「必ず…帰ってくるんだ!!!」

―――ジャック―――

フリップナイトの自爆の光。機首に搭載された核爆弾の白い閃光が目の前を埋め、そこで彼―――深井零大尉の意識は途切れ、乗機FFR-41MRメイヴ―――パーソナルネーム『雪風』と共に消滅した。



はずだった。





    東方×戦闘妖精雪風



     ≪戦闘妖精東方≫

       『少女の舞う空』





「―――っ!?」
戻る筈の無い意識が戻ると同時に眼前に広がる青い空。そこがどこかを感知する前に急激に体勢の崩れた雪風の姿勢制御に神経を集中させ、零は等速水平飛行状態に雪風を安定させた後に雪風の状態を確認した。
外見に影響を与える程の損傷はカナード翼が片方脱落しているだけだが、細かい損傷を含めると数える気にならない程損傷している。加えて残弾数はミサイルゼロ、ガン残り1/6程と戦闘するには心許ない。とにかくまずは近くに友軍が居るかどうかを確認する為に零はレーダー画面を見、友軍機どころか戦闘機レベルの飛行物体の反応そのものが無いと知り、無駄かもしれないと思いつつもあらゆる周波数帯で無線に呼びかけてみた。
「こちらFAF戦術戦闘航空団特殊戦第五飛行戦隊所属1番機、深井零大尉。誰か応答してくれ。こちらB-501雪風。誰か応答してくれ」
やはり応答無し。まるで暖簾に腕押しだと零は思いながらどこか着陸できそうなところを探そうとした、その時だった。
≪―――す―――こち―――えます―――河童―――≫
「応答…?雪風、確認してくれ」
<Please wait...Confirmation>
少し待ち、確認したとFFR-41MRメイヴに搭載された超高度コンピュータ『雪風』が答え、電波の発信源を即座に特定してから零の無線周波数を合わせる。どうやら発信源は1時方向にある山の麓で、相手側の無線出力がイマイチ弱い事がよく聞こえない原因であると零は予測してメイヴを山に近付けた。相手が日本語を話していたのなら、間違いなくジャムではないと確信して。
「こちらFAF戦術戦闘航空団特殊戦第五飛行戦隊所属1番機、深井零大尉。応答しているのは誰か?」
≪え…えふえーえふ?何言ってるのかわかんないけどまぁいいや。私は河童の河城にとり。いやぁ誰か応答するとは思わなかったよ…≫
フェアリィ語が通じないのにこちらの意図が理解できるとはなと思いつつ、他に交流手段を持たない以上は致し方ないと結論付けて長年口にしなかった母国語を零は口にした。
「河城にとりだな?そこの基地には滑走路はあるか?現在本機は損傷し、燃料も尽きるのは時間の問題となっている。早急に着陸許可を」
≪かっそうろ?着陸って事はここに降りたいって事だよね?いいけど、降りられるかなぁ…≫
未だにノイズ混じりの返答を聞き、とりあえず着陸許可は下りた事を知る。だがその後の降りられる場所があるかどうかという疑問を零は雪風に訊いてみる事にした。
「深井大尉より雪風。無線電波の発信源付近に着陸できそうな場所があるかスキャンしてくれ」
<Roger...MAc ProU起動。スキャンの結果、発信源から北西約0.5mileの所に滑走路状の平地あり。整備はされておらず、慎重な着地が必要と推測される>
「深井大尉了解。これよりランディングアプローチに入る」
雪風の示したランディングコースに従って高度を落とし、正面に雪風が見つけた滑走路状の平地を捉える。確かに整備はされておらず、更に滑走路としては距離が短い為、通常の着陸では異物混入によるエンジン破壊を起こしかねない上にオーバーランの可能性が高いと零は判断し、以前日本海軍空母『アドミラル56』にて行った半垂直着陸を可能な限り緩やかに行って地上の石や砂を巻き上げない様に着陸した。
そして小一時間もしない内に何者かが雪風に近づいて来るのを感じ、零はヘルメットとマスクを付けたままキャノピーの外に視線を向けた。
「…あれがこの野戦基地の人員…?」
どう見ても少女じゃないかと零は胸の内に呟き、ついで雪風の反応を待つ。そして雪風の反応は特になかった。
しかし零にとってはそれで十分で、キャノピー操作をすると同時にバイザーを上げ、マスクを外してからシートベルトを外して立ち上がった。
「お?出てきたって、人間!?」
無線越しに聞こえた声とほぼ同じ声を最も近くに居る少女が発する。恐らく、彼女が河城にとりであろう。
「あんたが、河城にとりだな?」
「え!?あ…私が、河城にとりだよ」
零に声をかけられて恥ずかしそうに顔を赤らめる。恐らくは人見知りな性格なのだろうと思いながらも零は構わず続けた。
「此処は国連軍の野戦基地なのか?そもそもあんた達の所属は何処だ?」
「こくれん?やせんきち?所属は山の技術者集団ってところだけど…その前に一休みしていくかい?」
国連軍と野戦基地に反応を示さない。ここはそんなにも田舎なのか、それともフェアリィ星の様に全く違う世界なのかと零は思考を巡らせたが、今は彼女達の厚意に従う事にした。
普通ならもっと警戒していたであろう。だが零にとってはただこれだけの根拠で警戒の必要は無いと思うのに十分であった。

