白玉楼、雪景色の枯山水。石塔の上にワタリガラスが佇み季節は冬の頃に差し掛かる。 冥界での白と黒のコントラストはモノクロの良さを醸し出し何とも言えない雰囲気を創りだす。 二風谷雛菊が自分の過去を思い出してから半年近くが経った。 枯山水のある中庭では二人の少女を確認することができる。 青緑のベストとスカートを着た少女、魂魄妖夢と同じく紺と濃紺のセットを着込んだ二風谷雛菊の二人。 彼女達は手合わせをしている最中のようだ。 楼観剣を雛菊に向けて切っ先をユラユラと動かす妖夢。 ボクシングで使われる様なビーカブースタイルの様な構えを取っている雛菊。 妖夢のユラユラと動く切っ先に対し雛菊はトントンと体を小さく上下に動かしてリズムを取る。 お互い真剣な眼差しで相手の動きを読み取ろうとしている。 相手の呼吸のタイミングまでを図ろうとする両者、眼を細め雛菊を睨む妖夢。 逆に眼を見開き妖夢の全体を視界に収める雛菊。 二人の間に短く強い風がヒュッと吹く。 切っ先を動かしていた妖夢の楼観剣がビタッと止まり、雛菊の体が彼女に向かって突進を開始。 先の先を取った雛菊に対し後の先を選んだ妖夢。 雛菊の拳打が妖夢を襲う、相手に斬撃の隙を与えないよう右左のコンビネーションを巧みに使っていく。 楼観剣で拳打を受ける妖夢の体は開始位置から全く動いてはいない。 いや動くことが出来ないのかもしれない。 雛菊の放つ拳打は以前の暴走した時とは違いフェイントも混ぜてきている。 尚且つ上体を素早く動かし、斬撃を警戒しながら的を絞らせない様にしている。 妖夢の楼観剣はリーチが長い、懐に入られるとそれが仇にになる時もある。 そこを雛菊はついたのだろう。ニヤっとし妖夢に言う。 「妖夢姉ぇ、今度こそ勝つよ!」 だが妖夢に集中するあまり雛菊は彼女のもうひとつの存在を忘れていた。 雛菊の背後に妖夢の魂魄が迫っている事に。妖夢にとっては先の先をとらせたのも考えのうちなのだ。 魂魄を移動させる間、雛菊の意識を自分に向けさせるだけでいい。 準備が完了したところで妖夢の反撃が開始される。 「まだまだですね。雛菊!」 張り付かれていた妖夢であるが雛菊の拳打を楼観剣で弾き蹴りを放ちひるませ、右手に札を用意し宣言をする。 魂符「幽明の苦輪」 魂魄が妖夢の姿を形どり妖夢本人と魂魄が雛菊を挟み込んだ状態となった。 「え?! ええええええええええ!」 妖夢が二人になった! 雛菊は始めてみる妖夢の技に構えを取っているものの慌てた。こうなると妖夢に軍配が上がるだろう。 「これで決まりです!」 間合いを詰められ弦月斬の二重斬撃をお見舞いされた雛菊は空中に舞う。 きゃい〜んという声を発し地面にバタッと倒れた。 もちろん峰打ちではあるので状態に別状はない。魂魄を戻し楼観剣を鞘に収める妖夢。 「う〜痛いよう、カード無しのハズなのに狡いよ〜」 体をおこし胡座をかき文句をいう雛菊の頭にコロが乗っかりクァっとひと鳴きする。 お疲れ様とでも言ってるかのようだ。 「こら、胡座をかかない。戦いに於いてカードは必須です、貴女も早く自分だけのスペルカードを作りなさい」 流石にやり過ぎたかと思った妖夢であるが、妹分に対し負けることなどあってはならない。 姉貴分としての意地というものがあるのだろう。 姉らしく雛菊の手をとり体を立たせた時、二人に拍手が送られてきた。 「いや〜いいもん見せてもらった」 二人が拍手を送った人物を確認すると、大きな鎌を持った女が居た。 「誰かと思えば死神ですか」 「死神?!」 妖夢の言葉に体を少しビクッとさせた雛菊であった。 白玉楼広間では四季映姫と西行寺幽々子の会談が設けられ、二人は冥界に関する事柄を話し合っている。 それと雛菊の事もだ。 「そうですか、あの子は自害を……」 幽々子の報告を聞いた映姫の反応はそういう事も可能性としてアリというものであった。 とはいえ既に幻想郷の住人として認める判断を自ら下している。 肉体もアイヌの神より与えられている、現界ではなく冥界住人として認めていたのは幸いであったかもしれない。 