前書き
久しぶりです。ネコのへそです。
年明けに書くといっておいて、半年以上、時間があいてしまいました。
ごめんなさい。遅筆ですがこれからもよろしくお願いします。

時間軸は本家の閑話二十八話の後です。
それでは栞ルートの前編の始まりです。









 

 




明日から学校はゴールデンウィークだ。
で、今は最後の授業のホームルーム。最近、ホームルームを一人で任されるようになった。まだまだ、仕事に慣れたとはいえないが、なんとかやっていけそうな気がする。教室は生徒の『明日から休み』とうわついた雰囲気の中、僕はいつも通りの時間までHRを行い、ゴールデンウィーク中の注意事項を告げていく。

「・・・以上、ゴールデンウィーク中は羽目をはずし過ぎないように。なにか質問はあるか?」

必要事項を生徒たちに伝え、なにか質問があるか聞くと、元気よく手を上げる生徒がいた。
顔をらんらんと輝かせた天海だったが。すごく嫌な予感がする。

「土樹先生。ゴールデンウィーク中のご予定は?個人的に相談したいことがあるんですが」

天海の発言にクラス全体が軽くざわめく。当人は自分の発言に疑問がないようだ。
たぶん、超能力のことについて相談したいんだろうけど、部活の時に言ってくれ。その言葉だけ聞くと別の意味にとれなくもない。

「部活のことで相談か?今日はちょっと仕事で行くのが遅れるが、またその時に」
「・・・はい、わかりました」

不満たらたらで睨んでくる天海。なんだ?なんか変なことを思いついたのか?
HRの間、懸命にノートに何か書いていたけどなんだ?僕は一抹どころでない不安があったが、ちょうど予鈴がなった。職員室に戻って休み前までに片付けておかないといけない書類仕事もある。詳しくは部活のときに聞こう。

「じゃあ、今日はこれまで。また、ゴールデンウィーク明けに。みんな、さようなら」

さようならーと、生徒の声を受けながら教室をでていく。書類仕事を片付けたら、放課後には部活の監督が待っている。でも、小さい部活だし、一人を除いて、普通の文化部の顧問よりも楽なほうだろう。まぁ、その一人が頭を悩ませるというか。はぁ、何を思いついたんだろう天海は。僕はそんなことを考えながら職員室へ向かった。












書類仕事を終わらせた放課後。
後は部活の監督が終われば今日の仕事は終わりだ。帰ったらのんびり麦酒でも呑もう。そんなことを考えながら、僕は英文学部へ向かう。といっても、文字通りの一般的な部活をしているわけではなく、学内では通称『オカルト部』。西園寺が卒業して、無事、普通の部活になると思ったんだが。


部室へ入ると、藤崎が読んでいた本(タイトルは『らじかるぐりもわぁる〜恋は戦争』)から顔を上げて、僕に声をかける。

「あ!つっちーせんせー、やっときた。遅くなったのは同僚とゴールデンウィークのデートの算段?」
「普通に仕事だよ、藤崎。休み前だから、それなりにやっておかなくちゃいけないことがあるし。あと、僕はそういうことするように見えるか?」

これくらいは活発な女子高生のノリだろう。適当な相槌をうつ。
僕が来たことに気づいた高宮が勉強をやめて、軽くこちらに会釈をする。普通だ、すごく普通の高校生だ。そのままでいてほしい。君が唯一の良心だ。ちらっと天海の方を見ると、なにやらく作業に没頭中。高宮は僕と藤崎の話が気になるのかこっちを見たままだ。

「そう?『男は狼なのよ♪気をつけなさい〜』って、歌にもあるみたいだし?・・・でも、その反応じゃ、彼女いないみたいだね」
「余計なお世話だ」

微妙に古い歌を調子よく歌いながら失礼なことを言う藤崎。さっきまで読んでいた本の影響だろうか?

