レティシア達の『忘れ物』を届けるために、はるばる火星へとやってきた僕だが、まだ地球へは戻っていないのだった。

滅多に来ない火星だから、観光でもしようかなという意思もあった。

また、せっかくトラブルシューターという地球ではあまり見られない職場を見学できるのだから、差しさわりのない範囲で見て行こうかなとも思っていた。

既に100年以上を生きた僕だけど、永遠というには短いこの時間でも理解できていた。暇は不死を殺す毒になると。

やることがないで日々を過ごしているだけだと、あっという間に時間が流れる。僕ぐらいでも10年の歳月は短く感じる。

だから僕は、既に外に戸籍がなくなった今でも、働き続けているのかもしれない。

それはともかくとして、今の僕は若りし日よりも暇つぶしに対して貪欲になっていた。

知的好奇心を満たすのは、暇つぶしにはもってこいだ。僕はこのまたとない機会を存分に活かそうと思っていた。



そう、思ってたんだけどさ。



「おーい良也、ツマミが切れたぞー!」

「ああ、ついでにこの舶来物のお替りも頼むよ、良也。」

「合体ロボは何処ですか、合体ロボ。宇宙世紀ならありますよね、合体ロボ。」

「あんたら、ここは私の分社よ。ちょっとは遠慮しなさい。」

こんな状況になるなど、誰が想像できようか。

「・・・ねえ、リョウヤ。あのバカ神ども、いい加減追い払ってほしいんだけど。」

「いや、何ていうか。凄くごめん。」

僕はレティシアと揃って頭を抱え。



シェリフスターカンパニーの社長室で宴会を繰り広げる4柱の神々に、ため息をついた。





レティシアに事情を話し、納得をしてもらった後のことだ。

『仲間に紹介したい』と言われ、僕は社長室に案内された。

話がややこしくならないかと思ったので断ったんだけど、その辺りの口裏はどうとでも合わせられると押し切られてしまった。

曰く、僕は恩人だから会社として正式に礼を言いたいと。そう言われてしまったら、断るのが返って失礼な気がして断れなかったんだ。

さてどう誤魔化したらいいものかと思いながら、レティシアの後を着いて行って社長室に入った瞬間、僕の懸念は宇宙の彼方にすっ飛んでいった。

だってもうそれはそれは取り返しのつかない状況になってたんだから。



ど真ん中に我が物顔で鎮座する僕の妻。

物珍しそうにあちこちキョロキョロしてる見た目子供。

社長室を見て満足そうに頷く注連縄と御柱を背にした女性。

僕を見て「先生ー」と声をかけてくる元教え子。

そして、彼女達を見て目を白黒させたり警戒したりするレティシアの同僚と思しき人物達。親しげに声をかけてるメニィ。

一体何がどうなってるのかさっぱりわからないぐらいの混沌(カオス)が、目の前で展開されていた。

結局、レティシアとメニィが頑張って隠してくれていた幻想郷のことやらを全て話す羽目になったのは言うまでもないだろう。



すぐには信じてもらえなかったものの、二人の証言や実際に僕達の力を見せることで、何とかある程度の信用はしてもらえた。

騒然とした場がひとまず落ち着いた後、僕は4人に対し問い詰めた。

「何でこんなことしたんだよ。幻想郷じゃないんだぞ、ここは。」

それどころか、地球ですらない。全ての幻想が科学に駆逐され、英知で持って人が足を伸ばした地だ。

そんな場所に『神々』が現れたとしたら、騒ぎになることぐらいわかるだろう。

それに何より、霊夢は元々あまり外の世界には出たがらなかったし、東風谷達は信仰のために外の世界を捨てた身だ。

今頃になってこんなところに出てくる理由がわからなかった。

返ってきた答えは、皆一様だった。

「私の分社が出来たみたいだったから、どんなものなのか見に来ただけよ。」

「え?私達の分社が出来たんじゃないんですか?」

「あー、うん。両方に信仰心が行ってるね。元々の信仰は霊夢の方で、ご神体にうちのお守り使ってる。」

「信仰されたら神徳を与えるのが神の仕事だろう?」

分社?そんなもの作ったの?

