もう夏になる。
 多分一ヶ月くらいの時間が過ぎたんじゃないだろうかというところである。
 この一ヶ月で外に帰れるかどうかの進展があったかどうかと聞かれればそんなことはなかったと俺は答える。
 あったとすれば、神社の清掃、時々人里へと買い物に行く、魔理沙が神社に遊びに来て団子を作って一緒に食べることくらいだった。
 そんな今日、神社に訪問者は来ず、霊夢は朝から神社にいなかったわけで、今は許斐と二人縁側に座っている。
 昼に魔理沙と一緒に帰ってくるという置手紙があったのでもう少しで帰ってくるだろう。

「ケイちゃん、熱いねぇ」
「ああ、熱いな」
 幻想郷の夏は本格的に始まろうとしているらしく、こうして日陰にいても汗が出てくるほどだ。
 しかし、この世界には扇風機などというものがあるわけはなく、こうして手団扇で風を送ることが唯一の出来ることなのである。

「今日は水風呂のほうがいいかもな」
「そうだねぇ〜、霊ちゃんが帰ってきたら聞いてみよう」
「魔理沙も来るってことは今日泊まりかね」
「魔理ちゃんも泊まるなら今日は四人で水浴びできそう」
 おいおい、俺は参加はしないぞ。二人に殺されかねないからな。まぁ、あの二人はある意味で発展途上な身体つきだから………って、何を言っているんだ俺は。

「ケイちゃん、エッチなこと考えてるでしょ」
「な、なにヲ、コンキョーに言ってるんだ?」
「顔が赤いよ」
 うっ、すいません。水浴びしてる三人の姿を少しばかり想像してしまいました。
 しかしどうしたんだろうな。今までこういったことに興味を持つことなんてなかったのに、前までは許斐の裸を見たって何にも感じなかったのに。
 これも幻想郷の力なのか?
 いや、そんな幻想郷は想像したくないぞ。

「やっぱりケイちゃんも狼なんだね〜」
「狼ってなんだよ狼って」
「男は狼なのよ、気をつけなさい〜って曲の通りだね」
 お前、本当に俺が狼だったらとっくにお前は喰われて、ゲフンゲフン。
 まぁ、そんなことはどうでもいいが、やっぱり今日は熱い。
 
「本当に水浴びしたいぜ」
「でも、ここら辺に湖とか川あるのかな?」
「そうだよな、よくよく考えてみれば俺たちって神社と人里以外の場所うろついたことないんだよな」
 まぁ、その理由としては妖怪が人を襲うからという理由らしい、なんでも幻想郷はそれなりに人間と妖怪が共に生きているのであるが、この世界は妖怪天下の世界なのだそうだ。
 事実、霊夢と魔理沙は妖怪退治とかいう面倒くさい副業をこなしているっていう話だ。霊夢はそれが本業のような気もするけど、あまりそんなことしてるようには見えないし、どっちかっていうと神社にやってくる人間が皆無すぎるから依頼なんて来てないんじゃないかね。
 まぁ、つまりいうと自衛手段を持たない俺達が外に出ようものなら、妖怪の養分、血と肉になることなど確実なわけで、とても湖や川を探しに行く余裕なんてないわけですよ。
 
「外に出て妖怪に喰われるよりかマシだろ?」
「大丈夫だよ〜、その時はケイちゃんがどうにかしてくれるでしょ?」
 なんだよその、俺の女に手を出すなっていう台詞が聞こえてきそうなシチュエーションは?
 俺はお前の彼氏じゃないぞ、まぁ一応保護者のような立場ではあるが…………

「俺はヒーローじゃねえから助けられません」
「ひどいな〜」
 まぁ、当分はそんな危険もないだろうけどな。それよりも、これどうっすかな?
 そんなことを思いながら俺はポッケの中からあるものを取り出す。
 ヒラヒラとしたどこにでもある紙のように見えるが、ただの紙です。まぁ、なんというか俺も少しばかり興味を持ったわけだ。

