日の光の届かない森の中。
辺りを見渡せば木、木、木、またまた木、たまに蜂の巣。

そこは魔法の森
生態系、そんな言葉など知った事かといわんばかりに個々の植物達が好き勝手に独自の進化を遂げているカオスな森だった。
個性豊かな生徒達もあまりに個性が強すぎればそれは学級崩壊。
リーゼントをした男の子にアフロな女の子、廊下で窓ガラスを割りながらバイクで走りだす子もいれば裸で踊りだす子まで。
少しでも植物に知識のある者ならば、この森はそれほどにありえない生態系なのだ。




「良也さん、この薬草で合ってます?」

「それ違う!毒草だからそれ!!」

そんな森の中で男女2人が薬草採り。
後悔。そんな言葉が良也の頭の中を占めていた。



『―――咲夜さん  今回の私のターゲットは、彼女です!』


そんな古河音の言葉につい、デフォのメイド服にネコミミ&猫しっぽの咲夜のビジョンが頭に浮かび、彼女の魔法薬作りの手伝いを二つ返事で引きうけてしまった。
我ながら自重しろ、と過去の自分に怒鳴り散らしたい気分だ。

彼女の言う咲夜とは、紅魔館でメイド長を務め時間を操る程度の能力を有する完璧で瀟洒な従者 十六夜 咲夜の事に他ならない。
彼女をターゲットにとは、あの咲夜を相手に化け猫姿になる魔法薬を飲ませてネコミミメイドへと変身させる事を意味する。






「………どんな無理ゲ―だよそれ」

少し考えれば分かる事だった。
あらゆる業務をそつなくこなし、家事も戦闘も一級品。
更には時間を操る程度の能力というチートともいえる能力の使い手。
そんな彼女相手に怪しげな薬を飲ませるなど到底不可能である。

そこまで分かっていて良也が未だ彼女の手伝いを続けているのは、一度古河音の申し出を引き受けてしまった手前帰り辛いという理由から。
やるだけやって失敗したらアイツも気が済むだろう、そんな心境で渋々魔法薬の材料を採取していた。

妙なところで律儀な男である。
















「へい彼女ー……じゃないや!へい彼氏ー!そこの喫茶店でお茶でもしなーい?ついでにそこで魔法薬作らなーい?」

「いや、喫茶店って……そこアリスん家」

「大丈夫ですよ。あの人ほとんど引きこもってるから留守じゃないハズだし、この時間帯だとお茶してる頃合いだし」

魔法薬の材料も揃いだした頃、古河音はアリス・マーガトロイドの家を指差す。
在宅だろうからお茶をもらって場所も借りよう、そう提案する古河音の図々しさに良也はひとつため息。
とはいえ貰えるものなら自分も同席させてもらおうと頭の隅の考えに、僕も人の事は言えないか と自己完結。彼女の後に続く。






「はぁ〜………」

アリス宅に訪問の後、旨を伝えた古河音達を前に盛大なため息。
訪ねて開口一番に『お茶ください。あと魔法薬作りたいので機材余ってます?』では無理もない。

「貴方ねぇ……少し監督不行なんじゃないの?」

ため息の後に非難の含まれたジト目は良也へと向けられていた。

「そこは本人を責めろよ…」

「今まで何度責めてきた事か」

そんなやりとりの最中、ふとアリスが向けた視線の先で、古河音が指の先から魔力糸を出していた。
本家のアリスと比べるとかなり拙いが、計十本の糸が棚に飾られていた人形へと繋がれてゆく。
教えた覚えはない。
大方例の能力で古河音が勝手に『把握』したのだろう。
個人の能力の使い方に口を挟むつもりはない。それにしたって自分の魔法を勝手に真似られるものあまり気分の良いものではない。一言あっても良いだろう。







