私は数十分前の自分を殴ってやりたかった。もし彼らの言うことを信じていれば、こんなことにはならなかっただろう。

いや、ひょっとしたら結局同じ結果にはなっていたかもしれないけど、少なくとももう少しはマシだったはずだ。

だけどどんなに後悔しても、時間は戻らない。メニィが負った傷が癒えるわけじゃない。

そしてこの状況が好転するわけでもないから、私はメニィを抱え必死で逃げていた。



「待てー!!」

「逃がさないよ!!」

「今日は久々のご馳走だね!!」



空を駆け、光の弾を放ち、私達にその牙を立てんと襲い掛かってくる幻想の怪物ども――『妖怪』から。








――時は十数分前までさかのぼる。



私達は一言もなく、人里へ向けて歩みを進めていた。

どのくらいの距離があるのかはわからないけど、道がかなり険しい。無駄にしゃべって体力を消費するわけにはいかない。

しゃべればその分、エネルギーと精神力を消費する。それは未開の地を歩くときには致命的だ。

だから、ただ黙々と歩き続けていた。

・・・のだが。

「・・・ちょっと、幾らなんでも長すぎじゃない?」

しゃべらなければしゃべらなかったで、精神力は減る。というか、何をしてもこういうときは神経が磨り減っていくものだ。

ちょうど、先の見えないマラソンレースみたいな状態だ。

彼らの話から、てっきり人里まではそれほどの距離がないと思っていたんだけど。

「まさかここの住人ってのは、皆してこんな距離を毎日歩いてるの・・・?」

あのジンジャの住人も、ずっとあそこだけで生活しているわけではないだろう。食料だって調達する必要がある。まさか狩りで得ているとは思えないし。

だとしたら、何と逞しいことだろう。私には絶対にできないと確信する。

確信はしたが、だからといって現状が何か変わるわけではない。辛いものは辛い。

辛い辛いと言っても楽になるわけではないので口には出さないが、頭の中はゲシュタルト崩壊気味だった。

「ちょっと休憩してく?」

そんな私とは対照的に、メニィは全く疲れていない様子で、私を気遣うように言った。

・・・この子の体力は、私のような普通の人間とは比べようがないことぐらいわかってはいる。

わかってはいるけれど、納得が行くかと言われればそれは別の話だ。

不公平だと思った。



――そして、そんなことを思ってる自分に腹が立った。

この子だって、別にそう生まれたくて生まれたんじゃない。普通の人間に生まれた方が、余程幸せだっただろうと思う。

確かにこの子はもうクロフトの『マリオネット』じゃない。だけど、クロフトが施した非道の証が消えたわけではない。

ある種の薬品を投薬し続けなければならない体。人間をはるかに越える身体能力を有し、その結果自らの命を磨耗させる業。

それは『人間』として生きるためにはハンディキャップにしかならない。そんなものを抱えていて、メニィが嬉しいはずはない。

そしてそれをしたのは、命令したのは、私の父だというのに。

それでもこの子は、私を好いてくれている。こうやって私の心配をしてくれている。

私はそれがとても嬉しくて。

とても辛かった。

私はこの子の仲間として、相棒として、この子の助けになれているんだろうか。ただ、この子の力におんぶにだっこになってしまっているだけなんじゃないだろうか。

それでは、あの頃の父と大差ない。この子達を『道具』として見ていたあの頃の父と。

だから私は、この子に遅れを取りたくなかったし、隣に立って支えあいたいと思っていた。

そのためには、こんなところで甘えるわけにはいかない。

「平気よ。まだ歩き始めて30分じゃない。」

「でも、道も険しいし。レティって山歩き慣れてないでしょ?」

「それを言ったらあんたもでしょうが。いいから、私は平気。先を急ぎましょう。」

メニィはなおも何か言いたそうにしたけど、私の頑なな態度を見て言葉を引っ込めた。

そして、私達はまた歩き始めた。



まあ、意地だけでいつまでも歩き続けられるわけはなく。

「・・・ねえ、レティ。本当に大丈夫?」

「さすがに、これは、ちょっと、限界かも・・・。」

この道はいくらなんでも悪路過ぎる。一体何年間人が通らなかったらこんな道になるのだろう。

「ひょっとして、道、間違えたのかしら。」

「え?でも、キョウムに教えてもらった道を真っ直ぐ来たんだよ?」

・・・確かに、その通りだ。途中で枝分かれなどはなく、私達は一本道を歩いていた。迷うはずがない。

では、騙された?しかしそんなことをする理由が考えられなかった。

メリットがない。私達を迷わせたからといって、キョウムが得するとは考えられない。

確かに私のことを嫌ってはいただろうが、それだけでここまでのことをするだろうか?キョウムは愚か者ではないはずだ。

だとしたら、キョウムが勘違いしていたという可能性は・・・いや、それも考えづらい。自分の住んでいるところのライフラインをそう簡単に間違えるわけがない。

やはり私達は、とてもここ数年人が通ったとは思えない道を歩きつづけるしかない。

「他に手がかりなんかないんだから、変に動くのはまずい、か。ともかく、小休止にしましょう。」

言って私は、適当な岩に腰を下ろし、非常用に持っておいた携帯食料を取り出した。

味気ない代物だけど、持っておいて良かった。喉を通る乾燥したブロックの感触が、妙に悲しかった。

今朝のご飯は美味しかった。今度から和食というのも考えていいかもしれない。

「おトーフ食べたい・・・。」

「我慢なさい、朝あんだけ食べたんだから。」

メニィの不満を一蹴する。

・・・けれど、メニィが言った『トーフの国』という表現も、この国を表す言葉としてあながち間違いではないのかもしれない。

さすがに主食とまではいかないが、かなり頻繁に食卓に上ることは疑い無い。何せメニィがおかわりを要求しても、ごくごく普通に出てきたのだから。

しかも、多分昨日私が寝たあとにもメニィはトーフを食べたはずだ。それであれだけ出てくるのだから、この国がどれだけトーフを愛しているかわかった。

・・・まあ、それがわかったから何なのだという話ではあるけど。

「ねえ、メニィ。」

ふと、とある疑問――本当にちょっと気になっただけの疑問を、私は口にした。

「メニィは、この国が好き?」

「とーぜん!」

迷いなく、即答だった。

だけどそれは、多分今の私も同じなんだろう。

今メニィにした質問を、私がされたなら。

最初は現実味のない砂上の楼閣だとか、所詮広い宇宙の中のほんの小さな点だとか思ってたけど。

きっと私はこう答えるだろう。



こういうのも、悪くはないんじゃない?