「なぁ、なんか書いた?」
「ん、スペルカードのことだよね。もらった紙には全部書いたよ。まだ一回も使ってないけど」
 昨日くらいか、霊夢と魔理沙が遊びと称してやっていた弾幕ゴッコというものを見ているたわけだ。
 その最中に行われた技に見える攻撃があったわけで、聞いてみればスペルカードと呼ばれる物を使用したということだそうだ。
 なんでも、スペルカードは技を行うのに必要な詠唱やらその他諸々を全て省いて一気に行える便利装置らしいのだが、なんでも行うためには霊力、まぁ俗に言うアンゴルモアパワー的な特殊エネルギーが必要なわけである。
 霊夢の話では、一応あんたら二人は空を飛べるわけだから簡単なものならできると思うという話だったので、やってみるということで紙をもらったわけである。
 ちなみに霊夢の持っていたスペルカードは紙ではなくとっても装飾が施されたお札でした。魔理沙は八掛炉と呼ばれるものにスペルを入れ込んでいるらしく、それが人里で聞いたマスタースパークなるものらしい、実物は見たこと無いけど。

 だけど正直な所、興味は持ったのだがやる気が起きない。
 許斐はすらすらと達筆でなにやら書いていたようだが、正直そこまでして書きたいのかと言われたら正直な所微妙だ。
 できる確率がかなり少ない、なにせ空を飛べるからと言ってこの手の霊力的なものを使えるわけではないらしいのだ。
 そう、つまり言うところの能力という奴が必要らしい。
 なんでも霊夢は空を飛ぶ程度の能力を持っている、なんでも何事にも縛られないという能力らしい。そして後一つ、この幻想郷と外の世界を別っている博麗大結界を維持するための博麗の巫女としての力を持っているとか。
 魔理沙は魔法を使う程度の能力と呼ばれる能力らしい。普通の人では理解できない魔法を使える程度の能力というわけだ。
 
 そして霊夢の話では能力は外の世界で開花することはほとんどないということらしい、幻想郷に来て始めて能力は開花するといわれている。これを聞いたことによって普通の人間であるはずの許斐が空を飛べる理由は繋がったが、結局許斐が持つ能力がどんなものかは不明のままである。
 俺は元々空は飛べているが、霊術や妖術、魔法などを使えるような力は持っていないわけで、正直スペルカードを使えないと考えているわけだ。
 だから、そんなものに費やす時間があるのならこうしてのんびりしていたいというわけである。まぁ、俺も何時かその能力というのが開花するのかもしれないが、それは人によってまちまちらしく、許斐みたいに直ぐに開花することもあれば1年以上掛かることもあるとかで、正直期待が出来ないわけだ。
 なんか、仲間はずれにされてるような気分になるが、仕方ない。
 それより、許斐は何を書いたんだろ?

「どんなの書いたんだ?」
「こんなの書いたよ。全部自信作だよ」

 そう言って手渡された三枚のお札に目を通す。
 一枚目、光符『デスビーム』
 二枚目、気符『波動拳』
 三枚目、萌符『冥土in天国』

「ツッコマないぞ?」
「???」
「素で書いたのか」

 なんというか予想していたような予想していなかったようなそんな内容の文字がいっぱい書かれててなんともいえません。
 しかし、上二つは何が起こるか大体予想できるが、三枚目だけは何が起こるかよそうできん。一応技の一種なんだから、冥土=メイドのことだろうけど、メイドがたくさん出てきてメイド天国状態になるってことか?
 
「試してみたらどうだ?」
「う〜ん、そうなんだけど、できればケイちゃんと一緒にやりたいな〜」
「なんでさ?」
「絶対ケイちゃんよりうまく出来るはずだからだよ〜」

 素の顔でなんとも酷いことを言ってくるね〜、かなり落ち込むんですけど。
 だって、一応アンタより数百年も長く生きてるわけだからさ、もう少し労われって、まぁ、俺がどんな人間かを知らないから労わるのなんて無理だろうけどさ。

「その自信がどこから来るのかは知らないが、俺のほうがうまく出来る自信あるぞ」
「ふふん、ケイちゃんが私に勝てるわけないから、大丈夫だよ〜」
「何も大丈夫じゃねえ、いいか後で吠え面掻いても知らねえからな!」
 あれ、なんか捨て台詞っぽい感じが………

「ただいや〜、団子を頼むぜ」
「こら魔理沙、ここは甘味処じゃないのよ」
 おっと、もうお帰りになったようだが、帰ってきて早々団子を作れって少し横暴すぎる気がするが。
 そんなことを思いながら振り返ってみると、なにやらビンのようなものが握られているわけで、それが何であるかを俺自身がすぐさま理解した。