「ちぇー、つまんないの。女子高だからそういう恋愛事の話があんまり聞かないんだよねー」
「いや、藤崎の話題になるために誰かと付き合うわけじゃないしね!」
「えー、いままで付き合った人ぐらいいるでしょ?なんかないの、ラブ的な話?」

幻想郷に行くようになって、見た目が麗しい女の子との出会いは増えたがラブ的な要素は皆無だ。
あと、この笑顔に似ている知り合いがわかった。記事をたかりにくる射命丸だ。適当に流そう。

「特にないな。別に無理して彼女を作る必要もないだろ?友達と遊ぶのもけっこう楽しいぞ?」

実際、幻想郷の連中とは気のいい呑み友達だ。それはそれで楽しかったりする。・・・弾幕ごっこ以外。

「そうですね。私も同じです。友達と遊ぶのは楽しいですよ?少し強引でしたが、西園寺先輩にこの部活に連れてこられて、良かったと思います。年上と年下の友達もできましたし」

藤崎がなにかを言う前に、高宮が僕に力強く同意する。うんうん、高宮はいい子だ。

「そう臆面もなく友達と言われると、ちょっと照れるかなー。・・・でも、ありがとう。それにしても、二人とも枯れてるねぇ。いっそのこと付き合っちゃいなよ」

藤崎のそんな軽口に、高宮は顔を真っ赤にして俯いてしまった。ちょっと恥ずかしがりすぎだと思うが、本物のお嬢様だしその辺りの話は免疫がないのかもしれない。

「こら、藤崎。高宮が困ってるだろ?それに僕も教え子に手を出すほど飢えてはいない」
「・・・ふ〜ん」

なにが面白いのかニヤニヤしている藤崎。

「なんだ?」
「べっつに〜♪でも、バイトも禁止されてるから、運動部でもないかぎり出会いがないんだよねぇ。どっかに落ちてないかな、素敵な出会い」
「そんな道端に落ちている小銭じゃあるまいし」
「パンは試してみたけど、うまくいかなかったし。どっかにナンパに絡まれてる時、助けてくれる男はいないかなぁ。そして、偶然、町で再び出会って・・・」

本気でもないが満更でもない声色で、藤崎はそんな夢見がちなことをしみじみと言う。
高宮も納得するようにうなずいている。

「なんだよ、その恋愛少女マンガの古典的な展開」
「でも、困っているときに助けてもらった人と、偶然、再会するというのは素敵な出会いだと思いますよ?」

そして藤崎の意見に、さっきよりも力強く同意する高宮。うーん、僕はよくわからない。

「でしょー、高宮さんもそう思うでしょ?つっちーは乙女心をわかってないね」
「そんなもんか?」

生まれてこの方、彼女がいないやつに乙女心といわれてもね。
僕は明日の天気と同じくらいよくわからない乙女心を考えていると、高宮が僕をしっかりと見て、

「だから、私はせんせ「できたー!!」っ!??!」

高宮が何かを言いかけた時に、今まで作業に没頭していた天海が大きな声を出した。
藤崎と高宮がびっくりして天海の方を見る。あぁ、つかの間の平穏がなくなってしまった。
僕は嘆息して天海の方を見た。











「ふふふ、ついに完成しました」

天海よ。なんでそんなに誇らしげにノートを抱きしめている。なにが完成したのかすごく聞きたくない。
高宮は驚いている自分を落ち着かせるためなのか、軽くため息を吐いた後、天海に訪ねる。

「なにができたんですか?」
「以前、土樹先生と一緒に歩いていた妙に格好良い服の人がいたじゃないですか」
「ん?スキマのことか、どうかしたのか?」

意外な人物の名前が出てきたので、僕は天海に聞き返す。いろいろあったから、あまりつっつかないでほしい。特に高宮が怖くなるからやめてくれ。だってほら、今も微妙に寒気がしてきたし。

「ええ、その人です。やっぱり超能力を使うときはあのような服装がいいと思うのです。つまり正装ですね。あの人の服装を見てインスピレーションが刺激されたので。だけど、市販の服に私が満足できる服がなかったので、自分で作ろうと思ってデザインを考えてみました」

