幻想郷に住む人間たちの集落。
そんな人里の一角にある建物は雰囲気そのものが異彩を放っていた。
洋風の外装が特徴的な人里唯一の喫茶店。

元・外来人である女性の経営する幻想郷でも数少ない洋風の食事がとれるお店だ。
良也の様に自由に“外”との行き来をする訳でなく、彼女も今では今では立派な里の一員だ。


ふと甘い物が恋しくなり、良也はその店に出向いていた。
気の向いた時に気軽に1人で立ち寄れるのも、この店の利点かもしれない。
“外”での1人外食はとても勇気が必要だ。
分かっている。周りはそれほど自分になど目を向けてはいないだろう。
それでも、1人で外食というのはとてもしづらいものなのだ。
里の人間は今やほとんどが顔見知り。それが一番の違いなのかもしれない。



「あら良也くん、いらっしゃい」

店主である成美が良也に声をかける。
同じ外来人という事もあり、彼女との交流も浅からぬもの。

「席、空いてますか?」

「こちらにどうぞ」

案内された席に腰かけ、メニューに目を向ける。
以前来た時よりも品数が増えていた。
常にアイディアを閃き味を追求するという点に置いては魔法に似ているのかもしれない。
そんな事を考えつつ、新作ケーキを品定め。


「ご注文お決まりですか?」

少女と呼称してもおかしくない店員がボードを持って良也の前に立っていた。
余りお待たせしても申し訳ないと、直感に頼る。

「じゃあ、この苺のミルフィーユと―――……
「ストレートティーのポット。ショートケーキとロールケーキも」


「………………………いつからいた?」

良也の向かいの席には、さも最初からいたかの如く霧雨魔理沙が同席していた。
メニューに目を向けていたとはいえ、このインパクトある姿に気づかなかった自分はどうなんだと少し反省。

「私もケーキを食べに来たんだけど、良也の姿を見かけたんで奢ってもらう事にした。あとこの抹茶ケーキを……」

なんという事だ。
話を聞く限り、すでに彼女の中で良也が奢る事は決定事項になってしまっていた。
更にはまだメニューを追加する始末。食べ過ぎである。













「―――それで、その高宮って子に奢る事になってな。いや、やっぱり大人として子供に奢らせる訳にはいかないしさ」

ケーキをひとつ追加して雑談に興じていた。
あれだけケーキを注文していたのだから少しくらいおこぼれを期待していた良也だが、魔理沙の注文したケーキは全て彼女が占領していた。
分かってはいた。
分かってはいたが、といまいち食べ足りないので1品追加したのだ。
その際に向かいの席から『紅茶のおかわりとタルト』という声が聞こえた。
タダ飯を良い事にやりたい放題だった。

「……太るぞ?」

「いいんだよ。このあと本を借りるついでにとある門番と腹ごなしするつもりだし」

さらっと盗難&襲撃宣言。
紅魔館には、お土産のケーキでも買っていこう。心の中で1つ合掌。




「しかし、今の話を聞いてるとアレだな」

テーブルに肘をつき、手にしたフォークをくるくる回す。
行儀が悪いと指摘すると、ジト目が返ってきた。

「どれだよ?」

「あぁ…。だから、お前がたまに言ってる『ぎゃるげー』だっけ?それに出てくる……旗だっけ?」

「フラグ?」

「そう、ソレだ!」

自分はそれ程まで専門用語を口にしているのだろうか?
普段の自分の振る舞いを振り返る。
そんな心当たりなど………あるかもしれなかった。
ただでさえ近代文化とは縁遠い幻想郷。ましてやその手の用語は“外”でも通じづらい。
妹相手に『フルボッコ』が通じず軽くショックを受けたのは懐かしい記憶だ。


