冥界は冬の季節も中程まで進みすっかり雪景色一色となった、木々は雪に包まれ雪は音を吸い込み、元々静かな冥界をより一層の静寂世界へと誘う。 そんな静寂世界を破る足音が聞こえてくる。 ザクザクと雪を踏み右手に紙を持ち左手には筆をもった少女の姿が確認される。 大きなケヤキの木の根元にまで脚を運んだところでピタッと歩みを止めた。 上から見るとこの大きなケヤキを中心に少女の足跡があらゆる方向に幾重にも伸びているのが確認出来た。 四季映姫より冥界の測量という役目を負った少女、二風谷雛菊が付けた足跡である。 白玉楼を後にしてすでに二ヶ月という時間が過ぎている。 小さな体を蓑にすっぽりと包んで簑に積もった雪を払いのける。 ケヤキの所で荷物と一緒に待っていたワタリガラスのコロが雛菊の頭に乗っかる。 「ここの地域の測量は完了だね」 「カァ」 コロの言いたいことを理解しているのだろう、雛菊はいまの声に反論した。 「分かってるよ、時間かかりすぎって言うんでしょ? しっかり歩測しないといけないんだから、この位は多めに見てよ」 コロが雛菊の目の前に飛んできてひと鳴きする。 「カァ」 「それを踏まえても遅すぎるって? それも私の背が小さいからだって言うの?」 ジト目でカラスを見る雛菊、言葉の通りだろう? お主は背が小さいと言わんばかりのコロ。 「コロ、お前痛い目みたい? 私が一番気にしている事を!」 コロとその場でいがみ合いというかじゃれ付き始めた雛菊を見つめる者が居た。 浄玻璃の手鏡を使い二風谷雛菊の状況を確認する四季映姫。隣では小野塚小町が興味深そうに見つめていた。 「元気そうじゃないですか雛菊は」 小町の言葉にそうですねと相槌を打つ映姫であるが、彼女の注目はむしろカラスのコロの方であった。 (このカラス妖怪、白玉楼では殆どの時間を西行寺と共に在った。それは何故だ?) 映姫の考え通り、雛菊に寄り添い始めたのは最近である。 (小町の見立てでは下級妖怪らしからぬ霊力の張りを持っていると聞く……) 「何れにせよ、こちらも調べないといけない様ですね」 思っていただけのはずが、声に出てしまった四季映姫。 「測量結果を更に調べるんですか? それは雛菊の意味が無くなるのでは?」 小町のやや外れた意見を聞いた映姫の眉間にシワがより悔悟棒を振り上げた。 ゴンッと鈍い音がして死神の頭にクリーンヒットする悔悟棒。 「きゃん!」 「何外れた事いってますか、もういいです。しっかりと死者を判決場に連れて来なさい、いいですね?」 頭を押さえながらはぁぃと弱々しく返事をした小野塚小町であった。 「よし、新しい場所に向かうよ。コロ」 荷物等を背負った二風谷雛菊とカラス妖怪であるコロ。 ケヤキの木を中心とした地域の測量を終え、新しい地域を目指す。 測量を完了したエリアは空を飛び、未開地域に差し掛かると降りて歩き始めた。 今度の未開地域は平野が続く様だ、もっとも辺り一面雪景色だ。 雪に埋もれているから平野に見えるのかもしれないが。 冥界は広大な広さを持つ世界である。 是非曲直庁でさえも把握していない地域がまだまだある。 白玉楼にしても二百由旬という広さを持つのだ、冥界全体ではどれほどの広さを持つのであろうか? コロを頭に乗せ、携帯食料をパクつきながらテクテクと歩いていく新米測量士の雛菊。 主人である幽々子が三人で食べることを望むし大量に食べるため。 しっかりと一日三回。従者である妖夢と雛菊も一緒に食事をとるのが白玉楼では暗黙の了解となっている。 だが一人の時は、朝に食べてあとはお茶位で済ませてしまう。 