「古河音……お前はッ!!」

「あら、固い事言いっこなしですわお姉さま。弾幕ごっことはそもそもそういう遊びでしょう?」

慧音の咎める様な視線も、鈴芽にはまるで通じない。
のれんに腕押しだ。
真面目に向き合えば向き合う程、彼女はそれをひらりとかわしてしまう。
彼女を古河音と認めたからこそ慧音には鈴芽の行動が見過ごせなかった。

彼女を、古河音の人格を乗っ取った悪い奴。
そう認識すればどれだけ楽だろう。
しかし、慧音は決めたのだ。
前世の記憶を思い出した古河音と、真正面から向き合うと。





「あと、良也さんの退場でお姉さまが不利になる
などという無粋な真似はしないつもりですわ。

なぜなら―――――……」


どこからともなく不意に鈴芽の周囲を包みこむ霊札。
一枚一枚が相当量の霊力を秘めており、一枚でも当たれば致命傷必至である。
が、彼女の周りに複数の泡が現れ鈴芽の代わりにその攻撃を受ける。

それもつかぬ間。 彼女の上空から光が消える。
隕石の落下を思わせる轟音と共に、陰陽対極図の模様が描かれた白と黒の巨大な球体が彼女に向かって降り注ぐ。

「あらあら……流石にこれは防げませんわね」

球体はまさに隕石の如く落下し、そのまま湖に突き刺さった。
水しぶき、と呼称するにはあまりに大きな水の塊が宙に浮きスコールの様に落ちていった。











「これはこれは、お久しぶりですわ。霊夢さん」

「やっぱり今のじゃ倒れてくれないか。そんな気はしてたわ」

互いに敵だと認識しながらも、まるで街中で偶然出会ったかのような素振りだ。
二人の間には剣呑な、それでいて決して立ち入れない緊張感溢れる空気が漂っていた。
まるでお互いの首元に刃をつきつけ合い紅茶でものんでいるかの様な。


「それよりも、私の送った余興は楽しんで頂けたでしょうか?」

相手に対して最大限の敬意の払ったその所作は皮肉以外の何ものでもなかった。
皮肉すらも優雅に上品に、それが彼女のこだわりだ。

「えぇ、楽しませてもらったわよ……!
魔理沙に続いて傘のお化けだの半霊だのメイドだの……鬱陶しいったらなかったわ」

ここまでの道中を思い返し、目に見えるほどにイライラが募っている。
見れば彼女自慢の巫女服はすっかりボロボロだ。
彼女ほどの実力者がそれほどの激戦を切り抜けてきた事の証明に他ならない

が、そんな彼女の言葉に鈴芽の頭にはてなが浮かぶ。

「はて、私が差し向けたのは魔理沙さん一人のはずなのですが?」

「はぁ…? じゃあなんで次から次へとどいつもこいつも邪魔してくるのよ?
毎度毎度、こうも異変の度に足止め喰らったんじゃ効率悪いにもほどがあるわよ……」

「それはきっと、霊夢さんの人徳ですわ」

おそらくは本当に偶然なのだろう。
ある者は霊夢同様に今回の異変に対して動いたり、ある者は単に喧嘩を売ったり、ある者はありもしない濡れ衣を霊夢に着せられたり、つまりはほぼいつも通りだ。
なんやかんやで寄り道をして、結果異変の元凶へと辿りつく。
それがいつもの、博麗霊夢の異変の解決の仕方である。




「オイ、巫女ぉっ!!」

突然の大声に咄嗟に両の人差し指で耳を塞ぐ。人類が古くより生み出した防音法だ。

「突然あんな大規模な攻撃を仕掛ける奴があるか! 私まで巻き込まれるところだったぞ!?」

「ちょんと避けれてるんだから良いじゃない。急に大声出さないでよ……」

被害者からの訴えも霊夢は鬱陶しそうに反論する。
まるで自分こそが被害者だとでも言いたげだ。

「良い訳あるか! そもそもこの湖の下には良也くんが落ちているんだぞ!?」

「え…? お留守番しとくように言っといたのに……。泥棒にでも入られたらどうするのよ?
紫が大人しく留守番なんてするはずないしなぁ……」

「そうじゃなくてだなっ!!」

一応ちゃんと心配はしているらしい。全く別のベクトルへ向かって。
会話が、これでもかという程に噛みあっていなかった。
幻想郷ではよくある事だ。
各々が我の強い価値観を持っているがために、共通の言語を持ちながらまるで会話が成り立たない。





