幻想郷を去ったレティシアとメニィ。それから、彼女達を移動させた良也。 彼らは共に依頼主であった橘氏の邸宅を訪れた。 捜索初日から何の連絡もなく、また見たこともない男を連れていた彼女らを見て、橘氏は激怒した。娘の捜索はどうしたのだと。 それに対しレティシアは、驚くほど冷静に一枚の手紙を突き付け、告げた。 「娘さん――キクコさんからの手紙を預かっています。」 と。 その一言に橘氏は血相を変え、レティシアの手から手紙を引ったくり見た。 その目が文を読み進めるうちに、段々と彼が落ち着くのがわかった。 「定時連絡すらできなかったことは申し訳ありませんでした。何分、自由な行き来も連絡もできない土地でしたので。」 実は彼女、何度か外界に連絡を取ろうとしたのだ。 だが、無線機器は一切通じず、脳波リンク(彼女がつけているイヤリングの機能である)によるシャトル出撃も不可能だった。 そのため、今まで依頼主に連絡を取りたくても取れない状況だったのだ。 「・・・確かに、娘の字ですだ。しかし、一体何処で!?」 「そのことについては、僕から説明します。」 難しい説明の役を、良也が買って出た。 良也がついてきた理由はこのことだった。 外界の人間に、無闇に幻想郷のことを広めるわけにはいかない。第一、理解してもらえない。 しかし、レティシアにはそのこと抜きに説明することは無理だった。そのため、慣れている良也がこの役を買ってでたのだ。 良也は語った。彼女が電気機器の一切通じぬところにいること。そこに行く交通手段はないこと。幻想郷という単語を抜きにして、事実をぼかし、しかし伝えるべきところはしっかり伝えた。 即ち、例外的な手段を用いる他、彼の地を行き来する方法はないことを。 「娘は?娘は帰って来ていないのですか?」 「手紙にはなんと。」 「・・・『こちらでやるべきことを見付けた』と。」 「私も同じようなことを言われました。無理矢理連れ帰ることは可能でしたが、私は彼女の意思を尊重しました。」 レティシアの言葉を聞き、橘氏は押し黙ってしまった。 異様に小さく見える彼に、レティシアはいたたまれない気持ちになった。 「・・・すみませんでした。依頼内容は娘さんを捜しだし連れ帰ることだったのに、勝手な判断をしてしまって。」 だからレティシアは、頭を下げた。 橘氏は静かに頭を振り。 「いえ、それが娘の――菊子の望んだことだったんですじゃ。気に病まんでください。」 それは精一杯の強がりだろう。肩は震え、目には涙が滲んでいた。 レティシアは己の無力を感じた。せめてと手紙をもらってきたが、それは何の役にも立たなかった。 コンティンジェンシープランを立て切れなかった自分の責任だと、その手の平を爪が食い込むほど握りしめた。 「あの、提案なんですけど、僕が定期的にメッセンジャーをやりましょうか。」 その時良也が動いた。レティシアもメニィも、橘氏も驚いたように良也を見た。 「さっきも言った通り、僕は例外的にあっちとこっちを行き来できるんですよ。だから、家族を残して定住した人とかには、よく僕が手紙や必要な品を届けてるんです。」 人の良い笑みを浮かべながら良也は言った。それは、彼にとっては100年間変わらずに続けてきたことの一つに過ぎなかった。 これが彼のもう一つの要件。幻想郷と外の世界の掛橋としての役割だった。そのこと自体は、本人に自覚はないが。 だが、彼にはその程度のことでも、橘氏にとっては天の救いだったようだ。 両の瞳から、大粒の涙を零しながら。 「ありがとうございますだっ・・・!このご恩は一生、一生忘れません!!」 「大袈裟だなぁ。僕はいつも通りのことをしただけですよ。」 橘氏は良也の手を掴み、何度も礼を告げた。 良也はそれがなんだか気恥ずかしいのか、居心地悪そうにしていた。 それがレティシアにはなんだかおかしくて、不謹慎とは思いながらも笑ってしまった。 それを咎める人は、誰もいなかった。 二人は報告を終えると、すぐに帰ると言い出した。 良也はそれを少々寂しく思い、「もう少しゆっくりしていけばいいのに。」と引き止めた。メニィもトーフトーフとかなりごねた。 