「良也の話聞く限りだと、その高宮って子のフラグ折りまくってる風に聞こえるんだがな。ん〜っ…美味い!」

ラストに残しておいた苺を口に含んで満足げな笑み。
下手な食レポよりもずっと美味しそうなリアクションだ。

「高宮のフラグっていうのは、つまり……そういうアレか?それはない。そういう勘違いをした教師が昨今新聞に載った挙句に冷たい鉄の檻に入る事になるんだよ」

「そういうもんかね?」

「そういうもんだ」







はたと、会話が止まった。
良也自身、別に無言が苦手と言う訳でもない。
博麗神社で霊夢とお茶をする時は何を喋るでもなくまったりするというのは珍しい事ではない。
だが、今の状況とそれは少し違った。
一言で言うなら空気が悪い。なんとなく、気まずい。
お互いに、ただただ無言でケーキを食べる。紅茶を飲む。
先ほどまで堪能していた食事が、まるで一連の作業の様になってしまっている。

「………」

何か話題を振ろうとするも、どこか冷めた様な雰囲気の魔理沙の表情に再び口を閉じてしまう。



「じゃあ、私はもう行くぜ。前に借りた本の続編がほしいからな」

空気が悪かった事を彼女自身も自覚していたのか、明るめのトーンで盗難宣言。
見れば彼女の皿はケーキの一かけらも残っておらずキレイに食べられていた。
霊夢にも言える事だが、一体あの小柄の身体にどうやってあれだけの量が収まるのやら。


「程々にしとけよ?最近紅魔館に行く度にパチュリーの愚痴聞かされてるんだから……ストレスのせいなのか咳もそこはかとなく――――……



「……うるさいなっ!!」


腹に力の込められた魔理沙の怒声に賑わっていた喫茶店の客もシンと静まり返った。


「あ…。悪ぃ……。そうだな、考えてみたらまだ読み切ってない本もあったし、借りるのはまた今度にするぜ」

あまりに突然の事に、『結局借りるのかよ』というツッコミも口にできない。
背中を向けたまま店を去る魔理沙の姿を見届けながら、はっとした。
テーブルに置かれた皿を見つめて、『コレ全部僕が払うのか』と。





















薄暗い森の中、そんな環境に建つ一軒家は昼間にも関わらず明かりが乏しい。
なので魔力の込められた道具が部屋全体を照らしている。
現代科学にも引けを取らないイッツ・ア・ファンタジー。ビバ☆魔法である。

そんな中で少女が1人、ベッドに腰かけペラペラと本のページをめくっている。
面白い。けど面白くない。そんな矛盾。
いや、矛盾でもなんでもない。つまりは本の内容は面白いけど、気分が面白くない。
ただそれだけの事である。
それを自覚するとページをめくる指を止めて本を閉じた。
止めよう。
せっかく面白い本なのだ。こんな気分で読むのはもったいない。

腰かけていたベッドに仰向きになりぼぉっと天井を眺める。

こうなるハズではなかった。
今日のスケジュールは単純にして明快。
成美の喫茶店で腹を満たし、食後の運動に門番ないしメイドと弾幕ごっこ。
図書館にて目当ての本を借りて読みかけの本を読んで晩ご飯。寝る前に借りた本を読む。
まさにパーフェクト・オブ・パーフェクト。一部の隙もない完璧なスケジュールだ。
ところがどうだ。
いざ喫茶店に行ってみると、そこには土樹良也の姿があった。
それは良い。おかげで食費も浮いた。
その後、雑談しながらケーキを食べた。
それも良い。黙って食事など性に合わない。食事は楽しく、それが基本だ。

途中で会話が途切れた。
思い返せばそこからだ。何かがおかしくなった。
なんとなく、途中から会話が楽しくなくなった。面白くなかった。
あとはもう悪循環。無性にイライラが募って気づけば良也に八つ当たり。


