「では幽々子様。出かけてまいります」
「ええ、いってらっしゃい」
幽々子に一声かけてから顕界へと降りていく妖夢。昔と比べて長くなった髪をなびかせると同時に黒いコートが風になびいていた。
「…あれから、十五年…見てくれは随分と良くなったけど、あの子の内側は全く変わってないわね」
「…そうね…それ程にまで、妖夢にとってあの神田修平とかいう子の存在が大きかったのかしら。ねぇ紫…?」
大きかったに決まっている。私達は一度ああなった死神をみたじゃないかと、私は言いたかった。だが、何故だかそれを言うのははばかられた。幽々子のいつもの顔を底にも、妖夢に似た物を感じたからかもしれない。

神田修平は、死んだ。

妖夢が修平君の魂を連れ帰ったまでは良かった。でも、二人が愛し合っていた証と言わんばかりの結界が邪魔をして、結局私はあの子を助ける事が出来なかった。そのせいで妖夢は愛という言葉を忘れてしまったかの様に無感動な性格になり、私も常に心の何処かが抜け落ちている様な感覚を抱き続けている。
「…ねぇ、幽々子…」
「なに?紫」


「息子を喪うって、こんな感覚なのかしら…?」




     『妖夢が現代に落ちてきた IF』




顕界に降り、人里を一通り廻った後私は一人再思の道に来ていた。
ところどころ彼岸花の咲いている草の更地の一点。そこに立ち止り、目を閉じて空を仰ぐ。
「…修平さん…」
恐らく、修平さんが最期に立っていたであろうこの場所。そして、私が小野塚小町を戦った場所。その時私は修平さんに教えてもらった技、天翔龍閃を使って小町を打ち負かした。でも、私が修平さんを心から愛してしまったが故に、修平さんの蘇生を阻害してしまった。私が、心から修平さんを愛さなければ、修平さんは助かっていた筈なのに…そして、本当に愛するのはそれからでも遅くは無かった筈なのに………
「こんなところで何してんだい?」
突然かけられた声に少々驚きながらも声の主の顔を正視する。噂をすればなんとやら。
小野塚小町。
「…ああ…あの青年が死んでから、もう十五年だね」
「こんなところで油を売っていていいのですか?そろそろ本格的に閻魔様からクビにされますよ?」
鎌を担いだまま、いつもの調子の小町から目を逸らして冷たく言い放つ。あの一件以来、私はこの人が嫌いになった。修平さんが死んだというのに、いつも以上にヘラヘラしている、この人が……あなたも、あの一件の当事者の一人の筈なのに。
「いやまぁ…それは正直冗談にならないんだけどね……それにしても、その黒いコート。あんまり似合って無いよ?」
「そんなのは知ってます。けど。これは…」
「あの青年の形見、かい?」
あの時と同じ様に目つきが著しく変わり、視線で私を射抜く。
「…同じだよ。今のお前さんと、昔のあたい…あたいにも一人、愛した男が居る。初めて出逢ったのが今から十九年も前の事だけどね」
「同じ…?」
「あたいが外の世界のベンチで目を覚ました時、そいつがすぐ近くに居たのさ。そいつは見ず知らずのあたいに親切にしてくれて、いつの間にかその友人達や家族とも打ち解けてた」
意外だった。この人に男を愛するという概念があるとはとても思えなかったのもあるが、この人も私と同じ様に外の世界に落ちていたという事が一番だった。
「でも、そいつにいよいよ寿命が近付いて来てね…結局交通事故で死んじまったよ」
「それで…その人は…?」
「面倒事になる前にあたいが連れて行ったよ。そして、それまでの記憶を全て失った代わりに、この幻想郷で生きてる……なぁ、お前さんにとって、あの青年は絶対に忘れられない存在かい?」
その言葉を受けてもう一度修平さんの事をゆっくりと思い出す。笑っている姿…泣いている姿…稽古をしている時の真剣な姿…その全てが私の中を満たし、私にとって修平さんはどれだけの方だったのかは考えるまでも無かった。
「…はい」
「…そうかい…」
一度言葉を切る。そして―――



