを易々と越えられるのは、境界を操るというバカげた能力を持つスキマと、自分だけの世界を持つ僕だけだ。 つまり、大結界を越え幻想郷に入ってしまえば、奴は手出しが出来なくなる。そうしたら後は霊夢に急いでトイレを借りて万事解決だ。 急激に意識さえ研ぎ澄まされる感覚。後ろから奴が『白い弾』を発射してくるが、そのタイミングが手に取るようにわかる。あっさりと回避してみせた。 残ったスペルカードを全てつぎ込み、神社までの間こちらに近付かせない。奴は相変わらず涼しい顔をしていたが、知らぬが故の余裕という奴だ。その顔を悔しさで歪ませてやる。 そうして攻防を繰り広げながら飛び続けるうち。 とうとう、寂れた博麗神社が見えてきた。 「ここがとっておきの場所ってことか?人気がなくていいな、大きな声が出させてやる。」 ・・・しかしこいつ、何で一々こういう貞操の危機を感じさせるような発言をするんだろう。そうやって僕の恐怖を煽るのが目的なんだろうか。 だがそれもここまでだ。ここに着いてしまえば、もうこっちのもの。 僕は神社の大地に降り立った。それに倣い、奴も降りてくる。 僕は本殿の側に、あいつは鳥居の側に。向かい合う形で立っていた。 「追いかけっこはもうおしまいかな。それじゃ、そろそろお楽しみと行こうかね。」 ザッザッと枯葉を踏みしめながら、奴はこちらに歩んできた。僕が動かないと見て、ゆっくりと。 だが、そのゆっくり歩きが命取りだ。 「そうだね。僕は向こうでゆっくりしてくるから、一人で楽しんでな。」 能力の発動には一秒もかからない。奴が異変に気付いたときにはもう遅い。 慌てて奴がこっちに走ってくるのが見え――次の瞬間には、僕の視界から消えうせていた。 世界の表と裏が切り替わり、僕は幻想郷に移動したのだ。 すかさず、僕は母屋に向けて走り出した。 「霊夢、悪いんだけどトイレ借り――」 そして、三度硬直した。 「驚いたな。まさかそんな移動方法を持ってるとは思わなかったよ。けど残念、俺からは逃げられないんだよ。」 何故、いる。何故こいつが、僕の見慣れた博麗神社の居間に、見慣れないこいつがいる。 背筋に薄ら寒いものが流れ込んできた。一体こいつは、何の妖怪なんだ・・・!! 「その様子じゃ、手詰まりかな。やれやれ、ここまで追い詰めるのに随分と力使わされちまったな。それじゃ、今度こそ愉しませてもらおうか。」 逃げようとする。しかし足に力が入らない。恐怖からか、それとも体力気力の限界からか。奴は逃げられない僕を仕留めようとするかのように、じわりじわりと迫ってきた。 ――霊夢がいれば、こんな妖怪なんか・・・。 そう考えたところで、僕は違和感に気付いた。 霊夢がいない。基本的に外出をしない、異変ぐらいでしか動かない巫女が、彼女の本拠地にいない。 たまたま留守にしていたなんてことがありうるだろうか。一体それは、どれぐらいの確率なんだ。 大体こいつはどうやって大結界を越えたんだ。それじゃスキマ並の力を持ってるってことになるじゃないか。 こいつがそれだけの力を持っていないとは限らないけど、想像はしにくい。それだったら、こんな回りくどいことする必要はなかったはずだ。 そもそもの話、こいつの在り様がおかしい。まるで必ず僕の出した手の一歩先を行くみたいに、先回りしたり攻撃を弾いたりしていた。こいつは必ず後だしなんだ。 そして僕は――最初の疑念にようやく気がついた。 何で大学を卒業したはずの僕が、また大学に行ってるんだ。 気付いた瞬間、全ての謎が氷解した。・・・やれやれ、まさかこんなことでここまで苦戦するとは。パチュリーに知られたら「未熟者」って言われそうだな。 よし、この出来事は僕の胸のうちにしまっておくことにしよう。そう決め、僕は目の前の奴を見た。 「おや?ようやく観念してくれたのかな。」 「ああ、ようやく理解できたよ。あんたの正体も、あらかたね。」 ここまで好き勝手やってきた奴は、僕の言葉にギョッと、初めて驚きの表情を見せた。これで確信が持てた。 こいつの正体を知れば、この状況は理解できる。この状況が理解できれば、奴の正体は自ずと分かる。 つまり奴はそれを知られてはいけなかったんだ。知れば、この世界は解けてしまうから。 これ以上こいつの悪趣味に付き合ってやる義理はない。だから僕は、遠慮なくその言葉を告げた。 「これは、夢だ。」 そして世界は色をなくし、崩壊した。 がばりと起きる。見回すと、そこは僕が借りているアパートの一室だった。 窓から差し込む朝日。時計はまだ6時を指していた。 「・・・夢でよかったぁ〜〜〜。」 ほぅっと、安堵のため息をつく。あれでもし僕の考えが外れてたら、完璧に終わってた。色々と。 しかし実際にはこうして悪夢から覚めることができ、寝汗が気持ち悪い意外は問題も起きていない。 最悪の眠りと最高の目覚めだ。こんなことをしでかした奴には、ちょっとお仕置きが必要だな。 部屋の中に、僕の能力をいきわたらせる。今この部屋の中全ては、僕の世界の中だ。何か異常があればすぐにわかる。 そして、見つけた。カーテンのところ。何か小さい異物が存在している。 僕は布団から起き上がり、カーテンのところまで行き、勢いよくカーテンを開けた。 