「晩飯の用意でもする、か」

ベッドから身体を起こし、誰に言うでもなくひとりごち。
悩んで答えが出ないなら何か生産的な事をした方がよっぽどマシだ。






















数日後の博麗神社の昼下がり。
一通りの境内の掃除も終えた(良也が)ところで霊夢と良也はティータイム。緑茶だが。

「―――ていう事があって。なんか魔理沙らしくなかったっていうか」

いつもの様にまったりとしながら、良也は先日の件を霊夢に話していた。
別に相談している訳ではない。
霊夢の様な人生・ザ・アバウトに相談して何が解決するとも思ってはいない。
ただ単に話題のタネもなく、ふと思い出した件を漏らしてみただけなのだ。



「それってアレじゃないの?なんだっけ………」

パリッと煎餅をひとかじり。
ここまで出てるけど思いだせない。そんな微妙な表情を浮かべる。

「旗?」

「…………フラグ?」

「そうソレ」

「……え、何?その言い回しお前らの間で流行ってんの?」

デジャヴどころの話ではない。
まさにその先日の件で全く同じようなやり取りをしたばかりだ。
地味に自分の発言は幻想郷に悪影響を与えているのではないだろうか。そんな気さえしてくる。

「っていうか何でフラグ?今の話で??」

魔理沙との会話の時には、曲がりなりにも納得出来る節はあった。
例え実際にフラグなど存在しなくとも、何でも恋愛方面にもっていきたがる年頃の娘ならば一応そこにそれらしき何かがあるのではないか、と勘ぐってもおかしくはない内容ではあった。
ただし、先日の魔理沙の件に関しては話が別。
ケーキを一方的に奢らされて何故か突然怒られた。ただそれだけである。
傍から見ればケンカ別れしたカップルの様に見えたかもしれないが、それの実の内容は全くの別物だ。





「えぇ〜と、何だっけ?『女性と2人きりの時に他の女性の話をする男性は嫌われる』みたいな事を新聞で書いてたわよ?」

「えらく限定的なシチュエーションだよそれ!?」

良也のツッコミにもどこ吹く風。知らないわよ、と再び煎餅をひとかじり。
心底話す相手を間違えたと思う良也だった。
その新聞の著者が誰であるかは言わずもがな。


「でも、実際に魔理沙は怒ったんでしょ?そういう事も否定できないんじゃない?」

「いや、だからそれはない――――……」

はたと、再び違和感。
こんな会話を魔理沙ともしていたのだと思いだす。
そこで再認識。つまりは霊夢の言うところの『フラグ』とは魔理沙が良也に対してヤキモチを焼いたのではないのか? そう言いたい訳だ。
それこそありえない。
なんだか最近あり得ない、だとか、そんな事ない、だとかばかり言っている気もするが実際にあり得ないのだから仕方がない。

まず第一として今までの人生として考えて女性から好意を寄せられた事などない。
心の中での自分の発言に心の中で膝をついてしまった。
加えて、あの霧雨魔理沙なのだ。
快活といえば聞こえは良いが、男勝りというよりは漢勝り。
自分が女ならば彼女に惚れてしまうのではないだろうか?色々とおかしな点はあるが、そう思えてしまう程に典型的なヒーローキャラ。

そんな彼女がまさか自分の様な男に?あり得ない。しかし、実際に怒ったのは事実。
思考のループは迷宮に。考えれば考える程に深みにはまってゆく。

そんな良也を余所に、霊夢は『良也さん、お茶ついできて』と湯呑を差し出していた。


























野を超え山超え霧超えて。
良也は今、紅魔館へと向けて空を飛んでいた。

なぜか。その理由はシンプル・イズ・ベスト。
あれやこれやと博麗神社にて思考を巡らせる良也に、霊夢から『悩むのはいいから他所で悩んでくれる?』と日曜だからとゴロゴロするダメ息子の母親よろしくな視線をその身に一身に受けたがためである。
仮にもホンキで頭を抱えている同居人(?)に対してあんまりにあんまりな仕打ちだ。
それでも『霊夢だから仕方がない』と心のどこかで納得してしまっている自分に少し嫌気が差してくる。

