≪さぁさぁやって参りました突撃取材の旅!今回は趣向を凝らして直接取材班は白狼天狗の犬走椛さんが担当しております!椛ー!調子はどーお!?≫
「文、煩い。それに今回は突撃取材じゃないし、あんたも取材と言う名の情報カツアゲしてるだけでしょ?」
≪むぅ…相変わらずつれない事言う…≫
「もうすぐ目標地点上空に到達するけど、お願いだから邪魔はしないでよね」
≪はいはい分かったわよー…≫





   ≪哭き王女の為のセプテット 〜 Before story≫



       White Wolf





事の発端は椛の見た謎の赤い煙だった。
山の麓付近に開けられた間欠泉センターへ続く穴。そのすぐ傍から煙が上がっている事を確認した椛は現場に急行し、そこで意外な存在と出逢う事になった。

火車の火焔描燐

半ば錯乱状態にあった彼女から話を聞くと、どうやら地下核融合炉の制御をしている霊烏路空の様子が尋常じゃなくおかしいという事だった。
その事を椛が天魔に報告した結果、守矢神社の神との協議を経てから椛本人が地下へ降りて調査―――状況によっては救援も―――を行えという命令が下ったのだ。
「全く…なんで私が出払う羽目になるのか…」
≪別にいいじゃない。それになんだかんだで新しい装備も貰っちゃってさ!むしろ良かったと思うけど?≫
そう言う文―――正確には通信用のオプション型端末―――の言う通り、今の椛には三種三対六振の剣が装備されており、それと共に腰部前面に二つの小型防盾がベルトのマグネット付ハードポイントに懸架されていた。そして六剣は航空機の直線翼の様に剣先から柄尻までほぼ対称の形状になっている全刃型の大剣、刃部と峰部の比率が大きく峰部に偏っている鍔の無い平作りの様な剣、柄と鍔に可変機構が搭載されている小剣の三種六振を組み合わせる事で複数の形態に合体する事が可能な構造になっている。
と、その時だった。
「ん?文、静かに…何か見える」
椛の制止に従って声を発するのをやめる文。そして椛が見つめる先には上半身が異様に大きく発達した焦げ茶色主体の人型が間欠泉センター入口付近の森の中にあり、彷徨っているというよりは何かを守る様に巡回していると取れる動きをしていた。
「…文、あの妖怪見た事ある…?」
≪いえ…私はありません。そして恐らくは、幻想郷内部の妖怪では無いかと…≫
互いに神妙な声色になり、椛は真剣な表情に変え、文も仕事用の口調に切り替える。そして曲がりなりにも幻想郷の事を知り尽くしている鴉天狗である文が言うのだから、恐らくはあの妖怪はこの幻想郷の存在では無いのは確かだろう。
「もしかして、間欠泉センターの事とも…?」
≪その可能性はあるでしょうね…念の為潰しておきましょう。あの外見と体つきから判断するに、一定以上の知能は持ち合わせていないでしょし、どの道このまま放置すれば、いずれ里の人間達にも被害が………≫
「そうね…行くよ!」
背中に装備してある大剣の一つを右手に取り―――一海浬程も離れてないとはいえ―――一瞬で距離を詰め、その勢いのまま謎の妖怪の首を刎ねる。そして大剣に付いた血を振り払いながら斬り落とした首を拾い上げた。