「わっ!?」 そこには手乗りサイズの幼女――この場合妖女でもいいが、とにかくそんなのがいた。 栗色の髪に琥珀の瞳。白い毛のような衣服を身に纏っている。そして、炎のような幻のような尻尾が生えていた。どう考えても人間じゃない。 だからと言って取り立てて騒ぐほどのことじゃないが。 「こら。」 「あたっ。」 とりあえず、頭を小突いてやる。すると幼女は、大げさによろめいて見せた。いや、ひょっとしたらこのサイズだし本当に痛かったのかもしれない。ちょっと罪悪感。 「うー、何するんだよぅ。」 「それはこっちの台詞だ。とんでもない夢を見せてくれやがって。」 「だってボク獏だし。BL好きなんだもん。」 「だからって人で実践するな。寿命が縮んだぞ。」 寿命ないんだけどね。 獏――人の夢を喰らって生きるという、弱小の妖怪だ。どうやらこの少女の正体は、僕の予想通りだったようだ。 そしてやはり、彼女が僕にあの悪夢を見せていたらしい。 「何でこんなことをしたんだよ。」 窓枠から下ろしてやり、マグカップに牛乳を入れてちゃぶ台の上に置いてやる。別に糾弾するわけじゃないんだから、このぐらいでいい。 「えっと・・・、お腹が空いてて、そしたら強い霊力を持った奴がいたから、そいつの夢を喰ってやろうと。」 「予想通りの回答をありがとう。」 大体そんなところだろうと思っていたが。あの悪夢だったのは彼女の趣味なんだろう。腐女子の趣味はよくわからない。 「も一つ質問。あのまま君に夢を喰われたら、どうなってたの?」 「え?えーっと、ちょっと体がだるくなったり、数日間無気力になったりするぐらいだよ。命を落とすなんてことは滅多にないよ。」 ボクもそれはちょっと寝覚め悪いし、と言って牛乳をコクコクと飲んだ。馴染むの早いな。 とりあえず、どうやらこの娘は特段危険というわけでもないらしい。それでようやく僕は家の中に広げていた世界を解除した。 しかし、外の世界で――しかも夢の中でまで妖怪と遭遇するとは。どうにもこうにも、世界の裏側とやらはどうあっても僕を引きずり込みたいらしい。 まだそっち側に行く気はない。不老不死だから、長く生きてりゃそうなるかもしれないけど、今はまだ普通の教師をやっていたいんだ。 だから、色々な思惑は全部スルーして、僕は今しばらくこっち側にいるぞと決意を新たにし。 「とりあえず、今度の休みに君みたいのがいっぱいいるとこに案内してやるから。それまでは大人しくしててね。」 「はぁ〜い。」 この妖怪少女は、幻想郷に連れて行くことにした。 後日、少女――獏良水穂(ばくらみなほ)を幻想郷に連れて行ったら、案の定霊夢やら魔理沙やらに冷やかされた。 それはスルーしつつスキマに事情を話したら、「あなたが責任を持って預かりなさい」とか言われた。 意味がわからなかった。 おまけ 「そういえば、BLが好きだってのはわかったけど、腹痛まで起こすのはひどくない?」 「へっ?腹痛??ボクそんなことしてないよ。」 ・・・え?ってことは・・・。 「おごぉぉぉぉぉ!!かつてないびっぐうぇーぶ!?!?」 とりあえずこの日は、体調不良で休むことにした。 おわり 〜あとがき〜 public class Ryoya extends Hetare implements Horaijin, Sogebu { private int MaxHP = 100; private int MaxMP = 50; private int HP = 100; private int MP = 50; /** * 今回のお話が出来るまで */ public void init() { bangaihen(new Character(getParameter("bangaihen"))); mogero(); doshitekonatta(); } /** * 番外編でフラグ成立 */ public void bangaihen(Character chr) { flg(chr); } /** * パールパールリパールリラー、みんなーしねばいーのにー♪ */ public void mogero() { Mogero.mogu(this); resurrection(); } /** * そして、伝説へ・・・ */ public void dositekonatta() { Abesan.ahh("アッー!!"); } @Override public void resurrection() { HP = MaxHP; MP = MaxMP; } @Override public void flg(Character chr) { chr.setKokand(100); } } そういうお話でしたとさ。皆、分かったかなー? 分かるわけないって?うん、分かっててやった。公開もしているし、反省もしていない。 結構お見苦しい話ですが、頭空っぽにして笑ってもらえれば幸いです。 それではまた。ロベルト東雲でしたー。 |
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