7月15日の朝。本日は聖祥学園小学部の海鳴自然公園内で全体写生授業が行われる。 1日ここで過ごすことになるのだが、クラスも関係なく行動できるので、仲の良いグループで活動となるのは言うまでもない。 「おっそいわね〜アイツ(速人)」 約束の時間になっても来ない速人に、アリサはいらつき始めていた。 「これはあれよね、後でバーニングヘッドロックの刑ね!」 アリサ・バニングス。彼女は速人に対し死刑執行を宣言していた。 「アリサちゃん……速人君きっと色々準備があるんだよ、私達に絵の書き方教えてって言ったのアリサちゃんじゃない、少し落ち着こうよ?」 ムキー! といらついてるアリサをすずかが落ちつかせようとする。 その様子を見ていたなのはとフェイトは、アハハ……と乾いた笑いを出すしかない。乾いた笑いの表情とは裏腹に、彼女達は念話で八神はやて不在の話をしていた。 《それで、はやてちゃんはエルヌアークの調査に?》 《うん、クロノが正式に要請して今日は本局だって》 《そっか、わたしも手伝えればいいんだけどな》 《今の所。なのはが出る必要は無いってクロノいってたよ、なのは使うとユーノは怒るからなって》 《ど、どうしてそこでユーノ君がでるのよ?》 なのはが念話で焦り始める。 《さぁ? どうしてだろうね?》 先日のユーノとクロノのやり取りを見ていたフェイトは、親友に揺さぶりをかけていた。二人が念話をしていたら速人がやっと四人の所に現れた。 「ごめんごめん、先生に場所の確認してたら、ちょっとおそくなちゃった」 やっと登場した速人にアリサが速攻で組み付きヘッドロックをかけてイライラの解消をする。 「場所の確認て、どのみちこの公園の敷地内でしか行動できないでしょうが!」 「ここには……何度か……来てるから……良い場所知ってるんだよ……く、くるしい……たすk」 アリサのヘッドロックで落ちそうになる速人をすずかが助けた。 「大丈夫?」 ハァハァと息をしてる速人にすずかが心配して聞くと息を整えた速人がなんとか生きてますと答えた。フンッとアリサがそっぽを向く。 「うわー」 少女達は感激の声を上げる、速人のいい場所につれてこられて発したものだった。海鳴市を見渡せる高台の広場、近くには池も売店もある。 「ここ。海鳴が全部見渡せるから、夜なんかにくると夜景も綺麗なんだよね」 速人がちょっと得意気に言う。小さい時から気に入ってるこの場所を彼女達に見せたかったのだろう。四人は早速写生の準備を始めるのであるが、速人はスケッチブックをもったままでウロウロしていた。 速人に気がついたフェイトが話しかける。 「速人どうしたの? ウロウロしちゃって」 ん? とフェイトの方をみて楽しげに言う。 「ミサゴが、この近くで子育てをしてるんだよね、そのミサゴの飛んでる所を画にしようと思ってさ」 ミサゴ? フェイトは頭の中に疑問符を浮かべる。 「ミサゴは鷹の仲間でね、魚を主食としてて、空の王者って呼ばれてるんだよ」 速人がフェイトに蘊蓄を披露していた時にバサッと音がして話題のミサゴが姿を現す。 「きた」 小声で速人は言い、フェイトにその方向を指示す。 速人の画のモデルとなるミサゴは池の上空10mで空中静止して狙いをつける。そして迷う事無く池にむかってダイブする。 ヒュンと弧月の様な軌跡を描いて狙いをつけた魚を足で掴み森の中に消えていった。 「すごい……」 まさに空の王者をみた気がした。自然の営みを初めて目の当たりにしたフェイトはその力強さに見とれていた。 彼女が気がつくと速人はフェイトの足元でミサゴの画を描きはじめていた。フェイトも一緒になって座り込み、気合を入れてミサゴの写生に挑戦することにする。 池のほとりで、仲良く並ぶ金髪のツインテールと銀髪が優しい風に揺らされた。 喫茶店『翠屋』 「ありがとうございました」 飛鳥エナの声が翠屋の店内に心地よく響く。 「エナさん休憩に入ってください、ここは俺が代わりますから」 高町家長男、恭也がレジを代わる、7月15日のひと時である。 「有り難う。恭也君」 礼を言いエナはバックヤードの桃子に休憩の意思を伝えて休憩室兼事務所に向かう。入るとオーナーである士郎が帳簿と格闘してたところだった。 「オーナー。休憩入りますね」 休憩に入ると言いながらも、彼女は二人分の紅茶を準備する。 