一ヶ月前の事だ。
僕は人里でお菓子を売った後、慧音さんと他愛もない話しをして、神社への帰路に着いた。
が、しかし。
まだ明るいうちに僕は因縁の相手と出くわしてしまった。

「あ、あー! 食べていい人類だ!」

「げ、ルーミア……」

ご存知人食い宵闇妖怪ルーミアである。
出来れば出会いたくない妖怪の五本の指に入る厄介な奴だ。
まぁ、宴会ではよく出会ってるんだけど。

「お腹も空いてたしちょうどいいや。いただきまーす」

「いやいや、そう簡単に食われてやるわけないだろう」

僕はこう見えて霊力だけは高い。
そして今まで不定期ながらもそれを活かせるように修行を繰り返してきたのだ。
そう簡単に遅れをとると思うなよ!
と、心の中だけで密かに意気込んでルーミアから放たれる弾幕を回避していく。
初めてやった時は分からなかったけど、霊夢や魔理沙の弾幕と比べれば隙間だらけだ。
僕は余裕を持ってチョン避けしていく。

「あれー? 前はもっと簡単に当たったのにー」

「ふっふっふ、人間は成長するのさ」

僕はいい気になってスイスイと弾幕の間を抜ける。
ヒャッホー、なんかようやく俺つえーが出来るようになった気分だー!!

「その程度、僕は全て避けきってみせる!!」

と、調子こいたのがいけなかった。

「むー、じゃあこれだ。月符『ムーンライトレイ』!」

「んお?」

初めて見るスペルカードだ。ルーミアめ、まだスペルを隠していたのか。
ルーミアを中心に放たれる二本のレーザー。結構太い。当たったらかなり痛そう。
でも、それはあくまで当たればの話だ。
僕がルーミアの正面にいるのに対し、レーザーは左右に伸びている。これでは自ら当たりにいかない限り当たりようがない。
同時に放たれてるちっさい弾幕を避けるだけの簡単なスペルだ。
隠していたスペルという割には拍子抜けな難易度。いや、今の僕だからこそ拍子抜けとか言えるんだろうか?
はっはっは、ルーミアよ! 今やお前より僕の方が強い!

「えい」

「ゑ?」

それは本当に突然の変化だった。
左右に放たれていたレーザーは、ルーミアの可愛らしい掛け声とともに動き始めたのだ。
もちろん、僕を挟むように。

「お、え、ちょっと待て! いや、待ってくださいお願いします!」

「やだー」

あっという間に僕が動ける範囲が狭まる。
しかし、レーザーは僕を押しつぶすようなことは無く、少しだけ間隔を空けて止まった。
が、当然の事ながら移動範囲を思いっきり狭められて、なおかつ動揺していた僕は。

「あ、アダッ、イタタ、ぐげ!」

小さい弾をかわせずに撃墜された。
そして空中で気を失った僕は、森の中に落下して、一度死んでしまった。
幸いだったのは、ルーミアが僕を見失ってくれたことだろう。







三週間前のことだ。
僕は二日酔いの薬が切れたのに気付いて、永遠亭にやってきた。
が、しかし。
何故か、僕は出されたお茶を飲んだ瞬間猛烈な眠気に襲われた。
このパターンはまずいと思いつつも、襲い来る睡魔に完全に敗北してしまった。

「で、これは一体どういうことですか?」

「あら、起きるの早いわね」

して、僕の意識が再び覚醒したとき。
僕はベッドに拘束されていることに気付いた。

「そんな警戒しないでいいわよ。ちょっと薬を打つだけだから」

「警戒しますよ!! むしろ警戒するなって方が無理です!!」

当人の前で面と向かって言う事は出来ないが、この人はマッドだ。
それも相当なレベルでマッドである。
弟子である鈴仙が何度かこの人の薬の被害に遭ってるらしいが、少なくとも好意的な意見を聞いたことは無い。
そういうわけで僕の今の心境としてはやめろーショ○カーってなもんで。