「なら、代わり足りえる存在を見つける事だね」



「…え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。でも、小町の容赦無い言葉は更に続いた。
「そうやっていつまでも過去の男に引きずられて生きてられると、見ている周りも嫌な思いをするハメになる。だから、例え本心からじゃなくても代わりになる男を探してつるんだ方がマシさ。哀しい事には、違いないけどね…」
周りへの迷惑。恐らく、意思を持っている存在が持つ厄介な部分の一つ。常に他人を気にしないと周りから突き放されるという、排除意識を抑制する為に周りの目を気にしなければならない。確かに今の私はそうかも知れない。それでも―――
「―――それでも、私は…誰かを代わりに仕立てあげるなんて事、できません…それは相手と、修平さんへの冒涜に他ならないと思います」
必死に絞り出した言葉。もっと上手く言う事も出来たかもしれない。でも、不器用な私にはこれが限界だ。
「例え、それを相手が受け入れたとしても…?」
「修平さんは、もう…赦す事が出来ませんから…」
そう、もう修平さんは死んだのだ。幾ら魂が当時のまま残っているとはいえ、それを入れる器と、修平さんの魂の転生の用意が要る。仮に器が何とかなったとしても、閻魔様が手を加えていない限り、次に修平さんが転生出来るのは百年以上後の話になる。
「…そうかい。なら、一つだけ聞かせておくれ。お前さんがそのペンダントとコートを身に着けているのは、あの青年を愛し続けている証と解釈していいのかい?」
「…はい…!」
首から下げている銃弾とかいう円柱型の飾りが付いたペンダントを握り締めながら答える。アリスに頼んで十五年間新品同然の品質を保っているこのコートも、あの時確かに愛し合っていた証なのだから………

「…なら、お前さんはお前さんの生き方を貫けばいい」

「え?」
先程とは打って変わって優しい微笑みを浮かべて小町が答えた。そして少しだけ照れながら懐に手を入れると、随分と錆びついてしまっている鈴のネックレスを私に見せた。
「あいつに貰った品だよ。十九年も前の代物だから、もうまともに鳴る事も無いけどね。でも、これがあったからあたいとあいつは、もう一度結ばれる事が出来た。人間と死神じゃ、子は成せないけど、そんなのは後で考えればよかったし、何より、あたいはあいつを…雅彦が天寿を迎えるまで愛し続ける。そして今度は、互いに心から笑い合いながら彼岸へと送り届けたい。今じゃ見てくれはいいおっさんだけど、あたいが惚れたところは何一つ変わってない…いい、旦那だよ」
顔を赤くしながらも最後の言葉をはっきりと言い切る。雅彦…現在は雅と名乗っていて、確か紫様の所に住んでる人間だったなと思い出しながら、更に続けられる言葉に耳を傾けた。
「ま、昔のあたいも今のお前さんみたいに腐ってたよ。そうして三年間、あたいは雅彦を避けてた。でも、雅彦はあたいの事を思い出そうともがいていた。どこまでも…どこまでも…“幻想”を選んで、家族や友人を見捨てた事を押してでも、今野雅彦という魂はあたいと一緒に居たかったんだ。だからお前さんも、腐らずに、諦めずに行動してみなよ。あたい達と比べて五倍近い差はあっても、諦めなければきっと希望は潰えないんだ。それが例え正しくない事だとしても、正しさだけが人を救うとは限らないんだろう?」

―――正しさだけが、人を救うとは限らない!―――

十五年前、正しくここで私が言った台詞…正しい事ばかりが人を救うとは限らない。今私が周りを気にして修平さんの代わりを探すより、こうして修平さんを愛し続ける事こそが本当に望ましい事なのかもしれない。
「―――分からないからこそ調べるのだという言葉が向こうの世界にはありました。なら、もう一度、私は試してみようと思います。本当に修平さんが助からないのかどうか…!」
「いい意気込みだけど、それ相応の覚悟も必要だよ?」
「始めから承知の上です。必要なら、主にすら刃を向けて見せます!」
そこまで言うと、小町はようやく納得がいった様に大きく頷き、担いだままの鎌を持って背を見せた。
「なら、あたいはもう戻るよ。そろそろ本当に四季様にどやされかねないしねぇ」
「はい。今日はありがとうございました」
小町に頭を下げる。そして数歩歩く音がすると、私に希望を与える言葉を残していった。
「―――本当は口外厳禁だけど、あの青年の魂の転生は、もう終わってるよ。四季様に感謝するんだね―――」
「!?―――はい。分かりました」