「『お姉さま…私もう……っ!』『ダメよ桜!こんな人目のつくところで…』『関係ありません!私たちの愛の前に人目なんて――――……」

お子様お断りな人形劇を前に、キッチンから何かが飛来した。
ソレは古河音の前髪をかすめて壁に突き刺さり、何本かの前髪がはらりと落ちる。
壁に刺さったソレの正体は、包丁だった。
キッチンの方には、まだまだあるよ?と言わんばかりに包丁を構えた人形達がスタンバイ。

個人の能力の使い方に口を挟むつもりはない。
が、個人の所有物の使い方には大いに口を挟む気満々である。口というより物理的にだが。














「祝 ☆ 完っ成ーーーっ!!」

薄い緑色の液体の入ったビンを手に、高らかに宣言。
ばっと白衣をなびかせて、余った片手で眼鏡(度なし)をかちゃっと掛け直す。
気分はさながら博士キャラ。
これら一式は香霖堂にて通常の三分の一の価格でレンタルしたもの。


「作ったのほとんど僕だけどな……」

はしゃぐ古河音に対して、良也は着々と器具の後片付け。
言うまでもなく良也は普段通りの格好だった。

「だったら良也さんもレンタルすれば良いじゃないですか。私の貸しましょうか?こうマッドな感じに決めてくださいよ『くっ…フハハハハ!』みたいな感じで」

「そうじゃなくて、せめて片付けくらい手伝えって言ってるんだよ」

もちろん、今回の薬の制作にアリスは携わっていない。
今もまさしく現在進行形で、奥の工房でせっせと人形制作。これこそが彼女の日課だ。




「ていうか、今更だけどコレ本当に大丈夫なんだろうな……」

ビン越しに中の液体を見つめながら、今更ながらに不安になる。
材料も製法も、たしかに本の通りに作った。
見習いとはいえ良也も魔法薬に携わったのは1度や2度ではない。

が、なにせ今回は『人を化け猫の姿にする』などという冗談の様な薬だ。
人体への影響にも不安が募るというもの。

「心配ご無用!身体に悪くもないし効果もてきめん!後はお菓子か何かに混ぜるだけ♪」

不安そうにする良也から薬を取り上げ、すっかりご満悦。
古河音にとっては、まさに夢の発明品といった感じなのだろう。

「あぁ、お前そういうのも『分かる』んだっけ。何気に便利だよなソレ」

「良也さんがそれ言いますか?」



















「で、なんで博麗神社?」

2人のついた先は楽園の素敵な巫女、博麗霊夢が営む博麗神社。
今回の目的である十六夜咲夜とは縁もゆかりもない場所だ。

「良いじゃないですか、思ったよりおはぎ(薬入り)たくさん出来たし。差し入れですよ。差し入れ♪私的に霊夢さんってけっこう好感度上位なんですよねぇ。ギャルゲ的な意味じゃなくてね」

「あいつがぁ……?」

おはぎ(薬入り)を手に博麗霊夢のネコミミ姿を夢見る古河音に、良也の不満気な視線が送られる。

「お前も人里の人間ならアイツの評判知ってるだろ?同じ巫女ならまだ東風谷の方が……前言撤回」

会話の流れとはいえ、元・生徒を売ろうとする自分に少し反省。
加えて、難易度自体は低いがそのあとの報復を考えると確実に死亡フラグだ。



彼の言う通り、人里での博麗霊夢の評判は決して良いものではない。
その実力は折り紙つき、解決してきた異変は数知れず。
しかし、異変以外の問題に彼女は全く動く事はない。その手の問題は主に上白沢慧音や東風谷早苗が担当している。
蛇足ではあるが容姿という点に置いても、未発達な霊夢の容姿は里の男性陣からの支持は低い。


「そりゃ早苗さんだって全然アリですよ?でも、やっぱり巫女さんと言えば赤と白のツートンカラー、これ鉄板!黒髪だし。控えめなボディも あん いやん♪
それに、霊夢さんってどことなく猫っぽくないですか?咲夜さんとは別の意味でネコミミの相性抜群ですって」