生き返ったというわけではないのだから。 あとは善行をどのように積ませるか? という判断だけになるというところか。 「能力の方も判明はしてます、今回の件は雛菊が適任だとはおもいますが」 「善行を積ませる意味でも、あの子の能力をしっておくべきですかね」 しばし考えた後、四季映姫は一つの決断をした。 「西行寺。あの子に試練を設けます、異存はないですね?」 「可愛い子には旅をさせよ、とも言いますからね」 映姫の言葉を聞き、何なりとという表情を返した西行寺幽々子であった。 映姫が連れてきたお供の死神。小野塚小町は幽々子の従者二人に対してお茶を飲み気さくに話をしていた。 縁側で雛菊を挟み右に妖夢、左に小町という並び方。 「お茶が美味い、妖夢は淹れるのが上手なんだね」 「それはどうも」 妖夢の返事にニヘラと笑いを浮かべる小町。雛菊は彼女が気になってしょうがない。 「あの、小町さんは死神さんなんですよね?」 死神といえば地獄に連れて行く存在。もしかして自分を地獄に連れて行くのでは? 雛菊のイメージはこれだっただけに恐る恐る小町に質問をする。 だが目の前の死神様は雛菊に対してどうこうという気配を見せなかった。 「あれ〜? あたいの事わすれちゃったのかい? 映姫様の所まであんたを運んだのはあたいだってのにさ」 三途の川を渡らせた事を覚えている小野塚小町の発言。 「こんな小さかったもんな〜 覚えてないか。あたいは死神だけど、三途の川の渡し守さね」 今でも小さいけどさとカラカラ笑いながら話す小町は雛菊の想像する死神とは大きく外れている。 「あの頃の事は殆ど覚えてなくって。済みません」 「構わないさ」 短く答えた小町も実は雛菊の事が気になっている。それは雛菊の頭の上に器用に乗っかっているカラスだ。 雛菊が頭を動かすと巧くバランスをとって頭の上に居続ける。 雛菊が済みませんと頭を下げても位置は変わらない、それどころか一緒に頭をペコリとする。 まるで帽子かのような一体感を醸し出している。 それだけではない、小町の瞳にはコロから溢れ出る霊力が一介の下級妖怪の物とは異質に感じられていた。 下級妖怪の霊力は豆腐に例えるなら木綿ごしのような表面がざらつく感じで小町には見える。 だがコロの霊力は絹ごしのような滑らかさを放っているのだ。しかも滑らかであり、きめも細かい。 「あたいもさ、あんたの頭のカラスがきになる」 「コロがですか?」 小町は雛菊の問いかけに首を縦に振りコロに指先を近づける。 妖夢が小町の行動に、あっと声を出した瞬間に雛菊の頭上でコロは小町を威嚇し始める。 翼を広げ全身の体羽を大きく開いた後、小町の白い指先めがけて嘴を突き出したのである。 「うおっと」 だがそこは小町だ指を直ぐに引っ込めた、コロの攻撃は空振りに終わる。 両手を広げて頭上のコロをガシッと掴む雛菊、ギャアギャアと声を上げ苦しそうにするコロ。 「申し訳ない、コロは幽々子様と私と雛菊にしか懐いてないので」 初見の者には先程のような行動を取ってしまうのですと妖夢が補足する。 「本当に済みません。小町さん」 コロを掴みつつ頭を下げる雛菊、その後直ぐにコロを叱る。 「コロ! ダメでしょ!」 妖怪をたしなめる半人半霊少女のやりとりを見て小町はフッと笑う。 「いやいや、あたいもうかつに触ろうとしてわるかったよ、しかしカラスってのは賢いね」 そうですか? と小町を見る雛菊。 「飼ってくれてる人物をちゃんと覚えて、それ以外の者には攻撃するなんて賢い証拠じゃないか」 「つまり小町よりも賢いという事になりますね?」 三人の会話に入り込む人物が登場する。 「それは酷いですよ映姫様ぁ〜」 「酷くありません」 四季映姫の言葉にシュンとする小町。 コロが飛び上がり一緒に来た懐いている最後の人物の肩に止まると幽々子がクスクスと笑う。 「お二人共、いまお茶を淹れますね」 妖夢がお茶を淹れ雛菊が映姫に頭を下げる。 「四季様。お久しぶりで御座います」 「……そうですね、元気でしたか? 