――宇宙公歴1XX年、西暦換算21YY年。

ここは火星のとある小さなオフィスビル。

かつては宇宙屈指の大企業の傘下ということもあり、一切の支出を気にせず採算度外視の経営ができていたこの会社。

それが先日起こった『とある事件』のために、その大企業とのパイプを寸断された。

そのこと自体は従業員達の望んだ結果なのだが、故に一気に経営難へと陥っていた。

何せ、大企業傘下時代の癖が抜けず、従業員達は経費というものを考えずに物を作り、使い、壊したのだ。

必然資金は底を突き、小さな依頼さえも断らず細々とやる羽目になっていた。

今回もまた、そういった類の事件の依頼が舞い込んできたのだった。





「人捜し?」

小さな社長室にて、前髪だけが金色であとは黒という特異な色をした長髪で美麗の若い女性が、今言われた言葉をおうむ返しに尋ねた。

「そう、人捜し。」

答えたのは、彼女の兄でありこの会社の社長である青年。彼女とは違い全て金の短い髪をし、表情は温和なものである。

「随分とまたありきたりな依頼ね。探偵の真似事なんて。」

「まあ、ね。僕達も仕事を選んでられる状況じゃないし。それに、元々探偵と大差ないだろう?」

「・・・それもまあ、そうね。」

言われて、それもそうだったと女性は頷いた。

「それで、依頼の詳細は?」

彼女の空気が一変し、プロフェッショナルのそれとなる。ここからは兄妹の世間話ではなく、仕事の話なのだ。

「依頼人はナオト・タチバナさん。地球のニホンに住む54歳男性。依頼内容は、先月初め頃に行方不明になった一人娘の捜索。期限はなし。」

手元の書類に目を落とし、青年は淡々と告げる。

その最後の一言を聞き、彼女はあからさまに表情をしかめた。

というのも、この『期限なし』という文句。見ようによっては時間に追われる必要のない平易な依頼と言うこともできるのだが、場合によってはいつまで経っても終了しない依頼になることもある。