「ゆっくりどうぞ」 士郎が声をかえす。少しして香りのいい琥珀の飲み物が士郎の前に差し出される。 これはどうもとカップを受け取り口につけ中身を飲み、士郎は仕事の手を休めてエナに子供達の事を言い出した。 「今日子供たちは、課外授業で自然公園らしいね? 速人君のことだ、きっと良い絵を描いてることだろうね」 1年間共に暮らした少年の行動を思い浮かべる士郎。実の娘なのはと分け隔てなく息子として接して来たのだ。 彼の表情は散々手を焼かされたが、それもいい思い出だなと言わんばかりである。 「そうだと、いいんですけど」 エナも紅茶を飲みながら答える。 士郎はデスクの上に1枚の写真を引き出しすとそれを見つめ話しだす。 「あれからもう7年か。時が経つのは、はやいな……」 彼が見つめる写真には、三歳当時のなのはと速人が仲良く絵を描いてるシーンが写されていた。 「エエ……」 紅茶をゆっくり飲むエナは、士郎の『時が経つのは早い』に肯定しつつ過去のことを思い出す。 思い出したくない出来事だが、この男の前ではそうもいかない。 高町士郎。御神の剣士の生き残りであり一族中でも唯一師範の力をもっている人物。亡き父と母と最も親交があった人だ。 7年前に自分の家族を襲った黒部ダム決壊事故。速人の誕生日に両親と一緒に来ていた時に起こった惨事。 当時の速人はまだ三歳、私は十六になったばかりだった。ダムのほとりで速人をあやしていた私はダム決壊の鉄砲水に飲み込まれるはずだった。 私と速人が今でもこうして生きていられるのは父母が修得していた、鳳凰院流(ほうおういんりゅう)という特殊な武術のお陰だった。 私と速人を安全な所に移した後、二人は他の被害者のためにその命を使い生涯を閉じた。後には私と速人だけが残された。 死者を丁重に送り出す等の事を目の前の士郎さんが全部してくれた。 父が会得していた鳳凰の太刀。士郎さんの御神の剣。流派は違えど目的は同じ護るための力。速人を護るために私も父と同じ道をすすんでいる。 速人の年齢が年齢だったので、1年間は高町の家で速人を預かると言ったのも士郎さんだった。 エナが黙ってしまったので、士郎は彼女に速人の状態確認を取る。 「速人君はずいぶん安定しているようだけど、その後変化はないかい?」 士郎の確認に対し表情を暗くして答える飛鳥エナ。 「エエ。ここ数年は特に異常は見られません」 エナは士郎に問いかける。自分の判断は本当に正しかったのかどうかを。 「士郎さん……あの子は。これで本当に良かったのでしょうか?」 エナの問いかけに、高町士郎は御神の剣士の表情を出し君が下した判断は間違っていないと、答えた。 喫茶店翠屋は、これから忙しい時間を迎える。 時空管理局本局アースラメンバー用の待機室では八神はやてと守護騎士達(ヴォルケンリッター)が、クロノと会っていた。 本来は陸と言われる地上部隊特別捜査官補佐。八神はやてにとっては管理世界の捜査が主な任務だ。 管理外世界の調査や捜査もする海と言われる次元航行艦隊の仕事に付く事はあり得ない。 今回はレティ・ロウランが根回しをして、その任務に就くことになっていた。 「今渡した資料が、今回の捜査の内容だ」 執務官クロノが言う。プロトクリスタルの回収と予想されるであろう強奪の阻止等。綿密に記されている。 「何か質問はあるか?」 クロノの問いかけにシグナムが反応する。 「執務官、強奪のメンバーがニ名以上らしいと言うのは?」 クロノは七罪の番人について話す。 「七罪の番人……」 右手を顎にあて部屋の壁にもたれかかりシグナムが考え込む。 「これは、君たちの住んでる世界での話なんだが……」 クロノは説明をする、キリスト教で7つの大罪とされた。 プライド(傲慢)エンヴィー(嫉妬)グラトニー(暴食)ラスト(色欲)スロス(怠惰)グリード(貪欲)ラース(憤怒)の感情がありそれぞれに対応する悪魔がいる等々の説明をした。 「前回の調査で、プロトクリスタルを奪取したメンバーの中にグラトニーと名乗る者がいた。武装隊証言の他の奴が〜 ていうのも気にかかる」 「それで我々が選ばれたわけか」 人形態のザフィーラが口を開く。荒事もありえるからヴォルケンリッターを所有する八神はやてが必要になった。ザフィーラの言いたいのは此れの事だろう。 守護獣の考えに、そういうことだとクロノも同意の反応を示す。 