「・・・ひょっとして、私が作った神棚のこと?」

答えはレティシアから返ってきた。どうやらそうみたいだ。社長室に作られた神棚に、確かに力が宿ってる。

まさかレティシアが分社を作るなんて思ってもみなかったな。本人は意味がよくわかってなかったみたいだけど。

「だからっていきなり出てくるなよ。何も知らなかった人達がどん引きしてたじゃないか。」

この場にいるレティシアとメニィ以外のシェリフスターカンパニーの職員の人たちは、いまだ警戒をしていた。

そりゃ、いきなり得体の知れない人物が4人も現れたら、警戒するのが当たり前だ。

僕の非難に、しかし霊夢はまるで落ち着いて。

「あら、紫の許可は取ったわよ?」

そう返してきた。

――あのスキマは。一体何を考えてるんだ。幻想郷のことを隠したいのか広めたいのか、いまいちよくわからん。

・・・まあいいや。あいつに関しては、考えるだけバカバカしい。

「それに、やっちゃった以上何をどうこう言っても詮無きことでしょ。」

「張本人が偉そうに言うな。」

そうは言いながらも、僕はもう諦めていた。実際霊夢の言うとおりだ。

彼らは霊夢達――幻想郷の神々の出現を見た。スキマならともかく、僕達にその記憶をどうにかしてなかったことにするのは無理だ。

となると、次に問題になってくるのは、彼らとの関係をどう構築するかだけど・・・。

「えーっと、そちらのお話は終わりましたか?」

と。僕がちょっと考えていると、金髪の青年――確かここの社長、レティシアのお兄さんのはずだ――が声をかけてきた。

何だか頼りない印象の社長だけど、この会社大丈夫なんだろうか。

「ああ、はい。お待たせしてすいませんでした。」

「いえいえ。事情を察するに、ミスターツチキにも色々と言いたいことがあったでしょうから。」

ニッコリと笑いながら僕の心情を汲み取るティモシーさん。その様子は他の社員と違って動揺した気配がない。

・・・しかし何故だろう、この人からはスキマと同じ臭いがする。

「全てではありませんが、事情は把握しました。我が社の社員を助けていただいたそうで。代表してお礼を申し上げます、ミスターツチキ。」

「いや、そんな。僕は大したことしてませんって。」

「そうね、結局役に立たなかったし。」

うぐっ。た、確かにそうだったけどさぁ。

「そちらの4名は、・・・我々の理解の範疇を超えていますが、神、ということでいいんですね。」

「ええ、まあ。信じられないでしょうけども。」

外の、しかも異星に住むような人には、絶対信じられないよなぁ。

と、そう思っていたんだけど。

「わかりました。」

ティモシー社長は笑顔でその事実を了解した。・・・器でかいな、この人。

「それでは、ミスターツチキとご一緒にお客様としてお迎えします。・・・ええと、お名前をよろしいですか?」

「博麗霊夢。元博麗の巫女で現博麗神社の祭神よ。」

「東風谷早苗です。元は守矢神社の風祝(かぜはふり)をやっておりました現人神です。」

「八坂神奈子だ。軍神で、古くから守矢神社で祭られている。この中じゃ年長組だね。」

「洩矢諏訪子だよ。守矢神社は元は私の神社だから。間違えないようにね。」

「なるほど、わかりました。」

「ちょっと、いいんですか社長!!」

話がやたらスムーズに進んでいたかと思うと、唐突に声を上げた少女がいた。

ロングの金髪で、整った顔立ちの娘。・・・むぅ、レティシアといい、ここの社員ってレベル高いな。

「そこのスケベ顔はともかくとして、こっちの4人は完璧得体が知れないんですよ!?そんなホイホイ客にしていいんですか!!」

「ちょっと待て誰がスケベ顔だ!?」

あんたよあんた、と指を指されて言われた。そんな顔してたか、僕は。

「私もサミィの意見に賛成だ、社長。」

金髪の娘に同調し、銀髪の青年が無表情に言った。

よく見ると瞳の色が金と銀で、不思議な色合いをしていた。

――そういえばあの娘のこと『サミィ』って言ってたな、確か生体兵器の。ってことは、こっちの人はもう一人の『イーザー』か。

「レティシア、メニィの反応を見るに、ミスターツチキとミスハクレイに関しては危険はないと判断できるが、残りの3人は安全であると断ずる根拠に欠ける。警戒を解くのは得策ではないと考えられる。」