「新しく作った薬品なんだけど、ちょっと毒性が強いのかも知れないのよね。確かめるには誰かに打つのが一番」

「ご自身に打ってくださいよ! あるいは輝夜に!」

「仕えてる立場として露骨に注射するわけにはいかないし、私自身死にたくはないわ。死なないけど」

「僕に打つ理由が分からない分かりたくないそして出来れば逃げたい!」

「死なないし薬品に対する耐性はないし、何より楽だもの。大丈夫、痛くは無いわ」

「でも死ぬんでしょう!?」

「もしかしたらね」

表情一つ変えないし、拘束が緩む気配も無い。
そんなこと言ってる間に永琳さんは注射器を持って近づいてきて、

「ハイ」

「ぎゃっ!」

僕は死んだ。
ちなみに即死だった。








二週間前の事だ。
僕は久しぶりに体を動かしたくなって、美鈴と手合わせしていた。
もちろん勝負になんかなるはずも無いが、美鈴は上手く手を抜いてくれるので、いい運動になる。
いつも僕に全力を出させるように稽古をしてくれる庭師も、美鈴を見習って欲しい。
もちろん、何処の半人半霊とは言わないが。

「いやー、やっぱり誰かと手合わせするのは楽しいですねー」

「たまにならねー」

美鈴の蹴りをしゃがんで避け、中腰の体勢のまま足払いを繰り出す。
当然のように跳んで避けられ、そのまま脳天に向かって手刀が返ってきた。

「おおっと、危ない」

「良也さんの『たまに』の頻度が多少上がってくれると私としても嬉しいんですけどねぇ」

何とか横にステップしてかわし、お返しに僕も手刀を繰り出す。
もちろん当たることは無く、身を捻るだけの最小限の動きで回避された。

と、まぁここまでならいつものように平和な光景だった。
と、言うのも……

「彗星! 『ブレイジングスタァァアアー』!!!!」

僕が最後に見たのは、横から迫ってくる巨大な魔力の塊。
まるで木っ端のように体が舞い上がり、僕は死んだ。







先週の事だ。
僕は久しぶりの宴会で、テンション上げて飲みまくっていた。
それこそもう、萃香が飲み比べをしようと言ってきた時に、一も二もなく頷く程度には理性は無くなっていた。
もちろん勝負になるはずも無く、僕は急性アルコール中毒で一回死んだ。







「これを聞いてどう思った?」

「良也は行動に統一性が無いな」

「違う、そこじゃない!」

そんなわけで現在。
神社で霊夢が入れてくれたお茶を啜りつつ。
久しぶりに幻想郷に訪れた友人、京に最近の悩みを相談中。
というのも、こいつは幻想郷の知識を持っており、さらに実力は見たことは無いけど折り紙つき。
なんか有用なアイディアを出してくれることを期待しての相談な訳だ。
もちろん、僕の悩みなんて言わずもがなである。

「ふむ、そうねぇ。お前が酒好きなのは良く分かった」

「……わざとやってるのか?」

「ん? また間違えたか?」

この外し方はどう考えてもわざとだと思うのだが、京は心底不思議そうに首を傾げている。
きっとこいつは僕の悩みを理解できないくらい強いのだろう。羨ましい。

「ああ、わかった。確かにルーミア可愛いもんな」

「京がどういう結論に至ってその発言をしたのか逆に気になる」

そして、僕はロリコンじゃねぇと言っとく。……ほんとだかんね!

「確かにあいつは笑うと可愛いし、いや、笑わなくても可愛いし、ちょっと抜けてる所もいいし、それでいて妖怪らしいところに惹かれるのも確かだが」

「うん、ちょっと待って。違うから待って」

このままだと際限無くルーミアの魅力を語ってくれそうだ。
もちろんルーミアに関しての重大な悩みを抱えてるわけじゃない僕は、そんな話を続ける気にはならない。

「僕の悩みは、最近死にすぎだって事だよ」

「えー、蓬莱人の癖にー」

「僕は死に慣れるほど図太い性格はしてない! っていうか出来れば死にたくない!」

最近、幻想郷に来るたびに僕は死んでる。
蓬莱人だからいいじゃんと思うかもしれないが、それはそれ。
死に関して何にも思わなくなるっていうのは、なんかやだ。

「要するに、現状を何とかしたいというわけだな?」

そう念を押した後、自分の分のお茶を一口啜る京。
僕は当然一も二もなく頷いた。

「ふぅむ……じゃあ死に関するイメージを変えるというのはどうだ?」

「ほうほう」

いきなり名案が出てきそうな雰囲気ですよ?