「………そうか?」

熱く語るも良也の声はいまいち納得できないといったニュアンス。
身体云々は別として、霊夢の造形が優れている事は認める。初対面の時は彼女の前で動揺したのも今となっては懐かしい思い出だ。
しかし、神社で彼女と過ごす内に嫌でも霊夢という人間が如何に怠け者で強欲で自分本位か、嫌という程に思い知った。

そんな良也からすれば、彼女に猫耳が生えようが犬耳が生えようが興味のない事だ。
しかも霊夢の性格から考えるに、仮にこのミッションが成功したとしてその反応は『無言でスペカ』か『全くのノーリアクション』かのどちらかだろう。




「ふっ…、そうやって言葉や態度の表面しか捉えられないようじゃ―――……
『You still have lots more to work on!(まだまだだね!)』」

「無駄に良い発音しやがって……『ぶっちゃけそれ言いたかっただけだろ?』」

「……は?なんて??」

某王子様風に唯一覚えた英語で決めてみるも、現場でも喋れる英語教師の前では文字通り歯が立たなかったようだ。

















「霊夢さぁーん、お邪魔しまーっす!」

彼女の行動を正しく宣言するなら、お邪魔『して』ます、だろう。
神社の中をドタドタと駆けながら博麗霊夢の捜索を開始。

「……うるさいわねぇ。賽銭箱ならコッチじゃなくてアッチ」

気だるそうに現れたその巫女は、顔を出すや否や即座に賽銭の催促。
彼女のそういう態度も賽銭の少なさの要因のひとつなのかもしれない。

「えぇ〜…と、今持ち合わせの方が……」

「何よ。冷やかしなら帰ってよね?」

この神社はいつから小売店か何かを開業したのか、そう思わせる巫女にあるまじき発言である。





「そうそう、持ち合わせはないけどおはぎ(賽銭を払えない原因)ならありますよ?買い過ぎちゃったので、おひとつどうぞ」

なるべく自然な笑顔を作って、一世一代の大勝負。そんな心持でおはぎを霊夢に向かって差し出した。
今回の作戦には、それなりの自信があった。
お茶好きの彼女にお茶請けは必須、遠慮という言葉を知らない彼女なら迷うことなく受け取るだろう。
例えネコミミが生えて制裁を受けようとも、古河音はもとより覚悟の上だ。








「いいわ」

そんな古河音の覚悟など吐き捨てるように、手を左右に振って拒否のサイン。

「………え?な…なななな、なんで!!?」

「なんでって、なんとなく。今日は煎餅の気分なのよ」

そういって取り出されたのはビニールに入れられた、一袋2枚入りの海苔煎餅。
あきらかに幻想郷の品でない事から、良也による差し入れか何かだという事が伺える。

これが、博麗霊夢という巫女を支える才能の一端ともいえた。
なんとなく、〜な気分、そんな気がする  いわゆる“勘”というものだ。
彼女の場合、それがまるで予言の如く的中率が神がかっている。

考える、という事を面倒がってしない彼女が的確に異変を解決してきたのはこの要素が大きいだろう。




「まぁまぁまぁ、そう言わずに!そんな気分にあえて逆らってみるのも良いかもしれませんよ!?風の吹く方向と逆に進む雲の如く、煎餅な気分の時にこそ甘いものを食べてみる事で普段見えなかった何かが見えてくるかも!!」

余計な事を! 心の中で良也を逆恨みしながらも、古河音は押し売りの様に霊夢におはぎを差し出す。


「いやに突っかかるわね。そのおはぎに何か仕込んでるんじゃないの?」

ぎくっ、という擬音が似合う様に一歩後退。
ここで攻めるはあまりに愚策、保身を尊重するならここは引いて咲夜の下へと向かうべきだ。本当に身が大事ならそっちも止めとけという話だが。






「―――――分かりました」

だが、しかし



「私が弾幕ごっこで勝ったら、このおはぎ食べてください!お願いします!!」

萌えと保身を天秤かけて、この女がここで引くなどありえない話だった。












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