「門倉。アナタ、今日からバイトやめなさい」 「……、はい?」 全ては岡崎教授の、そんなセリフから始まった。 「えっと……要するにまとめると、念のために作った発明品の予備が余ってしまってそのままお蔵入りするのももったいないから、データ集めがてらついでにモニターをして欲しいのでバイト代を出す代わりにそれを俺にやってくれと、そういう事ですか」 「ええまあ、だいたいそんな感じね」 「岡崎教授。アンタねえ……」 「? なによ?」 講義が終わって今日はゼミもないから、バイトまで家に帰って一眠りしようとしていた矢先にこれだ。相手の都合を全く考えないその傍若無人っぷりに、さすがの甲斐も少々呆れてしまう。 「……。いや、やっぱいいです。教授にコミュニケーション能力を少しでも期待した俺がアホでした」 「ほっほう、言うわねえ門倉甲斐くん。せっかくあなたの状況を加味して給料は月20万にしてあげようと思ってたのに……そういう事言うなら、少し下げちゃおっかなー」 「――はあ!? 月給20万っ? 教授アンタ、やっぱりバカですか!? 普通バイトなんて掛け持ちしてせいぜい一〇万超ですよ! 確かに未発表の発明品のモニターって聞けば多少給料が高いのは分かりますけど、それにしたって月二〇万って、大学生の平均初任給も超えてるじゃないですか!」 「な、なにさ……じゃあ、いらないの?」 甲斐の勢いに負けて若干身を引きながら岡崎教授がそう口にすると、甲斐はそれまでの驚きの表情がまるで嘘のように平静な表情に戻って首を横に振った。 「いえ。くれるって言うんならありがたく頂戴します」 「……いつもなんだかんだと言ってくれちゃってるけど、門倉もたいがいよね、ホント。ていうかそもそも、モニターする発明品の詳細も聞かないでそんな安請け合いしちゃっていいわけ?」 「かまいませんよ、別に。基本的に岡崎教授の作るものは仕様はぶっ飛んでることが多いけど不良品はないから使い方さえ間違えなきゃ危険はないだろうし、まさか俺に武器やら危険物やらの試用は頼まないでしょうからね」 甲斐が問題ないと頷いて了承の言葉を口にすると、その瞬間岡崎教授はプイッと顔を横に背けて、 「――ふん、まあいいわ。門倉に頼みたいモノは研究室にあるから、さっさと行って説明するわよ」 と言って甲斐の反応もまたずに言葉通りさっさと歩き出してしまう。 「……? って教授、俺置いてってどうする気ですか。ちょっと待ってくださいよ」 そして甲斐も岡崎教授のその様子に一度訝しげに首をかしげてから、その背中が完全に見えなくなってしまう前に小走りで追いかけ始めるのだった。 「ちゆり、いる? ……ちょっと、ちゆり?」 研究室についてすぐ、自分の助手の姿を探す岡崎教授。しかしいくら声をかけても一向にちゆりからの返事は来ず、その姿も見えない。どうやら彼女はどこかへ出て行ってしまっているようだ。 「全く……この天才、岡崎夢美の助手なら時空間くらい越えてどんな時でも私の要望に答えるくらいはしなさいよね、使えないなあ」 (……またこの人は、無茶苦茶言ってるなあ) おいおいと一瞬苦笑を浮かべながら、甲斐も彼女に続いて研究室の中に入った。 「しょうがないなあ。それじゃあ門倉、ここは無能な助手に変わってこの私が直々に説明してあげるから、着いて来なさい」 「了解です」 コクリと頷き、紙束やらなにやらが散らばっている雑多なその部屋から奥の扉へと歩いて行く。そして直ぐに目に入ったのは、訳のわからない機械だらけの、学校の体育館くらいはある広さの部屋だった。 「――」 甲斐はパチリと目を瞬かせて、思わず無言で岡崎教授を見る。 確かに岡崎教授は天才だ。が、しかし教授は博士号を取って以降、世間には全く評価されていないのが現状なのである。その彼女のために、大学がこれほどの設備や部屋を割り当てるとは、到底思えることではなかった。 ……と言うかそれ以前に、外から見た部屋の大きさをこの部屋は明らかに超えているのだが、これは一体全体どういうことなのだろうか。 すると彼女はその視線で甲斐の疑問を察したのか、自慢気に胸を反らせてこの状況の説明をしはじめた。 「ふふん、この部屋はそこにある『おばあちゃんの知恵袋シリーズ第五号、らくらく空間上手くん』の機能で、本来の大きさ以上に広げてあるのよ。