淡々と事実を述べる青年。恐ろしく無感情だ。やはり彼が『イーザー』と見て間違いないだろう。

だがティモシーさんは笑顔で首を横に振った。

「こちらの3名は皆さんミスターツチキとミスハクレイのご友人のようだ。恩人の友人を信用しないというのは、失礼な話だよ、イーザー。」

「その判断基準は感情によるところが大きい。冷静な判断とは言えない。」

「そうよ、やっぱり信用ならないわそいつら!!」

イーザーはともかくとして、サミィの方は完璧感情で物を言ってると思うんだけどな。

聞かない社員二人に、ティモシーさんは少し困った顔をした。

ここは助け舟を出すべきか。僕は口を開こうとし。

「よし、わかった!!」

神奈子さんの言葉が遮った。

神奈子さんはその場にどっかりと座り込み、言った。

「幻想郷ではこういう時は宴会さ。良也、酒を持ってきな!!」

「って、何で僕が!?」

「え?だって良也の仕事でしょ?」

諏訪子が何を言っているのかわからないとばかりに本気でそんなことを言い出した。違う、と言い切れないところが悲しかった。

幻想郷組の面々は神奈子さんの意見に賛成らしく、何も言わずその場で座った。

いきなりの展開に、シェリフスターカンパニーの皆は理解が追いつかないようだ。ティモシーさんとイーザー以外困惑の顔を浮かべていた。

「ミスターツチキでは何処にお酒があるかわからないでしょう。少々お待ちください、私が持ってきますので。」

「社長、本気か。アルコールを使った交渉は正常な判断を」

「君は少しこういうことも覚えた方がいいよ、イーザー。」

イーザーの言葉を皆まで言わせず、ティモシーさんは部屋を出て行った。

・・・まあ、何とかなるかな。僕もまた、その場で座り込み。

「ほら、皆も。立ってたら宴会始められないだろ?」

「え、ええ。そうね。」

「宴会だって。レティ、幻想郷の宴会に参加したいって言ってたから、良かったね!」

「・・・私はまだ納得したわけじゃないからね。社長命令だから従うだけなんだから。」

「右に同じく。」

他の皆も、何とか座らせることができた。



程なくしてティモシーさんが酒を持って戻ってきて、宴会が始められた。

所は違えど幻想郷の宴会だ。騒がしくなるのが必然だ。

皆バカみたいに飲み、バカみたいに騒ぎ、警戒をしていたサミィとイーザーもいつの間にか警戒を解き。

他の職員――とは言っても三人だけど、彼らも混ざった。

狭い室内だというのに霊夢と東風谷が弾幕ごっこを始め、皆や室内に被害が出ないよう僕が盾になったりして。

ともに笑い、ともに語らい、4柱の神々はシェリフスターカンパニーに受け入れてもらえたのだった。





・・・で。ここで話が終われば美談で済んだのだが。

この4柱の神は、幻想郷では滅多に飲めない酒の味を満喫しようと、シェリフスターカンパニーに居ついてしまったわけだ。

連日宴会が行われ、それに巻き込まれる社員達。業務の進みも悪くなっているようだ。

冒頭のレティシアの悩みももっともだった。

「本当にごめんね、身内が迷惑かけて。」

「リョウヤが謝ることじゃないわ。悪いのはあの4人・・・神は柱って数えるんだったかしら。」

神奈子さんに一番絡まれてたのはレティシアだったな、そういえば。気に入られたみたいだ。

神様のことや信仰のし方とか、色々叩き込まれていた。本人は憔悴してたけどね。

「けど、もう私じゃ打つ手無しだわ。飲まされ過ぎで頭痛いし・・・。」

まあ、普通の人間が飲む量じゃないからな。霊夢とかは普通の人間時代からそのぐらい飲んでたけど。

神奈子さんは押しが強いし、レティシアでさえ断れなかったみたいだ。

「わかった、僕からも何とか働きかけてみるよ。聞いてもらえるかはわからないけど。」

「ええ、お願い。・・・私はちょっと休んでくるわ。」

疲労困憊のレティシアは、フラフラと社長室を出て行った。

――凄い子だ。連日の宴会に付き合わせられながらも、ちゃんと日々の業務をこなしてるんだから。

彼女のためにも、ここは僕が一肌脱ぐしかあるまい。

意を決し、僕は4柱の神々に一言物申すため、まずは神奈子さんのところへ向かった。



「あんた、イーザーって言ったっけ?もう少し感情を表に出したらどうだい。」

神奈子さんはイーザーに絡んでいた。神様らしく(?)説教をしているようだ。

それに対してイーザーは、無表情に淡々と答えを返した。

「私は任務遂行のために必要な能力を特化して造られている。不要と思われた感情に関しては最低限しか与えられていない。」

イーザーとサミィは、メニィと同様『クロフトカンパニー』が造り出した生体兵器だ。何でも、三人はプロトタイプとして造られ、性能テストのために設立されたのがこのシェリフスターカンパニーだったんだそうだ。

