土樹良也にはお菓子の売り方にいくつかの行動パターンがあった。 里にまで足を運び、子供たちに売却する。これが基本。 時折、遠出をした先であった人妖に売ったりもする。 そして、寺子屋まで出向き教師を務める慧音や子供達の分を配達したりもしていた。 今回がまさにそれに当てはまる。 基本移動が飛行な彼は寺子屋の前でコソコソと辺りをうかがっている箒を担いだ少女を発見する。 箒を担ぎながらコソコソする姿はとても印象深く、目立ちたいのか隠れたいのかよく分からない絵面だった。 「今度は何をやらかしたんだ?」 「わっしょーーーーーーーいっ!!?」 知らない顔でもないのでと彼女の元まで降り立ち一声かけると、肩をビクつかせて謎の奇声を上げる。 「て、なんだ良也さんじゃないですか……。驚かさないでくださいよ」 彼女の名は古河音。 良也同様に“外”の世界から来た外来人だが、記憶喪失のため現在は寺子屋兼上白沢宅で居候中。 そんな彼女だが、幻想郷へやって来て早数ヶ月。 慣れない当初に比べると色々と変貌を遂げていた。外面ではなく内面の方向で。 「ていうか、やらかしたって何ですか!?寺子屋屈指の優等生に向かって!」 この様に、何の臆面もなく優等生を自称する始末。 ちなみに実際のところ、彼女の成績は寺子屋でも屈指の超低空飛行だ。 「いや、だってお前ここんとこ僕が来る度に絶対何か問題起してるからさ……」 「むっ、問題というのは語弊が 「こおぉ〜〜があぁ〜〜ねえぇぇ〜〜〜〜〜っ!!」 「「……………………………」」 寺子屋に響き渡るは上白沢慧音の地獄から這い上がった鬼の様な怒声。 下手をすれば窓ガラスの数枚くらい割れるんじゃないかと思える程だ。 「呼ばれてるけど?」 「あ〜〜〜……、そういえば今日の掃除はちょっと手抜いちゃったかもしれないなぁ……」 「いや、アレはそんなレベルじゃないだろ」 泳ぎ切った目に浮かぶ脂汗。 そもそも良也は最初に彼女を発見した時から今の状況はおおよそ予想できていた。 潔白の人間は普通あんな挙動不審な行動は取らない。更にいうなら奇声も上げない。 普通の人間は後ろめたい事があっても『わっしょーい』などと叫ばないが。 「実は、春のうららかな陽気にうとうとする慧音お姉ちゃんという非常にレアなワンシーンを見かけたもので……つい」 「額に『肉』でも書いたか?」 当初は人里でも『不憫な子』で通っていた古河音だが、今ではこの変貌ぶりにそれもすっかり払拭(?)されている。 一部では『人里のいたずら娘』などと呼ばれ出す始末。 「鼻血描いちゃったんですよねぇ……朱墨で」 「よりタチ悪いなおいっ!」 『鼻血』に気づかず教え子の前に出て赤っ恥をかく慧音の姿が良也の脳内で再生された。 そりゃ怒るだろう、と目の前の娘に呆れた視線を送る。 「そんな人聞きの悪い。乙女の可愛いいたずらじゃないですか♪」 両手を頬に当て、きゃはっ☆ などと口にする。 気持ち悪いことこの上ない。 「世間一般でいう乙女は自分の事乙女言わないから」 「ふっ、時代は常に流れてるんですよ?良いじゃないですか新ジャンル『自称乙女』!」 「それもう胡散臭いだけだって。なんていうかお前さぁ…」 頭からつま先まで古河音の姿を眺めてみる。 髪型が変わった訳でなく、体型が変わった訳でなく、外見だけは初めて会った時と何ら変化はない。 しかし、その全身から滲み出る某スキマ妖怪とはまた違った胡散臭さ溢れるオーラは10人中10人が別人と判断するに十分なものだった。 「変わったよなぁ……」 しみじみと漏らす良也だった。 人見知りで大人しかった彼女は今や見る影もなかった。 「あらまぁ!良也さん、女の子に『変わった』なんて言うもんじゃないですよ?考えてもみてください」 幼かった頃によく遊んだ幼なじみと数年ぶりに再会。 当時男の子みたいに元気だったその子はとてもキレイなっていて、主人公(プレイヤー)なんかとは次元がちがった。 周りの友達もキレイだ変わったと彼女を褒める。 だが、笑って見せる彼女は内心『変わった』なんて言ってほしくなかった。 昔よく遊んだ友達から『変わった』と言われる事で、周りから感じ始める『数年』の壁。 しかし、主人公(プレイヤー)だけは彼女の外見にとらわれずに下心もなく(ココ重要)『お前のそういうところ昔のままだよな』と笑顔で答える。 「そんな主人公(プレイヤー)にその子は『あぁ、○○君はあの頃と変わらずちゃんと私の事を見てくれてるんだな』とか思っちゃう訳ですよ!好感度一気にアップする訳ですよ!! ちなみに、その手の選択肢ってかなり重要視されるから場合によってはそこミスっちゃうともうその子のルートに行けないなんてパターンもありますからね。気をつけてくださいよ?」 彼女の変貌に内面の他に加えるとすれば、この手のオタク知識である。 “外”の世界の事はもちろん、自分の名前も周囲の事も、記憶の回復には一切進展がないにも関わらず、この手の知識のみが自由に引き出せるようになったらしい。 人は災害に遭った時、真っ先に確保する物がその人の大切な物だという。 彼女からすれば自分の名前よりも常識よりも、オタク知識が大切だったという事なのかもしれない。 「いや、僕は別にお前を攻略しようなんて気はないし」 「心構えの問題です。そんなだから未だ誰のルートにも進展しないんですよ……」 「もの凄く余計なお世話だよ」 ふぅ、と呆れた様にするその仕草はとても腹立たしいものだった。 