が。 「形はどうあれ任務は失敗。タチバナさんはお金払っちゃったみたいだから、本社に報告しなきゃならないでしょうが。」 メニィの希望を、親が子をたしなめるようにピシャリと切り捨てた。 「うー、おトーフ〜・・・。」 「拗ねないの。今度のオフにはまたここに連れてきてあげるから。」 「約束だからねッ!!」 「そのときは、是非ともまた幻想郷へ・・・っていきたいけど、そういうわけにもいかないよね。」 「ええ。あなたは行き来できるらしいけど、本来はそんなこと出来ないんでしょう?それに、あなたへの連絡手段がないわ。」 「まあ、ね。」 良也の家は、今や外には存在しない。彼に直接会って話す以外に、情報伝達の手段はなかった。 「てことは、これで本当にお別れなんだね。・・・ちょっと寂しいなぁ。」 「出会いがあれば別れもある。そういうものでしょう?」 「確かにね。」 「会社の連絡先は教えておくわ。何か困ったことがあったら、シェリフスターカンパニーのご利用をお待ちしています。」 「『そうならないに越したことはない』、けどね。」 恐らく、そんなことはありえないだろう。 良也もまた、裏で厄介事を解決する人間だ。依頼をこなすことはあっても、することはきっとない。 もし幻想郷の中で厄介事――異変が起きたとしても、それは幻想郷で解決すべき問題だ。彼女らの出る幕ではない。 それは彼らもわかっていた。だからこれは、本当に、最後のお別れだった。 だから彼らは、最後まで笑顔で。 「さようなら、リョウヤ。健康には気をつけて。」 「ははは、不死人に言う言葉じゃないね。そっちこそ、あんまり無理をしないように。」 「ありがとう。バイバイ、リョウヤ。」 一辺の悔いもなく、別れを済ませた。 * * * * * 帰りの船の中で、レティシアは報告書を書きながら思っていた。 まるで、幻のような三日間だったと。 実際、現実とは到底思えないような経験をしてきたのだ。馬鹿正直に報告をしても、まず信じてはもらえないだろう。 だけど、あそこで見たもの、経験したこと、そして出会った人々は、紛れも無く現実だった。 御伽噺と人々に忘れられた妖怪や妖精。その昔人々が崇めたはずの神。魔法使いや半獣といった幻想達。 鉄筋や化学素材を一切使わない、天然素材の家々。旧い時代の町並み。そして妖怪との命を懸けた追いかけっこ。 この科学の結晶に乗って宇宙を飛んでいる今では、まるで夢想の中の出来事だったような錯覚を覚える。それでも彼女がそれを現実と認識できたのは、彼らとの交流が頭にしっかり焼き付いていたからだ。 博麗香夢、博麗霊夢、土樹良也。霧雨魔理沙に上白沢慧音。 彼らを夢想と断ずるのは、彼女の過ごした時間が許さなかった。 それに、物的証拠もある。 レティシアは視線を手元から少しずらし、横に置いてあるあるものを手に取った。 「『お守り』、か。アミュレットのことよね、確か。」 それは確かに、日本の神社で売られているお守りだった。真ん中には『守矢』という文字が刺繍されている。 幻想郷にもう一つあるという神社、守矢神社で売られているお守りだった。昨日の夜、香夢から餞別代わりにもらったのだ。 これをくれたときの香夢の様子を思い出し、レティシアはくすりと笑った。 『トラブルシューターっていうのは大変な仕事なんでしょう?何処かで死なれると寝覚め悪いですから、これを持って行ってください。 べ、別に心配してとかじゃないですから!大体、博麗の巫女が何で守矢の風祝の作ったお守りなんか持っていなくちゃならないんですか!!』 こちらは何も言っていないのに、洗いざらい語ってくれる香夢の人の良さを思い出す。 ああ、何だかんだで面白い奴だったと。 そう思い――今更ながらに後ろ髪を引かれる思いがした。 自分の故郷は火星だ。だけど、あそこの強烈な人間性には、人をひきつける魅力がある。 そのことに気がつき、ああなんだと、レティシアは結論を得た。 ――結局、私があそこに残りたかったのね。 菊子の生き様が羨ましかった。魔理沙が引き止めてくれるのが嬉しかった。良也の話をもっと聞きたかった。霊夢とも、話してみたかった。 ――香夢と友達になりたかった。 そんな夢物語に思いを馳せ、レティシアは自分が気付かぬうちに涙を流していた。 「レティー、報告書書き終わったよー!トーフ食べていい・・・レティ?」 そのことに、メニィが部屋に入ってきたことでようやく気付いた。慌てて涙を拭う。 「レティ、どうしたの?お腹痛いの?」 「何でもないわ。ちょっと、ね。」 涙を拭き終わった彼女の目は、迷いなかった。 彼らと彼女は文字通り住む世界が違う。本来交わるはずのなかった二つの道が、ほんの偶然で交錯しただけだ。 明日からはまた、それぞれの日常が待っている。トラブルシューターにはトラブルシューターの、幻想郷には幻想郷の日常が。 後ろを向いている暇などないのだ。少なくとも、今は。 「それより、あんたの報告書見せなさい。添削してあげるから。」 「えー、大丈夫だよー。私いっつも一人で出してるもん。」 「ダメよ。今回のは注意して書かなきゃいけないんだから。メンタルチェックされるわよ。」 「む〜。」 彼女達は既に自分の日常に戻っているようだ。決して引きずることなく、しかし失うこともなく。 程なくして、チーム『シューティングスター』はシェリフスターカンパニー本社に帰還した。 彼女達は今回の事件を『古の忘れられた楽園への失踪』と報告した。 無論のこと、レティシアの兄であるティモシー社長は何のことだかわからず、二人に尋ねた。 しかし、彼女らは語らなかった。幻想を、幻想のままにするために。 かくして、この奇妙な事件は幕を下ろした。 ・・・かに見えた。 * * * * * それから数日経ち、幻想郷は博麗神社。その上空で、二人の少女が争っていた。 否、それは彼女達にとっては争いではなく、弾幕ごっこという遊びだ。 片方は紅白の腋が大きく開いた巫女服を身に纏う黒髪の少女。長い髪をリボンでポニーテールにした、今代博麗の巫女・香夢。 そしてもう片方はやはり巫女服に身を包んだ少女。色合いが青白と香夢と対照的で、短い青みがかかった黒髪をしている。 彼女が幻想郷のもう一人の巫女――風祝。名を『守矢美稲(みいな)』という。 一度異変が起これば互いに手を取り、どんな強敵ですら打ち倒してしまうこの二人は、普段の仲が壊滅的に悪かった。 というのも、商売敵であるだとか、お互い一長一短であるとか、理由については色々ある。 が、結局根本的な原因は『何となく気に食わない』という身も蓋もないものであった。 さて、そんな二人であるが、今現在何が元でケンカをしているかというと。 「何で私呼ばなかったのよ!私も宇宙の話聞きたかったのにー!!」 「知りません。大体なんであなたを呼ばなきゃいけないんですか。理由がわかりません。」 先日外から訪れたとある外来人達が原因であった。 この美稲という少女、結構ミーハーなところがある。 4代前に幻想入りした守矢神社だが、つい最近ということもあり割りと近代的な生活を送っていたりする。 人里に張られている電線は、元々は守矢神社の母屋に電気を通すために作られたものだ。 現代被れした神様が漫画やVHS、CD、DVD、ブルーレイなどに加え、再生用に最新の映像機器やら音楽機器やらを(良也経由で)仕入れたりするものだから、守矢――東風谷の系譜は今のところ現代っ子ばかりが育っている。 そんな中の一人である美稲が、宇宙というロマン溢れる話に興味を持たないなどということがあるだろうか。いやない。 幻想郷に訪れる人間は地球在住の者ばかり。そのため、宇宙に住む人間が訪れることなど今までなかった。 そこへ訪れた千載一遇のまたとないチャンスを逃してしまったわけだ。美稲の落胆や、推して知るべしである。 で、そんな美稲に『高々その程度でへこんで、バカじゃないですか?』と香夢が言ったことで、この弾幕ごっこは始まったのである。 「ああああ、何であんたんとこに来るのよその外来人!豚に真珠もいいとこじゃない!!」 「誰が豚ですか、この雌豚。」 「ひどぅい!?この守矢美稲、容赦せんわよ!!」 ちなみに、香夢の方が圧倒的に押されていたりする。妖怪以外にはとことん弱い娘である。 