み〜んみ〜んと蝉の鳴き声が心地よく聞こえてくる季節。
 外の世界では蝉の鳴き声よりも自動車等の騒音が大きく、意識していないと聞き逃す事が多いが、流石に幻想郷。




 命が燃える夏。




 という具合に蝉たちは短い生涯を閉じる前に、存在しているのだと主張する様に鳴き続けている。

 その日、僕は幻想郷での仕事。土樹菓子店を早くに終了し博麗神社で一休みをしていた。

 神社の軒先で魔法を使って冷やした炭酸飲料をゴクリと飲み干してジリジリと照りつける日差しを受けていた。

「たまには能力を切って自然の暑さを感じるのも悪くはないな」

「私は暑いんだけど?」

 奥で暑さにダレているのは霊夢。僕の温度調節を知ってからは事あるごとに快適な温度を求めてくる。
 ほんとにこのグータラ巫女は暑い寒いと文句ばかりを言ってくる。

「今日ばかりは温度調節はしないぞ? 僕はいま古き良き夏を満喫しているんだ」

 外の世界では味わえないこの夏らしい暑さと日差しを味わう事が出来る幸せ。
 これを僕から奪う権利は、たとえ博麗の巫女でも無いはずだ。

「自分の能力を切ってまで暑さを感じるとか。私には理解できないわ。さらに幸せを感じるなんて良也さん何か変な物でも食べたのかしらね?」

 ちょっとそこ、なんで僕の考えをそこまで読めるんだ?

「そんな顔してるわよ?」

 ちゃぶ台に顎を乗せ僕の方に顔を向け、気怠い表情で言いやがった。更に読むんじゃないよ霊夢。

「そんなに暑いの嫌なら冥界にでも行くか? 僕はこれから行こうと思っているんだが」

 冥界は全体的に気温が低く夏なんかは涼しく過ごす事が出来る。
 僕としては夏を快適に過ごすお勧めスポットだったりもする。

 とはいえ、蓬莱人の僕がちょくちょく行くのは映姫がいい顔しないので自粛したりしているんだけどね。

 僕の意見に霊夢はジッと僕の顔を見つめる。その表情にはその手があったという笑みが溢れている。
 だけど笑みを止めてため息をついた。

「いい案だけど遠慮しておく、あそこにはアイツがいる事を失念していたわ、行くなら良也さん一人でどうぞ」

 アイツさえ居なければ喜んでいくのになぁと、だらけた格好で湯呑を口にくわえ僕が持ってきた氷を弄ぶ霊夢。

「そうか、じゃあ僕は妖夢に依頼された物もあるし出かけるとするよ、棚にある水羊羹は食べちゃっていいぞ」

「ありがと〜 いってらっしゃ〜い」

 やる気の無い声で送り出す霊夢。しかたない帰ってきたら温度調節してやるか。

 しかしアイツって誰なんだろう? 幽々子も妖夢も特に霊夢は苦手にしてなかったよな?
 というかスキマでさえもあいつは対等に付き合ってるはずだしなぁ。

 妖夢に依頼されたメモを見直し、外の世界で買わなければいけないもののチェックをする。
 よし、買い忘れはないな。

「あとはこっちの里で手に入る物を購入するだけか、さっきはなかったけどそろそろ出来た頃かな? 長介君張り切ってたし」

 『饅頭屋雪之丞』という屋号の和菓子店。最近人里で人気を博してるお店の若き主人って実はあの長介君なんだよな。
 今でも美鈴のところに修行は行ってるみたいだけどさ。

 妖夢に依頼された物の最後の一つ。おそらく幽々子だろう、水饅頭(出来立ての冷え冷えで♪)と注釈まで入れてある。
 そりゃ冷やしながら持っていけるのは僕だけだろうけど。僕はあれか? どこぞのクール○H便扱いですか?