「日常的に死に瀕する機会があるのならば、そもそも死ぬことに関して恐れないようにすればいい。それでいて、死に関して特別なイメージも持つことが出来る」

「そんな事が出来るのか?」

死に関して特別なイメージを持ったままって言うのは確かに重要だ。
それでいて、死に対する恐怖を無くす。一見相反する気がするが、果たしてその方法とはいかに!?

「名づけて、『土樹 良也ドM化計画、蓬莱アブノーマルプレイ』……」

「一瞬でも期待した僕が悪かった」

とんでもない。
何がとんでもないってそりゃあ京の頭の中がとんでもない。

「ふむ、君が死ぬことに関して一切何も恐れなくなるどころか、むしろ喜びすら感じられるスペシャルな計画だったんだが?」

「個人的にドMの方が嫌なイメージなんで」

「しかも死ぬほど痛めつけられても蓬莱人の特権で蘇る、と。手加減してもらう必要が無い」

「京、さっさと永琳さんのところに行くことをお勧めするぞ」

真顔で言ってくるあたりなお性質が悪い。

「でもあれじゃね? もしかしたら死ぬのが君の個性なのかもよ?」

「僕の取り柄は死なないことだけじゃないぞ」

……多分。能力あるし。

「うーむ、じゃあ地力付けるしかないんじゃないか? 少なくともさっき上げられた死因の内アルコール以外は実力があれば何とかなりそうだし」

「やっぱりそれしかないかぁ」

仕方が無い、諦めるしかなさそうだ。
僕はため息をついて今日の予定を確認する。
ええっと、今日は図書館に行く予定だな。
最近献血をしてないからレミリアに注意して……今日こそ死なないようにしないと。

「ああ、そうだ」

「ん?」

京が名案を思いついたと言わんばかりに手を打つ。
それを見て僕は警戒アラームが脳内で鳴り響いた。
きっと碌なアイディアじゃないんだろうなーとかちょっと失礼なことを考えていたりすると、

「誰かに守ってもらえば?」

予想以上にまともな意見が出てきた。
たしかに、それなら確実で死ににくい。前向きに考えていいんじゃないか?
で、守ってくれそうな知り合いは……あれ?

「いいかなーと思ったんだけど、あんまり暇そうな知り合いはいないなぁ」

「霊夢なんか毎日飲茶生活だろうに」

「霊夢が僕のために働いてくれるとは思えない」

っていうかそもそも霊夢が他人のために動いてくれるところが想像できない。
確実に見返り、具体的には賽銭を要求されることだろう。がめつい巫女だ。

「むぅ、名案だと思ったんだが、だめか」

「そうだなぁ、実力があって、なおかつ暇で、ついでに僕を守ってくれそうな人……」

魔理沙はああ見えて努力家らしい。きっと今頃魔道書を読んだりして魔法の道を突き進んでることだろう。邪魔するのはよくない。でもな、たまにはパチュリーに本返してやれ。
妖夢は現世と冥界をあんまり行き来しちゃいけないとか、いつか言ってた気がする。僕につき合わせてそれを破らせるのも罪悪感があるし。
東風谷は……最近幻想郷っぽくなってきたからなぁ。ちょっと不安なんだよなぁ。本人の前では言えないけどさっ!
妖怪連中は僕の不幸を酒の肴にするような奴らばかりだし、僕を守ってくれるとは思えない。
条件として、暇なこと、実力があること、仲がいいこと。
……うん?

「そうだ、この手があった!」

「おお、誰か守ってくれそうな奴はいたかぁ?」

条件は全てクリアーしている! それは……

「京! 僕の護衛をしてくださいお願いします!」

「って俺かよ!?」

実力は博麗大結界をいともたやすくぶち抜くほどらしい。
適任じゃないか!

「うーん、無理じゃねぇかなー?」

しかし、残念ながら好意的な返事は返ってこなかった。

「無理? 嫌じゃなくて?」

「めんどくさいが八割、無理が二割」

大丈夫そうなんだが。というツッコミをかろうじて飲み込む。
まずは理由を聞いてからでも遅くは無いだろう。

「別にそう難しい話じゃないんだよ。この間の話の続きみたいになるんだけどね。良也がこの世界のオリ主って言うのは覚えてるだろ?」

「そりゃ、そのくらいは覚えてるさ」

「極端に言ってしまえば、ここは良也の世界なのさ」

「………説明プリーズ」

僕の貧弱な脳細胞はあっという間に悲鳴を上げた。でも僕は悪くないと思う。
いきなりこの世界が僕の物って言われても……ねぇ?