そのため、彼女はできればこの依頼を受けたくはなかった。

「ねえ、その依頼受けなきゃダメなもの?地球だったら法整備も行き届いてることだろうし、現地の警察組織に任せたらどうなの?」

「警察にはもう言った後みたいなんだ。捜索して、ダメで打ち切られた後。藁にもすがる思いでトラブルシューターへの依頼を決めたらしい。」

トラブルシューター――それが彼らの職種の名称だった。その仕事内容を一言で表すなら、総合厄介事請負業。

人類が宇宙に進出したのは、今からおよそ100年前。慣性系置換航法、即ちワープという画期的な技術を手に入れた人類は、それこそ瞬く間にこの銀河中に散らばった。

ある者は新たな資源を求め。ある者は自由の国を求め。ある者はロマンを求めたかもしれない。

その理由は様々であり――当然、人同士の衝突が起こった。

規模は大なり小なり様々であったが、法整備も整っていない宇宙の各所で起こる紛争を止められる者はいなかった。

そこにビジネスチャンスを見出した者達が、現在のトラブルシューターの雛形となった。

彼らは各所で起こる厄介事を様々な手法を用いて解決へと導き、報酬を得た。

つまりこのトラブルシューターとは、大変化の時代が生み出したヤクザな仕事なのだ。

閑話休題。

「ここで僕らが切るのは簡単だけど、それはちょっと人情的に痛いよねぇ。」

「人情でご飯が食べられるならこんな苦労はしてないわ。」

「この依頼のあった国では人情でご飯が食べられるらしいよ。」

兄の戯言にため息をつく女性。

「冗談は置いておいて、僕らに依頼を選ぶ余裕はない。わかってるだろう、レティシア?」

突然青年は目つきを鋭くし、自らの妹を視線で射抜いた。その目は若くともやり手の社長を思わせた。

実際のところ、彼は件の大企業の社長であった自分の父を手玉に取り、結果最高の暇つぶしを得たほどの人物なのだ。器量は十分であった。

普段はそんなことを微塵も感じさせない態度を取り続けているため、そのことを知る人物は両の手で事足りる程度しかいないが。

レティシアと呼ばれた女性は、再びため息をついた。兄の言うことがもっともだと理解しているからだ。

「わかってるわよ。ただ、ちょっとした希望を持っただけ。」

「後ろ向きな希望だなぁ。もっと前を向いて歩きなよ。」

「兄さんにだけは言われたくなかったわ。」

軽口の応酬。この時点で、彼らの意思の合意は取れていた。

即ち。



「チーム『シューティングスター』、本件を受諾します。ティモシー社長。」

「わかった。先方にはそのように伝えておくよ。場所は隣の惑星だから、明日にでも現地入りしてくれ。」

「了解しました。」



かつては巨大企業クロフトカンパニーの傘下であり、現在は小さなトラブルシューター会社のシェリフスターカンパニー。

その実働部隊の片割れである、チーム『シューティングスター』。



進み過ぎた科学の生み出した幻想と、命の生まれた地に古くから住む幻想。

二つの物語が、俄かに交わろうとしていた。
















翌日、太陽系第三惑星地球、日本国某所ターミナル。

そこに彼女達は降り立っていた。

二人の女性。片方は、前髪だけが金髪の女性レティシア・マイスター。そしてもう一人は、一見子供に見える行動も子供の少女メニィ・マリオン。

彼女達がシェリフスターカンパニーの実働部隊・『シューティングスター』のメンバーであった。

女手がたったの二人という、過酷なこの業界には珍しいチーム。だが彼女らが今日までこの仕事を続けてきているということが、その実力を証明していた。

「それで、こっからどーするの?」

メニィは物珍しそうにあちこちを眺めながら、己の相棒に尋ねた。

「はしゃぐな三歳児。送られてきてる情報だと、ここから電車に乗っておよそ2時間ほどのところに小さな町がある。そこに依頼人が住んでるから、詳しい話を聞くことになってるわ。」