雪風が、警戒しない。




   ***



「さてと、以上がとりあえずの概要だけど…分かった?」
「ああ。とにかく、雪風は直せるんだな?」
他の構成員に案内されるがまま、とある部屋で一息ついた零は部屋に入ってきたにとりによって簡単な現状説明を受けていた。
内容としては彼女達が何者で、今居る場所が何なのか、雪風は修理可能なのかという物だったが、今の零にとっては雪風の修理が可能という情報だけで十分だった。零にとって、現状把握などどうでもよかったのだ。
「なんとかなりそうだよ。偶然にも少し前に君が乗ってたのによく似たのが墜落してきて、そのパーツがそのまま使えそうだったから。見に行くかい?」
即座に頷く零。そして今度はにとりに案内されるがままドックと思しき大空間へと零は足を運ぶ事となった。
「なんとかなりそうとは言っても、こっちも初めて見る機械だから手間取ってて…損傷個所も多いから時間はかかりそうだよ」
にとりの話をほぼスル―しながら歩く。そしてその先に雪風ととてもよく似た機影を見つけ、思わず零は声を上げそうになった。
フリップ・ナイトシステム搭載型FRX-99。機首こそ半分程損失し、搭載されていた核爆弾が消えていたが、それ以外の部分は割と好条件で発見、保存されていたらしく、ほぼ共通パーツで造られているFFR-41MRの予備パーツ及び解析用テストベッドとして活用している様だった。
「何故…フリップ・ナイトが…」
あの時、確かに全機自爆した筈と疑問に思う。だがあの時、本当にフリップ・ナイトは全機自爆したのかと自問し、それを確定付ける証拠が何一つ無く、そもそも自分がこうして生きている事自体が謎だという事に辿り着いて零は更に思考を深めたが、直後に背後から聞こえてきたにとりの声によって現実に引き戻された。
「この機体に搭載されていた光学兵装は今の君の機体に移植する予定だよ。とは言っても結構無茶させて載せるから、もし不都合があったらすぐに降ろすよ。じゃ、後は好きな様にしてて」
と言い残してにとりは雪風の修復に戻った。それに続いて零も雪風のコックピットに乗り込み、周りの技術者達の邪魔そうな視線を気にも留めずに座席に座って一息吐いた。その時に雪風のコックピット側カメラが少しだけ動いたが、どうやらいつもの零であるという事を確認したかっただけらしく、SCSとのリンク不能という文字がメインモニターに表示され続けているだけだった。
そして何日かその調子が続いた後、零の元にメイヴの修理が完了したという報告が届き、零は早速フライトスーツに着替えて雪風の待つハンガーへと向かった。しかしそこで待っていたのは雪風と―――カラーリングと細部形状こそ異なるものの―――零と同じフライトスーツを身に纏ったにとりだった。
「これからテストするんでしょ?なら私が乗らないと駄目じゃん」
という名目で、本当は雪風の後席に乗ってみたかっただけなんだろうなとにとりの喜々とした表情で零は即座に見抜き、溜息を一つ吐きながらも無言で雪風の前席に乗り、にとりが後席に乗り込むのを止めはしなかった。
エンジンコンプレッサー始動。主電源は外部接続のまま既に起動中で、電源ケーブルはいつでも自力切り離し可能。エンジン排気によるハンガーへの損傷の可能性は低いと雪風はみなし、零は圧縮空気しか吐き出していなかったエンジンへフュエル(燃料)を送り込んでジェットエンジン用点火プラグのスイッチを入れた。
ガスタービンエンジン特有の甲高いエンジン始動音が響き渡り、定常状態になるのを確認してからスロットルレバー側にあるギアブレーキを解除して機体をゆっくりと前進させる。そしてそのまま真っ直ぐに急造された滑走路の手前で機体を一度止め、カナード翼やエレベータ、主翼の可動テストをいつもの様にこなしてから良い技師達だと胸の内に思い、先日説明された事を思い出して無線に呼びかけた。
「管制室。こちらB-501雪風。これよりトライアルフライトの為離陸する」
≪管制室了解しました。雪風、離陸を許可します≫
「B-501了解。テイクオフ」
男の河童技師の声が離陸許可を出し、それを確認してからスロットルレバーを全開にしてアフターバーナーに点火して離陸を開始した。
イマイチ短い滑走路の端ギリギリで機体が完全に浮き、急上昇を開始する。そろそろ夕焼けを迎えようとしている空に雪風が舞い戻り、その時の一挙動の度に後席のにとりが声を上げていたが、それが呻き声なのか興奮から来る叫び声なのかは判断が付かなかった。


