季節は夏、もしも俺が全うな人間で、尚且つ現代に生きていたのであれば期末テストとやらをどうにかこうにか撃退し、これから訪れるであろう長期休暇、夏休みに向けて己のボルテージを高ぶらせている頃だろう。
 まぁ、そんな人間的で人間的な生涯を送ることの出来ないことをは理解しているのでこの際どうでもいいわけであるが、つまり夏になると色々と何かを期待してしまうわけである。
 友人たちと海へ良くも河へいくも、ナンパしにいくのも良し。そういった開放的な気分になれる季節が夏といえるだろう。
 まぁ、実際は暑さの微妙な気分を紛らわすための行為に過ぎないのだろうが。
 幻想郷も夏を向かえ、これから適当に夏を満喫するためのお出かけ時期をエンジョイするのはやはり同じことのようである。
 まぁ、精々荷物を運んだりとかの役目を仰せつかる事になるのだろうと思っていたわけだ。
 ちなみに今日は湖に遊びに良くということで四人張り切っていたわけだ。なにせ、こんな暑い陽気、冷たい水の中につかることの出来る感動はなんとも言えないものだろうね。
 しかしだ、夏には何かが起きるというよくもわからない予想は少しばかり違った形で発揮されてしまったようである。

「ねぇ、これどういうことよ?」
「俺の胸倉掴んで聞いてもわからないことくらい理解できるだろ?」

 昨日、せっせと水浴びの準備をしていた霊夢は、ある事態を目の当たりにした直後に胸倉を掴んで来た。
 いやね、俺に聞いたって判るわけないでしょ?

「ふん、どうだかね、もしかしたらアンタが知らず知らずのうちに能力覚醒させてこんなことを起こしたんじゃないの?」
「なら、今すぐ消えるように念じてみるが?」
「いいわよ、どうせ無理だから」

 俺なのか違うのかどっちだよ!
 
 しかし、これは一体どういうことだろうね?
 俺の目の前には幻想郷が広がっているのだが、少しばかり違う。いや、かなり違う幻想郷が広がっている。
 まずねなんというか肌寒い、ちなみに俺の日にち感覚が正しければ、今は7月の中盤に入るかはいらないかって所で、つまり普通なら猛暑の位置に当たる月だ。
 だって、昨日まで汗だくで眠ってたはずなのに今日は結構心地よく寝られそうな気がしてならないんですよね。
 朝から団扇だって一回も使ってないわけだし。

「ねぇ〜、ケイちゃん。水遊びは中止?」
「ああ、さすがにな。外に出た魔理沙の報告でも待とうぜ」
「でも、こんな霧の中なのに大丈夫なのかな、害とかないのかな?」

 そしてもう一つは薄い紅い霧が満遍なく漂っていることである。言い方からすれば、おお、あかいあかいが良いところだろうか。
 別に人体に害のある霧というわけではないようだが、たしかに中に飛び込んで大丈夫なのかと言われればわからないとしか言いようがない。

「まったく、これじゃ日向ぼっこも出来やしないじゃない」
「寝転がること位はできるが?」
「日向ぼっこと寝転がることは似て非なる行為よ。私には日向ぼっこが必要なのよ」

 まるで草花のようなことを、お前はあれか朝顔かひまわりか、光合成でもするのか?
 ま、できれば光合成してもらいたいところだね。飯を作る手間も省けるし経済的で大いに助かる。
 さて、そろそろ神社裏に作った野菜畑の様子でも見てくるかね?

「何か言いたそうね」
「いや〜、別になんでもないぞ」
「ふぃ〜、ただいまだぜ」

 そうこうしている内に魔理沙が帰ってきた。格好を見る限りこの霧に何かしらの身体的効果があるというわけではないようだ。
 だが、こんな霧の中を飛び回っていたのだ、大層疲れただろう。

「待ってろ、ちょっとお茶入れてくるからよ」
「お、気が利くぜ。ついでに団子も」
「私にもお願い」
「ケイちゃん〜、私も〜」

 現金な奴らだ。ここはどう考えても魔理沙だけが貰うべきだろう。
 しかし、こんなところで手抜きをして後々、なにかされると言うのも嫌だしな、しょうがないさっさと作ろう。





「それで魔理沙どんな感じだった?」

 用意した団子とお茶を飲みながら居間で話合いをする。今日の『水遊びinどっかしら湖』をぶち壊してくれたこの紅い霧の正体についてだ。
 魔理沙は周辺を探索してくるのが仕事であったのでその報告を聞いているところだ。

「なんていうか幻想郷全体にいっぱい広がってる感じだな」
「なるほど、で犯人は誰よ?」
「しらん」

 御尤もな答えを口にして魔理沙は団子を頬張り、お茶を飲む。
 魔理沙からの報告でわかったことは、この霧は今日に発生したものであるということと、犯人は不明と言うこと。
 俺は犯人じゃないぞ。

「まぁ、犯人候補はここに一人いるし、その時は…………ね?」

 ね?ってなんですか。
 俺に同意を求めないで欲しいですね、特にその笑顔が真面目に怖い、ここは反撃に出るか。

「そ、そんな事いうと神社の仕事とか団子作りとかもうしてやんねえぞ」

 だは〜、なんて意味のわからない反撃なんだ〜、こんなので霊夢が引き下がる分けないじゃないか。

「やっぱり圭介さんは犯人じゃないわね」
「私もそう思うぜ」

 うそ!!!!!