「ふーん?」

わかってるのかわかっていないのか、メニィは曖昧な返事を返した。

その様子に、レティシアはややイラっときたのか少々声を荒げた。

「あんたねぇ、わかってんの?私らは遊びに来てるんじゃないの、仕事よ仕事!」

ピシャリと言い切る。だがそれはメニィの耳に届いている様子はなかった。

どころか、先ほどにもましてあちこちを見ている。というか、その様子はどちらかというと何かを探しているようだった。

「・・・全く。一体どうしたのよ。元々落ち着きないけど、今日はいつになく三歳児よ。」

メニィは基本的に言動が子供だ。特殊な出生のために知力・体力が人間離れしているが、経験値が足りていないために色々なことに興味を持つ。

だが、仕事の最中にまでそうというわけではない。彼女とてもやはりトラブルシューターなのだ。削るべきものは削るし――斬るべきものは斬る。

それだというのに、今日はまるで初めて遊園地に来た子供のようにはしゃいでいた。それがレティシアの腑に落ちなかったのだ。

そんな彼女の疑問を、メニィの希望と期待に満ちた言葉が氷解させた。



「だってレティ、この国はトーフ発祥の地なんだよ!!」



胡乱な目で、レティシアはメニィを見た。

このメニィという少女、人とはやや違った嗜好を持っていた。それは、豆腐愛好家であるということ。

自分で産地直送の豆乳を注文し、ニガリを混ぜ、豆腐を作り食すことを至上の幸福としている奇人なのだ。

そんな彼女にとって、この国はまさに夢の国。黄金のジパングであった。

が、そんなことはレティシアには正直どうでもよかった。

なので。



「レティ、痛い。」

「痛くもないのに言うな。あと人をレモンティーみたいに言うな。」

メニィの脳天目掛けてチョップを振り下ろした。結構な威力の乗った一撃だったが、メニィは大したダメージもない様子だった。

それでも『痛い』と言ったのはとある事情からなのだが・・・それはここで語るべきではないだろう。

ともかく今大事なのは、レティシアがレティと呼ばれることを嫌っているという事実である。

「いや違うから。今大事なのは仕事中だってことでしょうが!」

「えー。トーフはー?」

「・・・仕事終わってからにしなさい。仕事終わったら好きなだけトーフ観光していいから。」

「はーい♪」

さすがに相棒の扱いは心得ていて、レティシアは豆腐を上手く活用することでメニィのモチベーションをコントロールした。



そして彼女達は、地上ターミナルから電車に乗り換え、都会を離れた片田舎へと向かった。



「それにしても、この国は何でシャトル使っちゃダメなのかしら。あれ使えばすぐなのに。」

乗り継ぎという手間をかけなければ依頼主の家までたどり着くこともできないことに、レティシアは辟易しながら愚痴た。

それは答えを求めて言ったわけではなかったが。

「うーんとねぇ、この国って人類が宇宙に進出するよりずっと前から、戦争を放棄してるんだって。そのせいで、一定以上の武装はできないから、シャトルも厳禁だって。」

意外なところから答えは返ってきた。

「あんた、よくそんな知ってるわね。」

「だってトーフの国だもん!そのぐらい、知っててとーぜん!!」

「あっそ。」

いつも通りな相棒の答えに、適当な相槌を打った。

――しかし、戦争放棄、か。世情を見てると、この国は幻みたいに思えるわね。今日び何処に行ったって、自分の身は自分で守るしかないってのに。

その心の中で、レティシアはメニィの言葉を反芻していた。

戦争放棄。口にするなら簡単だ。戦力を捨て、戦うことをやめればいい。

だが現実はそうは甘くない。防衛する力を持たぬ豊かな国があった場合、人間が取る行動はどういうものか。

彼女は嫌というほど、その結果を見ていた。略奪の果て、無法者の住処と化した廃墟を。

無論この国がそれらと同じではないことはわかる。人類が宇宙に手を出すより前にということは、それだけの昔から戦争を避けて生き残る術を持っていたということだ。

必要外の武器を持ち込めぬこの国独特の法律も、その一つなのだろう。

数多の年月を経て、武力のない平和を勝ち得た国。それはレティシアの初めて知る世界であり、夢幻のように思えた。

「一体、裏でどれだけの犠牲があるのかしらね。」

だから彼女は、現実を考えようとした。

この世は決して、そんなに甘くはない。平和の代償にこの国が犠牲にしてきたものも多くあるはずだ。

一体何を犠牲にしたかは知らないけど。

レティシアは、『平和』などという夢想に浸ることを良しとしなかった。





2時間かけて、彼女らはようやく依頼人の家にたどり着くことができた。

その町並み――というか、村だったが。ともかく、ここの光景は彼女達には初めて見る不思議な光景だった。

田園風景。日本の田舎に見られるごく普通の光景だ。逆に言えば、日本という国でしか見ることのできない貴重な光景でもある。

広がる水田。独特な衣装で作業をする中年男性。遠くには緑色をした山が見える。

古くから変わらぬ風景だ。もっとも、そのことを彼女らが知っているわけではないが。

彼女達の依頼主は、他にも何件かあるような木造の平屋に住んでいた。一軒家で、それなりに大きい農家だ。

インターホンを押し、中から50絡みの男性が出てきた。彼が今回の依頼人、ナオト・タチバナ――我々風に言えば橘直人である。

シェリフスターカンパニーの者であることを伝えると、二人は居間へ案内された。

畳敷きの居間は真ん中にちゃぶ台があり、座布団が二つ並んでいた。

――え?ひょっとしてこれ、床に座るの?

これまでこのような環境に触れたことのないレティシアは、そのことに少々戸惑った。

が、メニィはごく普通に正座で座っていた。・・・どうやら彼女は、とことんまで日本のことを研究しているようだ。

なら、メニィの行っている通りにすればいい。レティシアはそう判断し、メニィと同じように正座で座布団に座った。

奥さんと思われる女性が二人に湯のみに入った緑色の液体――茶を出し、そそと去っていった。

メニィはそれに手を伸ばし、一啜りした。レティシアもそれに習い、一啜りする。

「!?」

その苦味に思わず目を白黒させた。苦いというか、青いと感じた。

彼女は紅茶を飲むことはあるが、日本茶は初めてだった。そのため、紅茶にはない独特の風味が、レティシアを困惑させたのだった。

「・・・はるばるよぉ来てくだすった。感謝します。」

そんなレティシアの状態は無視し、橘氏は二人に深々と頭を下げた。

その声は憔悴しきった感じであり、娘がいなくなってから八方手を尽くしたというバックグラウンドをありありと語っていた。

「いえ、そういう依頼を受けるのが私達ですから。」

橘氏が語りだしたのをスイッチとし、レティシアは無理矢理体勢を立て直した。

「申し送れましたが、シェリフスターカンパニー、チーム『シューティングスター』のレティシア・マイスターです。」

「同じくメニィ・マリオンです。」

「ああ、ご丁寧に。わしは専業農家の橘直人です。」

再び頭を下げようとする橘氏を、レティシアが手で制した。

「ご依頼内容はお聞きしました。娘さんの捜索ということで間違いありませんね?」

「・・・ええ。」

やや涙の滲んだ様子で、橘氏は語りだした。

「先月の初め頃の話です。菊子・・・娘の名ですが、菊子が山に行ったんです。うちらは専業農家やってますが、それだけじゃ食ってけません。だから男衆が畑仕事をしてる間女は山菜取りをする、それがここらの慣わしなんです。」