スキマのことを聞かれると思ったけど、これはこれで別の意味の問題がある。
寒気がなくなったけど微妙に頭痛がしてきた。それを振り払うように、全力で天海につっこむ。

「とゆーか、ホームルームの時に必死にノートに書いていたのそれかよ!!」
「なにか問題でも?」

心底、不思議そうな顔をする天海。
問題しかないよ!いや、本当にもういろいろと!!そう叫びたかったが、頭痛が酷くなって軽く眩暈もしてきたので、目頭をつまんでどこからつっこみをしていいか考える。そんな僕を怪訝な顔でみながらも、天海は話を続ける。

「それで、不本意ですが、本当に不本意ですが!土樹先生にお伺いしたいことがあったので。実際、会っている人の意見も取り入れようかと思い、デザインについていくつか相談をしたくて」

そんなことを聞かれるのは、僕だって本当に不本意だよ!だけど、僕がなにかつっこみを入れる前に、天海は大人になったら黒歴史になるであろうノートをテーブルに広げる。さっきまで話していた二人も興味があるらしく、三人でノートを覗き込んだ。

「へー」「わぁ」「・・・あー」

三者三様の驚いたように声を漏らす。そのどれもが、いい意味で驚いていた。
絵が上手かったからだ。ラフ画だけどしっかり書けている。色を入れて書いてあるのを見たくなるくらいだ。他の二人も同じ意見のようだ。天海も僕たちの反応を見て満足気だ。

「それにしても、絵、上手いな天海。中学生のとき美術部にでも入っていたのか?」
「いえ、陸上部に入っていました。体を鍛えておきたかったので。絵は母に小さいときに少し手ほどきをうけましたが」

それにしても、意外な特技だ。この書いてあるゴスロリ服はかなりいい。レミリアとか着てても違和感がないくらいだ。天海のことをかなり見直した。・・・でも、中二病は卒業までになんとかしないと。

「でも、すごい、すごい。西園寺先輩も手先が器用で絵もけっこう上手かったんだけど、それ以上だね」
「そうですね。私にもアミュレットを作ってくれましたし。天海さんもそういうのは得意ですか?」
「ええ、裁縫は得意です。簡単な小物をよく作っていますし。服は初めて作るのでどうしようかと・・・」

オカルト部といっても、やっぱり普通の年頃の女の子達だ。
流行りの服やアクセサリーの話題で楽しげに会話をしている。その様子をみていて、僕は安心した。なんだかんだで、新入生の天海のことはちょっとは心配だった。ここの部活の顧問だし。でも、これをきっかけに一年生の天海も上級生の二人と仲良くなるだろう。





そろそろ下校時間だ。楽しげに会話している三人に水を差すのも悪いがこれも仕事だ。

「ああ、お前ら。そろそろ下校時間だ。帰る準備をしろ。ゴールデンウィークの前だから少し早めなんだ」
「じゃあ、今日はこれでおしまい。天海さん一緒に帰ろう。さっき話してた服の材料によさげな、雑貨屋さんとか手芸屋さん知っているし。帰りにちょろっと寄ってこーか。高宮ちゃんも一緒にどう?」

各々、帰宅の準備をしながら、これからの予定を話している。
遅くならないようだし明日から休みだから、僕が口出しすることでもないか。

「ごめんなさい。藤崎先輩。今日はちょっと用事があって。また今度の機会に。あと、天海さん。私の友達にそういう服に詳しい子がいるから、休み明けまでにいろいろ話を聞いておくから」
「ありがとうございます、高宮センパイ」

藤崎の誘いを申し訳なさそうに断る高宮。あと、高宮の友達にゴスロリ服に詳しい子というと、たぶん、あの子だろう。・・・なぜだろう、絶対に天海と合わせたらいけない気がする。

「そっかー、残念。また今度ね。あと、部室の戸締りよろしく。鍵は職員室に返しておいてねー。つっちーも送り狼になっちゃだめだよ」
「そんことしたら、スカーレットスパークの餌食です。灰も残さず蒸発させます」

