博麗神社に住まう巫女、博麗霊夢は珍しく仕事に追われていた。 ここ最近、博麗大結界に穴が開き、そこから外の世界の物が流れ着いたり、逆に幻想郷の妖怪や人間がそこから吸い出されるという事件が毎日立て続けに起きているのだ。 「もう、何でこんなに穴が開きやすいのかしら…?」 紅魔館上空を飛びながら愚痴をこぼす霊夢。しかし、博麗大結界に穴が開く原因は不明だが、霊夢は大方の犯人の予測をつけていた。 「また紫が何かしでかしてるのね…マヨヒガに寄って真相を聞き出さなきゃ。」 大結界の修復途中、霊夢は帰りにマヨヒガに寄って紫に話を聞く事に決めた。 真っ直ぐマヨヒガを目指す霊夢。 「全く、式神にも紫の怠けっぷりがうつったのかしら?」 そんなことをぼやきながら暫く飛ぶと、マヨヒガに到着した。いや、正確にはマヨヒガではなく… 「…何よ…これ…」 かつてマヨヒガのあった、ただの荒野だった。 「……」 唾を飲み込む。と同時に、今回の博麗大結界の事件がただの事件ではなく、もしかしたら幻想郷の存在そのものを巡る異変である事も悟った。 「…とりあえずは知り合いに訊き回るしか無いわね…」 そこは博麗の巫女、すぐさま現在行える最善の手段を思案すると、すぐに魔法の森へと向かった。 『東方結壊抄 〜Sorrow boundary〜』 霊夢が向かったのは魔法の森にある霧雨魔法店だった。 そこの店主である霧雨魔理沙は、霊夢がまだ正式に博麗の巫女になる前、幼名:靈夢の時からの知り合いである。 「魔理沙ー!入るわよー!」 勢い良く霧雨魔法店の扉を開ける。 その音と霊夢の声に気付いたのか、魔理沙が店の奥から出てきた。 「あ〜霊夢か。珍しいな、こんなとこに来るなんて」 久方ぶりの霊夢の訪問に疑問を抱く魔理沙。 「あんたが店に居る方が珍しいわよ」 じゃあ何故真っ直ぐ此処に来たのだろう? 「と、そんなのはどうでもいいんだった。実はあんたに相談したい事があるのよ」 その言葉を皮切りに、霊夢は今回の異変について話を始めた。博麗大結界の穴、荒野となったマヨヒガ…最初は怪訝な顔をしていた魔理沙だったが、段々霊夢の言わんとしている事が読めて来ると、 「つまり、私も異変解決に乗ってくれと?」 待ってましたと言わんばかりの笑顔で霊夢に聞いた。 「その通り。まだ真相どころか、手がかりすら見つかっていないから、まずは紫の居場所を色んなのに聞いて回ろうと思うの」 「上手く行けば、真相に辿り着くかもしれないって訳だな?」 「その通り、地味だけど確実だしね。とりあえず、まずはアリス辺りに聞いてみましょ」 異変解決のライバルであり強力な助っ人、魔理沙を引き連れて霊夢は同じ魔法の森にある人形師の家へと向かった。 しかし、中々霊夢の予想通りにはならなかった。 人形師の家、香霖堂、紅魔館、妖怪の山、守矢神社、向日葵畑、彼岸、果ては冥界まで聞いて回ったが、紫に関する情報は何一つ手に入らなかった。 それどころか、霊夢達の話を聞いて初めて知ったと言う者も多数居た。 夕焼けを背に冥界から降りてくる二人。 「以外と皆、紫達の事なんてどうでもいいのね。幻想郷を作ったのは紫なのに」 「そう言うお前は心配してるのかよ?」 「全然」 じゃあさっきの台詞はなんだ。 二人は空中で滞空しながら、 「とりあえずもう一度マヨヒガに行きましょ。情報を洗い直さないと」 という霊夢の提案で、二人はマヨヒガへと向かった。 その道中… 「ん?…おい霊夢!あれ!」 「…あ!」 二人は核心を知る者を見つけた。 