このらくらく空間上手くんは、指定範囲内の空間の拡張が出来る機械なの。どう? すごいでしょ」 「いや、たしかに凄い……というかとんでもないけど、物理学者が気軽に物理法則超えんなよ」 思わず敬語を忘れて素の口調で突っ込んでしまう甲斐に対して、岡崎教授はチッチッチと指を振ってにやりと唇を吊り上げた。 「何を言ってるのよ大学生。これはきちんと物理法則に則って、工学的に作ったものよ? まだまだこれくらいで驚いてもらっちゃ困るわね。こんなのは今作ってる『可能性空間移動船』のついでに片手まで作った、ただの試作品の一つだし」 もうなんか、岡崎教授は『魔法』『魔力』の研究の前に、先にこれを学会に提出すればそれでいいんじゃないかな。 「いやよそんなの。つまらないし、悔しいじゃない。あの論文にはなんの間違いもなかったのに、頭の硬い懐古主義の老人どものせいで認められないだなんて、冗談じゃないわ。絶対にアイツらには完膚なきまでに確定的な『魔力』の存在証明を突きつけて、見返してやるんだから」 できれば口に出してないのに心を読むのはやめて欲しいと思ったが、もうこの人には何を言っても手遅れなのだと理解した甲斐は適当に教授の言葉と現状を流して、 「それで、俺にモニターを頼みたい物ってのはどれなんですか?」 と話をすすめることにした。 すると岡崎教授は「むっ……」と呟きを漏らして一瞬唇を尖らせたが、すぐに「こっちよ、着いて来て」と言ってひょいひょいと床に転がってるよく分からない機械を避けながら奥へと進んでいく。 甲斐もそれに続いて慎重に物を避けながら歩いて行くと、何やらその先に薄ぼんやりと光っている二メートルほどの高さのカプセルが3つ並んでいるのが見えてきて、教授がその前で止まったのでその横に立ちそれを見上げた。 「これは……」 「これが今回、門倉に頼みたいって言ったものよ。どうかしら?」 そこにあったのは、よく分からない緑色の半透明の液体の中に浮かんでいる、美しい裸身の少女の姿だった。それを見た瞬間甲斐は腕を組んで胸を逸らしながら横に立っていた岡崎教授の肩をぽんと叩き、目を瞑って小さく首を横に振った。 「? 何よこの手は?」 「岡崎教授……アンタついにやっちまったんですね」 「……は?」 その言葉の意味が分からず口をぽかんと開けたままの岡崎教授に甲斐は続けて、 「まさか研究材料に生きた人間をそのまま使うだなんて……確かに教授はマッドサイエンティストだしいっつもやることなすこと無茶苦茶だったから、いつかはなにかやらかすんじゃないかとは思ってたけど、いきなりこんな事をするとは思ってもいませんでした」 「は、はあ!? な、んなわけあるか! 門倉アンタ、なにいってんの!?」 「ダメですよ岡崎教授、誤魔化しちゃ。これ、ちゆりさんは知ってるんですか? いや、教授のやってることをあの人が知らないわけないか。……大丈夫です。俺がちゃんと警察まではつきそってあげますから、きちんと二人で罪を償ってきてください。臭い飯でもたっぷり食って、ついでに常識でも身につけてくれると個人的には嬉しいですね」 「……そう。とりあえず、門倉が私のことをどう思っていたのかはよぉく分かったわ……」 半目でこちらを睨みつけてくる教授にあははと軽く笑い声を上げた後、「冗談だって、わかってますから」と笑い返して甲斐はもう一度口を開いた。 「っで、ホントにどこの人をさらってきたんですか? なんにせよちゃんと家に返してやらないとダメですよ、岡崎教授」 「それのどこが分かってるのよ!? 全然わかってないじゃない!」 「わはははは!」 くわっと目を見開いて叫び返してきた教授にかんらかんらと楽しげに笑い声で返答した後、甲斐はいいかげん話を戻そうとぜいぜいと息を荒げている岡崎教授へと向き直る。 「それじゃ、冗談はこの辺にして……どうして今更、人型のロボットなんて作ったんですか? もう基本的には機械工学でそっちの分野の研究は出尽くしてて、機能性の面じゃ劣るからって今じゃこういう形のは介護関係のロボットとか、あの辺の業界くらいでしか使ってなかったと思うんですが」 すると岡崎教授はどこか不満気にぶつぶつと、 「まったく、本当なら裸のこの子を見て慌てる門倉を私がからかってやるつもりだったのに平然としちゃって、相変わらず予定通りに行かないやつなんだから。