半人半霊である為かそれとも本人の体質か、雛菊はあまり食べない。肉体維持のために必要最低限の量だけを体内に収める。 妖夢にはもう少し食べなさいと言われるが一日一回食事を取ればあんまりお腹が減らないのだ。 白玉楼でわけてもらった携帯食料だけで、ふた月程の時間を過ごしているが流石に量も僅かになっていた。 かなりの距離を歩いたのだろうが雪の平野はまだまだ続き日が落ち始め夕方に差し掛かる。 「そろそろ食料調達もしないといけないなぁ」 「クァ」 雛菊の独り言を聞いていたコロは彼女の頭上でひと鳴きし、注意を前方に向けさせた。 雛菊の瞳に飛び込んだ物は雪景色の中に在るはずがない黄金の稲穂が実る陸田であった。 風にサワサワと揺れて沢山の実を付け、稲は頭を垂れている。 「稲穂畑? 今は冬なのに?」 季節ハズレの稲穂畑に見とれていた雛菊だが背後に何かの気配を感じ全身に悪寒が奔ると、でかい爆発音が鳴り響いた。 「なに?!」 あまりの音の凄さに思わず振り向き手甲を構え闘う体勢を取った雛菊。 雛菊の目に入ってきたのは黒と白の武士服を来た老人と数多くの怨霊だった。 老人は右手に長い刀。野太刀を構え怨霊と対峙している。 かなりの手練であると思わせる動き方をしているが多勢に無勢だ、怨霊は数の多さを活かし老人を追い込んでいく。 讃えよ、讃えよ、我らが主。 今こそ、現に魂降り賜いて、失われし御代我等に再び与え給へ。 血と。肉と。湯気溢れる腑と…… 美しき悲鳴に彩られし、数多の供物を御身が御前に山と饗して御覧に入れましょうほどに…… 怨霊達は各々このような不気味な詩を読み上げ老人に襲いかかっていく。 「物凄い数……コロ、助けるよ!」 「ギャ」 鳳蝶応龍に霊力を送り『拳を操る程度の能力』を開放した雛菊。 青白い光の霊力を噴出して手甲拳が空を舞う。 文字通り蝶の様に舞う鳳蝶。 狙った獲物を噛みちぎろうと一直線に向かう応龍。 老人の背後から迫る怨霊達の二体を鷲掴みにして握りつぶす鳳蝶応龍! 握り潰した場所から二体の拳は動かずに本体である雛菊をその場所に引っ張る。 「いやぁ!!」 掛け声と共に両足にも青白い霊力の光を纏った雛菊。周囲の怨霊を蹴散らす。 雛菊の蹴撃を受けた怨霊は滅されて消えていく。 先端の拳部分と手甲部分が合体しその場でクルリと縦回転をして着地した雛菊は老人の背中に自分の背中をくっつける。 「助太刀します!」 「助かる!」 彼が野太刀を一閃させると数十体という怨霊が消えていく。 老人は背中を雛菊に任せ正面から来る怨霊を自分の武器で滅して行く。 雛菊は自分の胸の中から一枚のカードを取り出した。 拳符『乱撃』 「いっけぇぇぇ!」 鳳蝶はクルクルと雛菊の周囲を囲み応龍が直線的な動きで獲物を捕えて行く。 スペルカードの字の如く手甲拳が乱れ舞い、周りに寄ってくる怨霊共を老人と少女は滅していくのである。 血と。肉と。湯気溢れる腑と……讃えよ、讃えよ、我らが主。 怨霊達の詠はまだまだ続く。 老武士と半人半霊少女の怨霊払いは実に一刻の時間が使われ未だ継続中。 此処まで長丁場になると雛菊は集中力が切れて来た。 怨霊に対する反応が鈍ってくると背中にも目があるのかと思わせる老人の太刀閃が怨霊たちに見舞われる。 「もう少しで全てを滅せる、もうひと踏ん張りじゃ!」 「はい……」 老人の激を貰い意識をしっかり保とうとする雛菊。 だが、実戦を初めて体験した少女の頭はそれを拒否した。 視界がボヤけてくる、今自分は何をしているのか? それすらも理解ができなくなってきている。 それほどまでに雛菊の意識は混濁してきていた。 (もう……楽になりたい……) 朦朧とする意識の中。とにかく今の状況から逃れたい、そんな気持ちまで浮かんでくる。 (技を使えば楽に倒せるかな……) 雛菊がそう思った途端、拳符『乱撃』の効果が薄れた。 霊力の緊張が解かれると手甲拳はドサッと音を立てて地面に落ちた。 背後に居る老人が雛菊の状態を確認しようと声を掛ける。 「しっかりせい! ……む?」 意識が朦朧としている雛菊ではあるが、生身の両拳に霊力で爪を形作っていた。 鳥の足のような三本の巨大な青く光る爪を。 雛菊は老人にも聞き取れない程の小声でボソリと呟いた。 「鳳凰の爪。空鳴拳……鳳仙花」 ゆっくりと両腕を肩まで上げて大きく水平に開き素早く自分の胸元まで持っていきクロスさせた。 すると雛菊と老人を中心に局地的な竜巻が発生した。 鳳仙花という言葉の通り竜巻は蕾みを作り出し残っていた怨霊達を全て巻き込む。 花が咲くと遥か上空に対象を舞い上げ消滅させたのである。 老人はその技を驚きの表情で見つめていた。 威力に驚いたのではなく何故それを使えるのか? という表情だった。 (やっと終わった……) 雛菊はその場で意識を手放し倒れこむ、老人は彼女を抱きかかえた。 改めて装備している鳳蝶応龍を確認すると言葉を漏らした。 「今のは鳳仙花……それに神威の手甲じゃと?」 雛菊を背負い荷物を拾い何処かに歩き始めた老人武士。何も言わず彼の隣を飛んでついて行くコロだった。 「西行の、やっと俺の装備が完成したぞ」 「ほう? 神威も晴れて武具持ちということか、鍛冶師は誰だ?」 「天國だ。お前の持つ楼観剣と同じ刀鍛冶だな」 「あの偏屈妖怪が防具である手甲を鍛えるとはな、お主どんな手を使ったのだ?」 「手甲ではない、自在槍という武器さ」 神威という男の顔はよくわからないが西行と呼ばれた人物はあの老人に似ていた。 「楼観剣!」 ガバッと布団を剥ぎ取り起きた雛菊、周りを見回す彼女。 「ここは何処? それに今の夢は?」 雛菊が寝ていた場所は小さな庵だった。 立ち上がり庵の障子をあけると先ほど見た黄金の稲穂畑が見えた。 時間的にもう夜のはずである。 だが稲が放つ黄金の輝きが庵周辺の夜の存在を打ち消している。 そんな景色はなんとも神々しく雛菊には見えた。その稲穂畑から此方に歩いてくる人物を確認する雛菊。 背中に黄金の稲藁を背負いいかにも刈り取りを済ませてきたという格好。 「……あれは」 雛菊は老人の姿に釘付けになる。いや正確には武士服に入れられた紋様に釘づけになった。 妖夢のベストに付いてる物と同じ魂魄紋。 お古を雛菊に渡す時も魂魄紋は消して渡していた妖夢の事を思い出す。。 「この紋様は魂魄家に伝わる家紋です、冥界では私と師匠しかつける事を許されていません」 「妖夢姉ぇの、お師匠様ですか?」 「ええ、今どこで何をしているのか……」 妖夢が昔を懐かしむ様に白楼剣を優しく撫でていたのが印象的だった。 「おお、気がついたか、よかった」 雛菊が起きていたので安心した表情を彼女にむけた老武士。 「少し待っておれ、茶を用意しよう」 老人は取ってきた稲藁から実ってる茎だけを手にもっていた鎌でバッサリ落とす。 近くにあるカマドに実がない藁をくべ火を熾した。 彼の背中には大きな魂魄が一つ漂っている。 それを確認して彼女は声を出した、妖夢から聞いていた先代庭師である人物の名前を。 「あの……貴方様はもしかして、魂魄妖忌様ですか?」 黒と白の武士服の老人は雛菊の方に向き、彼女の質問にやや面食らった様だが、やがてフフフと笑い出した。 