そんな状況で口だけは負けないところが、実に博麗の巫女らしい。 「相変わらず元気ね、早苗んとこの子。」 「いいことじゃない。・・・僕さえ巻き込まなければ。」 そんな若いもんがじゃれ合う風景を神社の母屋から眺める、年寄り二人組。と言っても、幻想郷では結構な若年層ではあるが。 良也は時折二人のケンカに巻き込まれることがある。主に、香夢の盾として。 不死で、おまけによくわからない能力を持っているため、攻撃を防ぐにはもってこいなのだ。香夢は『土木の盾』と呼んで愛用している。 もうちょっと祖先を敬ってもいいんじゃないの?と良也は思うのだが、それはありえないことだった。彼が土樹良也である限り。 「それにしても、ほんとあっという間だったな。」 良也は空を見上げながら――見えなくとも、千里のさらに向こうを見ながらなんともなしにつぶやいた。 頭に浮かぶのは、前髪だけが金色の少女と、天真爛漫という言葉が似合う黒髪の少女。 彼女達は無事帰りつけただろうか。いや、帰り着けないわけはないか。ちゃんとターミナルまで見送ったのだから。 彼女達は今どうしているだろうか。あれから数日経ったが、もう火星に到着しているだろう。すぐにもまた次の仕事に向かったのだろうか。 あまり無理はしないでほしいものだ。曾々孫と大差ない年齢の少女が傷つくところなど、あまり想像はしたくないし。 そんな取りとめもない考えが浮かんだ。 「ま、下手に居座られたりグダグダしてるよりは良かったじゃない。」 「そりゃそうだけどさ。霊夢なんかほとんど話しなかったじゃないか。」 「そうかしら?」 「そうだよ。」 しかし、饒舌に語る霊夢というのも想像できないものだった。言ってみただけというやつだ。 彼としては、ただもう少しいてもよかったんじゃないかと思ったのだ。 幻想郷を知ってほしいとか、そういう気持ちもあった。だがそれ以上に、彼もまたあの二人のことを気に入っていたのだ。 彼は最早外では生きられない。いや、生きること自体は可能だが、心地よく暮らすことはできないだろう。 だから、最近の外のことをあまり理解していなかった。よもや、あそこまで清々しい少女達がいるとは思っていなかったのだ。 また会えるものならあってみたいものだった。彼女らの同僚や、社長である兄やらとも。 「あら、なら会いに行ってみればいいじゃない。会社の住所は教えてもらったんでしょう?」 唐突に聞こえた、聞き慣れた聞きたくない声で、良也と霊夢の気分は一気に地の底まで落ちた。 「・・・何でお前はそう、前触れもなく現れるかな。」 「前触れなど作ってしまったら、神出鬼没の意味がありませんわ。」 クスクスと笑うその胡散臭い妖怪の存在で、良也はせっかくのいい気分が台無しになった。 「あんた、あの二人を監視してたのね。」 「ええ、勿論。」 神たる霊夢の射抜くような視線にも全く動じず、妖怪は事も無げに答えた。 「趣味悪いぞ、スキマ。」 「それが私のお仕事よ、良也。」 スキマ――八雲紫は、扇をパチンと閉じて断言した。 境界を操る彼女は妖怪の賢者とも呼ばれ、幻想郷の管理者でもある。それ故、危険な外来人や内部の存在を監視していることがある。 もっとも、それは彼女の趣味が多分に含まれていたりもするのだが。というか八割方はただの趣味だろう。 今回も、今までとは少々境遇の違う外来人がやってきたから、面白がって監視していたものと思われる。 「ところであの子たち、随分と感心な人間だったじゃない。無闇に外のものを広めなかったし、幻想郷の情報を外に持ち帰ろうともしなかった。まさにプロフェッショナルって感じだったわ。」 「あー、まあ確かにな。レティシアは特に、仕事に妥協しない感じだったし。」 紫の言うことは的を得ていた。彼女ら、というかレティシアは仕事と私情を完全に隔て、任務を遂行することに全力を注いだ。 それは今も昔も変わらず、希少な美徳だった。 「あんな子ばかりなら、わざわざ幻想郷を閉じる必要もないんだけど。」 「それは無理な話だろ。レティシアは相当いい子だから。」 あそこまでの高水準が平均なら、世の中戦争など起こらないだろう。 