「白楼剣を?」 冥界に佇む屋敷。白玉楼と呼ばれるその場所にレミリアは居た。 「そうなのよ。楼観剣はどうにか回収出来たんだけど…白楼剣だけはついぞ見つからなかったのよね〜」 近寄る幽霊を手の平に乗せ、煙の様に霧散させて三途の川に送りながら屋敷の主、西行寺幽々子はそう言った。幻想郷が崩壊して恐ろしく幽霊の数が増えたとはいえ、冥界はその被害を免れていたが全てが問題無く終わった訳では無かった。 「…あの子の形見だから、どうしても回収しておきたいんだけどねぇ…」 「そう、あんたの従者も死んだのね」 陽に当たるのを避ける為に縁側より奥に座るレミリア。一方の幽々子は縁側で足を投げ出しながら座っており、寄って来た幽霊をまた一体三途の川に送っていた。 「ええ、あの暴走事故を食い止めようとしてね……やっぱり寂しいものね。生活は自分でどうにかなっても、どうしても屋敷が広く感じちゃって…あなたの気持ち、よく分かる……」 「ねえ、楼観剣は何処にあるの?見せて欲しいのだけど」 「奥に置いてあるわ。とは言っても、もう使えそうに無いけど」 扇子を閉じて部屋の奥を指す。その方向へレミリアは歩いていくと、掛け軸の下に安置された楼観剣が目に入った。 「そこは元々妖夢の部屋なのよ。だから、剣もそこに…ね……」 幽々子の言葉を聞きながら楼観剣を手に取る。長く美しい刀身は最早見る影も無く、途中で折れた刃は刃こぼれしてもう何も斬る事が出来ない様にしか見えなかった。しかし――――― 「それでも、美しいわね…」 「そうでしょう?まるで刀になってでも、妖夢が私を護ろうとしてるみたいで…」 楼観剣の片割れをもう一度置く。あらゆるところが血で汚れ、幾つもの凹みと擦り傷をその身に受けながらもかろうじで刀剣としての線を保ち、その刀身はしっかりと光を反射していた。 その姿を見て懐に仕舞った咲夜のナイフを取り出す。銀で作られた刀身もまた光をしっかりと反射しており、まるで咲夜がナイフになってでもレミリアを護ろうとしているかの様だった。 「従者は皆、考える事が同じの様ね…このナイフも一緒よ…」 「ならきっと、あなたの旅はいいものになると思うわ。全盛ならあなたの方がそういう事が分かるのだろうけど…まだ、視えないの?」 幽々子が訊く。その言葉が自分の能力の事を指していると理解したレミリアは幽々子の元に戻りながらその問いに答えた。 「そうよ。恐らくあの馬鹿の仕業なのでしょうけど…ま、なるべく早くぶちのめして来るわ」 「なら、もし白楼剣を見つけたらお願いね」 「ええ、ついでにぶんどって来るわ」 縁側に立てかけてあった日傘を差して外に出る。大量の幽霊が視界の邪魔をしながらもレミリアは我が物顔で歩いていき、冥界の白玉楼を後にした。 哭き王女の為のセプテット 〜 Scarlet revenge 第三章 『広有射怪鳥者 〜 Till Who?』 「はぁっ!」 袈裟に振り下ろされた白楼剣を紙一重で避ける。そしてその軌道に合わせながらレーヴァテインを斬り上げ、更にかわそうとしたところにレミリアは上から刺突を繰り出した。 「ちっ!」 舌打ちしながらもその刺突をどうにか受け流し、一旦距離を取る。だがそんな暇を与える気はレミリアには無く、着地したところを更に斬りかかった。 「くそっ!」 「その剣、返してもらうわ!」 「…やる、かよぉ!」 鍔迫り合いの火花が飛び散り、もう一度レミリアを弾き飛ばす。そして一旦着地してから近づこうとするレミリアに向けて左手を突き出し、一気に力を込めてから解放した。 「墜ちろ!」 青白いレーザーが掌から放たれ、一瞬早く反応したレミリアの頬を掠める。その時に感じた熱量に懐かしいものを感じながら、レミリアは相手に一気に接近した。 甲高い金属音を奏で、幾度目かの鍔迫り合いに陥る二人。その隙に今度は左腕についている腕輪が八卦炉の一部である事を確認し、レミリアは額に冷や汗の様なものが流れるのを感じた。 