酷いことをするもんだとは思うけど、おかげで個性豊かな三人が生まれたって考えると、単純に否定もできない。難しいものだ。

イーザーは、『冷静に判断でき高い戦闘力を保有』をコンセプトに造られたんだそうな。そのため、他の人に比べて感情が乏しい。

そこのところは神奈子さんだって聞いていたはずだ。

「んなもん気合で何とかしな。」

なのにこれだもんなぁ。

「精神論ではなく、生体的なレベルでの話だ。提示された方法では要件を満たすことはできない。」

「外の人間たちは全てを科学で片付けようとするからわかってないだろうけど、感情は脳みそで生まれるもんじゃないよ。魂からさ。あんたにだって魂はあるだろう。」

「その概念は理解できない。」

「頭でいくら考えたってこういうもんはわからないもんさ。理屈抜きで感じてみな。」

まあ、神奈子さんの言ってることも一理はあるかな。イーザーは感情が少ない分ちょっと理屈っぽすぎる。そういうところは直しようがあるんじゃないかな。

「・・・現在私が保有する知識では、ミスヤサカの言葉の意味を解釈することは不可能だ。」

「今はそれでいいよ。けど、私の言葉は『心』にとどめておきな。いつかあんたの糧になる日がくるはずだ。」

「できる限りの努力はしよう。」

ちゃんと神様もしてるんだよなぁ、神奈子さんは。

ま、それはそれとして。

「えーと、神奈子さん。ちょっとよろしいでしょうか?」

「おう、良也。酒のお替りは持ってきてくれたのかい?」

僕を見るなり、何故か神気を発しながら酒のお替りを要求してくる神奈子さん。

ええい、気圧されるな僕!

「いえですね、そのですね。もう随分と長居したことだし、そろそろ幻想郷に帰らないのかと思ってね?」

やたらと腰が低くなってしまったが、何とかこちらの用件を伝えることができた。僕頑張った。

だというのに、神奈子さんはカッカッと快活に笑って。

「何を言ってるんだい、良也。まだまだ道を説き足りないし、神徳もあげたりないよ。信仰心が足りてないってのも、たまには乙なもんだね。私はまだまだいるつもりだよ。」

ばっさりと僕の意見を切り捨てた。

「いやでもね?ここの仕事の邪魔になってるみたいだし。」

「ティモシーの奴は好きなだけ滞在してくれと言っていたよ。問題はないじゃないか。」

ティモシーさんはなぁ。寛大だけどしっかりしてなさそうだし。

「それは違うな、良也。あんたはあいつを読み違えてる。あいつは妖怪の賢者や月の頭脳と同類さ。油断しているとペロリと丸呑みにされるよ。」

・・・そうかなぁ。確かにスキマ臭はしたけど、多分僕の気のせいだと思うんだよな。全然そんなところ見ないし。

酔ったサミィに愚痴られた内容からして、見た目通り頼りない社長みたいだしね。

「能ある鷹は何とやら。昼行灯が一番怖いんだよ。」

赤穂浪士か。考えすぎだと思うけどなぁ。

「ま、信じる信じないはあんたの自由さ。それに現実と幻想を行き来し続けてるあんたなら、何だかんだで上手くやれそうだしね。」

「たまたまそういう能力持ってたってだけだよ。その話が本当なら、何で神奈子さんは居座ってるの?ティモシーさんの思う壺になってるってことでしょ?」

「そらあんた、信仰心集める以外に何があるってのさ。」

なるほど。とても納得の行く理由でそれ以外に言えなかった。

「たった今、このイーザーを帰依させたところさ。」

「キエとは何だ、ミスヤサカ。」

ダメじゃん。



一度決めたら曲げることのない神奈子さんを説得するのは不可能なので、別のところから攻めることにした。

神奈子さんを動かすとしたら、やっぱり東風谷だろう。

「おーい、東風・・・」

谷、と続けようとして、それ以上言葉を次げなかった。

場に渦巻く熱気。それが東風谷の心情を表していた。

即ち、怒り。

100年前ならまだしも、今の東風谷は神格も上がり人というより神寄りの存在になっている。だからこそ今も当時の姿のままなのだが。

その怒りは、さながらゼウスの怒り。並大抵の妖怪ならそれに当てられただけで消し飛ぶほどだ。

だというのに、相手をしている彼女――恐らくは東風谷の怒りの原因であろう人物は、微動だにしなかった。何という胆力。

彼女の名前は、確か『クイーン』。どう聞いても本名じゃないが、その名前以外教えてくれなかったのでクイーンだ。

白いスラックスに緋色のジャケット、ポインターを持った名前まんまの彼女が、東風谷とにらみ合いを続けていた。

・・・え、何この状況?