雛菊」 悔悟棒を持ちながらであるが笑みを持って雛菊に声を掛けた。 部下である小町に体を向け鋭い視線で続ける四季映姫・ヤマザナドゥ。 「小町、今からこの二風谷雛菊と仕合なさい」 映姫の言葉に小町は驚いたが直ぐに落ち着いて返答を返す。 「映姫様があたいを此処に連れてくるのが珍しいとおもいましたが、そういう事ですか」 縁側から立ち上がり鎌を手にする小野塚小町。 これが先ほど映姫が言っていた雛菊に与える試練なのであろうか。 縁側に座り込んだまま青ざめる雛菊。 「小町さんと仕合ですか?!」 幽々子に助けを求めようと彼女の方に向くと、コロを右肩に乗せやってみなさいという視線を受けた。 (幽々子様も乗り気だ……私なんかと仕合なんて何かがおかしいよ) 「小町。スペルカード無しの能力戦闘、三本勝負。意味わかりますね?」 四季映姫の言葉にそいつは又特殊な設定ですねと言わんばかりの小町であるが得心した物があるのだろう。 「了解しました、時に映姫様。この仕合の報酬はあるんですよね?」 「雛菊から一本取る毎に休暇を考えてもいいですよ」 「それはまた……豪勢ですね」 自分は蚊帳の外で話が進んでいく事に雛菊は圧倒されているだけである。 「雛菊、貴女は小町が三本取る間に一本でもいいから取ってみなさい、いいですね?」 そうは言っても小町は武器を持っている、雛菊は基本的に武器を持たずに素手での格闘をメインとしている。 武器に対して素手というのはかなりハンデがある気もするのだが。 「四季様、雛菊に渡すものがあるのですがよろしいですか?」 幽々子の言葉が発せられたのはその時である。 映姫が了承の頷きをすると幽々子は紫から貰い受けたあの手甲を取り出した。 左が蝶、右が龍の意匠でできているあの手甲だ。 「妖夢、雛菊にこれを付けてあげて」 「緋々色金で出来た手甲ですか」 妖夢は手甲の出すオーラに気がつき息を飲む。雛菊と対峙する小町も目を見張った。 カチャカチャと音を鳴らし緋々色金製手甲が雛菊に装着されていく。 雛菊の両腕にすっぽりと収まった手甲、まるで計ったかのようにぴったりと収まる。 雛菊の姿を確認する幽々子の瞳には手甲のオーラが彼女を包み込み初めている。 (まるで雛菊を守ると主張している様な包み込み方ね) 雛菊の準備が終わると二人は庭で映姫の開始合図を待つ。 「いいですか? スペルカードは無し、能力のみでの仕合。では始めなさい!」 悔悟棒を高々と振り上げた四季映姫。 小野塚小町と二風谷雛菊との能力のみでの闘いが始まった。まずはお互いに距離を取る。 雛菊は両拳に力を込めるとギリッと音を立てる手甲に気がついた。 先端部分に緋々色金で出来た拳が出した音である。手甲に拳は普通付かない。 イメージしやすく言うのであれば、雛菊の手の先にもう一つ大きな手があるという感じだろう (でも重く感じない、緋々色金で出来ているせい?) 雛菊の手の動きに合わせてその部分が連動しているのである。 枯山水の地面は白色の小石が敷き詰められている。 鎌の柄を肩に掛け右腕をそれに絡めて左腕を腰に当てた格好の小町、戦うにはいささか不利な高下駄を履いている。 「雛菊、休暇が絡む以上あたいも負けてやる訳にはいかない。全力できな」 小町の負けてやらない宣言は死神らしい表情で言われ雛菊にプレッシャーを与えてくる。 幽々子や妖夢と同じ黒い靴を履く雛菊は手甲を前に構えて小町のかけてくるプレッシャーを受け止める。 その場に留まり高下駄とトントンと地面に叩く小町。 「そういや、あんたの能力は拳を操る程度だったっけ?」 「はい、そうみたいです」 今ひとつ、自分の能力に実感がない雛菊は小町の質問に軽く答えた。 「そいつは奇遇だな……」 口元を釣り上げニヤリとした小町。 高下駄を地面に叩いた格好のままで小町が自分の目の前に接近してきていたのだ。 カメラでズームアップする様な感じではなく突然にである。 雛菊は信じられないという表情をする。