「…文字通りの化け物顔ね。少なくとも私の好みじゃないな」
≪椛!周りを…!≫
文の言葉に反応して首を手から放し、周りを見渡す。すると同じ種の妖怪が既に椛を包囲し終えており、ジリジリと距離を詰めてきていた。恐らくは必中間合いまで接近して短時間でこちらを仕留める算段なのだろう。
「文、こういう時のセオリーは?」
≪一点を突破して、残りを各個撃破…?≫
「正解…!」
相手が距離を詰め切る前に動き、一体に目標を定めて一気に接近する椛。しかし全力で振り降ろした大剣は相手の妖怪に苦も無く太い腕で防がれ、逆に弾かれる事となった。
「ちっ!」
幸いにして動きが比較的鈍いのか、弾かれた反動をそのまま利用して片手バック転。逆方向の妖怪の頭上を飛び越えて着地した。その際に左手でもう一振の大剣を抜き、柄の元部分を操作する。すると背の部分が二つに割れて丁度大剣が挟める程度のスリットが現れ、迷う事無く椛は右手の大剣をそのスリットに入れて挟み込んだ。
「はあっ!」
両手持ちに切り替えて方向転換の間に合っていない個体の背後から斬りかかる。流石に椛の大剣を受け止めるだけの装甲を有しているのは腕部だけの様で―――容易とまでは行かないものの―――肩口から脇腹までを一刀の下に斬り裂いて上体を斜めに両断した。
≪椛!二時方向及び十一時方向から来ます!≫
文の警告に従って自身二時方向と十一時方向を一瞬だけ見る。その際に二時方向の敵の方が近い事を確かめると左腰部に装備されている鞘から平作り風の剣を抜いて十一時方向の敵の頭部に投げ付け、接近してきている敵の腕部による防御の隙を縫って胸部に大剣を突き立てた。
「やあっ!」
突き立てた大剣を抜き取る為と、たった今出来上がった死体を別の敵にぶつける為に飛び回し蹴りによる追撃をかける。その際に神がかり的タイミングで大剣の柄を掴み直し、更に接近してきた敵二体の間をすり抜けて先程投げ付けた剣を回収してから大剣の峰側に装備した。しかしそのままでは重量配分がずれる為、もう一振の剣も並列になる様に大剣の峰側に装備する。
≪あっ!椛後ろに二体!≫
「了解!」
文の警告通り、椛の後ろに回り込んできた敵に向かって腰部後ろに搭載されていた可変機構付の小剣二振を一瞬で投げ付ける。その動きに敵も反応して防御の姿勢に入ったが間に合わず、人の眉間にあたる部位に直撃して力が抜ける様に倒れ込んだ。
「残り…一つ!」
投擲の為に後ろに振り向いた椛の背後から襲い掛かった敵を振り向き直す勢いを利用して逆風に斬り上げる。その際に大剣を防ぐ事には成功したが勢いを殺す事が出来なかったのか、そのまま宙に投げ出された。
「そこだ!」
追い打ちをかける為に飛び上がり、身体を地面と水平にした状態で回転をかける椛。そして遠心力を上乗せした大剣の一撃を相手に与え、その上半身を両断した。
椛の着地音と共に重量物二つが落ちる音が響く。だが―――――
≪っ!椛!≫
文の叫びに反応して振り向く椛。しかしその時既に彼女の目前には彼女の指の三倍程の太さのある針が迫っており、とても対処が間に合う状態では無かった。先程上半身を両断した妖怪が最後の力を振り絞って腕に備えられている細槍を伸ばしたのだ。