少し休んで、体力もある程度回復した。

いつまでもここでじっとしているわけにはいかない。私は腰を上げた。

「さ、早いとこ人里に到着しなくちゃ。出来れば明日には戻りたいわ。」

「見つかるといいね、キクコさん。」

メニィの言葉に同意し、私はまた歩みを進め始める。








そう思った直後だった。

その場の空気が唐突に変わった。何というか、とても不快で不吉なものへ。

別に何かが起きただとか、獣に出くわしたとかそんなのじゃない。

ただ、何となく。けれど全身の感覚がはっきりとそれを感じていた。

何かがいると。

非科学的ではあるけど、私はこの手の感覚は信用している。でなければ、時には戦場に立つことにもなるトラブルシューターとして生き残ることはできない。

直感は、時として理性では不可能なことを可能にするのだ。

私は足を止め、腰にある銃に手を伸ばした。中身は対人用のゴム弾。

やや心許ないが、私は一瞬威嚇できれば十分だ。敵が何であれ、一瞬でも隙ができれば、あとはメニィが何とでもしてくれる。

「メニィはそっちを警戒して。」

「了解。」

メニィも既に臨戦体勢だ。いつでも走り出せるように重心を低く落としている。

私達は背中合わせになり、360°全てを警戒した。



そして。





『はぁ〜っはっはっはっはっは!!!』

唐突に森の中に馬鹿みたいな笑い声が響いた。

私はそれに驚き、声の上がった右手に銃口を向ける。

そこには――。



「何だかんだと聞かれたら!!」

「答えてやるのが世の情け!!」

「幻想郷の平和を守るため!」

「幻想郷の破壊を防ぐため!」

「愛と真実の悪を貫く、」

「ラブリーチャーミーな敵役。」

「ミスティア・ローレライ!!」

「リグル・ナイトバグ!!」

「幻想郷を駆けるバカルテットの二人には!!」

「ナイトバード、終わらない夜が待っている。」

「なーのーかー。」



・・・・・・・・・。








「行きましょう、メニィ。」

「あ、待ってよレティー。」

「反応薄ッ!?」

「ちょっと!人が恥ずかしいの我慢して名乗りを上げたのにどういうことよ!!」

やかましい。獣かと思ったらただの子供じゃない、紛らわしい。

「構ってほしいのはわかったけど、こんなところで遊ぶんじゃないわよ。危ないわよ。」

今現れたのは、三人の年端もいかぬ少女だった。羽のアクセサリーを付けていたり、珍妙な格好をしてはいるが。

それがきっとここの子供の間での流行なのだろう。

「違うわよ!!人間のくせに馬鹿にして・・・!」

おかしなことを言う。この子達は自分が人間ではないと言うつもりだろうか。

・・・ああ、なるほど。そういうことか。

「お嬢ちゃん達、妖怪ごっこなら他の人を当たりなさい。私達は仕事の最中なの。あなた達に構ってる暇はないの。」

「ごっこじゃない、本物の妖怪だ!」

「そんなこと言って、はいそうですかって逃げられると思うなよ?こっちは久しぶりの獲物なんだから。」

やれやれ、見事な熱演っぷりだこと。どっぷり役にはまりこんでいる。

・・・と、待てよ?ここに子供がいるってことは、この近くには人里があるってことかしら。

なるほど、道は間違ってなかったようだ。改めてキョウムに感謝ね。

「ちょっと、聞いてんの?・・・さてはあんた達、外の人間ね。」

「そうね、そうらしいわ。私は中とか外とか、よくわかってないんだけど。」

「ふーん、それはご愁傷様。外の人間は弾幕出せないから、私達から逃げることはできないんだよね。」

弾幕?ここの子供たちの遊び方の名称かしら。随分物騒な響きだけど。

「何度も言わせないで頂戴。私達は仕事の最中なの。邪魔するならほんと怒るわよ。」

「外の人間って奴は頭がおめでたいね。これから私達に食われるってのに、そんな暢気なことが言えるんだから。」

会話が成立しない。思わずため息をついた。

このゲンソウキョウの住人っていうのは、どいつもこいつもこんなんなのかしら。リョウヤは外の人間だって言ってたし。

「つまり、あんた達は遊んでやるまで私達を通す気はないと。」

「物分りの悪い人間だね。あなた達はここで死ぬから、通ることなんてできやしないのよ!」

あーはいはい、そういうことでいいから。

「少しだったら遊んであげるから、それでちゃんと満足しなさいよ。」

「ふん。その余裕、彼岸で後悔しな!!」

「そんでもって閻魔様に叱られてさらに後悔しな!!」

「あ、やっと食べられるの?ご飯ご飯〜♪」

とは言っても、子供相手にどう遊べばいいのか私わからないけど。





そんな風に思っていた私の懸念は。



「行くよ!!」

「私の歌で鳥目になればいいのさ!!」

「久々に人間が食べられるー。」



彼女らが、昨日見たような光の弾を出現させたことで、完全に吹っ飛ばされた。

『なッ!?』

それを見た私とメニィの驚きの声が見事にハモった。

何だあれは。光学兵器なんかじゃない。そんなものを使っているそぶりは全くなく、おまけに何もないところから出現させた。

そしてそれが虚空に静止している。そんなこと、どんな道具を使ったってできることではない。

じゃああれは何だ。まばゆいばかりの輝きを放つ、あの『弾幕』は一体何だっていうのよ・・・!!

私がそんな風に混乱している中、奴らは実に手馴れた動きでそれらをこちらに向かって解き放つ――。



パン!!パン、パン!!

その直前に、私は本能的とも言っていい動きで、引き金を引いていた。

「あた!?」「てっ!!」「うわっ!!」

距離はあったが、強化ゴムの弾丸は奴らの動きよりも早く、額に命中した。

うちの(変態)道具班謹製の改造護身銃だ。たとえゴム弾といえど、この距離といえど、額に命中すれば脳震盪ぐらい起こす代物だ。

それを受けてなお。

「いったたた・・・何今の?」

「わかんない、外の道具かな。」

「今のは痛かったよー。」

奴らはピンピンしていた。ダメージなんか全くあったように見えない。

それを理解し、私は戦慄した。

――違う。こいつらは人間の子供なんかじゃない!!