頭を抱えていた原因とは、言うまでもなく魔理沙だ。
包み隠さず直球に言うなら『魔理沙ってぇ〜、実は僕の事好きだったりしたりしなかったりするんじゃないのぉ〜?』というアレ的なアレだ。
そんな考えに至る自分を改めて客観的に見るなら、自惚れ以外の何物でもない。
仮に自分と全く同じ容姿をした人間がそんな発言をしたなら間違いなくぶん殴っている事だろう。
ただ、もし、仮に、If。魔理沙が自分の事を好きで、そうと気づかず他の女性の話を嬉々として語っていたのだとしたら、それは実にデリカシーのない行為だ。
ただそれは、もし、仮に(略)あの魔理沙が自分に対して本当に好意を寄せてくれていたのなら、というのが大前提の話である。
まずそんな事を前提にする事そのものが―――……
と、要は博麗神社で抱え始めた思考のループから未だに抜けだせないでいた。



考えても考えても答えなど出る訳もなく、霊夢に神社を追い出された挙句『紅魔館の本でも読んで気を紛らわそう』というその場しのぎにもならない答えに行きついていた。

「――――そもそも、僕は魔理沙をどう思っているんだろうな……」

外の風を浴びたおかげか、少し冷えた思考で良也は呟いていた。
霧雨魔理沙。 底知れぬ魔力と漢勝りなその性格からまさにヒーローと呼ぶに相応しい。
もしかしたら、心のどこかで彼女に憧れてすら抱いていたのかもしれない。
厚顔無恥・止まぬ盗難癖などなど、悪癖も数知れぬが、根の部分は悪い奴ではないと……たぶん思う。
容貌に至っては言わずもがなだ。


と、ここまではただのおさらい。
本題はそこから、そんな彼女の事を自分は土樹良也は異性としてどう思っているか、だ。
思いの外答えはすぐに出た。『そんな風に考えた事なかった』
たかられ、巻き込まれ、絡まれて、思い返せばそんな思い出ばかりだ。
不満を挙げればキリがない。けれど、そんな不満すら楽しかったと思っている自分がたしかにいる。
魔理沙が我が道を行き、それに度々巻き込まれる。
そんなやりとりが、そんな距離感が心地よくて、それ以上なんて望んだ事がなかった。
つまりはライク。
けれど、もし(略)魔理沙が良也に対して好意を寄せていたのだとしたら、そんな彼女の気持ちに応えたいとも、良也は思い始めていた。

散々と悩んだ挙句に実に中途半端な答えだが、構わない。
これが嘘偽りない正直な気持ちだ。
彼なりの答えを導き出して、気づけば紅魔館は目前だった。



























「―――てな事があってな。いや、良也には悪かったと思ってるんだぜ?ていうか、そもそもなんで私はあんなにイラついてたんだろうなぁ…?」



珍しく。本当に珍しく、何の騒ぎもなく図書館に訪れた悪友の話を聞きながら紅魔館図書館の主であるパチュリー・ノーレッジはまるで児童向けの陳腐な恋愛小説でも読んでいる気分だった。
『アホらしい』
魔理沙の話を聞いて真っ先にパチュリーの脳内に浮かんだ言葉がそれだった。
今時4〜5歳の子供でも導き出せそうな答えを目の前の少女は右往左往して、素で気づかずにこうして頭を悩ませているのだ。
こんな『幼子』に貴重なコレクションを度々盗まれているのだと思うと自分自身が情けなくなってくる。
だからといってその『答え』を彼女に教えるつもりはパチュリーには毛頭なかった。

『答えは自分で導き出さなければならない』

そんな高尚な動機などでは断じてない。偏に素直に答えを教える事すら馬鹿らしいのだ。
加えて、悪友の珍しい悩める姿。存分に悩んでくれれば良い。
酒の肴ならぬ紅茶受けとして、その姿を目に焼きつかせてもらおう。