いつものようにからかう藤崎と、中二病全開の天海。全く元気がいい。ゴールデンウィーク中は部活はないから、しばらく会うこともない。それがちょっと物足りないのはこいつらには内緒だ。

「はいはい。そんなことはしない。じゃ、また。休み明けに」
「ほーい、じゃねー、つっちー。また休み明けに」
「さようなら」

別れの挨拶をして部室を出て行く二人。それを見送ってから振り向くと、高宮が掃除ロッカーから箒を取り出すところだった。

「休み前ですし、軽く部室を掃除しておこうと思って」
「大丈夫か?迎えの車があるんだろ?」
「ちょっとくらいなら平気です。そんなに急ぐことでもないですし」

そういって、箒をとって換気のために窓をあけて掃除を始めようとする。

「あんまり遅くなってもいけないし。僕も手伝うよ。二人ならすぐだろ?」
「はい!ありがとうございます」

手伝ってもらえるのが嬉しいのか元気よく返事をする高宮。あんまり広い部室じゃないし、掃除もすぐに終わるだろう。僕は掃除ロッカーから箒をとりだした。





掃除が終わって箒を片付けた後、高宮は換気のためにあけた窓を閉めて、静かに外を眺めている。
グランド越しに見える空はきれいな夕焼けだ。僕も窓から少し離れた場所から、ぼー、と夕日を眺める。
穏やかな静寂。こんな時間は嫌いじゃない。だけど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
僕は高宮に声をかけようとしたら、高宮もちょうど振り返って目が合った。

「ねぇ、土樹先生。さっきの話ですけど・・・」

さっきの話となるとゴスロリ服のことだろう。僕も気になったことがあった。やっぱりあの服に詳しい高宮の友達ってやっぱりあの子のことなんだろうか?

「天海の服の話か?あんな服に詳しい高宮の友達って、やっぱり有栖ちゃんなんだよな?僕はあの子がちょっと苦手で・・・」
「違いますっ・・・じゃなくて、それは有栖ちゃんであっているんですけど・・・。その、あの、藤崎先輩が言っていたことで」

ちょっと慌てた様子で僕の言葉をさえぎる高宮。それにしても藤崎が言っていたこと?・・・なんだっけ?
藤崎はいろいろ言っていたので、どの話のことかよくわからなくて首をひねって考えていると、高宮が軽く一息ついてから意を決したように、

「出会いの話ですよ。困っていたときに助けてくれた人と、偶然、再会したら・・・という話です」

僕の方をまっすぐ見ながら言った。
あー、あれか。最近じゃ、ギャルゲの類でもなかなかお目にかからない展開の出会い方だ。

「そんなことを話してたな。でも、現実にはあんまりないと思う。僕はそんな出会いはなかったな」

僕がそうだった。彼女いない人生を振り返りながら断言する。
だけど、高宮はとびきりのいたずらを思いついた顔で、

「そうですか?私は体験したことが2回もありますよ。呪いから助けてくれた魔法使いの大学生が、教育実習生として学校に研修にくるとか、誘拐犯から助けてくれた教育実習生が先生として赴任してくるとか」

と言った。
思い当たる節がありすぎるのは、僕のことだからだろうな。
これがギャルゲの主人公ならフラグがたったんだろうけどここは現実だ。そんなことはないだろう。
・・・現実は非常である。

「たまたまだよ、たまたま」
「それでも、私は土樹先生ともう一度会えてよかったと思います。助けてもらったお礼をちゃんとできいないと思うから」

そこまで気にしなくていいのに。本当に礼儀正しくていい子だ。

「充分、僕はお礼を貰った気がするよ。高宮のおじいちゃんに料亭でご馳走してもらったし」
「それはおじいちゃんからですよね?私からはまだなにもお礼をできてないです。だから、言葉だけでも私の気持ちをちゃんと伝えたいな、って思っていて」