「選ばれたのはいいんだけどよ〜 あたしは何かひっかかてるんだ」 その場にいる全員がヴィータに視線を向ける。 「クロノ執務官がいった言葉の中の……特にラースって言葉にさ」 ヴィータの言葉を聞いたシグナムが茶化す。 「お前自身が憤怒しやすいからな、それでじゃないのか?」 「シグナム、ケンカうってんのか?」 そんな事はない! と主張する様に食って掛かるヴィータであるも。はやてに注意される。 「ヴィータやめや、シグナムも心にも無いこと言うもんやない」 「すみません。主」 怒気の少しこもったはやての喋りにシグナムは先の言葉を言って謝った。今日のはやてはちょっと怖いと思うヴィータである。 気分を変えようとシャマルが、クロノ君出発はいつ頃に? と話題を変えた位である。 「出発は3日後だ。各自、今所属している部隊業務の引継等を完了させておいてくれ」 クロノが締める。はやてとクロノを除くメンバーは部屋から出ていく。 「クロノクン……」 はやては今回の異例とも言える要請の本音を聞きたくクロノに話しかける。どうにも今回の要請。はやて自身納得がいかないのだ。 「私は陸の所属で海の捜査には呼ばれんはずなんやけど。今回はなんでまた?」 「君の言う事も、もっともだ」 クロノは、八神はやてを指名した人物の名前をだす。 「ミルズ・ヒューディーという広域特別捜査官をしっているか? その彼が君を指名したんだ」 ヴォルケンの面々は四人で各部署にもどるトランスポーターに向かっていた。もっともザフィーラに戻る部署はないのでシャマルに随行というものであるが。 《シャマル、今回の相手らしい七罪の番人なんだが。アレの話にでていたか?》 思念通話でシグナムがシャマルに聞く。 《いいえ。ミルズ捜査官の名前は出ていた気がするけど、七罪関係は入って無いわね。もう一度聞いた方がいいかもしれないわね》 シグナムの質問に丁寧と答えるシャマル。考えすぎか……とシグナムはそれ以上は話すのをやめた。 速人は自分の画の下書きが終わったので、四人にアドバイスをして回っていた。アリサやすずかに筆の使い方等を丁寧に教えた後に、なのはの所にくると。フェイトの絵? を書いていた。 速人が見ると、なのはが見るな的に絵を隠す。速人はそんな彼女にアドバイスを送る。 「なのは……人物を描くときはバランスが大切だよ?」 「う? そうなの?」 わずかな時間なのに見られた事に驚きの声を上げるのであるが、速人の真面目なアドバイスに聞く耳をもつ姉なのは。 「例えばね、なのは。自分の手のひら出してみて?」 なのはは、言われた通りに速人の前に手のひらを出す。 「それを、自分の顔に近づけてごらん?」 顔に手のひらを近づけるなのは。 「わかった?」 わからないよと言うジェスチャーだろうなのはが首を横に振る。速人は自分で言ったことをやって見せた。 「あ……」 なのはが気づいたようだ。気がついた事を弟速人に述べる。 「そっか、顔と手のひらってだいたい同じ大きさなんだ」 「そういうこと」 速人ははのはに笑いかけると、フェイトの方に行ってしまった。それを見送ったなのは。 そうかバランスかと呟き、紙面のフェイトに修正を加えていった。 フェイトは速人にミサゴの絵をみせる。真剣に彼女が描いたものを見つめる少年は画を返して感想を述べる。 「うん。バランスもいいし、よく描けてると思うよ」 「本当?」 フェイトは自分の描いた絵を褒めてもらい正直嬉しくなった。速人のも見てみたいな? と頼んでみると、少し照れてからスケッチブックを見せる少年。 「下書きだけだから、あまり見せたくないけど。フェイトなら、いいかな」 画を受け取る時にフェイトは彼の右手首に十字架状の痣が見えた。かなりの大きさでクッキリと付いている痣に息をのみ呟く。 「速人。そのアザ……」 「ああ、これ?」 十字架状の痣を左手でさすりながら昔からついてる痣で痛みとかはないんだと説明した。 彼の表情は気にしなくても平気だよとフェイトに伝わってくる。 痣を見て吃驚したフェイトであったが、速人の描いた画をみて引き込まれた。 速人の画は相変わらず凄かった。下書きと言っていたが、ミサゴが魚を捕らえてる所をまるで写真でも見てるんじゃないかと思うような繊細な画だった。 「速人はすごいな……ミサゴがまるで生きている感じだよ」 正直な感想をフェイトは言う。