「要するに、この世界での出来事は良也に焦点が当たってるわけ。そこに別の世界からやってきたイレギュラー、つまり俺が大活躍なんかしてみろ。面白くないことこの上ない」

「それは僕の命より優先されることなのか?」

面白い面白くないで言われても困る。っていうか僕の死がネタ扱いされてる気分。

「この間の例えを出してみれば分かりやすいかな? 要するに、この世界は二次創作だ」

「ふむふむ」

「そんでもって、俺は別の二次創作の主人公な訳だな。で、俺がこの世界に来ているって言うことは、二次創作同士のクロスオーバーだ」

「まぁそういうことになるね」

僕は京の言いたいことが分からないので聞き役に徹する。下手に突っ込んで説明を長引かせるのもどうかと思うし。
もちろん、理解できてるよ? ……今のところは。

「で、勝手にクロスしてきた俺が、君が主人公のこの世界で大活躍。どうよ?」

「……確かに、いい評価は受けないだろうなぁ」

図々しいことこの上ない。まぁ僕はあんまり気にしないけど。

「だろう? この世界の神にどんな影響を与えるか分からん」

「うーん、だめか」

適任だと思ったんだけどなぁ。
でもそういう複雑な事情があるなら仕方が無い。

「まぁ、でも、様子を見るくらいなら大丈夫かな」

そう言って京は立ち上がった。
様子を見るってなんだと思いつつも、僕も立ち上がる。

「これから良也は紅魔館に向かうわけだよな」

「ああっと、予定ではそういう感じだけど」

実際には図書館だけど。
そんな僕の小さなツッコミを聞いてか聞かずか、京は至極どうでもよさそうに頭を掻きつつ、紅魔館がある方角を見た。

「んじゃま、折角だから付いていってやるよ」










さて。
僕は予定に従って紅魔館にやってきた。
道中は特に危険も無く、いつもと違うところは京が一緒ということぐらいだ。

「それにしても……」

「んあ?」

「京って空飛べないんだな」

一番驚いたことがこれだ。
普段から感じる霊力ですら僕以上だっていう、どう見ても最強系の人物である京は、なんと空を飛ぶことが出来なかった。
その代わり、飛んでる僕に走って追いつける脚力があって、霧の湖の上すら走り抜けてみせていた。
無理すれば空も走れるらしい。ただ、飛べないだけだとか。
僕にはいまいち差が分からなかったが。