体と言うものは何かの動作を起こす時、動作の起点というものを作る。 例えば投手が力を込めて球を投げる時、球を握り振りかぶる。 サッカー選手がゴールにシュートを打つ時、狙うコースを目で追う等の行為。 だが小町の場合はそれがまったく無いのである。 「あたいも操る系の能力もちさ」 肩に掛けた鎌をスッと雛菊の首元に置き続きの言葉を放つ小町。 何も出来ないまま雛菊は小町に一本先取されてしまった。 「まずは小町が一本!」 映姫の宣言が白玉楼に響く。正規の対戦位置に戻る小町。 「あたいのは距離を操る程度の能力。同じ操る系統なんだ、何とか勝ちを奪ってみせな」 小町はここで鎌を初めて構える。 右斜め下に刃部分を下ろし振り上げできる体勢を取った。 突っ込んできたら容赦なく振り上げてお前の体を真っ二つにしてやるぞ。そう言わんばかりの構えだった。 雛菊は想う小町は相当闘い慣れしているんだと。 「今のが小町さんの能力、あの方から一本なんて取れっこないよ」 「雛菊、自分を信じなさい。今の貴女なら出来るはず」 小町のプレッシャーに負ける雛菊に妖夢からの檄が送られた。 私との仕合を思い出せ、妖夢の表情から雛菊はそう思った。 (動作の起点が見つけられないなら……) 雛菊は己に付けられた手甲を構え直し小町を見る。拳を作ると先端部が連動して拳を作った。 (起点を作り出せない様に仕掛けるしかない!) 妖夢と散々仕合をやってきた雛菊は動作の起点を頭でなく体で刻み込んでいる。 先ほど行っていた妖夢との仕合。体が妖夢の動きに合わせて反応できる、だからこそ妖夢はスペルカードを使ったとも言える。 雛菊にとっては小町の様なタイプは正直やりにくいだろう。 彼女の能力を発揮させまいと自分からペースを作り出そうと動き出した。 弓から撃ち出された矢の如く雛菊は小町に挑む。 小町の懐に入った雛菊は拳や蹴りを絶え間なく繰り出していく。 両拳を使ったコンビネーションはまるで流星のように小町に襲いかかる。 「お? いい動きじゃないか」 「どうも有難う御座います!」 鎌で円を何度も描き雛菊の攻撃を受け流す小町。 彼女曰く『お迎え』担当ではないがやはり死神というところなのか。 雛菊程度の攻撃など余裕で捌けて当たり前なのだろう。 手甲の拳と小町の鎌が衝突を繰り返し金属音が鳴り響く。 (もっと近く、もっと捷く!) 小町を捉えようと雛菊が両足に力を込めてさらに接近しようという試みを見抜く様に小町が動いた。 「能力を使わせないよう、攻めに攻めるというのはいい考えだ……だがしかし」 小町に肉迫していた雛菊であったが次の瞬間に小町は10mもの距離をあけたのである。 鎌を水平にして両肩にかけ、クルリと後ろを向いて喋った。 「距離を操るというのは、何も間合いを詰めるだけのものじゃないんだな〜」 逆もまた然り、距離を操り今度は離れた小町。 「それでも、私には接近する事しか出来ませんから!」 両足に込めた力を使って小町との距離を縮める選択をした雛菊。 小町に再び迫る雛菊、だが小町はまたも能力を使い雛菊の選択を否定する。 飛び出した雛菊の背後になるよう自分の距離を操り雛菊の服を右手でつかみ突進を止めた。 そして体に鎌を軽く触れさせた。 「小町、二本目」 映姫の判定が出た。 連続で小野塚小町が決めた。残るは最後の一本。 (まだあの子には早いのですかね、彼の代わりは……) 小町に服を掴まれ落胆している雛菊を見つめる映姫。 映姫の隣で同じく雛菊を見つめる幽々子は今までずっと手甲から出ているオーラの具合に注目していた。 (そろそろ馴染んだ頃合かしらね) 彼女の瞳に映る手甲のオーラが雛菊の霊力と同化し始めている。 「雛菊、拳を操るという部分をもう一度よく考えなさい」 幽々子からの注言に雛菊はハッとし手甲を見つめる。 自分の手の先にある大きな金属製の手、自分が握るとそれは大きな拳を作り出す。 拳を操る程度の能力……もしかしたらこの大きな拳を操る事ができるのでは? そう考える事もできる。 幽々子に頭をさげ雛菊は三本目の仕合に挑む。 