「まさか…それすらも手に入れているとはね…」 「何の…話だ!」 更に切り結ぶ。 「一体何なんだ!?いきなり私を襲って、この刀を返せだこいつも手に入れてるだ…訳がわかんねぇんだよ!」 レーヴァテインを弾き、もう一度切り結ぶ前にレーザーを放つ。危うくそれに当たりそうにながらもレミリアは姿勢を屈め、遠心力をつけてからレーヴァテインを薙いだ。 「くっ!」 「あんたが知る必要は無いわ。早くそれらを渡しなさい!」 「そうは行くかよ!」 近くに落ちていたコンクリート片をレミリアに向けて蹴り飛ばす。それをレミリアは斬り落として接近しようとしたが、その隙に相手はレミリアの背後に回って距離を取っており、レミリアは失探した事と振り向くのに時間を取られて対応が遅れてしまった。 「後ろか…!」 「こいつで…終わりだ!」 左手を突き出してから白楼剣を持ったまま右手を左手の後ろに絡ませる。すると白楼剣の刀身がみるみる内に青白く発光しだし、膨大な霊力を八卦炉の一部に送り込んでいる事が分かった。 「何あれ…まさか…!?」 「いけぇ![マスタースパーク]!!!」 左掌から直視するのも困難な程の虹色の極太レーザーが放たれる。それは辺りのコンクリート片を全て巻き込み、非常に長距離に渡って完全な新地を作り出す程の火力を以ってあらゆる物体を消し去った。 「はぁ…はぁ…」 身体から力が抜け、全身に渡って一気に疲労が溜まる。思わず倒れこみそうになったが、まだ相手の撃破を確認していない為どうにか耐えていると、突如上から重量物が飛び掛ってきた。 「ぅおあっ!?」 背中から激しく地面に打ち付けられる。そして間髪入れずに首元にレーヴァテインを突きつけられ、完全にレミリアにホールドアップされる形となってしまっていた。 「今のはやばかったわ…どうにか片腕で済んだけど…」 相手の右腕を足で抑えながら突きつける手を緩めないレミリア。しかしその右腕は肘から下が無く、焼かれたかの様に傷口が爛れていた。 「はぁ…はぁ…くそ…」 「オリジナルの七割ってとこね…その剣を使っているとはいえ、ただの人間がよくやる………いいわ、あんたには知る必要は無いけど、知るだけの資格はあるようだから教えてあげる」 剣先を退いて、女性の上から退くレミリア。そしてレーヴァテインを肩に担ぐと背を向けながら語り始めた。 「その剣は私の知り合いの従者の物でね。その従者が死んで、彼女にとってそれはあの子の形見になってるのよ。だから外に用事のある私がその剣の回収を頼まれた訳…何十年も一緒に居た者が死んだ時程、哀しいものは無いからね…そしてその腕輪は私の友人の使っていたマジックアイテム、八卦炉の一部だから、ついでに回収しようと思った訳よ」 担いでいたレーヴァテインを降ろす。そしてその剣先を女性の眼前へと向けた。 「でもあんたは戦力として使えそうだわ。私達と一緒に来るか、それとも二つともここに置いてとっと失せるか、選びなさい。一緒に来ると言うのなら私の目的を果たすまで、それらは貸しておいてあげる」 「お前等の目的って、なんなんだ?」 上体を起こしながら訊く。それにレミリアはよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに声高に答えた。 「こんな世界にした馬鹿共をぶちのめす。そして私達の世界を取り戻すのよ」 「私達の…世界…?それは、お前の世界か?」 片膝を上げながら座り込み、レミリアに問う。その問いにレミリアは呆れたかの様に溜息を吐き、仕方がなさそうに答えた。 「私達って言ったでしょう…私達は私達、そこにはそこの結良も、あんたも、その辺に転がってる野党共も…全員が元の生活に戻れる世界を取り戻す。それが私が外に出てきた理由と、望むラストよ」 元の生活に戻れる世界…その言葉を聞いた瞬間脳裏にかつての家族の姿を思い出し、女性は自らの過去を思い返し始めた。 *** 始めは何事も無かった。