そしてある一つの事実を、現実として受け止めざるを得なかった。

ああ、そうか。リョウヤもキョウムもレイムも、本当のことを言っていたんだ。

道具も使わずこんな不可解な現象を起こし、人間をはるかに超す頑丈さを持ち、――奴らが言っていることが真実なら、人を喰らう。

そんな『妖怪』が現実に存在する。それがこの『幻想郷』なのだと。



「メニィ!!」

その現実を受け入れることで、私の意識は一気に日常から非日常(トラブルシューティング)へと移行した。

だがそれは、メニィの方が一拍早かったようだ。メニィは既に奴らに向けて走りだしていた。

「え?」

「でえええええええい!!!」

咄嗟の反応が不可能なほどに加速したメニィは、奴らの一人――黒いマントを着た触覚妖怪に流星のようなとび蹴りを仕掛けた。

そして当然、その速さに対応できるはずがなく、そいつはまるでダンプに跳ねられたかのように吹っ飛ばされていった。

「あ、リグル!!」

「やったなー!!」

だが、敵は一人ではない。仲間を蹴り飛ばされたことで戦意に火が点いたか、残った二人が光の弾をメニィ目掛けて放った。

「わ!?よほっと!!」

それを、体裁きでもって回避するメニィ。あの子の運動神経だからこそできる芸当だ。私だったら最初の一撃にも反応できなかっただろう。

どうやらメニィは、何とか攻撃を仕掛けようと考えているらしい。黒服金髪の懐に潜り込もうとして、光の弾に阻止されていた。

私は戦況を判断し、合理的な作戦を下した。

「メニィ、引くわよ!!」

「よっと!!ラジャー!!」

私があそこに突っ込むことはできない。そんなことをしてもせいぜい狙い撃ちにされるのがオチだ。

メニィの体術がいくら優れているとは言っても、限界はある。集中力が切れれば、かわしきれず的になってしまう。

なら、今は撤退するのが正解だ。戦ってジリ貧になるだけなら、戦う必要は何処にもない。

「そうは・・・。」

「させないよー!!」

当然、奴らもただでは逃してくれない。背を向けたメニィに、無数の光弾を差し向けた。

しかしそれは私の計算の範疇!!

「メニィ、目を瞑りなさい!!」

私はポケットからあるものを取り出していた。メニィは私の言葉に即座に反応し、既に目を閉じている。

確認し、私はそれを奴らに向けて投げた。それは奴らが放った弾の一つと接触し。



盛大に発光した。

「くあ、目が!!」

「ま、眩しい〜!!」

スタングレネード。殺傷能力はないが、強烈な光によって動きを封じる鎮圧専用の道具。

この国は武器を持ち込めないから、この手の道具を多く持ち込んでいた。それが役に立った。

「今のうちに逃げるわよ!!」

「了解!!」

やはり奴らは視覚に頼って攻撃を放っていたらしい。スタングレネードで目が眩んだために、奴らが放った弾はあらぬ方向へと逸れていった。

これを機と、私達は背を向けて走り出し。



突然、メニィが前のめりに倒れた。

「え?あれ?」

「メニィ!?」

私は慌ててメニィを抱き起こした。いきなりどうして――!?

見ると、メニィの右足首が変な方向に曲がっていた。これは、折れてる・・・!!

「そう簡単に、逃げられると、思わないでよね。」

その声に、私は驚き振り向いた。

それは先ほどメニィが蹴り飛ばした奴だった。無傷・・・とはいかなかったみたいだけど、致命的な怪我は負っていなかった。

・・・何ていう頑強さ。人間だったら確実に死んでいた攻撃なのに。

そして、メニィが突然倒れた理由がわかった。奴があの光の弾を、メニィの足首に向けて撃ったのだ。

『妖怪』の癖に頭使ってるわね。足を狙えば、どんな強者だろうが立ち続けることはできない。

「その足じゃ、もう逃げられないね。さあ、大人しく私達の食料に」

「誰がなるか!!」

怒りか何かわからない感情に任せ、私は先ほど投げた物と同じ形状の筒を黒マント目掛けて投げた。

「ふん、それはさっき見たわよ!!『光』で蛍の私に――!?」

だがそれは、さっきのとは中身が違う。今度の中身は超粘性とりもちだ。

閃光に対する防御のために目を瞑った奴がそれをかわせるわけがなく、あえなくとりもちの餌食になった。

これで通常なら脱出は不可能。・・・だが、それはあくまで人間を相手にした場合だ。

こいつら『妖怪』の身体能力が人間の比ではないことは、さっきの一連の攻防でよくわかった。

だから。

「逃げるわよ!!」

「え、ちょ、レティ!!」

私はメニィをわきに抱えながら、逃走を開始した。

「レティ、下ろして!大丈夫だよ、一人で走れるよ!!」

「お黙んなさい三歳児!!あんたの大丈夫ほど心配になる台詞はないのよ!!」

私はメニィの抗議を無視し、ひたすら走り続けた。

この子に無理はさせたくなかった。この子はどんな無理でもできてしまう体だから。



私の予想は間違ってはいなかった。

「いた!!」

「見つけたよ!観念して私らのお昼ご飯になりな!!」

「待てー人肉ー!!」

奴らはすぐに追ってきた。それも、『空を飛ぶ』などという非常識な方法でもって。



私はひたすら逃げ続けた。生き延びるために。








  *    *    *








「あれぇ?まだ着いてないのかな。」

僕が荷物を抱えて人里に着くと、いつも通りの人里だった。

あの娘達は、幻想郷の住人(人間限定)からしたらかなり奇異な格好をしてるから、ちょっとした騒ぎになってもいいはずだ。

だというのに、全然騒がしくない、いつも通りの騒がしい人里だ。これは彼女達がまだ人里に着いていないということを表している。

実際、

「おっす、良さん。今日もお菓子売りか?オラ腹減ったぞ。」

「そうなんだけど、変わった二人組を見なかった?上下黒のスーツ・・・なんかこうパリッとした服を着てて、片方は前髪だけ金髪、片方はツーテールの女の子二人組なんだけど。」

「? そんな変な奴見てねえぞ。新しい妖怪か何かか?」

常連の子に聞いてみたけど、返ってきた答えはそんなものだった。

・・・これはひょっとして、途中で何かあったんだろうか。

道中は地上に目を凝らし、二人と香夢を探した。だけど、三人とも見つからなかった。

だからてっきり、香夢と合流できて里へ向かったと思ったんだけど。

――ひょっとして、途中で妖怪に襲われでもしたんだろうか。それは十分有り得る話だ。

神社と里を結ぶ道は、ほとんど使われていない。大抵僕らは空を移動するからだ。

だから、道は荒れ果て妖怪達の住家になっている。里では常識になっていることだ。

あの道を通って妖怪に遭遇しないのは、運がいいか、隠行に長けているか、比較的安全な回り道を知っているか、あるいはその人自身が幻想郷で有名なほど強いか。そのどれかだ。

