「え〜〜……ぁ…えとっ」

「焦んなくて良いよ。ゆっくり数えな」

財布の中身をたどたどしく弄る少女に八百屋の女性は通りの良い声をかける。
古河音がこの幻想郷に迷い込んでの初めてのお使いだった。
本来誰しも出来る筈の銭の数え方も、彼女にとっては初めての経験。

慎重に勘定をするその姿を店主は温かい目で見守る。
古河音の事情は、あの上白沢慧音が世話をしているという事もあって人里の人間は大抵が理解していた。



「また来なよ〜!」

元気の良い店主の声に対して、古河音はぐったりと気疲れしていた。
古河音は、その性格とは裏腹に頭を使うよりも身体を使う方が得意だった。
今も、多少重い野菜をその足で運ぶ作業は大して苦にはならない。
むしろ彼女が苦手とするのは先ほどまでの勘定の様に頭を使う作業。

仮にも“魔法を把握する程度の能力”を有していながら、その性質は魔法使いとは縁遠かったりする。







「よっ、金目!」

妙な呼び名に一瞬誰の事だろうと思いながらも古河音は声のする方を振り返る。
自分の瞳については慧音にも教えてもらったし、自分も鏡で確認済みだった。

振り返った先には箒を担ぎながら大きな帽子を被った少女、霧雨魔理沙がいた。

「えっと……」

「魔理沙だよ。霧雨魔理沙」

「ど、どうも…」

会釈の後に軽く後ずさり。
古河音自身、決して魔理沙という人間は嫌いではない。
しかし、どういう訳か身体というか本能が自分を彼女から遠ざけていた。

そんな彼女に魔理沙は、なんだよー? と頬を膨らませる。
前回自分のやった事は完全に忘れているらしい。




「その、良也さんなら今日は来てないですよ……?」

以前彼女が良也に小腹がすいたと言っていたのを思い出す。
幻想郷に来て日は浅いが、子供達が騒いでいるか否かでその辺の判別はできる様になっていた。

「あ〜、違う違う。今日は普通に買い物」

そう言いながら古河音に小袋を見せる。
自分の買い物袋に比べて随分小さい袋に、それだけで良いのだろうか と他人事ながらに少し心配になる。




「良也といえば、聞いたぜ?見た魔法が分かるんだろ?」

そこはやはり魔法使いの性なのか、はたまた弾幕ごっこ好きなのか
興味深そうな目で彼女を見る。

「えぇ…と、そうみたいです………」

「なんだよ、自分の事だろ?」

紅魔館に行けども記憶のヒントは見つからず、自身に妙な能力があるという事だけが判明。
しかし、肝心の当人がその能力に関してあまり理解も出来ていない。
その後に魔導書を読んでみたものの、それもほとんど理解できていなかった。
あくまで『発現』している魔法しか把握できないらしい。

結局、古河音が今『把握』しているのは箒を使っての飛行魔法のみ。
それもただ今練習中だ。




「ふむ……よしっ!」

品定めする様に古河音を見ていた魔理沙が突然声を上げる。









「弾幕ごっこやろうぜ」













買い物の品を家に置き、だんご屋の前で現地集合。
その先では団子を食べながら待つ魔理沙の姿が。
オゴって欲しかったな、という頭の隅の考えに軽く自己嫌悪。

そこから先は2人で箒に乗って里外れまで飛んでいく。
少しでも慣れた方が良いと、魔理沙は古河音のペースに合わせている。
非常に退屈そうな顔で。


「あの…今更なんですけど、私弾幕なんて………」

弾幕ごっこ。
弾幕と呼ばれる霊力の弾をを使って相手に被弾させて勝ち負けを決めるというゲームだ。
当然ながら、霊力の使用できない人間には不可能な遊びである。

「見た魔法は使い方も分かるんだろ?私の見て覚えれば良い。
大丈夫、空も飛ばないし弾も超弱だ。言ってみれば弾幕ごっこごっこだな!」


障害物のない開けた場所まで着くと、先行して魔理沙がタンっと箒から飛び降りる。
それに続いて古河音もゆっくりと着地。

着地が終わった事を確認すると、掌に霊力を集中させる。

「じゃあ、さっそく―――――……」





「覚えてみっ!」

「わっ!?」

魔理沙が小さな光の弾を古河音へと投げつける。
咄嗟にそれをサイドに飛び退く事でなんとか避ける事ができた。

「驚いた…。思ったよりちゃんと避けるじゃないか」

冗談のつもりで撃ったゴムボール程度の威力の霊弾。
とはいえ、至近距離で速度もそれなり。
動く事もできずに当たるとばかり思っていたため、魔理沙としては意外な結果だった。