ホントに男か、この不能め……」 などと呟いた後、目の前のカプセルの脇にある端末を操作してモニターを展開した。 そしてこほんと一度咳払いすると気を撮り直して、そのモニターに彼女のスペックや設計図などを表示する。 「それじゃあ説明するわよ。この子は型式番号I-003:家事手伝い用メイドロボット、名称み〜こと。隣にあるのは、この子の姉妹機ね。この子たちは元々私の身の回りの世話をさせるために設計したんだけど、それだけじゃ市販のやつと変わんないしつまんないからってついでに色々つけてみたのよ。設計コンセプトは、新しい機械生命体ってところかしらね。動力は三人とも超小型核融合炉を搭載してるから、壊れさえしなければ半永久的に稼働が可能よ。それで――」 「ちょっと待てい」 「……なに? まだ説明の途中なんだけど」 つい反射的に待ったをかけた甲斐に、いきなり説明を遮られたことで不機嫌そうな視線を向ける岡崎教授。 「人間サイズのロボットに搭載できるような小型の核融合炉なんてまだ実用化してないはずだろとか爆発したらどうすんだとか、気軽にそんなもん載せんなよとか色々ツッコミどころは多いけど……そもそもそれ以前にまず、これって日本政府に許可はとってんですか」 「大丈夫よ」 「え、本当に?」 流石の岡崎教授も核の扱いは適当じゃなかったかと一瞬ほっとしたのも束の間。そんな気持ちは、次の教授の台詞であっという間にどこかへすっ飛んでしまった。 「ちゃんと安全装置は二重三重にしてあるし、仮にどういう壊れ方をしたとしても絶対に爆発のしない私自慢の新型機なんだから、安全性はバッチリよ」 「ってそういう問題じゃねえですから!」 「なんなのよ門倉、さっきから文句ばっかり。そんなに心配しなくても、核融合炉はプルトニウムとか必要ないからヤバイ材料は使ってないし、そもそも誰もこんな大きさの核融合炉なんて在ると思わないからばれないわよ、絶対」 「あ、そっすか……」 相変わらずのやりたい放題な教授の態度に、これ以上はいっても無駄かと一度深いため息をつくと、もう諦めて受け入れることにした。 実際問題、岡崎教授の言うとおりそれこそ中身を調べられさえしなければばれないだろうし、壊れても爆発しないというのも教授の言うことなら本当なのだろう。この人は自分の発明品のことに関しては嘘をつかないので、そこは信用していいはずだ。そう考えると、教授の言う通り大した問題ではないような気がしてくるから困る。 「どうやら納得してもらえたようだから、説明を続けるわよ。次はこの子たちの頭脳周りのことだけど……この子たちは、AIを搭載してないの」 「AIはなし? じゃあ自律行動はできないのか」 「ノンノン、そいつは早とちりよ門倉甲斐くん」 (あ、なんか地雷踏んだ……) 甲斐の漏らしたつぶやきを聞いた瞬間に何故かものすごく嬉しそうな表情を浮かべた教授の様子に一瞬頬を引きつらせるが、そんな甲斐の様子はお構いなしに岡崎教授はものすごい勢いで話し始める。 「そもそもの話、ロボットに人工知能なんて搭載するのが間違ってるのよ。体は金属。神経もなければシナプスもない、心臓もなければ体は有機物ではなく無機物で構成されてる。命令の伝達方法はアナログではなくデジタルで機械言語。それなのに思考は人間に近づけようだなんて、土台無理な話なのよ。精神や人格は外的要因と内的要因の両方が複雑に影響しあって構成されていくっていうのに、内的要因が人とはかけ離れてる上に、外的要因の入力方式だってそもそもぜんぜん違うんだから。 じゃあどうすればいいのか? 答えは簡単。人工的にではなくて、自然に知性が生まれるようにすればいい。あんまり思考が人間とかけ離れすぎても家事手伝い用メイドロボとしては問題があるから、基本は人間と同じ……左脳、右脳、大脳新皮質、脳幹なんかの機能を模した装置を組み合わせて、記憶域も意味記憶、エピソード記憶と分けたりしてるわ。一応知識に関しては事前にある程度入力してあるしモニタリングだけは私限定でできるようにしてるけど、後は私もノータッチなのよ。 