しかし、その細槍が椛の端正な顔に届く事は無かった。

「なっ…!?」
顔面を貫く寸前で細槍が折られ、先端側が左頬の横を通り過ぎる。それをも厭わずに更に伸びてきた細槍を何かが阻み、更に別の何かが妖怪に止めを刺した。その正体は………
「…人形?」
剣や盾、槍を装備した複数の人形だった。そしてそれらを扱う存在は―――――
「危なかったわね。大丈夫?」
人形師、アリス・マーガトロイドであった。
各種装備を施した人形達を取り巻きとして漂わせながらゆっくりと椛の前に降り立つ―――当然、妖怪達の血や肉片を避けて、だが―――。
「アリスさん…助かりました。私とした事が仕損じるとは…」
「いえ、これなら確かに仕損じるかもしれないわね。私の様に時間差攻撃が自在ならともかく、貴女に確実な時間差攻撃の術がある訳では無いでしょう?」
先程椛に反撃を行った妖怪の死体を見ながら言葉を返す。一応人形の槍による止めは刺してあるが、あまり効果があった様には見えない。恐らくは細槍を盾で防がれた時点で絶命していたのだろう。
「で、こいつらは何者なの?貴女が襲われている様に見えたから割って入ったけど…」
≪それに関しては私達も把握しておりません。が、もしかしたら今私達が担当している事件と関係があるかもしれません≫
「関係?どういう事?」
と喰い付いてきた時点で文が今までの経緯を話す。その間に椛は結合した剣を元の分解した状態に戻し、投擲した小剣を回収してから全ての剣に刃こぼれが無いかどうか確認していた。
「―――流石にとり、なんとも無いな」
元々天狗全体が使っている道具や武具はその殆どが河童の者が製作している。特に椛等が使用している剣は撃ち出す弾幕を強化する等の戦闘用の目的の為に使用者の妖力を動力として作動している。今回椛に渡された装備は河城にとりという河童が主導製作した物で、妖力を動力として金属分子の結合を強化、破損しにくくなっているという代物だった。
「話は終わった?文」
≪ええ。じゃ、行きましょうか≫
「私は遠慮しとくわ。って言っても、別に嫌だからじゃないわよ?」
≪アリスさんにはここ一帯を警戒して頂く事になりました。また別の妖怪が出て来るとも限りませんからね≫
アリスの言葉に文が補足説明をする。確かに『これら』の様な妖怪が他に居ないとは到底思えない上、これ以上の戦闘能力を持った妖怪が出現しないとも限らないのだ。それなら多対多の戦闘が可能になるアリスが周辺警戒を行うのは至極当然と言えた。
「分かりました。行くわよ、文」
再び間欠泉センターへと移動を始める。そして間欠泉センター入口目前という所で再び例の妖怪の集団を発見した。
「またか!?」
≪今度は位置がバレてます!気を付けて!≫
そう文が言うが早いか、集団の半分がおもむろに腕をこちらに向けて件の細槍を放ってきた。ギリギリのところで第一波を回避し、続く第二波を腰部前面に懸架された防盾を左腕に装備して防ぐ。だが―――
「結合強化してある盾が!?」
≪あの槍、原理は不明ですが攻撃面は圧倒的です!必ず避けて!≫
細槍が防いだ盾を貫通しかけていた。ちなみに椛が使用した盾は同じく椛が使用している剣を全て合体させて全力でぶつけてもここまでの深手を与える事は不可能な程の防御性能を有している。アリスの人形の盾が貫通されなかったのは先端が折れていたからか…?
その間に文が相手の戦闘能力を分析する。
≪あの槍…どうやら一度伸ばす度に戻す必要がある様です。それに今度は明確な集団を組んでいる様ですから協働攻撃に注意してください!≫
「了解!」
細槍による第四波を躱してから第五波をタイミングを見計らって大剣で叩き折る。攻撃性能が無くなった槍の先端が紙吹雪の様に舞う中相手の集団へと突進し、攻撃後の隙を晒している敵を攻撃する。一つ撃破。残り七。
「一撃離脱で各個撃破する!文は私の後ろ見てて!」
≪了解!≫