 とはいえ、幽々子や妖夢にはそれこそ生霊の頃から世話になったし、一番古い付き合いだけに無理も聞いちゃうんだよな。


 人里までは毎度の通り飛んで向かう、人目を気にせず飛べるのもストレスが発散できていいものだ。
 社会人になって結構な時間が経ったけど、空を飛ぶ事が出来るというのは色々なしがらみから解放されるようで非常に心地がいい。

「いかんな、いつもと違うぞ僕、なんかオヤジ入った考え方になってきている」

「よう、オヤジ!」

 考え事して飛んでいたらいつの間にか魔理沙が併走して飛んでいた。

「魔理沙か、僕はオヤジじゃない」

「自分でオヤジとか今いったじゃないか」

「そこは聞き流して欲しい所だったな。ところで魔理沙はなんでこんな所とんでるんだ?」

「あまりに暑いんでさ、紅魔館に涼みに行こうとおもってな、良也も一緒にいくか?」

 フランが会いたがっていたぞと付け加えられた。
 確かに最近は紅魔館を筆頭に他の所に足を運ぶ時間が取れないくらい忙しかったしな。

 夏になると冷たい系のお菓子が売れまくる。
 なので外で仕入れ、幻想郷で売る。これの往復だけで済ませていたし。

 しっかりした給料をもらえる身分になって外の世界での生活も安定してきている。
 菓子店にかけられる予算も学生の頃に比べて多く取れる。

 里の人に安定した供給が出来るようになったのが最近のことだけに菓子売りだけは止めずに続けていたっけ。

「あーフランには謝っておいてくれ。冥界の仕入れを頼まれちゃってさ、これから最後の依頼品取りに行くとこなんだ」

「冥界かよ……」

 うげっと言う表情を出した魔理沙。
 ん? さっきの霊夢といい魔理沙と良いなんでこんな苦々しい反応がでるんだ?

「なぁ、魔理沙。お前もひょっとして冥界が苦手なのか?」

 僕の質問に魔理沙はキョトンとした反応を示したが、すぐに一人で納得したようだ。

「ああ、今の時期なら居るかもしれないな、いってみりゃ分かるぜ。じゃあな!」

 流石幻想郷でも一位二位を争う速度の持ち主。あっという間に魔理沙は見えなくなってしまった。

「今の時期なら居る? どういうことだ?」

 幻想郷の存在を知って結構な時間を過ごしているが、色々な奴らと知り合いになったと自負している。
 まだ僕が知らない奴がいるのか?










「やっと買えたぞ水饅頭、出来たての冷えひえとか縛りありすぎだろう幽々子」

 冥界の入口に入った所。
 
 長く続く階段をみて心が折れかけたのでバッグを置いて一休みする。
 冥界で飛ぶとやたらと霊力を消費する。
 なんでも生者が存在しない世界だからだと何とかでと、映姫が説教の合間に教えてくれた事があったっけ。
 なもんで時間を早めて階段を歩いたほうが負担はすくない。スゲー長いけどさ。

 一休みしていたら、霊魂がウヨウヨと増えてきた。

「あ〜この時期って結構な数が現界の方に逃げるとか妖夢いってたっけな」

 スキマが境界を締め直したらしいけど、妖夢曰く以前に比べるとザルだそうだ、だけど僕的には無問題。
 そんな事を思った時だった。

「待ちなさい貴方達ぃ〜そこから先に出ちゃダメ〜!」

 ドドドドドドドドと砂煙を上げて猛進してくる奴が居た!

「なんだぁ?」

 よく見ると、以前妖夢が使っていた人魂網二本をブンブンと元気よく振り回し、有無を言わさずに霊魂を捕まえてる小さな女の子を確認した。
 始めて見る顔だな、妖夢とは色違いのベストとスカートを着込み、小さな霊魂を漂わせているところを見ると冥界の住人ぽいけど。
 身長は低。いや、ぎりぎりだけどやや低の部類かな。黒い艶のある長い髪をゆったりめの三つ編みにしている。

 これで三つ編み一本なら永琳さんと同じかもしれないが編み込んだ髪は二つだった。

 しかしホントに元気がいい、逃げ回る霊魂を捕まえる技術は妖夢よりも上なんじゃないか?
 あっちに飛びこっちに飛びと、休む暇もなく網をフル回転させて霊魂を捕獲していく。
 人魂灯に付いてくる霊魂の数が数百は下らない。見ているこっちが惚れ惚れするような巧さだ。