「そのとき、菊子さんは一人で?」

「いえ。家内がついとりました。一人は危ないんで、よっぽどのことがない限り一人で山に入るなんてことはないんです。けんど・・・。」

菊子は行方不明になってしまった。橘夫人が目を離したほんの一瞬のうちに、忽然と姿を消してしまったのだ。

「獣に襲われたという線は?」

「家内からの又聞きになりますが、そりゃないんじゃないかと。物音もしんかったって言うし、足跡も菊子の分だけだったって。」

神隠し。レティシアの脳裏に、そんな単語が浮かんだ。

人が何の変哲もない場所で、忽然とその姿を消す。それを昔の人間は神隠しと呼んだ。ああ、そういえばこの言葉はこの国のものかと、妙な納得を覚えた。

そしてばかばかしいとかぶりを振る。神隠しなど、この科学技術の発展した――発展しすぎた世の中において、あってたまるものか。

しかし、だとすると菊子の生存は期待できないだろう。山の中で行方が知れぬようになり、現地警察の手による捜査でも見つからなかった。

恐らくは人の手の入らぬ山奥で骸となっているのだろうと、嫌な確信を得た。

が、それを口に出して依頼人の神経を逆撫でするほど、レティシアは未熟ではなかった。

「わかりました。では場所を教えてください。すぐに現地へ向かい、調査を開始したいと思います。・・・どんな形にせよ、発見は早い方が良いでしょうから。」

「・・・ありがてぇ。本当に、感謝の言葉もねえだよ!!」

橘氏はちゃぶ台に額を付けて礼をした。その肩は、嗚咽をこらえて震えていた。

――どんな形にせよ、この依頼は確実に決着をつけよう。

レティシアは橘氏のいやに小さく見える姿を見て、心の中でそう決意を固めた。





二人は橘氏に案内された山の中で調査を開始した。まずは現地の実地検分から。

調べてみたところ、別段獣の通る道ではないようだ。確かに橘夫人の証言どおり、獣が通ったとは考えにくい。

少なくともここ一月ほどの間に獣が通った痕跡はなかった。

「通りすがりのイノシシの仕業ではない、か。」

「まあイノシシって近づいてきたらすぐわかるよね。あんなに大きな音してるし。」

メニィの耳には確かに聞こえているのだろうが、レティシアにはまるで聞こえなかった。実際、遠くにいるイノシシの移動音を聞き取っているのだろう。

メニィは聴覚もバカにならないほどいい。それは人間が聞き取れる範囲外も可聴領域に入れるほどだ。

「皆が皆耳がいいってわけじゃないでしょうが。・・・まあ、それでも近づけばわかるわね。」

「でしょ?」

やはり獣の仕業ではない。となると、誰の仕業だろう。

ここにいたのは、橘夫人と菊子のみ。となれば、消去法により・・・。

「まさか、キクコさんは自分から行方不明になったのかしら?」

そういう結論になる。先ほどからその疑念はあった。だが、橘氏の面前ということもあって口には出せなかったのだ。

「でも、理由は?」

「さあ、それこそ本人に聞かなくちゃわからないわね。私達は、そのキクコさんっていう人がどんな人かも知らないんだから。」

彼女が、あるいは田舎暮らしを良しと思わない人間だったとしたら。その隙に家出をするということもあるかもしれない。

もし彼女がこの地を遠く離れ、別の場所で生活しているというのなら、捜索しても手がかりが出てこないのは当たり前だ。

だけどこの仮説にも穴がある。

「生活費、どうやって出すんでしょうね。」

聞いた話だと、菊子はずっとここの生活に従事していた。学校に行くことなどはあっても、基本的に家の手伝いしかせず、他で働くようなことはなかったそうだ。

それでは家出の資金をためることなど到底できはしないだろう。第一、田舎暮らしを気に入っていない若い女性がどうしてそれほどまで家業に従事することができる?