「〜〜〜………」

とはいえ唐突過ぎたためか、腰を抜かしている様子だった。
何か言いたげに口をパクパクと動かすもあまりの驚愕に言葉にならないらしい。
とりあえず、何か抗議をしているのだという事は見てとれた。





「悪い悪い。でも、ちゃんと避けれたじゃないか。
で、覚えたか?」

腰を抜かした古河音に魔理沙は興味津々といった様子で詰め寄る。
まるで悪びれていないその態度に若干呆れながら、ゆっくりと腰を起した。

「えっと………はい」

じっと手を見る。我が暮らしが楽にならないからではない。
たしかに魔理沙の言う通り、いつの間にか先ほどの霊弾の効果・仕組み・使い方までが頭に入っている。
今までもそうだった様にその能力は古河音の意思とは関係なく発動するらしい。
魔法に対してオートで発動するのか、常に展開している能力なのかまでは定かではないが。





霊力を集中・形をイメージ・加工。
2度目に空を飛んだ時と同じ様に頭の中にある知識に従う。

すると、魔理沙が出した時の半分程の光の球が掌から浮かび出す。

「ぅ……」

が、それはパンっという音を立てて破裂、消えてしまう。
当然ながら、知識があるからといってそれを成功させられる程世の中甘くない。
彼女の能力はあくまで“分かる”だけなのだ。


「うん。まぁ、最初はそんなもんだろ。
じゃあ、こうしようぜ?」

すぐに弾幕を撃つのはムリという事が判明した今、魔理沙は独自に考えた『弾幕ごっこごっこ』を古河音に提案する。
ルールは簡単。
お互い空は飛ばずに、霊弾を放ってくる魔理沙の身体にタッチすれば勝ち。
魔理沙は1度タッチされれば即負け。
古河音は弾幕に5回被弾した時点で負け。

どうあっても古河音との弾幕ごっこを諦めるつもりはないらしい。
むしろ彼女の思わぬ回避能力に更に興味が沸いたようだ。














「っと危ない!」

無駄のないステップで古河音の手を回避すると、再びバックステップで距離を取る。
魔理沙の考案した『弾幕ごっこごっこ』それは予想外に白熱していた。

もちろんそこには理由がある。
まずは当然、魔理沙の手加減。
空を飛ばないのに加えて、その弾幕の数も威力も普段のものとは比べ物にならないほど甘いもの。
精々ドッジボール程度の威力。

次に、古河音の回避力。
弾道を見極める目と反応、そして運動能力。
同世代の子供の中でもそれは頭一つ抜きんでたものだろう。

最後に、“魔法を把握する程度の能力”
魔理沙の扱う弾幕もまた魔法。
だからこそ『把握』できるのだ。スピードも威力も、弾道も。
手加減しているとはいえ仮にも幻想郷でも指折りの実力者相手に食らいついていけるのはこれが一番大きな理由だった。

「ぁっ!」

「はい、5発目〜〜♪」

そんな均衡もこれにて終了。
バランスを崩した古河音に1発の弾幕が当たり、そのまま転倒。




「早いとこ弾幕覚えてくれよ?流石にこんな手加減毎回できないからな」

そう言いながらも満足げな表情で古河音に手を貸す。
割と楽しめたらしい。

「あはは……、努力はしますけど………」

「なんだ、笑えるじゃないか。笑えるんならもっと笑っとけ」

右手は魔理沙に握られているので、空いたもう片方の手で口元に触れる。
いつもよりも上がった口角。言われてみてはじめて気づく。

自分は今笑っているのだと。
自分は今まで笑ってなかったのだと。

















「ぷはーっ!弾幕ごっこの後の一杯は最高だな!」

酒瓶片手に日も沈まぬ内から酒を飲む少女というのもいかがなものだろう。
弾幕ごっこを仕事に変えればアラ不思議、オッサンのできあがりである。
この幻想郷において『お酒は20歳になってから』などという常識は通じない。