いや、自分の人生に何かが起こる事なんて思ってなかった。 「柚咒、今日も遅くなるの?」 「ああ、私だってただ遊ぶ為に大学に行ってる訳じゃないんだ。学費ぐらいは自分で納めないとな」 母親との会話もそこそこに家を出る。この時、母親の話をもっとしっかり聞いておけば何かが変わったとも思えないが、この時程家に居なかった事を後悔した時は無い。 「やばいな…これじゃ遅れちまう…」 バイトに向かう途中、時間を気にしながら近道の林道を走る。夜とはいえ、真夏の空気は湿度が高く、額の汗を拭いながら走り続けた。 そう、走っているその時だった。 突然鼓膜が破れるかの様な爆音が聞こえ、同時に恐ろしい程の勢いで身体が吹き飛ばされた。その勢いのまま木に身体を打ちつけ、背骨が折れる程の激痛を味わう事になったが、その先にある車道に飛ばされないだけマシだった。だが打ち付けられた木の位置が悪かった。 「ぐぁっ!……くぅ…なんだ…これ…」 痛みにうずくまるのとほぼ同じタイミングで何かが脇腹に突き刺さる。そこに痛みで霞む視線を向けると白い日本刀の柄が眼に入り、その刀身が深々と刺さっているのが分かった。 「く…そ…!」 日本刀を脇腹から無理矢理引き抜く。酷い激痛が走り、そこから初めて見る大量の出血に意識が飛びそうになったがその日本刀を杖代わりに立ち上がり、傍に落ちていたこの刀の物と思しき鞘を拾いながら周りを見渡した。 「なんだよ…これ…」 一気に木の数が半減した林道越しに街を見る。しかしそれはもう街とは言えず、ただのアスファルトと鉄筋コンクリで出来た荒野か廃墟だった。そしてそこに木造家屋が見当たらない事に気付き、一気に背筋に冷たい物を感じた。 「…親父…母ちゃん!」 生き残った木造家屋がさっぱり見当たらない。という事は普通家屋は全て吹き飛ばされたか全壊したかのどちらかだと思い当たり、まだ残ってるとはいえ、やけになりを潜めた痛みを脇腹と背中に抱えながらも家への道を引き返した。 「はあ、はあ、親父…母ちゃん…」 全速ではないながらも走り続け、どうにか自宅の近くまで抜ける。しかし、そこで目にしたのは最悪の光景だった。 「……な…なんで……」 頭が目から来る情報を否定する。しかし目や肌が目の前の光景を現実だと訴え続け、自宅への道だと思われる跡地を進む。近所の筈の場所は、跡形も無く崩れ去っていた。 「嘘だろ…おっちゃん…ばあちゃん…皆…」 何もかも完全に崩れ去っている。更にはその間から血と思われる赤い液体も垣間見え、時折吐き気を催しながらも自宅のあった筈の場所にまでたどり着いた。 「っ…親父…母ちゃん…っ!」 他と同じ様に崩れ去った自宅。その前で倒れる様に膝立ちになり、完全に忘念自失の状態になっていた。 どれ程そうして佇んでいたのか…突然瓦礫の崩れ落ちる音がしてハッとなり、気が付けば音がした方向へと歩き出していた。 生存者かもしれない。 そう思い…いやそう信じて音がしたところを探し回る。すると金髪で青を基調とした服を着た女性が瓦礫の下敷きになっているのが目に入り、即座に傍へと走り寄った。 「おい大丈夫か!?しっかりしろ!」 「ぅ…誰…誰なの…?」 反応があった事にとりあえず安堵する。しかし退かそうとした瓦礫は全く動かず、代わりに女性の身体を引き摺り出そうとしたが、その行動によって見たくないものが自分の眼に入る事となった。 ―――下半身が、無い――― それは確実に助からないという事がバカでも分かる程の身体的損傷。少なくとも腸を始めとした臓器や、その傷口からの出血状態で生きていられる人間は居ない。 「誰なの…?それと、ここは何処…何も見えない…」 「…!、い…今は夜なんだ。しかもそれに加えて、多分さっきの拍子にまだ目が眩んでるんだろう…そんな事より今助け出してやるからな。しっかりしろよ!」 無駄だと分かっていながらも敢えて身体を引き摺り出さずに瓦礫を退かそうとする。