「お、おい・・・。」

声をかけたが、二人は反応なし。完全に二人だけの世界に没入してる。

どうしたらいいんだろう。二人の間に割って入ったら、どう考えても痛い目にあいそうだし。

「あの二人の間に入るならやめておいた方がいい、ミスターツチキ。」

考えあぐねていると、後ろから声がかけられた。振り返ると、二人の男性が立っていた。

黒髪をオールバックにした更生した不良風の男と、僕より二回りは大きい軍人上がりを彷彿とさせる屈強な男。

「えーと、確か、部下その一と部下その二、だっけ。」

「スティッキーです!!」

「トゥーラだ。」

そうそう、確かそんな感じの。クイーンが部下〜としか呼んでなかったからいまいち覚えてない。

「いやぁ、あっちのサナエさんでしたっけ。すげえっすね。あの姐さんに一歩も引かねえなんて。」

僕としては、現人神である東風谷相手に一歩も引かないというクイーンにびっくりだが。

しかし、一体何が原因で対立を?東風谷に限って一般人相手に弾幕を張ったりすることはないと思うけど、万一のことがあった場合は僕が何とかしないと・・・。

固唾を呑んで見守っていると、やがて東風谷の方が口を開いた。



「絶対合体ロボです!!」

そして目が点になった。

「いいですか。古くから人類は合体・巨大人型ロボを夢見て来ました。それは数々の名作とされるロボットアニメが示している通りです。ガン○ム然り勇者王然り、それは人類の夢と希望なのです。効率のみを重視した多脚歩行ロボなど愚の骨頂!夢を追う科学者として恥を知りなさい!!」

とうとうと合体ロボ、巨大人型ロボについて熱く語る東風谷。無駄に大気を震わす。

対してクイーンも負けていなかった。

「機能性を度外視した無意味な人型が科学者の追う夢?ハッ、ありえないわね。科学者が追い求めるのは機能性とそれが生み出す調和の取れた美よ。それこそが科学者の夢、人類の夢よ。安直な格好良さを求めるなんて、素人もいいところだわ。巨大人型ロボなんて、既に苔むした空想でしかないのよ!!」

論理的に、科学者としての弁を振るう。踏みしめた足が大地さえ揺るがす錯覚を覚える。

お互いに、一歩も譲らなかった。視線と視線が交錯し、バチバチと火花が散る。

「・・・けど、すっげえくだらねえ。」

内容が内容だっただけに、僕は思わず感想をポロリとこぼした。

後ろから「ヤバッ!?」と声が聞こえたときには既に手遅れだった。

火花を散らしていた二つの視線が、余すことなく僕に向けられた。

「先生・・・今、何て言いました?」

「え?あ、えと。」

「私の聞き違いでなければ、「くだらない」と言ったわね、あなた・・・。」

こ、こええええええええ!!?

まるで幽鬼のようにユラリユラリと迫ってくる二人に怖気を覚え、僕は思わず後ずさりした。

が、ここは狭い室内。すぐに壁にぶつかる。退路は断たれたしまった。

「先生は、巨大人型ロボをくだらないと言いましたか!?」

「あなたには失望したわ、ミスターツチキ。教鞭を振るっていたというあなたが、まさか科学の求める美学を理解しないなんてね!!」

「ちょ、ちが、助け!!」

遠くでスティッキーとトゥーラが十字を切るのが見えた。てめえら薄情だな!?

助けを求めどあるわけがない。

その後延々と、僕は東風谷による巨大人型ロボの素晴らしさとクイーンによる四足歩行メカの機能性と美しさについて、ステレオで講義を受ける羽目になった。

自分が死にたくても死ねない蓬莱人であることを恨んだのは、久々だった。



しばらくして解放された僕は、戦ってもいないのに満身創痍という言葉が相応しい状態になっていた。

「うぅ、偉い目にあった・・・。」

「ははは、口は災いの門って言うんだよ。」

ヨロヨロと歩く僕に、次なるターゲットが実に楽しげに声をかけてきた。

「うるさいな、諏訪子。よーく知ってるよ。」

「よーく知ってても直らないのが良也だもんねぇ。」

ククク、と笑う諏訪子。僕の何がそんなにおかしいってんだ、全く。

諏訪子はサミィと呑んでいたようだ。仏頂面のサミィが、諏訪子の対面に座っていた。

「・・・何よ。」

ちょっと目が合うと、サミィはツンツンした態度を返してきた。

最初の警戒こそ解いたものの、サミィは一貫して僕らに対し頑なだった。まあ、皆が皆気持ちよく受け入れられるってもんじゃないよね。

「別に。」

一々気にするようなことでもないので、僕は本当に何の気なしに返事をした。

が、それが気に食わなかったのか、サミィは形のいい眉を歪めた。

「? どうかした?」

「・・・あんた達って皆「そう」なのね。一体それは何なの?」

「そう」?どういうことだろう。

「私だって、自分の態度が良くないことぐらいわかってるわよ。だってしょうがないでしょ。いきなり現れて「私が神です」なんて言われて、はいそうですかって信じられると思う?」

思わないなぁ。知らなかったら、僕だって疑うぐらいはするだろうね。知ってるからしないけど。

それがどうかしたの?