攻撃後の隙を晒す事無く再び距離を取る椛。その背後を追撃しようと―――速さでは椛に追いつけない―――腕の細槍を射出と呼ぶのに相応しい速さで伸ばすが、文からの情報を頼りに椛が回避する。すると通常の追尾型攻撃では仕留めるのは不可能と判断したのか、より密集した状態でやや乱雑な精度で細槍による攻撃を開始した。
≪椛!拡散型です!≫
「くっ!」
攻撃方法の変わった細槍の群れを素早く盾で防ぎ、貫通される前に力ずくで受け流す。そして改めて細槍の群れを回避方法を確立してから大剣の背を開き、その間に剣を挟み込んだ。しかし実際に挟み込んだのは柄側の三分の一程で、残りの開放部分には小剣を挟み込んで固定具として機能させた。
「これで!」
椛の身長をゆうに超える長さの長刀―――バスタード・ソードモードと呼んでいる―――が出来上がる。しかしこちらから攻撃を仕掛ける前に妖怪達が別の目標を捉えたのか、全くの別方向に攻撃を開始していた。
「何あれ…?」
相当な速さで接近する何かが細槍を喰らう前に細切れにしていく。最終的にはそのまま妖怪の集団へと突っ込んで行って内側から突き崩した。
≪あの姿は…!≫
「ともかく、一気に全部潰すなら今!」
腰に盾を懸架し直した椛が両手持ちで長刀を操って単独になった妖怪を斬り裂く。リーチが長い分相手の近接間合いか遠距離間合いかの境目で攻撃可能な為、半ば椛の一方的な展開となっていた。
「残り…」
「…一つ!」
残り一体となった妖怪に何者かと共に横薙ぎを繰り出す。その刀身はそれぞれ首と腹部を捉えて刎ね飛ばして対象を完全に行動不能にした。
肉塊の落ちる音が響き、辺りに血臭が充満する。そんな中で椛は改めて手助けに入った何者かに言葉を投げかけた。
「手助け感謝します。妖夢さん」
「いえ…大丈夫でしたか?」
手助けをした何者か―――魂魄妖夢が返答を返す。白のブラウスに黒いタイ、水色のミニとも言えない中途半端な長さのスカートに緑の羽織着物…そして藍の帯に帯びた白楼剣と楼観剣。着ている物は椛の記憶と全く違ったが、その幼さの抜けない顔と黒のリボン、そして何より後ろの半霊は見間違えようが無かった。最も、銀の髪は随分伸びてうなじ辺りで一つに結っていたが………
「それにしても、椛さんは何故ここに?」
≪あ、それについては私から説明します。毎度お馴染み射命丸文でございます≫
そう言って文がこちらの状況を妖夢に伝え始める。その最中だった。
「?…ちょっと待って下さい」
≪あや?どうしました?≫
妖夢が文の説明を遮る。どうにも何かに意識を集中させている様だった為、椛も周りに意識を集中させてみた。すると―――――
「!?地面が揺れてる!」
≪見てください!周りの木々が!≫
弾かれる様に顔を上げて周りの木々を見る。すると地面の揺れと共に木々の揺れ具合も大きくなっていくのが分かった。
「この揺れ方…地震じゃない!」
「妖夢さん!私達はこのまま間欠泉センターの中枢へと向かいます!それで―――!?」
二人同時にして敵の増援を感知する。まだ目視は出来ないが、恐らくは周りの木々に紛れてこちらの様子を窺っているのだろう。
「―――こちらは任せてください。どうやら話の続きをする時間も無いようですし」
妖夢が楼観剣を抜剣する。髪を結う為の小さな桜色のリボンが風と共に靡き、椛にその背中を向けた。その後ろ姿に、かつての半人前の色はもう見えない。
「…分かりました。頼みます!」
≪妖夢さん…御武運を!≫
何の躊躇も無く間欠泉センターの入口である大きな穴へと飛び込む。それに合わせる様に森の中から例の妖怪達が姿を現わし、赤く発光する双眸を妖夢に向けていた。
「…貴様等は何者だと問いたいが…どうやら答える知性も持ち合わせていない様だな…」
妖怪達の赤い眼が気味悪く発光を強くする。
―――――来る!
「なら、言葉は不要か…!」
太い両腕を対反動用のアンカーとして機能させながら妖怪達が一斉に両目から“何か”を発射する。しかし何かしらの飛び道具が来る事を予測していた妖夢にそれが当たる事は無く、正面に居る妖怪に上空から襲い掛かった。