「まぁ、どこぞの猫型ロボットじゃあるまいし。人が自在に空を飛ぶなんてのが無理があるだろう」

「人だったのか?」

「失敬な」

人は水の上を走ったり出来ないと思うが。
まぁいい。とりあえずそれは置いといて、紅魔館に入ろう。

「霊夢なら、きっと跳ね飛ばして入るだろうな」

「ん?」

一歩踏み出して美鈴に挨拶しようとした時に、京がポツリと呟いた。
ちなみに美鈴はいつもの様に寝ているので、僕らには気付いていない。

「魔理沙ならば、きっと力で抜き去る。咲夜やレミリア、そしてあほならば、目上という立場を利用して入るだろう」

「はぁ」

いまいち京が何を言いたいのか分からない。っていうか、あほはやめてあげて。

「で、良也はどうやって入るんだ?」

「いや、普通に挨拶して通るだけだけど」

たまに組み手とかもやったりするけどね。極たまに。

「結果から見れば、今言ったメンバーと同じ事をしているわけだなぁ」

「まぁ、紅魔館に入るって点ではそうなる……のか?」

僕が自信なくそう言うと、京は満足げに頷いた。
でも、何かを話してくれる様子はないので、自己完結で終わってしまったようだ。

「ふあ……ねむねむ……おや?」

と、ここでシエスタしていた門番の声が聞こえた。
っていうかあんまり寝てると咲夜さんにまた刺されるんじゃないか? 少しは自重したほうがいいぞ。

「良也さん、おはようございます。……ふあぁ」

「おはよう美鈴。相変わらず眠そうだな」

「いえ、だいぶ寝ましたし、咲夜さんにあんまり刺されたくもないので、そろそろ起きます……!!?」

瞬間。
美鈴は意識を一瞬で覚醒させ、僕……の後ろの人物を睨み付けた。

「良也さん。あの方は……?」

「僕の友人だけど……」

あの温厚な美鈴が真剣な表情で他人を睨みつけているという事実が僕にとっては驚きだった。
にらまれている京は実に暇そうに体を伸ばしている。
美鈴の視線には殺気すら込められているように見えるんだがまるで堪えてないらしい。
っていうか、僕の友人だって分かったんなら殺気を引っ込めてくれ。僕が怖くて動けん。

「あーっと、俺は無害だ。完全平和主義者で良也の友人だ。だからあんまり睨むな。めんどくさい」

ふあぁっと欠伸交じりにそんなことをのたまう京。
でも美鈴は全身に気を充満させて京を睨みつけている。
あれ? 悪化してないか?

「あー、俺には戦う意思は無いってば。目立ちたくないんよ、ほんとに」

「信用できませんよ。そんなに霊力を駄々漏れにしておいて、戦意が無いなんて言われても」

「あー確かに」

納得だ。
普通、使わなければ霊力なんてのは漏れるものじゃない。
それこそ今の美鈴みたいに、全身に充満させて構えるぐらいしないと、漏れてきたりはしないのだ。

「良也、お前はどっちの味方なんだ?」

「いや、すまん。美鈴にはよくお世話になってるから、ここは中立で」

僕にも立場ってものがあったりなかったり。
どっちだよって突っ込みはなしでよろしく。

「まぁいいや。分かった。俺がどんだけ無害か説明しよう」

「…………」

余談だが、僕はここまで真剣に集中している美鈴を見たことが無い。
さて、どうやって無害アピールをするのかな? と京を見ると、口の端をにやりと歪めたのが見えた。

「美鈴、貴女の昼寝しているところにやってきた咲夜並みには無害だ」

「めちゃくちゃ有害じゃないですか!!」

それは美鈴の本心からの叫びだったのだろう。
しかし。
だがしかし、それは迂闊と言う外無かった。
僕は美鈴の無事を祈って胸の前で十字を切る。
だって、いつの間にか世界が白黒だし。
とっても切れそうな見覚えのあるナイフを、これまた見覚えがある人が、見覚えが無いほどに目を爛々と赤く光らせて美鈴の眼前で投げまくっているのだから。
まぁ、いくらなんでも上司を有害扱いするのはどうかと思うしね。
美鈴、さようなら。生きていたらまた会おう。僕には咲夜さんを止めることは出来ないんだよ……。
僕はその場に背を向けると、大人しく紅魔館に入った。

すこしして、背後から断末魔の叫びが聞こえたのは、気のせいということにしておきたい。







さて、まずは曲がり角だ。
ここをうかつに飛び出すとばったりはちあわせたりすることがある。
咲夜さんは外で美鈴にお仕置きをしている最中だろうから、僕はまだ、この館の住人に気付かれてない……はずだ。
なるべく気配を消して、首だけ少し出し、廊下の向こうを見据える。
おーけー、誰もいない。

「何してんだ?」

「うおあ!?」

不意に背後から声をかけられ、心臓が飛び出るかと思った。
まず深呼吸して、それからゆっくりと背後に視線を向ける。
案の定というか、京だった。

「何をこそこそ泥棒みたいに。殆ど気配がしなかったぞ。レミリアとは友人じゃないのか?」

「血を吸われ吸われる仲だ」

一方的な搾取とも言う。
抵抗は無意味なんだからしょうがない。

「いいじゃんか、血を吸われるぐらい。蓬莱人だろうに」

「貧血で頭痛くなるから嫌なんだよ」

それに、その後フランドールからも血を吸われるから、結局死にかねない。
今日はなるべく死なないようにしたい。一応京も着いてきてくれるし、久しぶりに死なないで済ましたいのだ。