さっきの反応からして恐らく視力も失っている。しかし、例え手の施しようが無くとも何もせずに死ぬのを見守るだけという行動にだけは出たくなかった。ところが――――― 「………ふふ、優しいのね…でも、無駄よ…私の、身体だもの………」 「そんな事言うな!必ず助けてやる!死ぬな、生きろ!」 半ば涙目になりながらも瓦礫を退かそうとする。しかしそれを嘲笑うかの様に瓦礫は全く動かず、その事も相まって女性の命が目に見えて小さく消えそうになっていく事が更に焦らせていた。 「懐かしい言葉遣い…貴女の髪、もしかして片方だけ三つ編みにしてない…?」 「こんな時に何言ってやがる!それは確かだけど今はもう喋るな!」 確かに女性が言い当てた通りの三つ編みが自分の右耳付近から垂れている―――その色は女性の知っている金色ではなく、銀色だったが―――。そしてその返答を聞いた女性が左手に持っていた八角形の変わった形状の腕輪らしきものを差し出してきた。 「なら…これあげる………仲は悪かったけど…私の…貴女と同じ三つ編みの…友人の……形見………」 そこまで言って腕から力が抜ける。しかしまだ完全には事切れておらず、ほぼ無意識のうちにこんな事を口走っていた。 「…あんた、名前は…?」 「―――アリス。アリス・マーガトロイド―――ありがと…あの馬鹿にそっくりな人―――」 今度こそ全身から力が抜ける。それが、アリスと名乗った女性の最後の言葉だった。 「おい…おい…!は―――ぁ―――くっそおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」 叫び散らしながら先程からびくともしない瓦礫を殴りつける。そしてそのまま少ししてから差し出された腕輪らしき物を拾い上げて立ち上がり、近くに落ちていた―――さっきまでは全く気付かなかったが―――浴衣と思われる服も拾い上げ、ぼろぼろになっていた袖と裾を刀で斬り落としてから腕輪と共に身に着ける。そして使えそうな布を掘り出して刀を帯びる為の帯として自分の身体に巻き、アリスの亡骸を一瞥してから自らの心に誓った。 ―――こんな世界にした奴等をぶちのめす。そして自分達の世界を取り戻して見せる――― *** 「……あんたも、誰かを理不尽に殺されたのか…?」 「…そんなとこね……大事なたった一人の妹を、殺す事になったわ…あいつ等のせいで……」 剣先を退き、黒い杖に戻して背中に戻す。その背中が幾つもの哀しみを背負っている事を見出し、躊躇う様に口を開いた。 「……竹内 柚咒……」 「…そ、なら暫くの間は手を貸しなさい。私はレミリア・スカーレットよ」 結良と会った時の様に高圧的に話すレミリア。だがそんな態度も何処吹く風、無理矢理左手を引き寄せて柚咒はレミリアと握手をした。そしてその瞬間、懐かしい霊力が柚咒の掌から流れ込むのを感じたレミリアは、柚咒の力の大きさに一人納得し、誰にも気付かれない程度に苦笑した。 「私はこんな世界にした奴をぶちのめしたい。それはあんたも同じだろ?ならその間は仲間だ。よろしくやらせてもらうぜ」 「…分かったわよ」 柚咒の真剣な顔に八卦炉の持主の顔を思い出して呆れて溜息を吐くレミリア。その様子を見て先程からオロオロし続けていた結良も同じく懐かしい顔を思い出してから、ようやく安堵の息を吐いた。 「私は―――」 「こいつは博麗 結良。博麗神社という由緒ある神社の次期巫女よ」 「え?…うん、そっか…そう、博麗結良。よろしくね柚咒」 レミリアの勝手な紹介の後に握手をする。そしてその頃になってようやく柚咒はレミリアの右腕に気づいた。 「そういえばその腕…」 「え?ああ」 肘から下が無くなったレミリアの右腕。その元すら焼けて爛れていたが、どこからかハンカチを取り出して肘に被せると、ハンカチが燃え出して次の瞬間には腕が元に戻っていた。 「吸血鬼を舐めてもらっては困るわね。このぐらいの傷はすぐに治せるわ。