元々本人も大して期待していないのでムキになる事もないが。 「なんならここいらで慧音ルート開拓しちゃいます?ウチのお姉ちゃんは今ならお買い得ですよ〜〜?」 「誰がお買い得だって?」 突然背後から聞こえた、明らかに良也のものではない女性の声。 その声質はとてもとても穏やかで、逆にそれが不気味だった。 古河音は直感した。 ――――振り向けば死ぬと。 しかし、同時に理解もしていた。 ――――振り向かなくても死ぬと。 もう振り向かなくとも答えは分かり切っている。 それでもその目で確認せずにはいられないのは、人間の悲しい性か。 おそるおそる振り返ってみると、予想を裏切らずにそこには慧音の姿があった。 先ほどの声同様にとても穏やかな笑顔だ。それがまた古河音の恐怖を膨張させる。 が、彼女にはまだ退路があった。 「それじゃあ良也さん、今日のところはこの辺でっ!」 慧音と古河音とではその身体能力の差は歴然。 逃げても逃げ切れるものではない。 それでも古河音には逃げ切れる自信があった。 すなわち、箒を使っての飛行魔法。 あれからずっと練習を欠かした事はないし、魔理沙ともたまに弾幕ごっこをしている。 特に飛行魔法は古河音と非常に相性が良かったのか、上達の速度が他の魔法の比ではなかった。 ほとぼりが冷めるまで魔理沙の家にでもお邪魔しよう。 そんな事を考えながら壁にかけておいた箒を掴もうとする―――――……… が、なかった。 たしかに置いておいたはずの箒の姿がどこにもなかった。 絶望。 その2文字が頭の中を過る中、ふと視界に入ったのは箒を手にした良也の姿。 アイコンタクト『すまん、慧音さんに箒を取るように目配せされた』 アイコンタクト『うっ……裏切り者おおぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』 骨と骨がぶつかる様な鈍い音。 その傍らで1人の少女が額から煙を出しつつ死体と化していた。 上白沢慧音。 寺子屋にて子供達に歴史を教える半獣人の女性。 得意技はその石頭を用いた頭突き。 寺子屋で宿題を忘れた子供は必ずその餌食になると、人里でも有名な話だった。 「すまないな良也くん。見苦しいところを見せてしまって」 「いっ…いえいえいえ!」 見ればまだうっすらと慧音の鼻元に『鼻血』が残っている。 決して笑ってはいけない。笑った瞬間に2体目の死体になるのは分かり切っている。 「ひどいよ………」 いつの間にか意識を取り戻した古河音がゆっくりと立ち上がる。 ダメージが残っているせいか、足元がまだふらついている。 「前はこんなじゃなかった………。 時には厳しい事もあったけど、あの時はまだなんだかんだでチヤホヤしてくれたじゃない………。 あの時の優しい慧音お姉ちゃんはどこ行っちゃったのっ!?」 「そのセリフを熨斗つけて返したい気分なんだがなコッチは………」 諦めきった様な目で古河音を見る彼女の瞳は、それはそれは冷めきっていた。 彼女の本性を知る良也と慧音にとって、古河音の瞳から溢れる涙は嘘臭い事この上ないものだった。 「ま、いいや。もう制裁受けたんだから返してくださいよ、シルバード!」 溢れる涙はどこへやら、若干不機嫌そうな面で良也に向かって片手を差し出す。返せという意味で。 見れば良也の持つ箒には手書きで『しるばーど』と書かれている。 何気に初めて空を飛んだ時からの愛用品らしい。 「一応言っとくけど、コレ使ってもタイムスリップできる訳じゃないからな?」 「分かってますよ。名前の響きが気に入ってるんです!あぁんっ、私のシルバードぉ♪」 愛おしそうに、某タイムマシンの名をつけた箒に頬ずり。 これで本来の用途で使われれば、箒もさぞ浮かばれる事だろう。 「ダメだ。お前はこれから補習がある」 「あっ…!」 感動の再会から数秒後、再び愛しのシルバードは人質にされる。今度は慧音の手によって。 「補習って……!頭突きした上に補習とかどんだけサドなのお姉ちゃん!?」 「人聞きの悪い事を言うな……。頭突きはいたずらの分、補習は今日やってない宿題の分だ」 手にした箒で古河音の頭部を小突く。 流石に頭突きはしないが、身長差があるため箒は古河音の頭頂部にヒット。それなりに痛い。 なにも全ての魔法使いが箒に乗って空を飛ぶ訳ではない。 箒なしで空を飛ぶ魔法使いもちゃんと存在する。 しかし、古河音が会得している魔法は箒を用いてのもの。少なくとも彼女が『把握』しているのはそういう魔法なのだ。 もちろん能力に頼らず魔法を会得するという手段も存在するが(というかそれが正攻法)、そこにあたって古河音には大きな弱点があった。 それは、読解力のなさ。 早い話が長文を見るとそれだけで嫌になるのだ。なんという魔法使いに向かない性質。 それが災いして魔導書を読み解く事も、寺子屋で良い成績を取る事も困難にしていた。 宿題を忘れるのは単に本人の性格によるところが大きいが。 「おぉー!五郎くん。やったね補習仲間だぁ!一緒にサボらない?」 しぶしぶと寺子屋へと戻った古河音の声が、奥から聞こえる。 悪だくみ筒抜けである。 「………これ、今日の分のお菓子です」 「すまないな。良也くん」 濃いキャラに囲まれる心労を身を持って知っている良也は慧音に同情の念を送らずにはいられなかった。 |
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