そして、高宮は姿勢を正して僕と正面に向き合い、夕日を浴びながら穏やかな笑顔を浮かべて。

「危ないところを何度も助けてくれてありがとうございました。ふつつかものですが、これからもよろしくお願いします」
「・・・っ。どういたしまして。さて、掃除も終わって下校時間ももうすぐだし、迎えの車がきてるんだろう?そろそろ行こう」
「・・・?はい」

僕は慌てて振り返る。夕暮れでよかった。あの笑顔は反則だ。さすがに照れる。だけど高宮が気を許してくれるのは、僕が教師だからだろう。その信頼を裏切らないためにも、しっかりしないと。
邪念退散、邪念退散、喝。













部活の監督が終われば、今日は終業だ。
だから、高宮と職員室へ部室の鍵を返した後、迎えの車が来ているところまで見送りに行く。
僕も帰るからついでだ。少し遅くなってしまったし。そういえば、迎えの時間は大丈夫だろうか?

「今日は用事があるっていっていたけど、時間は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。私がどこかに行くというわけじゃなくて、今日から一週間ほどお父さんとおじいちゃんが、仕事で海外へ行くので。それにお母さんも一緒に行くので、家をあけるわけにもいかないんです」

一度、高宮の家に行ったことがあるけど、あんな広い家に一人か。大丈夫だろうか?

「そうなのか?学校が休みだから一緒に行っても良かったんじゃないか?」
「仕事の邪魔するわけにもいけませんから」

うん。よくできたいい子だ。妹もこれくらい慎ましくなってほしい。
本物のお嬢様だし使用人がいるだろうから問題はないだろけど、ちょっとは心配だ。

「そっか、なにか困ったことがあったら言ってくれ」
「ふふっ、頼りにしています」

そんな会話をしていたら、迎えの車ところまで来た。

「じゃあな、高宮。休み明けに」
「それじゃ、さようなら土樹先生、休み明けに」

高宮は礼儀正しく一礼して、迎えの車へ歩いていった。







ふと、周りを見ると辺りには全く人影がない。
幻想郷なら妖怪がでてきそうだ。こういう状態を逢魔ヶ時と言うんだったけ?そういえば、ルーミアとリグルに一緒に襲われた時もこんな感じの夕暮れ時で・・・


・・・なんてことを考えていたから、気づけたのだろう。


目の端に”黒いナニカ”がうつった。それが勢いよく動いて視界に入る。最初、僕は犬か何だと思った。だけど、走っている犬にしてはかなり速い。まるで、地面すれすれを飛んでいるみたいだ。


そこで僕は違和感を感じた。


幻想郷で馴染みのある気配。だけど、この世界では違和感としかいいようがない、妖怪の類の気配。
目を凝らすと、”黒いナニカ”の姿がはっきりとわかった、猫だ。だけど、普通の猫と違うのは、墨のように真っ黒なことと、人くらい大きさであること。ソイツは何処かに吸い込まれるように一直線に移動している。
その先は・・・

「・・・っ、くそ」

舌打ちとともに、小さな声で悪態をつく。僕は時間を加速させて、”黒い猫”の行先に移動しているが、ぎりぎり間に合うかどうかだ。僕はたまらず彼女の名前を叫ぶ。

「栞ちゃん!!」
「えっ!?」

彼女が僕の叫び声に驚いて振り向く。
”黒い猫”は口のような部分を大きく広げ、彼女に襲い掛る。・・・駄目だ。間に合わない。
”黒い猫”は栞ちゃんの身体を突き貫けた。


その時、ゾブリ、と嫌な音がした。


ゆっくりと力なく倒れていく彼女を、霊力で力を水増しした左手で抱きとめる。
彼女の容態を確認すると、胸の辺りの服が少し破けている。
出血はない。外傷はない。問題はない・・・はず。


ジャリジャリ、と咀嚼する音が少し離れたところで聞こえた。
あの”黒い猫”は何を喰べている?
・・・ナニヲタベテイル?