まあ正確には燃えた対象を腕からハンカチに移し替えただけだけど」 自慢げに元に戻った右腕を柚咒に見せる。その現象に心底驚く柚咒の顔を見て、何十年振りに人間の驚く顔を見たとどうでもいい事を思った。しかし――――― 「居たぞ!」 「あそこだ!」 「っ!?スタンダード兵…レミィ!奴等よ!」 右手方向から聞こえてきた声に反応して誰が来たかを判別する結良。そして四人一組の一個小隊が三小隊来る事も確認すると三人それぞれの方向へと瓦礫に身を隠した。 「おいおい!こんな時にあんな奴等の相手かよ!」 ライフルのフルオートによる発砲音と5.7mm口径シルバージャケット弾の着弾音がひっきりなしに響き、着弾音の数だけ瓦礫が削れていく。 「銀を撃ち出す奴等の銃はレミィと相性が悪い!柚咒!一緒に来て!レミィはハートブレイクを!」 「分かった!」 「全く、幾らその通りだからと言って…私に命令するんじゃないわよ!」 ハートブレイク・ハモニカを発現し、瓦礫から転がり様に投擲するレミリア。その手から投げられた計五つの紅い槍はスタンダード兵を三人程貫き、更に混乱に乗じて結良と柚咒が上方から急襲した。 「いくぜぇ![迷津慈航斬]!」 叫び声と共に白楼剣を左から一気に薙ぐ。すると白楼剣の刀身が青白く輝き始め、通常の何倍もの長さの刀身が形成され着地する前に更に二人切り伏せた。 「露西亜人形!」 そしてそこに追い打ちをかけるが如く結良も人形を放つ。放たれた人形達もまるで意思があるかの様に着地した柚咒を狙うスタンダード兵の背後に回り、体の中から取り出した武器で喉を引き裂いた。 「なっ…」 たかが数秒の内に十二人居た中隊が残り二人になり、狼狽え始める兵達。その真正面にレミリア達三人は並び、これからカツアゲでもしようかとでも言いそうな空気を従えていた。 「さて、残りはアンタ達だけね」 「とっとと親玉の所に案内するか、それともここで死ぬか」 「どちらかを選びなさい」 レミリア、柚咒、結良の順にそう兵に詰め寄る。だが兵の片方が素早くサイドパックに手を入れ、『何か』を取り出した。 「くそっ!これでぇ!!」 取り出した『何か』を渾身の力で地面に叩き付ける。するとそれは硝子細工が割れた時の様な音を立て、ほんの一瞬だけ視覚可能な程の瘴気が拡散した。すると――――― 「…っ!?しま―――っ!」 「何!?どうしたのレミィ!」 レミリアの様子が急におかしくなった事に気付く結良。 「おい!お前今何しやがった!?」 「…これで…終わりだ…俺達も、貴様等も…」 柚咒に胸倉を掴まれ、白楼剣を突きつけられながら呟く。そしてそれをかき消すかの様な雄叫びが柚咒の背後から響いた。 「ぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」 「レミィ!?まさか、封印呪石!?」 レミリアの豹変具合から原因が体内に埋め込まれた封印呪石である事を悟る結良。そして強制的に我を忘れさせられたレミリアは容赦無く結良へと襲い掛かった。 「なっ!?くそぉ!」 スタンダード兵を放し、半ば不意打ち気味に白楼剣を振るう。左薙ぎに一閃された刀身は綺麗にレミリアの下腹部を斬り裂いたが、何か硬質な物に阻まれ振り抜く事は出来なかった。 「何っ!?」 思わず動揺する柚咒。そしてそこを狙ってレミリアは左手からグングニルの様に紅い剣を発現させ、完全に柚咒の急所を狙って振り下ろした。しかし柚咒はそれにどうにか反応しきり、剣は先程まで胸倉を掴まれていたスタンダード兵を完全に両断するだけに留まった。 「なんだよありゃぁ!?どうしちまったんだよレミリア!」 柚咒がレミリアに呼びかける。だがそれに耳を貸す事無く、右手に発現させたグングニルで倒れかけていたもう一人のスタンダード兵を射抜いた。 「…化け、物…め…」 完全に諦めたかの様な口調で呟き、事切れる兵。その言葉が何故か柚咒の耳に妙に残り、柚咒はもう一度レミリアを見直した。 ―――その身に紅い返り血を浴び、ただ圧倒的な力を振り撒いて見境無く他者を殺す紅い悪魔……そう言い表す事しか出来ない今の状況――― 「…くそっ!一体どうしちまったんだよ!?」 「封印呪石よ」 「え…?」 柚咒の言葉に即座に答える結良。その表情はとても暗く、彼女も何かを諦めているかの様に見えた。 「レミィの体内に埋め込まれた人工石で、対象者の理性を完全に封印して、逆にその力を暴走させる…普段は完全に細分化されて細胞に癒着し、クリニィの魔力に反応して子宮内にその形を形成して発動する、封印呪の施された一種の魔石…吸血鬼程の破壊力があれば破壊出来るけど……」 そこで顔を俯かせる結良。しかしそれと同時にレミリアが右手にも紅い剣を発現させて襲い掛かり、それを跳躍して躱すと同時に瓦礫の陰に二人は隠れた。 「吸血鬼程の破壊力って…今のあいつにマスタースパークなんて掠りもしないぞ!それに白楼剣も弾かれちまったし…どうしようも無いのかよ!?」 「あるにはあるけど…」 陰越しにレミリアの様子を窺う結良。しかしその瞬間をレミリアに気付かれ、次の瞬間には隠れ蓑にしていた瓦礫が完全に両断されていた。 「ぅお!?」 「柚咒、私がレミィを止める。後はお願い…」 「え?あ、おい!」 瓦礫が斬り裂かれた拍子に体勢を崩した柚咒にそう告げ、注意を引き付ける為に博麗アミュレットと呼ばれる御札をレミリアに投げつける。そしてそれらがレミリアの大きな翼に弾かれ、注意がこちらに向いた事を確認してから結良は距離を取ってレミリアと向き合った。 「な、おい結良!何してんだよ!そのままだとレミリアの餌食になるぞ!結良!!」 柚咒が必死に呼びかける。だが結良は完全に動く気配を見せず、とてつもない速さで迫るレミリアの剣先を注視していた。 ……ただひたすらに、ごめんなさいとレミリアに対して思いながら……そして目を閉じる瞬間、彼女は確かに見た。 「結良!!!」 「…っ!」 「ぅああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 理性を失わされたレミリアの双眸から、確かに涙が流れているのを――――― ――――― 「…ん…?」 待ち構えていた衝撃がいつまで経っても来ず、目を開ける結良。そしてその瞳に映ったのは、右手に持っている筈の紅い刀身によって後ろから貫かれてるレミリアの姿だった。 「!?レミィ!」 意識を失い、目前で倒れこむレミリアを抱き留める結良。そしてすぐ傍にあのスキマが開いているのが見え、すぐに辺りを見渡した。 「こっちよ、結良」 「あ…ミス・マエリベリー…」 右斜め上にあの胡散臭い紫と白を基調としたワンピースと六十四卦の羽織姿の女性を見つける結良。しかしミス・マエリベリーと呼ばれた女性はすぐに結良の言葉を訂正した。 「その呼び方はもういいわ。今の私は八雲紫よ」 「紫…にしても、どうしてここに?」 「それについてはあまり重要では無いわね」 扇子を顔の前で開く。そして結良の元へと歩み寄って来た柚咒に横目を流し、スキマの上に腰かけたまま話を続けた。 「貴女が竹内柚咒ね。どうして名前を?なんてつまらない質問には答えないわよ。そんな事よりも、貴女達にはもっと喜ぶべき事がある筈よ」 その言葉にはっとしてレミリアの下腹部を見る二人。既に塞がった傷口からは確かに大量に出血した跡があり、それに混じって石の欠片の様な物がはっきりと見えた。 「まさか…スキマで封印呪石を…!?」 「ご明察。礼には及びませんわ。私だって、友人が友人を殺す場面を見たくはありませんもの。特に、その相手が私の“お気に入り”の形見なら尚の事…」 やはり扇子を開いたまま感情の読めない微笑みを返すばかりの紫。しかし“生前”より紫の事をよく知っている結良にはそれだけで十分彼女が喜んでいるのが分かった。 「あんた…一体何者なんだ?」 「私はただのスキマ妖怪よ。さて、私はそろそろお暇させて頂くわ。