運がどうかはわからないけど、それ以外のどれもレティシアとメニィは当てはまらない。だから、妖怪に襲われ逃げるうちに道を外れたってことは十分に現実的な考えだった。



だけど。

「まあ、何とかなるでしょ。」

僕は特段の心配をしていなかった。

何故なら、香夢もまた人里に現れていないからだ。ということは、彼女らを追ったということ。

少なくとも妖怪が相手なら、香夢が負けることはない。

人にも神にも、妖精にも勝てない香夢だけど、あいつに勝てる妖怪は存在しない。それはあのスキマだって例外じゃない。

まだまだ未熟と言わざるを得ない香夢だけど、その点に関しては僕は手放しで香夢を信頼していた。



「さあ、土樹菓子店の開店だよー!」

「うひゃあ、オラワクワクしてきたぞ!!」

なのでとりあえず先に、いつも通りのお菓子屋を開くことにした。

どうせ開始10分ぐらいで完売するし、それから探しに行っても遅くはないでしょ。



ちなみに、この日は15分ぐらいで完売した。割と大目に仕入れてたのに。

恐るべし、幻想郷のハングリー精神。

閉店しても、三人はまだ現れなかった。そのため僕は、再び神社へと続く道へと飛び出したのだった。





「おう、良也!!・・・ってあれ?神社の方に戻っちゃったぜ。どうしたんだあいつ?」








  *    *    *








走る。とにかく走る。どんなに苦しくても、私は止まれない。

止まればより確実な死が待っているだけだ。だったらひたすら逃げつづけるしか手はない。

「あははー、待て待てー!!」

「ちょっとルーミア、変な当て方して消し飛ばさないでよ。」

「そーれ、逃げろ逃げろー、追いつくぞー!」

「ちゃっかりミスティアまで楽しんでるし・・・。」

もっとも、ひょっとしたら逃げても結果は一緒なのかもしれないけど。

奴らは遠慮なしに先程の光弾を撒き散らしていた。

どうやら連中、私達で遊んでいるようだ。光の弾が私達に激突することはなく、至近距離をかすめていた。

だが、あいつらは楽しいのかもしれないけど、私はそうはいかない。命がかかっているこの状況で楽しめたら、それは余程の馬鹿か異常者かのどちらかだ。

だから必死だった。必死で逃げつづけた。一縷の望みにかけて。

私は進路を逆転し、ジンジャに向けて走っている。

彼らの話はとても信じられることではなかったけど、現実にこうして『妖怪』――少なくとも『人でないもの』を目の当たりにしては、信じないわけにはいかなかった。

だから、彼らの正体についてもまた、信じることにした。あるいは、それは藁にもすがる思いだったのかもしれないけど。

そう。もし彼らの言葉が真実なら。レイムは神様のはずだ。

ならきっとこいつらを撃退することができるはず。神様が妖怪より弱いなどということはないはずだ。

――仮定頼りのか細い望みだが、今の私に取れる方法はそれしかない。

だから、メニィを抱え全力で走った。



全力で、走っていたのだ。



そのため、普通だったら絶対にやらないミスを犯してしまった。

「あっ!?」

張り出した木の根に、足を取られてしまったのだ。

前方にかかった全力の運動エネルギーを押さえるほどの筋力を、私は持っていない。

不様に転げてしまった。そしてそれは致命的な隙だった。

「あらら、呆気ない幕切れだねえ。もうちょっと粘ると思ったんだけど。」

「そんなことどうでもいいじゃない、やっと捕まえたんだから。早いとこ食べましょ。」

「二人いるよー?どう分けるの?」

「一人三分の二ずつでいいでしょ。」

「でも大きさに差があるよ。ちょっと不公平じゃない?」

奴らは私達に追いつくなり、物騒な会話を始めた。・・・この隙に、逃げられないだろうか。

私は腰元にある催涙ガスに手を伸ばし。

小さな光の弾に、それを弾かれた。

「何かいろいろ持ってるみたいだけど、もう通用しないよ。妖怪を侮るなよ、人間。」

嘲笑するように、黒マントが言った。・・・隙はないようだ。

――ああ、こんなところで終わるのね。

不思議と、恐怖はなかった。いや、ひょっとしたら私はそれに慣れてしまっているのかもしれない。

トラブルシューターとはそういう仕事だ。死ぬか死なぬかの瀬戸際に立ち、ギリギリで踏み止まれる者だけが生き残れる。

恐怖とは、生き残るために必要なものなのだ。それを失くしてしまえば、あとは転がり落ちつづけるだけ。

だとすると、私はきっといつか死んでいたのだろう。ただの人間など簡単に死んでしまうほど、現実は非情なのだから。

だったらこれはきっと、当然の帰結だったのだ。

私は踏み止まれなかった。メニィが止めたのに、私は聞かなかった。

もしあそこでメニィの言うことを聞いていれば、きっとこんなことにはならなかった。これは私が受けるべき報いだ。



・・・私だけでいい。





「あんた達。メニィには手を出さないで。」

私は三人の妖怪に、最後の懇願をした。

だが奴らは、そんな私の言葉をせせら笑う。

「何言ってるの?せっかくの食料を逃がすわけないでしょうが。」

・・・それはそうだろう。せっかく得た獲物を逃がすのは、聖人ぐらいのものだろう。しかしこいつらは妖怪。真逆の存在だ。

だけど、メニィだけには手を出させるわけにはいかない。

「食べたいなら私を食べなさい。けど、メニィだけは助けて。お願い。」

「ダメダメー、他をあたんなー♪」

「他なんていないけどねー。」

「そう言わないで、お願い。この子こう見えて、実は三歳なのよ。」

「はっ、笑わせてくれるね。こんな大きな三歳が何処にいるんだい。」

「それに、たとえそれが真実だったとしても、私達は食べるけどね。妖怪が幼子を食べないなんて思ってるの?」

もちろん、思っていない。ただ言ってみただけだ。

初めから私は、話し合いで意見を飲ませられるなんて思っていない。

今の間に、私の持っている隠し武器の調整を行ったのだ。メニィを逃がすために。

「(メニィ、私が突っ込んだら全力で逃げなさい。片足でも、あんたなら逃げ切れるでしょ。)」

「・・・レティ?何考えてるの?」

そうだ。始めからこうすれば良かったんだ。

メニィなら、たとえ負傷していても、時間さえ稼げれば十分に逃げられる。結局私が足手まといになっただけだ。

なら、合理的判断でどうすればより生き残れるか。答えは決まっていた。



私がこの身を呈して。



メニィが逃げる時間を稼げばいい!!