今度は、何の返事も帰ってこなかった。そして、何気なく襟を持ち上げた漆黒のロングコートから―――


―――修平さんの匂いを嗅いだ気がした―――





   ***



「はぁ…」
帰ってきてから、幾度目かの溜息。思えばこの十五年間心から喜んだ事が殆ど無い。まるで自分の一部が消えてなくなった様な、心にぽっかりと空いた孔。結局、幽々子に訊いても出なかった答え…これが、息子を喪う事の苦しみなのかしら………
「おや、お帰りになられていましたか」
「あら、藍。雅達は…?」
九尾の妖狐を素体にした私の式神、八雲藍が傍に歩み寄ってくる。
「雅は橙の遊びに付き合って、妖怪の山へと出ています。私としては、もうあまり無理をしてほしくは無いのですが…」
やや苦笑しながら藍が言う。それもそうだ。雅…今野雅彦は十九年前に幻想入りを果たした、ただの人間だ。これだけの年月が経っていては流石に歳を取るというものだ。橙も橙で、もう少し成長して欲しいところなのだが…それは今重要では無い。
「それにしても、何に対して溜息を吐いてらっしゃるのですか?あまり溜息を吐くと、小皺が出来ますよ?」
「藍、それは皮肉か何かかしら?」
「滅相も無い」
本当かどうか怪しい笑顔を見せるだけの藍。しかし、何に対してか…そんなものは決まっている。
今現在、修平君の魂は私が保管している。でも、その魂を入れる為の器が未だに見つからないというのが現状だった。元々大した傷も無く、魂が剥離するなんて状態は奇跡でも起こらない限りは出来る筈も無い現象だ。言うなれば植物人間とは真逆の状態。身体は健康体そのものなのに、魂が居ない。
最初は血眼になって探し回った。だが世界のどこを探し回ってもそんな状態になっている人間はおらず、大抵は魂が剥離していないか、既に致命傷を受けて使い物にならないかのどちらかだった。無論誰でもいいという訳でも無く、ましてや私自らが人間を手にかけるというのも閻魔的にご法度だ。そんな事をした日には十王達に何をされるか分かったものじゃない。
そして十五年もの年月が流れ、こうして内心腐りながら日常を続けている。もう、限界かもしれない。
「ねぇ、藍。貴女の意見をちょっと聞きたいのだけれど…」
「はい?」
「ある一人の人間を甦らせると、二人の人間が喜ぶが自分が死ぬ。前提条件として、自分を含めた四人は親友同士だとする。この場合、自分はその一人を甦らせるべきだと思う?」
「これはまた、随分と哲学的な質問ですね」
これにおける自分とは、無論私の事だ。死んでいる人間は修平君で、二人の人間は妖夢と幽々子。私が人為的に器を作りだす事は容易なのだが、それをすれば死とは言わないが、閻魔にバレれば確実にこっちに戻れなくなる。私は、そうしてでもあの子を甦らせるべきなのだろうか…?
『―――母さん―――』
ただの気紛れで口にした、母親代わりという言葉。だがそれを聞いた後の修平君からは、確かに私に対しての愛情が見え隠れしていた。そして私も、いつの間にか本当に修平君の母親代わりになっていた。恐らく、私達が求めていたものが合致していたのだ。

修平君には母親の愛情が、私には子供が居るという喜びが。

「……この質問には明確な解答どころか、どうすれば妥協出来るのかという点すらありません。ですが、もしこれにおける自分が紫様だったなら、その事で哀しむ存在がここに一人と二匹、確実に居るという事を覚えておいてください」
難しい顔をして考えていた藍があっけらかんと答える。そして、その言葉は私の胸に深く突き刺さり、まるで失っていた何かを満たす様に溶け込んでいった。
「…そう、ね。…そうよね…」
「十五年前、紫様が外で何を体験…いや、何を思い知らされたのかは存じませんし、訊く気もありません。しかし、何かをする時は私達の存在を頭の片隅にでも置いといてくださいね?最近の紫様は一人で抱え込み過ぎですから」
「…ふふ、ありがと。藍」



   ***



「藍様〜!ただいま戻りました〜!」
「ただいま戻りました〜…」
遊びから帰ってきた橙と、その付き合いをさせられていた雅が帰ってきた。
「お帰りって、こら橙。雅にあまり無茶をさせるんじゃない。私達と違って雅は歳を取るのが何倍も速いんだからな」
「…はぁーい…」
「ああ、大丈夫ですよ藍さん。まだ現役引退する程歳は取ってないですから」
叱られる橙を庇う様に言う。雅―――今野雅彦は十九年前に幻想入りを果たした。だがその時にそれまでの記憶を全て失くし、暫くの間は雅として私達と生活を共にしていた。
今は記憶を取り戻し、あの死神とよろしくやっているのだが、流石に十九年も経てば随分と老化が進み、若い頃の様な行動力は無い。
「それにしても割と早く帰って来たな。何かあったのか?」
「はい。いつもみたいに妖怪の山で皆が遊んでるのを見ていたらすぐ近くで岩崩れが起きたみたいで、それに鴉天狗が巻き込まれたのがどうこうって事ですぐに立ち入り禁止になっちゃったんです」
―――雅。今、なんて?
「雅、貴方今鴉天狗が巻き込まれたって言ったわよね?その巻き込まれた鴉天狗について知ってる事を全部教えなさい」
「え?あ、あの…一体何が…」
「いいから教えなさい!」
柄にもなく雅の肩を掴んで問い質す。
「いててててて!わわ、分かりました。巻き込まれたのは男の鴉天狗で、どうも白狼天狗の練習相手になってたみたいです。俺が見た時には大分頭から出血してて、正直あれは助かると思えませんでした」
頭部からの絶望的な出血。男の鴉天狗。これはもしかしたら―――!
「…分かったわ、ありがとう。藍!急用が出来たみたいだから、留守を頼むわよ」
「え!?ちょっと紫さん!」
「承知いたしました。御武運を」
「―――果報は寝て待て―――か。十五年は長すぎるわね」
藍の言葉を背にスキマを開いて中に飛び込む。雅が見た時から往復路の時間を考慮して逆算すれば、既に四半刻程…もう永遠亭に収容されて処置を受けている可能性が高い。なら直接永遠亭に赴いた方が早い。その結論に至り、私は永遠亭の手術室に直接スキマを開き、まずは中の様子を窺った。
「師匠!バイタル低下!血圧もどんどん下がって、このままじゃ持ちません!」
「強心剤と輸血の用意!それと止血方法を関節圧迫、直接圧迫、患部密閉の三種を併用して行います!」
「はい!」
助手の月兎、鈴仙・優曇華院・イナバが忙しなく部屋の中を動き回り、医師の八意永琳が懸命に頭部からの出血を止めようとしている。だがあんなのは最早無意味だ。ここから見ても分かる、彼にはもう―――
「…くっ!縫合はもう終わってるのに…なんで止血しないの…!?」
「師匠!準備出来ました!」
月兎が強心剤投与と輸血の準備を終えた事を八意永琳に告げる。でも、そんな事はさせない。もしこれが失敗すれば、私はまたあの二人の…妖夢と幽々子の辛そうな顔を見続ける事になる。そんなのはもう嫌…私が、あの二人に笑顔を取り戻す!そしてあの子も…私の息子も!
「分かったわ!今すぐ輸血を開始して―――」