「いい酒が手に入ってな。団子を魚に一杯やろうぜ」
「心得た! 待ってろ、今すぐ作ってくる!」
「圭介さん、多めにお願いね。まだまだお酒あるから」
「まかせろ!」












「…………」
 気づけばもう夜になっていて、そのなんですかね、まさかの光景が広がっている。
「けいふけはん、たんごかひれたわよぉ〜」
「ありゃ、けえすけがさんひんにみへるぞぉ〜」
「霊ちゃんも魔理ちゃんも飲みすぎだよ」
 言っちゃ悪いが俺はその辺の酒豪とかとはわけが違うくらいの酒の量が飲める。どんな酒が来ようとも、どんな酒豪が来ようとも負けることはない。
 しかしだ、酔いに酔ってしまった酔っ払いを相手にするのは勘弁願いたい。
 今日に至るまで結構な回数を四人で飲んでいたが、どうやら今回の酒は何かが違っていたようで、霊夢と魔理沙が常識的判断力を失っている状態のようだ。
 そして、許斐は俺と同じくらい酒が強かった。

「アルコールの高い酒だとは思ったが、まさかこれほどとは…………」
「どうする?」
「どうするも何も、これはもうお開―――」
「うぉぉぉぉぉ〜〜〜、へやくだんこをよこへぇ〜」
「うわぁ!」
 魔理沙が俺の背中に圧し掛かってくる。
 まぁ、なんだ、背中に感触をあまり感じられないのは発展途上ということで、ってそんなことを言っている場合ではない!
 早急にどうにかしなくては…………

「わかったから離れろ!」
「うふ、うふふふふふふふ」
 これはヒドい状態だ。
 仕方ない、このまま団子を作るしかないぞ。
 そう思いながら背中に魔理沙をぶら下げるように立ち上がり一歩進む。

「おい、許斐は霊夢を頼む」
「うん、わかった。霊ちゃん、失礼するよ〜」
「うにゃ、なにするのよぉ〜、まだ飲む飲む〜」
 軽々と霊夢をお姫様抱っこする許斐、妙に慣れた手つきな所がなんとも言えないが、この際そんなことを言っている暇はない。
 そのまま、背中にぶら下がってる魔理沙と、霊夢を寝室へと運ぶ。生憎だがこの神社には布団が一つしかないので霊夢と魔理沙を並べさせて上から布団を被せておいた。
 いつもは霊夢と許斐が一緒に使っているのであるが、今日は仕方がない。それに、何かが起きるとは思えないし、っていうか二人ともおとなしく眠ってろ。
 普段ならもう少し起きているくらいなのであるが、さすがに二人ともかなり酔っているようで直ぐに寝息を立て始めた。

「まったく、主催者が先に酔いつぶれるのは問題だぜ」
「まぁいいじゃん、それよりも縁側で飲もうよ〜。まだ私は飲み足りないもん」
「OK、OK」

 風鈴の音が聞こえる縁側、俺と許斐は朝と同じように縁側に座り、杯を片手に月を眺めていた。
 団子は無いが、月を見ながら酒が飲めるだけでも十分すぎるものだ。

「う〜ん、ビールもいいけど、このお酒も良いね」
「でもなんのお酒なのかはわからないな、ラベルも無ければ、説明も無いしよ」
「別に良いじゃん、おいしいお酒であることに変わりはないわけだし〜」
「許斐にしてはいい事を言うぜ」
 もう一度口に含む、辛いけど甘いっていう感じの酒で何杯でもいけるのではあるが、さすがに何本か残しておかないと後々大変なことになりそうなので止めておくことにしよう。
 そんなことを思いながら最後の酒を口に流し込む。
 
「ねぇケイちゃん。久しぶりだからあれやってくれないかな?」
「あれって、あれのことか?」
「うん、そうだよぉ〜」
「別に良いぞ、ちょっと待ってろ」
 たしかにこの頃やってなかったなと思いながら今の棚から例の物を取って来て、許斐の真後ろに腰を下ろす。

「そんじゃ、久しぶりだから痛いかも知れねえけど我慢しろよ」
「うん、我慢するから、お願いね?」
「任せろ」
 そう言って俺は許斐のその髪に指を差し入れる。
 やわらかい感触が指に纏わりつくので少しばかり奥のほうへと手全体を滑り込ませる。