私の可愛い式神達も、あの事件でどこかに消えてしまった事ですし…そろそろ雨が降りそうだから、どこかで腰を落ち着けた方がいいわよ」 柚咒の問いに答えた後、そう言い残してスキマで何処へと姿を消す紫。しかし結良は誰もいない事を承知でただ一言呟いた。 「…ありがと…紫…」 *** 「…ん…ぅ…」 目を開ける。その視界には随分と形がよく残ったビルと思しき部屋の天井が映り込み、上体を起こそうとして恐ろしく身体がだるく感じながらレミリアは焚き火の光と雨音を認識した。 「起きた?レミィ」 焚き火を挟んで斜め隣りに座り込んでレミリアのシャツを繕う結良。それを見てようやく今自分は上半身裸だという事に気付き、掛布団代わりになっていたコートを座ったまま羽織った。 「結良…あれから、どうなったの…?」 「レミィが暴走を始めた後、紫が来て止めてくれたわ。その時に貴女の中の封印呪石も破壊されたから、もう心配いらないわよ。はい、帽子」 と言って手渡されたフランドール愛用の帽子を胸元を隠す様に両手で持つ。かつて紅魔館の主であった事を忘れない為に被り続けている彼女の帽子も、既に補修跡が幾つも見られる様になっていた。 「紫が?」 「ええ。友人とお気に入りの形見が殺し合うのは見たくないからって」 針と糸を使って器用に穴を塞ぐ。その表情がやはり霊夢と重なり、レミリアはつい聞きそびれていた事を結良に聞いた。 「そういえば結良。そろそろ貴女の正体を教えてくれないかしら?」 その言葉に反応して顔を上げる結良。そして表情を優しい微笑みの形に固めるとすらすらとレミリアの問いに答え始めた。 「私はマスター…アリス・マーガトロイドに造られた、たった一体だけの完全自立人形であり、博麗霊夢の成れの果て」 「霊夢の、成れの果て?」 その言葉に一度頷き、完全に手を休めてから結良は話を続けた。 「マスターは、どうにか完全自立人形を作る為の理論は完成させた。けど、どうしても思考回路の完成に生きた人間の脳が必要だったの。一度はそこでこの研究は打ち切りになる筈だった…でも、自分の死期を悟った彼女…霊夢が自分から被検体を買って出たの。どうせこの身はもう長くは持たないから、使ってくれって。そうして、彼女の記憶を初めから持った一体の人形…私、渚結良が生まれたの。あ、今は博麗結良だっけ?」 「霊夢の記憶を全部?…ということは、私と霊夢が一緒に居る時の事も知ってるの?」 「そうよ。こうして姿が多少似ているだけで、性格は完全に彼女ではなくなってるけど…貴女と彼女との思い出は私の中に詰まってるの…」 右手を少し広げて自身の胸に当てる。その動作と今の言葉に思わず気恥ずかしくなったレミリアだったが、姿形は違えど霊夢がこうして生きている事を知った事による喜びの方が勝り、霊夢の前で見せた少女の笑顔を思わず見せた。 「まあ、そういう訳だから私は彼女と同じ事が出来るの。更にマスターの魔術も皆伝してるから、こうして人形も扱える。この子はマトリョーシカ。露西亜人形と書いて、露西亜人形(マトリョーシカ)。体が二つに割れて中から武器が取り出せる事からそう名付けたの。マスターの露西亜人形とは別物よ」 そう言って近くに呼び寄せた人形、露西亜人形に挨拶をさせる。見た目は上海人形や蓬莱人形と対して変わらなかったが、即座に見せた腹部の切れ目を見てレミリアは名前の由来に納得した。 「でも、完成してすぐには私は起動させて貰えなかった。身体はこの子達の様に人の手によって作られた人形だけど、生身の人間の脳を使った私の頭はそうは行かなくて……私には寿命があるの。粉微塵にでもされない限り死ぬ事が無い代わりに寿命が出来てしまった…それも精々二十年程度の寿命…当然といえば当然ね。元々死ぬ寸前の彼女の身体を流用してるのだから。そして今年で十年目…地続きで言ったら彼女は今七十歳前半ね」 シャツの補修を再開する結良。一方の柚咒は鞘に納めた白楼剣を抱えながら一人ソファを占領して眠っていた。 