「バカな真似を!!」

「無駄だよ!!」

「大人しく食べられればいいのにー。」

右手に銃を、左手にスタングレネードを構え、私は奴らに突進した。

当然それを甘んじて受けるわけがなく、奴らは例の光の弾――弾幕を張った。

それでも私は怯まなかった。私が戦い続ければ、その分メニィの生存率は高くなるから。

「レティイイイイイイイイイイイイ!!!!」

私はメニィの叫びを背に受け、まばゆい光の中へと突っ込んでいった。

死を覚悟して――――――――








「ほんっっっっっっっっっっとバカですね、レティシアさんはッ!!」



少女の声が、響いた。

そしてその瞬間、私の視界を覆うほどになっていた光の弾幕は消し飛んだ。

・・・え?

「っ!!これって、まさか博麗の巫女!?」

「やば、マジで!?」

「あ、あそこー!!」

奴らがうろたえ指差した方向を、私も視線で追った。



そこには、先ほど別れたばかりの紅白の少女が、凛としたたたずまいでいた。



「キョウ・・・ム?」

彼女の出現に、私は驚き動きを止めた。

何で彼女が、ここにいる?キョウムはジンジャに残ったはずなのに。

まさか私達を助けに?いやそんなバカな。彼女は私を嫌っている。理由がないじゃない。

それに第一、どうやってここが?ジンジャに向かって走ってはいたけど、道からはだいぶ外れていたのに。

彼女を目の前にした途端、私は自分の身が危険であったことも忘れて次から次へと疑問が湧いてきた。

呆然とする私に、彼女は悠々と歩き近づいてきて。

「チョップ!!」

「あた!?な、何すんのよ!!」

「何すんのよ、じゃありません!!弾幕も出せない外の一般人が、何妖怪相手にケンカ売ってるんですか!バカですか?バカなんですかあなた!?」

「バッ!?誰がバカよ!!別に私がケンカ売った訳じゃなくてあいつらが勝手に襲ってきただけよ!!あんたこそ、ジンジャに残ってるんじゃなかったの!?」

「妖怪退治も出来ない人間を放っておいたら大巫女様から後で怒られるるんです!別にあなたを心配してきたわけじゃありません!!」

「誰もそんなこと聞いて・・・心配してくれたの?」

「あッ!?い、いえだから心配したわけじゃないんですってば!!こら、何ニヤニヤしてるんですか!!」

「別に〜。あっそー、キョウムは私達のこと心配してくれたのね〜。」

「だーかーらー!!」

顔を真っ赤にし、キョウムは反論をした。何ともわかりやすい反応だ。

案外コイツ、根はいい奴なのかもしれない。

そして、私は完全に妖怪連中のことは意識の外に追いやっていた。

「・・・わ、私達無視するんじゃないわよ!!蟲だからって舐めてるの!?」

そのせいか、黒マントが気炎を吐いた。だけどその言葉には、先ほどの重圧感は存在しない。

むしろその声には、怯えが含まれている。まるでここにいるキョウムに怯えるかのように。

見れば残りの二人はまるっきり怯えていた。キョウムに、人間の少女に。

メニィの全力の攻撃でさえ平気だったこいつが、キョウムに怯えているの?

「舐めてるのはどっちですか。弱小妖怪の分際で博麗の客人に手を出そうとするなんて。覚悟はできてるでしょうね、リグル・ナイトバグ。」

「・・・くっ!!」

気圧されている。さっきまで私の命を遊び半分で刈り取ろうとしていた妖怪が、年端も行かぬ少女に。

・・・そういえば、幻想郷に来たばかりのとき、キョウムは先ほどみたいな光の弾を私達に向けて放っていた。

それはつまり、キョウムもこいつらと同じことができるってこと?

いや、そもそもキョウムは本当に人間なの?

考え出すと、キョウムに対する疑念が湧き出してきて――私はそれらを頭の隅に追いやった。

何を馬鹿なことを考えているの、私。キョウムはたった今、どうやってかはわからないけど、私を助けてくれた。

なら、彼女は信用してもいいはずだ。たとえ人間じゃなくたって、私はそういう連中と対等にやっていきたいと常々思っているはずじゃない。

だったら、キョウムを信じよう。今はそう思うことにした。

「いっつもやられっぱなしだと思うな!!」

「ちょ、リグル!!ああもう、どうなっても知らないよ!!」

「うううう、私のご飯返せー!!」

そして、妖怪三人組は再び弾幕を張った。キョウムとやりあう気だ。

「手を貸しましょうか?」

「寝言は寝てから言ってください。弾幕も出せない人間がどうやって弾幕ごっこする気ですか。」

・・・『弾幕ごっこ』、ね。こんな命がけの遊びが、あなた達にとっては日常なのか。

「安心してください。私は妖怪には絶対に負けませんから。あなたはメニィさんのところに行っててください。彼女、怪我してるんでしょう?」

「ええ。信じていいのね?」

「当たり前です。私は博麗の巫女ですよ。」

それはよくわからないけど。

「じゃあ、任せたわ。」

キョウムの不敵な笑顔が安心できるものだったから、私はその場を離れメニィの側まで行った。

「・・・レティのバカぁ。」

「あんたには言われたくないわ、三歳児。」

涙目のメニィに軽口を返し、私達は今から行われる勝負を見守ることにした。



そして、光と紙の弾幕が踊る、華麗で綺麗な戦いが始まった。








それは世にも奇妙な戦いだった。少なくとも、人の世では決して見られないほどには。

妖怪どもは先程同様、光の弾を弾幕とし、対するキョウムは薄い紙一枚一枚を投げていた。

見た目の印象としては敵方が圧倒的に有利。しかし、それらが拮抗したとき、私の考えが真実ではないと理解した。

まるで、それこそ紙の盾を大砲の弾が貫くかのように、キョウムが投げた紙っぺらは光弾を掻き消したのだ。

幾発の弾幕を貫いてなお勢いを減じぬそれは、あっという間に三人の妖怪それぞれに到達し、炸裂した。

「あたっ!?」

「くっ!!」

「ふええっ。」

「まるで成長のない妖怪ですね。私にあなた達のただの弾幕が通用しないことぐらい、いい加減学習したらどうです。」

圧倒的。それがキョウムの戦いの印象だった。

さっきまで私達を追い詰めていた妖怪達を、涼しげな顔で、ただの紙で圧倒する。

私と下らないことで言い争っていた少女は、どうやらただの少女ではなかったらしい。・・・とうにわかりきっていたことではあるけど。

だけど相手は幻想の中に生きる化け物、『妖怪』。その程度で逃げ帰ってはくれなかった。

「だったら・・・スペルカードを使うまでよ!」

叫び、黒マントは一枚のカードを取り出した。他の二人もそれに倣い、それぞれが絵と文字の描かれたカードを取り出す。

そしてそれを掲げ、声高に『宣言』した。

「蛍符『地上の流星』!!」

「鷹符『イルスタードダイブ』!!」

「夜符『ナイトバード』!!」

その直後、妖怪達から今までとは比べものにならない量の弾幕が放出された!