 なんて言うんだろうね、ワンコが主人の投げたフライングディスクを巧くキャッチするようなかんじ?
 例えが微妙になったがそんな感じなんだ実際に。

 僕の周りを行ったり来たりして霊魂を捕まえる事に集中しているので、僕のことは眼中に入っていないようだし。
 まさにその姿はワンコという感じなんだよ。

 そういえば幻想郷で犬っぽい感じの子は居なかったような。
 
 あ。居たわ、椛が犬だっけ? 体型は犬だけど(主に尻尾がね)椛の雰囲気は犬っぽくないよな。
 そもそもあの子は白狼だな。

 でも目の前の子は雰囲気が本当に犬っぽいんだよね。

 そのうちに霊魂が僕の体をかすめるように現界方面に逃げ始めた。

「待ちなさいって言ってるでしょう!」

 これはまずいな避けないと、僕は彼女の進行方向を阻害しないようにヒョイと避けたつもりだった。

 だけど彼女はバランスを崩したんだ。なぜ其処で器用にコケるかな。ワンコだからか?
 ほら、はしゃぎ過ぎてバランスおかしくなる犬っているじゃない?

「うわわ!」

 僕にせまってくる女の子。しょうがない、僕が受け止めてあげよう。
 女の子が傷つくのは男のプライドとして見たくない事だしね。

 時間操作を使い僕の時間速度を三倍にして受け止める態勢を作ったまでは良かった。

 だけどそれは失策だった! 女の子のこけ方が凄くて僕の力を超える速度で突っ込んできた!

 彼女のタックルのような態勢での突っ込みに受け止める態勢だった僕だけど不意打ちに近い状況だ。
 衝撃の強さに背中から倒れこむし速度もあるから滑る。地面に背中は擦られる。何度か地面にバウンドしてやっと衝撃が止まった。

「いてて」

 やばい視界が真っ暗だ、視神経逝ったかもしれない。
 上から重みを感じるから女の子は無傷だろう。僕の体がちゃんと動くか確認しないと。

 両足は……動くな。腕は? 動く。手も動く……。四肢の機能は失われていなかったか。

 だが手にあるこの柔らかい感触はなんだ? ムニュっとしている。
 これは背中が擦られて感覚神経やっちゃたかな。

 神経系統が負傷すると治りが遅いんだよな。しばらく触るもの全部この感触になるんだろうな。
 数回ほど手を動かしムニュムニュの感触を確かめた。

 上に居るであろう女の子が体を起こした感覚がある。すると真っ暗だった視界が明るくなった。

「お? 視神経逝ってなかったのかこれはラッキーだった」

「なにが……ラッキーなんですか?」

「そりゃあれだけの衝撃の割に体の損傷があまりないというね……」

 女の子の問いかけに答え彼女の声のした方に視線を向け返事をした所で、僕の声は詰まった。

 僕の手の中には彼女の立派な胸がしっかりと収まっていた。
 そうかそうか、あの感触は彼女の胸の感触だったのか。小さい体なのに立派な胸。どうりで柔らかいと思ったんだ。

「……」

「……」

「バランス崩してご迷惑かけたのは謝ります」

「うん」

「でも、胸を揉んだことに関しては……」

「カンシテハ?」

「許せません!!」

「ですよね!!」

「まだ幽々子様だって触れた事がなかったのにぃ!」

 女の子の右拳が力強く握られギリッっと音がなる。さらに青白い霊力を纏いはじめた。

 あ、この光はヤバイ。僕のテンプルにクリーンヒットを決めたナイスブロー。
 ゴキッを首の骨が折れる音を聞きながら、僕は久々に死んだ。












「あっははは、それは災難だったわね良也」

 僕の正面に幽々子、隣に妖夢、幽々子の隣にあの子が居るわけだが。
 生き返ってから、白玉楼での夕飯時に幽々子がさっきの状況をしって盛大に笑いやがった。
 ここまではあの子が運んでくれたらしい。