「良也さんなら大丈夫でしょ。それより……」

「な、なんだ……?」

欧米人よろしく。霊夢の視線がまっすぐに慧音の瞳へと向かっていた。
頭を見て、顔を見て、手足を見て、胸を見て……少々不快になる。

「アンタ、そんなガミガミ言う奴だっけ?前はもう少し落ちついた奴だと思ってたんだけど?」

「………うちの生徒に少々問題児がいてな。今のお前みたいに後先考えずにその場のノリですぐに行動する暴走娘だよ」

「へぇ、それは大変ね」

「あぁ、大変だ」

博麗霊夢相手に、遠まわしの皮肉など無意味極まりなかった。
もともと例え直接的に文句を言われても棚に上げてホコリを被せるような女なのだ。
皮肉も力も重圧も、全てにとらわれず宙に浮く“空を飛ぶ程度の能力”の持ち主。
それが博麗霊夢である。







「さて、異変解決に来たところ悪いが私はまだ弾幕ごっこの最中だ。
手を出すのは構わないが、手を引くつもりもない。好きにしろと言ったのはお前だぞ?」

「まぁ、私はアンタが負けようと知ったこっちゃないし構わないわよ?邪魔さえしなければね」

二人の視線は同時に一人の人物へと向かった。
今回の異変の起こし主にして記憶の魔女、月詠鈴芽の下へと。

そんな彼女たちの様子に鈴芽の口元がつり上がる。
なんやかんやと言ってはいるが、結論だけ言ってしまえば二人が結託して鈴芽へと向かっていくという事だ。
それこそまさに彼女の望んだ展開だ。
一人では敵わない強大な相手に強者二人が結託して挑む。これぞまさしく王道だ。

正直、我の強い二人だ。
どちらも意地を張って自ら一人で戦うと言い出す可能性も十分にあった。
しかし、それも杞憂に終わったという事だ。
後は存分に楽しむだけ。 幻想郷が沈むか浮かぶかのシーソーゲームを。
この異変は鈴芽が倒れれば魔理沙含めて雨の影響を受けたものも全て元通り。
そういう術をあえて設定したのだ。












雨の振り続ける幻想郷の一角で、雨を避け淡い光と共にシャボン玉の様な泡で溢れた不思議な空間があった。
その空間に人影らしきものが3つ。
あちらこちらへと移りゆくその影を中心に激しい光が取り囲む。
花火大会。遠目から見たそれはまさしくそう表現するにふさわしい。
三者三様に放たれる相手を撃墜するために放たれているその光はまるでそれぞれが魅せるために放たれているかの様だ。

強く美しく。 それが弾幕ごっこだ




実力は拮抗していた。

自由気ままに天性の直感と才能に身を委ね
時に針に糸を通すような繊細さを、時に舞い落ちる木の葉のような不規則さを見せて


歳月によって培われた経験則を見事に使いこなし、奔放極まりない相方の動きに臨機応変に合わせて

溢れるセンスと魔力に記憶を操るという不可思議な能力で相手を翻弄して。

三人による花火大会は盛大に続いていた。





しかし、未だに鈴芽の鼻歌は途絶えないでいる。
決して手を抜いている訳ではない。
それでも、博麗霊夢と上白沢慧音の実力をもってしても月詠鈴芽という魔女から余裕を奪うには至っていなかった。

―――――――――だが

「……っ!」

突如、彼女の鼻歌が止まり笑が消えた。
霊夢の思わぬ攻撃が彼女をそうさせた。

記憶を操られながらも勘を頼りに攻撃に転じてくる。それは最初から変わらない。
しかしそれとは別に、強さでもなく速さでもなく、得体の知れない何かが鈴芽から余裕を奪い始めていた。

その感覚に鈴芽は覚えがある。
前世で自棄を起こして今回と同じ雨を降らし妖怪の賢者を怒らせた時の感覚だ。
強さ、そんな次元では測れない自分の喉元に届きそうな何か。
かつて、鈴芽が認めた数少ない自らと同じく世から外れた『異端』。

それに似た感覚をわずかに、だがたしかに博麗霊夢から感じ取っていた。








「……霊夢さん。お姉さま。申し訳ありませんが、本日の遊びはここまでですわ。
ご安心ください。コンティニューはまだ2回残っておりますので」








―――忘却・『フォーゲット・レイン』

ものの例えではなく、正真正銘の雨。
今起こしている異変のそれとは比較にならない。文字通り相手の記憶を一瞬にして奪い去る弾幕ごっこのセオリーを無視した禁忌技。
天から降り注ぐ豪雨を全て当たらずに避けきることなど不可能。



全てを洗い流す残酷な雨が、二人に向かって容赦なく降り注いだ。

雨に濡れた二人が見たもの。

それは空を飛ぶ術をなくして落下する 月詠鈴芽の姿だった。












「ぜぃ……ぜぃ………ぜぃ………。これで、本当に大丈夫なんだろうな?」

鈴芽の元いた位置に立っていたのは
衣服の所々が破けて息を乱し、その両手にひと振りの剣を握った土樹良也の姿だった。



「えぇ、貴方にしては上出来よ」

落下した鈴芽を抱き抱えていたのは、かつての彼女の友であり幻想郷を管理する妖怪の賢者。
八雲紫だった。







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