「まぁ、でも」

「ん?」

京はそっとその場を動いて自身の背後を指差した。
そこには先ほどまで京の体に隠れていたが、見覚えがある小さな吸血鬼の姿が。

「手遅れっぽいぞ」

「言うのが遅い!!」

「こんにちは、良也」

要するに見つかったわけだ。
僕としては今回凄く頑張ってステルスしてたのにも関わらず。

「何故だ、どうして見つかった!?」

思わず叫ぶ。その問いに京は首を傾げ、レミリアはため息をついて呆れた表情で僕を見た。

「俺から見ても隠行のスキルは凄いと思ったけどねぇ。どうして見つかったのか見当も付かないな」

「そんだけ霊力を駄々漏れにして歩いてる奴が傍にいたら、図書館にいる小悪魔だってあなたを目指して飛んでこれるわよ」

「京! お前のせいじゃないか」

ここで引き合いに出された小悪魔さんの実力は、紅魔館の中では低い。いや、まぁ、勝てたことは無いわけだけど。
要するに、紅魔館の中にいる誰でも僕を発見できると。レミリアはそう言いたい訳だ。
僕に怒鳴りつけられた京は、頭をかきながら僕に向かって舌を出し、片目をつぶって一言。

「ごめりんこ☆」

「今時外の世界でも聞かないぞ、それ」

冷静に突っ込んでおいた。
いや、ね?
分かってはいるんだ。これが無駄な時間稼ぎだって事ぐらいは。

「で、そろそろ血を吸ってもいいかしら?」

「断ってもお前の場合認めてくれないだろう?」

「嫌なら抵抗なさい。無駄だけど」

ですよねー。
しかし、まずいことになった。
京がここにいる限り、フランドールもやってくる。
姉妹同時に血を吸われれば確実にアウトだ。貧血で死ぬる。
と、なれば死なないためには選択肢は一つ。
まずはこの場を切り抜け……れるはずが無いんだけど、やるだけやってやる!

「吸血鬼の弱点は水だぞ」

京がポツリと呟いた言葉はばっちり僕に届いた。
自分は一切手伝う気が無いらしく、腕を組んで僕を見ている。
まぁ京は強いらしいし、多少流れ弾が行ったところで大丈夫だろう。

「行け! 水符『アクアウンディネ』!!」

「あら、今日は抵抗ありなのね」

咲夜さんがいない今のうちにこの場を退避する。そのためにも、まずはレミリアの動きを止めてやる!
僕は大きめの水弾をレミリアの周囲に配置して不規則に動かす。
吸血鬼は流水を渡ることが出来ないはず。ならば、これで動きは止められるはずだ!

「直接当てにこないところが、甘いというかへたれというか……」

「いや、下手に効きすぎても後味悪いし」

そうは言いながらもレミリアはやはり簡単には動けないらしい。
後はこれを維持しながらなるべく離れるだけだ。
水の魔法は結構使い慣れてるから、少なくともレミリアの視界から外れることは出来るだろう。
が、しかし。
僕の思い通りに進むことは幻想郷ではあまりない、という事をすっかり忘れていた。

「咲夜」

「はい」

で、気付いたら咲夜さんにばっちり間接を極められてる訳なんだけれど。
時間停止は通用しないはずなのに、いつ何処から現れたかも分からなかった。
っていうか痛い!! 痛いって!! 

「さ、咲夜さん! 美鈴はもういいんですか!?」

「もちろんですわ。だって……」

ここで咲夜さんは一呼吸置いて、とっても楽しそうに。

「もう、刺すところありませんから」

僕の脳裏にハリネズミになった美鈴が浮かぶ。
ああ、せめて安らかに眠ってくれ。

「あら、良也? 集中しないとこの水弾消えちゃうわよ?」

レミリアはどう見ても動けない僕を見て面白そうにそんなことを言ってくる。
っていうか肩が痛くて集中なんて出来そうに無い。

「そうだなぁ。喋ることは特に規制されてない訳だから、咲夜の注意を一気に逸らすことでも言ったらどうだ?」

「そんなものがあるなら僕はとっくに言ってる!」

愉快そうに僕を見ていた京は、助け舟にもならないことを言ってへらへらと笑っている。
しかし咲夜さんは瀟洒で完璧。完璧で瀟洒な、まさにパーフェクトメイドさんだ。
主人であるレミリアのためならば、何を言っても僕を解放したりはしないだろう。
そんなことを考えている間にもレミリアを止めている水弾は一個一個消えていく。
ああ、美鈴。僕もそっちに行くことになりそうだよ。死なないけど。