正規の対戦距離は両者をはさんで3m程、鎌を右下に構える小町。 (幽々子様の言われた事が私の考えた事と同じであれば、私の能力というのはきっと……) 雛菊は腰を低く落とし両足を前後に開き左腕を対戦者の正面に持っていき。 続いて右腕をお腹の辺につける、まるで太極拳の様な構え方を作り出した。 対戦している者。鎌を握る小町の手に力が込められる。 彼女の瞳に映る今の雛菊には手甲から発せられるオーラと雛菊の持つ霊力が合わさって身体から幾重もの波を作り出している。 (へぇ、やっと能力を使い出したか) 「三本目。始めなさい!」 休暇が掛かっている、ここでストレートに決めれば長い休暇を得ることも容易いはずだ。 だが能力を使い始めた雛菊にうかつに攻める事はしない小町。 「小町さんが来られないのなら……こちらから行きます!」 「やれるものならやってみな!」 その場から動かずに右手に霊力を込め正拳突きを繰り出した雛菊。 手甲の拳が小町に向かって飛び出したのだ! 先ほど見せた雛菊の突っ込みと遜色ない速度で拳は霊力を推進力として小町に襲いかかる。 「やっと操る能力を使い出したようだね、でも無理さね」 直線的に放たれた拳である、小町が横の距離を操れば難なく射線軸から外れてしまう。 「それは囮です、此方が本命かもしれませんよ?」 小町が雛菊の声の方を見ると彼女は飛び上がっており、本命とも言える攻撃、左での拳を放っていた。 横の距離を操った直後の左の拳での攻撃、今度は縦の距離を操り雛菊との距離を自分の有利な距離に持っていこうとする小町。 だが体を何かに掴まれた! 先ほど距離をつかってやり過ごしたはずの右拳が小町の肩をしっかりと掴んでいたのである。 みると手甲拳の奥から青白い小さな光が線状となって雛菊の方に伸びている。霊力の糸とでも言う存在だろう。 かなりの力で肩を掴まれて振りほどくことも出来なさそうだ。 迫ってくる手甲左拳を鎌でなぎ払い地面に落とす小町。 「体を掴まれはしたけどさ、これだけではあたいから一本はとれないぞ?」 「私の能力は拳を操る程度です、小町さんが払い落とした拳だってこうすれば」 空に浮かんだまま雛菊は左手をクイッと上に向ける。 霊力の糸がピンと張られると手甲左拳から霊力の噴出が行われ、小町に再び襲いかかってきたのである。 だが距離を操る小町も負けてはいない、左拳の強襲も距離を操りやり過ごす。 しかし思った距離を操れなくなっている事にも気がついた。 彼女の鼻先をかすめる様に飛んだ拳は小町の頭上でUターンをして彼女の左肩をガッシリと掴んだ。 両肩を手甲の手で掴まれた小町。 「成程、拳を操るというのはそういう事ですか」 仕合を見ていた映姫の納得したと言う感じの言葉。 手甲右拳は小町が避けた後に彼女の死角に回り込み背後から彼女の体を掴んでいた。 手甲拳による有線遠隔操作、これこそが雛菊の持つ『拳を操る程度の能力』映姫はそう判断したのだろう。 映姫の隣で仕合を見つめる幽々子は映姫の言葉に微妙な表情を出していたが、見ていたのは彼女の肩に乗るコロだけであった。 (雛菊の手甲は私の能力を抑える効果でもあるのかね) 両肩を掴まれ変に冷静になった小町、だがこのまま一本取られるのも癪だ、多少は死神らしいところも見せてやろうと思う。 幸い腕はまだ動かせる、つまりは鎌での攻撃はまだ有効なのだ。 (まずは手甲にある霊力の糸をなんとかする、それで拳は無力化できるだろう!) 距離を操る能力をランダムに操作して雛菊の操る手甲拳の糸のたわみを狙う小町。 離す訳には行かないと地上に降りて踏ん張る雛菊。足首に霊力を込めて対抗する。 霊力の糸は右と左の応龍と蝶の意匠の施された先端から出ている。 常にピンと張られていないと雛菊は操れないらしい。それを一瞬で見抜いた小町は流石である。 鎌を落として雛菊の手甲をガッシリと掴んだ小町。 「雛菊、三本目もあたいが取らせてもらうよ」 距離を縦に操り一気に雛菊に寄った小町。糸の緊張が解かれユラユラと辺りを舞う。 