「ってことは、やっぱり誰かにさらわれて?」

「何もわかってない現状で結論を出すのは危険だわ。ともかく今は手がかりを捜しましょう。」

ここに手がかりはない。だからレティシアは、捜査の範囲を広げることにした。








*    *    *    *    *








その日、土樹良也は最近にしては珍しく『外』に出ていた。

彼が『人間』として生きた時代から既に100年以上の月日が流れている。『外』で生活するには何かと不便が多かった。

何せ、彼は既に戸籍上死んでいる人間なのだ。そうでないとあまりに不自然なので、対外的にはそういうことにしてある。

だから、たまに身分を適当に立て短期で裏表の仕事をし、適当に資金を稼ぎ、適当にお菓子を買って帰るということをしていたが、大抵の場合『外』に出ることはなかった。

『外』に出ずとも、彼には気の置けない友人知人が多かった。退屈はしなかったのだ。

それに彼自身、『外』に対して思うところもあった。

彼がまだ『常識』の範囲内の存在であったとき、彼が好んで読んでいた小説の中にあった世界。一般にSFと呼ばれるような世界だ。

それが、ごく当たり前に現実として展開される世の中となっていた。

『常識と非常識の境界』という言葉を、それこそ耳にタコができるほど聞かされた良也だったが、彼は思うのだった。

「一体どっちが非常識なんだろうね。」

彼にとっての常識とは、彼の世界を構成する常識だった。そういう意味で言えば、彼の常識は『常識』と『非常識』で構成される。

そして現在の『外』の世界。それは彼からすればまさに非常識の世界だった。漫画やアニメで見ていた世界が現実になっているのだから。

そう思うと、彼には何が『常識』で何が『非常識』なのかわからなくなる。自分は今常識の中にいるのか、あるいは非常識の中にいるのか、わからなくなる。

ひょっとしたら、全てが彼にとっては常識であり、非常識であるのかもしれない。

ともあれ、彼にとって『外』は――ロマンを感じないことはないにせよ――住みよい環境であるとは思えなかったのだ。

故に彼は、『外』に居を構えることも、地球の外に旅行に行くこともしなかった。

「まあ、結局のところあそこが一番居心地がいいだけかもね。」

それでいいのかとも思うが、それでいいのだ。それが土樹良也なのだから。



そんな哲学的な話題はさておき、彼の今日の仕事は知人(彼は友人ということに若干の抵抗を感じている)の『スキマ』が斡旋したものだった。

『外』がこんなだから、彼女も彼女なりの方法で自分たちの居場所を守っているのだ。そのための仕事を、良也に振ることがあった。

今回の仕事は至ってシンプルだ。所謂『妖怪ハンター』という名の小悪党を懲らしめるというただそれだけ。

良也は、『中』でこそパッとしない程度の能力だが、『外』の霊能者とは比するべくもない霊力を持っているため、割とあっさりこの手の仕事は完遂する。

言ってみれば、時速40km制限の車道を100kmで暴走する車に、直進しかできない代わりに時速1300kmのジェットカーを突撃させるようなものだ。

今回もそんな感じで、「何だこの野郎、俺の秘術を受けてみろ!」「火符『サラマンデルフレア』。」「あべし!!」といった流れである。華も何もあったものではない。

『スキマ』の仕事は彼女が持っている『外』とのパイプを通じて斡旋され、そこから報酬が支払われる。故に対価は『外』の金ということになる。

なお、余談ではあるが良也はそのことを知らない。知らぬ間に彼女の手の中で動かされているわけだが・・・たとえ知ったところで、別段気にすることもないだろう。

『外』の金を得た良也は、『外』の菓子を買う。『外』の菓子を得た良也は、それを里の皆に売る。そうして得た金で、彼は生活をしていた。

回りくどいと思われるかもしれないが、これが彼が100年間ずっと続けている生活スタイルだった。

それにこれだと、『中』と『外』で物流ができるのだ。健康的な経済のためにも良い。・・・ということに気付いてやっているわけではないが。

そんなわけで、今日も彼は彼の住む場所に『外』のお菓子という、彼らにとっては珍しい品を持ち帰るのだった。





博麗神社という名の寂れた神社がある。

そこは一見、数百年も前に見捨てられた、古ぼけた神社にしか見えない。