「そうじゃなくて、私の態度は決して気持ちよくないっていうのに、あんた達は嫌な顔一つしない。むしろ楽しんでる。それは、何でなの?」

・・・ああ、そういうことか。んー、何でって言われてもなぁ。

僕達にとって宴会ってものは、「楽しむもの」なんだよな。弾幕ごっこがあろうが、機嫌の悪い奴がいようが、とにかく楽しむ。

第一そんな細かいことを気にしてたら、幻想郷ではやっていけないからね。

「変な奴らね。メニィもやたらなついてるし。」

視線を転じれば、メニィは豆腐片手に霊夢にしきりに何か話しかけていた。霊夢の方は聞いてるのか聞いてないのかよくわからないけど。あれはどっちもだな。

「メニィやレティシアにも言ったことだけど、『幻想郷は何でも受け入れる』のさ。」

「何でも受け入れる、か。お優しいことね。」

「それはちょいと違うね、サミィ。」

諏訪子が帽子を目深に被り、目線を隠す。僕の位置からだと諏訪子の表情はよく見えないが、サミィは何か驚いたような顔をしていた。

「何でも受け入れるということは、とてもとても残酷なことなのさ。私のようなものだって受け入れてしまうってことだからね。」

その口調は、何かを楽しむようだった。今まで見たこともない『神』という存在の圧に、サミィは知らず後退る。

「こら、子供をいじめて楽しむな。」

「あた。」

とりあえず諏訪子の頭にチョップを入れて、霊気の放出を止めさせる。

それで、サミィは一瞬止まっていた呼吸を再開した。今まで霊力の「れ」の字も知らなかった人間――生体兵器だけど――に、強烈な神気は毒だ。

「あんたは、何なのよ。」

「最初に言っただろ?神さ。」

「蛙と祟りのな。」

僕が付け足すと諏訪子は「蛙の神様じゃないって言ってるだろー!」と怒ったが、いつでもポケットに忍ばせてる飴玉で黙らせる。

「・・・正直、私にはその『神』って奴は理解できないわ。けど、あなたが本当に『神』なら、一つ聞きたいことがあるわ。」

「ん?いいよいいよ、何でも聞きな。そして私を信仰しなよ神奈子じゃなく。」

ちゃっかり信仰心を要求するな。

「あなたは何で平気なの。人とは違う存在なのに、何で人の間にいられるの。」

問うたサミィの瞳は、揺れていた。それが何の感情によるものなのか、僕にはよくわからなかったけど。

――ああ、そうか。サミィは自分が生体兵器であることを気にして生きているんだ。

メニィはレティシアという支えがあるし、イーザーは特に疑念を持っているようには見えない。だけどこの子は違うんだ。

この子だけは、自分が生体兵器であるということの『意味』を考えてるんだ。

そう思い至り、サミィはなんと『人間らしい』んだろうと思った。

「んー、そんなこと気にしたこともないね。強いて言うなら、人間は私のことを信仰して力をくれる。私は祟り神を統率して鎮めたり、神徳を与えたりする。持ちつ持たれつさ。」