 しかし、そんなことを言ってもこの異常事態が終わるわけもなしで、日が暮れる頃にはすでに霧はその濃度を増していて、もう昼間か夕方なのかの区別もつかないくらいになった。











 さて、この異常事態がすでに半月以上継続中。
 それに霧の濃度も増してきてここは静岡かと言いたくなるくらいだ。
 すでに夏真っ盛りの時期であるというのにこの肌寒さは変わらず、遺憾を覚えるほどだ。俺だってそれなりに夏の風物死というのを味わいたいものなのだ。
 しかし、そんなことを言ってもなにも変わらないわけである。
 今日も朝からやることなく、ただぼ〜っと過ごすだけであって、時々霊夢がなにやら複雑な表情で鳥居のほうを眺めていたのだけが印象に残っているわけで、まるで一日中霊夢しか見ていないんじゃないかという感じである。
 しかし、そんな日常がこれ以上長く続くことも無いようで、夕食を終えてそろそろ眠るかって時間になったときだ。
 霊夢が徐に立ち上がったわけだ。 

「さすがにまずいわね」
「食料か?」

 たしかにこの頃買い出しに行ってなかったから備蓄がかなり無くなっているはずなわけだ。
 しょうがない、神社裏に作ってある野菜畑を活用するとするか!

「はっ、なに言ってるの? これだからのんきな奴は」

 さて、俺はなんでこんな覚めた目で霊夢に睨まれると同時に馬鹿にされなくてはならないのだろうか、わかる方は今すぐ俺にTELしてくれ、もしも納得できる答えだったら褒めてやるからさ。

「いきなりのんきな奴と言われても全然わからねえし、っていうか食料以上に何か大事なことでもあるのか?」
「おなか一杯食べられることは確かに重要よ!」

 ならなんだ?

「でも今はそれよりも重要なことが起きてるわけよ」
 
 う〜ん、良くわからないが本当に何か特殊なことが起きているようだ。あの霊夢が真面目になるくらいなのだからこれはまずいことなのではないだろうか?
 久しぶりに感じる危険な匂いを理解しつつも俺は霊夢に聞いてみる。

「それで何が起きてるわけ?」
「異変よ」
 
 ……………今更だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

「ちょっと、まて今更過ぎないか?」
「ええ、そうね。ちょっとほっとけば終わるかと思ってたけどそうも言ってられないみたい」

 この巫女はまさかこの異常事態が勝手に収束すると思っていたのか、毎日毎日濃度が増し続けているのを半月も見ているはずなのに。こんな巫女に幻想郷と外の世界を別つ結界を任せて良いのか幻想郷!

「ん〜? 霊ちゃんどうしたの?」

 隣の部屋でのんびりとしていた許斐が顔を覗かせる。昨日まで魔理沙と一緒に外を見回っていたこともあって、この霧に対する恐れはまったくと言って良いほど無いらしく、今日は朝から外でラジオ体操してやがった。
 眠気眼で座り込む辺り、もう眠るつもりだったのか。

「ええ、これからちょっと出かけようかって思っててね」
「ちょっとまて、これからって、もう夜だぞ。直ぐってわけじゃないけど日付も変わる頃だぞ?」

 もう良い子は寝る時間ですし、明日のほうが良いんじゃないかね。だって嫌な予感しかしねえ。
 そう思っている俺の視線にはなぜか納得したような顔をした許斐がいて、なにか良からぬことを口にしそうな雰囲気が………

「そう言えば、魔理ちゃんも今日の夜に出掛けるって言ってたよ?」
「そう、そうなったらもう行くしかないわね。別にあんたらはついて来なくてもいいわ」

 一方的にそう言って霊夢は飛び出して、っておい!
 いきなりそれだけ言って飛び出していくのは反則だぞ。それに一応こちらとしてはここに置いて貰ってる訳だから家主の後に着いて行くべきだろうが!

「あ〜もう仕方ねえ! 俺は行くけど許斐はどうする?」
「ちがうよケイちゃん。私が行くからケイちゃんも来るの」

 そう言って服の襟を掴まれた俺はそのまま引っ張られるように神社を飛び出した。
 赤い霧が僅かながらに残る夜、先を急ぐ霊夢の後を追うように、俺と許斐は空を駆けた。

 やばい、いやな予感しかしない。



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