だが実際のところ、ここは彼らにとって重要な場所なのだ。

『こちら側』から見れば寂しい神社かもしれないが、その実とある結界の基点となっている。

それがため、彼の住む場所は外界と隔絶されている。通常は行き来は不可能だ。

だが例外というのは何事にも存在するものであり、彼は結界の中と外を自由に行き来できる稀有な存在だった。

細かな原理は彼自身よくわかっていない。だが、できてしまうものは仕方がないと割り切っていた。

故にこそ、彼が『中』と『外』の架け橋的役割を担っているのかもしれないが・・・それは今はあまり関係のない話だ。

神社の鳥居から境内へ入り、目を瞑った。彼はそこに、確かな隔たりのようなものを感じることができた。

それと自分を融合させるような感覚。ずるりと、自分の体が何かを通り抜けるのを感じた。

そして再び目を開ければ。



「お帰りなさい、ご先祖様。今回のお仕事は上々でしたか?」

彼のよく見知った神社の境内が現れ、先ほどまでは居なかった紅白の巫女が彼に労いの言葉をかけた。

「ただいま、香夢(きょうむ)。ボチボチってところだよ。」

そして良也もまた、彼女に親しげに言葉を返した。

すると香夢と呼ばれた少女は、天使が見ほれるほどの笑顔を作り言った。

「ではお賽銭をお願いします。」

「・・・君もやっぱり博麗の巫女だよね。」

すぐさまお賽銭を要求する辺りが、数代前の巫女から変わらぬ博麗の巫女だった。

「ここは神社です。お賽銭を要求することの何がいけないのですか?」

「いけなくはないけど、人里でお菓子売ってから。外で稼いだお金は全部お菓子にしてるって、君もわかってるでしょ?」

「でも、持ち合わせがないわけではないでしょう。だったら、どうせ里で稼げるのですから、今お賽銭していったって問題はないのでは?」

「変なところで理屈っぽいよね、君。」

「そりゃ、何処ぞの変な魔法使いの血も引いてますからね、私は。」

何処ぞの変な魔法使いはそう言われ、頭をかいた。

「ともかく、お賽銭は帰ってきてから。でないと今晩のおかずが質素なことになるかもよ。」

「それはそれで困りものですね・・・わかりました、それで譲歩します。」

譲歩なんだ、と腑に落ちないものを感じながらも、これが博麗の巫女なので納得する。

「それはいいのですが、その前に大巫女様にお会いになってから行ってください。たった数日ご先祖様と一緒にいられないだけで見るからに不機嫌になってます。」

と、人里に向かって飛ぼうとする良也を、香夢が呼び止めた。

「うえ、本当に?」

「マジと読んで本当です。全く、100年経ってもバカップルなんですから。100年前は私いませんでしたけど。」

「そりゃ、いたら怖いよ。孫の孫に当たる君が。」

「その辺の言葉の綾はどうでもいいですから。さっさとなだめてきてください。主に私のお茶のために。」

薄情な今代博麗の言葉に苦笑しながら、良也は母屋の方へと向かい始めた。





そのときだった。





「何だったの今の!?」

「わからないわ。けど、とにかく表に出てみましょう。」

基本的にはここに住む者以外には誰も入らないはずの本殿の奥から、若い二人の女の声が聞こえたのは。

その事実に、良也は驚き動きを止め、香夢は即座に身構えた。

ややあって、本殿の戸がバンと開かれた。



そして中から現れたのは――――――――








*    *    *    *    *








捜査は進まなかった。あちこちを捜し回ったが、菊子の消息の手がかりはおろか人の通った痕跡さえ得ることはできなかった。

道中、恐らく彼女と同じく山菜採りの女性の一団に出会うこともあり、彼女らにも尋ねてみた。

が、望んだ答えは一向に見つけることができなかった。

昼前から捜索を開始し、現在が午後3時過ぎ。結構捜し回ったような感覚があるが、山は広い。広すぎた。捜す場所など掃いて捨てるほどある。

「もう!何だってこんな不便な場所に住んでるのよ!!」

レティシアは不毛な捜査に苛立ち、腹立ち紛れに吐き捨てた。

元々彼女はこの手の捜査が、苦手というわけではないが得意というほどではなかった。

相棒のメニィはともかくとして、彼女はごく普通の人間だ。一流アスリート並の体力があるわけでもなければ、一流トレジャーハンターのように野を掻き分けることに慣れているわけではない。