二人が見つけたのはマヨヒガへ向かっている妖獣、八雲藍であった。 「…手掛かりどころか、目標発見ね」 「だな、とりあえず話を聞こうぜ」 意見が一致したところで二人は藍の元へと向かう。 「おーい!藍!」 魔理沙が呼びかけ、藍もそれに応える様に振り向いた…が、霊夢の姿を確認するや否や瞬時に目付きを変え、 「行きなさい、橙」 何処からか彼女の式神である橙を呼び出し、二人に攻撃するよう命令した。 「なっ!?」 不意打ちを辛うじでかわす二人。 「なんのつもり!?藍!橙!」 霊夢が呼びかける。しかし式神二人はそれに答える事無く、ただ橙が突っ込んで来るだけだった。 「藍様の邪魔はさせない![晴明大紋]!」 橙がスペルカードを発動し、辺り一面が弾幕で覆われる。 「くっ!」 ギリギリのところでかわす霊夢。 「魔理沙!」 「分かってる!」 霊夢より脚の速さに自信のある魔理沙が側面から橙に肉薄する。 「このっ!」 橙が弾幕を魔理沙に向ける。魔理沙はそれを素早くバレルロールでかわし、スペルカードで応戦した。 「[ノンディクショナルレーザー]!」 魔理沙のスペルカードで橙の注意が霊夢から外れる。その隙を突き、霊夢に藍を追う様に促した。 「霊夢今だ!藍を追え!」 「分かった!また!」 魔理沙のその言葉を受け、霊夢は迷う事無く藍の後を追った。 「藍!待ちなさい!」 霊夢が藍を追う。しかし、藍は容赦無くスペルカードを発動した。 「[四面楚歌チャーミング]!」 藍に追いつく為にスピードを落とさないようギリギリでかわす霊夢。 「行け!パスウェイジョンニードル!」 霊夢が弾速の速い針を投げる。藍はそれを素早くかわし、二〜三回回転して弾幕を形成した。 藍の攻撃が側面から迫り、更にスペルカードを発動した。 「[仙孤思念]!」 「っ!しまった!」 あっという間に霊夢の周りが藍から発せられた弾幕で埋まる。逃げ場は無い。 「終わりです、博麗霊夢」 その言葉と同時に霊夢を覆っていた弾幕が隙間を全て埋めた。 「ふぅ…」 勝ちを確信する藍。だが、 「…!?」 弾幕の消えた空間にあったのは、一枚のカードだった。 「何!?…まさか!」 藍が気付いた頃には時既に遅く、彼女の背後には亜空穴から出てきた霊夢が迫っていた。 「霊符[夢想封印]!」 「しま…」 藍が回避に移るより早く、夢想封印の光弾が藍を捉えた。そして幾つかの激しい爆発がした後、傷だらけになった藍が姿を表した。 「さあ、白状して貰うわよ。紫は何処?」 霊夢が藍を尋問する。尋問に藍は呆気無く口を開いた。 「紫様なら、外の世界に居るよ」 「外の世界?」 「そう。紫様は幻想郷を抜け出し、ある事を成し遂げようとしておられるんだ」 「そのある事って何!?」 霊夢が藍に詰め寄り、胸倉を掴む。 「これ以上の事は私の口からは言えないな。紫様の居場所は吐いたし、これ以上は私も知らないからな」 「…そう」 霊夢は諦めたかの様に手を放し、 「紫は外の世界なのね…藍、それじゃあね」 興味を無くしたかの様に、いつもの勘に従って博麗大結界の境へと向かった。 「紫様…私は、貴女の『ラン』には、なれませんでした…」 誰も居なくなった空間、藍は主への謝罪を一人静かに呟いた。 高層ビルの屋上、幻想郷では見ることの出来ない建築物の上に八雲紫は居た。 「…もうすぐよ…もうすぐで…貴方達を…」 下界を見下ろしながら呟く紫、そこへ幻想郷から紫を追ってきた霊夢が飛んできた。 「紫!」 紫から幾らか距離を取って屋上に降りる霊夢。