それは、あるいは必殺の攻撃と言ってもいいかもしれない。空中に浮かび妖怪どもが放った弾幕は、複雑な軌道が組み合わさり逃げ道などなかった。

だが、キョウムはまるで動じなかった。むしろその目は、ようやく楽しくなってきたとばかり輝いていた。

「そうそう、初めからそうすればいいんです。」

言いながら、キョウムもまた浮かび上がっ・・・た?

・・・はい?

「ちょ、ま、ええ!?」

「キョウムが飛んでるー!!」

嘘!?何それ!!

人間って空飛べたの!?それともキョウムってやっぱり人間じゃないの!?

「人が空を飛ぶなんて、当たり前じゃないですか。」

飛び交う無数の光弾をかわしながら、余裕を持って解説してきた。

・・・いや、ない。その当たり前は当たり前じゃない。少なくとも私は空飛ぶ人間など見たことがない。

何というか。言葉にもならなかった。

私の儚い常識など、この非常識を前にして意味を失っていた。

キョウムはさらに非常識を見せてくれた。奴らが放った弾幕を、かわすことなど不可能なそれを、回避して見せたのだ。

圧巻だった。弾と弾の間にわずかに出来る隙間が開いた瞬間に、そこに潜り込む。そして隙間が閉じる前に別の隙間に移る。

それを何度も何度も繰り返し、前進していた。流れるように、一切淀みなく。

「・・・すごい。」

私は思わず呟いた。それぐらいしかできることがなかった。

私もメニィも、キョウムの『舞』に見とれていた。

「っ当たらない!」

「もー、いつの時代も巫女って非常識だから嫌いだー!!」

「もう帰りたいー!!」

あの妖怪達が泣き言を言っているのも気にならないほど、私はキョウムの舞に集中していた。それほど見事で、優雅で、鮮やかな舞だった。

だが、それも終わりを向かえた。奴らの弾幕を、キョウムが全て越えてしまったため。

「もう終わりですか。やれやれ、本当に成長のない方々ですね。」

肩透かしを喰らったとばかりにキョウムは言った。

「う、うるさい!私達は人間と違って長生きなんだから、そう簡単に変わってたまるもんか!!」

「変化を受け入れるのも大切ですけどね。だからあなたはいつまで経っても弱小なんですよ。」

辛辣に言い放ち、キョウムもまた一枚のカードを取り出した。

「ま、その辺はどうでもいいです。ともかく、今は落ちなさい。」

空気が変わる。キョウムの体から、得体の知れないエネルギーが溢れ出しているのがわかった。

連中もそれを感じ、一気に表情を青ざめさせた。

「ちょっと!言い出しっぺはリグルだよ!!私関係ない!!」

「ひどっ!そんなこと言ったら、ルーミアが一番ノリノリだったじゃないか!!」

「だったら一番最初に襲ったのはミスティアだよー!!」

何という三下っぷり。奴らは互いに責任をなすりつけ合おうとしていた。

それを見て、キョウムは呆れのため息をついた。

「バカバカしい。ケンカは彼岸で好きなだけやってください。」

馬鹿に付き合う気はないとばかりに、キョウムはカードを高々と掲げた。

「神霊・・・」

空気が膨らむような錯覚を覚える。いや、実際に膨らんでいたのかもしれない。

それは、あっという間に臨界へと達し――。



「キョウム、危ない!!」

その瞬間、メニィが叫んだ。それにより、張り詰めた空気が一瞬にして霧散する。

キョウムは反射的に動いた。

そして、それまでキョウムがいた空間を、幾本ものつららが貫いた。

――新手!?

私は、その氷柱が放たれた方向に目をやった。

「ふふん、よく避けたわね!」

そこには、青い少女が浮かんでいた。

見た目は少女というより幼女――あるいは妖精という言葉がしっくりくる。

だがその背には氷でできた羽が浮かび、彼女自身も浮かんでいる。見た目通りではない――いや、むしろ見た目通りなのかもしれない。

幻想郷には妖精もいるはずなのだから。

「ちっ・・・妖精か!」

そしてキョウムが舌打ちとともに私の考えを肯定した。

なんとまあ、次から次へと非常識が襲ってくるものだ。最早私は驚きすぎで驚けなくなっていた。

しかし、キョウムの反応が気になる。先程まで妖怪を圧倒していたキョウムが、妖精の出現に顔をしかめた。

妖精とはそれほどの脅威なんだろうか。とてもあのバカ面からはそうは思えないが・・・。

「チルノ!やった、助かった!!」

「あんたなら博麗の巫女に勝てる!ケチョンケチョンにしちゃってー!!」

「チルノがんばれー、私のために働けー!」

しかし妖怪どもの盛り返し方を見ると、どうやら彼女は奴らより強いらしい。

「ふふふふふ・・・。皆に頼られてるわ。やっぱりあたいったらさいきょーね!」

そして、利用されているだけにしか思えないけど、妖精は喜びに震えていた。

ビシっと、その指をキョウムに向ける。

「あたいの子分をいじめてくれたお礼、たっぷりしてやるわよ!」

「先に人の客人に手を出したのはそっちの方です。親分を気取るなら、子分のしつけをしっかりしたらどうです?」

「そんなことはいーのよ!人間はいっぱいいるんだから!」

人間をまるで家畜か何かのように扱った発言だ。聞いているこちらが少々イラっときた。

「そんなバカの話なんか聞くことはないわ、キョウム。やっておしまい!!」

「何であなたが偉そうなんですか。それに、軽く言ってくれますね。」

たとえ相手がどんな強敵であれ、獅子奮迅の戦いを見せたあなたを信じてるわ。

「勝手に信じられても困るんですが・・・。」

「さあ、勝負よ博麗の巫女!!」

キョウムと私の会話の終わりを待たずに、妖精は氷の弾を発射した。あれが奴の『弾幕』か。

それをキョウムは、やはり華麗な動きで回避する。そして反撃の紙弾幕。

先ほどは妖怪三人を圧倒したその一撃は、氷の間を縫って飛び。



「へへーんだ、こんな弾幕痛くも痒くもないよ!!」

妖精にまともに当たったはずなのに、相手にはまるでダメージがない様子だった。

・・・そんなバカな。メニィの攻撃を受け付けなかった妖怪でさえ怯ませたキョウムの攻撃が、通用しない?