「ああ、言っとくけど、俺としては助けたりしないよん。頑張って生き残れ。死亡フラグなんか叩き折れ」

「無茶を言うな。どう見てもこの死亡フラグはプラチナ製だ」

折れそうに無い。くそ、駄目元でいろいろ言ってみるか。

「咲夜さん、胸が当たってぎゃあああああああ!!」

肘とか肩とかからミシッって音がした。
とてもじゃないが感触なんて楽しんでいられない。

「なにか?」

「いえ、何でも!!」

自由な首をぶんぶんと横に振り回す。
さて、万策尽きた訳だが。

「頑張れ頑張れなんでそこで諦めるんだよお前なら出来る絶対に出来るあと少しぐらい頑張ってみようぜ諦めたら駄目だって駄目駄目だってこんなところで止まってちゃいつまでたっても成長しないぞさぁまずはやってみろやってみるんだよ」

「すっげぇ棒読みで応援されてもなぁ」

この状況で何が出来るって言うんだろう。

「間接外して抜ければ?」

「僕にそんなことが出来ると思うなよ」

って言うか心を読むな。それに外したところで多分無駄だと思うし。
ああ、やばい、スペルカードが切れる……
美鈴、もうすぐ会いに行くよ…………ん?

「……あ、そういえば」

「ちなみに、俺だったらその体勢から咲夜を投げ飛ばして難を逃れるが」

「だから僕には無理だっての」

違う。今、僕が思い出したのはそんなことじゃない。
咲夜さんの拘束から逃れる究極の一手だ。
いつしか美鈴と話していたときに得た、究極とも言うべき情報。
ここで使わずしていつ使うんだ!

「咲夜さん!」

「拘束なら解きませんが?」

いいや、解くね。間違いなく解く。
だって、ナイフを取り出すには拘束を解くしかないんだから。
このまま死ぬよりは精一杯抗って死んでやる!

「咲夜さんの胸って、本当に偽乳なんですか!?」






世界が凍りついた。






普段から門番をやってる美鈴が噂として知っている情報だ。
であれば、もっと噂好きの妖精メイドたちはもっと噂をしているわけで。
咲夜さんの嫌な思い出をちょっとつつけるかな? ぐらいの気持ちで叫んだわけだが。
この反応、もしかして……?

「あっはっはっはっはっはっは!! ひゃあっはっはっはっは!! やばい! 笑い死ぬ! うひゃははははは!!」

沈黙を破ったのは京の大爆笑。
腹を抱えて床をのた打ち回っている。いくらなんでも笑いすぎだ。
僕はこれから笑うことが出来なくなりかねないのに。

「死亡フラグ折れっつったのに、もっとでかい死亡フラグ立ててどうすんだよ!! わひゃひゃひゃひゃひゃ!! ありえねー!!」

陸に打ち上げられた魚のように床を跳ね回る京。
おっしゃっる通りです。なにやってるんだ僕は。
先ほどから大人しいレミリアは、なぜか硬直して動かない。ってあれ? もしかして時間止まってる?

「そっちの貴方の友人はまず置いておいて。で、最後に言い残すことはありますか?」

ナイフを構えて聞いてくる咲夜さん。
ええっと、最後に聞きたいこと……

「せめて真相だけでも」

「死ね」

答えは無かった。







「ほら、お前がいつまでも寝てると俺がこっちに来てる意味が無いだろ。起きろ」

ぺちぺちと頬を叩かれてる感触がする。
僕は重たい頭を振って、意識を覚醒させた。

「あれから後のことなんだけどね、レミリアは君の惨状を見て血を吸うのを勘弁してくれたよ。フランドールは寝てるってさ」

…………ゆっくりと記憶が蘇ってくる。
ああ、そういえば願いかなわず今日も死んだんだっけ。

「で、今はあほがめんどくさそうに治癒魔法をかけてくれたおかげで、傷ひとつ無いはずだ」

京はそう言って、飛んできた魔法を片手で弾いた。
パチュリーとしてもあほ呼ばわりは嬉しくないらしい。

「咲夜ももう怒ってないし、レミリアは一応君の状況を見て遠慮し、パチュリーは嫌々ながらも君のために魔法を使ってくれてたわけだ」

「? まぁ、咲夜さんが怒ってないならそれが一番だけど」

ようやく頭がはっきりしてきたところで、あたりを見回す。
ここは……図書館だな。
そして、これからとにかく、咲夜さんに謝って、パチュリーに礼を言って……やることがたくさんだ。
あれ? そういえば……