「させない…!」

スキマから手を伸ばして永琳の手を掴む。それも全力で。
「なっ!?八雲紫!?何故貴女がこんなところに!?」
「そんな事はどうでもいいわ。この患者は、私が後を引き継ぐ」
いつもの様に上半身を抜き出して答える。掴んでいる腕からは既に骨の軋む音が聞こえているが構いはしない。相手は蓬莱人、重症だろうがなんだろうが意味を成さない。
「引き継ぐ…?どういう事なの?そもそも貴女は何の為に此処に来たの!?」
「八意永琳。貴女にならもう分かっている筈よ。この患者は、もう助からないって」
「っ!」
永琳の顔が露骨に引きつる。やはり…この薬師は始めからこの手術の意味が無い事に気付いていた。でも医者である以上は患者を見捨てる事が出来ず、分かっていてもこうして術式を続けている。
「貴女には二つの選択肢がある。このまま手術を続けて一人の患者を死なせるか、私に任せて甦らせるか…もう時間は無いわ」
「…貴女になら、この患者を助けられるの…?」
数瞬思考した後に永琳が問う。
「当然。今の彼は魂が先に剥離してる状態で、細胞単位で生きる力が無くなってる。そこを私は補完する事が出来るのよ。そうすれば、後は従来の術式で助けられるわ」
実はこれは半分ハッタリだ。でも助けられる可能性はほぼ百パーセントある。それは何故か?というのも、私がハッタリを掛けたのは魂が先に剥離しているという部分だけで、他は十分余裕に出来る事だからだ。仮に魂が剥離していなかったとしても、あの子の魂の身代わりとして彼岸に行って貰うだけ。詰まる所、成功率百パーセントのハッタリだ。
「………分かりました。うどんげ、術式中断!今は八雲紫に任せます」
「えっ!?…はい、分かりました」
明らかに疑っているという顔で私を睨みながら下がる。さぁ、ようやく逢える。貴方に………
≪…魂を改めて抜き取る必要は無い…この程度ならあの子の魂に馴染んでくれる…≫
患者にダイブを敢行して内部を調べる。幾らか持ち主の魂の残滓はあったものの、大した障害になる物は何一つない。スキマからあの時のまま保管していたあの子の魂を取り出し、鴉天狗の身体へと導く。
「さぁお入りなさい。これが、貴方の新しい身体よ」




「―――母、さん―――?」







   ***



黒いコートに、銀の髪。それらに隠れた緑の服。
その背中が、もう私の知る妖夢ではないのだと無言で私に語り続けている様に見えて、私はこの十五年間気が気でなかった。
でも、これは私の思い込みでしか無く、妖夢の口から直に聞かされた訳では無い。以前もう一度外界に行くと言い出して大喧嘩した時も一度も私の事など眼中に無いとは言わず、それどころか私の我儘に半霊を置くという形で答えてくれた。

ただ私が思い込んでいるだけで、妖夢は何も変わっていないかもしれない。

そう言い聞かせてあの時はやり過ごした。でも、あの青年…神田修平に対してはそう言い聞かせる事は不可能だった。だから私は紫が困っているのに気付いていながらも行動を起こさず、神田修平を見殺しにした。
そうして、私は間違ってしまった。
あの子を見殺しにして、妖夢が私の元に戻ってきてくれる訳でも無いのに、妖夢を取られるのが怖くて、見殺しにしてしまった。もう転生用の器に作り替えるという方法も通用しない。そもそも元の器が存在しないのだから。