諏訪子の答えは実に簡単であり、本人の表情もあっけらかんとしていた。

子供の見た目で中身も幼いけれど、守矢の3柱の中で一番冷たい神様なんだ、諏訪子は。それはひょっとしたら、幼さ故の残酷さなのかもしれない。

「『神』が、そんな答えでいいの?」

「いいんじゃない、別に。むしろあんたとしては『人間を愛してるから』なんて言われた方が信じられないでしょ?」

「・・・確かにね。」

幼い神が随分と擦れたこと言う。そのギャップに、僕もサミィもついつい噴き出した。

「何だよー、人がせっかくありがたいお言葉あげてんのに。」

「ありがたいかな。どっちかって言うと、世界の汚い部分を見せてるような気がするけど。」

「ふーんだ、どーせ私も祟り神ですよーだ。ふーんだ。」

拗ねてしまった。完璧に子供の行動パターンだ。

僕は苦笑しながらもう一個飴玉をあげ、こりゃ説得は無理だなと席を外した。





さて、守矢の3柱の説得は全滅してしまった。

残るは博麗の祭神、僕の妻のみなんだが・・・。

「何よ、私の顔見るなりため息ついたりなんかして。」

「いや、ちょっと絶望の壁が見えた。」

この超絶面倒臭がり神を動かすことが僕にできるだろうか。いや、無理だ。

僕のため息も無理からぬことだと察していただきたい。

「・・・一応用件言っとくけど、そろそろお暇しないか?皆もそろそろ迷惑してるだろうし。」

「そう?」

「ううん。もっとレイムとお話したい!」

うおーい、出鼻挫かないでくれるかな!?

メニィという思わぬ伏兵に、僕は溜まった精神疲労で倒れそうになった。が、踏みとどまる。この程度で倒れていたら博麗の夫は務まらない。

「けど、確かにちょっと長居しすぎたわね。そろそろ一週間だっけ?」

「一週間は一週間前にとっくに過ぎたけどな。」

そう、この宴会実は二週間ぶっ続けで行われているのだ。さすが神の体力、半端なかった。

「あら、もうそんなになんだ。守矢の方はどうでもいいけど、博麗神社の方はいつまでも祭神が空けてるわけにはいかないわね。」

香夢も心配してる頃だろうしなぁ。本人に言ったら100%否定されるけど。

「えー、レイム帰っちゃうのー?」

メニィはとても残念そうだった。この宴会を通して、霊夢の奴やたらとなつかれたな。

「今も言った通り、いつまでも神社を空けてるわけにはいかないのよ。香夢一人に任せておいたら、台所がどうなるかわかったもんじゃないわ。」

あー、そっちの心配か。うん、確かに。

「・・・そっか。キョウムが心配してるもんね。」

「あの子にはそういう思慮が欠落してるわよね。さすがは良也さんの曾々孫だわ。」

「お前の曾々孫だ、霊夢。」

僕の曾々孫だから、かろうじて心配するだけの感性は持ち合わせているのだと自負している。

「まあ、また様子ぐらいは見に来るわ。美味しいお酒奉納しときなさいよ。」

「うん!」

メニィが元気よく返事するのを聞き、霊夢は重たい腰を上げた。

「さて、と・・・。あんたら、ここは私の分社なんだから、私が帰るんだからあんたらも帰るのよ。」

霊夢が凛と響く声で社長室で繰り広げられる宴会に水をかけた。

・・・が。

「いいかい、イーザー。女は大事にしなきゃいけない。それが男の甲斐性ってもんだ。神の言葉として心にとめときな。」

「努力しよう。」

「誰が何と言おうと人型なんです!多脚歩行メカって何ですか、蜘蛛みたいでかっこ悪い!!」

「あの形態美がわからないなんて、現人神ってのはとんだ原始人だわね!!」

「だから笑うなって言ってんだろー!?本気で地上を恐怖のどん底に落としてやるんだからー!!」

「はいはい、わかったわかったってば。」

騒がしくヒートアップしたシェリフの面々、守矢の神々には霊夢の言葉は届かなかった。



プチン。



・・・プチン?

変な音が聞こえたので、そっちを見た。



霊夢が陰陽玉を7つ展開し、素晴らしい笑みを浮かべていた。



確認した瞬間、僕はメニィを抱えて猛ダッシュした。

本当は他のシェリフスター社員も避難させたかったけど、どう考えたって間に合わない。だから何とかメニィだけを避難させた。

扉の外へ出てメニィを下ろし、ポケットから一枚スペルカードを取り出す。

「遮断『断幕結界』!!」

出来る限りのスピードで、僕にできる最大の防御結界を張り。



直後、扉が粉砕してお札の雨あられが結界に降り注いだ。



扉やら建物の構造物やらにより威力が緩和され、僕の張った結界は何とかギリギリ持ちこたえることに成功した。

お札が止み、第二波がこないことを確認した上で結界を解き、恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。