妖精とはそこまで強力な存在なのか。

「ふふふ、博麗の巫女が助けに来てくれて助かったのに、あなた達も運がないね。」

キョウムが妖精との戦いに集中しだしたことで守りを失った私達に、妖怪どもがにじり寄ってきた。

チッ、抜け目のない。

「驚いたわね。あんなバカみたいな奴が、キョウムより強いなんて。」

「そうね。あのバカが妖怪だったら、博麗の巫女に勝てるなんてことはなかっただろうけど。」

・・・どういうこと?

「今代の巫女は欠陥持ちなのさ。『妖怪を退治する程度の能力』。妖怪相手にゃ最強だけど、妖精相手にも勝てないよ。」

「おまけにチルノはバカだからね。御しやすくて助かってるわ。」

「人間ウマウマなのだー。」

そういうことか。なるほど、カラクリが読めたわ。

どういうわけだか知らないけど、キョウムは妖怪以外には勝てないのね。そしてそれに付けこんだこいつらが、『妖精』という存在を仲間に引き込んだ。

あいつは蚊取り線香ならぬ蚊取り氷嚢というわけか。

つまりこいつらはキョウムには敵わず。



あの妖精は、私でも御せるということだ。

「ありがとう、あんた達も馬鹿で助かったわ。」

『・・・は?』

私の言葉に、妖怪三人組は目を点にした。そして奴らが私の意図に気がつく前に。

「キョウム、代わりなさい!そいつは私が何とかするから、あなたはこいつらを!!」

「あっ!?」

「しまった!!」

「させないー!!」

私がキョウムに叫んだことで、妖怪どもが私に向かって襲い掛かってくる。

だが、それよりも先に私の意図を理解したキョウムが、連中に向かって例の紙を投げつけた。それによって奴らは怯み、目的を達成できなかった。

「勝算は?」

「計算は割と得意よ。」

「任せました!!」

ほんの一瞬のすれ違い。その間に私とキョウムは意思の疎通を完了させた。

キョウムは妖怪どもの前に立ち、私は氷の妖精の前に立つ。

「さあ、覚悟はいいですかこの三下妖怪!!」

「くっそー、あと少しだったのにー!!」

私の後ろで、派手な爆音が上がった。見なくてもわかる、キョウムが暴れているだけだ。気にすることはない。



私の相手は、この目の前の馬鹿。

「なーにあんた?さいきょーのあたいとやろうっての?」

「いいえ、そんなことはしないわ。最強のあなたに、ただの人間である私が敵うわけがないもの。」

「お!?あんたは分かってるみたいね。そう、あたいはさいきょーなの!!」

「そう。最強なのね。」

自分で自分を最強という奴は余程の馬鹿である。何故なら、未知を計算に入れていないからだ。

「そんな最強のあなたは、きっと頭も賢いんでしょうね。」

「とーぜん!!あたいったらさいきょーで天才でパーペキね!!」

OK、超のつく馬鹿であることを確認した。

「じゃあ、ちょっとしたなぞなぞで勝負しましょう。これなら、私も少しは自信があるし、あなたなら難なく解けるでしょう?」

「おー、当然!!どんな問題でもかかってきなさいよ!!」

「じゃあ、行くわよ。





P(x)%(x+1)=5かつP(x)%(x−2)=−7であるとき、P(x)%((x+1)(x−2))の値を求めよ。さあ、制限時間は10秒間よ。」

「え?あ、えっと1+1が2だから、えっくす+1は・・・えっくす?」

私の出した、到底10秒では解答できない問題を、私に乗せられていた妖精は馬鹿正直に考え始めた。

まあ、こいつが10分かけたところでこの問題を解けるとは思えないけど。

そして隙だらけ。私は堂々と歩み寄り、その顔に両手を添えた。

氷の妖精というだけあって、その体は氷のように冷たかった。

「へっ?」

私が手を添えたことで、私の接近にまるで気付いてなかった妖精は間抜けな声を出した。

ちょっと悪い気もするけど。

「これも生きるためよ、ごめんなさいね。」

「なんピギャッ!!?」

バチッ!!と、何かが激しく弾けるような音とともに、妖精が大きく痙攣した。

どさりと倒れ、そのまま気絶する。

スタングローブ。手袋の中に仕込んだスタンガンだ。私の持ってる隠し武器の中で唯一効きそうなものを使わせてもらった。

人間だったら死ぬ電圧だったけど・・・まあ、大丈夫でしょ。

「ちなみに、今の問題の答えは−4x+1よ。解説はしても意味なさそうね。」

彼女が起きていたとして、理解できるとは思えないから。

妖精が気絶している隙に、カーボンロープでグルグル巻きに縛り上げた。

これでたとえ目を覚ましても、私達に襲い掛ることはできない。

「こっちはこれで大丈夫。キョウムの方は・・・。」

視線を移し。



「今度こそ、神霊『夢想封印』!!!!」

「残念!!」

「無念!!」

「また来週〜〜〜〜〜!!」

ちょうど決着の瞬間だったようだ。

キョウムが放った巨大な光の弾は、過たず妖怪どもに炸裂した。

そして連中は物凄い勢いで弾き飛ばされ、やがて見えなくなった。

・・・何はともあれ、危機は脱したようだった。

「お疲れ様。」

「そちらこそ。意外とやるみたいじゃないですか。」

疲れはしたけど、私は今生きていることが嬉しくて。

「あなたもね。見直したわ、キョウム。」

笑顔で答えた。








「大丈夫ですか、メニィさん。」

一先ず安全を確保した私達は、メニィの状態を確認することにした。

「大丈夫だよ、痛くないもん。」

キョウムの問いに、メニィは本当に何でもないように答えた。

・・・ずきりと、胸が痛む。

「痛くないなんてことないでしょう。こんなにはっきり折れてるんだから。」

「・・・本当に痛くないのよ、メニィは。」

「はぁ?何言ってるんですか。痛覚のない人間なんて、いるわけないでしょう。生存のための機能失ってるじゃないですか。」

そうだ。痛覚は生きるために必要なものだ。

痛覚があるからこそ、人は限界を知れる。命を削らないように。

では痛覚がなければ。筋力はあっさり限界以上の力を引き出し、筋繊維の断裂という代償を伴い莫大な力を発揮する。

それは命を削るということだ。まさに『道具』の扱いそのもの。

そんな扱いを、メニィは受けていたのだ。生まれた――生み出された瞬間から。

生存する権利を与えられていなかった。ただ『道具』として磨耗し、使い捨てられる運命を仕組まれていた。

他でもない、私の父に。

「メニィが痛くないって言ってるのよ。本当に痛くないのよ。」

「人でなしですかあなた。大体、何であなたが無傷でメニィさんが怪我してるんですか。普通逆でしょうが。」

「ううん、キョウム。これであってるんだよ。それに本当に痛くないもん。」

「こんな小さな子にこんなこと言わせて、恥ずかしくないんですかレティシアさん?」

恥ずかしくないわけがないじゃない。辛くないわけがないじゃない。