「京は襲われたりしなかったのか?」

「まぁ平和主義の俺としては話し合いで難を逃れた」

あの結構自己中心的な所があるレミリア相手に話し合いって、どんなことを話したんだ? 気になる……。

「まぁあれだ。次来るとき良也が菓子折りと外の世界の飛び切り上等なお酒を持ってくることを約束しておいた」

「僕かよ! っていうか心を読むな!」

どうやら次に紅魔館に来るときは相当金を使わなければならないらしい。
いや、これだけで咲夜さんの怒りを静めることが出来るのならば安いほうか。

「まぁそれは置いといて。今日俺が見てた感じだと、あれだ」

「どれだ」

京は肩をすくめて僕をびしっと指差した。

「どう考えてもお前を守る必要性を感じなかった。霊夢と同じような強さを持ってるみたいだし」

「……はぁ?」

霊夢と同じような? 僕は異変のときに無敵になったり、勘の良さだけで何でも出来るようなチートスキルは持ち合わせてないぞ。

「人妖問わず惹きつけるって言うのは、間違いなく強さだと思うけどね」

「いや、それだと僕の扱いの悪さが説明できないぞ」

そういうのは何故か人気がある霊夢の特権な筈だ。

「無自覚ならそれはそれで結構。じゃあ俺は今日は帰るわ。また今度来るよ」

そう言って京は軽く右手を振った。
と、同時にその姿が薄くなって消えていく。

「ああ、かっこいい退場の仕方を今度考えておこうかな」

「いらん」

僕の冷たい突っ込みに軽く笑って返し、遂に消えた。
にしても、人妖を惹きつける力なんかあったとしたら、普通ハーレムじゃないか?

「霊夢は女だから無いとして、僕は男な訳だからそうなるよなぁ……」

「考えてることを顔に出すのと口に出す癖は改めたほうがいいわよ」

聞こえてきた声に振り返ると、パチュリーがいた。
自分でも改めたいとは思っているんだけど、なかなか直らないもんだ。

「で、大きさはそれなりね」

「は?」

そういってパチュリーは僕にタオルを投げてきた。あれ、なんだかデジャブ?
僕はそっと視線を下に向けて、ずたずたになった自分の服と、剥き出しになった自分のモノを見たのだった。








後日の話になるが。
その日の宴会で、僕は外の世界の飛び切り上等な酒を買ってきたおかげで咲夜さんに許された。
で、いつものようにいろんなところで飲んでたら、永琳さんが、

「以前はちょっと悪乗りしすぎたわ。また懲りずにいらっしゃい」

と、そっと声をかけてきた。
その後すぐに魔理沙と萃香がやってきて、

「この間はひき潰しちまって悪かったな」

「今度は良也が死なない程度の酒にするから、また飲み比べに付き合ってくれると嬉しいね」

とだけ言ってまた宴会の中心に戻っていった。

もしかして、京が言ってたのはこういうことだったのかな? と、僕は一人、そんなことを思った。
















後書き

良也君の真の力はずばり人妖に好かれることだと思うんだ(挨拶)。
そんなわけでなんだか迷走を始めた世界のおはなし第三弾。いや、読み直してみても何が言いたかったのかわかんなくなってきた。
と言うのも、前回の二つで書きたかったメタい話は終わっちゃってるんですよね。道理でよくわかんない話になったわけだ。
次のお話からはもっとメタい要素がぬけます。でも京は出てきます。
理由は、折角の三次創作なので、私にしか書けないものを書きたいからです。
おかげで需要がねぇwwwwww誰得wwwwww
まぁ次回も見てくれると嬉しいです。
ああ、そうそう。本編で説明してないことがひとつ。
京のことですが、彼は時間が止まっていようが動けます。余裕です。
それでは、またお会いしましょうと一言添えて、後書きを締めさせて頂きます。



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