「そうね。その通りよ。だから私達は、ここを守っていかなければならない。」 「・・・あんた、何が言いたいのよ。世間話しに来たってわけじゃないでしょうが。」 あら怖い、と紫は全然怖がらずに笑った。 彼女が人前に現れるのは、大まかに3通りである。 一つは、ただの暇つぶし。主に良也をからかったり、二人の情事を邪魔しにきたりするのがこれに当たる。 一つは、宴会に参加するため。賢者とも呼ばれる彼女だが、宴会は大好きなのだ。仲間外れにされるとすねたりもする。 そして残る一つが、大事な話をするとき。時には幻想郷のあり方すらも揺さぶるほどの大きな話をすることがあった。 霊夢の勘――神の予言は、三者だと言っていた。即ちそれは、紫の話がとても大事なものであることに他ならなかった。 「そうよ。とは言っても、いつかみたいに大きな話ではないから肩の力を抜いて頂戴。」 言われ、良也と霊夢は肩の力を抜き。 「でも良也、あなたはダメよ。」 「・・・何でさ。」 紫の持ち上げてから落とすような言い方に少々イラっときつつ、どうせ敵わないので不満を口にするのみの良也。 「この一件は、ある意味であなたのせいでもあるのよ。あなたがもうちょっと注意深ければ、あるいはもう少し押しが強ければ、こんな面倒な残務処理をしなくても済んだのに。」 紫は先をぼかすような言い方をするため、何を言いたいのかわからなかった。 しかし自分のせいと言われて、良也は納得がいかなかった。 「確かにあの二人が幻想郷に来ちゃったのは僕のせいだけど、そのおかげで菊子ちゃんも家族と連絡が取れるようになったんだ。何か悪いことでもあるのかよ。」 「いいえ。その辺りはもうずっと大目に見てきていることですもの。取り立てて言う必要もないわ。」 「じゃあ、あの二人が何か問題でも起こしたのか?妖怪と戦うこと自体は問題じゃないだろ。」 「そうね。妖怪と戦って生き残っても、別に問題はないわ。」 なら何がいけないんだ。良也はわからないと先を急かした。 「その、妖怪と戦ったときなんだけど。まあ、ただの人間だから道具に頼ることもわかるし仕方ないとは思うんだけれど。」 言って紫は、それを取り出した。 「・・・あちゃあ。」 良也は見て、理解し、頭を抱えた。 「ね?こんなものを残して行かれては困るでしょう?」 「・・・確かにね。盲点だったわ。」 紫が取り出したものそれは。 レティシアが撃ったゴム弾×3。スタングレネード、及び超粘性とりもち弾の容器の破片。不発の催涙弾。チルノを縛るのに使ったカーボンロープ。 どれも幻想郷には存在しないものだった。 良也は外のお菓子を売る際に、気をつけていることがある。それが『外のゴミを外に返す』ということだ。 外で作られた化学素材の中には、自然に分解されないものや有害なものが多数存在する。 そういったものを、自然と生きる幻想郷に残すのは、行っていれば行楽地にゴミをポイ捨てしていくのと同じ、いやそれ以上の重罪だ。 そして、ものはより物騒になるが、レティシアが残していったこれらはそういった『外のゴミ』に分類されるものだった。 「外に持ってくしかないなぁ・・・。」 「こんな物騒なものを、そのまま捨てる気?事件になるわよ。」 「じゃあ、どうしろって言うんだよ。」 「決まってるでしょう。持ち主のところに返してくるのよ。」 「・・・誰が?」 紫と霊夢は、実に息の合った動きで同時に良也を指差した。「やっぱりね」とつぶやきながら、良也は肩を落とした。 「あいやでも、僕宇宙行くためのパスポート持ってないし」 「高宮グループ、確かまだ懇意にしてたはずよね?あそこって宇宙開発事業やってなかったかしら。」 「・・・何でお前がそこまで知ってるんだよ。」 高宮グループはその昔良也が助けたことのある家系で、その関係もありいまだに付き合いのある数少ない家だった。 大財閥であり、裏の世界に通じており、――紫のパイプの一つだったりもする。知らぬが仏である。 「まだ何か異論は?」 「・・・投了です。」 断る手立てを片っ端から潰され、良也は白旗を上げた。これで13542戦13541敗1分である。 