紫も霊夢の方へと向き直った。 「霊夢…よくここまで辿り着けたわね」 「藍を掴まえて白状させたわ。紫、あんた一体何をする気なの?」 霊夢の言葉に紫は何かを思案する様に一度目を閉じ、ゆっくりと開いてから答えた。 「…復讐、とでも言ったところかしらね…現代では妖怪は次々と忘れ去られていく、私達妖怪はそれに抗う事も出来ない。ならいっそ、世界全てを幻想郷にし、今度は私達妖怪が人間を忘れてやろうと思ったのよ」 紫の言葉に霊夢は無意識に手を強く握った。 「…本気で…言ってるの?」 「…ええ…」 霊夢が一瞬で御札を投げる。それを認めた紫は瞬時にスキマを二つ展開した。 御札は片方のスキマに吸い込まれ、即座にもう片方のスキマから飛び出した。ギリギリでかわす霊夢。右の頬に、生暖かい物が流れるのが分かった。 「紫…私はあんたを、只の妖怪じゃないと思ってた…けど、今のあんたは人間の血に飢えた只の妖怪と同じよ!」 霊夢が右手に神道を、左手に御札を構える。その目に迷いは無い。 「スキマ妖怪八雲紫!博麗の巫女、博麗霊夢の名において、あんたを退治する!」 「出来るかしら?此処は幻想郷じゃない、私は本気で貴女を殺そうとしても…」 紫が言葉を紡ぎきる前に霊夢は大量の御札を紫へ向け投げた。スキマを使ってかわす紫、しかし御札の半分は急激に角度を変え、真っ直ぐ紫に向かっていった。 「ふぅん…成る程ね…」 紫は即座にスキマを展開し、それら全てを飲み込んだ後、新しいスキマを展開して吐き出した。 霊夢に向かって殺到する御札。霊夢はそれをギリギリまで引き付けると当たる寸前で身を引いてかわした。 霊夢を追尾仕切れなかった御札がビルの屋上に突き刺さる。 「どうしたの?威勢良く私を退治すると言っておきながら、随分とシケた攻撃じゃない?」 紫の居る空へと目線を上げる霊夢。 「あんたに下手な攻撃しても何の意味も無いのは知ってるからね」 「無駄な攻撃をするよりは相手の出方を見た方がマシか…でも、そんな悠長に隙を見せるまで戦う気は無いわ」 紫が新しいスキマを展開する。一寸五分近い穴の開いた筒が顔を覗かせた。 「知ってる?こっちの武器はとっても便利なのよ?」 言うが早いか、その筒から何かが射出されたかと思った瞬間、霊夢の目の前で爆発が起きた。 「只人間を殺す事に特化している。自分も人間なのにね」 煙が晴れる。現れた霊夢の姿は、藍との戦闘や今の攻撃で既にボロボロだった。 「さて…次は当てるわ」 紫が更にスキマを展開する。 対する霊夢は自分の状況と相手の攻撃を瞬時に分析し、ある一つの結論を導き出していた。それは… 「なら私から行くわよ、神霊[夢想封印・集]!」 可能な限り素早く紫を仕留める事だった。霊夢の袖口から光弾が飛び出す。 「させるとでも?」 紫が先程の爆発物を撃ち出す。今度は五つの爆発が起きたが、霊夢はそれを利用して夢想封印より速く紫に向けて飛翔した。 「行け!夢符[封魔陣]!」 霊夢の左手から赤い一筋の光が走り、それを中心として赤い光が辺り一面を覆った。 スキマによる瞬間移動は意味が無いと判断した紫は自信の周りをスキマで覆って対処したが、あろうことか新たに展開したスキマの中へ、霊夢が勢い良く飛び込んできた。 「何をする気!?霊夢!」 霊夢の予想だにしない行動に狼狽える紫。スキマの中では霊夢が紫の位置を確認していた。 「…ここだ!境界[二重弾幕結界]!」 霊夢の手から二つの赤い四角の結界が現れて紫の境界と干渉し合い、更にばら撒かれた弾幕が所構わず飛び交って境界に衝突した。 