怖い。妖夢が、本当に私の元から離れてしまうのが、怖い。

でも、話し合わなければ何も変わらない。

だから、私は―――

「…妖夢。ちょっと、お話ししましょう?」



   ***



「あの子が死んで、もう十五年ね…」
妖夢がお茶を用意するのを待ってから切り出す。本当はこんな、妖夢の心を抉り取る様な切り出し方はしたくないのだけれど、回りくどいやり方も妖夢の怒りを買うだけだ。
「はい。幽々子様がその事を覚えているとは少々意外でしたが」
「当然よ。だって…私は、貴女に謝らなければならないのだから」
妖夢が顔に疑問符を浮かべるのを見て話を始める。
「あの子の魂を持ち帰ったあの時、本当は閻魔の要請で貴女の所に行く筈だったの。私だけが、あの状態の彼を助ける事が出来たから」
妖夢の顔が明らかに驚愕の色に染まる。そもそもあの状態の彼を助ける事が可能という事自体妖夢にとってイレギュラーな事なのに、私がそれを出来るという事も驚きだったのだろう。
「でも私はそうしなかった。何故だか分かる?」
「それは……幽々子様にとって、修平さんが邪魔な存在だった…から…?」
「そう、その通り。私は妖夢をあの子に取られたくなかった。もし妖夢があの子の所へ行ってしまったら、もう二度と私の元には戻ってきてくれないのじゃないかって、怖かったの」
今でも思い出せる、あの胸を直に締め付ける喪失感の様な物。もし妖夢が去ってしまったら…私の拠り所となってくれる存在が居なくなってしまう…ただでさえ誰かを支えてばかりの紫には、絶対に負担を強いりたくなかったから。
「でも、私の選択は間違いだった…そして、私の考えも間違っていた。私はあの時彼を助けるべきだったし、妖夢が私の元から離れる訳が無いと信じ続けるべきだった。本当に…ごめんなさい…」
改めて妖夢に向かい直って頭を下げる。もしかしたら、もう取り返しは付かないのかもしれない。妖夢は許してくれないかもしれない。今度こそ、妖夢が私の元から離れて行ってしまうかもしれない。様々な不安が私を支配しながらも妖夢の返事を待つ。
「…顔を、上げてください…」
妖夢の言葉に従って顔を上げる。すると―――
「…ご無礼をっ!」
思いっきり頬を叩かれた。そして、間髪入れずに抱き締められた。
「妖夢…?」
「そうですよ…貴女は私を育ててくれた方でもあるのに…どうして私を信じてくれなかったのですか…!」
っ!?
「私は、何があっても幽々子様から離れたりはしませんよ。主だからという事では無く、一人の女として、私は幽々子様の傍に居たいのですから…主に剣を向ける事は出来ても、西行寺幽々子に剣を向ける事なんて、私には出来ませんから…」
「主じゃなくて…私には…」
それは、西行寺家の娘には魂魄家の者として剣を向ける事が出来ても、幽々子には妖夢として剣を向ける事が出来ないという事。それを何度も頭の中で吟味して、私の解釈と妖夢の言葉の間に齟齬が無い事を確かめると、私はいつの間にか妖夢にしがみ付いて涙を流していた。
「妖夢…ごめんなさい…ありがとう…!」
「謝る必要はありませんよ…幽々子様…」
「ちょっと失礼するわね」
「って、うわっ!?」
妖夢と抱き合っていると紫が現れた。いつも突然来るからもう慣れたのだけれど、妖夢はまだ慣れない様だ。
「今日は妖夢に用があって来たのよ。それに一人、お客さんも来てるしね」
「え?私に、ですか?」
頷いて客人が既に客間に居る事を聞かされると、妖夢は一度私を心配そうに見てから立ち上がって客間へと歩いて行ってしまった。それにしても―――
「いらっしゃい紫。随分といい顔になってるけど、どうしたの?まるで長年の夢が叶った様な顔してる」
見事に邪魔に入った紫に少々嫌味を交えて言う。だが紫は予想だにしなかった答えを私に返した。
「流石、よく分かったわね。ちょっと十五年振りの願いが叶ったから、久しぶりに気分が高揚してるのよ」
「―――え?十五年振りって、まさか…!?」
「じゃ、また後で」
と言って紫は肘を置いていたスキマの中に入って部屋から出て行ってしまった。