よろしい、と紫はゴミ袋を良也に押し付け。 「じゃあ、早速行きなさい。善は急げって言うでしょう?」 予告なしに、良也の足元にスキマをあけたのだった。 「のえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・・・!?」 ドップラー効果とともに、良也はスキマの中へと消えていった。 「お土産よろしくねー。」 霊夢がスキマの中に向かって一切の心配のこもらぬ言葉を告げたところで、スキマは元通り閉じた。 「・・・あなたも大概ねぇ。100年来の連れ合いなのに。」 「問題ないでしょ。それに良也さんのことは心配するだけ無駄だし。」 実にその通りなので、紫はクスクスと笑った。 「終わりよ!秘術『グレイソーマタージ』!!」 「ぐえ!!」 と、空の方でもようやく香夢が美稲の弾幕に捕まり、終戦したようだ。こちらはこれで1239戦1239敗だ。 「・・・あの子も立派に良也の血を引いちゃったわねぇ。」 「そうね。ヘタレなところが本当に良也さんそっくり。」 霊夢はそれを見て、ため息をつくのだった。 とにもかくにも。 どうやら、夢の終わりにはまだ早いようだ。 * * * * * 火星に戻ったレティシアとメニィは、普段通りに戻っていた。前と同じように業務を行い、必要とあらばいつでも出動できるように待機する。そんな日常へと。 一時の幻想を引きずることもなく、彼女達はしたたかに生きていた。 しかし、少なからず影響があったこともまた確かだった。 「最近のレティシアどうしたのよ。そんなに和食好きだったっけ?」 シェリフスターカンパニーの食堂にて食事中、金髪の少女がレティシアに尋ねた。 彼女はこの会社のもう一つのチーム『モーニングスター』のサミィ・マリオン。そしてその傍らに座する金目銀目で銀髪の青年が彼女のパートナー。 「和食とはエネルギー価が低い代わりに栄養バランスが取れている。味も他にはない独特のものであり、心身ともに好影響を与える。問題点は見付からないが。」 「そうじゃないわよ、イーザー。問題なのは今まで和食なんて食べなかったレティシアが何で今頃食べ始めたかってことなの!」 利点に気付いたからだろう、と実に論理的な分析をする青年、イーザー・マリオン。 ファミリーネームからわかるように、彼らもまたクロフトカンパニーの生み出した生体兵器である。 動のサミィと静のイーザー、そして中庸のメニィ。この三人がレティシアの同僚だった。 「食べてみたら意外にいけただけよ。あなたも食べてみる?」 「お断り。そんな泥水みたいな色をしたスープ。」 「サミィ、それはミソスープと言って、大豆とライスと塩が主成分だ。汚物は入っていない。」 「その表現は食事中にどうかと思うわ・・・。」 少々渋い表情で言うレティシアに、イーザーはわかっていない様子だった。 「ま、まあ気にしないことにしましょう。」 「そうよ、そんなことよりどういうことなのか教えてもらおうじゃないの。結局今回の依頼は何があったのよ。」 ずずいと身を乗り出し、サミィはレティシアとメニィに言った。 彼女も報告書は読んだが、はっきり言って意味不明な代物であった。本人達に直接聞いても、のらりくらりとかわされるだけ。 いい加減ことの真相を聞きたかった。 「あれからじゃない、あんたが和食食べ始めたり、社長室に・・・カダミナ?変な棚置いたの。」 「神棚、よ。」 「そう、それ。どう考えたっておかしいじゃない。あんた、神様なんか信じる性質じゃなかったでしょ?」 「それは違うよ、サミィ。」 メニィが豆腐を食べる手を止め、口を挟んだ。 「神様はね、信じる信じないとかじゃなくて、『いる』んだよ。」 メニィの発言に、サミィは何と答えていいかわからなかった。 元々頭のネジが数百本抜けてる奴だと思ってたけど、とうとう・・・。 「一体どんな虐待をしたのよ。」 「あなたの中で私がどんな存在なのか、凄く気になったわ。」 結局、サミィはまたしても真相を聞き出すことができなかった。そう思った。 だが、レティシアもメニィも、決して事実以外のことは話していなかった。 