だが雛菊は小町の行動を読んでいた。 「小町さんの言葉じゃありませんが、拳を操るのは何も手甲拳だけではありません」 足に溜め込んだ霊力を利き手の左に移動させ、小町の顎めがけて繰り出した雛菊。 「……拳、短勁!」 小町の顎に寸止めされた雛菊の左拳、小町の長い髪が彼女の霊力が起こした風に揺れる。 初めて雛菊が小町から一本取った瞬間であった。 「そこまで!」 映姫の声が冬が始まった白玉楼の庭に響き渡った。 それから一週間後、雛菊は映姫から言い渡された役目を行うための準備を終えた所だった。 映姫が雛菊に科した役目とは、冥界の測量を行うというものだった。 小町との仕合が終わり、全員での話し合いの場での事を思い出す雛菊。 「以前は伊能忠敬という者が冥界の測量を行っていましたが、善行を積み今は転生しています」 現在の冥界は彼が行った測量を元にして拡張を行った。 だが最近の死霊の増加具合を鑑みて、更なる拡張をせざる得ないというのが是非曲直庁の判断であった。 「未開の地を調べる訳ですから、小町程度の能力を何とか出来る位じゃないとこの役目は務まりません」 その為に仕合わせてみたのだと映姫は言い次の言葉を雛菊に向けた。 「それにこれは貴女の善行を積む為でもあります、やってくれますね?」 映姫の言葉の裏に自殺を黙認する代わりに測量をやってみせよ。という物が含まれる事を雛菊は理解する。 自分の考えをポツリと言う雛菊。 「映姫様の言われた役目を全うしてみせる。そうすれば冥界にずっと居られるんだ。幽々子様や妖夢姉ぇと一緒にいたいから」 背中に袋を背負い込み、全ての測量を終える覚悟で白玉楼の廊下を歩く雛菊。 玄関には彼女が大好きな二人が送り出しの為に居てくれた。 「雛菊、いいですか? 生水とか飲んじゃいけませんよ」 今にも自分が雛菊の代わりにでも行きそうな勢いで話す魂魄妖夢。 「妖夢姉ぇ、大丈夫だよちゃんと測量いってくるからぁ」 二人のやり取り笑顔で見ていた幽々子。肩に乗っているコロが雛菊の頭の上に乗った。 まるで自分が二人の代わりに雛菊について行くと言わんばかりにクァッとひと鳴きした。 幽々子の方に身体を向けた雛菊、腰につけた手甲がカチャリと鳴る。 「鳳蝶応龍……というのはどうかしら?」 幽々子の言葉に疑問符をつけた雛菊であったが緋々色金の手甲の名前だと直ぐに気がつく。 あの手甲とかその手甲とかだと面倒くさい、いい名前が無いかとずっと幽々子が考えていたのであった。 武器という物はちゃんとした名前があって初めて正式な動きを発揮する。 亡霊姫と言われる人物が付けるなら緋々色金手甲も納得行くだろう。 「あげはおうりゅう、ですか。楼観剣や白楼剣と同じくらいに良い名前です」 妖夢の言葉に雛菊も首を縦に振り頷く。首の振りが激しく子犬の印象を受ける幽々子と妖夢。 「雛菊、貴女の帰るべき場所はこの白玉楼よ、役目に疲れたら帰っていらっしゃい」 優しく雛菊を抱きしめる幽々子に雛菊は嬉しくなる。 此処は私の帰るべき家、役目を全うしなくても帰ってきていいのだ。 流石は幽々子だ、雛菊がずべての測量を行うまで帰る選択をしないことを看破していた。 それどころか途中で帰り、疲れを癒す方に意識をむけさせ、雛菊が善行の重圧に潰されないようにした。 幽々子の抱擁を自ら解き、雛菊は大きな声と笑顔で言う。 「幽々子様。妖夢姉ぇ。雛菊は、お仕事に行ってきます!」 ――東方神威譚 四話 能力のお話―― あとがき 南ですここまで読んで下さり誠にありがとう御座います。 今回は雛菊の程度の能力について書き上げました。 小町を対戦相手にしたのは失敗だったかと思いましたが。 無い頭をフル回転させました。 スペルカード封印という前提なので作中表現とさせていただきました。 ご了承いただけると幸いです。 次回は雛菊とあのお方の出会いがあります。 では次回でお会いいたしましょう。 |
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