「っ…やあああぁぁぁ!」 更に霊力を流し込む霊夢。すると目の前に握り拳大の風穴が出来、そこから紫の顔を見ることが出来た。 「そんな…」 呆然とする紫を見る前に霊夢は風穴へと右手を突っ込み、詠唱した。 「博麗に秘めし力よ、その全ての力を解き放て![夢想天生]!」 その瞬間、霊夢の周りに七つの陰陽球が現れてから霊夢の右袖の中へと吸い込まれ、それに呼応するように霊夢の袖口から夢想封印とは比べ物にならない量の光が飛び出した。 八雲紫は超人的な頭脳の持ち主である。 故に現在の自らの状況を分析して、自分の敗けが確定した事を悟った。 このまま居続ければ夢想天生を受け、外に出れば封魔陣で動きを止められてから夢想封印を食らう。スキマの中に逃げようにも二重弾幕結界が干渉して上手く使えない上に、ばら撒かれた弾幕を逃げ込んだ瞬間に受ける可能性が高い。 それら全てを悟った時、既に紫は夢想天生の光に呑まれていた。 外に展開させていた夢想封印が起こした爆煙の中、霊夢はその爆発に巻き込まれる前にスキマから脱出する事に成功した。 ビルの屋上に降り立ち、慣性に従って身を滑らせる。しかし、脱出には成功したが彼女の左腕はスキマからの脱出の際に酷使した為骨折していた。 「…流石にこれは不味いわね…」 痛みに左腕を押さえる霊夢。そこでまだ紫の状態を確認していない事に気付く。 「…紫は…?」 夢想封印の爆煙の中に視線を向ける。そこには、夢想天生を受けた紫が今にも倒れそうに浮いていた。 「紫…」 「……だよ…」 傷だらけの紫が再びスキマを大量に展開した。 「…まだよ…!」 スキマから様々な物が飛び出し、霊夢を襲う。 「っ!…紫、もう勝負はついたわ!」 飛び退く霊夢。しかしスキマはしつこく霊夢を狙った。 「まだよ!まだ、私は負ける訳にはいかないの!」 「紫!」 紫が宣言せずにスペルカード、[中毒性のあるエサ]を発動する。すると何処からか高速で弾が霊夢に向かって飛び込み、同時にその軌道から新たなスキマが展開された。 本体とスキマ、両方からの攻撃をどうにか掻い潜る霊夢。 「まだ、私は負けられないの!この願いを叶えるまで、私は!」 紫が畳み掛ける様に弾幕や様々な物を霊夢に殺到させる。しかし… 「…っ!」 霊夢が神道を構え、何かを切り裂く様に振るった。そしてその瞬間、辺りを覆っていた弾幕やスキマ目掛けて赤黒い閃光が走り、次の瞬間には全てを切り裂いていた。 「っ!?そんな!」 初めて見る攻撃に紫が動揺する。その隙に霊夢は紫に肉薄するが、させまいと紫がスペルカード[永夜四重結界]を発動した。だが… 「目を覚ましなさい!紫!神霊[夢想封印・瞬]!」 空中でロール運動を行うと同時に袖口から再び光弾が飛び出す。しかしその光弾は以前見た夢想封印・瞬とは違い、赤黒い光を放っていた。 夢想封印と永夜四重結界が干渉し合う。しかしあまりの霊力の大きさに永夜四重結界は夢想封印を防ぎ切れずに崩壊した。 紫に殺到する夢想封印の光。ならばと紫は四重結界を張り、それらが干渉している間にその場から退避した。 スキマを使って別のビルの屋上へと移動した紫。しかし夢想天生を受け、更に二種類の四重結界を立て続けに使用した為、彼女の妖力はかなり消耗していた。 「はぁ…はぁ…何よ、今の…?」 思わず疑問が零れる。しかし同時に霊夢の姿が見えない事にも気付いた。 「何処に行ったの、霊夢!?」 「これで最後よ!」 上空彼方から霊夢が凄まじい速度で降りてくる。