この子たちは己の意思で動くことが出来、己の意思で主人を決め……そして己の意志で主人を見限ることができる、完全自律型ロボット。そんなロボットを作ることを目標として作られた、いわば新しく生まれた新しい種族。それがこの子たちなのよ」 「ええっと……」 勢い込んでまくし立てられ若干くらくらする頭で、話の内容をどうにか聞き取れた部分だけでも反芻する。 「つまりこのみ〜ことっていうメイドロボとその横にある姉妹機は、教授が腹を痛めずに頭を捻って作った子どもみたいなもんだってことでオーケー?」 「え。あー、まあ……そういう見方もあるかもしれないわね、確かに。だいたいそんな感じかも」 甲斐の言葉に一瞬キョトンと目を丸くしていたが、すぐに岡崎教授はなるほどという感じでうなずいてそう言った。 「ちなみにこの子――門倉にモニターを頼むみ〜ことは、他の同型機と違ってその基礎性向……人間で言うところの性格も与えてないわ。だから多分この子は、最初のうちは数世代前のAI未搭載型ロボットとあまり変わらない受け答えしかできないはずよ。だけどこの子は自分で考え、覚えて、学習していく。いずれはきっと人ともまた違う精神性を持った、新しい存在として独自に成長していくはずだわ。そしてこの子を育てるのは甲斐、あんたよ」 「……」 (なるほど。これはモニターという体を保ってはいるけれど、その実態は小さな子ども一人を……それも性格、人格面では赤ん坊と変りない子を預かるのと同じようなものなのか) そうなると、どうしたって気軽にはうなずけない。岡崎教授の説明を受けてそう考えた甲斐は、暫くの間腕を組んで顎に手を添え考える。そして教授がいつまで経っても帰ってこない答えにしびれを切らして口を開きかけた頃に、静かに顔を上げるとその彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。 「一つだけ、この話を受ける上で条件を付けさせてもらってもいいですか?」 「条件? 何かしら。言ってご覧なさい」 岡崎教授がそう言って頷いたのを確認してから、甲斐は「分かりました」と口にしてその内容を話し始める。 「俺のことをそこの彼女……み〜ことって言ったっけ。その子が自分で俺が主人でもいいと言わなければ、この話は受けないということ。そしてもしその後にでも彼女が俺と一緒にいるのが嫌だと言ったら、その時はすぐにモニターをやめて教授が引き取ってください。それが条件です」 「ふうん……。ようするに、門倉の所に行きたいかどうかは、その子本人の自由意志に任せることが条件だ、っていうこと?」 「まあ、そういう事ですね」 「なるほど。なるほどね……」 岡崎教授はなぜかうんうんと、どこか楽しげな表情を浮かべて頷くと甲斐に向かって、 「それはすごく門倉らしい話だわ。分かった、それでいいわよ。み〜ことがもし自分であなたの所に行くのが嫌だって言ったなら、その時はこの話はなかったことにするわ」 と言って最後に小さく「まあ、それは多分ないと思うけど」と呟いてから、何やらみ〜ことの入っているカプセルの前にたって作業を始めた。 「それじゃあみ〜ことを多目的休眠機から出すわよ。……あ、門倉は少しそこから離れてて。危ないから」 「了解です」 甲斐がそう言って横に何歩かずれてから視線で確認すると岡崎教授が頷いたので、そこで立ち止まる。そしてそのまま作業の様子を眺めていると、しばらくしてカプセルの中に入っていたよく分からない液体が排出され、裸のままの『み〜こと』が屈んだままゆっくりと外に出てきた。 直後に甲斐が岡崎教授に視線を送ると、その視線に答えて彼女はもう一度小さく頷いた。甲斐はそれに頷き返すとすぐに数歩前に歩みでて、み〜ことの真横まで行くとパサリと自分の着ていた上着を彼女のむき出しの肩にかけて目線が合うように屈みこみ、穏やかな表情と共に声をかける。 「初めまして。俺の名前は、門倉甲斐って言うんだ。アンタの名前も、教えてくれないか?」 「門倉……門倉、甲斐様? わたくしは……」 それが甲斐とみ〜ことの、最初の邂逅……そしてみ〜ことが門倉家の一員となった、その最初の日の出来事だった。 |
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