「ほう妖忌を知っておるのか……残念じゃが人違いだ、儂の名前は西行。してお前さんは?」 「白玉楼の二風谷雛菊です。訳あって冥界の測量をしています」 白玉楼と聞いた西行はピクッと眉毛を動かした。 「白玉楼からか。かなり遠くから来たものだな……だが本当に二風谷というのがお主の姓か?」 西行老人の鋭い視線、雛菊は彼の視線に八雲紫の鋭さを感じる。だが…… 「二風谷は私が冥界に来てから名乗っている姓です、間違いありません」 二風谷という姓は彼女が敬愛する幽々子からもらった大切な物、西行の問いに答えるのも迷いがない。 冥界に来てからという言い方に西行は何かを言いかけようとしたが、雛菊の迷いがない答え方に今はまだいいかと考え直す。 まずは先程の怨霊の件にケジメを付ける方が先だろうと思ったのだろう。 「そうか、変な事を聞いてしまってすまなんだ、先程は助かった礼をいう」 「いいえ、此方こそ助けに入りながら、あのような醜態を晒してしまって。ごめんなさいです」 年相応な照れた表情をだす雛菊に、西行は孫を見るような笑みを出し言う。 「出会ったのも何かの縁だ、しばらくはこの庵を拠点に測量を行うがよかろう」 二風谷雛菊と西行との出会いはこの後、雛菊にどのような結果をもたらすのであろうか。 白玉楼では。 ほっかむりをした二人が何かをしていた。 珍しく幽々子が物置の掃除をしようと思いつき、妖夢と一緒に片付けをしているというレアな光景が確認できた。 庭には数々の書籍や骨董品が物置から出され日に照らされている。 「妖夢〜これはドッチに置くの?」 値打ち物なのか、ガラクタなのか。理解できそうにもない信楽焼の大タヌキを両手に抱えた亡霊姫は従者の少女に指示を仰ぐ。 白玉楼の物置はかなり広い。霊たちを使いながら妖夢は時間を計り進行速度を調節しながら作業を進めていく。 「それは此方にお願いします」 「そこね? 分ったわ〜」 普段の幽々子ならば雑務などは一切やらない。なぜこのような事になっているのか? 幽々子は思いつきで行動することも多い、そんな時は自ら積極的に作業に参加してくるのだ。 こういう時に限り、主従関係が逆転して従者である妖夢が幽々子に指示を与えていく事になる。 主である者に従者が命令をするという構図。 時代が時代ならまずありえない、それどころか討ち首になってもおかしくはない。 このような関係の逆転も当人である幽々子が気にしていないので問題はないのだろう。 (そろそろ昼ですか、食事の準備もしないといけませんね) 「幽々子様、こちらの書物の整理をお願いしますね」 「はいはい〜」 妖夢が指差した場所は霊達が忙しいと言わんばかりに物置の奥から引っ張り出してきていた書物の山が出来上がっていた。 フヨフヨと書物を運ぶ霊の一つが幽々子のそばに寄ってきた。 「あらあら〜」 あまりにヨタヨタと飛ぶ霊魂を不憫に思ったか、幽々子は書物を手にとった。 霊が乗せていたのは黒く染め抜かれた表紙。 縦に赤く『富士見の娘』と書かれた物だった。 ――東方神威譚 第五話 出会うお話―― 南です。此処まで読んでいただきありがとう御座います。 一人で冥界を歩き回る雛菊が出会った人物、そして白玉楼でひとつの書物と出会う西行寺幽々子。 二人がこの先どうなるのか? ターニングポイント的な話として今回は作ってみました。 構想的にはやっと半分といったところです。 残り半分、至らない所が多々ありますが、お付き合いしていただけると幸いです。 |
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