その右手には太陽と見紛う程の巨大な真紅の光弾が形成されていた。 「いい加減目を覚ませ!紫!力符[陰陽王将]!」 「私の邪魔はさせないわ!霊夢![ラプラスの魔]!」 霊夢が光弾を投げつける。紫はその光弾を防ぐ様にスキマを出し、更に自身もレーザー状の弾幕を形成した。光弾にレーザーが吸い込まれ、スキマがその進路を妨害する。しかし、光弾はまるでスキマの影響を受けていないかの様に紫に向けて落ちていった。 眼前に迫る巨大な光弾。既に満身創痍だった紫はそれを避ける事が出来ずに光弾の中へと飲み込まれていった。 止めと言わんばかりに光弾が弾ける。真紅の光弾が爆発する様に拡散して消え、後には紫だけが残された。 力無く落ちていく紫。それを確認した霊夢は素早く紫の元へと飛び、紫の体がビルの屋上に叩き付けられる前に抱き止めた。 「紫…なんで、そこまで…」 霊夢が紫に尋ねる。その答えは、霊夢の予想とは幾分か違っていた。 「…助け…たかった…」 紫がゆっくりと口を開く。 「…助けたかった、今も現代で苦しんでいる妖怪達を…どうしても、助けたかった…!」 「どういう事…?」 「…古い、古い話になるわ…」 私がまだ幼かった頃、一匹の妖怪狐が居たの。その子の名は「蘭」と言って、九つの尻尾を持っていたわ。 男の子で、私達はいつも一緒に居て、まるで本当の姉弟みたいだった。蘭は私の言う事なら渋々ながらでも何でも聞いてくれて、私の頼みを破った事なんて一度も無かった。それは互いが男女として身体の事を気にしだしてからも変わらなかった。 ところが、幻想郷を作る時、私は蘭に周囲の警戒と守備を任せていた。でも幻想郷を作る事を否定する奴等の攻撃は予想以上で、当時の博麗神主、博麗陣右ェ之介は博麗大結界の完成を急いでいたわ。 私はまだ待ってと懇願した。蘭が戻ってくるまで待ってと…でも、もう限界だった。 陣右ェ之介は博麗大結界の完成を強行して、幾らかの妖怪や神達を置き去りにしたわ。当然、その中に蘭も…。 「蘭はその後、現代に馴染めずに消えてしまったと聞いたわ。蘭の最期に立ち会った妖怪からね」 「…復讐なんて、どうでもよかったのね、あんた」 紫が半ば自嘲気味に笑う。 「ええ…本当は、あの子の悲劇を繰り返させたく無かっただけ。それでも、今回の異変を起こしたのは私よ。さあ霊夢、私に処罰を下しなさい…」 霊夢は少しだけ目を閉じ、一呼吸置いた後、スキマ妖怪に処罰を下した。 「スキマ妖怪八雲紫。あんたに処罰を下す。一つ、損傷した博麗大結界の修復。一つ…」 ここで霊夢はもう一度一呼吸置いた。 「外の世界に存在している、妖怪の幻想郷入りの永劫手引き」 その瞬間、霊夢の言葉に紫は目を見開いた。 「…本当に、いいの?」 「ただし、博麗はこの処罰には一切関与出来ない。全てはあんたが責任を取ること、いいわね」 冷たい喋り方で確認する霊夢。しかしその目にははっきりと優しさが浮かんでいて、紫は涙を流しながら返事をしていた。 外の世界から帰ってきた霊夢の体は、左腕の骨折や無数の擦り傷、切傷からの出血等でボロボロたった為、即刻永遠亭の厄介になることと相成った。 ベッドの隣に腰かけている魔理沙が口を開く。 「で、結局犯人は紫だった訳だ」 「そ。外の世界を全て幻想郷にしたかったらしいわ」 ベッドの上の霊夢が答える。その姿は固定器具や包帯、絆創膏等が所狭しと貼られ、文字通りの満身創痍だった。 