「十五年振りの願い…まさか、あの子が…!?」



   ***



「…なあ?」
「なに?」
「これ被る必要あるのか?」
「その方が面白いじゃない?」
「判断基準そこかよ…」
白玉楼の客間で待って少し。すぐ傍に俺が母さんと呼んでいる妖怪、八雲紫が戻ってきて俺はすぐに被り物の必要性を聞いていた。ちなみに今俺が被っているのはでかく『罪』と書かれた麻袋で、声がぐぐもる上に少々息がしづらい。視界がかろうじで確保出来ているのが奇跡なレベルだ。
「そんな事より、もうすぐ来るわよ」
「へいへい」
手元に柄を相手側に向けて置いてある、元はこの鴉天狗の持ち物であったであろう両刃剣に少しだけ指で触れて気分を落ち着かせる。そしてついに目の前にある襖が開かれ、俺が母さんよりも先に会いたかった人物が姿を現した。
「失礼します。西行寺の庭師、魂魄妖夢です」
……ああ……懐かしい声だ。幾らか髪が伸びて、背も少しだけ伸びてるが間違いない。あの、魂魄妖夢だ………しかも銃弾のペンダントと俺のコートを身に着けている。どうやら、俺の事は忘れられてなかったらしいな。だが今は正体を明かすタイミングじゃない。
「…お初にお目に掛かります、鴉天狗の姫海棠はやてと申します」
「姫海棠はやてさん、ですね」
当然偽名だ。ただ姫海棠はたてってのは本当に居るらしく、その親族の一人と言えば相手の疑心を解きやすいというのが母さんの意見だったからだ。
「今日は、何用ですか?」
「いえ、私からの用は特には無いのでございますが…」
そこで一度母さんの顔を見る。すると一度だけ頷き、それが合図だと理解すると俺は更に話を進めた。
「“彼”からは、貴女様に用があるとの事です」
「彼?」
妖夢が疑問符を浮かべる。当然だ。この場には俺と母さんと妖夢しか居ないのに、俺が彼と言ったらここにもう一人男が居ないと辻褄が合わなくなる。だが、これでいい。俺は妖夢の言葉に頷いてから首の止め縄を外し、麻袋を左手でゆっくりと取り去った。
「あ……!?」
「俺からは、お前に用があるんだ。妖夢」
俺の顔を見て驚愕する妖夢に優しく言う。するとみるみる内に眼に涙を溜め始めた妖夢が突然抱き付いて来て、俺は仰け反って手を床に付けてしまっていた。
「修平さん!ひく…会いたかった…会いたかった…!」
「俺も、やっと会えた。妖夢…」
改めて抱き締め返す。そしていつの間にか母さんが居なくなった後も俺達は互いを抱き締め続け、気が付けばどれ程の時間が経ったのかも分からない程になっていた。
「…十五年振り、ですね…こうして抱き合うのも…」
「ああ…妖夢。俺はもう、人間じゃない。見ての通り鴉天狗になっちまった。それでも、俺と共に居続けてくれるか?」
少々不安になりつつも問う。昔と違って赤い妖怪の目。今は出してないが、黒い鴉の翼。そして歳を取るという事が意味を成さない種族。最早俺は人間じゃないという事を前もって知らしめられていたが故に、不安だった。
「当たり前です。例えどんなお姿になられても、私は修平さんを愛し続けます」
「妖夢…」
十五年の歳月を経て、幾分か伸びた妖夢の綺麗な銀の髪に触れて妖夢の後頭部に手を遣る。そして妖夢が目を閉じるのに合わせて俺も目を閉じながら顔を近づけ………左手でネイルダーツを左舷側に投擲した。
「あやや!?」
JACKPOT.俺が投げたネイルダーツは見事に射命丸文と言う名のパパラッチの帽子に当たり、そのまま奥の桜の木の幹に突き刺さった。そしてその時の声と音に妖夢も気付いてパパラッチに顔を向ける。
「まぁ…そんな気はしてたよ。お楽しみはお預けだ」
「みたいですね…でも、こういう展開も私は嫌いじゃありません」
互いに立ち上がって得物を手に取る。大剣と長刀か…何の因果だか…まぁそれよりまずは、パパラッチ撃退開始だな。



   「「さあ………Let's Rock!!!(遊ぼうか!!!)」」






   ***



鳥の鳴き声が聞こえない代わりに障子越しの日の光が直接部屋に入り込み、閉じたままの俺の視界を明るくする。それに反応して俺の意識が最低限覚醒し、朝に弱い身体が嫌々動いた。そして朝である事をどうにか知覚し、そういえば昨日は妖夢と一緒に寝たという事を思い出して隣に寝ている人型を抱き寄せた。
手から伝わる柔らかな女の肌。そしてふくよかな胸に顔を埋め―――

ん゛!?