中は霊夢の『夢想天生』で蹂躙されつくし、完璧に気絶しているサミィ、イーザー、クイーンと、霊夢に首根っこを掴まれた守矢の3柱がいた。

「じゃ、私はこの三人連れて帰るから。良也さんも早く帰ってきなさいよ。」

一方的に言い放ち、霊夢はレティシア製の神棚(霊夢の神力で守られているためか、傷一つなかった)に手をかざし、ふっと姿を消してしまった。

後には惨状のみが残った。

「・・・えーっと。どうしよう。」

「・・・さあ。」

僕とメニィには、揃って途方に暮れるという選択肢しか残っていなかった。





後日、レティシアから社長室の修理代は請求されました。

・・・何で僕ばっかり被害が集中するんだ。





  *     *     *





「――では、交渉成立ということで。」

シェリフスターカンパニーのとある会議室。そこで、話題の当人達は知らぬ取引が行われていた。

片方は、この会社の社長であるティモシー=マイスター。温和な顔つきをした彼は、取引の最中終始笑顔を貫き通していた。

それはある種のポーカーフェイスだったのかもしれない。彼でない者に、その真偽を確かめる術はないが。

相対する人物は、クスクスと優雅に笑った。

「あなたが話の通じる御仁で助かりましたわ。本当は納得していただくための材料をもう二、三用意していたのですけれど。」

「いえいえ、あなたの話は大変わかりやすくためになるものでした。ご丁寧な説明を感謝しますよ。」

もし誰かがこの部屋にいたなら、空気を軋ませる正体不明の圧力に困惑したことだろう。

表には絶対に出てくることのない本音の読み合い。隙あらば、相手の首をかいてやろうという企みの応酬。

表面だけを見れば和やかな会話にも見えるが、その裏に確実に存在する駆け引きが、室内の酸素すら磨耗させるようであった。

「想像以上にスムーズに話がまとまったことですし、お礼にもう二、三人ほど、追加で人員をお貸ししてもよろしいぐらいですわ。」

「いえいえ、とんでもありませんよ。あまりご好意に甘えるわけにも参りませんし。」

「そう、残念ですわ。」

片やクスクスと笑う妙齢の女性。片やニコニコと笑い続ける若年社長。

和やかなはずなのに、嫌な緊張感に満ちていた。

「それでは、私はこれにて失礼致しますわ。」

これ以上は収穫なしと見たか、女性が立ち上がる。女性をエスコートするためにティモシーも立ち上がろうとしたが、女性の目線で制された。

「また新しい商談がありましたら、お持ち致しますわ。」

「わかりました。あなた様のご来訪を心よりお待ち申し上げておりますよ。ミスヤクモ。」



女性――幻想郷が妖怪の賢者、八雲紫は扇の下で愉快そうな笑みを作り。

空間の裂け目の中へと消えた。



「ふぅ・・・。」

緊張を作る相手がいなくなったため、椅子に体を預け大きくため息をつくティモシー。顔にはやや疲労の色が浮かんでいた。

それだけ八雲紫との会合は神経を削るものだったのだ。むしろこの程度で済んだことで、ティモシーの社長としての器量がありありと浮き彫りにされる。

もっとも、それはこの会合を見ていた者がいればの話だが。

「幻想郷、か。」

先ほどの会合で。そしてそれよりも前にこの社へ来訪した客人の口から聞かされたその言葉を、ティモシーは何処か夢見心地でつぶやいた。

「・・・これは、面白い玩具を手に入れたなぁ。」

その顔には、先ほどまでと全く変わらない人の良さそうな笑みが浮かんでいた。



奇縁は、まだ終わらない。








+++あとがき+++



お久しぶりのロベルト東雲でございますおはこんばんちは。

何か以前書いた「100年経っても奇縁譚」の後日談を書けという電波を受信したので、ささっと仕上げてみました。

ええ、今回は前みたいにむやみに長くないはず。一話で完結してますし、ファイルサイズも27KBですしね。

本編ではほとんど登場させられなかったシェリフスターカンパニーの社員達を出してみました。

幻想郷の神々との絡みはいかがだったでしょうか?違和感や矛盾などがなければ良いのですが。



今回はそれほど謎な点はないと思いますが、最後のゆかりんとティモ君の密会が気になるところですね。

あれは単に良也を貸す代わりにシェリフの皆に幻想郷を信仰してもらおうというだけのお話です。それ以上もそれ以下もなく。

それを怪しげな会話にしたて上げちゃうのがゆかりんクオリティー。乗っちゃうのがティモ君クオリティー。

最後のティモシーの台詞はちょっとアレな感じですが、原作読めばわかると思いますがティモシーは享楽趣味なところがあります。

何せレティシア達の大活劇やら大企業社長であった父の失脚などを、暇つぶしで起こしてしまうぐらいですから。

幻想郷の存在を知ったシェリフスターカンパニーがどんな動きを見せるのか。それは皆さんに妄想していただくことにしましょう。

だから俺は続き書く気ないんだってヴぁ。



内容短ければ書くことも少ないですね。

次投稿するのがいつになるかはわかりませんが、次の投稿時にまたお会いしましょう。

それでは。



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