だけど、言えない。言ってはいけない。メニィの正体を知られてはいけない。

知れば、きっと気味悪がる。怖がる。人として見なくなる。

だから私は黙る。どんなに非難されようとも、私が非難されるだけならそれでいい。私にはそれぐらいしかできないんだから。





なのにメニィは。

「違うよキョウム!レティは私のために頑張ってくれてるの!私が人間として生きられるように、頑張ってるの!!」

「メニィ!!」

私が止めるのも聞かず。



「私が、クロフトの生み出した生体兵器(バイオウェポン)だから!!」



自分の正体を、キョウムに打ち明けた。



キョウムはしばらくの間、何を言ってるのかわからないという表情をしていた。

痛いほどの沈黙が、場を支配した。

やがてキョウムは、ゆっくりと口を開いた。



「つかぬことをお聞きしますが・・・ばいおうぇぽんって何ですか?」



さっきとは別の意味の沈黙が訪れた。





「そうですか、そんな過去があったんですね。」

懇切丁寧に生体兵器とは何かを説明し、キョウムはやっと理解した。

幻想郷とはどうやら科学技術は全く存在しない世界のようだ。

それはともかく。

キョウムに、メニィの正体を知られてしまった。人でないこと、人の形をした別の生き物であることを。

彼女はどう思うだろうか。怖がるだろうか。気持ち悪がるだろうか。

・・・少なくとも、今までと同じ目で見てくれなくはなるだろう。



それが、たまらなく、嫌だった。



「わかりました。とりあえずどうします?里に行くか、一旦神社に帰るか。」



キョウムは、まるで何事もないかのように自然に言った。

一瞬、キョウムが何を言ってるかわからなかった。

「え?」

「だから今から里に行くのか、それとも一旦神社に帰って体勢立て直すのか。どっちにするんですか?」

再度言った。まるで変わらぬ、昨日と同じ調子で。

「怖く・・・ないの?」

「? 何がですか?」

私の問いに、キョウムは心底わからないという表情で聞き返した。

嘘じゃない。本当に私の言葉の意味が通じていないのだ。

「あなたは、メニィのことを怖がらないの?生体兵器だって・・・人と同じ姿をして、人をはるかに越える力を持ったメニィを、怖がらないの?」

「ああ、そういう意味ですか。」

全てを言葉にして、キョウムはようやく私の言いたいことを理解した。

「逆に聞きますけど、レティシアさんはメニィさんのこと怖いって思うんですか?」

「ッ!そんなわけないじゃない!!」

メニィは私の頼れる相棒だ。怖がったりなどするはずがない。

「だったら、別に気にする必要なんかないじゃないですか。」

「ッでも、あなたは私と違ってメニィと過ごした時間があるわけじゃない。なのに何故・・・。」

「? 私がメニィさんを怖がらないと何か不都合でもあるんですか?」

いや、そういうわけじゃないけど・・・。

わからなかった。キョウムがそんなにもあっさりとメニィを受け入れられたことが。

「別に妖怪や妖精がいる幻想郷ですから。人の姿をした人でない者なんて普通ですよ。それにね、こういう言葉があるんです。



『幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷なまでに。』 そのばいおうぇぽんなんていうのも、簡単に受け入れるんですよ、ここは。」



ああ。

そうなのか。

ここは、そういう場所なんだ。

何かが私の中に、すっと入ってくる。あるいは、私自身が何かに包み込まれる。

そんなような気がした。

「さ、そんなことはどうでもいいですから。どうするのか決めてください。」

「え、ええ。」

少し呆けていた私にキョウムが声をかけたことで、私の意識は現実へと戻ってた。








とりあえず、メニィを歩かせるわけにはいかず、神社に戻ることにした。

神社に戻ると、何故かリョウヤが磔にされていた。レイムに聞いたところ、『役に立たずにノコノコ帰ってきたからお仕置き』とのこと。

涙目になっているリョウヤが、やたら哀れだった。

そして、私達の知らぬ女性が一人。金色の髪をした、中世の魔女のような格好をした女性がいた。名は、マリサというそうだ。

キョウムは彼女に私達のことを紹介した。メニィが生体兵器であることも隠さずに。

それを聞いてマリサは、『おお、そうかそうか!そりゃ大変強いんだろうな、気に入ったぞ!!』と豪快に笑っていた。

初めて聞いたレイムとリョウヤも――リョウヤは少し驚いていたけど、ごく自然にメニィと接した。

この幻想の郷は、本当に、残酷とも思えるぐらい。

メニィ・マリオンを受け入れた。





その事実は、ある考えを私に持たせ始めていた。

それがメニィにとっていいことなのか、私にとっていいことなのか。

今の私には、わからなかったけれど。








+++あとがき+++



・・・燃え尽きたぜ、何もかも。

はい、というわけでロベルトです。こんばんは?おはようかも。

大変でした。戦えない主人公辛い。もう書きたくない。レティシアに隠された力(笑)目覚めさせてテーレッテーさせたくなりました。

しかも、視点をレティシアか良也固定にしてるから、香夢視点で書きたくてもできないし。キッツイっす。

オリジナルスペカも作ろうかと思いましたけど、やめました。そんな余裕はねえ。

作りたいとは思ったけど。うーむ、バトルやりたかったはずなのに、何故か不完全燃焼。



さて、今回色々明らかになりましたね。香夢の能力、メニィの正体(原作ネタバレ)。

香夢の能力は『妖怪を退治する程度の能力』です。妖怪しか退治できません。妖精、幽霊、神そして人間は対象外。

具体的には、霊力の質が妖怪に対し相性が抜群にいい代わりに、他に対してほとんどの影響力を持たないというものです。

ちなみに無機物には普通に効きます。でなけりゃ神社の扉は壊せない。

メニィがクロフトの作り出したバイオウェポンというのは、原作どおりの設定になります。原作読んでない方、ごめんなさい。

なお、それに準じて痛覚がない、ある薬品を投与し続けなければ死ぬなどの設定も存在します。薬品に関しては、せいぜい『面倒くさい』程度ですが。

あと、レティシアが幻想郷を受け入れました。それはつまり、幻想郷もレティシアを受け入れたということ。

これが後々どう影響するか。それが一応、今回のメインテーマもどきになってます。

中二編にしてようやくって感じですねー。相変わらず冗長だな俺。



多分本編で語りきれてない部分がたくさんありますが、そこは俺の力量不足。気になったら聞いてください。

それではまた、次回にでも!!・・・次は短く仕上げたいなー。



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