   ***



「!?新型か!」
≪今までの奴の飛行型です!不意の接近に注意を!≫
間欠泉センター中央昇降機を強引に破壊して更に深層へと潜る。その途中でまるで最後の防衛線を張る様にして、先程の妖怪に飛行能力を付与されたと思われる飛行型が大量に配備されていた。
―――最早疑う余地は無い―――これは誰かによって引き起こされた事件、それも幻想郷の内側からの崩壊を画策している者の仕業だ…!
「押し通る!その後で緊急隔壁を閉じて追っ手を撒く!」
≪了解!後方警戒に入ります!≫
移動手段を飛行から自由落下に切り替えた椛が計六振の剣全てを自らの周りに撒く。そして結合の母体として使用している件の大剣を両手に取ると、左側の大剣の背を開いてそこに右手側の大剣を挟み込み、更に背中側に二振の剣を並列に結合させてから左手で掴み取った二振の小剣の柄と鍔を可動させて大剣の横っ腹に結合させた。
バスターソードモード。数ある六剣結合状態の中でも最初に手にした時に椛が最も扱いやすいと感じた結合形態であり、最も一撃の威力に秀でた形態である。
「だあっ!」
正面に捉えた敵を容赦なく叩き切る。その隙を突く様に左右から別の敵が迫るが、大質量移動による慣性回転の方向を調整して攻撃を受ける直前に足と思われる―――陸上型の腕に酷似した形状だ―――部位を間接部から一度に斬り落とした。だがまだ椛の周りには大量の飛行型が彼女の落下に合わせて下降してきていた。
≪椛!後方自機狙い来ます!≫
「くっ!」
椛の後方から細槍の束が襲い掛かり、小さくバレルロールをして回避する。一応、この間欠泉センターにも通常通路はある。しかしここまでの防御網を敷かれているとなると恐らく全ての通路に陸上型か、閉所戦闘に対応した派生型が配備されている可能性が極めて高いと判断して椛はこうして直通昇降機のシャフトを降下を決意したのだ。
最も、単純な数的不利で考えるならこちらの方が危険なのだが―――――
≪椛!左!≫
「なっ!?」
正面から仕掛けてきた敵の攻撃を大剣で防ぎながら咄嗟に左側の盾を持つ。しかし敵は盾で防がれているのをものともせずに椛に体当たりを仕掛け、壁面に叩き付けた状態で例の細槍を突き立てた。
「ぐあああぁぁぁっ!」
左右の脇腹に盾と左腕越しに細槍が突き刺さり、貫通する。その瞬間を狙って別の敵が赤い眼に魔力の類と思しき光を溜め込み始めたの視界に捉えた椛は、霊撃と呼ばれる衝撃波を発動させて無理矢理拘束を解くと、六剣の結合を一度解除してから三振ずつで柄尻同士を結合、更に裏面同士を合わせる様に結合して六方の巨大な手裏剣の様な形態にした。
「いけぇ!」
投げられた巨大手裏剣がブーメランの様な軌道を描いて投擲される。その際にチャージを行っていた妖怪達の首を刎ね飛ばし、椛の手元へと上手く戻ってきた。
「っ!もう一度!」
左腕と脇腹の痛みに耐えながら身体を捩じらせ、受け止めた時の反動に自らの回転を加えて上方に投げる。最下層を目の前に控え、後は追っ手を撒くだけと判断しての攻撃で、巨大手裏剣がこちらに戻り始めたのを確認した椛は更に加速して最下層部へと足を踏み入れ、タイミングを見計らって緊急隔壁閉鎖の釦を誤操作防止用の金網ごと蹴って押し込んだ。
アラート音と共に緊急隔壁が閉じ始める。それに滑り込もうと上空の妖怪達が急降下を始めるが、間に合わない。更にそれよりも速く巨大手裏剣が椛の元へと飛んで行き、隔壁が閉じられる直前で滑り込んで椛の手元へと戻った。
「はぁ…はぁ…流石に堪えるな…」
脂汗を掻きながら解体した六剣を地面に突き立て、脇腹の傷を抑える。左腕は貫通された時に手の甲と下腕部肘近くの骨が砕かれ、今すぐには使い物になりそうには無かった。
≪椛…一度身体を休めたら…?≫
「そんな事言ってられないって…ほら見て…」
椛が目で示す。その先にはまるで太陽の様な炎の塊が浮いており、異常な程の熱気を放っていた。しかし光は放っておらず、その中に居る霊烏路空の姿がはっきりと見て取れた。

―――その胸の赤い瞳に、十字架の様な黒い物体が突き刺さっている事も―――

≪あれは…!≫
「多分あの十字架で無理矢理暴走させられているんでしょうね…そしてあれを抜いても、もう助からない…」
幾ら妖怪の類とはいえ、元が地獄鴉である以上生命の根源である心臓を貫かれていれば助かる見込みは少ない。となれば、この事態を収束させる方法は一つしか無かった。
「文。彼女の身体を破壊する。それ以外に止める方法は無い筈だから…」
≪で、でも!どうやって!?≫
文の言葉を尻目に小剣を手に取って投げ付ける。それは何の問題も無く表層を突き抜けたが、半ば辺りで完全に溶け、最終的には蒸発し切った。
「金属が蒸発した…確実に数千度以上の熱量ね…文」
≪何…椛…?≫
椛の台詞を予測しながらも聞く。
「私が直接飛び込んで攻撃する。刀身に妖力を注ぎ込める分、さっきのよりは奥に突き進める筈だから―――」
≪駄目よ。それは絶対に駄目≫
椛の答えを即座に切り捨てる。確かに椛の提案した方法ならば剣先が空に届く可能性は上がるが、恐らく飛び込んだ本人は生還不能…それを文は容認できないと暗に言っており、椛もそれに気付いていた。
≪貴女をみすみす死なせるなんて真似は出来ないわ。少し時間を頂戴、必ず代案を出して見せるから…!≫
「そんな時間無い事なんて分かってるでしょ?この事態を何とか出来る状況に居るのは、私だけなのよ。だから文―――」