「魔理沙……!?」

「良也っ!?なんでここに………来るよな…うん。別に珍しくないよな……うん」

タイミングが良いのか悪いのか。
思わぬゲストの登場にパチュリーは思わずため息。
愛のパワーごちそうさま。そんな心境だった。


「ちょうど良いわ、私これから調べ物があるのよ。魔理沙の相手よろしくね」

「…え?は??ちょっ………!?」

突然の展開にまるでついていけない良也は完全に思考停止。
魔理沙も似たり寄ったりである。
そんな2人を無視して、良也を横切る際にボソっと一言。





「久しぶりに師匠として助言してあげる。彼女、自分の気持ちに気づいてないわよ」





呼鳴、甘い。なんて甘い。
我ながら自分の甘さにほとほと呆れてしまう。
何が紅茶受けだ。結果としてやっている事はただの恋のキューピットではないか。
調べ物など、もちろん口から出まかせだ。
こうなったら本当に陳腐な恋愛小説でも読んでとことん甘くなってやろうではないか。
いつもより若干荒めの歩調で、パチュリーは図書館の奥へと姿を消していった。























先ほどまでお茶会の開かれていた席に良也は腰を掛け、2人揃って気まずい空気が漂っていた。


「悪かったな」

紅茶のカップを手に取り、先に口を開いたのは魔理沙の方だった。
会話の切り出し方がなんとも男前だ。

「あの時は……なんか知らんけど、イライラしてたんだ。それでつい……じゃないな。悪かった」

「いやいや、気にしてないしするなよ。らしくない」

「ははっ、そりゃそうだ」

良也の言葉に緊張が解けたのか、『らしい』笑顔を取り戻して紅茶を口にする。
張り詰めた空気は少しずつ緩んでゆき、会話も増えてくる。
気づけば2人のお茶会は会話が途切れることなく、最初の気まずさが嘘の様だった。

男前で、それでいて無邪気なその笑顔に良也は自分の出した答えが半分正解・半分不正解だったのだと気づいた。
そんな魔理沙がライクであり、それ以上にそんな魔理沙が好きなのだ。

なんだよそれ…。 と自分自身に呆れたように笑いがこみ上げる。
悶々と自問自答した答えは、結局1人で見つけられる様なものではなかった。
本人を目の前にしなければ、答えなど出るはずもなかったのだ。




「なぁ、魔理沙」

「ん?」



「……好きだ」
















図書館全体を揺らすような軽い振動と、何かが爆発する様な轟音。
その状況下にも、パチュリーは眉ひとつ動かす事なくペラペラと本のページをめくっていく。

分かってはいた事だ。
あの魔理沙が来訪して何の騒ぎも起きないはずもなかった。
この様子だと、どうやらある程度の元気を取り戻した事がうかがえた。
我が弟子ながら余計な事をしてくれたものだと呆れつつも、自身もその一端を担っているのだから仕方がない。

何の因果かパチュリーの手元の小説も、ちょうど主人公がヒロインにビンタを食らっているところだ。
とはいっても、音から察するに現実の方はビンタどころの騒ぎではないのだろう。
事実(マスタースパーク)は小説(ビンタ)より奇なり、とはよくいったものだ。

















「なななななな………っ………何言ってんだお前!!?」

先ほどまで席についていたはずの良也は遥か後方へ。
席を立っていた魔理沙の八卦炉からは魔法を放った痕跡である煙が、そして彼女自身も顔を真っ赤にして煙を出していた。これぞまさしく『恋符』

魔理沙の発言に『何してんだお前!?』とツッコミたくなったが、さすがに自粛した。
なんとも彼女らしい照れ隠しだと思いつつも、それ以上に痛い。
ダメージ具合から加減はしてくれたのだろうが、至近距離でのマスタースパークだ。やっぱり痛い。
そんな痛みを堪えながら、魔理沙の下へと飛んでゆく。
大事な場面だ。寝ている訳にもいかなかった。