ちょっと待て、なんで妖夢の胸が一日でこんなに成長してるんだよ。ていうか俺より身長たけぇ!確実に妖夢じゃないのは分かったがこれ誰だ!?
「ん…おはよ、修平君」
流れる金の髪。無駄にデカい胸。そして完璧なプロポーション。どうみても母さんの八雲紫です本当にありがとうございました!
「ぎゃあああああああああ!なんで母さんが俺の布団に入ってきてるんだよ!?妖夢はどーした!?しかもなんで真っ裸!?」
「なぁに?昨日の事忘れちゃったの?」
忘れるもくそも俺は母さんと一緒に寝た覚えも無ければ動機も酔い潰れの心当たりもねぇよ!それに昨日は妖夢とギシアンの記憶しか無いわい!ていうかマウントポジション取るなって意外と力強いなおい!鴉天狗の最大腕力を以てしても振り解けんぞ!
「さぁ、昨日の続きしましょ?」
「ぎゃああああああああああああああ!!!」
「どうしました!?修平さん!」
超絶タイミングで部屋に入ってくる妖夢。マウントポジション取られて挿入る寸前の今、これは絶体絶命のピンチだが、見方を変えれば起死回生唯一のチャンスだ!
「よ、妖夢助けてくれ!スキマ妖怪に性的に食われる!!!」
「へっ!?あ、はい!」
そしてどうにか俺達二人の間に割って入り、母さんを止める妖夢。これで危機は去った………
「おはよ〜…う〜ん、こぼね〜…」
「ぎゃああああああああああ!!!あんたは俺を物理的に食おうとするなああああああああああ!!!」



   ***



危機が去った後の午前。俺は久しぶりに妖夢と一緒に人里を歩いていた。
「朝から大変でしたね」
「全くだ…あの二人は俺をなんだと思ってやがるんだ…」
義母と≪アハ〜ン≫とかどこのスケベDVDだよ。しかも幽々子殿の方は俺を食糧か何かと勘違いしてるんじゃないのかと思う程だが、何を思っているのか俺にはさっぱりだ。というのも―――
「…にしても、俺もいよいよ厨二化してきたな」
「ちゅうにか?」
「何でもありってところだ」
左手を宙に出して何かを握る様に閉じると一振りの鞘に収まった刀が姿を現した。こいつが俺が幽々子殿が何を思っているのか分からないと思う様になった切っ掛けだ。銘は『凍雲』で、何やら詫びと信頼の証としてありがたく頂戴したのだが…信頼はいいとして詫びってのはどういう事だ?
「それにしても、修平さんもまた背が伸びましたか?」
「ん?ああ、体格に関しては素体になった鴉天狗に準じてるらしい。顔や声は元の俺に限界まで近づけてあるが、流石に全身骨格まで合わせるのは無理だとよ」
『凍雲』を消して妖夢の問いに答える。ていうかそれよりも―――
「そう言う妖夢も、髪伸びたな」
「そう言えばそうですね。修平さんは、伸ばしてる人は嫌いですか?」
訊きながら髪に手を遣る。肩に掛かるまで伸びた髪が妖夢の細くも、剣術を嗜んでいるが故にしっかりしている指によって流れ、それに合わせて首から下げている銃弾のペンダントが揺れた。ちなみにコートは着ておらず、既に俺に返却されて俺が着てる。
「いや、むしろそのぐらいが一番好みだな。今じゃ、文句のつけようがないのが唯一の文句だな」
「きゃ!?もう、修平さん…」
豪快に妖夢の肩を抱き寄せる。その時に見えた妖夢の顔が少しだけ上気しているのが見え、あまりの可愛さに俺の顔まで熱くなっていくのが分かった。
「おや?神田君に妖夢じゃないか」
「こんなところで会うとはね」
「あ、慧音先生に霊夢。こんにちわ」
とまぁ何やら話しているとワーハクタク、上白沢慧音先生と元博麗の巫女、博麗霊夢が前から歩いてきた。そして―――
「まぁ立ち話もなんだ。そこの店で落ち着いて話そう」
という慧音先生の提案を受けて、俺達はすぐ近くのオープンカフェ的な店に入る事となった。