「さようなら。貴女は生きて―――!」

≪椛!?椛ぃぃぃぃぃぃ!!!≫
通信端末であるオプションを手に取って投げ捨てる。そして残った五剣を距離を稼ぐ為だけに剣先と柄尻を出鱈目に繋ぎ合わせ、激痛と血飛沫を上げる左腕を動かして盾二つを無理矢理手に持って疑似太陽へと突撃して行った。
盾を前面に構え、槍を突き出す様に剣を構える。近付くだけで着ている物が燃え、あらゆる体毛が発火する。内部に入り込めば溶けた爪が蒸発し、身体が燃えて炭化し、更には限界まで妖力を注ぎ込んでいた剣が半分にまで溶けて無くなり、折角稼いだリーチが意味を成さなくなる。
―――もう少しなのに―――最早感覚器官すら機能を停止した身体で椛が思い、ほぼ骨だけになった右腕を更に突き出して突進する。既に左腕は無く、燃え尽きて骨だけになった部位から次々と脱落していく。そしてもう少しで剣先が空に届くという所でついに頭も骨ごと蒸発し―――――

―――――その剣先が届く事無く、全ての侵入物が消えてなくなった。


   ―――――


「椛!返事をして!椛!!!」
通信用端末に叫ぶ様に呼びかける。しかし応答は無く、ただ虚しく疑似太陽の重低音が聞こえてくるだけだった。その時だった。
「文!ちょっと外に来て!大変よ!」
同業者である姫海棠はたてに呼ばれ、無理矢理に引っ張り出される。そして妖怪の山から見た光景は異常な物だった。
「―――何…あれ…!?」
「あれ何?ねえ、文にも分かんないの!?」
他の天狗達と共に妖怪の山上空から間欠泉センターの方角を見る。そこには半透明な炎の塊が浮いており、周りの物体を発火させながら更に上昇を続けていた。そして、一定高度を稼いだところで停止し、一気に収縮を始めた。
―――不味い…!
「皆あれの反対側になる様に山の影に隠れて!早く!!!爆発するかもしれないわ!!!」
文の叫びを聞いてその場に飛んでいた天狗達が山の影に隠れる様に移動を始める。元々速さに自身のある種族故に避難に遅れる事は無かったが、文に手を引かれてはたてが陰に入ったすぐ後の事だった。


全てを破壊するかの様な轟音と閃光、そして衝撃波が幻想郷を襲った。


「ぅ…ん…」
「あ、文!気付いたのね!」
はたてが呼びかけるのが聞こえる。どうにかして重い瞼を開けると、自分が木の枝に引っかかる形で気絶していて、今ようやくはたてに起こされたのだという事が分かった。
「はたて…皆は…?」
身体を起こしながら問う。
「皆は無事よ。あんたのお蔭で皆陰に隠れる事が出来て、事なきを得たの。まぁ、流石に軽傷者は何人も出てるけど―――でも、それよりも―――」
そう言って文の手を引いて“翼を使って”緩く飛び立つ。そうして彼女達が見た光景は、想像を絶する物だった。
「幻想郷が…」
片面だけ一瞬で禿山となった妖怪の山、黒焦げと化した間欠泉センター付近の森、そして、辻褄の合わない形で現れた新たな地形。
「博麗大結界が…」

結界が崩壊して、幻想郷が外の世界の一部と化していた。

「もう終わりよ…私達は何とか生き残れたけど、翼を使わないと飛ぶ事も叶わない程にまで妖力が消えた。幻想郷は…死んだのよ…」

幻想郷が―――死んだ―――

樂園が―――――死んだ―――――

私達の居場所が―――――死んだ―――――

「―――っぅ―――ぅう―――ひっく―――うぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁ…!」
文が泣き崩れる。
それは幻想郷の崩壊故なのか、椛の死故なのか、判断はつかなかった―――――












                                                                           ...To be continued of

                      哭き王女の為のセプテット 〜 Scarlet revenge




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