ただ、ぼかしたり、核心をつかなかたったり、逆に核心だけをついたりして、理解させなかっただけだ。 あそこで起こったことは現実に違いない。だけど、もう二度とないことだ。ならば、騒ぐ必要は全くなかった。 幻想は幻想のままに。掘り起こし、暴く必要などない。 彼らの日常を守るために、二人は黙っていた。 だけど、思い出がなかったわけではない。それらが心に残ったこともまた事実。 彼女が社長室に作った神棚もその一つだ。そこには例のお守りを置いて、朝に必ずお参りをするようになっていた。 それは決して信仰心ではなかったが、幻想郷でできなかった思い出だ。 彼女は帰ってから、日本の神社というものを調べ、お参りという習慣を知った。そして、あの神社にお参りしなかったことを悔やんだ。 今この場でやっても、それは意味のないことだ。だがそれでも、彼女はその行動を取らずにはいられなかった。 脳裏に浮かぶのは、少女の姿をした神の言葉。 『自分の都合?大いに結構じゃない。』 思い返してみれば、全然神らしくない言葉だ。何とも投げやりな預言だ。 だけどそれは、不思議とも言えるほどレティシアの心の落ちるべきところへ落ちた。 だからレティシアは、自分のしたいようにすることにした。 「そういえばさ、最近レティシア八の字眉毛しなくなったわよね。」 「・・・どういう意味よ。」 「言葉通りよ。自覚ないだろうけど、あんたこんな顔してたんだから。」 言いながらサミィは、自分の眉を指で下に下げた。おまけで変顔をしつつ。 「あんたねぇ・・・さすがにそんな顔はしてないわよ。」 「いや、実によく似ている。」 「嘘!?」 「冗談だ。」 『・・・。』 イーザーはいつからこんなにお茶目な奴になったのだろう。三人は三人が同じ思いだった。 そのうちウインクしながら舌を出して「テヘッ☆」とかやったりするんだろうか。やったらやったで恐ろしいが。 想像し怖気を覚えたが、レティシアは首を振り気を取り直し。 「ひょっとしたら、そうなのかもしれないわね。少しは私も成長したってことかしら。大切なのは、『受け入れること』なのよ。」 「? 何よそれ、わけわかんないわ。」 「あなたはこれからよ、三歳児。」 「・・・その余裕、ムカつくわね。」 サミィは腑に落ちない何かを感じながらも、以前より取っ付きやすくなった同僚に、まあいっかと思考を放棄したのだった。 さて、彼らは何処へ向かっていたのかというと、社長室へ定時報告へ行くところだったのだ。 「チーム『シューティングスター』、入ります。」 「同じく、チーム『モーニングスター』、入ります。」 ノックをし、4人は社長室へと入った。 そこには、うず高く積まれた書類の間でひーこら言ってる社長がいた。 「やあ皆、ちょうどいいところへ!ちょっと手伝ってくれるかな!!」 「・・・また書類溜め込んだんですか、社長。」 本当に頼りになるのかならないのかはっきりしない我らがティモシー社長に、サミィは思い切りため息をついた。 「いやぁ、しばらく暇だと思ってたら、クイーンが書類をせき止めてたらしくて・・・。」 「何考えてるの、あの馬鹿変態。」 「さあ。考えない方がいいわよ、伝染るから。」 「ちなみに、『ゆっくり妹の心配していってね!!!』って言ってた。」 「いみが わからない」 クイーンというのは、色々と変態的で高性能な道具を作る、シェリフスターカンパニー道具班の主任変態女性である。 「やれやれ、私達もやることがあるんだけど・・・これは、こっち片付けないと定時報告すらできないわね。」 「しょうがない、手分けしてやりましょう。」 4人はそれぞれ、別の書類の山へ向かった。 と。 「あ、そうそう。レティシアにお客さんが来てるから、先そっち行って。応接室にいるから。」 ティモシーはレティシアにだけ、そう言った。すると、サミィから不満があがる。 「えー、レティシアだけ免除ですかー?ひいきですよひいき。」 「お客さんって言ってたでしょうが。こっちはこっちで別のお仕事よ。」 ぶーたれるサミィをたしなめ、レティシアは社長室の隣にある応接室へと向かった。 彼女は知らなかった。 