近づく良也に驚く様に再び八卦炉をスタンバイ、思わず身じろいでしまう。
焦ってはいけない。
今の2人はさながらロミオとジュリエット。
ただし、ジュリエットが立っているのは屋敷のバルコニーなどではない。大砲をいくつも装備した攻撃要塞だ。
ひとつ対応を誤っただけで、あなたのハートを狙い撃ち☆ だ。





「……………その」

しかし、八卦炉を構えたその腕はだらんと下げられ良也から標準を外した。



「本気………なのか?」

どこか不安げな、それでいて真っ直ぐな瞳が良也を見つめる。
今まで見た事のない彼女の表情だった。
それは、とても不安定で弱々しくて、まるで何かに必死にすがりつく様な。
だからこそ嘘偽りなく答える。
相手を気遣う様な言葉ではなく、自分の心に正直に、それが『本気』という意味だ。


「……本気だ。友達として、それ以上に女の子として、魔理沙が…好きだ」

膝が笑う、顔が熱い、動悸がうるさい、一部声が裏返った。とてつもなくクサい。
知った事か、これが土樹良也の一世一代の告白だ。

「……………そっか…………そう………か……………」

いつの間にか、魔理沙の視線は良也に向いていない。
赤面した表情を良也に見せないように顔をうつむけて、何度も、良也の言葉を頭の中で繰り返す。




「帰る」





「……………は??」

予想外の返答に良也の頭はしばしフリーズ。
その間に、魔理沙は深く帽子を被って脱兎のごとく飛び出していった。
さすがは自称幻想郷最速。良也のフリーズも相まってテレポートと言っても過言ではない速度で忽然と姿を消していった。

























休みの合間を縫って、いつもの様に幻想郷に来訪。
そうしていつもの様に博麗神社の境内を掃除『させられて』いた。

機械的な動作で落ち葉を集めながら、意識は完全に上の空。
結局あの場はそれっきり。
加えてここ数週間は仕事の方が忙しかったため、幻想郷に来る事自体が久しぶりなのである。

言うべき事は言った。
といば聞こえは良いが、本当に良かったのだろうかと自分の行動を振り返る。
結果としてだけ見れば完全にただの言い逃げだ。逃げたのは魔理沙の方だが。
自分の気持ちに答えを出して、思うがままに吐き出してはみたものの、それは返って魔理沙を混乱させる結果になってしまったのではないだろうか。

自分の気持ちを正直に口にする事が必ずしも良い結果を生み出すとは限らない。
それは社会人であるなら誰しもが知っている事で、当然それは良也にも当てはまる。
あの言葉をきっかけに、修復可能だったはずの関係すら壊してしまったのではないだろうか。
しばらく幻想郷に来れなかった良也は、そんな考えさえ過る様になってしまっていた。





砂ぼこりの混じった強い風。
思わず目を瞑った良也は、不意に誰かに手首を掴まれた様な感触を覚える。

全身を襲う浮遊感に目を開けてみると、そこは空の上。

「まっ…魔理沙!?」

魔理沙に手首を掴まれたまま大空を駆け抜けていた。

「よう、良也。最近見なかったな。霊夢には悪いけど今日はお前を借りてくぜ」

「いや、借りてくって……」

相も変わらず横暴な彼女の振る舞いに、少しほっとしてしまう。
声を聞く限り、表情を見る限り。すっかり元気を取り戻しているようだ。
むしろ、以前よりも活力に溢れているようにすら感じられる。

「そうそう、お前に会ったら真っ先に言おうと思ってたんだ」














「私も良也が好きだぜ!だからつき合ってくれ。っていうかつき合え♪」

女の子、というにはあまりに男前な魔法使いに満面の笑みを浮かべながら、良也は告白された。









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