「私は、完全自立人形。でもあくまで完全なのは自立行動が可能っていうだけで、その他は全然完全じゃない。眠る事も出来なければ涙を流す事も出来ない。それでも、私はマスターに造られた事に感謝してる。だって……」 そこで一旦言葉を切り、霊夢ではなく自身の微笑みを浮かべてレミリアと向き合った。 「…貴女に…レミィに逢えたんだもの…」 気恥ずかしさから一気に顔を赤く紅潮させるレミリア。そしてすぐに顔を背け、ぶっきらぼうに答えた。 「な、何言ってんのよ!人形にされたおかげで頭おかしくなったんじゃない!?」 「ふふふ…もしかしたらそうかもね」 まるで母親か何かの様な笑いを上げる結良。そしてそのまま少しだけ安らぎの感じる沈黙が過ぎ、杖のままのレーヴァテインを手に持ったレミリアが口を開いた。 「…今度は、私が話さないといけないわね。霊夢にも話してない、私達吸血鬼の秘密…」 手に持ったレーヴァテインを剣の形に変える。結良もそれをただ黙って見つめ、沈黙の内に続きを催促した。 「私達吸血鬼は、生まれた瞬間に身体の中に『宝具』と呼ばれる武器を封じ込められるわ。封じ込められる前の私達は、まだあらゆる身体能力が人間と同程度だから。そして武器は必ず伝説に登場した様な超一級の武器が選定され、その子供の生まれ持った才覚に応じて決められる。そうして私達姉妹に封じられた武器が、グングニルとこのレーヴァテインだった。それぞれがそれぞれの力の源であり、生命力の原点。これを抜き取られた吸血鬼はたちまち生命力を失って、宝具に慣れきった身体は弱い生命力では賄いきれずに衰弱死する。でも、それ程までにリスクのある武器が故に、吸血鬼にとって最も火力の高い攻撃手段でもある。ま、それを使用するのが本人であればの話だけど―――」 そこで話を区切り、右手に“紛い物”のグングニルを発現するレミリア。 「“これ等”はその複製…吸血鬼であれば誰でも発現出来る可能性を持っている代わりに、その力は本物には遠く及ばない。更に、自身の宝具を出したまま戦う事も禁止されているわ。出している間は治癒能力が劇的に低下して、傷の治りが恐ろしく遅くなるから。フランが死んだのもこの為よ。私が“本物”のグングニルで心臓を貫いてしまったが為に、治りきる前に死ぬ事となった………」 「だから、吸血鬼であるフランがそうも簡単に死んでしまったのね…」 頷く。そしてグングニルを消し、レーヴァテインもいつもの黒い杖に戻してからレミリアは続きを話し始めた。 「宝具は確かに強い力を持っているわ。でも封印された本人じゃないとその本来の力を存分に扱う事は出来ないし、本人が扱えば高いリスクを背負う事になる。だから私はレーヴァテインは使っても、グングニルは使わない。それに、グングニルで何かを貫こうとすれば、確実に相手を消滅させてしまう。それはもう、戦いとは呼べないわ」 「…それは、貴女のプライド…?」 「そうよ。吸血鬼のプライドは私の誇り。私はそう考えているから……」 今度は暗い沈黙が訪れる。そしてどちらも何か言わねばと思う程になった頃、結良が何か言いかけた時に突然柚咒が解読不能の寝言を言い、二人は一度目を丸くした後に思わず噴き出した。 「何っ今の!駄目…笑いが…っ」 「全くっ…柚咒はどんな夢見てるのかしらね…っ!」 そのまま笑い続ける二人。そしてひとしきり笑うと結良が補修し終えたシャツをレミリアに渡し、そのままレミリアは就寝の準備をした。 「それじゃ、私はもう寝るわ。大変だとは思うけど、見張りお願い」 「大丈夫よ。私は疲れを感じないもの……それじゃ、お休み。レミィ」 頷くレミリア。そして赤子の様に身体を丸めるとロングコートを掛布団代わりに静かな眠りに就き、結良はそれを母親の様に目覚めるまで見守り続けた……… |
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