あくまで「訓練された人間」でしかない。故に彼女は頭脳を駆使し、如何に労力を減らし最大の効果を得るかに腐心することに長けていた。

が、この状況でそれが如何程の役に立つだろうか。

情報は足りない。地の利はない。物資もない。頼れるものは、己と相棒のみ。

思わず愚痴の一つも出ようというものだ。



だが、捨てる神あれば拾う神ありではないが。

「ねー、レティー!!ジンジャだよジンジャ!!」

現在の状況がわかっているのかいないのか、頼れるときは頼れる相棒から能天気な報告が入った。

草木を掻き分け声の方に進む。すると、あるところに達すると途端に視界が開けた。

そこに相棒はいた。その目の前には、古めかしい大きな木造建築。

「・・・こんなところに、家?」

「違うよレティー。これはジンジャっていう、この国の神様が住んでる神殿なんだよ。」

エッヘンと胸を張るメニィ。

「神様」という言葉に、レティシアは嘲りにも似た感情を覚えた。

――この御時世に神様、ね。やっぱりこの国には何処か現実味がないわ。

無論、広い宇宙には宗教だって多数存在するが、そのどれもが大抵の場合は一部の権益者のための金づるだ。

だが今目の前にある建物は、そんなきな臭さを感じさせない。ある意味で清貧で清廉な雰囲気を持っていた。

要するに、誰も益せぬ建物なのだ。文字通り、――もしいるならば神様が住む以外には用途の存在しない、そんな建築物。

そんなものがこの時代まで続くこの国の『平和』に呆れ――羨ましいとも感じている彼女がいた。

しかしそれもわずかな時間だ。彼女は頭を振り世迷い言を拭い去り、仕事へと意識を戻した。

「メニィ、この建物を調べるわよ。」

「だ、ダメだよ!神様に怒られちゃうよ!!」

「神様なんているわけないでしょうが。いたとしても人命救助中、許されるわ。」

ごねるメニィには有無を言わせず、レティシアはずかずかと神社に寄った。

特徴的な形状をした門。鳥居と呼ばれるそれの上の方に、看板のようなものが立てかけてあった。

この国独特の文字で書かれたそれは、古ぼけてかすれていることもあり、レティシアには判読が不可能だった。

「メニィ、読める?」

「んっと・・・十、専?ハク、かな。下のカンジは難しくて読めないや。」

レティシアはメニィの言葉を聞きながら、現在位置のメモを取った。ここまでの道も、彼女は目印を見つけてはメモを取っていた。

どんな些細な情報であれ、何処で何の役に立つかわからないからだ。

「とりあえずこのジンジャを調べましょう。時間的に今日はここでタイムリミットね。」

「らじゃー!!目を皿にしてくまなく捜します!!」



彼女達はあちこち調べ回ったが、やはり手がかりは見つからなかった。

それどころか、訪れる人がいるのか怪しくなるほど手入れがされていない。

だから、やはりここではないかとも思ったが。

「訪問者が0ってわけではないみたいね。」

わずかにではあるが、人の足跡型に葉っぱがよけられているのを見て、レティシアは分析した。

だから、ここに何かある可能性も0ではない。もしかしたら、件の足跡も彼女のものかもしれない。

そう思って捜し続けたのだが。

「ダメね。こっちは手がかりなし。そっちは?」

「同じく〜・・・。足跡も参道から続いてるのだけみたい。」

成果を上げることはできなかった。境内、社務所、裏、あるいは本殿の下まで探ったが、何の手がかりを得るにも至らなかった。

この神社で捜していない場所は、あと一カ所だけだった。

「やっぱりそこはまずいよ〜。神様に呪われちゃうよ〜。」

「しょうがないでしょ。ここで捜せる場所はあと一ヶ所なんだから。帰ったらトーフ買ったげるから大人しくしなさい。」

レティシアが今から調べようとしているのは、神社の本殿の中だった。

これまでも何度か調べようとしたのだが、そのたびにメニィに止められた。「祟られたらどうする」と。

正直なところ、レティシアとしては無視して調べたいところだったが、メニィに駄々をこねられても困るから今まで手をつけないで来た。

だが今は状況が違う。彼女は調べなければならないのだ。プロとして、依頼人から頼まれた手がかりを見つけるまで。

念のため拳銃――弾頭は強化ゴムだが、それなりの威力がある――をいつでも取り出せる位置に収め、レティシアは神社の本殿の戸に手をかけた。

振り返り、メニィの表情を見る。まだ躊躇いはあるようだが、覚悟は決めたようだ。

レティシアはそれを確認して、一つ頷く。

そして勢いよく本殿の戸を開けた!