「んっ」
「ちょっと痛かったか?」
「ん、少しね」
「でも、やわらかいぞ。全然硬くないしさ」
「んっ」
「すまん、少し引っ掛かったみたいだけど、始めるぞ?」
「やさしくしてね〜」
「任せろって」

 そう言って俺はその例の物体を手にその毛を撫でるように作業を始めた。
 
「それにしても許斐の髪って柔らかいよな」
「ケイちゃんが頼めば梳いてくれるからだよ〜。それに落ち着けるんだ〜」
「ありがとよ」

 久しぶりにやってることとは髪を梳くことである。
 毎度毎度許斐が頼んできた際に俺は何時もやっているわけである。
 しかし、許斐の髪の毛はどうしてこんなに柔らかいんだろうね、っていうか痛んでもいないし、枝毛も無いくらいだ。
 櫛も軽々と入るから正直手入れをする意味なんてあるのかどうかもわからないが、やるこちらとしてはとても楽で良いくらいだ。

「ねぇ〜、ケイちゃん」
「なんだ〜」
「もしも外の世界に戻れなかったらどうする?」

 髪を梳かす作業を止めることも無く俺はその問いの意味するところを考える。
 そういえば、この頃は幻想郷での生活に慣れてきたからかそんなこと考えることもなかったな。
 まぁ、俺は別に戻れなかったとしてもかまわないのだが、さすがに許斐は困るのかもしれない。
 
「許斐はどうするんだ?」
「ん〜、わからないな〜。親は昔に災害で死んじゃってるからさ」
「いやいや、そんなことカミングアウトされても困るんですけど」
 
 二年くらい一緒に暮らしてるけど知らなかった俺も問題かもしれないが、普通はそんなことを聞こうなんて思わないだろう。
 しかし、許斐の親が昔に死んでいるとはな、なんていう事実だろう。

「すまん」
「?」
「一緒に暮らそうっていう頃に聞いてけばよかった話だった」
「いいよ、別に。だってさ私にとっては、今のほうが――――」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもないっす」

 妙に男らしい返事をするが、どうやらいらぬ心配であったようだ。しかし、何かを言っていたような気がしたが、珍しくゴニョゴニョ声で何を言っているのか聞こえなかったな。
 いつもは何でもかんでもストレートに発言する癖によ。

「まったく、それよりも帰れなかったらか…………」

 帰れなかったらか、結局帰れようと帰れなかろうと結局何時かは一人になってしまうんだろうな。
 よくよく考えればそんな人生しか送ってなかったな、いつも一緒に住んでた奴とは年が誤魔化せなくなったら別れて、また一人の生活をしてまた誰かと同居して、そんな生活だったな。
 今回もそうなるのか、いや、こんな世界にいるんだから何時かは許斐にばれてしまう筈だし、できればそろそろ気持ち的にも楽になりたいしな。
 うん、そうだな。

「俺は許斐の選んだものを選んでいくことにする」
「良くわからないね」
「つまり、俺だけが帰れて許斐だけが帰れなかったら帰らないし、許斐だけが帰れたら、俺はがんばって帰れるようにするってことさ」
「な、なんかすごいこと言ってない?」
「そうかね」
 
 なぜ顔を赤くする必要があるんだ。俺はなにかそんな赤っ恥ものの台詞を吐いたって言うのか、良くわからないけど。
 あ、そうか酒飲んでたからか、納得!
 最後に髪の形を整えてっと………

「よし、終わったぞ」
「あ、うん。ありがとう、うわ〜サラサラだ〜」

 髪を触りながら呟く姿を眺めてから縁側へと移動して残ったお酒を注いで飲む。
 季節は本格的に夏へと近づき、風鈴の音が涼しく感じ始める。

「さてと、もう少し飲むか」

 月夜に照らされ注いだ酒が綺麗に輝いていた。

















 そういえば許斐には親がいないはずなのになぜあんなにお金を持っているのだろうか?
 それが後日思った疑問であった。
 まぁいっか!
  





 
あとがき
 ここまで読んでいただきありがとう御座います。メリィー&ジェムです。
 なんか、シリアスな話になっちゃったような気がするけど、主人公の台詞の恥ずかしさは言うまでもないですね。
 さて、ここで導入部分は終了しまして、そろそろ第一回異変解決編がスタートしようとしているわけですね。
 季節は夏といったらあの異変ですね。
 それでは今回はこの辺で、お疲れ様でした。




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