   ***



背中の大剣『業炎』を地面に突き立てて修平さんが椅子に座る。それに続いて私も隣に座り、その正面に位置する様に慧音さんと霊夢が座った。
「神田君、幻想郷にはもう慣れたかな?」
「はい。おかげさまで余り不自由する事無く過ごせてます」
大人の知的な笑みを常に浮かべて慧音さんが修平さんに訊く。しかし、慣れたとは言っても元々修平さんは幻想郷縁起を読んだ事がある為初めからそこまで不自由する事も無かったのだが。
「しかし、並んでみると奇妙な組み合わせね。鴉天狗に半人半霊だなんて」
「俺としてはお前に娘が居る事の方がよっぽど意外だよ。何歳だっけか?」
「十才よ。名前は霊香って言って、私の曾お祖母ちゃんの名前と同じらしいわ」
「私が調べたんだ。本当の事さ」
淡々と答える霊夢と共に慧音さんも少しだけ胸を張って答える。にしても曾祖母か…もし、私と修平さんの間に息子が生まれたら…妖忌って名付けてもいいですか?師匠………
「それにしても神田君。妖夢はいい女か?」
へ?慧音さんいきなり何を!?
「はえ!?…えーっと…まぁ、こんな場で言うのも恥ずかしいですけど…いい女です。それこそ自分と釣り合うとは思えない程の」
「なっ何を言ってるんですか!修平さんも十分いい男性だと私は思います!とても私みたいな女に釣り合うとは思えないぐらいに!」
頬を染めながら答える修平さんに食って掛かる。多分私の顔も真っ赤だろうけどそんな事は気にしない。と―――
「それだよ妖夢。自分がまだ未熟だからと精進を続けている時点で、もうお前は一人前なんだ。後はその事実に怠けず、精進を続けていく事が出来れば、もう未熟と周りから言われる事も無いだろうよ」
「え?あ…うぅ…ひ、卑怯です…」
すぐに私の頭に手を置いて撫でる。その感触があまりにも心地よかった為、思わず反論するのも忘れてしまっていた。
「うわ〜…砂糖吐きそう。それも一俵ぐらいの重さの量」
「互いを想い、自らに磨きをかけていく過程そのものが一人前の証、か…いい物を聞かせて貰ったよ」
「慧音、あんたはもっと目の前で繰り広げられる惚気全開を呆れた方がいいわよ…」
慧音さんと霊夢のやり取りを意識半分で聞きながら、
「つっても、今のは俺の兄貴の受け売りだ。死神小町に連れて行かれる寸前の、な…」
修平さんの言葉を聞いて思い出す。小町と戦う前、修平さんは確実に彼女に連れて行かれていた。その時に兄上との邂逅を果たす可能性も低くは無いのは確かだ。
「そういえばあの死神達もそうだったけど、あんたらって子供作れるの?まぁ私みたいに無駄に二児も生む必要は無いと思うけど」
「何!?お前子供二人居たのかよ?」
「霊香の二つ上に男の子が居るわ。名前は信吾。博麗は巫女にだけ“霊”の字を与えて、男の子は三音の名前を付けるのよ。昔は旧漢字体だったらしいけど」
「曾祖母も、本当は“靈香”と書くんだ。初代博麗の巫女も“靈夢”と書くしな。ちなみに初代博麗神主は順也という名前だったんだ」
教師らしく常に何かを携帯している慧音さんが紙とロケット鉛筆なるものを使って綺麗な行書体で書かれた字を見せる。確かに靈の字が使われ、三音の名前だ。と、その時―――
「おっと失礼…誰からかと思ったらはたてからか…」
修平さんの懐から電子音が鳴り響き、左利きという訳でも無いのに左手に持ち替えて最近普及しだした携帯電話なるものを操作して耳元に当てた。いわく、どんな時でも利き手の右は空けておきたいとの事だ。そして私と手をつなぐ時はいつも右手で、それは私に自分の利き手以上の働きを信じているという事なのだろうか?それもそれで私の身に余る光栄だ。
「へい我が愛しき妹、どうした?……なに?誰が妹かだと。冗談も通じなくなったのか?ってそんな事はどうでもいいな。んで、要件は?……何!?バカやろう、それはもっと先に言え!すまん妖夢、急用が出来た!これ丁度の勘定だから代わりに払っといてくれ!」
と言ってお勘定を机に叩き付けた修平さんは、勢いよく椅子から立ち上がると走り抜け様に『業炎』を抜いて背中に戻し、幾らか走ったところで瞬間移動が如き速さで空へと飛び立ってしまった。
「流石は鴉天狗。動きが速いな」
「そんな事より、いいの妖夢?」
「何が?」
「あいつの性格だから浮気するって事は絶対に無いと思うけど、あいつ無駄に妖怪に気に入られやすい性質だからその内押し倒されるんじゃない?特に文とか文とか文とか」
霊夢の心配も最もな事だ。事実今朝修平さんは紫様に襲われかけていた上に、修平さんは人間だった頃から年上属性に気に入られやすいと言っていた。でも―――
「確かに心配だけど…私は、修平さんを信じてるから」
「手遅れになっても知らないわよ」
霊夢がジト目でこちらを見る。その時はその時だ。
「もし修平さんが誰かに襲われても、私がその犯人を斬り潰すまでよ」
「うわっこわっ!下手にあいつに手出さなくて正解だったわ〜…」
「それはいいとして、神田君も忙しそうだが大丈夫なのか?」
額に冷や汗をかく霊夢を退けて会話に入る慧音さん。
「確かに、今みたいに二人っきりの時でも連絡が来て行ってしまう事もよくあります。でも…」
そこで一旦言葉を切って修平さんが飛んで行った空を見上げる。
「十五年も待てたんです。今更数日程度でどうこう思いません」
十五年と数ヶ月前、私達は出逢った。そして修平さんのおかげで私は一命を取り留め、今は紫様のおかげでこうして共に生きていられる。それだけで幸せなのに、これ以上の幸せを望むのはおこがましい事だと私は思う。何より、もう修平さんに人間単位の寿命は通じないのだ。これから先の何十年だって、幾度と無く私達は同じ時間を過ごせるのだから………




そういえば修平さん、覚えてますか?


あの時、私に対しておかえりと言ってくれた事。


私はまだ、言えていないのですよ。


だから、いつか…二人っきりの時に………




「おかえりなさい」







                                    Happy End.



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