自分の描いたものを褒められ満更でもない速人だが。 「画なんて、自分が描きたい物を描ければいいんだよ。好きな物を描く。そういう気持ちがこもってればそれは一番いいものになる」 自分の描きたいものの原動力理論を述べてから次の言葉を加える。 「ボクは、フェイトの絵も好きだけどね?」 絵の上手な人に言われて照れるフェイトは。自分の気持ちを正直にいう。 「私のなんて、速人に比べたらぜんぜんだよ?」 彼女の気持ちを汲み取った速人は普段とは少し違う凛々しい口調で声をだす。 「フェイトはさ、描きたいと思ったからミサゴを描いたんでしょ? そう思う心が絵をよくするんだよ?」 フェイトは速人の言葉に嬉しさがいっぱいになる。速人から返った言葉はフェイトにとって思いもよらないものだったからだ。 自分から見ても上手とは思えないのだが一生懸命に描いた。その気持ちを理解してくれる目の前の少年を気に入り始めていた。 「あのさ……速人、私でも、絵を上手に描けるようになる……かな?」 「なれるよ」 速人は即答で答える。 「じゃあ……さ、今度一緒に……学校が休みの時に描き方を教えてくれる?」 「うん、いいよ?」 快諾する少年はじゃあ約束とばかりに、フェイトに指切りの体勢をとる。フェイトは顔を赤らめながらも指切りで約束を交わした。 幾重にも結界が張られている風竜が住処としていた場所。一般人では到底入れないのだが七罪の番人であるグラトニーは、二人の子供を抱え楽に入ってきた。 子供二人は封印を解かれたばかりで体力そのものを消費しすぎている。大男の腕の中で深い眠りについていた。 「おかえり」 大男を迎えたのは緑髪の長身の男エウリュトス。 多層結界が張られ、魔法での探査が不可能なこの場所。夢幻回廊(むげんかいろう)を彼等はアジトとして使う事に決めたようである。 グラトニーは風のプロトクリスタルの側に足を進めるとマントに包まれた少女を静かに床へ横たわらせた。 エウリュトスは彼の行動を注意深く見守る。 「風のプロトクリスタルに力を分けて貰えれば、グリードはともかく、ラースは目を覚ますであろう」 「グリードの対応してる力は雷……だったっけ?」 エウリュトスの問いかけに頷くグラトニー。番人とプロトクリスタルはかなり密接な関係があるのであろうか? 「私は、闇のプロトクリスタルが力を解放させたおかげで目覚める事が出来たが……他の番人達は、この様子だと未だ覚醒に至ってないと見るべきだろうな……それと他のクリスタルの存在場所も突き止めねばいかん、仲間が必要だな」 ラースの反応を心配そうに見つめているグラトニーは弓士の男に答え、まずは他の番人達を集めないといけない事を進言した。 「あの時の反動のせいで、クリスタルは次元世界に散ってしまったからね」 エウリュトスは自身の弓を身に背負い腕を組んで大男に言う。 「これは骨が折れそうだよ……さっきの戦い(リンドピオリム戦)で結構魔力を使ってしまったからな、寝るとするよ」 グラトニーが回廊に来るまでに何処から調達したのか、エウリュトスは奥に生活するのに必要な物資を手に入れてきていた。当然寝具等もそれに含まれている。 「グリードは此方で預かるよ、雷のクリスタルを見つけないと目を覚ましそうに無いしね」 マントに包まれた少年を大男から預かると、緑の弓士は奥に消えていった。 風のプロトクリスタルの側に横たわる少女の顔色が僅かに赤みを帯びてくると、じきに呻き声をあげ身体をよじらせた。 少女の反応を見た大男はホッとした表情を出して大人用のシャツを手に取った。 「そろそろ目を覚ませ、ラース、力も戻りはじめているのだろう?」 少女の側に寄った大男はしゃがみこみ、ラースに話しかけた。 「う、う〜ん、わっち……何だかすごく長い時間、夢を見ていたような感覚ですわ」 ラースという少女は思い切りノビをして身体を起こし、グラトニーからシャツを受け取ると身に纏った。 「おはようですわ♪ グラトニーさん」 大人用のシャツを着た少女はニコニコの笑顔を大男に向けた。 ――魔法少女リリカルなのは 星の道光の翼 Distant Worlds―― 第四話 約束の指切り |
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