「お前も飲むか?」

常識は通じない。
故に少女が少女に酒を勧める図も一切のツッコミの余地などないのだ。

「あ…いぇ、前に里の人にも勧められたんですけど…………苦くて」

「お前は酒の味も覚える必要あるみたいだな。色々覚えるのも大変だ」

その大半は魔理沙の都合によるものだ。
少なくとも世間一般で子供に酒の味を覚えさせるというのはあまり関心された事ではないだろう。






「魔理沙さんは……一人暮らし、なんですよね?」

「ん、そうだけど?」

若干空気が冷たくなったせいか古河音は体育座りの姿勢になる。
言いにくそうにじっと膝を見つめる。

「寂しかったり……しますか?」

「いんや」

即答だった。
魔理沙は酒瓶を傍らに置いて空を見上げる。
浮かぶ雲の内のひとつがキノコの形に良く似ていた。
今日の晩ご飯の献立に1品いれようと考えつく。


「大変だけど割とのんびりできて良いもんだぞ?っていうか周りの連中が騒がしくてそんなの考えてるヒマもないしな」

ケラケラと笑いながら再び酒を一口。


「………………ダメですね、私は。
私は、寂しいです」







「いつか私は記憶を取り戻して私の知らない『私』になる………。
その時の『私』にとってこの世界ってどう見えるんだろ?やっぱり元の世界に帰りたいって思うのかな…?私の知らない『私』の家族に会いたい友達に会いたいって思うのかな?
今の私は家族なんていないから、丁度良いのかもしれないけど………」








「私って………『誰』なのかな…?」

「古河音だろ?」

コンと酒瓶を額に当てられる。
若干不機嫌そうな表情で古河音を睨む。
酒の席にしんみり話は、彼女の酒の肴にはならないらしい。

「言っとくけど、お前の記憶が戻ったからって私はお前の名前を呼び直すつもりはないぜ?面倒くさいしな。
あと、お前がどう思おうと勝手だけどソレ本人の前で言うの止めとけよ?せっかく名前をくれたお前の家族なんだから」


「……家族?」

未だに額が痛むのか古河音は両手で額を押さえたまま。

「そりゃそうだろ。名前くれて一緒に住んでるんだ。それって家族だろ?」

呆気にとられて反応が鈍り十秒ほどして、やっと彼女の指す『家族』が誰かに気づく。
すなわち彼女、上白沢慧音だと。

古河音にとってそれは意外な言葉、発想だった。
今までの彼女にとって自身の立場は居候、慧音は家主、それが基準だった。
名前にしても本人が『呼ぶのに不便だから』と言っていたので気にもしていなかった。

そんな事、考えもしなかった。


























「おかえり古河音。帰ってきて早々悪いんだが、野菜を切るの手伝ってくれないか?」

古河音が家に帰ると、そこには包丁を持った慧音の姿。
決して人を刺そうというのではない。野菜を切ろうとしているのだ。

「あ…はぃ」





野菜が煮込まれるのを待ちながら2人して洗い物。
その間も魔理沙の言葉がじっと頭の中を浮かんでは消えていた。
妙に落ち着かない気分だった。
さながら幼なじみを異性として意識し始めたラブコメの主人公。

「あー…あのっ」

「ん?」

「あーー……なんでもないです」

一時中断していた洗い物を再び再開。
慧音自身、何か言いたいんだろう、と察しはついていたが無理に急かすのも気が咎められた。







「…………慧音お姉ちゃん」

ぽつりと、聞き取れるかどうか怪しいほどの小さな声。





「そのっ…………慧音さんの事、そう呼んでも……………良いでしょうか?」

「コラ」

コツンと額を小突かれる。
今日はやたらと額を集中攻撃される日だった。

「お姉ちゃん相手に敬語を使う妹がどこにいる?」







「改めてよろしく。古河音」

「はい……ぁ、うん」
















〜〜次回予告〜〜



舞台は、オリ主が幻想郷に来てから数ヶ月後のお話。







オリ主のキャラ、一変します。









―――今度は何をやらかしたんだ?









ていうか





変わり過ぎだから!これもう別人の域だから!!








―――あ〜〜〜……、そういえば今日の掃除はちょっと手抜いちゃったかもしれないなぁ……












我ながらコレ良いのかな!?











―――誰がお買い得だって?









心配なんだけど!!



















―――わっしょーーーーーーーいっ!!?




〜〜あとがき〜〜



はい、という訳でここまで読んで下さったみなさま、ありがとうございます!
マツタケという者です。
東方勉強中のため色々至らない点もありますが、生温かい目で見てもらえると幸いです。

次回より少々オリ主の性格に変更があるので、次回予告(?)という形でお知らせさせて頂きました。
矛盾、フラグ不回収、などなど
色々やらかす予感大ではありますが、よろしくお願いしますm(_ _)m



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