分社――そこまで大それたものでなくても、神の名がつくものには神が宿ることを。 彼女が作った神棚には、既に神の分霊が宿れることを。 ガチャリと戸を開ける。 今時自動ドアではない扉の方が珍しいが、経費の削減でこうなっている。文句は言えない。 客は下座に座っていたため、こちらには背を向けていた。 こういう場に慣れていない客なのだろうか。この場合、客が上座に座るものなのだが。 「お待たせしました、レティシア・マイスターです。本日はどのようなご用件で?」 レティシアの声を聞き、客――彼は立ち上がり。 「ちょっとぶりだね、レティシア。」 彼女は知らなかった。 彼が意図して作った『縁』は、たとえどんな隔たりがあろうと切れないことを。 それが故に、彼は永遠の生を持ちながら、永遠の伴侶を手にしたことを――彼もまた知らなかった。 どくんと、レティシアの心臓が大きく跳ねた。 その声が、その姿が、余りに似ていたから。 彼の地で、彼女達が出会ったその人に。 ゆっくりと、彼は振り向いた。 「早速だけど、遊びに来させてもらったよ。」 見間違えるはずがなかった。 その頼りない顔、体つき。それでいて、何処か遠くを見ているような目をした人物を、忘れるはずがなかった。 「リョウ・・・ヤ?」 「はいそうですよー、良也さんですよー。」 実に軽い調子で言った言葉が、あまりにも彼らしすぎて。 レティシアは今感じた驚きよりも大きく笑った。 「火星へようこそ、リョウヤ。」 レティシアは、土樹良也の来訪を、心から歓迎した。 彼らは知らない。 俄かに交わった二つの幻想の物語は終わっても。 彼らが紡ぐ『奇縁譚』には、終わりなどないことを――。 〜FIN〜 +++あとがき+++ はい顔面アウトー。ロベルトです。 結局自分で書いてて何が言いたいのかわからなくなったっていうか、始めから言いたいことなんか一つしかありません。 「あとよろしく。」 投げっぱなしジャーマンの極意は習得済みです。 ていうか実際のところ、小説にしろ何にしろ、終わった後の物語って確実に存在するじゃないですか。 俺達はそういうのにムラムラする人種なわけで。ムラムラさせるが勝ちと。 いっつもムラムラさせられっぱなしなんだから、たまにはいいでしょ? えー、結局いくつか出せなかった設定が存在したり。 まず、紫が唐突に現れた件ですが、実は難癖つけて良也にレティシア達のところへ行かせるのが目的でした。 たった100年で人間が宇宙に進出したのは、彼女にとっても計算外の出来事でした。人間がいなければ存在できないのが妖怪なので、何とか宇宙に進出したかったのです。 んで、色々画策していたところに舞い込んできたこの一件を、利用したかったわけです。 っていうバックグラウンドを書く余白がなかったのでここに書きました。 あと、作中では全く触れられなかった月について。 東方ユーザー(?)ならば誰もが気になるところですが、実は月は全く手付かずです。 人が住むためにはテラフォーミングが必要ですが、穢れを嫌った月の民が驚きの科学力で阻止しました。\すげぇ/ そんなわけで、レティシア達にとって月は不毛の地という認識です。 もう一つ裏設定を。実は高宮グループの現総帥とクロフトカンパニー前社長、つまりレティシアの父は、面識があります。 というか、高宮の息子がレティシアの婚約者になってるけど、レティシアがふざけるなと断っていたり。 もう書く機会はないので大暴露させていただきました。 長々とかかりましたが、短編『100年経っても奇縁譚』はこれにて終了と相成ります。 これを読んで「俺はシェリフスターズを読むぞJ〇J〇ーーーーー」となってくれれば、俺はとても嬉しいです。 是非皆さんの力であれを『隠れた名作(笑)』から脱却させてください。 ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。 掲載いただいた久櫛縁様、無駄に容量ばかり食う作品で失礼しました。ありがとうございます。 それではまた、いつになるかはわかりませんが、次の投稿作品でお会いしましょう。 バイニー☆ |
戻る? |