「オーケー。零、テストフライト終了だよ」
夕焼けの空をにとりに従って飛び回り、時折搭乗者の意識が遠のきかける程の高G旋回を行ったりもしたが、後席のにとりはすぐにいつもの調子に戻った様で、どうやら妖怪とやらは人間より耐G性能が高い様だなと零は思い、システム軍団とのダクトの際に乗り込んできたフォス大尉とは大違いだなとどうでもいい事も思った。
「それじゃ、そろそろ帰ろう。早くしないと夜になっちゃうしさ」
「了解。管制室、こちらB-501。RTB」
≪管制室、了解≫
スティックを引いて雪風を反転させ、帰還コースに入る。そしてライフカプセル内部のホロスフィアから見える湖と紅い館を横目に少しだけ眺めてから、ここは戦いとは無縁の地らしいなと零は思い、脳裏にジャミーズの姿が過ぎった、その時だった。
<CAUTION/Radar detection/IFF Unknown>
レーダーで何かを発見した。IFF応答無し。警戒せよと雪風がMAc ProUを介さずにモニターに表示する。それと同時に警戒アラームがコックピット内に鳴り響き、後席のにとりが何事かと声を発した。
「ななな何だ!?何が起こったんだ!?」
「河城技師、何かがこちらに向かってきている。何か心当たりは無いか?」
にとりに話しかけながら周りを警戒する。空間受動レーダーは機体後方に何かの空間反応があると示していたが、ジャムとも異なる空間反応で零は戸惑っていた。
「ここ幻想郷じゃ皆飛べて当たり前だけど、そんなんじゃないんだろう?」
「後方から何かが来ている。明らかに人間の使っている物ではない。もうすぐ接触する」
零の宣言の数秒の後、メイヴの後方からレーダーの示す何かが飛び去る。そしてその姿を見て零は思わず叫んでいた。
「あれは…ジャムだ!」
零の叫びに合わせる様に雪風がオートでマスターアームをオンにする。零が見た影。それは彼が今までフェアリィで幾度と無く戦ってきた謎の異星体ジャムその物であり、一瞬だけ見えた姿はFAFがタイプ1と呼称している戦闘機モデルだった。だがマスターアームをオンにしておきながらも雪風は彼等を不明機としか認識しておらず、零は撃つべきかどうか迷ったが、即座にロックオンアラートが鳴り響いて脊髄反射的にスティックを倒した。
「ひゅい!?」
「エンゲージ!不明機を敵と断定、撃墜する」
零の宣言に雪風がまるで戸惑っているかの様な一瞬の間を置いてからIFF反応をUnknownからEnemyに切り替える。そして確認出来た三機のタイプ1が編隊を解き、一機が背を向けたまま雪風から遠ざかろうと飛行を続けているのを見て零は迷わずエンジン出力を上げて後ろに喰い付いた。
「待って零!囮かもしれないよ!」
「奴は…誘っているんだ…!行け!」
スティックを操作して雪風を追尾中の敵の後方に付ける。当然相手はそれを振り解こうとループやインメルマンターンを繰り返していたがメイヴの機動性の前には無意味だった。
「B-501シーカーオープン。レーザーシステム…発射」