「外の世界を全部ねぇ…とんでもない事をするもんだ」 「あら、これでも妖怪としての常識は外れて無くてよ」 霊夢と魔理沙が会話をしている最中、紫が突然スキマから現れ会話に介入した。正直、心臓に悪い。 「魔理沙、ちょっと席を外してくれない?」 しかし霊夢はそれには動じず、紫の姿を確認すると魔理沙に部屋から出て行くように促した。魔理沙も霊夢の言葉から何かを感じたのか、無言で部屋から出て行った。 病室に霊夢と紫の二人が残され、静寂が二人の間に流れる。その静寂を先に破ったのは、霊夢だった。 「…紫、あんたに幾つか聞きたい事があるわ」 霊夢の真剣な口調に紫も顔から笑みを消す。 「まず、どうやって幻想郷を拡大しようとしたの?それにマヨヒガはどうしたの?」 紫がゆっくりと口を開く。 「原理としては簡単よ。まず私の境界術で外の世界全てを覆い、ある程度幻想郷に近い環境を作り出す。次に博麗大結界の力を流用して境界術をより強固な物にする。博麗大結界に穴が空いたのはこの為よ。最後に博麗大結界を消し去って、私の八雲式結界で覆いきれば完成。貴女はこの計画の第二段階終盤で私を止めたのよ。マヨヒガは、穴が空いた時に一緒に外に放り出されただけ。今はもう元に戻ってるわ」 一時的に二人が無言になる。 「次、あんたは幻想郷を作ったのは当時の博麗神主だって言ったけど、これは阿求の幻想郷縁起と食い違うわ。これはどういう事なの?」 扇子を広げる紫。 「何の事は無いわ。事実を少し捻じ曲げただけ」 「どうして?」 広げていた扇子を下ろし、紫が顔を伏せる。 「さあ、多分蘭に対しての贖罪のつもりでしょうね」 「…最後、どうして今になって異変を起こしたの?」 今度は霊夢が顔を伏せる。リボンで縛られていない彼女の黒く長い髪が、右頬に張られた絆創膏に触れた。 「それも分からないわね。貴女相手なら勝てると思ってたからじゃないかしら?」 違う、と霊夢は思った。 紫は恐らく…本当は止めて欲しかったのだろう。でなければ幻想郷を心から愛している妖怪が、そうそう幻想郷をどうにかしようとするのはおかしい、と。 「…そう」 しかし、霊夢はそれを口にはしなかった。紫が扇子を閉じる。 「質問は終わり?なら私は帰るわね」 「あ、一つ忘れてた」 スキマを開いて部屋から出て行こうとした紫を霊夢が引き留める。 「その内、蘭の消えた場所に案内してよね。まだその場に留まってたら可哀そうだから」 垂れた髪をかき上げながら言う霊夢、紫は霊夢のその言葉を聞いて一度目を見開き、 「そう、ね…そうするわ」 と答えてからスキマの中へと消えていった。 誰も居なくなった部屋で霊夢は考える。 これで本当に良かったのか?紫の言っていた事はある意味正しい。今も妖怪に限らず、外の世界で苦しんでいる存在が居る。早苗達がいい例だ。彼女達は外の世界に居場所を見つけられずに幻想入りを果たした。そういった存在がまだ幾らでも居る。それに幻想郷の敷地自体にも限界がある。その時は遠くない未来に必ずやってくる。やはり幻想郷その物を広くした方がいいのでは? しかし、とも霊夢は思う。 「お、紫は帰ったか?」 幻想郷をどうするよりも、幻想郷の友人達と、もう少し遊んでいたいと…。 「あれ?紫様、それは?」 「これ?偶然箪笥の奥から見つけたのよ」 微笑みながら答える紫。そう言う彼女の手には、裏に[紫 蘭]と彫られた、元は狐の形をしていたであろう朽ち果てた木片が握られていた。 |
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