中にはガランとした闇が広がっていた。人の気配はない。

だが何が起こるかはわからない。レティシアは慎重に歩を進めた。

ある程度進み、トラップなどがないことを確認すると、レティシアはメニィを手で呼んだ。

メニィは無言で頷くことで答え、足を忍ばせてレティシアに続いた。

「念のため、戸は閉めておきなさい。誰かが来たらすぐわかるように。」

「了解。」

レティシアの言葉に従い、メニィは本殿の戸を閉めた。軋む音を立てて、戸は閉じられる。

なるほど、これだけの音がするなら、音もなくこの中に入り込むことはできないだろう。

そのような警戒の下取った行動だったのだが。



それがために、彼女らはちょうど石段を上ってきた冴えない青年に気付かなかったのである。





証明もなく薄暗い神社の中を、二人はペンライトを片手に捜索した。

小型ながら強烈な光を放つそれは、日の差し込まぬ湿った神社の中を、まるで昼のように照らした。

だが。

「・・・見事に何もないわね。」

「そうだねー。」

本殿の中はもぬけの殻という言葉が易しく思えるほど何もなかった。

彼女らが知っているわけではないが、神社の中には本来御神体というものが存在する。

それは大抵の場合鏡であったり、刀剣であることもある。ものではなく土地だったりすることもあるが。そういった形あるものに神を降ろし、祀るのだ。

そうである以上、ここが神社というなら御神体が必要であり、祀る設備が必要である。

にも関わらず、ここにあるものと言ったら天井を支える支柱ばかり。当然、何かが隠れていたりもするはずがなかった。

「どうやら無駄足だったみたいね。」

レティシアは嘆息した。肩透かしを喰らった気分だった。

「とりあえず今日はここまで。明日続きをやりましょう。」

「わーい、おトーフおトーフ♪」

仕事終了の令を聞き、メニィは能天気に喜んだ。それを見て、レティシアは肩に入っていた力を抜き大きく息を吐き出した。

そして、入口に向かって歩きだした。





そのとき、彼女ら――いや、神社全体を空間の揺れとしか表現できないものが襲った。

――それはちょうど、本殿の目の前で幻想と現実を繋ぐ者がその能力を行使しているときだった。

もっともそれは、今の彼女らの知る由もなかったが。

「な!?何コレ!?」

「わからないわ!!揺れが大きい、何かに掴まって!!」

咄嗟にレティシアは手近にあった柱に掴まった。それに倣い、メニィもレティシアの掴まった柱にしがみつく。

そうやって二人は、揺れが収まるまで本殿を支えるもっとも太い柱。結界の支柱にしがみついた。



彼女達は気付かぬ間に、常識の裏側へと落ち込んでいった・・・。





揺れはそれほど長くないように感じた。感じたというのは、そのわずかの間に彼女が気を失っていたからだ。

体を起こし、頭を二度三度振り――自分達の状況を思い出した。

「メニィ!?」

彼女は慌てて相棒の名を叫んだ。が、それはほんの杞憂だったようだ。

黒髪の少女が彼女の膝枕で眠っていた。

何故そうなっているのか。咄嗟に自分がやったのだろうか。

少々疑問には思ったが、相棒の無事を確認して安堵の息を漏らした。

「メニィ、起きなさい。メニィ。」

だが落ち着いている場合でもない。レティシアはメニィの頬をペチペチと叩き、起こした。

「んあー、レティ?」

「人をレモンティーみたいに呼ぶなって言ってるでしょ、この三歳児。怪我はない?」

「んー、ないかもー・・・ってそうじゃない!何だったの今の!?」

意識が覚醒し、メニィもやや慌てた様子を見せた。

レティシアは落ち着いて――メニィと自分を落ち着かせるために言った。

「わからないわ。けど、とにかく表に出てみましょう。」

冷静に、努めて冷静に自分のなすべきことを判断した。

メニィもそれで落ち着いたようで、余計なことは言わずに頷いた。

二人は立ち上がり、勢いよく扉を開いた。





その向こうに広がっていた光景に、メニィもレティシアも思わず言葉を失った。

そこは、元いた閑散とした神社ではなかった。

落ち葉は綺麗に掃除され、石畳が現れていた。

真っ直ぐの位置に見える鳥居は、古くはあったが手入れが行き届いていた。

ここは人のいない神社ではなく、人により大切にされている神社だった。

そして、違う点はもう一つ――いや二つ。

「あなた達、何者ですか?」

「・・・ひょっとして、『外』の人間?やば、ひょっとして巻き込んじゃったのか!?」

独特な紅白の衣装に身を包んだ少女と、ごくごく普通の格好をした冴えない青年が、こちらを見ていた。



「・・・あんた達こそ、誰よ。」

レティシアは、やっとの思いで、そんな言葉を紡いだ。





進み過ぎた科学の生み出した幻想と、この地に古くから棲まう幻想。

二つの道が、今俄かに交わる。








+++あとがき+++



皆様、実にお久しぶりです。投・稿・作・者(超強調)のロベルト東雲です。

ええ、投稿作者なんです。誰が何と言おうと投稿作者なんです。幻夢伝?知るかバカ!そんなことよr(ry

えー、内輪ネタ(?)はこのくらいにしまして。

今回の投稿作品は、奇縁譚から100年後ぐらいの世界を舞台にしています。

人類はワープ技術を手に入れ宇宙へ!そんなロマン溢れる世界で、やっぱり幻想郷に引きこもるお話です。

今回は、あまり知られていない(個人的な)名作とクロスオーバーしてみました。

ラノベの王道『スレイヤーズ』の作者・神坂一氏の作品『トラブルシューターシェリフスターズSS』です。

原作終了後の時間軸で、シェリフスターカンパニーはクロフトカンパニーから独立しています。

そして経営難に陥ったシェリフスターカンパニーは、小さな仕事にも手を出すようになった。

そんな状況ですので、レティシアが割りと貧乏巫女状態かもしれません。おーさーいーせーん、ちょうーだいーよおーさーいーせーん♪

いや、さすがにお賽銭ネタはやらないと思いますが。世の中どうなるかわかりません。

今代の博麗やら現在の幻想郷の情勢やらは、次回話すことになると思いますので、今は特に語らないことにしましょう。

チームシューティングスターの二人は結構地獄見るかも、とだけ言っておきます。あ、いやひょっとしたらそんなことないかも。

何にしても幻想郷が一筋縄で行くわけがありません。彼女らの運命や如何に!?

と煽っておいて、次回あっさり解決させるかもしれないのが俺w まあ、期待はせずにのほほんとお待ちください。



何か不明な点とか矛盾点とかあったら教えてください。基本ノリで書いてますんで。

ではまた、すぐにでもお会いしましょうー。



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