兵装切り替えで呼び出したレーザーシステムが敵をロックオンし、ミサイル発射ボタンに連動されたレーザー照射が行われる。当然レーザーは照射と同時に敵に直撃したが、出力が足りていないのか一撃では撃墜できなかった。
「河城技師、レーザーについてだが…」
「ああ。まさかいきなり戦闘になるとは思ってなかったから、レーザーはまだ出力調整中だよ!発射可能回数は確か二十回!それで何とかなる!?」
二射目を敵に直撃させ、今度こそ撃墜出来た事を確認してから零は今は十分だと思った。
発射可能回数は二十回。今回は出力調整中の為に一機当たり二発使わなければならないが、後二機なら最低四発で残りの片が付く。瞬間的にそう計算すると、零は鳴り響くミサイルアラートに後ろを見せ続け過ぎたかと内心舌打ちしてから回避行動に入った。
レーダーで見えるミサイルの彼我距離と相対速度から加速に任せた振り切りは不可能と判断し、敢えてある程度距離を詰めてから対ジャムミサイル用フレアを投下して高G旋回する。そして対ジャムミサイル用に自爆機能を持たせたフレアが相手ミサイルを巻き込んで爆発し、一瞬だけヘッドオンした敵を見逃さず零はレーザーを発射して手傷を負わせた。だがミサイルアラートは鳴り止まず、別口からのミサイルだと判断して彼我距離を確認し、もうかなり接近している事を確認してからホップアップ機動を行ってミサイルを失探させた。だがそれを見越していたかの様に二機の敵は挟み込む形で雪風に迫り、どちらか片方のミサイルで撃墜可能な状態を作りだしていた。
「や、やばい!」
にとりの声が耳に響く。だが零は冷静なままレーザーを正面の敵に発射し、更に撃墜出来なかった時の事を考えてあらかじめガンを数十発程ばら撒いていた。そしてその目論見は的中し、敵はレーザーのみで撃墜出来たものの、その瞬間に放たれたミサイルをばら撒いておいた機銃弾が撃墜した。だが背後から迫るミサイルに反応出来ている訳では無く、その瞬間にミサイルは回避不能な距離にまで接近していた。だが…雪風がI have controlと表示する前に何かによってミサイルが爆発し、直後の雪風の機動によってクルビットを行ったメイヴからレーザーと機銃弾が同時に撃たれ、背後の敵を即座に撃墜してから元の姿勢に戻ってYou have controlと表示された。
「ひゅい〜…何なんだよーぅ…」
「今のは…一体…?」
雪風に操縦権を奪われる前に起きたミサイルの爆発を思い出して呟く。確かにあの時はまだ雪風は操縦していなかった。そして自分でもミサイル防御をしていた訳でも無い。では何がミサイルを撃墜したのかと思っているとレーダーが何かを捉え、機体左側にその正体が並行飛行していた。そして、その正体は―――

―――背中から一対の黒い翼を生やした、一人の少女だった。











                              MISSION CMPL...



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