瞬間、意識が沸騰する。目じりが吊り上がる。髪の毛が逆立つ。
僕は”黒い猫”を目で射抜いて、スペルカードを取り出して発動させる。

「『シルフィウインド』!」

”黒い猫”をカマイタチで切り刻む。ばらばらにできたけど、すぐに元の形に再生した。

「『サラマンデルフレア』!!」

”黒い猫”を炎で埋め尽くす。だけど、炎が引いたら無傷の姿で現れた。

弾幕を放つ。相手を覆いつくすくらいに。体の部分を削ることができるが、すぐに元の形にもどる。
新しくスペルカードを取り出したところで、弱い力で腕をつかまれた。

「だい・・じょう・・ぶ・・・ですから」
「栞ちゃん!?大丈夫?」
「・・・ええ、ちょっと吃驚しただけで」

そう言って、栞ちゃんは自分の胸元に手を当てる。

「・・・ない」
「なにが?」

間髪いれずに聞き返す。やっぱり、体になにかあったんだろうか?

「土樹先生のくれたお守りです。いつも身に着けていたんですけど。ごめんなさい。せっかくいただいたのに」

栞ちゃんは泣きそうな顔で、検討違いなことを謝っている。
・・・アレか。教育実習のときに渡した。 喰べられたのは栞ちゃんじゃなくて、あのお守りか。

「良かった。本当に良かった」

栞ちゃんをしっかりと両腕で抱きしめる。
暖かい。そんなことがとても大切に思えた。本当に無事でよかった。

「あの・・・土樹先生?」

おずおずと戸惑った感じで声をかけられた。

「あ、ごめん、栞ちゃん。あと、僕の後ろに隠れてて」

栞ちゃんが後ろに隠れたのを確認して、”黒い猫”の様子を伺う。
どうやら襲ってくる様子はなさそうだ。そういえば、妖怪にしては少し不自然な点があった。
確かめるために何発か霊弾を撃つ。全く避けない。霊弾で削れるけど、すぐに元の形に戻る。

「なるほど」

さっきは頭に血が上って思い至らなかったけど、冷静になってみるとコイツの正体の予想がついた。
この”黒い猫”は式神の類だろう。たぶん、対象者を自動的に襲うように設定してある。
何回か攻撃しても僕に襲い掛かってこないし。

で、対象者を自動で襲うようにしてある以上、術者はどこかに雲隠れしているのだろう。
それに、今、気づいたけど、周囲には微弱な人払いの結界がはってある。人を全く寄せ付けない結界ではなく、『なんとなく近づきがたい』と無意識に働きかける結界だ。これは強い結界じゃなくて効果もいまいちだけど、かなり注意深く気をつけないと結界が張ってあることがわからない。
ここまで用意周到なら、結界や式神から術者本人のところへ辿ることも難しいだろう。

あと、この式神はかなり強力だ。
さっき試したように、僕の通常の霊弾や手持ちのスペルカードじゃあまり効果がない。
手ごたえからして使役している術者は相当の実力者だ。式神を完全に消し飛ばすには、魔理沙のマスタースパークくらいの火力が必要だ。だけど、僕程度の火力じゃ手も足もでない。

でも、不幸中の幸いなのが、僕の能力の範囲内なら対象者を認識できないってところか。
とりあえず、僕がそばにいれば栞ちゃんは安全だろう。でも、これからどうしようか?

「僕のそばを離れなければ大丈夫みたいだ。栞ちゃんは他に怪我はなかった?」
「はい、土樹先生のおかげで大丈夫です。あれは一体なん・・・」
「栞お嬢様!!」

使用人が栞ちゃんの名前を呼びながら、慌てて走りながらこっちにやってくる。
この人に事情を説明しないと。僕は栞ちゃんをあの猫から守るようにしながら、車の方へ向かった。























あとがき
前編は事件パート。甘さ控えめ、ビターな展開のつもりです。
後編は甘々の予定です。なんとか完成できるようにがんばります。


ここまで読んでくださってありがとうございました。


それでは、また。
ネコのへそ


初稿 2011/07/18

 




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