「だけど、雛菊もやるわね〜 良也を一発で仕留めるなんて」

 人を何かのゲームのモブ扱いするなソコ。

「蓬莱人だと知ってれば、もっと全力で行けばよかったですね……」

 雛菊と幽々子によばれた女の子も、蓬莱人差別をしないでいただきたい。
 しかも犬が威嚇する感じでウーウーとこっちを睨まないでほしい。

「幽々子、僕はまだ彼女の名前すら知らないんだがな?」

 あれ、そうだったっけ? と言うような顔するなよ幽々子。 

「二風谷雛菊ですさっきはすいませんでしたエッチな土樹良也さん」

 棒読みで感情を一切込めずに自己紹介をすませた彼女に怒りのオーラを感じ取った。
 だからあれは事故なんだけどさ。いい加減ゆるしてくれよ?

「雛菊、それは良也さんに失礼すぎますよ」

 僕の隣で食事をしていた妖夢は箸を置き、助け舟を出してくれる、やっぱり良い子だな。
 幻想郷の中でも数少ない常識人枠に入る彼女に感謝をした。
 
 妖夢は僕をチラリと見る。

「いくら良也さんが悪いとは言え、挨拶や自己紹介はキチンと行うべきです」

 食事の場でついでにする事じゃないでしょう? と
 結局僕の擁護じゃないわけかよ。

「それに貴女の新しい装束を持ってきてくれたのですよ? いつまでも私のお古使うわけにもいかないでしょうし」
「えー? 私は妖夢姉ぇのお古でも全然良いのになぁ」
 
 彼女は自分の胸を押さえ、まだまだベストは着れるから大丈夫と主張する。
 
 そういやスキマに頼まれた何処かの民族衣装が何着かあったっけ。たしかアイヌだったか? この子用だったのか。
 しかも、あの色違いのベストは妖夢のお古だと。

 確かにサイズ的に限界だろうな、妖夢とこの子じゃ、まず胸が違いすぎるし。
 身長こそ高くないが胸のサイズは幻想郷の中でも十指に入るくらいの大きさを持っていると思う。
 
 僕の前にいる幽々子と比べても大きさはそんなに変わらない。

「……いやらしい事考えてないですか?」

 妖夢と彼女にジロリと睨まれた。ハモるなよ二人でさ。
 なんでかな? 考えることが読まれてるのはもう仕様か?

「良也は読まれやすいからよ、いい加減少しは読まれ難くしたほうがいいわよ?」

 幽々子にまで突っ込まれた。

「それと雛菊、良也は私の友人でもあるのよ?」
「……わかりました、幽々子様」

 あまりに不機嫌な彼女に対し、やっと幽々子が援護射撃をしてくれた。
 幽々子の言うことは素直に聞くんだな。

 姿勢を正し丁寧に頭を下げた。

「先程は失礼しました、西行寺家にお世話になっているニ風谷雛菊です、私のことは雛菊と呼び捨てにしてくれて構いません」

「そこまで畏まらなくてもいいさ。さっきは僕の方が悪かった土樹良也です、よろしく雛菊」

 僕は其処で右手を差し出したんだか、雛菊は僕の手をじーっと見つめているだけだった。
 まるでその手は何ですか? と言うような顔をしたので言ってみたんだ。

「握手だよ。仲直りの挨拶という事でどうかな?」

 幽々子も妖夢も握手という部分に否定はしない表情だった。だがしかし……

「幽々子様からのお願いなので挨拶はしましたが、蓬莱人とは仲良くするつもりはありません! もう一度死ねばいいと思います!」

 
 幽々子は蓬莱人が苦手という事になっているからなのか、僕の握手を拒否する雛菊。
 どうすりゃいいんだよ! この忠犬娘が! 







 ……僕と雛菊の出会いは最悪だった。







―― 東方奇縁譚三次 神威譚番外編 ――
     良也と少女 前編




南です。此処まで読んで頂き有難う御座います。

良也君と雛菊の出会いをテーマに奇縁譚三次を書かせて頂きました。
一人称は初の試みだったので奇縁譚を最初から読み直したりしてました。

良也君をうまく表現できてればいいのですが。

神威譚終了後の話として書いていますので、後編はそちらが終了しだいあげたいと思っています。



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